セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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地の星空を天翔る星たち③(☽)

 抜けた霧の先、ちょうど閃いた光が狩人たちの目を突いた。

 その眩しさに多くの者が眼を瞑る。

 ゆっくりと目を開けると、彼らの前方に、洞窟にはないはずの空があった。

 

 宵闇から蒼へ、橙から淡い黄と紅へと。

 天高く建ち並ぶ四角い影たちが、地平線に行くにつれ明るくなる空を綺麗に切り取っている。

 大団長はそれをぐるりと見回して、目を見開いた。

 

「驚いたな! これを人が作り出したのか」

 

 彼らがいるのはちょうど街を見渡せる高さにある、都会から少し離れた公園の丘だった。

 曙の空に、無限の光が夜の名残として灯っている。

 少し離れた所ではいくつもの光が列を作り、少しずつ動いていた。

 

「これがあなた方の世界なのですね! まさしく光の街、大地の星空……! あっ、あの走る光は!?」

 

 編纂者は望遠機能付ゴーグルを装着し、この光景を少しでも焼きつけようと必死にレンズのピントを合わせている。

 

「いったいどんな人たちがあそこに住んでいるんでしょう!? 我々の世界の文明も、何百年か経てばあんな風に……」

 

 彼女が見せる子どものように無邪気な喜びと、その隣で共に目を輝かすオトモアイルーを見て、優秀な狩人たる青い星も頬を緩めていた。

 

「帰ってきたのね」

 

 思わず、少女たちの表情が和らいだ。

 あちらの世界の壮大な大自然とその中にある村々も美しく、そこにいるだけで力漲るほどの活力を伴っていたが。

 やはり彼女たちにとっては、人工の光に乗せて排気ガスが漂うこの臭いこそ、狩猟生活をするなか長く待ち焦がれ、強く求めていたもの。

 セーラー戦士たちは故郷へ、当人らの感覚からして数年ぶりに帰ってきた。

 

「ここが、あたしたちの世界」

 

 まるで生まれて初めて見たかのように呟いたうさぎに、仲間たちは強く頷いた。

 

「だけど……」

 

 彼女たちにとって明らかに見逃せない、前とは違う点があった。

 胸の前で拳を握ったうさぎの言葉を補うように、黒猫のルナが言い添えた。

 

「あの一帯、停電してるみたいだわ」

 

 大地の星空のど真ん中に、穴が所々出来上がっている。

 少女たちの故郷、港区の麻布十番だった。

 

──

 

「……人、いないわね」

 

 ルナが言った通り、彼女たちが入った地区は光を失っていた。

 蔦の絡まるビルの壁面に、新しい爪痕が深く刻まれている。

 扉や窓のほとんどが締まりきって沈黙を護るなか、唯一木々だけがぎぃぎぃと音を立て、風もどこか寒々しい。

 時間が止まった街の中で、信号機だけが何度も赤と青を行き来する。

 

「本当にここが、あたしたちの街なのかしら」

 

 亜美は、街路へ目を向けた。

 本来なら街にささやかな緑を添えるはずの街路樹は主従関係を翻し、路面を突き破るほどの巨木となり果てていた。

 

「今は見なくなったけど、さっきなんかサボテンまで生えてたし……」

「ジャングルみたいになりかけたところもあったよね」

 

 レイとまことが、ここに来るまでに見た光景を語り合う。

 地理に詳しいセーラー戦士たちが調査団を導くように先行していたが、彼女たちにとっても故郷は原型を忘れかけるほどに変貌を遂げていた。

 

「ははっ。『一寸釘は超痛い』っていうし、もう次に何があったって驚かないわ」

 

 美奈子の口から出た乾いた笑いに、並び歩く誰も答えることはない。

 人工の色を失った街は、相も変わらず黙りこくっている。

 やがて、彼女の相棒である白い雄猫のアルテミスが辺りを見回した。

 

「……こういうシリアスな空気で、流石に言いたくないんだけどさ」

 

 やや、躊躇って。

 

「それ、正しくは『一寸先はや』……」

「グワァッ、グァワァァァァッ!!」

「「ぎゃ───────ッ!!」」

 

 1mはある翼を広げたカラスたちが唸り声をあげ、凄まじい速度で狩人たちの間を飛び去っていく。

 

「カ、カラスってあんな大きかった!?」

 

 アルテミスと抱き合う美奈子が振り返って叫んだ。

 カラスの群れは1つの生き物のように蠢いて、明けてゆく美しい空を黒く塗っていった。

 調査団の面々は、故郷を目にしているはずの彼女たちが未知に慄く反応をじっと見つめた。

 そこで黒猫のルナが薄闇のなか、あるものを目に留める。

 

「あっ、人がいるわ!」

 

 小汚い格好の若者たちが4人ほどその場に集い、こちらを時々覗き込みながらぼそぼそと何かを話している。

 ルナの言葉で皆が視線を向けたので、ちょうど目が合ってしまった。

 あちらもすぐ身構えて、こちらの動きを探ってくる。

 

「……どうする? 何だか気軽に話しかけられる雰囲気じゃないけど」

「でも情報はいるでしょ。チャンスよ、これは!」

 

 レイの囁きに、美奈子が拳を握って答える。

 

「ま、待って、日本語で『すみません、ただいまお時間よろしいですか』って……」

「まこちゃん、いま現在進行系で喋ってるわよ! しっかりして!」

 

 額を指で押さえ始めたまことの肩を、亜美が揺さぶる。

 少女たちにとっては、本当に久しぶりの街の人々との会話。

 誰が行くのか、決めに決めあぐねた挙句。

 

「「リーダー、お願い!」」

 

 最終的に、うさぎ1人に向かって手が付き合わされた。

 

「ええっ、あ、あたしぃッ!?」

「そうですね! うさぎさんならきっと大丈夫です!」

 

 己を指差した彼女に対し、編纂者はにっこりと微笑む。

 調査団にまで背を押された少女は、恐れの表情が張り付いた若者たちを前にして手を当てた。

 

「き、きっと大丈夫、きっと大丈夫……」

 

 彼女が咳払いをして前に出た時、ルナは若者たちの張り詰め切った顔に気づいた。

 

「あっ、でもその格好……」

「あのーすみませーん、ちょっと聞きたいことが」

 

 しかし既に遅く、うさぎは意を決して一歩を踏み出したところだった。

 金色の鎧が重く鳴り、若者たちから背中越しに見える銀色の巨刃が光る。

 それを見つけた途端、彼らの顔が一気に蒼ざめた。

 

「う、うわあっ!」

「奴ら、遂に日本語喋りやがったッ!」

 

 途端に誰もが妖怪でも見たかのように悲鳴を上げ、尻尾を巻いて逃げ出した。

 あっという間に、路地は無人に戻る。

 1人の手から箱状のものが落ちて、「ガガッ」とノイズ音を鳴らした。

 レイは若者たちが逃げ込んだ路地裏を覗いて、不満げに鼻を鳴らした。

 

「何よ、人を化け物みたいに。失礼しちゃうわ」

 

 そこへルナが言いにくそうに、

 

「……セーラー戦士の格好なら、まだ反応良かったんじゃ……」

 

 セーラー戦士たちの誰もが自身の身につける物々しい武具に気づき、「あっ」と声を上げた。

 

「……みんな揃って迂闊だったわね」

 

 亜美はやれやれとばかりに首を振った。

 ずっとハンターをしていた弊害が出たというべきか。

 

「過ぎたことはしゃーない、切り替えていくしかないな」

 

 大団長は6期団へそう流すと、次に、若者たちが落とした物体を指さした。

 

「ところでと言っちゃあなんだがその箱、声が聞こえるぞ。鳴き袋でも入ってるのか?」

 

 少女たちははっとして、その音を鳴らし続ける物体へ走り寄った。

 すぐさま、亜美が調査団員たちへ顔を上げる。

 

「これ……ラジオっていう、遠いところから人の声を届けられる機械です!」

「おお! 是非持ち帰って中身を調べてみたいところですが……今はそれどころじゃないですね。何を言ってるか、分かります?」

 

 編纂者は顔に出る興奮を何とか抑えながら少女たちへ聞く。

 うさぎたちは急ぎ、ラジオへじっと耳を澄ました。

 

「臨時ニュースを、お伝えします……」

 

 平坦な声がそう告げたのち、砂嵐──ノイズが鳴った。

 

「……国政府は本日未明、『霧』以遠で実行した高高度爆撃は『武装勢力の敵対行動に対する正当な自衛権の発動である』と、正式に発表しました」

「……!」

 

 少女たちの間の空気が凍り付いたことに、調査団員たちも感づいたようだった。

 

「当国政府は以前より続く『生物兵器』と称する未確認生物の侵入に対して厳重な警戒体制を敷いており、今回、哨戒を行っていた航空部隊が突如地上から砲撃を受け……」

 

 そこでまことがいきなり電源のスイッチを切って、ラジオを殴り飛ばした。

 

「クソッ、本当に……やりやがったのかよッ!!」

 

 まことは嘆きの拳をコンクリートへ叩きつけた。

 それでもラジオは相変わらず、ニュースの続きを淡々と垂れ流していた。

 

 うさぎはさっきまで少しばかりはあった希望の光というべきものを、蒼い瞳から失っていた。

 どこの国が()()したのかはノイズのせいで分からなかった。

 だが、もはやそんなことは関係ない。知ったとしてもどうしようもない。

 何故なら事は、現実として起こってしまったからだ。

 

「何て、言ってた?」

 

 青い星がしばしの間を置いてから、ゆっくりと確かめるように聞いた。

 しばらく少女たちは俯いて、黙っていたが。

 

「シュレイドを攻撃した『鉄の鳥』は、やはり……あたしたちの世界から実際に、仕掛けられたものみたいです」

「……そうか」

 

 亜美の報告を、青い星は何ら責めたりもせず頷いて受け入れた。

 美奈子は歯を噛み締め、幻獣の皮で造られた籠手を握り締めた。

 

「はるかさんとみちるさんが助けに来た時、モンスターの侵入はマシになったって聞いてたのに……!」

 

 レイは既に悪しき気を探る印を手中で作り、目を閉じていた。

 

「……少なくともこの街から妖気は一切感じられないわ。奴らの残り人数からしても、他国の被害まですべて奴らの仕業とは考えにくいでしょう」

 

 となると外部戦士たちの来訪以降、この世界に来たモンスターたちは──少なくとも、彼ら自身の意志でやってきた。

 そしてこの世界の人間たちもまた、自らの意志で動いてしまった。

 セーラー戦士による解決は、間に合わなかったのだ。

 

「シュレイドの兵隊さんたちの気持ち、今なら分かるような気がするよ」

 

 失望漂う空気のなか、全身に棘を生やす鬼のような風貌をしたまことが呟く。

 

「……まこちゃん」

「ただ暮らしてただけなのにある日いきなり日常が奪われて、帰るべきところがこんな目に遭わされてさ。そりゃ必死になるってもんだよ。きっとその『鉄の鳥』を放った国の人たちもこんな、胸糞悪い気分だったんだ」

 

 明るくなる幻想的な明け空と合わせるように、影がよりくっきりと濃さを増す。

 それにつれて、彼女の頬を伝って落ちた涙が作る黒い点が、より露わになった。

 

「あたしたちのせいだ。あたしたちが、もっと早ければ……!」

「お前たちが責任を感じる必要は、全くない」

 

 そうはっきりと告げたのは、大団長。

 

「気休めなんかじゃないぞ。極々論理的に考え結論づけた結果、そう心の底から思ったんだ」

 

 青い星が、腕を組んで静かに肩幅の大きい背を見つめた。

 

「言うんだな? 大団長」

「あんたも半ば確信してるだろう、一連の現象を起こした本当の元凶に。これは、両方の世界にとって由々しき事態だ」

 

 うさぎが重大そうな会話の内容に感づき、ゆっくりとながら顔を上げる。

 

「話して……下さるんですか?」

「いきなりすべてを話すと、とんでもなく長くなる。まずはお前たちの世界で起こったモンスター侵入の元凶について話そう。それでいいか?」

 

 ただでさえ現実に打ちのめされた少女たちに、更なる真実が待っている。

 恐らく、ろくなものではない。

 しかしそれでも、彼女たちは黙って頷いた。

 セーラー戦士として。1人の防人として。

 

「まず、君たちは戸惑っているはずだ。この、生命の天秤が振り切れたかのような異常事態に」

 

 青い星は、ちらと下水道から這い出す群れを見やった。

 直後、丸々と太ったドブネズミの夥しい群れが狩人たちの足下を通った。

 

「あまりに異常な生命力の偏りよう。これは……導きの地と全く同じ」

「導きの地と同じ? どういうこと?」

 

 比較的物分かりの良いレイまでそう聞き返すほど、話の内容は未だ要領を得ない。

 それを分かってか、編纂者は相棒と目配せすると次に口を開いた。

 

「6期団の皆さん。生命力──貴女たちの言葉ですと『エナジー』ですか──とにかく、そういったものを広い範囲で測れる方はいますか? いまの状況を理解するには、それが一番手っ取り早いと思います」

 

 彼女の提案に、亜美が手を挙げた。

 

「あたしがやってみるわ」

 

 彼女は戦士の力でスパコンとバイザーを出現させ、キーボードを叩いて分析する。

 分析対象は、港区全区。

 

「……これは!」

 

 弾き出された結果を見た彼女の顔が驚愕に満ちた。

 

「エナジーの道が出来上がってる……! ほとんどがある方向に向かってるわ!」

「その生命力に、空白地帯はないか? その辺りを、よぉーく調べてみてくれ」

 

 大団長が言葉を添えた通り、亜美は更に分析範囲を絞り込む。

 やがて彼女は何かを見つけ、顔を上げた。

 

「あそこの、地下奥深くです。半径3㎞ほど、お椀型にエナジーが集ってます。そしてその中心部、異常に肥大化したエナジーの塊が……!」

 

 細い指が指さした先、灰色の多い港区の街のなかで唯一目立つ塔があった。

 赤い基礎の上に展望台が鎮座し、更に高さ333mまで、細い赤白の四角柱が天を穿つ。

 現代の日本人ならば、知らない者はいない。

 

「東京タワー!?」

 

 思わず、ルナが声を上げた。

 あの地下に、この世界にあるべきでない何かがいる。

 大地を均し人の縄張りとした現代文明の象徴とも言える、あの電波塔の遥か奥深くに。

 編纂者は一旦息を継いでから、静かながら確信めいた視線で少女たちを見回した。

 

「どうか落ち着いて聞いて下さい。この世界で行われようとしているのは生命力の操作……ひいては、生態系の創造です」

 

 一際強い風が唸った。

 

「生態系の創造……」

 

 夢物語のような発言に、戦士一同は途方に暮れた。

 

「それって……魔物かなにかじゃ」

「いえ。古龍目に分類される、れっきとした生物です」

 

 レイの問いに、編纂者は淀みなく答えた。

 生命力を操って新たな生態系を作るなど、創造神の所業に他ならない。

 悪に染まった世界全てを破壊し再生するセーラーサターンでさえ、己が身を滅すという代償ありきなのだ。

 それを何の魔法も無くデメリットも無く、一生物が行うなど、あまりにも馬鹿げている。

 しかし調査団の面々が大真面目に言っている以上、出鱈目と撥ねつけることもできなかった。

 

「彼の同族たちもかつて生命力の天秤を差配し、導きの地や龍結晶の地を創り上げました。あれらのすべてが彼にとって都合の良い、自己保存のために使われる生態系です」

「そんなこと、どうやって」

「地脈です」

 

 その一言で、うさぎたちは思い出した。

 龍結晶の地で大団長から聞いた話だ。

 あれもまた、生命力が異常に偏った地だった。

 

「彼らは地脈を通じることで貯蓄した生命力を引っ張ってきたり、はたまた山や海を越えたところに生態系を創ることで、生命力の『貯蓄庫』としてあてがうことすら可能なのです」

 

 いつまでも驚いてばかりではいられない。

 

「でも、地脈が東京の地下にあるなんて聞いたことありません。その存在があそこで生命力、エナジーを吸い取っているというのなら、何を通じて……」

 

 亜美はそこまで呟いてから、調査団の面々に振り直った。

 

「……念のため、名前があるなら教えていただけますか」

 

 編纂者は青い星を横目で見た。

 ハンターは赤い鎧を揺らして、深く頷いた。

 

「……その名は」

「っ、危ない!」

 

 その時大団長が、丸太のように太い腕を編纂者の前に翳した。

 1つの小さな石ころが筋肉に当たり、跳ね返った。

 

 一体何が起こったのか、一同は石ころの飛んできた方向へ振り返った。

 そちらではいつの間にか、蟲のように蠢く塊が道路を遮っていた。

 少し離れたところから、何十人かが横列を作って歩いているのだ。

 

「か・え・れ!」

「か・え・れ!」

「か・え・れ!」

 

 狩人の世界の言語で『巣に帰れ』と書かれた横断幕。

 

「人の姿に化けたバケモノに、街を乗っ取らせるな!」

「これ以上先には行かせんぞ、盗っ人がッ!!」

 

 朝っぱらからかき鳴る拡声器と罵声。

 

「誰だ、こいつらは!?」

「わ、分かりません!」

 

 狩人たちに何個も投げつけられる、石っころ。

 

「や、やめて、あたしたちは……」

「いっちょまえに日本語喋りやがって、騙されるもんか!」

 

 集団の中には、あの逃げた若者たちも混じっていた。

 鎧に当たっても当然、掠り傷すらつかないが。

 集団は、とにかく数の圧力をもって押し込もうとしてくる。

 

「あたしたちは、あなたたちを救いに来たの! このままだと、あなたたちは……!」

「みんな、とにかく押しまくって黙らせろ!」

 

 必死の叫びも届くことはない。

 彼らの眼は一切の言葉を聞かず、憎悪に満ち満ちていた。

 横断幕の間から、鉄パイプを繋げ伸ばしたものが長槍代わりに突き出て来る。

 

「話し合える、はずなのに……こんな……」

 

 東京タワーが、真実が眠る場所が、目の前で遠ざかっていく。

 温かい人の手でなく冷たい鉄の塊が、故郷から少女たちを拒絶する。

 

「ママ、あの人たち助けに来たって。そー言ってたよ?」

 

 うさぎたちは大衆に押されゆくなか、集団の中心から少し離れたところにいる親子の姿を見た。

 幼い女の子が、母親らしき人の顔を見上げた。

 

「良いから、投げなさい」

「……やだ。投げたくない。みんな怖い」

 

 頑なに首を振る女の子に──

 ぎろりと、周りの人間たちから疑惑の目が向けられる。

 鋭い敵意を孕んだ視線に、女の子はびくりと肩を震わせ縮こまる。

 母親は周りに「すみません」と何度も頭を下げて、半ば無理やりに石を持たせた。

 

「投げなさい! 早く!」

 

 戦士たちはいま、シュレイドの再現を見ていた。

 故郷を護るために立ち上がらねばならないと沸き立ち。

 『正論』の前に、反対も中立も、立ち止まることすらも許されない。

 誰にも命令されていない市民たちの動きは、機械のように統率されていた。

 

 女の子は、今にも泣きそうな目でうさぎの瞳を真っ直ぐ見つめた。

 

「……ッ」

 

 彼女が叫ぼうとした時、真紅の薔薇が群衆と狩人たちの間に突き刺さった。

 

「人とはよく『疑わしきは罰せよ』と宣うもの。だが、それが罪なき乙女に向けられるなら」

 

 その場にいる一同が、一斉に声のした方を見上げる。

 ビルの屋上に裏の赤いマントを朝日に翻して、1人の男が立っていた。

 

「私はいつでも、その者の盾となろう」

 

 ハットを被り、タキシードを着た紳士だった。

 うさぎは声を失い喉を震わせて、その場に崩れ落ちた。

 

「タキシード……仮面様」

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