セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
焼け落ちた花の都パリと、上部が蒸発したエッフェル塔。
「パリで14日に開催された『国際異世界共生宣言デモ』に乱入したとされる2頭の蛇型巨大生物の所在は現在も行方不明で、これに対し仏軍は……」
暴徒と化して南米の街を練り歩き、声をあげる失業者。
「人類よ、今こそ団結して地球を救え! あんなのは自然の一部なんかじゃない、エイリアンだ! 侵略者だ!」
異様に巨大な蝗が埋め尽くす田園地帯へ、低空を掠め飛ぶヘリから大量に撒かれる殺虫剤。
「急激な気候変動と『霧』以遠からの侵略的外来植物、そして例年以上の規模の蝗害により、浙江省を始めとした中国の農業地域が大打撃を……」
ボイスチェンジャーを通して話す、街中でインタビューを受ける中年主婦2人。
「えーと、セーラー戦士……ですっけ? 週刊誌の特集でしか見たことないですけど。まー、はっきり言っちゃうと、あんな恥ずかしー恰好してお遊び感覚で戦ってる子どもに頼るなんて……この国、大丈夫かなって」
「そうそう。それにあの子たち、たった10人そこいらじゃないですかァ。そんなんでも数回世界救ったなんて聞きますけど……今回の被害って、世界規模ですよねェ。死んだ人だって出てるし。今回ばかりは素直に自衛隊とか在日米軍に頼るべきでしょ、フツーは、ねェー」
無惨に食い荒らされた農作物を、暗い眼差しで指差す農家。
「本当に厄介なんはデカいのじゃぁなくって、草食竜とか猪に似た奴らさね。小さいつっても、全長2mは優に越える。そんなんが1週間もすると、森ン中で10倍にも増えとる……多分、もうとっくに人間様の天下なんかァ終わっとるさね」
夜の石油コンビナートから噴きあがる、炎と悲鳴。
「一昨日サウジアラビアで立て続けに発生した爆発事故を受け、原油価格が高騰しています。更に、近隣の武器生産工場でも謎の光線と爆発が……」
広大な畑を逃げ回る肉食竜の群れへ、ヘリから30mm口径の機関砲を掃射する海兵隊。
「全身真っ青のトサカ野郎ども! ダチを喰った罰だ、受け入れろ!!」
頭を抱え、うずくまって泣き叫ぶ登山家。
「山が、今から登ろうとしてた山が吸い込まれたんだよ! デカい、歯を持った蛸野郎に!」
丘に、天を見上げて並び立つパトリオットミサイルシステムを背景に煙草を嚙み潰す、ベレー帽を被った初老の軍人。
「今のところ市街地への被害は最小限に食い止めているが、今後1週間、このペースで侵入が続くなら──州軍規模では対応不可能だ。ヘリも爆撃機も、ミサイルも弾丸もまるで足りない」
鬱蒼としたジャングルを前にして、陽射しに眼を細めて話すNGO職員。
「この一帯は、去年まで過度な伐採による砂漠化が深刻な地域でした。それが今では伐採の速度すら上回る勢いで緑化し、更には昆虫類を中心に絶滅危惧種の個体数も増加傾向にあります。『霧』から齎された種が原因とのことですが……正直に言うと、喜びよりは得体の知れない恐怖があります」
救急車へ搬送される我が子へ泣き叫ぶ母親。
「アフリカ北部で、感染した生物が凶暴化する正体不明の感染症について本日未明、ケニアでヒトの第一感染者が確認され、これについてWHOは……」
報道陣のカメラに囲まれ、眩しそうにしかめっ面をして話す、シャツ姿の首相。
「連日相次いでいる、我が国領海内で航行中の船舶の行方不明については、既に海軍に当件を通達している。国民の安心を取り戻すため、東南アジアの各国とも連携して対処する所存だ」
丸眼鏡をかけ、赤いドレスを身にまとった若き王女。
「ダイヤモンド王国王女は、『今こそ現地住民と直接接触して、『霧』との共生を図るべきだ』と演説を行いました」
役人たちの中でも一際鋭い目つきをしてマイクへ口を開く、スーツ姿の禿の老人。
「ロシア連邦のヴァラーシク大統領は、今後の被害発生状況によっては自国内における核戦力の使用も検討すると声明を発表しました」
荒れ地を行進する軽戦車と歩兵の縦隊。
「……国軍当局は『霧』以遠の実測調査団への協力として、第3機甲師団、第1歩兵連隊の派遣を決定しました。しかし『霧』の発生は以前と比べ不規則性を増しており、『霧』の消失時期や繋がる地形によっては戦力喪失の恐れもあるとして……」
氷河を背にした鋼鉄の甲板で、痛ましい顔をして話すニュースキャスター。
「ここ北極ではホッキョクグマやコウテイペンギンが全長約20mの鮫型巨大生物に捕食される事例が相次ぎ、更に、地球温暖化による海氷減少も急激に……」
ベテランらしき職員が目の下に隈を作り頭を抱えている、証券取引所内部。
「NY株式市場では昨日のダウ平均株価終値が過去最大の4000ドル超急落したことを受け、アルティFRB議長は本日の会見で緊急利下げを……」
人の腕で包まれた地球の下に『Guard our planet!』と書いたデザインシャツを着た、環境保護団体。
「以前『霧との共存』をメッセージに掲げていた環境保護団体『greener and bluer』代表はパリ破壊に哀悼の意を示し、『各国が協力してこの絶望的破壊から生態系、希少動物を保護するべきだ』と方針の転換を発表しました」
青空の下斜めに傾き割れた建物に、落下した瓦礫により潰された車。
「日本・メキシコ共同地震研究所は、5日前から活動を活性化させているポポカテペトル山について、北米プレートの断層の液状化による地殻変動が間接的な原因である可能性があると発表し、先日のシアトル、ロサンゼルス、サンフランシスコなど合衆国東沿岸で発生したM7クラスの地震との関係性についても、引き続き調査を……」
1つとして動かない飛行機を映す、空港。
「AJAよりご案内いたします。本日8:15発シドニー行き3414便は、昨日のガーリング549号墜落による近海警戒強化のため、欠航が決定しました。8:23発の北京行1323便も、一昨日からの蝗害の影響により欠航となっております。誠に恐れ入りますが……」
ゆったりとしたソファに座って確信的な目つきをした、ある国の指導者。
「我々は、此度の『霧』と巨大生物はアメリカが極秘裏に開発した生物兵器と判断している。それを彼らは操作しきれなかったのだ。そうでなければ、前指導者の崩御直後にこの異変が起こった理由を説明できない」
バラエティー番組ではある方面へのご意見番として人気な、著名芸能人。
「いまねー、『セーラー戦士の動向に注力する』とか抜かしてる日本政府はね、アホか!と。こんなのね、何をするべきかなんて分かりきってますよ。アメリカもロシアも、中国もフランスもイギリスも『いっせーのーで』でICBMを全発、一緒に霧の向こうへ撃ちまくりゃいいんです。米ソ冷戦の時造った核が何万発、地球を10回破壊できるくらいあるんでしょ。早いとこあっちを潰さないと、世界が大変なことになりますよ!」
「うーわ、ヤバッ。言うてもうたわー、この人!」
スタジオに響く笑い声。しかし、売れっ子女性アイドルの出演者だけは、ひたすら一方的に持論をまくしたてる芸能人に、少し引いている。
「あはは、ちょっとー、流石にそれ言いすぎじゃないですかー」
「いいやぁ、言いすぎじゃありません。人類はね、たとえ核なんて使わなくてもその気になりゃ怪物たちをい・ま・す・ぐ残らず滅ぼせる力を持ってるんですよ。どうせその内に来ますよ~、『霧』の向こうの傀儡国家で人類同士『あそこは俺ン土地だ~』つって争って、あんだけ恐れてた怪物を『絶滅危惧種』だって檻の中で可愛がる時代が。これに機に我が国も今後を見据えてねェ……」
そこでデス・バスターズの上級幹部カオリナイトは、無数に並べられたテレビの電源を苛立たしげに切った。
焦燥感の募る顔で、足早にモニタールームから薄暗い廊下へ出る。
「あの国が勝手にシュレイド王国に攻撃を仕掛けたのに乗じられたは良かったものの……まさか、ここまで事が大きくなるなんて」
彼女は立ち上がると赤い長髪をモニター室から翻し、ヒールを甲高く鳴らしながら低く呟いた。
デス・バスターズが予想していたより、遥かに多くの次元の隙間が世界各地に現れている。
全く不定期かつ不規則に、時には都市のど真ん中に現れる『霧』に、そこから現れる未知の生物たちに、各国は戸惑いながら各々の考えで対処し始めていた。
どんどん自分たちの立場が異変の首謀者という立場からずり落ちていくのが、カオリナイトにとっては我慢ならなかった。
「最初に『霧』が開いた時は主が私たちを導いて下さったと解釈していたけれど……ここまで来ると、あれは……」
己の考えに眉を歪める。
それを表に出すべきか、俯いて思案する。
「……言わなければ、教授のためにも」
目の前には、研究室の扉があった。
重々しくノックをする。
「入りたまえ」
そこにいるのは、いつも通り不遜な笑みを浮かべる、白衣を着た丸眼鏡の白髪男。
カオリナイトは薄暗い部屋の中、その背中を見つめて立った。
「ご報告いたします。1時間前に、テルルとビリユイ双方の遺品整理、登録抹消手続が完了しました。そしてモニタリングの結果としましては現時点の各報道を見る限り、各国政府の『霧』への介入は自国の被害への対処に追われ、未だ限定的なようです」
「うむ。両者の殉職は哀しいことだが、我々はこれをばねに進んでいかなくてはな。では、持ち場に戻りたまえ」
報告はすぐに終わった。
しかし、カオリナイトはその場から動こうとしなかった。
「教授」
「なんだね、カオリナイト君」
「我々はこのまま、計画を進める他ないのでしょうか?」
教授は黙ったままだった。
「教授もご存じでしょうが──私たちにはいま、何も残されていません」
電灯の切れかかった、がらんどうの研究室。
埃を被った妖魔ウイルス生産室。
『聖杯』を待って眠り続ける巫女だけが座る、暗くだだっ広い広間。
「深刻な人員不足により、妖魔ウイルスも再生産の目途すら立っておりません。何より……」
躊躇う間もそこそこに、カオリナイトは前を向いて話した。
「師90の気配を探ってみても、やはり……そこに見えるのは闇だけなのです。あの方は、何も答えて下さらない」
一歩前に踏み出して、眉をピクリとも動かさない相手へ必死に訴える。
「あれはまるで、主に似せた何か──」
「笑止!」
教授は、部下の意見を遮るように声を張り上げた。
カオリナイトは、ビクリと肩を竦めて俯く。
「では一つ聞くが、我々はなぜこの世界に転生した? 一度敗れたにも関わらず二度目のチャンスが来たことは、明らかに1つの真実を示している」
教授の口調はいよいよ、宗教者じみた厳かさを湛え始めていた。
彼はにやりと口端を持ち上げ、両掌を神でも崇めるように天へ掲げた。
「獣などとは違い、我々は生きながら使命を持って生まれて来た。それだけは、未来の支配対象たる人間──そしてあのにっくきセーラー戦士どもとさえ共有していることだ」
そして、拳を握りしめた。
「主が望まれたからこそ、我々は再誕した。主と故郷の復活に向け行動するために! これまでの犠牲はすべて、あの方へ捧げる必要な贄なのだよ!」
振り返った教授の笑顔を見て、カオリナイトは小さく悲鳴を上げかけた。
以前と比べて、顔には壮絶なほどに皺が深くなっていた。
眼は焦点が合っておらず、眼鏡も衝撃のあまりズレかけている。
「我々は主の手足! 主の望むままに動く僕! 無駄なことを考える暇などない! ただ主のために動くのだ。ただ、主のためだけにッ!!」
その後息を切らして机に寄りかかってよたり、よたりと歩く教授。
視線が、カオリナイトの後ろへ進んだ。
「では頼むぞ、ウィッチーズ5最後にして最強の魔女よ。モニタリング業務も今後は君の仕事となる」
「仰せのままに、教授。そこの臆病者とは違い、故郷復活のため偉大なるリベンジを果たします」
カオリナイトは、はっとして振り返った。
肩に垂らした1つ結びの三つ編みが特徴的な青髪。
白衣の魔女が1人、微笑んで佇んでいた。
彼女は熱意の籠もった視線を、胸に手を当てながら下げた。
「そして良いご報告です。遂に、流出した『聖杯』の終点を突き止めることができました。今すぐ貴方をご案内することも出来ます」
魔女の報告に、教授は興奮ぎみにせせ笑った。
「くくく、ふはははは、やはりな! だが、まだ機は熟しておらん。その時が来れば、すぐに向かおう!」
その場の会話から完全に排除されている、カオリナイト。恐る恐ると声を掛ける。
「きょ、教授、その報は存じ上げませんでしたが……私の役割は……」
「君はゆっくりとくつろぎたまえ。これまで十分に働いてくれたことへの報いだよ」
もうカオリナイトに向ける視線に、彼女が慕っていたような包容力は残っていなかった。
あるのはただ、一刻でも早く目の前の相手を切り捨てたいという、冷たい意思だけだった。
次回より、いよいよ禁忌編の開始となります。広がっていく混沌の中で、人間たちが何を成すのか。どうぞお楽しみに。