セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
1958年竣工。
東京都港区を見守ってきた、東京タワー。
そのメインデッキ上部が、爆発四散した。
高度100mほどにある展望台すべての窓ガラスが割れ、粉となって散らばった。
身を投げ出した少女たちはすぐ振り返り、スリンガーのロープを未だ健在のタワー下部へ放つ。
何とか鉄骨に絡まったアンカーを引き寄せ、彼女たちは側面へ掴まった。
「サターンとプルートはッ!?」
「まだ持ち堪えてるわ!」
鉄骨越しに、東京タワーの内部階段に2人のセーラー戦士の姿が見えた。
直撃の衝撃は凄まじく、サターンとプルートも手すりに掴まるのがやっとだった。
しかし。
「あぁああああああッ」
遂に、階段が崩れた。
「サターン、プルートッ!!」
彼女たちの身体が、藻掻くも虚しく落ちていく。
何十m下の地面に落ちそうになったその手を、何者かが掴み取った。
──
その爆心地。
天彗龍は尚、平然として。
「キィイイイイイィィィィィィィィィィィィィンッッッッ……」
銀翼を広げ、天高く、堂々と咆哮した。
「く……っ」
うさぎは、青い星の前で大剣を床に突き刺し盾にしていた。
それを、ゆっくりと傾けて覗く。
周囲はほぼ更地になっていた。
展望台としての装飾は剥ぎ取られ、所々穴の空いた床だけが、廃墟のようにして残っている。
「まさか、本当に突撃してくるなんて」
「これは本気じゃない」
うさぎは、爆風のなか必死に庇っていた狩人へ振り返る。
「一度、コレを体験したから分かる。彼は自分の寝床を破壊しない、ぎりぎりの威力で攻撃した」
青い星はポーチから取り出したウチケシの実を握り潰し、その粉を自身の防具へ振りかけた。
傷こそ治らないものの、龍属性の雷は退いていく。
「だが、もう強襲を仕掛けてくることはないだろう。これはある意味、チャンス……」
爆音が頭上の空気を切り裂いた。
空を見上げた時には既に、それらは頭上を通り過ぎていた。
3羽の『鉄の鳥』たちだ。
──
地上から見ても分かるほど、それらは、グレーに輝く己の身体を天彗龍に見せつけるように飛んでいった。
「空自のF-15J……勝てるぞ!!」
「あんなエセ戦闘機、撃ち落とせぇッ」
男性を中心に、『鉄の鳥』を信じ応援する声が響いた。
「……」
編纂者が覗くゴーグルの望遠レンズの向こうで、天彗龍は無言で銀翼を開いた。
直後、急加速を経て。
彗星は、自ら『鉄の鳥』の群れへ直行した。
『鳥』たちはそれを、統制の取れた動きで躱す。
音の速さを超えた彼らは市街地を飛び出、レインボーブリッジを通過、豆粒の大きさになって海上の沖合へ出た。
「なるほど、あれに人が乗ってるのか。鳥を作って乗り込むとは、面白いことを考える」
呟いた大団長に、衛は思わず振り向いた。
その男は未知の文明に驚くというより、感心していた。
我慢強く沈黙していた編隊が、遂に散開した。
遥か遠方で、点の大きさになった彗星と『鳥』が、もつれ合うように飛ぶ。
市街地を出るまで一方的に追いかけられていた『鳥』たちは立場を転じようと、蛇のように軌道をくねらせた。
その頭辺りがぶぅぅぅぅぅ、と唸って、天彗龍めがけ点滅する光を撃ち出した。
「あいつらが倒してくれるなら、それでいいんだが」
「そうですね。出来る限り、相棒の安全も確保したいところですし」
大団長と編纂者の対応は実にあっさりとしていた。
衛に大切に抱えられたちびうさが、2人の顔を覗き込んだ。
「あ、あのー」
「なんだ」
「気にしないの? 狩人としての誇りとか、そういうのって」
それを聞いた大団長は苦笑いして、
「誇り……ね」
彗星に堕とされる気配は一向にない。
むしろ、彼と『鳥』たちの旋回能力には目に見えて差があった。
遂に1羽が、主翼の下部から翼を持つ白い弾を放つ。
それは尾から火を吹いて緻密な軌道を描き、彗星を自ら追いかけた。
続いて、もう1羽、更にもう1羽も。
しかし彗星は即座に状況を理解したのか、そのいずれの弾をも引き離す速度で弧煙を描く。
「まず、ここはお前さんたちの世界だ。そっちのやり方をとやかく言う権利はない」
彗星はビルに突っ込み、破砕してそのまま突き進む。
あまりにも正確無比かつ愚直に彼を追っていた3発の弾は、盾となって崩れ落ちるビルを避けきれず、直撃、爆散した。
「あの『鳥』に乗る奴らだって、全力で街を護ろうとしてるんだろう。その気持ちを否定する筋合いはどこにもない」
『鳥』たちは一時、怯んだように黙ったが。
負けじと、更に弾を追加する。
この世界で空対空誘導弾と呼ばれるそれらは、またしても彗星を撃墜せんと迫った。
「少なくとも我々調査団も、知るために、足掻くために、出来ること考え付くことは全てやっている。アレで安全に狩れるなら、正直喉から手が出るほど欲しいな」
「……!」
少し遅れ、ズドン、と重い音が鳴った。
赫い彗星は『鉄の鳥』や彼らの放った弾をあまりにも容易に突き放した。
周囲にコーン状の雲を張り付け、僅か5秒足らずで超高高度へ上昇。
その尾部から──
「無論、その相手も必死なわけだが」
何十という数の龍気が、撃たれた。
標的へ昇ろうとした5発以上の弾は、龍気の嵐のなかであるものは軌道を曲げ、あるものは迎撃された。
数の暴力に抗しきれず、上昇しようとした2羽の主翼が龍気に撃ち抜かれ、もげた。
残った1羽は逃げず、せめて一太刀と機体を持ち上げた。
しかしその時既に、『鳥』の半身は無くなっていた。
彗星は高高度から1秒足らずで急降下、人の反応速度を超える体当たりを見舞ったのだ。
さっきまで『鳥』を応援していた歓声は、沈黙した。
しばらくの間、一体何が起こったのか理解出来ていなかった。
やがて、1人の若者が掲げていた旗が落ちた。
「マッハ……どれくらいあったんだ、いまの」
「戦闘機が負けた、だと?」
「嘘だっ! 噓だ噓だ嘘だ、おかしいだろっ、こんなの、夢だ、悪夢だッ!!」
──
彗星が悠々と高高度を回るその下で。
草色のパラシュートが計3つ、開いて降りていく。
それを見つめるうさぎの傍で、青い星は研ぎ終わった武器を確かめて立ち上がった。
「……どうやら、楽はさせてくれないか」
次に少女が目を引かれたのは、東京タワーの麓。
先ほど破片が街に降り注いだにも関わらず、人が東京タワーを中心に集まっていた。
「セーラー戦士さん、頑張れ──ッ!!」
「頼んだぞ、あとはあんたたちだけなんだ!」
『鉄の鳥』たちが敗れたいま、この場に残った縋れるものへ願いをかける。
あれほど意見が分かれていた人々が渾然一体となって、声援を送ってくれる。
「みんな……」
うさぎは声援を受けて、嬉しいはずだった。
なのに、なぜだか心が曇る。
「あの野郎に一泡吹かせてくれ!」
「どうか、仇を取って!」
「今度こそ、化け物どもを永遠に追い出せよ────ッ!」
声援は半ば、黒い敵意に染まっていた。
天彗龍という『敵』に対する憎悪と恐怖は、この街の群衆における共通事項だった。
熱狂を叫ぶその姿は、かつてアステラを占領したシュレイドの人々とも重なった。
間もなく彗星は高度を下げ、東京タワーの上空へ飛んできた。
それはすれ違いざまに、無数にも近い光をばら撒いた。
『鳥』たちを葬った龍気の嵐が再び降り注ぐ。
ただでさえ穴が空き傾きかけたうさぎたちの立つ展望台跡を、容赦なく穿った。
「……わッ!」
うさぎは再び舞台を揺るがした震動に跪いた。
青い星の予想通り、突撃はしてこない。
人間を殺すくらいならば、これで十分ということか。
彗星は鋭く弧を描いて折り返した。
再び、龍気を拡散。
今度こそ仕留めようと、体勢を崩したうさぎを狙ってきた。
まだ彼女は、やっと上体を持ち上げたばかり。
「間に合わ……ッ」
青い星が急ぎ駆けようとした瞬間、うさぎの前へ影が覆い被さる。
それが突き出した盾が、いま少女を焼こうとした龍気を防いだ。
「すまないな、遅くの登場で」
うさぎが顔を上げると、短い金髪が靡いていた。
その脇では海のように蒼い髪が、共に海面のように波打っている。
正体は、青い星の背に迫る、狩人の姿をした麗人。
「はるかさん、みちるさん……」
「……迷ってるのかい?」
はるかは彗星からいったん目を離し、膝をつくうさぎに呼び掛けた。
あの凛々しく、ややハスキーのかかった声で。
みちるは、地上から罵声の交った声援を送る人々を静かに見下ろした。
「彼らは変わったのではないわ。身内で身を寄せ合い、異物を憎む。人ならば誰だって持っている側面が表に出てきただけよ」
彼女の瞳には、怒りも軽蔑も映ってはいなかった。
うさぎは目を見開いた。
「故郷とは、自分が帰りたいと思えるところだ。そう思えないのなら見捨ててしまえばいい」
はるかは穏やかな表情で、爽やかなほどに言い切った。
セーラー戦士としては失格だと、別行動する以前なら彼女自身が言ったであろう発言だった。
「どうする? 立ち向かうのか、逃げるのか。どちらでも、僕らは君の判断を尊重しよう」
守護者としてはあまりに重大な判断を委ねる口調と視線は、ひたすらに優しかった。
しばらくの沈黙のあと。
「あの人たちのために、戦いたい。たとえ、彼らが愚かで弱いとしても──」
彼女は天彗龍を真正面に捉え、大剣を構えた。
「その弱さに、あたしたちは救われたから!」
言葉を聞き届けたはるかは眼を閉じ、微笑んだ。
「……いい顔になったな、プリンセス。僕たちはその言葉を、ずっと聞きたかったのかもしれない」
みちるも微笑んで彼女と見つめ合い、黙って頷いた。
うさぎは、決意を見守っていた青い星に振り向いた。
「ハンターさん」
「あぁ。今は全力で戦おう」
遂に天彗龍が、痺れを切らしたように降下してきた。
再び目前に現れ、焔を下方へ逆噴射する銀色の肢体に、切傷以外の負傷はない。
「もはや何が来ても驚かないと思っていたが……やはり古龍という生物にとっては、常識などあってないようなものらしい」
はるかはそう呟きながら、みちると共に武器を抜いた。
はるかは白騎士の如き『ベリオS』にチャージアックス『ブロスアームズ』。
みちるは大海のような色の鎧『ラギアS』にスラッシュアックス『ハイボルトアックス』。
第二戦、開始。
早速、天彗龍が銀翼を剣にして刺突する。
まず狙われたはるかたちは、圧倒的な反応速度と目測で回避。
その隙を使って一挙に距離を詰め、剣と斧で肩の辺りを斬り払った。
無論できた傷は非常に浅く、天彗龍は素早い身のこなしで彼女たちの横へと跳んで回り込んだ。
そこから、大きく振りかぶって噛みつきにかかる。
流石にその一撃は、当たることはなかった。
以前、バルファルクの動きには全く鈍った様子がない。
あれほど激しい空中戦を経て、地上戦へも速やかに対応している。
しかしそれに対する狩人陣営も負けじと縋りつく。
特に、海に浮かぶ村の人々によって補修された防具を着込む2人は、初見のはずの相手にも恐れることなく刃を叩きつけていく。
「皮肉だな。最新の兵器より、生身で剣をぶん回した方が傷を与えられるとは!」
「空こそが彼の領域ならば、この地が唯一、人が彼に抗える所よ!」
しかし龍の頭に一撃加え、視線を逸らさないままたまたま近いところに陣取った青い星は、
「いや。『鉄の鳥』があの時来て戦ってくれたのは大きいと思う」
「どういうこと?」
「さっきから、ほぼ龍気を使ってこない」
彼らが離れた直後、彼らの隣で銀色の剣が風を切った。
狩人のいう通り、第一戦と比較すると肉弾戦が中心になっている。
その分、懐に潜り込む隙もある程度出来ていた。
話を一旦切ったはるかとみちるは、それぞれ前脚と後ろ脚に斬撃を食らわせた。
彼女たちの武器に内蔵されたビンが、化学反応を起こして沸き立おうとしている。
忌々しく唸った天彗龍は噴気孔を震わせ、翻って翼先端の槍を突き立てた。
しかしその時には、青い星と他の狩人たちは十分に距離を離していた。
「天彗龍も、あくまで生物。使った龍気は必ずどこかで補給が必要になると考えられる」
「……そいつは、『鉄の鳥』も同じなんだけどね」
「油でも飲みに行くのかしら?」
皮肉っぽく笑ったはるかと冗談交じりで返したみちるに対し、青い星は苦笑いしてから真面目な顔に戻した。
「これは先の観察から立てた予測だが、恐らくかの龍は空気を龍気へ変換している」
「あっ、そういえば突撃して来る直前、空気を吸い込んで……!」
叫んだうさぎに、狩人は頷いてみせる。
「きっと、そいつが攻略の糸口だ。どこかで必ず無防備になる瞬間がある。そこを、一斉に叩く!」
戦士であり狩人でもある者たちは、一斉に頷き返した。
それからうさぎは天彗龍の背後から遠く、街の中へ降りていくパラシュートを束の間見つめた。
「みんなの気持ちが繋がっていく……これが龍にない、人の本当の強さ」
名も知らぬ『鉄の鳥』に乗った者たちは、敗けはしたがその行動をもって道を残してくれた。
いま、様々な人々の想いや願いを継いで、彼女たちは戦っているのだった。
天彗龍は次に、固まった狩人たちへ突っ走った。
ある所で踏み切り跳びあがった彼を見て、みちるはその場に伏せた。
はるかはみちるの前で、何の合図も無しに盾を構える。
青い星とうさぎは、大剣を盾にした。
龍は宙返りざま、背負う翼から放つ龍気を舞台へ叩きつけた。
何とか衝撃に耐えきった狩人たちは、着地した相手へと振り向いた。
すかさず天彗龍は天を見上げ、今にも飛び立とうと胸を震わせたが────
銀翼からは、今や少しの龍気しか出てこなかった。
彼がもし人間ならば舌でも打ちたい状況だろう。
そこに来て天彗龍は突如狩人たちを睨み据え、銀翼を横薙いだ。
「ぐっ!」
空中にある戦場のほぼ全域を叩き斬る剣閃に、狩人たちは回避とガードを迫られる。
一方の天彗龍は斬り払った反動で、少し離れたところへ飛びのく。
一時的ながら確保した安全圏で、天彗龍は四肢をどっしりと構え、先の突撃直前のように頭を上げた。
そこまで来て、彼はあるものに気が付いた。
胸にある溝のような吸気口に、2つの楔が撃ちこまれていた。
「そう来ると思ってたよ」
伏せていた青い星とうさぎが、スリンガーから伸ばしたロープを巻き取り、自らの身体を引き寄せる。
彼らは天彗龍の胸に半ばぶつかるように両脚で張り付き──
踏ん張ってから大剣を振りかぶって、思い切り突き刺した。
そこから柄に足を乗せ、同時に、下へ蹴り込む。
火花が散った。
胸の鱗に、大きな亀裂が入る。
一瞬怯んだものの、天彗龍は急いで視線を持ち上げ、甲高く唸った。
「キュイイイイイイイイイイイイイッッッッ」
吸い込まれた空気が、赫い光へと変換を始める。
一刻でも早く、龍気の補充を終わらせるつもりだ。
「さぁ、今のうちに!」
はるかとみちるは共に頷いた。
彼女たちは既に、属性の力を解放する斧と剣へ、変形を済ませていた。
そして、突っ走る。
天彗龍へ、一直線に。
「ワールド・シェイキングッ!!」
「ディープ・サブマージッ!!」
守護星の力が、金色と海色が、双方の得物に輝く。
はるかは、手で盾斧を真上から大きく振りかぶり、真正面の大地に叩きつけ。
みちるは、震えながらも持ち上げた剣刃に、臨界ぎりぎりまで力を注ぎ込む。
狙うは、天彗龍の胸に宿る赫い光。
双方の武器から、光が爆ぜた。
絶大な力の奔流が、誘爆し────
天彗龍の胸が、爆発した。
「ギュゥゥウウゥァァァアアアッ!!??」
龍は、初めて悲鳴と分かる声を上げて倒れ込んだ。
「やったッ!!」
胸から、翼から、黒煙がくすぶる音を立てて上がった。
内部の器官に相当なダメージが入ったと見える。
「安心するには早い!」
青い星が言った通り、天彗龍にはまだ息があった。
それどころか、青い瞳は未だ強い敵意を宿している。
前脚が力強く、再び地面を掴む。
天彗龍は立ち上がった。
それに対し、狩人たちも臆することなく身構えた。
「お望みなら、相手してあげましょう」
「ええ! こっちだって、何度来ようと諦めないわ!」
みちるの言葉にうさぎが答え、大剣を天へ向かい斜め上に構えた。
天彗龍バルファルクは、目を見開いて。
己に傷をつけた人間たちを眼中に捉え、甲高く吼えた。
そこへ、横から棘の塊が突っ込んだ。
「!?」
天彗龍は、戦場の端っこぎりぎりまで吹っ飛ばされた。
その刺々とした化け物は天彗龍に対し、組み合いによる乱闘に持ち込んだ。
逞しい四肢で強引に抑え込み、暴れる銀色の四肢を抑えつける。
「ネ、ネルギガンテッ!?」
いま、天彗龍の喉へ何度も噛みつこうとしているのは──
片方が折れたものの、未だ魔王の如き迫力を宿す双角を王冠として被り。
獣牙に逞しい四肢、そして黒く棘だらけの外套を羽織る。
龍結晶の地で戦ったかの強敵、滅尽龍ネルギガンテ。
「わざわざここまで追いかけてきたとは……相変わらず、執念深いヤツだ」
うさぎたちが、乱入に唖然とするなか。
青い星は、敵と言うよりは、いつも馬鹿をしでかす友でも見るかのように呟いた。
天彗龍は銀翼で何度も滅尽龍の水晶の混じった翼を突き刺すが、一切怯む様子はない。
単純な腕力では明らかに、ネルギガンテの方に分があった。
「気を付けろ、ヤツは古龍を喰らう古龍だ。詳しい説明は省くが、そこの王女様に似た力さえも習得している」
青い星がうさぎを親指で指し示すと、はるかは苦笑いを浮かべた。
「……全く。いったいどれだけ僕たちを困らせれば気が済むんだろうな、彼らは」
「怖いなら、逃げる?」
「いいや。あの村に全てを終わらせてから帰ると宣言した以上、引っ込めるわけにも行かないさ」
彼女たちの間に、撤退の二文字はなかった。
それぞれ武器を持つ手に、気合を入れるように力を入れた。
滅尽龍は片腕で天彗龍の胸を抑えつけながら、もう片方の、鋭い爪を宿す腕を振り上げた。
思いっきりそれを振り下ろそうと、筋肉に膂力を込めた。
その時、足下が激しく揺れた。
──
「じ、地震!?」
東京タワーから少し離れたビル街にも、前触れの無い大地の蠢きが伝わって来た。
「まさか、ナバルデウスがまた!?」
「いや、違う! これは……!」
地球を守護星に持つ衛はちびうさの動揺に頸を振り、東京タワーの方を見上げた。
直後。
そこら中にある電線に、
その場にいる全員が、ほんの一瞬。
気を失った────。
がくりと膝をつき、倒れ伏しそうになった編纂者を、いち早く目覚めた大団長が支え上げた。
衛はちびうさを抱えたまま地面にぶつかるすんでのところで、何とか踏ん張り、あわや落ちそうになったちびうさを御付きの猫たちが支え上げる。
「い、今のはいったい!?」
「街中から、エナジーが電線や電波……その他あらゆる経路を伝って、一斉に地下へ吸い取られた! きっといま、少なくとも東京タワーを中心とした半径5kmの範囲の生物が、1秒ほど気を失ったはずだ!」
地面に手を置いた衛の発言に、セーラー戦士陣営は大いにざわめく。
「ど、どういうことだ!?」
「あっちの生き物といえど、そんな芸当が出来るの!?」
アルテミスとルナの戸惑いに対し、編纂者は、自分の足下を驚愕の眼差しで見つめた。
「まさか……本当に、そんなことが……!」
ただしその驚愕は、セーラー戦士陣営とはどこか種類が違った。
横から大団長が、神妙な顔で編纂者の肩を叩く。
「なぜ新大陸で妖魔ウイルスが広まらなかったのか……お前が言い出した時はまさかとは思ったが」
調査団きっての大男は、東京タワーのその地下に向かって、拳を握り締めて叫んだ。
「やはり、お前が地脈から吸ったのか!! ジーヴァッ!!」
──
「グヴヴヴヴゥゥゥゥ……ッ」
東京タワーメインデッキ屋上。
夥しく並ぶビルの海を前にして、滅尽龍は苦しげに呻いていた。
全身にあった龍水晶が光を失って、ぼろぼろと取れていく。
それまで天彗龍を抑えつけていた力も弱まっているように見えた。
気を取り戻したうさぎたちが呆然とそれを見ていたところ、
「うさぎちゃん!」
聞き慣れた声が聞こえて来た。
振り返ると、大人しい感じの顔つきをした青髪の少女がひぃひぃと息を切らしていた。
「あ、亜美ちゃん!」
「ご、ごめん、階段が壊れたうえに、みんながなぜか気絶しかけたせいで遅くなっちゃ……え、ネルギガンテ!?」
「「嘘ッ!?」」
亜美の驚きに反応して、レイ、まこと、美奈子の3人が彼女を押しのけんほどの勢いで一斉に頭を出した。
状況も説明しない間に彼女たちは急いで壁面を駆け上り、うさぎたちの前へ躍り出る。
自らが先頭を切り壁とならんとする姿勢は、彼女たちに共通のものだった。
しかしその作った壁が役割を果たす前に、滅尽龍の下から高音が聞こえた。
直後、槍のように鋭い銀翼から、龍気が凄まじい熱量を持って吹き出た。
「ヴヴゥオオオッッ!?!?」
「グルルルルゥゥ……!」
天彗龍は滅尽龍が力を弱めた僅か数秒で、最低限の龍気補充を終わらせたのだ。
まともに龍気の灼熱を喰らった滅尽龍は驚いて飛びのく。
天彗龍はうつ伏せのまま滅尽龍の腹を蹴り飛ばし、半ば無理やり離陸を遂げた。
空中で半回転して姿勢を正し、急加速。
彗星は赫い軌跡を残してあっという間に小さくなり、かつてうさぎたちが『霧』を通ってやって来た方向へ飛んでいく。
やがて、赫い光はぷつんと途切れた。
「燃費の良い奴め……」
はるかは半ば呆れるように呟いて、視線を切った。
ひとまず、脅威は去って──
は、いない。
「で、次はコイツってわけね?」
呟いた美奈子に答えるように、滅尽龍は次に、近くにいたセーラー戦士たちに意識を向けた。
明らかに、龍というより獣に近い瞳にはあからさまな敵意が滲んでいる。
美奈子は、ヘビィボウガン『レイ・ロゼッテス』の青い銃口を向ける。
「……『龍水晶』の力も消えてるわ! 何故かは分からないけど、今なら戦える!」
叫んだレイは、『斬竜ヘルヘイズ』に手から更に激しい炎を宿らせた。
すぐさま、仲間たちも各々の武器に自らの守護星の力を込めた。
そして唯一、うさぎと青い星は、大剣を背にしまった。
大剣を一旦抜くと動きが遅くなるので、いつでも相手の攻撃を躱して次に一撃を放てるようにするのだ。
「ヴヴヴヴヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ウゥゥ……」
飢え渇いた視線に、狩人と戦士たちは身構えた。
東京を舞台に、再び狩りが開幕しようとしていた。
そこへ青白い稲光が轟いた。
うさぎたちの、すぐ背後へと。
「!?」
朝陽の昇っていた空が曇る。
空気が張り詰める。
小さな静電気が鉄骨を這い伝う。
「な、何よ、次から次へと……!」
振り返ったうさぎたちは、息を呑んだ。
ひと時の静寂。
欠けた蒼角の生えた白馬が、銀白の髭を棚引かせ、輝かせて佇んでいた。
「幻獣だと……?」
「キリン! キリンも、ここを縄張りにしてたのニャ!?」
青い星が、オトモアイルーと共に初めて驚きを見せた。
滅尽龍は苛立たしげに低く唸って、セーラー戦士たちごと薙ぎ倒す勢いで飛び掛かろうとした。
「ヒヒィンッ!」
しかしそこへ、狙いすましたようにまたしても雷撃が轟く。
更に、もう一度。
滅尽龍の身体から、黒い煙がもうもうと上がる。
「グヴヴゥゥゥ……」
雷は彼にとっては弱点属性ではあるが、見るからに致命傷ではない。
その気になれば、雷を突っ切ってでも強襲を敢行できたはずだった。
しかし次に滅尽龍は東京タワーの地上を見回すような動作をして、鼻をひくつかせた。
次第に、滅尽龍の顔から情熱とでもいうべきものが失せていくのが人間たちからも分かった。
しばらく両者は何もしないまま睨み合っていたが。
先に、滅尽龍が両翼を広げた。
彼は負け惜しみを叫ぶように咆えると飛び立って、天彗龍が逃げたのと同じ方角へ消えていく。
彗星の乱入に端を発した騒動は、謎めいた混乱のうちに終幕を迎えた。
──
「ま、まだ着いてくるよ……一体何のつもりだ?」
道中を行くまことは、後方で蹄を鳴らす白馬──幻獣キリン──を後ろ目に振り返りながら、亜美に囁いた。
「古龍の気持ちなんて分からないわ。少なくとも、他のモンスターとはちょっと違うみたいだけど……」
彼女が見る先、ちびうさが変身したセーラーちびムーンは、うさぎから熱心に顔を覗き込まれていた。
「本当なの、あの白馬が前も助けてくれたって……!?」
「うん」
「えー、でもプルートの話じゃ助けてくれたのもただの偶然かも知れないのよね? それでも、あんたはそう思うの?」
「うん」
「まー、そりゃあたしだって仮にそうだとしたらありがたく思うけど……でも、本当にあんた……」
ちびムーンの額でぷつん、と何かがはち切れる音がした。
「さっきから何度もおんなじ質問に『うん』っつってるでしょーが──ッ!!」
「いででででででででででェァあ────ッ!!」
ちびムーンはうさぎの頬を思いっきりつねって引っ張った。
周囲の者たちは苦笑いを浮かべる。
こうしたやり取りもいつぶりか。
大団長はガラスに曇り空を映すビル街を見回して、
「しかしこの人工物に囲まれた世界に、こうも立て続けに古龍がおいでますとは……まるで底が知れんな」
大団長は畏怖と感心の入り混じった表情で、煙を上げる東京タワーへ振り返った。
「これだから、大自然ってやつは」
街の人間たちはほぼ全てが逃げ、もしくは隠れ見ている。
原因は無論、一行の後ろについてくる古龍だった。
「やっぱりだ……奴らはグルになってああいう化け物を手懐けてるんだ」
「そうだ、それで近いうちに束になって侵攻を……」
やはりというべきか、そんな声がひそひそと聞こえてくる。
しかし、さっきのように石を投げる勇気は流石にないようだった。
「あ、あの!」
一行の前へ、少年が飛び出してくる。
「あ……ッ」
うさぎははっとして小さく声を上げる。
他ならぬ彼女の弟、進悟だった。
しかし身に纏うセーラー戦士の魔力によって、目の前にいる金色の防具を着る少女の正体に気づくことはない。
「ありがとう、セーラー戦士さん、狩人さん、それに……雷のお馬さん。俺たちの街を救ってくれて! あんたらが来なかったら、今頃東京は戦場になって火の海にされてたよ!」
その一言に、さっきまで噂を立てていた人々は息を呑み、気まずそうに退散していく。
「あんたたちを悪く言うヤツは多いけど……それに負けないくらい、尊敬してるヤツらもいるんだ。ただ『呑気なヤツだ』て言われて虐められるのが怖くて、言い出せないだけでさ。だから──」
「こら、進悟! 何してるの!」
「そこじゃ邪魔になるだろう。ほら、どきなさい……」
続いて、うさぎの母と父が飛び出してくる。
家族が、無事だった。
その事実を知ったうさぎとちびムーンは、安堵に伴う涙を浮かべ始めていた。
タキシード仮面は、難しい顔をした。
無論、喜ばしい事態であることに断じて違いはない。
ただ、今は調査団と共に帰って状況や次の行動を整理すべき時だ。
更に、このままだとうさぎやちびムーンもうっかり口を滑らせかねない。
サターンとプルートに目配せされたタキシード仮面は、頷いて横を通り過ぎようとした。
しかし。
タキシード仮面は足を止めた。
「少年。確か君は、なぜ怪物たちがやってくるのか、この世界を襲うのか分からない……そんなことを言ってたな?」
はっとして、うさぎの家族は振り向いた。
男はハットの鍔を上げて、
「今ここに、一緒に原因と解決方法を考えてくれている人がいる。調査団という、あちらの世界の組織に属する人たちだ」
彼らの視界には、物々しい赤い鎧を着けた狩人と白い猫、黄色い服を着た女性と大柄の男が目に入った。
そのいずれの目線も、他の戦士や狩人と同じ色の光を帯びていた。
「少年。そして、ご家族の皆さん。どうか、新聞、テレビ、噂話……そういった他人が広める話ばかりでなく、自分の見たものを大事にしてください」
「……ッ、わ、私も記者の端くれとして心がけます!」
眼鏡をかけたうさぎの父が、真っ先に頭を下げた。
「そして、約束します。必ず、あなたたちのご家族が無事に、しかもこの街が平和になってから帰ってくると」
「……本当ですか?」
「ええ。貴女の娘さんの無事を確認できました。これは気休めではなく、本気の言葉です」
母が、それまで我慢していたのであろう涙を流して、感情を爆発させるように咽び泣いた。
うさぎの目の前にいる家族は、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます!!」
「ママ、パパ、進悟……」
小さくなっていく帰るべきところを幾度も振り返って、うさぎが呟く。
ちびムーンはしばらく振り返るのを我慢していたが、顔が見えなくなる辺りで耐えきれなくなったように、うさぎと繋ぐ手に力を込めた。
「絶対、帰ろうね」
「……絶対、ね」
──
『霧』のあった方向へ、確実に近くなっていく。
未だ、幻獣キリンは一歩ずつ狩人と戦士たちの後ろを着いてくる。
その赤い瞳に宿る感情は、人間には計り知ることはできなかった。
「……意外な形だが、おチビちゃんの勘……そして君がココット村で話してくれた可能性が真実味を帯びてきたな」
はるかは一行と少し距離を離す形で、セーラープルート──冥王せつな──の耳へ囁いた。
しかし、褐色肌に緑の長髪を棚引かせる彼女は、未だ表情を崩さなかった。
「断定はできません。精神体となった
「結局のところ、様子見しかできないわけね」
みちるはやや残念そうに呟くが、一方のサターンの顔は決して強い光を消すことはなかった。
「しかし、うさぎさんとスモールレディ、そして多くの人々が繋いでくれた可能性……見捨てるわけにはいきません」
「……サターン。本当に貴女は変わりましたね」
プルートは、一見冷たささえ浮かばせる黒髪の少女へ微笑んだ。
それに彼女はおかっぱの頭を少しだけ傾けて、笑みを返した。
一方、調査団の非戦闘員を囲むように歩く本隊で。
改めてタキシード仮面が呟いた。
「聞いた話とこの予感を合わせると……間違いじゃないかも知れない」
「何がだ?」
大団長が眉を上げ、彼に振り向いた。
「先ほど、お話しましたよね。こちらの世界の事情を」
「ああ。お前さんたちの世界が『災い』によって滅ぶかもって話だな? それでここ数日で古龍や古龍級生物が計5頭侵入してきたと」
「ええ。そして、ずっと疑問でした。その生物たちのいずれも、この世界や人間そのものに対する敵意を全くといっていいほど感じられなかった。現にあの古龍がそうです」
彼は、目線で後方にいる幻獣キリンを示した。
編纂者がその蒼白く光る姿に目を輝かせ、距離は取りながらもスケッチを爆速で書きまくっている。
青い星は半ば呆れた顔で、「変に近づくなよ」と警告するだけだった。
「そして新天地を求めるだけなら、天彗龍が
しばらくタキシード仮面は黙って、
「しかしあなた方から聞いた話……東京タワーの地下にいる者の話も合わせると、一つ、答えらしいものが浮かんできました」
タキシード仮面は、傍にいるうさぎの肩を引き寄せた。
アイマスクの下から、蒼い瞳が真っすぐうさぎを見つめた。
「まもちゃん……?」
「未来に俺たちの世界が滅ぶのは恐らく、モンスターたちが襲ってくるからじゃない」
躊躇うような間のあと、彼は言い出した。
「古龍たちも含め──あちらの世界に住む全ての生命が、この世界へ逃げてくるからじゃないかって」
F-15Jについては、90年代当時を想定して、90式空対空誘導弾を兵装として考えています。「当時、空自の採用していたミサイル誘導方式は赤外線誘導か画像認識か」とか調べ始めると執筆が凄まじく滞ったので、本当に適当です。バルファルクが急上昇時に出した龍気の雨は、見た目はフレアかチャフめいてはいますがミサイルを撃ち抜けるくらいの威力はある設定。
詳しい戦術についてはWiki流し読みと「流石に人のいる市街地上空でドッグファイトはせんだろう」くらいの知識でしか書いてないので、その手に詳しい方はごめんなさい。
ともかくこれにて、4編は終了となります。
間話を挟んだあとは、遂に最終章となる『禁忌編』がスタート!
クライマックスに向かい突っ走っていきますので、何卒よろしくお願い申し上げます。