セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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王は目覚め、礎となる⑤

 焼け落ちた繭と幽膜がたなびき、時折、謎の光が割れ目を満ちて走る洞窟。

 第三層は、赤龍の住処であるにしては異様なほど静かだった。

 果たして東京への入り口は岩で塞がれず、開かれたまま。

 

 そして、更に悪いことに。

 赤龍ムフェト・ジーヴァの姿は既にそこに無く、東京への入口を塞ぐ、落石の仕掛けは作動していない。

 

 立ち込める霧を前に、狩人たちは厳しい表情で佇んでいた。

 

「……嫌な予感ほど当たるものね」

「やはり、最初から作戦は破綻していたんだな」

 

 この風景が意味するところは、たった一つ。

 赤龍は、東京に逃げてしまった。

 彼は十中八九、今頃無限に等しい生命力を得ている。

 

「まだ、全て終わったわけじゃない」

 

 美奈子が呟き、そこに居る全員を見回した。

 

「本当に終わるのは赤龍が死ぬ時か、ここにいるみんなが死ぬ時よ」

 

 全員が、再び前を向いた。

 この先に待つ状況がどれだけ絶望的であるかはほぼ決定的であった。

 それでも彼女たちは、霧の向こうへ足を踏み入れた。

 

────

 

 霧を抜けた先には、奇妙なことに地上のように光が満ち満ちていた。

 青白く光る結晶の柱が幾つも並んでいる。

 その様は、セーラー戦士の世界の遥か未来に輝く城『クリスタル・パレス』と実にそっくりで、幻想的ですらあった。

 亜美は結晶の一つに手を置いた。

 

「まさかこの一つ一つが、地球から吸い取ったエナジーの結晶? だとすれば、凄まじい成長速度だわ……」

 

 青い星は気を抜かずながら、懐かしそうに眼を細める。

 

「速さは違えど、やっていることは地脈の収束地と同じ。となると彼の龍の目的は、やはり……」

 

「ゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウウウウウ」

 

 見上げた瞬間、巨龍が羽ばたいて頭上を通り過ぎた。

 

「さっそくのお出ましかッ」

 

 宙を旋回した赤龍は塔のような巨大結晶に体当たりし、破片をぶち撒けた。

 狩人たちは結晶の雨を避け、前方を飛ぶ龍を執拗に追いかける。

 未だ縄張りへの侵入を止めない人間たちを見た赤龍は、この先は通さないとばかりに轟音を立て着地、行く手に立ち塞がった。

 

 前触れもなく戦闘が始まった。

 

 初手、赤龍は四肢を躍らせ、真正面から突進をぶつけにかかった。

 狩人たちは、脚や胸と地面の間にある僅かな隙間をすり抜ける。

 結晶を踏み潰して通過、振り向いた龍は、すぐさま口腔に光を宿す。

 

「避けろ!」

 

 圧縮された光線が縦一直線に振り上げられた。

 天井に逆さに生えていた結晶が穿たれ、夥しい数の破片が降った。

 

「なら、潜り込んで躱すまでッ!」

 

 そうすれば相手の光線も手足も届きにくいと、これまでの戦いから学んでいた。

 結晶の雨を掻い潜り、剣士たちは側面から身体に得物を叩きつける。

 大剣が、太刀が、槌頭が、頭や胸の鱗に寸分違いなく突き刺さる。

 ありったけの、守護星から与えられた属性の力を込めて。

 しかし得物を鱗から引き抜いた時、彼女たちの顔は驚きに染まった。

 

「傷が、ない……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、赤龍の鱗は全くの無傷だった。

 龍は胸下にいる狩人たちを押し潰そうと上体を持ち上げ、のしかかった。

 彼らは何とか抜け出したが、轟音と共に来た震動に足を掬われる。

 

「おかしいわ、そんなわけがッ」

 

 呟いた亜美は氷結弾を速射、美奈子も負けじと貫通弾を光の力を得て連射する。

 しかし突き刺さった弾が剥がれ落ちた跡には、何の痕も残っていない。

 

「まさか、回復力が……秒単位すら超えている!?」

 

 赤龍は一切怯みもせず、振り返って前腕を地盤へ叩きつけ、沈めた。

 爆発、際限なく拡散する地脈のエネルギー。

 戦線の勢いが弱まったことをいいことに、赤龍は狩人たちを眼下に捉えつつ後ろ脚で直立、口内を光らせ息を吸い込んだ。

 

 地上を爆破する、大技の用意だ。

 しかし今や、狩人たちの統率は乱れかけている。

 

 青い星は瞬時に視線を巡らせ、あるものに目を付けた。

 赤龍の頭上に張り出す、先ほど彼自身がぶつかった巨大結晶から張り出す『枝』。

 それが今、ひびが入って今にも落ちそうになっていた。

 

「頭上に、気をつけろ!」

 

 転がっていた結晶の小破片を拾うとスリンガーに装着、その『枝』目がけて発射した。

 破片が直撃した『枝』は鋭い落石となって、今にも光線を放とうとしていた赤龍へ直撃。

 そこへ更に結晶が連なって落ち、巨体を埋め立てる。

 

 一旦、巣に静けさが残った。

 

「や、やったの……?」

 

 恐る恐る、狩人たちは結晶の山へにじり寄る。

 十分に、距離を取りながら──

 突然、土煙の中から巨体が青い星目がけて躍り出た。

 第一層、第二層の時とは全く比較にもならない素早さだった。

 

「ぐっ……!?」

 

 振り回された頭部に横向きに殴られ、青い星は地面に張り付けられる。

 少女たちに悲鳴を上げられる前に真っ直ぐに襲いかかる、巨龍の牙。

 

 それが挟み込んだのは────

 角竜の双角の意匠が特徴的な、大盾。

 

「はるかさんッ!?」

 

 彼女は盾を構えたまま咥えられた。

 零距離で光線を放たれ、炙られる。

 強靭な盾とセーラー戦士の力があるとはいえ、浴びせられる熱量は凄まじい。

 

「があぁぁぁぁぁぁああああああッッッッ」

 

 赤龍ははるかの盾を咥えたまま、飛び上がった。

 

「はるかっ」

 

 彼女が一瞬だけ、絶望に染まった顔で叫んだみちるへ振り返った直後。

 

 光線がはるかを吹っ飛ばすと同時に、地面が大爆発を起こした。

 巻き上げられた破片が降り注ぐなか、みちるは高熱も厭わず真っ先に突っ走った。

 

 金髪の長身の麗人が、地面に力無く転がる。

 白騎士の如き氷牙竜の防具は、前面が完全に黒焦げていた。

 盾が無ければ、ここに存在していたかどうかも怪しい。

 

「はるかッッ!!」

 

 辛うじて息があったので、急いで秘薬を飲ませた。

 青い星もすぐさま駆け寄って、みちると共に彼女を抱き起した。

 

「何故、こんな無茶を……」

「……何で、かな」

 

 はるかは一瞬苦悶の声を上げたにも関わらず、微笑みを浮かべ、問いかけてきた青い星の顔を見やった。

 

「どうやら、見間違えたのかも知れないな。多くに大切に慕われる、あの人に」

 

 みちるは察したように口を結んで、俯いた。

 

「あなたはきっと……そちらの世界になくてはならない、特別な存在だ。だから、死ぬな」

 

 そして再び気を失った。

 身体を掴むみちるの手に、力が籠った。

 

「私以外の人のために命を張るなんて……お馬鹿さんになったわね、本当に」

 

 そこへ「やばい!」とまことの声が飛んだ。

 彼らが振り向くと、赤龍が飛びあがり、地上へ向かって息を吸おうとしていた。

 

「こっちへ!」

 

 地上を蒼炎が這うとほぼ同時、はるかを支えたみちると青い星へ、走り寄ったソードマスターがあるところを指差した。

 呼びかけたのは、先ほどのスリンガーによる環境利用で地面に突き刺さった、結晶の大破片。

 既に4人の少女たちが隠れ、必死に手を振っている。

 時々足をもつれさせながらも、彼らは急ぐ。

 5秒もしない間に、赤龍は巨体を宙で翻した。

 

 少女たちが後から来た4人を抱き寄せ、陰に隠したのとほぼ同時。

 『王の雫』の第二の一滴が、落ちた。

 

────

 

「当地区は東京タワー直下の特殊外来生物に対する攻撃実施のため、緊急避難警報が発令されました。住民の皆様は警察、消防の指示に従い……」

 

 東京都地上、港区市街地東部。

 防災無線が絶えずアナウンスを送るなか、

 

「皆さん、前の人を押さず、落ち着いて避難して下さい!」

 

 陸上自衛隊の入念な呼びかけにより居残っていた住民もいよいよ諦め、全域からの避難が進みつつあった。

 避難民の長蛇の列の中には、少女なるとその母の姿もあった。

 

「セーラー戦士さん、大丈夫かしら。あの彗星の次は地下に50mくらいの化け物だなんて」

「きっと大丈夫よ。私たちは、無事に生き残ることがまず先決……」

 

 その時、東京タワーを一筋の青い光が直上に貫いた。

 1秒もせず、直径300mの火の玉が出現、急膨張。

 そちらに振り向いた者の殆どが一時的な失明に陥った。

 

 本能のままの反応だった。

 なるの母が娘を抱えてビルの陰に隠れた直後、陰より外を強烈な暴風が襲う。

 

「きゃあああああああッ!?」

 

 しばらく、外の街に衝撃が押し寄せた。

 何とか這い出した親子が見たものは、数十秒前とはあまりにも変わり果てていた。

 整然と並んでいた自衛隊の74式戦車は残らず裏返され、あるいは横倒されていた。

 夕日が差し込んでいたはずの市街地は灰色に染まっていた。そして、何故か電気までも消えていた。

 さっきまで避難指示を行っていた防災無線のスピーカーも、完全に沈黙している。

 

 かつて東京タワーのあった場所からは、黒々とした小山の如き巨大雲が、塵を巻き上げ空を覆わんほどに膨れ上がっている。

 その内部で時々、青い稲妻が走った。

 

 戦車のハッチを開けた迷彩服の通信員が、なんとか破壊された車体から這い出した。

 彼は黒々とした空を見上げながら、急いで車体後部にある車上電話機の受話器を取り上げ操作盤を叩く。

 

「CP、こちら74、東京タワー跡にて爆発発生! 繰り返す、東京タワー跡にて爆発発生!」

 

 返答は一切返ってこない。通信員ははっとして、受話器を見やる。

 だが、指揮所が直接の被害を受けたとは考えにくい状況だ。

 通信員が辺りを見回すと、先程までは灯っていた文明の光が無くなっていた。

 

「まさか、電磁パルス? いや、こんな近距離で起きるはずが……ッ」

 

 通信員の足下に青い火花が散った。

 彼は一瞬で意識を失って、その場に倒れ伏した。

 それを見つめていたなるとその母も、倒れた。

 

 直径500m以上に渡って、大きなクレーターが開けられていた。

 1分前までは中折れながらも何とか立っていた東京タワーは、今では跡形も無い。

 代わりに出来た窪みの中心へ、青い光の奔流が流れ込んでいた。

 

────

 

 閃光と爆音で気絶しかけていたレイは、ゆっくりと目を開けた。

 ほぼ真円状に広がる夕暮れの空が、視界に入った。

 

「天井に、穴が……」

 

 王の雫は、天井の地盤を丸ごと吹き飛ばした。

 一方で、巨大結晶に隠れた狩人たちは無事だった。

 どうやら、王の雫の衝撃と高熱を吸い取ってくれたらしい。

 

「と、東京の人、たちは……どうなったの?」

 

 レイが何とか起き上がると、仲間たちも同じように身体を起こそうとしていた。

 一番早く結晶の陰から顔を出した彼女は、すぐ息を呑んだ。

 

 ムフェト・ジーヴァは大地に爪を突き立て、沈めていた。

 ひび割れの合間から、青白い光が漏れた。

 そこでやっとレイは、地面を流れる光に──

 赤龍へ流れてゆく生命力に──気づいた。

 

────

 

 光は地脈を通じ、稲妻のように地中を駆け巡った。

 森林を通り、河を通り、海を通り、電線を通り、水道管を通り、電波を通り。

 龍水晶によって強化された生命力の通路は、()()()()()()()()()()()()()遥かに早く、広く、この星に浸透しきっていた。

 

 観覧車の中で夜景を眺めながら語らっていたカップル。

 しばし沈黙の末、互いの気持ちを確かめるように唇を近づけ合う。口づけをかわそうとした瞬間、2人はもつれあうように倒れた。観覧車も急停止、夜景は漆黒に包まれ、代わりに満天の星空が輝いた。

 

 サビ残もやっと終了、夜中に社用車に乗り込んだサラリーマン。

 愛妻と愛子の写真を見つつ、「さあ、帰るか」とハンドルを握ろうとした瞬間、倒れた。

 

 テレビを前にソファに座り、愛猫を撫でながらワインを優雅に傾けようとした大富豪が倒れた。

 

 強盗犯をついに追い詰めた、ベテラン刑事と新米刑事。

 震えて銃を構える相手に反応しかける新米をベテラン刑事が抑え、相手を穏やかに説得する。やがて強盗犯が泣きながら手を伸ばし、刑事がそれに手を手を貸そうとした時、3人とも倒れた。

 

 友達が次々に結婚するので取り残されることに焦りを感じるOL。

 彼女が急ぎがてら落としたハンカチを拾ってくれた男性に思わず心をときめかせたが、2人は大量の通行人と共に倒れた。

 

 川辺で2人きり、拳で一通り語り合った不良男子中学生。その行き着いた末、永遠の友情を誓おうと手を握りあおうとしたが倒れた。

 

 互いにハジキを忍ばせて裏談合を進めていたマフィア。

 巨大ファミリー同士の長年の抗争を終結させるための大事な会合だ。だがこの会合も双方の穏健派が何とか取り持った形で、過激派は隙あらば互いの勢力の殲滅を狙っている。

 それを見た一方のドンが言い出そうとした時、みんなが揃って倒れた。

 

 鞄を抱え、足早に飛行機に乗ろうとする政治家とその家族。

 それを遠方からスコープを通して覗き、彼らの父親を狙い引き金を引こうとしたスナイパーが、倒れた。

 倒れたのは政治家たちも同じだった。

 

 国旗を掲げた国民に見送られながら、勇ましく行進していた屈強な軍人たちと鼓笛隊。

 機械のように連動していたそれらが、雪崩れるように倒れた。国民たちもドミノ倒しになって、首都の熱狂は沈黙へ変わった。

 

 長い熟考の末に1つのボタンをいま押そうとした、どこかの大国の長が倒れた。

 

 特に甚大な被害を受けたのは先進国及び大国の都市圏だった。

 電磁波、音波、電気、その他あらゆるエネルギーの波に常時曝されていたからだ。

 そこはムフェト・ジーヴァにとって、いわば巨大な備蓄食料であった。

 政治、経済、行政、軍事、メディア、交通、通信に関する機関ほぼ全ての機能が麻痺、完全停止した。

 

 人々がそれぞれに紡いでいた、紡ごうとした物語は、1つの生物によって、なんの感慨もなく、なんの余韻もなく、なんの脈略もなく、引き裂かれ、断ち切られた。

 

 意識不活性に陥った彼らの生命エナジーは全て、東京都港区の地下にいる赤龍ムフェト・ジーヴァに渡った。

 

────

 

「世界中から、エナジーが……吸われていく」

 

 半ば呆然と亜美が呟く間も、赤龍の胸の輝きは増していく一方だった。

 今や、この世界中にあった莫大な生命力が、赤龍の築いた地脈に集結しつつあった。

 

「いま、どう……なってるんだ。世界は……」

 

 まことは、動揺を隠せないまま鎚を握り。

 

「やめろぉぉぉッ!!」

 

 陰から飛び出し、頭へ雷鎚を振り下ろした。

 赤龍は何もせず直撃を受ける。

 

「これ以上、あたしたちから日常を奪うなッ! 世界を、奪うなぁぁッ!」

 

 その声に突き動かされたかのように、仲間も叫びながら加勢する。

 飛竜なら既に10頭は狩れそうな連撃を重ねるが、赤龍の鱗に傷がつくことはない。

 しかし鬱陶しいと思わせることには成功した。

 赤龍は生命力の補充を中断、剣士であるレイとまことから潰しにかかった。

 対してはるかを看るみちるは、動けに動けなかった。

 

「みちるさん、はるかさんと一緒に逃げて!」

 

 結晶に登った美奈子が、赤龍を見据えて貫通弾を撃つままに叫んだ。

 みちるは彼女に振り返ったが、一時、目線が躊躇いを見せる。

 

「だけど、ここで私まで抜けたら……!」

「まだこの後、デス・バスターズとの戦いが控えてる。もしかしたらそれだけじゃ終わらないかもしれない!」

 

 その言葉に、みちるは息を呑んだ。

 

「勝つことも大事だけど、本当に大切なのは1人でも多く生き残ること。使命を果たすためにも、大切な人たちにもう一度会うためにも!」

 

 真っすぐな青い瞳を見て、みちるは遂に諦めたように笑って、はるかを再び支えた。

 

「後で泣きつかれても、知らなくってよ」

 

 狩人たちが赤龍の気を引いているうちに、みちるははるかを支えながらあちらの世界へ続く道へ駆けていった。

 

「特別な存在……か」

 

 青い星の一言に、隣のソードマスターが首を傾ける。

 

「彼女が来なければ今頃、この命は散っていた。買い被りもいいところだな」

「だが託されたからには断れんのが、汝の(さが)であろう?」

「ええ……全く」

 

 まさにその時、赤龍の全身が咆哮と共に光り輝いた。

 目が神々しい威光に染まり、胸を中心に燃え盛った。

 『臨界状態』とでも言うべき姿だ。

 

「自分でも、嫌になるくらいにね!」

 

 2人の狩人は怯まなかった。

 本来ならば危険な真正面から、乱れる大地の爆発を搔い潜る。

 それを迎え撃たんと赤龍が口を開けた時、青い星はスリンガーで、ソードマスターは突き刺した刃を足場に鱗を蹴り上がることで頭部へ駆けあがった。

 

「鱗がそこまで硬いというのならば」

「狙うは、ここだ!」

 

 刃を振りかざしたのは、本来なら危険なうえ警戒されるので、相手が一切動かない限り敬遠されがちな────

 

 眼だ。

 

 太刀の切っ先が右の瞳の奥を抉り、大剣は左の瞳を叩き割った。

 赤龍が勢い良く首をぶん回したので、足早に降りる。

 彼らが地上に戻ってから振り返ると。

 既に眼は蒸気を上げて、完全な回復を遂げていた。

 

「なんと……!」

「長年ハンターをやって来たが、こんなことは初めてだ……!」

 

 熟練の狩人でさえ困惑するほど、回復力は時間に比例して強化されている。

 状況は最初から変わらないどころか、むしろ悪化の一途を辿っていた。

 亜美は無意味に少なくなってゆく弾数を見て、顔に焦りを募らせた。

 

「滅尽龍の例から考えると……赤龍は自身に加えられたあらゆるエネルギーを、龍水晶を通して生命力へ変換しているのかも」

 

 セーラー戦士たちの頭をよぎったのは、うさぎがセーラームーンとなって滅尽龍に浄化のパワーを注いだ時のことだ。

 そもそも赤龍は、元から地脈のエネルギーを体組織の再生に変換する能力を持つ。周囲の生命力を吸収する龍水晶とは、致命的なまでに相性が良いと言えるだろう。

 

「じゃあ……いくら攻撃をしても、餌をやってるだけってこと!?」

 

 美奈子が導き出した結論は、あまりにも絶望的だった。

 そうしている間にも、ムフェト・ジーヴァは光線を放ってくる。

 

 狩人たちは諦めず応戦するが、状況が先に進むことはない。

 更に、ここには大した兵器もない。結晶の地も先の『王の雫』によってほぼ更地にされ、環境利用もできない。

 こちらの疲労は蓄積して回復アイテムも一方的に消耗される一方、相手は無限に傷を回復する。

 誰も言い出そうとしないが────彼らは、明らかに()()()()()

 何度でも、鱗を、爪を刃で叩き割るが。

 

「守護星の炎も、武器の炎も……全部、吸い取られる!」

 

 特に脚を斬ることの多いレイは、何度も焼き切った爪が数秒もせず生えてくる様をその度々見せつけられた。

 どれだけ全力の守護星のエナジーを込めても、無意味。

 かといって、攻撃を止めて東京の外へ逃すこともできない。

 

「ぐっ!?」

 

 ソードマスターはなおも爆発を避けて執拗に頭を狙ったが、そこへ牙が兜に掠る。

 長時間に渡る戦いで遂に、達人の動きにも乱れが生じた。

 すぐ傍で戦っていたレイは、思わず彼の方を向く。

 

「ソードマスターさん!」

「レイ! 気を緩めるな!」

「え……ッ」

 

 直後、赤龍がレイのすぐ傍で地盤へ腕を突き入れた。

 判断が遅れたことで、彼女の身体は地面から噴きあがるエネルギーに曝された。

 

「あああっ!!」

 

 熱に強い炎王龍の防具を着ていたお陰か、ダメージは軽減された。

 それでも衝撃は凄まじく、彼女の身体は地面へ為すすべなく転がった。

 仰向けになった身体へ、振りかざされる後ろ脚。

 

「あっ……!」

「レ、レイちゃん!」

 

 亜美が叫んだことで、全員が仲間の危機に気づく。

 しかし、明らかに間に合わない。

 踏み潰される。

 そう直感したレイは、反射的に腕で顔を庇いかけた。

 

 不意に、赤龍が痙攣したように脚を振り上げた。

 

「……ッ!?」

 

 次にレイの眼に入ったのは、異様に肥大化した一つの爪。

 それが真っ二つに割れて、中から真新しい爪が顔を覗かせるという歪な形だった。

 先程、彼女が叩き切った箇所だ。

 急激に上がった新陳代謝により、成長の早い新しい層が成長の遅い古い層を下から押しのけたことで弾けた音だったのだ。

 よく真上を見てみると、胸から腹にかけての鱗も奇妙だった。

 第二層までは美しく整っていた鱗の並びも歪み、ひび割れが生じている。

 

「これ、だわ」

 

 小さく呟いた彼女はなんとか身体を起こして、

 

「みんな! 胸に攻撃を続けて! ありったけのパワーを、そこにつぎ込むのよ!」

 

 まだ、仲間はその意味を分かっていない。

 だから、更に叫ぶ。

 

「いま、エナジーを注いだ爪が割れるのを見た! 再生能力が暴走しかけてるんだわ!」

 

 次に意味を理解したのは、青い星であった。

 

「そうか、奴にも身体という有限な空間がある。過剰に吸収した生命力が溢れ出しかけているのか」

 

 やっと、そこにいる全員が状況を把握した。

 まことはそれまで辛そうにしていた表情を一転、ニヤリとさせて鎚を構え直した。

 

「……相手が何でも食べちまうってなら、逆にぶくぶく太らせて破裂させりゃいいってわけか!」

「だが、どうやって? 奴に付けた傷は瞬間的に修復されるぞ」

 

 ソードマスターの次に、亜美が赤龍の光る胸を見て────

 

「いま、即興で思いついたわ。お二方に、無理を強いる形になるけど」

 

 亜美は敢えて攻撃をせず爆発や光線を躱しながら、ある作戦を仲間たちに伝えて回った。

 

「……すみません。こんな方法しか思いつけず」

「いいや、よい。この齢にはちと応えるやも知れんが……」

「本当に一回限りではあるが、背に腹は代えられない。やるぞ」

 

 青い星とソードマスターといった狩人たちも、覚悟を決めた。

 そこから、赤龍にとってみれば不思議な事態が起こった。

 先ほどまで執拗に白兵戦を試みた狩人たちが、後方に退き始めたのだ。

 

「とにかく、胸に攻撃を!」

 

 代わりに激しくなったのは、セーラー戦士からの攻撃である。

 彼女たちの狙いは、胸部一択だった。

 開いては閉じ、閉じては開く傷口。

 

 その光景を見てもなお、胸の傷を属性の力で『炙る』。

 エネルギーという名の餌をくれてやる。

 胸部は幾度も修復するうちに、歪に膨れ上がっていく。

 

 それでも、赤龍の攻撃は激しさを増す一方。

 赤龍も、自らを内側から食い破ろうとする生命力を力尽くで外殻の修復という形で抑え込み、攻撃という形で排出する。

 一見それは、虚しき応酬にも見えた。

 火も、氷も、雷も、光も、すべて青白い光へと還元されていくのみ。

 

 それでも、全力を振り絞る勢いで攻撃を続け────

 遂に、変化が起こった。

 

 胸の外殻に隙間が出来た。

 幾度も自己再生を重ねたことで、下に生成された外殻が上の剥離しきれなかった外殻を押しのけたのだ。

 

 それを見届けた美奈子は、狙撃竜弾専用弾倉を銃身に取り付けた。

 赤龍はそれに気づかず、レイとまことを圧し潰そうと上半身を持ち上げた。

 

「あんたは思いも寄らないでしょうけどね、想いを受け継いだ人間ってのは……強いもんなのよ」

 

 照準に胸部を捉え、引き金を引く。

 

「教えてあげる。大切な仲間を、大切な人たちを傷つけられた人間こそ、一番恐ろしいってことを!!」

 

 その数秒後、狙撃弾が胸に出来た隙間に突き刺さり。

 遅延信管が作動。大爆発を起こす。

 遂に、心臓のある部位から光が差す。いま、突破口は開かれた。

 

 だが、それを知ってか──

 赤龍は飛び上がった。

 青い星は、三度目に地上を蒼炎で覆う巨龍の姿を睨んだ。

 

「やはり、そうするよな!」

 

 赤龍は、三度目の『王の雫』を放とうとしている。

 傷口はあと、数秒もすれば塞がるだろう。

 盾に出来るほどの巨大結晶は周りになく、逃げ隠れする時間も、ほぼない。

 

「では、頼むぞ!」

「はい!」

 

 打ち合わせ通り、青い星とソードマスターがまことの方へ向かった。

 答えたまことが屈みこんで、両者の腕を掴まえ、仲間たちも狩人たちを支えた。

 

「「お二人とも、お願い、しまぁぁぁぁぁすッ!!」」

 

 4人の力を以て、赤龍目掛け一直線に跳んだ。

 

「「せぇぇぇぇいッ!!」」

 

 狩人2人は、真上に刃を向けて。

 一直線に、突き刺した。

 セーラー戦士たちが切り拓いた、胸の、奥深くに。

 青い星が、至近距離で最後の一押しをする。

 

「アァァァァアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」

 

 エネルギー生成循環器官へ致命的ダメージを受けた胸部はその時、太陽にも劣らぬほど強く、輝いた。

 狩人と戦士たちは、2つの刃を残したまま落ちていく。

 赤龍は大剣と太刀を突き刺したまま、口腔を激しく光らせて。

 最期の超新星の如き爆発のなか、胸と頭が、爆発四散した。

 

「ぐっ……」

 

 狩人たちは、何とか地上に不時着。

 その背後、赤龍は物言わず、墜落した。

 青白い輝きは、見る見るうちに彼の身体からも、大地からも失われていった。

 少し遅れ、朽ち果てた大剣と太刀が地面を転がった。

 もはや使い物とならなくなったそれらを見ても、達人の表情は明るかった。

 

「終わったか……遂に」

 

 ソードマスターに続いて、セーラー戦士の1人である亜美が空を見上げた。

 

「何とか……生き残ったわ」

「やっと、互いに信じ合えたな」

「……はい! あ、青い星さん!?」

 

 赤龍の爆発の衝撃を最前線で喰らった青い星は気を失っていた。

 しかし、大した怪我ではなく息もしっかりとある。

 それに気づいたレイは、溜息をついた。

 

「さすが、英雄ってとこね」

 

 長らく硬かったその表情も、やっと柔らかさが戻っているように見えた。

 星空が、彼らを祝福するかのように輝いている。

 セーラー戦士たちと狩人たちは、互いに微笑んだ。

 

「ご苦労だったね、セーラー戦士諸君」

 

 そこへ水を差す、男の声。

 即座にセーラー戦士たちが目を見開いて、声のした方へ振り向く。

 白衣姿に丸縁眼鏡の白髪男。赤い衣装に赤い髪の女。

 他ならぬ、教授とカオリナイトの姿だった。

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