セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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王は目覚め、礎となる③

「これで伝えたいことは以上だ。あちらでも、存分に役目を果たせよ」

 

 時は少し遡り、狩人至上主義者たちが渡りの凍て地へ出発する前夜。

 薄暗い灯が照らす小机の上に、痩せぎすの顔がぼんやりと浮かび上がっていた。

 

「ところで親愛なる同志、スワンよ。敵が信じる某説の内容は知っているか?」

「いえ、詳しくは。狩人に相応しくない思想とは聞き及んでおりますが」

 

 男の慎重さと疑り深さを同時に孕んだ目つきに、少年兵の混じり気のない純真な瞳は正しく『何も知らない』と答えていた。

 短髪の男──狩人至上主義者の首領──は、苦笑いしてかぶりを振った。

 

「それは良くないな。シュレイド人代表として、敵の思想をその愚かさも含め理解しておかねばなるまい」

 

 狩人至上主義の一派となった少年兵は無言で頷き、続きの言葉を待った。

 

「かの神、黒龍の鱗から鎧と大剣を作り、狩りに赴いたかつての英雄……青い星が、原因不明の頭痛と高熱にうなされた。そして、妙なことを呟いた」

 

 頭上の燈火が僅かに揺れた。

 

「『我々は、運命の戦争から決して逃れられない』」

 

 机のすぐ外に広がる暗闇と沈黙が、男の声をより際立たせる。

 

「調査班がシュレイド城を詳しく調べたところ、過去数十年の間に出来た妙な痕跡があった。黒い鱗に長い尻尾を引き摺った跡、そして焼け落ちた煉瓦……それが幾つも重なっていた」

 

 少年は、ごくりと喉を鳴らす。

 

「神は、近年に幾度もシュレイドに降り立っていたと?」

「だが何とも不思議なことに、記録は一切見つからなかった。ギルド上層部も『黒龍が近年現れた事実は存在しない』と首を振った」

 

 少年兵は一瞬不可解そうに瞬きしたが、すぐに「なるほど」と納得した。

 

「彼らは神々の存在を恐れ、隠蔽したのですね」

 

 その答えを待っていたとばかりに、首領は微笑んで頷き、少年の肩を優しく叩いた。

 

「正しくそれを、私は竜大戦の資料から確信した。旧大陸のギルド上層部は神の存在を都合よく忘れ、王族や貴族に媚びへつらい、再び汚い繁栄を築こうとしている」

 

 発言の中で微笑みはすぐに消えた。

 その見開かれた眼は少年の瞳を捉え、一刻も離さなかった。

 

「そして、まるでそれを見据えたかのように──同時期にアステラで提唱されたのが、人類栽培……いや、人類『寄生』仮説だ」

 

 少年の顔に緊張が走る。

 男の眼が、灯に照らし返されて光った。

 

「人類は文明誕生以来、黒龍たちに寄生されている……某説の信者どもは、そう信じきっている」

「寄生?」

「そう……寄生だ。尊ぶべき神々は、文明の寄生虫とまで貶められた」

 

 彼は、震える籠手で顔を覆った。

 それでも隠し切れない激情が、力み切った口端からも顕著だった。

 

「彼らは、繁栄した文明を見るなり甘い蜜を吸いに来る卑怯な生き物とまで言った……! そして全人類は、文明を築いたその瞬間から搾取されてきたなどとッ!! この意図が分かるか!?」

 

 呼吸が荒く、汗が噴き出、口調が激しくなった。

 もう片方の拳も、力任せに強く握り締められていた。

 半ばその訴えは、憤怒というより嘆きや号泣に近い。

 少年兵は男の豹変にたじろぎながらも、

 

「そ、その仮説に倣えば、文明の発達や神々の討伐が、人類の自由のためという正当性を得ることに……」

「要するに狩人の正義道徳の否定だ! 目先の利益に眩み利権に塗れ切ったギルド、国家、果ては異世界とすら繋がり、都合の良い形へ捻じ曲げるのが奴らの目的だッ!」

「では……赤龍が龍水晶を得た危険な存在というのは……」

「全くの嘘だ! 神々を平和を乱す悪にするためのでっち上げ、即ち、陰謀論だ……あぁ、人類はどれだけ過ちを繰り返せば気が済むんだ?」

 

 とんとん拍子に暴かれてゆく、邪悪極まりない真実。

 首領の涙をいっぱいに流しながらの大きな手振り身振りが、深々と少年の心を引き込んでいた。

 息を殺しながら力説を続けた首領は、危うく気を失いかける。

 少年兵は慌てて彼を支え直した。

 

「……す、すまん……」

「いえ。私は悪魔の国の生まれではありますが、貴方のお気持ちに心よりご賛同します」

 

 瞳を真っ直ぐ見て涙を潤ませる少年を見て、男は微笑むと息を落ち着かせ襟を正した。

 

「分かってくれると思っていた。我々は再び誤ちを犯そうとする者たちを、正しい方向へ導かねばならない」

 

 冷静さを取り戻した男は、少年のさらりとした金髪を甲斐甲斐しく撫でた。

 その様は、傍から見れば父と子のようでもあった。

 

「真実に目覚めた君に、全てを託す。声なき大自然の代弁者として、正義の執行者として、役割を果たせ」

 

 握った両拳を、共に真上へ挙げた。

 狩人式の敬礼である。

 

「星の如く輝く強き意志と連帯こそが、正しい人類を正しい未来へ導く。英雄の証は我にあり!」

「英雄の証は、我にあり!」

 

────

 

 日もまだ昇らない朝方に光が差し込むとほぼ同時、開戦を告げる咆哮が轟いた。

 

 息を潜めて待機する少年兵たちの遥か頭上で、セーラー戦士たちは待機していた。

 背後にはキャンプが設置され、せり出した崖から眼下には円形に窪みが落ち込んで、岩盤だけの広間がよく見える。

 これが、今から戦場となる景色だ。

 少し向こうを見れば土煙が上がって、爆破された岩の破片が落ちていく。

 

 本討伐作戦、第一段階。

 爆音と震動でジーヴァを第一層へ陽動、その姿形を確認する。

 

「第二層に赤龍ムフェト・ジーヴァ、確認! 前回の討伐個体と外見上の相違はありません!」

 

 双眼鏡を覗く観測員が叫んだ。

 しかし谷底を覗くしかできないセーラー戦士たちに、未だその姿は見えない。

 ここで、作戦進行内容は大きく分岐する。

 先頭に立って報告を聞き届けた調査班リーダーは表情を引き締め、

 

「では、現時点を以て対冥灯龍プランを破棄。対赤龍プランを本作戦とし、第二段階へ移行する。第四段階担当班は、準備地点へ出現を連絡! 第五段階担当班にも『閉鎖』を通達しろ!」

「「了解ッ!」」

 

 ハンターたちはその指示を待っていたとばかりに走って、翼竜に乗った。

 彼らは谷の各所に急ごしらえで設置されたバリスタへ飛んでいく。

 

 一方の、地底より這い出た双眸は。

 頭上の空を捉え、その後ろにある翼をはためかせた。

 騒がしい地上に何が起こっているのか、視線を巡らせながら。

 周囲の岩壁を崩し、繭の糸にぶら下げられた岩を落とし、一気に高度を上げる。

 

 それは突如として、地響きと共に人類の前に姿を現した。

 セーラー戦士たちはそこで初めて、赤龍ムフェト・ジーヴァの姿を見た。

 

 全長約50mにも渡る巨体。

 刺々しく後方へ伸びる真紅の鱗。

 先端が捻じ曲がって木の幹のように黒く枝分かれた巨角。

 大地を力強く踏みしめる四肢。

 今は畳まれてこそいるが、背から空を覆わんとするかの如く伸びる、頑強な翼。

 何層にも重なった、全長の半分弱を占める棘だらけの尻尾。

 

「あれが、赤龍ムフェト・ジーヴァ」

 

 その姿に意外にも奇抜なところはない。

 風も操らず、焔も纏わず、雷も落とさず、周囲を凍てつかせることもない。

 しかしだからこそ、あの大地からそのまま生まれたような色合いの鱗が。

 神話からそのまま脱け出してきたような威厳を、底の知れなさを、確かに感じさせる。

 

「第二段階、開始!」

 

 調査班リーダーが、青の信号弾を撃ちあげた。

 青い煙が、戦場となる広場の上空を通った瞬間。

 五連装大砲から砲撃が、移動式速射バリスタから無数の鏃が飛ぶ。

 数秒もしないで、眼下の円形状に窪んだ地形を硝煙で埋め尽くす。

 

 赤龍討伐作戦第二段階。

 大砲やバリスタによる射撃。

 今回のムフェト・ジーヴァの戦闘力及び脅威度を測る。

 

「……まるで戦争だわ」

 

 亜美は息を呑んで、現在の状況をそう比喩した。

 たった1体の生物に対してこれほどの戦力を投入した例は、彼女たちの見て来た限りほぼない。

 送り込む弾の量だけで言えば、いつぞやのバルバレに迫ったモーラン種、はたまたクシャルダオラに対するドンドルマの迎撃態勢に匹敵、あるいは超えている。

 

「……容赦ないな」

 

 止むことのない爆撃を見下ろして、衛は複雑な表情を浮かべている。

 相手が攻撃しないうちから火薬と弾丸がひっきりなしに継ぎこまれ、照準を修正しては火を吹く。

 日頃していた狩りとは、趣が全く異なっていた。

 

「容赦なくならざるを得ないのさ、我々は」

 

 調査班リーダーは煙で底が見えなくなった幽境の谷を見つめて呟くと、

 

「攻撃中断、状況確認!」

 

 叫んで、次は黄色の信号弾を送り込む。

 兵器類は一斉に黙り込んだ。

 

 しばらく煙が晴れるのを待つ。

 

 調査員が双眼鏡を通して眼を細めた先には────

 困惑か苛立ちか、辺りを見回してなお動かず突っ立つムフェト・ジーヴァの姿。

 

「右翼、左角に極軽微の損傷確認! しかし、明確な効果は認められません!」

「少なくとも鱗の強度は前回の個体に匹敵、か。攻撃続行! 白兵戦班の出撃まで、奴の気を逸らし続けろ!」

 

 青い信号弾を撃つと、再び大砲が火を噴き始めた。

 一切の狼狽を見せない調査班リーダーに対し、セーラー戦士たちはいよいよ表情に戦慄を浮かべ始めていた。

 ムフェト・ジーヴァの50m弱の身体は、戦場となる谷底の窪みと比べてやや狭くすら感じられた。

 あれだけの図体なら、少なくとも百発以上の弾丸や爆裂矢が直撃したはず。

 しかしそのいずれも、かの王の玉体に致命的な傷を負わせるには至らなかったのだ。 

 

「では、作戦第三段階へ移行する。白兵戦班は出動準備を」

 

 リーダーはセーラー戦士を越して、その背後にいる2人へ視線を動かした。

 

「了解した」

「ふむ、承知」

 

 立ち上がったのは、太刀を持った緑色の狩人と、大剣を持った赤色の狩人だった。

 彼らは今この時を待ち望んでいたと言わんばかりに、ゆっくりと戦場へ歩みを進めた。

 

────

 

 作戦第三段階も、大きく2つのフェーズに分かれている。

 まずは、狩猟経験のある青い星とベテランのソードマスターが様子を見る。

 これには赤龍の動きの確認と、初見であるセーラー戦士たちによる視察の両方の意図があった。

 半刻後、もし前回との相違点を発見次第、紅い信号弾が上げられる。

 

 問題の2人は、谷の窪みに沿うように周囲を旋回滑空、高度を下げていく。

 やがて、砲撃が止んだ。

 

 硝煙の間から黄色い瞳が覗き、確かに2人の存在を視界に収める。

 砲弾の破片と矢の散らばる戦場に、狩人たちは翼竜から降り、転がって着地の衝撃を和らげた。

 

 赤龍ムフェト・ジーヴァは目の前に現れた小人を、不思議そうに見つめていた。

 それもそのはず。彼にしてみれば、人類は完全に未知の存在であった。

 

「では、参ろう」

 

 相対する存在に比して、ソードマスターのかけた声は存外に軽かった。

 真っ先に駆け寄り、太刀を振るう。

 途端に、それは弾かれた。

 

「……」

 

 古龍は概して知能が高い傾向にあるが、赤龍も例外ではない。

 己の鱗を叩いた一撃にも、確かに殺意があると判断した。

 愚かな侵入者を捻り潰すため、眼下に向かって腕を振りかぶる。

 達人は深入りせず、自らを薙ぎ払おうとする巨腕を予見して転がり避けた。

 

「ふむ。やはり硬度は尋常でない」

「では、こっちはクラッチクローを」

「頼む」

 

 青い星は達人とすれ違った瞬間にやり取りを行った。

 次に、ムフェト・ジーヴァは青い星を見つめる。鋭い牙が並ぶ口内に、光が漏れる。

 

「……」

 

 狩人は慌てず歩きながらスリンガーを構える。

 それを頸が曲げられることで執拗にどこまでも追いかける、口内の燐光。

 追跡があるところまで進んだ時、赤龍は喉を膨らませ息を吸い込んだ。

 

 1秒後、蒼白い光線が放たれた。

 

 太陽以上に眩い奔流が直線軌道上にあった岩盤を砕き、溶かし、焦がす。

 しかし一方、ムフェト・ジーヴァはすぐにそれを止めて己の左前腕を見る。

 そこには既に、青い星がスリンガーから伸ばしたクローで張り付いていた。 

 

「はああぁッ」

 

 身を超える大剣に全体重を載せてからの、一点への膂力の集中。

 それは何とか異様に硬い鱗へ、一筋の薄い『割れ目』を残すことに成功する。

 しかしそれは赤龍にとってすれば傷にすら満たない。

 

「ふんッ」

 

 青い星と入れ代わるように、ソードマスターが飛竜刀【葵】を振るう。

 縦斬り、横薙ぎ払い。

 太刀筋は的確に割れ目を叩き、少しだけ傷を広げた。

 

「なるほど。僅かながら傷はつくか」

「後続のために少しでも傷を増やしましょう。出来れば部位破壊も」

「ならば、まず後ろ脚に重点をかけた方がよい」

 

 達人の意図は、完全に初見であるセーラー戦士のことを考えてのこと。

 何よりも赤龍を象徴する攻撃は、先の蒼い光線だ。

 仮に盾も使わずあの攻撃をまともに食らえば、防具を着た人間でも蒸発する。

 だからこそ、彼らは安全を第一に判断した。

 

「やるなら急ぎましょう」

 

 龍はお構いなしに、もう一度左腕を叩きつけにかかった。

 簡単に爪に砕かれた地盤に亀裂が入り、何とそこを先の光線と似た『蒼い光』が満たす。

 そして、爆発。

 蒼い光は連鎖、地面の震動も込みで離れていた2人に直進する。

 

 冷静に走って躱した青い星が次に見ると────

 次に引き抜かれた左腕から傷が綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 数秒で治癒した、赤龍の外傷。

 しかし、彼らにとってこの現象は未知ではない。

 これぞ赤龍ムフェト・ジーヴァの『地脈を通し生態系を改変する』能力の応用の一端。

 地脈のエネルギーを転用した攻撃と、代謝の活性化による自己再生。

 いま、彼は攻撃と同時に左腕の治癒を行ったのだ。

 

「……少しでも早くしなければ、二重の意味でまずい」

 

 赤龍の能力は特に後者が厄介で、地脈にあるエネルギーが尽きない限り、実質上、彼は文字通り『不死』同然の生命力を誇る。

 しかも自ら活動に必要なエネルギーを生成、循環できるため、外部からのエネルギー摂取すら必要ない。

 

 そのため、彼を倒すにはひたすら攻撃を重ねることで消耗させ、エネルギーを吸収させ尽くし一時的な枯渇に追い込んだところを仕留めねばならない。

 これぞ、赤龍が普段恐れられる古龍をも超える強敵であり、生物として異質とされる要因。

 

 しかしまだ若き狩人は、もう一つのことを懸念していた。

 

 ソードマスターは青い星の発言に導かれるように、シュレイド人たちのいる地点を見上げた。

 

「先生の太刀筋を見て、余計に奴らの信者が増えないうちに」

 

 達人は再び赤龍を見つめた。

 今度狙うは、左後脚である。

 

「あの異国の子は、某をよく拝んできたな」

 

 兜の下にある、皺に囲まれた目を細めた。

 

「狩人が狩人であるだけで尊敬される世の中。なるほど、気分は悪ぅない。しかし」

 

 彼を潰そうとする踏みつけも見切り、翻って刃を叩きつけた。

 

「そもここは、『狩人である』だけでよい集団であったか……」

 

────

 

 半刻後、青い信号弾が上がった。

 示す意味は『予定通り作戦を続行せよ』。

 調査班リーダーは、

 

「では、頼む」

「分かった」

「ええ。行ってくるわ」

 

 先発ははるかとみちるであった。

 彼女たちは戦士のなかでも戦闘能力が高いほか、超巨大古龍の撃退経験も買われた。

 

 青い光が何度も谷を貫き、今にも崩さんとする。

 それに刃向かう2人の姿はあまりにもちっぽけに見えた。

 一時、足が止まる。

 はるかは震える手を確認し、それをもう片方の手で包む。

 みちるは横にいる彼女を見やって、

 

「今になって怖がっているの?」

「いや、武者震いってやつさ」

「……強がってるでしょう」

 

 セーラー戦士たちの世界における重要人物である、うさぎ、衛、ちびうさはキャンプにて待機する。

 せつなとほたる──プルートとサターン──は、いざという時に主を守護するためここに残る。

 御付き猫であるルナとアルテミスも一緒だ。

 

「大丈夫よ、2人なら」

 

 うさぎが、振り返った2人と手を一つずつ繋ぐ。

 

「モガ村の人たちがついてるんだもの。絶対に負けるわけない」

 

 はるかは、今度こそ素直に微笑んだ。

 

「……あぁ。そうだな」

 

 決意の眼差しを調査班リーダーは見届けて、

 

「君たちの頭上に、導きの青い星が輝かんことを」

 

 贈られた言葉に2人は頷いて、口笛を吹いて翼竜に掴まっていった。

 誰一人、「あれに勝てるのか」とは言わない。

 彼女たちは、勝たなくてはいけないのだから。

 

────

 

 幽境の谷第一層に降り立ったはるかとみちるは、すぐさま目標を見据える。

 古龍の王の曇天をも覆わん巨躯は、以前の大海龍と同じく、彼女たちさえも竦ませた。

 それに対し、ソードマスターと青い星は今も健気に攻撃を続けている。

 

「汝らは後ろ脚に回れ!」

 

 達人の指示に従い、彼女たちは背後に回った。

 

 ──動きは異常な巨躯に見合わず機敏、しかもあらゆる攻撃が広範囲に届く。

 ──特に、地面が割れて光った時はすぐその場から離れる。

 ──必殺の熱線もかなり後方まで届くため、常に彼の視線に警戒。

 

 大体の注意点は、上空からの観察から分かっていた。

 手始めに、はるかが左に持つ剣斧『角王盾斧ジオブロス』の剣刃を叩きつける。

 ディアブロスの素材から造られた刃を、赤褐の鱗はいとも容易く撥ね退けた。

 

「やはり硬いな」

 

 鋼鉄など比較対象にすらならない。

 本来なら、こんななまくらでこの化け物に立ち向かうべきではないだろう。

 彼女がこの世界で生まれた狩人であったならば。

 

 手から斧に鋭い疾風の力を、継続的に流し込む。

 いわゆる『斧強化』だ。

 盾刃と合体させて振りかぶると、回転する斧刃が確かに赤龍の鱗を抉っていく。

 

「こちらがまともに動けるだけ、ナバルデウスよりマシね」

 

 一方のみちるは、剣斧『エクスボルトアックス』、その剣刃を自在に振り回す。

 深海圧のエネルギーを纏わせ、無理やりに鱗を突破する。

 

「なるほど。そうするか」

 

 青い星は、2人の特殊な狩猟スタイルに感心を寄せた。

 戦士の力で付与、もしくは強化した属性攻撃を重点に置き、更に新大陸の技を併用。

 武具強化の時間さえ少ないなか、古龍の王に抗するため編み出した策の一つであった。

 

 しかし赤龍もただでやられるわけではない。

 重力による負荷が大きいはずの地上で力強く足踏み、地震を起こす。

 人間たちはそれに姿勢を崩されたところを、危うく長大な尻尾で纏めて薙ぎ払われそうになった。

 

「やりおる」

 

 間一髪で懐に潜り込むことで攻撃を避けたソードマスターが、呟いた。

 彼はそこから真上に太刀を構え、頭上にある腹から胸にかけ縦一文字にたたっ切る。

 しかし、それでも怯まず。

 赤龍は光線を圧縮して周囲を薙ぎ払った。

 灼かれた半径20m以上の地面が溶けて赤く染まり、狩人たちの行動範囲を狭める。

 

 そこで、頭部に張り付いていたみちるが剣刃を突き立てる。

 零距離属性開放突き。

 蒸気を唸らせた刃が水圧のエネルギーで爆発を起こし、雷と共に赤龍の鱗を焼く。

 

 果たして、水属性による攻撃は有効だった。

 

「ヴォォォオオオオオッッッ」

 

 大きく怯んだ赤龍は、みちるへ噛みつこうと右方へ口を開ける。

 しかしそこに、左側の後ろ脚へはるかが斧刃を突き立てる。

 長く攻撃を積み重ねてきたその部位へ疾風が食い込み、赤龍は反応を、即ち怯みを余儀なくされた。

 

「脇が甘いようだな、古龍の王?」

 

 傷の上に傷を重ねることで、確かに赤龍の身体には少しずつだが傷がついていく。

 まだ狩猟は序の口に過ぎなかった。

 このままでは、とてもではないが赤龍に十分なダメージは見込めない。

 

「さて、そろそろ──」

「離れろ!」

 

 青い星の声が飛ぶ。

 彼女らが離脱した瞬間、

 

「ヴァオオオオオオッッッッ!?」

 

 赤龍の頭上から、巨大な岩片が降り掛かった。

 直前に、青い星がスリンガーによる狙撃で衝撃を与えたのだ。

 大重量の直撃は巨躯をも転ばせ、大地を打ち鳴らす。

 ほぼ同時に、狩人たちは赤龍へ向かった。

 

 切り開かれた傷へ、攻撃の嵐が飛ぶ。

 たった数十秒間だったが、その間に凄まじい量の刃が唸った。

 

 赤龍が起き上がった時には、ほぼ全身に傷が出来上がっていた。

 龍は苛立たしげに唸ると、戦場の真ん中へ跳んだ。

 砲弾や矢の破片が残る中、赤龍は翼を拡げ、腕を、脚を、地脈の流れる大地へ突き入れた。

 

「来たわ!」

 

 みちるは信号弾を空めがけ撃ち出した。

 

 青い狼煙が、高く撃ちあがる。

 

 翼の裏が星座のように美しく光り輝き、地面から生命力を大量に吸い取ってゆく。

 

 これで、狩人たちがつけた傷は全て再生されることになる。

 狩人たちは、それを慌てることもなくじっと見守る。

 

 ほぼ同時、周囲の地面に次々と杭が突き刺さった。

 

 最初に赤龍誘導のため岩に撃ち込んだ杭爆雷と同じく、それらは自動機構により地面奥深くへ潜り込んでいく。

 しかし杭が爆発を起こすことはなかった。

 代わりに、赤龍が吸い取る生命力の流れに沿って、黒いものが混じって流れていく。

 

「ァァァウゥゥオオオオオオ……」

 

 必要分の生命力を吸い取った赤龍は、身体を持ち上げて咆哮した。

 しかしその眼は白く濁って、口の端から涎を流していた。

 

 何かがおかしい。

 何が起こった。

 

 仮に赤龍が人間ならばそう言うであろう異変。

 

 四肢を地に戻した龍の動きは鈍くなっていた。

 平衡感覚をやや失い、息の仕方すら拙い。

 

「成功だわ!」

 

──

 

「すげぇ。あのデカブ……神をあんなにしちまうなんて」

 

 魔女が来ないか見張るシュレイド人たちも、創造神と讃えられる生物が呻くのにどよめきを上げていた。

 

「……」

 

 その中で少年兵は、黙っていた。

 銃を構え、銃弾を込めていた。

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