セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「とぉッ!」
タキシード仮面は軽やかに跳びあがり、人々の頭上から直接うさぎの前に立った。
うさぎの瞳から、長らく出ていなかった涙がやっと滲んだ。
「プリンセス!」
群衆の中に飛び込んできたのは、タキシード仮面だけではなかった。
土星を守護に持つセーラーサターン。
冥王星を守護に持つセーラープルート。
そして。
「セーラームーン! 帰ってきたのね!!」
「セーラー……ちびムーン!」
うさぎの将来の娘である、桃色の髪の少女。
その顔には、今ここで再会できたことへの純粋な安堵がある。
今ここに、孤島で別れた仲間たちが集結しようとしていた。
「なるほど、お仲間の参上ってわけか」
青い星と編纂者が彼女らの見たことのない出で立ちを見回して目を剥く一方、輪の中心付近にいる大団長はニヤリと笑った。
「……ウラヌスと、ネプチューンは?」
「彼女たちは、モガ村を救いに行っています。帰ってくるかどうかは彼女たち次第です」
亜美の問いに、プルートが宝杖を構えつつ言い添えた。
「……そっか。あの村は、はるかさんとみちるさんの故郷になったんだね」
うさぎは、それを聞いて少しだけ安心した顔つきになった。
ずっとどこか自分たちと距離を置いて使命を孤独に追いかけていた、2人。
あの絶海に住む人々は彼女たちをも暖かく受け入れ、また、受け入れられたのだ。
「うん、それはいいことだよ。きっと」
そして、目線を上げて次に突き抜けてくるのは。
己にとっての『故郷』が向ける、猜疑心に満ちて冷たく突き放す視線たち。
「セーラー戦士だ……!」
「なんでこんなところに!?」
住民たちも、最初は戸惑っていた。
当然、セーラー戦士が狩人を庇う理由が無くてはならない。
彼らは血眼で互いの顔を見て、納得できる理由を探し続ける。
「そうか、噂には聞いてたが……奴ら、裏切りやがったんだ!」
迷いから生まれる囁きが、棘を生み。
「ああ。きっとその狩人とやらと結託して、この世界を侵略するつもりだ!」
誰かが決定的な結論を出した瞬間、それは感染症以上に素早く伝染した。
その危険性を察知したプルートが急いで前に出る。
「待って下さい! 彼女たちは狩人の姿こそしていますが、実際はセーラー戦士で……!」
「じゃあ余計に信用ならんな!」
せっかくの釈明も、怒声によって遮られた。
「そもそも、あんたたちには信用ってもんがないのよ!」
「そうだ。1ヵ月近く経っても怪物どもを食い止めるどころか被害が大きくなってるじゃないか!」
「お前たちがちんたらしてる間に何人消えたと思ってる!?」
次々に連鎖する罵倒に思わず、戦士たちの足が竦んだ。
もはや、セーラー戦士は守護者としてすら認識されていない。
単なる話し合いでは御しきれないほどに、住民たちの怒りは膨れ上がっていた。
「出てけ────ッ!」
やがてある物体が数個、集団の間から投げ入れられた。
灯油を詰めた火炎瓶だった。
サターンがほぼ反射的に、沈黙の鎌を縦に構えた。
「サイレント・ウォール!!」
闇のバリアを半球状に張った瞬間、中空で炎が飛び散った。
そしていよいよ、バリアの周囲に人々が一斉に詰め寄せた。
「……どうやら、我々は歓迎されてはいないようですね」
「ジャグラスの群れも、このうるささには敵わないな」
青い星と編纂者も剣吞とした雰囲気を感じ始めていることが、隣にいるうさぎには分かった。
罵詈雑言の海のなか、彼女は逃れようとするように空を見つめた。
「全部、変わっちゃった。あたしたちも、街のみんなも」
うさぎが発した一言に、戦士と狩人たちの視線が集まった。
「ずっとこれまでじゃ有り得ないことばかり続いて、みんな、おかしくなっちゃったんだ」
「……」
ちびムーンは何も言えないまま、うさぎが金色の籠手の裏で拳を握り締めるのを見つめた。
「あっちの世界が悪いんじゃない。あたしたちがもっと早く調査団に正体を明かしてたら、こんなことにならなかった。全部あたしたちが……ううん、あたしがきちんとしてれば」
寝坊して怒られ、学校に遅刻し、放課後に友人と笑い合う。
そんな思い描いていた『いつもの』故郷は、跡形もなくなっていた。
空の色は前と変わっていないのに、あの時過ごしていた日常は幻だったのではとすら思えるほどに。
「……いったいあちらで何があった。何が君をそこまで絶望させる?」
タキシード仮面が肩を掴むも、うさぎの口は何も言い出せない。
サターンがバリアを張る間その場から動けないのをいいことに、暴徒たちは好き放題に罵倒を浴びせかける。
火炎瓶も、再び数度ぶつけられた。
暴徒たちは舞い上がった火に興奮して、更に槍でバリアをより狭く囲い込もうとした────
「やめてッ!!」
そこへ1人の少女が飛び出て、槍の行く手を塞いだ。
うさぎはその後ろに波立つ茶髪と深緑のリボンを見て、沈みかけていた瞼を上げた。
「なる……ちゃん……?」
大阪なるはうさぎの親友で、宝石店のお嬢様。芯が強くて優しい子だ。
群衆たちの戸惑い交じりの喧騒に紛れたせいで、その名を呼ぶ声は届かなかった。
続いて彼女の母も前に飛び出て、群衆から庇うように娘を抱きしめた。
「私は直接見たものを信じます。誰が何と言おうと、助けられたことは事実です」
それで終わりではなかった。
暴徒の間を駆け抜けて複数の足音が鳴る。
「囲め囲め──ッ!」
まず背の小さい神主らしきお爺さんと、ぼさぼさ頭の若者が手を広げる。
「おじいちゃん、雄一郎……!」
レイが、思わず小さくも声を上げた。
彼女の祖父は現役の神主で、ぼさぼさ頭の雄一郎は神社の居候。レイに片想いをしていて、やる時はやる男である。
更に、洒落た服を着た4人の女性も入って来る。
「何やら騒がしいと思ったら、こんなことになってたとはね」
「なんとなーく事情は察せるわ」
四女コーアン、三女のカラベラスが、鉄パイプを持つ暴徒たちをため息交じりに眺め回す。
「貴女たちは、あやかしの四姉妹!」
「ふふ。大声で呼ばずともよろしくってよ」
「あんまり良くない再会だけど、出来る限りのことはやらせてもらうわ」
あやかしの四姉妹は、以前は敵だったが今は改心して化粧品店を営んでいる。敵幹部に競争させられていた時とは見違えて、現在の姉妹仲は良好。
驚いたちびムーンに次女のベルチェがにこやかに答え、長女ペッツは強い眼差しで暴徒たちを睨みつけた。
「みんな。そもそも、狩人さんも俺たちと同じ被害者だ! この世界を狙ってるだなんて、全部でたらめだ!」
「元基、お兄さん……!」
次に美奈子は、ノートを片手に立って声を張り上げる男性を見上げた。
元基は、喫茶店とゲーセンのバイトをしている優しい人柄のお兄さん。少女たちの憧れで、衛──現在はタキシード仮面──の大学友達だ。
「……『日常』は、残ってる。故郷は、その根っこは、変わってないよ!!」
まことが半ば涙ぐみながらうさぎへ叫んだ。
まだ呆然としている彼女に、タキシード仮面が跪き、微笑んだ。
「君の力だ。君の力が、彼らを動かしたんだ」
うさぎはその瞳にやっと光を取り戻し、涙をあふれさせ始めた。
そう、彼らは確かに、彼女たちの『日常』にいる人々だった。
それだけではない。
一人、また一人。次々と、人々がただ黙って暴徒の群れから抜けていく。
先ほど子に石を持たせようとした母親も、子どもを胸中に抱き抱えて群衆の前に姿を現した。
「……さっきは、本当にごめんね。私が間違ってた」
彼女はそう、自分を見上げる我が子へ小さく呼びかける。
なるの母は優しく微笑んで、その親子を受け入れた。
それを見てから、状況が変わった。
無言ながら、親子を覆い隠すようにして人の壁が作られていく。
「お、おい、嘘だろ。こんなに減るのか!?」
暴徒の1人が慌てて叫んだ。
鉄パイプを持っていた人でさえ、その幾つかが味方に回った。
暴徒と思われていた集団の、実にほぼ半分が抜け出した。
「す、すまないが……これ以上は出来ない。流石に、子ども相手に火炎瓶を投げるなんて……」
「そもそもあそこまでするなんて、会合では一つも聞いてなかったじゃない」
暴徒たちの基礎が揺らぎ始めたことに、レイの祖父はにやりと笑って。
「力に自信のない人、特に子どもはなるべく内側に囲め! 石や棒はすべて、体力に自信のある若者と大人で背中に受けるんじゃ!!」
「お、お師匠は大丈夫なんですか!?」
「ばっきゃもんッ! 儂はかわえー
レイの祖父は、箒で雄一郎の頭をはたいた。
「クソッ、こうなったら徹底抗戦だ! 警察なんて待てねぇ!」
間もなく、投石攻撃の第二波が襲い掛かる。
流石に子どもがいることで躊躇ったか、火炎瓶は飛んでこない。
「隙間なく囲め! 絶対に穴を開けるんじゃない!」
「セーラー戦士さん、今後は我々が護ります。次に何をしたいか言って下さい! 我々も何とかお手伝い出来る範囲で……」
再び始まった喧騒の中、雄一郎が叫んだ時、目視できるほど分厚い空気の層が駆け抜けた。
重音。暴風。
それらが、白熱しかけた人間たちの空気を一気に冷ましてしまった。
「……ッ!?」
ある者は倒れ、ある者は転んだ。
衝撃は空から来たらしい。
先の一瞬、その場にいる誰も地上に注目するだけで、全くそこには意識が移っていなかった。
急いで、見上げると。
赫い星。
それが尾を引いて、東京の曙に染まった空を駆けていた。
人々の視線は引き付けられた。
「ありゃ……なんだ」
人々を威容に包み込む。
うさぎの親友であるなるは、呆然としていた。
「……彗星?」
それはさも、意志を持って動いているように見えた。
いや、持っている。
何故ならその星が突然、軌道を大きく曲げたからだ。
「な、なんじゃあれは!?」
「おおおお、師匠! まさか、せ、世界の終わりでしょうかッ!?」
人間たちは不吉な予感のする凶星を、先の威勢もなし崩しにして怯えた。
唯一、周囲と反応が違う者たちがいた。
調査団の面々である。
「……あれは!」
「ちくしょう。奴め、先日の撃退で懲りていなかったかッ!!」
青い星の言葉に、大団長は歯を食いしばって星を睨みつける。
やがて、彗星から光が枝分かれた。
火の玉は夜明けの空に強い輝きを持って、深い軌道を描いて落ちてくる。
「……落ちてくるわ! 建物の陰に隠れてッ!!」
亜美が声を振り絞って叫んだ。
「うわあああああああああああああああ!!」
つい数秒前まで暴徒たちだった人々を中心に、悲鳴が響き渡った。
麻布十番に、零れ落ちた火の玉が降り注ぐ。
高高度から剥離した
第一弾は、廃墟となったビルを突き破った。
第二弾は、駐車場の自動車たちを吹っ飛ばした。
次に、第三弾が人々の真上へ堕ちようとした。
咄嗟に、サターンがバリアを解除する。
「デッド・スクリーム!!」
次にプルートが呪文を唱え、紫光を杖の先から撃ち放った。
彼女が予測して読んだ軌道は、見事に当たった。
永い時が封じ込められた力により、破片は爆発と共に何とか相殺される。
「お見事……というには、早すぎるか」
大団長は、旋回しながら高度を下げて来た彗星を見上げて呟いた。
その朝日を浴びる星の動きは、まるで何かを探すようにも見えた。
「……あの方角」
うさぎは、彗星の動きを目で追った。
そちらへ視線を向ければ極々自然に、先ほど話題にしたそれが、目に入った。
「まさかッ」
途端に、彗星は急加速し。
東京タワーの展望台直上へ、突っ込んだ。
爆散、轟音。
そして、黒煙。
黒く焼けた鉄骨の破片が、ばらばらに吹っ飛ぶ。
電気文明の象徴が千切れ、支えを失った上部が高音と重低音を同時に立てて。
さも人間たちへ見せつけるようにゆっくりと、ゆっくりと、倒れていく。
やがて頂上が地面に落ち、大きな地響きを立てた。
それまで何とか纏まりを作っていた群衆は、大混乱に陥った。
同時に、隙の無かった包囲に穴が空いた。
さっきまで怯え切っていた雄一郎だが、そのチャンスを見逃さず、
「い、今のうちに! どこまで行きますか!?」
「東京タワーですけど……でも、あなたたちは逃げた方が!」
「この先さっきのような奴らがいるかも知れませんから、囮は必要です。なぁに、たとえ俺だけでも御供しますよ」
ちびムーンの答えに、雄一郎はまだセーラー戦士たちを護るべく周りにいる人々へ振り返って、
「みなさーん! 身の危険を感じてる方、感じた方は絶対に変な遠慮なぞせず、すぐに逃げてください! なんせ相手はあんな、意味の分からん化け物ですから!」
その言葉を聴いて胸をなでおろす者がいたことは確かだった。
特に子どもを持つ親は、深く頭を下げてから逃げていく。無論誰も、それを責めることはしない。
「セーラー戦士さん、狩人さん!」
去り際に、少女なるが叫ぶ。
「あたしたちは何も役に立てないけど……後はお願い!」
「ううん。十分すぎるくらい、助けられたよ」
親友の声は、確かにセーラームーンの、そしてうさぎの背を押してくれた。
現に、その視線は既に真っすぐと彗星が奥に光る東京タワーへ向けられていた。
ちびムーンがそれを見て、言い添える。
「ありがとう。絶対、勝ってみせるから」
なるは、母と共にその場を去った。
もうそれ以上抜けようとする者はいない。
「俺は大丈夫だ!」
「私たちも行くわ!」
「よーし、護送するぞ────ッ!」
真っ先に名乗り出た者たちを筆頭に、セーラー戦士護送隊は出動した。
周囲が混乱するなか、走る狩人と戦士たちを囲っていく。
案の定、5人くらいの男たちがバットを振り上げて追いかけてきた。
「奴らを街の中心へ行かせるな! ひっ捕らえろ────ッ!!」
今でなお追い縋ってくるとなれば、執着心に長けた熱心的な者しか残っていなかった。
時節引き剥がそうとしてくる多少根性のある者たちには、腕っぷしのある者が壁となって対処する。
「おい、あそこは女ばかりだ! 全員で突っ切れ!」
彼らの一部は、四姉妹に容赦なくバットを振るおうとした。
しかし、彼女たちは怯みもせず。
「ふふ。そう思って来てくれるのを待っておりましたわ」
ベルチェの笑顔を皮切りにして姉妹全員がマスクを着け、懐から黄土色の球を揃って取り出した。
狩人である青い星は、臭いですぐその存在に気づいた。
「こやし玉……?」
彼女たちは、そのボールを男たちへ3個ほど投げつけた。
それらが服や地面についた瞬間、どろりとした物体が飛び出し。
男たちは鼻をつく劇臭に、倒れ込んだ。
「なんだ、この臭いは!?!?」
「おえええええええええ!!!!」
吐き気まで催すほどの臭いにもんどりうつ彼らに向かい、三女のカラベラスがウィンクした。
「驚いた? とあるむっさぁ~いおじ様からのプレゼント♡」
「どーお? あんたたちに掴みかかられる前にいくらだって投げてやるけど?」
コーアンは堂々と男たちの前に立って、予備の20個以上のこやし玉を取り出してみせた。
しかもそれくらいの数を、姉妹一人一人が持っている。
「ひ、ひいいっ」
大の男たちがたまらず悲鳴を上げて退散していくのを後ろ目に、東京タワーへ向かうタキシード仮面は再び内部戦士たちへ視線を向けた。
「……天彗龍バルファルク。超音速で空を翔ける、生ける彗星か」
新大陸組から簡潔に一通りの説明を受けた東京組は、現在も東京の空を回る彗星を畏怖にも似た表情で見上げた。
「ある意味、彼は今までで最も危険な古龍だ。少しでも隙を与えれば、東京から逃がして被害を拡げかねない」
「いや。その心配は現在のところ、無用である可能性が高い」
そう横から口を出した大団長に対し、タキシード仮面が疑義の視線を向ける。
「奴さん、わざわざあの鉄塔を破壊しただろ? 恐らくあれは、巣を作るためだ」
ちょうど、東京タワーは上部展望台の辺りが壊されていた。
一見無造作に破壊したようだが、言われてみればスペースを確保するかのような破壊の仕方である。
「なるほど……あの真下にエナジーの塊があるとするなら、その真上は溢れ出すエナジーに満たされた場」
亜美は半ば感心したように顔を上げた。
「彼はまさに、あの最高の寝床を探して新大陸から飛んできたのだわ。そしていま、遂に新しい家を見つけた」
改めて大団長はセーラー戦士たちの方へ振り向き、やや苦い顔で頷いた。
「即ちヤツは、この一帯を縄張りと定めた可能性がある。この街にとっちゃあ、実に迷惑極まりないがね」
「……なるほど」
まことが、寸断された東京タワーを前に拳を握り締める。
「よりによって今、どーいう訳で引っ越しに来たか知らないけど……流石に、おめおめと許すわけにはいかないな」
うさぎも背後を護ってくれる人々を振り返りながら、
「あたしたちが、ここで護らなきゃ。この街を、あの人たちを!」
文字通り、背後には自分たちが戻ろうとしてきた日常が、その中にいた人々がいる。
いまこの場では、セーラー戦士たちだけがその砦だ。
はっきりと強い意思が戻ってきた彼女を見て、仲間たちも頷きあった。
「……だけどあの速度を前に真正面からじゃ、流石に分が悪いわ」
「彼が油断した時を見計らい、出来れば動き出す前に片をつけるべきですね」
レイの憂慮に対しプルートは素早く出すが、
「……でも、油断なんて……どうやってさせんのよ? まさか疲れて寝るまで待てってーわけにもいかないでしょ」
美奈子は途方に暮れて、未だ空に光る星を見上げた。
両方の世界に時間のズレがある以上、此度の戦いは時間との勝負でもあった。
じっと待っている間にあちらの世界でなにかあったとなれば、目も当てられない。
一方でちびムーンは、四姉妹が持つこやし玉を見つめた。
彼女が「ねぇねぇ」とサターンの肩を叩き、囁く。
「……え、それは流石に……」
「まずは何でも試してみようよ!」
彼女たちの間で話が纏まると、怪訝な顔をする面々の前で、サターンが調査団の、青い星の方を向く。
「青い星さんは一度、バルファルクと戦ったご経験があるのですよね」
短く黒髪をまとめた少女は真っすぐ、青い星の瞳を見つめた。
「少しだけ無茶なお願い、させていただけませんか?」
──
天彗龍にとって、地上にあるものは一切無価値だった。
小さな生物たちが喧しいが、そんなことは彼の前では何の意味も持たない。
彼はただ、『安心して眠れる場所』を求めていた。
それ以外のことは、さして気にすることでもない。
いま、周囲の状況の確認が終わった。
少し遠く──10kmほど先、編隊を成して飛んでくる物体を数個見つけた。敵かも知れない。
とはいっても、こちらとすぐ一戦交えるには遅すぎる。その気になれば苦も無く撃ち落とせるだろう。
──そこへ、異臭が鼻を突く。
彼が新しく作った寝床からだ。
侵入者か。
視力を始めとした五感に優れる古龍にとって、遥か遠くにいる敵よりもそちらの方が一大事であった。
中身が丸裸になった東京タワーの展望デッキへ、彼は銀色の身体を傾けた。
槍のような翼から噴き出す炎を少しずつ弱める。
展望デッキの上空で、噴気孔を真下へ向け。
赫い龍属性の炎『龍気』を逆噴射して、着地した。
槍状の尻尾、分厚い胸、突起の突き出た背から細い四肢にかけてすべてが、冷たい銀色に覆われていた。
胸の下部からは逆に、熱を孕んだ赤い光が漏れ出る。
翼というにはあまりに異様な、肩より出でて背後へ放射状に伸びる6対の巨槍。
それはむしろ、三つの鋭爪を持つ腕のようにも見えた。
天彗龍バルファルクは歩きながら、隼に似た鋭い顔立ちをぐるりと注意深く回した。
近くで何かが、床に当たって跳ね返った。
音がしたのは、タワー上部が倒れ込んだ方向。
日当たりのよくなった展望台上部のなかで唯一、陰が出来た部分だ。
その正体を確認せんと、天彗龍はその歩を進めた。
しかしあるところで、彼は立ち止まる。
「……ルルル」
翼を展開する。
その刃にも等しき尖部を────
一所に束ね、突いた。
槍の間に展開される靭帯の伸縮により三つの爪は極長大な剣となり、たった一本で上部と下部を繋ぎ止めていた支柱を断ち切った。
「さすが。見破っていたか」
しかしその先には、黄土色の物体の大きな塊しかなく。
その頭に、倒れゆく鉄骨を蹴り出して人が飛びかかった。
──
展望台上に残る赤い鉄柱から飛び降りた青い星は、盛大に天彗龍の頭へ大重量をぶち込む。
その鎧は周囲の臭いと同化させるため、隈なくこやし玉が塗り込まれていた。
頭に思わぬ衝撃を喰らって怯んだ天彗龍に、更に薙ぎ払いで追撃を狙う。
「……!」
しかしその一撃は見透かされ、飛び退いて躱された。
その相手を視界に認めた天彗龍は空のように青い瞳を見開き、敵意を一気に滲ませる。
「覚えているだろう、この顔を」
激情に駆られたように龍は牙を剥き、ほぼ反射的に目の前の人間に噛みつこうとした。
しかし狩人はすぐ横に回避。そのまま攻撃せず、 展望台中央の鉄骨と構造物の入り組んだエリアへ逃げ込んだ。
バルファルクはその残骸の小迷路を前にして、それまで後方に向けられていた銀翼を前に向けた。
血のように紅く染まる噴気孔を構え──
龍気を矢継ぎ早に撃ち出した。
龍気は機関銃の銃弾の如く、接触した鉄骨やコンクリートを爆破し、溶かし、分解し、黒い塵へと消し飛ばす。
『機銃掃射』は数十秒間続いた。
遮蔽物となるべきものはほぼ破壊し尽くされた。
跡には龍属性特有の赤黒い雷と煙が立ち昇り、太い支柱以外はほぼ跡形もない。
いつまでも出てこない狩人に、天彗龍は遂に痺れを切らした。
残った支柱の1本を無理やり銀翼でこじ開け、中央の空間へと押し入った。
「良い場所へ来てくれた」
狩人は中央に来てくれた天彗龍を見下ろしていた。
その体は支柱の残骸にぶら下がっている。
煙に紛れて、スリンガーから射出したロープを巻き付けたのである。
バルファルクは即座に上方へ龍気を撃ち出すが、青い星はそれをも予期して軌道から外れる。
狩人はそのまま天彗龍の頭上を越し、背中側に着地。
そこから走り際に、足元に燻る龍属性の火種を5個ほど取り上げた。
次に目を付けたのは、バルファルク────
ではなく、残り三本となった支柱。
上から見ると「く」の字を作るように立つそれらのうち、端の位置に立つ最も損傷の激しい一本の柱に目をつけた。
「はぁぁぁああああああッッ!!」
すぐさま鉄柱に、赤い鱗の大剣を思い切り打ち付ける。
無論、それだけでは少しばかり折れ曲がっただけ。
その直後、先ほど拾った『滅龍弾』を────大剣の次に構えたスリンガーで、まとめ撃つ。
鉄柱はあっという間に侵蝕が進み、黒く柔く変色した。
そこへ、構え直した大剣を大きく振りかぶり、膂力を込め、踏み込む。
がぁんッと、火花が散って鳴った。
支柱は巨刃による一撃を簡単に通し、寸断された。
少し前まで四角錐を成していた、東京タワー上部。
それが今や中折れた箱型の残骸となって、潰れて倒れていく。
塔を構成していた鉄骨たちは折れて千切れて、複雑に絡み合い。
結果として、天彗龍を閉じ込める牢屋となった。
これでは、天彗龍は完全に身動きが取れない。
青い星は大剣を背にしまい、試すかのような目つきで彼の忌々しげな瞳を見つめた。
「さあ、どうだ」
「……」
天彗龍はやがて、あるところを睨んだ。
目の前の人間ではなく、自身の真下を。
やがて肩上にある翼の基部──爪とは反対の方向にある棘──が突き合わされ、槍のように振りかざされた。
「……気づかれたか」
それを見た青い星は、舌打ちした。
メインデッキの天井に容易く風穴が空く。
天彗龍が、崩れ落ちた天井を踏み超えて展望室内を覗くと。
ちょうどサターンが、衝撃によって転びながらも沈黙の鎌に闇のエナジーを溜めているところだった。
青い瞳にぎろつく赤い瞳孔が、少女をしっかりと捉えた。
「くっ……!」
まだ溜められたエナジーは小さかったが。
「サイレンス・グレイブ・サプライズ!!」
奇襲の失敗を悟った彼女は天彗龍の顔を睨み、すぐさま光弾を撃とうとした。
天彗龍は龍気を後方へ噴射し、瞬時に牢獄を突き破って離脱。
直後、彼らが戦場としていた展望台中央が、黒い闇の奔流に呑み込まれた。
万物を消滅させる攻撃を避けたバルファルクは、空中で静止。
エナジーをほぼ使い果たしたサターンは、鎌を杖代わりに立っていた。
穴の向こうに浮かぶその龍を見上げ、息を切らす。
「せっかく、注意を惹きつけてくれたのに……ッ」
間隙無く横からプルートが穴を飛び出し、宝杖から光弾を撃つ。
しかし天彗龍は焔の噴き出す翼を軽やかに傾け、それを蝶のように回避する。
「……流石に、見え見えだったというわけですか」
「なら、作戦第二弾ね!」
戦士たちと入れ替わり、戦士であり狩人でもある5人の少女たちが、穴から次々に飛び出した。
いの一番に叫んだ美奈子が、ヘビィボウガン『レイ・ロゼッテス』を構える。
守護星である金星の光が、天彗龍にも引けを取らない速度で貫通弾を三発弾きだす。
それらは龍を浮かせる銀翼に掠り、浅いものの幾許かの傷を残した。
しかしそれらはあくまで、彼にとっては様子見でしかない。
お返しに、彼は身体を水平に傾けた。
赫い炎が一際明るく輝く。
「来るッ!」
亜美の声が届くとほぼ同時、銀色の弾丸が少女たちの間を貫くように横切った。
超高速の低空飛行が熾烈な暴風を生み、彼女たちを吹き飛ばそうとする。
僅か数秒にして上空へ辿り着いた天彗龍は、その隙へ龍気の弾を上空から撃ちこんだ。
ただし、軌道は複数人を狙ったためかばらけている。
狩人たちは瞬間的に反応して、弾を危なげなく回避した。
「懐に潜り込めば、ある程度は対応しやすくなる……そうですよね、青い星さん!」
燃え盛る太刀『斬竜ヘルヘイズ』を鞘から抜いて叫んだレイに、狩人は頷いた。
「ヤツも、自分の弱点に気づけないほど馬鹿じゃない。裏を掻かれないよう気を付けろ!」
「今、この故郷の運命がかかった場で……油断できる奴なんかいませんよッ!」
まことが、電撃を這わせたハンマー『王牙鎚【大雷】』を構える。
天彗龍は次に銀翼を第二の腕のように拡げ、横殴りに振りかぶった。
彼女はその凄まじい効果範囲を誇る攻撃を伏せて避け、そこから溜めた力で肉薄、顎をぶん殴った。
「グルゥ……ッ」
少しはやるかと言わんばかりに唸る天彗龍。
そこへ、冷気を伴った弾が肩周辺を突く。
「あたしたちも、あなたに無策で挑んでるわけじゃないわ。万一に備えて、青い星さんから聞いて知ってるのよ」
まことの後方からライトボウガン『アイスイーグル』を撃った亜美を、龍は睨んだ。
そう遠くはない。少し踏み出すだけで届く距離だ。
彼はあの涼しい顔を粉砕せんと四肢を動かし、蛇行するようにして噛みつこうとした。
「自身の使う龍属性以外、すべての属性があなたの弱点だってこと」
彼女が飛びのくと同時に冷気の爆発が轟いて、天彗龍の不意を突いた。
そこへ、灼熱を伴った太刀の連撃が降りかかる。
レイによる、隙を見逃さない連携だ。
「やっぱり。自分の寝床じゃ無茶な動き、しにくいわよねッ!」
休む間もない四属性の嵐に、天彗龍は思わず足を崩しかけた。
属性の力を使う者たちが特に狙うのは、主に前脚。
彼が飛ぶのにも、まずは踏ん張らないと話にならない。
そこで脚部を徹底的に狙い、動きを鈍らせる。そもそも飛ばせない。
己の故郷の運命をまさにそのど真ん中で背負う者たちの迫力たるや、天彗龍の反応速度すら上回るものがあった。
だが、これもまだ前段階に過ぎない。
「だああああああッ!!」
一瞬止まった頸に、容赦なく飛ぶ斬撃。
銀色の大剣『輝剣リオレウス』による、鋼鉄すら断ち切る一撃だ。
使い手はうさぎ──セーラームーン。
故郷でかつて見せていた慈愛溢れる浄化技など忘れたかのように、龍の銀鱗を剛断する。
そして怯んで振り払われた頭へ、同じく大剣を振り下ろすのは調査団の英雄、青い星。
名こそ明かされぬものの、赤い鱗に溜まった力を解放することで放たれる威力は、輝剣リオレウスに匹敵、もしくは凌駕するものがあった。
天彗龍の身体には、僅かな時間で大小の傷がついた。
弱る気配など未だないものの、彼を怒らせるには十分だった。
龍の後頭部から、翼から、龍気の炎が噴き出す。
「キィィィィイイイイイイイィィィィィイイイッ!!」
天彗龍は文字通り、怒りの炎を滾らせた。
牙を剥いて首を上げると共に、甲高い咆哮が東京の明け空に響き渡った。
そこからバルファルクは、少女たちにとって全く未知の行動を取った。
突如突っ立って、胸を張って空気を吸い込み始めたのだ。
口から、胸の吸気孔から、気流が体内へ溜められていくのが分かる。
「な、何をする気!?」
耳を塞いでいた美奈子が叫んだ。
吸い込みは一瞬で終わった。
その時、天彗龍の翼は今にも爆発しそうな赫色に染まりきっていた。
「見たことのない状態だ!」
青い星は、目を見開いて叫んだ。
亜美は、溢れ出した龍気に半ば隠れる眼を見つめた。
「ハンターさんが、見たことないですって?」
「……だとしても」
まことは唇を噛み締め、得物を構えて走り出した。
「やることは、決まってる!」
天彗龍はただ、彼女の動きをじっと見つめただけだった。
頭に一直線、振り下ろす。
確かに、攻撃は当たった。
しかし槌頭から溢れた雷は、途中で搔き消えた。
「……くそッ!」
天彗龍は赫く燃える翼同士を突き合わせ、そこから一所に撃ち出した。
過剰に溢れ出した龍気が、戦場に溢れる。
やがてそれらは、一挙に爆発した。
「ぐっ……」
青い星は未知の攻撃を避けきれず脚の防具に黒い雷を貰い、その場に崩れ落ちた。
「この塔の地下から溢れる生命力を、大量に吸い取ったか……」
天彗龍は翼を広げ、飛び上がった。
あっという間に彼は地上と距離を離し、赫き彗星となる。
「逃げられた……ッ」
「いや、あの動きは」
青い星が、レイの呟きを否定した。
彗星は、円を描いた。
超超高度へと飛び去った彗星が、一瞬、太陽にも迫るほど輝き────
地上へと折り返す。
「全員、外へ!」
青い星が叫んだ。
次に何がやって来るのか。
誰もが何も言われずとも、はっきりと理解できた。
各々が、展望台から外へと飛び出す。
「……うさぎちゃんと、ハンターさんは」
落ちてゆく景色のなか、亜美が呟いた。
数秒後、東京タワーの展望台はど真ん中から貫かれ。
その一瞬、音が置き去りにされた。