セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
アプトノスを狩ってから、彼女たちは村民からの様々な依頼をこなしていった。
ハンターの生活は、基本的には同じことの繰り返しだ。
まず、張り紙を見て実力に見合うクエストを契約金を払って受け、準備をしてから狩場に荷車で向かう。そこでモンスターを狩って素材を剥ぎ取ったら村に帰り、元締め役の組織であるハンターズギルドから報酬金と素材を貰う。こうやってハンターは生計を立てていくのである。
当然、ハンターは金を貯めるだけで終わらない。更に強者に挑もうとする者は、入手した素材を加工屋に持っていき、新たな装備の作成やより強力な装備への強化などにつぎ込むのだ。
そして、今日も彼女たちは狩猟依頼を受け、森丘に来ている。ただその一方、狩猟に参加していない者が1人──いや、1匹いた。
「うんしょ、うんしょ……」
ルナは見晴らしのいい渓谷の断崖絶壁の上でただ1人、目の前の岩の割れ目にピッケルを何度も振りかざしていた。トンビの鳴き声と風の唸りだけが聞こえる高所で、カツン、カツンと金属と岩石がぶつかる音だけがこだまする。
何度か頑張るうち、鈍い音を立てて白く濁った石が零れ落ちた。
「えーと、これは『大地の結晶』……」
石を袋に投げ入れ、もう一度ピッケルを振るうと、今度は小気味のいい音を立てて蒼く光る鉱石『マカライト鉱石』が姿を現わした。
「やった!これで武器の強化が出来そうね!」
マカライト鉱石は、武具の作成や強化に広く使う、固く良質な石だ。
そう言ってふんふんと鼻歌を歌いながら袋にそれを入れようと振り向いた瞬間、彼女の肩や腰に強烈な電撃が走る。
「あだーーーっ!!」
ひどい筋肉痛に、ルナはあちこちをのたうち回った。数時間も屈んでキノコや薬草を摘み取り、固い岩にピッケルを振り下ろしていた彼女の身体にそのツケが回ったのである。
しばらくその場を転げまわっていたルナだが、何とか回復し一息ついた。
「はぁ~、もうやだ。いくら私が戦闘向きでないからって、採取ばかり押し付けないでよね!こっちだって一応ハンターなのに!」
ハンターの仕事はモンスターを狩るだけではない。現地の鉱石や植物を一定数納品する『採取』も、重要な仕事内容の一つだ。入手した品は依頼人との取引に使うだけでなく、防具や武器に使われる場合も多い。ルナはいわば、三人が本来やるべき仕事の一端をその身一つに担わされているのだ。
その時、森に甲高い獣の鳴き声が響く。ルナははっとして後方の何処までも続く森の奥へ振り向いた。
「うさぎちゃん、あたしたちが村のみんなを護るんだーなんて張り切ってたけど大丈夫かしら……」
今日、ルナと別行動を取っている彼女たちが森の中で狩っているのは『ドスランポス』。そう、以前に戦士の力によって倒した、群れを率いる青きモンスターの別個体だ。今回は、彼が新たにやって来たお陰で商人の通行の邪魔になっているから退治してほしいとの依頼内容だった。
そのモンスターには、うさぎたちはセーラー戦士としてある種の因縁がある。戦いとしては2回目だが、狩人として戦うのは初めてだった。
────
「せやあっ!」
「ギヤアアアアッッッ」
うさぎたちのドスランポスとの接敵から、数時間が経っていた。
レイの『鉄刀』から繰り出される突きが、ドスランポスの胸に直撃する。そこから更に斬り上げへと繋げ、胸から肩にかけての表皮を一直線に斬る。
「良い調子よ!今から相手を麻痺させるわ!」
「お願い、亜美ちゃん!」
亜美が『ハンターライフル』を構え、『マヒダケ』というキノコの毒が塗られた『麻痺弾』を銃口から放つ。それが三回ドスランポスを穿つと、突如彼の身体がビクンッと痙攣し、痺れて震えはじめる。これが相手の行動を一時的に封じる麻痺状態、ここからは完全にこちらのターンだ。
「ナイス、亜美ちゃん!うさぎ、一緒に畳みかけるわよ!」
「う、うん!」
うさぎはやや尻込みしながらも、思い切ってドスランポスに斬り込んでいく。
その後の数秒間の攻勢は、正に血の舞であった。うさぎの片手剣が浅い傷を作り、そこをレイが大きく広げていく。
都合の良いことに、相手は取り巻きとなるランポスを引き連れていなかった。以前、彼らを根こそぎ排除したからだろう。余計な邪魔が入らない分、遥かに難易度は低い。
やっと麻痺が解けた時、彼は切り傷だらけでかなり弱った状態だった。ドスランポスはふらつきながら逃走を図る。
「逃さないわっ!」
レイが駆け寄りながら太刀を振りかざし、脚の裏側を薙ぐ。腱が切れ、ドスランポスはその場に屈み込むように崩れ落ちた。
うさぎが即座に獲物の前側に回り込み、『ハンターナイフ』を構える。激しい戦闘で血が錆びついて切れ味は消耗していたが、その威力は相手の皮を切裂くには十分だ。
「っ……」
弱り切って閉じかけられた獲物の眼を前にうさぎの剣の動きが鈍りかけたが、その思いを断ち切るように思いっきり踏み込み、斬る。
「ギャッ」
喉笛を掻っ切られたドスランポスは、泡を吹いてその場に倒れ伏した。
うさぎが盾を構え、レイと亜美は隣合って武器を構えたまま様子を見る。
しばらく経っても、彼は起き上がることはなかった。
「……狩猟、成功!」
レイは亜美、うさぎとハイタッチすると拳銃のようなものを空に向け、引き金を引いた。すると赤い煙が花火のように打ちあがる。クエスト完了を報告する狼煙だ。
すると、木陰から老ハンターがどこからともなく姿を現わした。
「おめでとう。よく頑張ったな」
彼は、今回の狩りのお目付け役だった。初心者である彼女たちが危なくなった時のためである。
「すごいでしょー、もっと褒めてくれていいのよ?」
うさぎは表情を明るくして得意げに胸を張った。自身の肩よりも身長の低い彼女を、ハンターは笑いながら見下ろした。その様子はまるで孫を見守る祖父のようだ。
「正直、初心者ハンターとしては快進撃だ。流石は元戦士、と言ったところかな」
「だって、私たちには元の街のみんなとここの村のみんなを護る『使命』があるんだもの!あの子たちには申し訳ないけれど……ハンターになったならしょうがないわ」
うさぎの表情は、言葉の最後だけ悲しそうな色を帯びていた。
その後ろで、事切れたドスランポスの遺骸が、苦しげに口を開けたまま横たわっていた。
「そうでしょう、亜美ちゃん、レイちゃん?」
ドスランポスに目が行っていた二人が目線を戻し、頷いた。
老ハンターは、そのやり取りを見て複雑な表情を浮かべたが、彼女たちはそれに気づくことは無かった。
「『使命』か……お前たちらしいな。さあ、剥ぎ取りを終えたらすぐにキャンプに戻るぞ」
「はい!」
────
剥ぎ取りを終えて南にあるベースキャンプへと帰還途中、彼女たちは右手に高台がある見晴らしのよい高所に差し掛かった。ハンターの間では『エリア2』と呼ばれる場所だ。
普通なら肉食竜ランポスか、その獲物となるアプトノスが居座っている。だが、今日は違った。
海老を思わせる鎧のような甲殻を付け、巨大な鋏を持ったダンゴムシのような小型モンスターが5匹ほどうろついている。
「あ、クンチュウだ」
うさぎが物珍しそうに言うと、後ろに付いていたレイが眉を顰める。
「やぁねえ、いつ見ても気持ち悪い……」
クンチュウは(特にひっくり返って裏返しになった時の)見た目と、刃も銃弾も寄せ付けない甲殻の硬さから、多くのハンターに厄介がられるモンスターである。
肉食のモンスターに比べればさほど脅威ではないが、相手にすると中々厄介な相手だ。彼女たちがそのまま群れからそれて素通りしようとした瞬間、先行する老ハンターの制止する手が伸びた。
「待て」
「どしたのじっちゃん?」
「飛竜か……それとも鳥竜か……」
うさぎたちがきょとんとしている前で、老ハンターは静かに呟いていた。
何者かが風を切る音が遠くから近づく。彼はそれを察知したのだ。
「キョアアッッッ」
上空から、甲高い鳴き声が響いてくる。
「この鳴き声……イャンクックだ!」
慌てふためき始めるクンチュウたちの前に、全長9mほどの巨体が舞い降りた。
大怪鳥『イャンクック』。
彼女たちも、絵と名前だけは聞いたことがあった。
彼らは、竜のような翼と桃色の鱗を持ちながら巨大な扇状の耳と鳥のような嘴を有する。性格は臆病で大人しいが、一度怒らせれば火球を吐かれ固い嘴で突っつかれることになる。決してモンスターたちの中で強い部類ではないが、駆け出しハンターにとっては十分すぎるほど危険な相手だ。
「あれが……やっぱり、直で見るとスゴイ迫力だわ」
亜美は感嘆するが、これでも以前彼女たちが対峙した赤き竜『リオレウス』よりは小さい。この世界の生物のスケールの違いがよく分かった瞬間だった。
着地したイャンクックは、グワガガ、と喉を鳴らし、逃げようとするクンチュウたちの前を、逃さないぞ、とでも言うように通せんぼして小さく飛び跳ねる。
その大きさに見合わない小鳥が戯れるが如き光景を、うさぎたちは木に隠れて観察していた。
「あれ、なんか意外に可愛いかも?」
「どこがあ?あの感情のない目なんか、怖すぎて見れたもんじゃないわ!」
「怒ったレイちゃんよりはましー」
「はぁ!?もう一度言ってみなさいこのあほうさ……」
「静かにしろ!」
老ハンターがうさぎとレイに一喝する一方、逃げ場を失ったクンチュウは身体を丸め、防御を固める。この状態ではいかなる攻撃も寄せ付けない……はずだった。
イャンクックはすかさずクンチュウを丸ごと咥え込み、目を薄めて味わうように嚥下する。こうなってはクンチュウの自慢の甲殻も意味をなさない。
その様子は顔に表情筋がないのに何とも満足で幸せそうな動きであり、いつの間にかそれを見るレイの表情も緩んでいた。
「……なんか見た目とそぐわないわね」
「ほら、あたしの言う通りでしょ!」
一方、亜美はハンターがイャンクックを観察しながら手元の手帳にペンを走らせていることに気づいた。
「ハンターさん、何してるんですか?」
「あのモンスターの状態を記録してるのさ。あれが村に危害を加えるような状態にないか、見かける度こうしてチェックしてギルドに報告しているんだ」
彼はチェックリストを埋めていき、最後に『異常なし』と付け加える。
「村に危害を及ぼさなければ、必要以上に狩ることはないってことさ」
「……良かった。あの子を狩らなくてよくって」
話を聞いていたうさぎは、安堵したように微笑む。
「今は狩らないが、もっと修練を積んだ上で奴らの数が狩るべき数まで多くなったら、お前たちにもいずれ相手をしてもらうぞ。イャンクックは、多くのハンターにとって登竜門のような存在だからな」
「……うん、わかった。仕方ないものね」
念を押されたうさぎは、少し落ち込んだように、俯いて頷いた。
「さあ、奴さんが食事に夢中の間に通るぞ。ルナも今頃キャンプでミャーミャー言って帰りを待ってるだろうからな」
老ハンターが立ち上がり、うさぎたちはそれに続いてイャンクックから離れた所を通って南下していった。
彼らが去った後も、イャンクックは脇目も振らず最後のクンチュウを呑み込み終わり、まだ他に食い物はないかとしゃくれた嘴で土をショベルのように掘り返していた。
そこに、複数の視線が彼の後ろを走り──迫っていった。