セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「お前たちは、まだやり直せる! 自説を取り下げろなどとは一切言わない。ただ、自ら破滅に突き進むようなことは止めろ!」
調査班リーダーは、狩人至上主義者たちに呼びかけた。
ウラヌス始めセーラー戦士たちは、意外そうに目を見張った。
「リーダー。こいつらはテロリストだ。変に同情しては……」
「それでも、5期団で一緒にやってきた仲間たちだ」
振り返ってウラヌスにそう呟くと、声の鋭さを弱め、同情的な視線を向ける。
「お前たちは全員、真面目かつ熱心、理や規律を重視するハンターたちだった。お前たちが裏で支えてくれてなければ、青い星が黒龍を倒すことなど夢のまた夢だっただろう」
「……」
「だからこそ分かる。お前たちは黒龍の調査後、真っ先に動揺していた。あまりに歪で常識を超えた存在を、どのように位置付けて理解すればいいか分からず混乱した。その後に竜大戦という『真実』が発掘された途端……揃って飛びついた」
狩人至上主義者たちの顔が強張った。
「実のところ、お前たちを突き動かすのは崇拝というよりは『恐怖』なんじゃないのか? もしかしたらこの世界に……人の理解できる理なんか、規律なんかないんじゃないか、という……」
歯を噛み締めた首領は、白い物体を取り出した。
「けむり玉だ!」
リーダーが叫んだ直後、白い煙幕が上がる。
遮られた視界のなか一つ口笛が聞こえ、直後、煙を突っ切ってきた翼が2人を連れ去っていく。
「翼竜か!」
態勢を立て直した狩人至上主義者たちは、本来ならば竜に向けるべき武器を、セーラー戦士に向けていた。
更にどこからか、新たな勢力の足音が周囲を囲んでくる。
「……敵の増援が来たようね!」
次々に岩陰から現れた人影に、ネプチューンはすかさず構えを見せる。
霧が晴れゆく中、調査班リーダーは、その影の正体に目を丸くした。
────
少年兵を抱えて飛んだ狩人至上主義者の首領は、しばらく飛んでいると、彼らの視界に南方へ行く数人を認めた。
「見えたぞ、標的だ」
まだ悟られてはいない。
身体を傾け、音や目視で気づかれないくらい遠く、10個ほど岩を超えた辺りに着地する。
先にちびうさが歩きつかれたのか、セーラー戦士たちは岩間で座り込みだした。
一方の狩人と少年兵は徒歩で、約100m離れた地点へ移動した。
首領は銃を持つ少年兵の両肩を強く掴み、
「セーラーサターン……あの紫のヤツを狙え」
「えッ」
そう、耳元で囁いた。
少年兵の瞳が揺らぐ。
首領は手に力を込め、少年兵を屈ませ銃を構えさせた。
「セ、セーラー戦士の方々は『名誉狩人』では……」
「サターンとその隣にいる黒い襟の緑髪の女……プルートは、狩人ではない。奴らの持つ鎌と杖は、我らのような『王国の敵』を滅ぼすための武器だ」
次に節くれだった手を、まだ彼のものより小さく皺ひとつない手にそっと忍ばせる。
「いいか、あれは人間じゃない。たまたま人と姿が似ただけの、異界の悪魔だ。我々はあれを討たねばならない。正常な狩人の理を取り戻さねばならない!」
まだスコープに目を向けられない少年兵に、首領は更に囁いた。
「それともあの男の指示に従って国に帰り、偽りの歴史を信じ、愚かな親の期待に答え、罪を犯し続けるか? そうなったら、きっとシュレイドの未来は完全に消え去るだろうが」
少年はびくりと肩を震わせ、俯く。
「わ……分かり、ました……」
自分と同じくらいの齢であろう黒髪の少女に、照準を合わせる。
引き金に手を添える。
息が荒くなっていく。
了承の言葉に反抗するように、手が震える。
「失望させないでくれよ。君は俺にとっての、唯一の希望の星だ」
引き金を引いた。
無煙火薬の弾ける音。亜音速で放たれた一発の鉛弾。
それは、果たして。
────
「あッ……」
うさぎたちを見守っていた破滅と誕生の戦士、セーラーサターンは鎌を取り落とした。
脚を休めていた彼女たちが振り返ると同時、
「私から離れてッ!」
叫ぶサターンの鎌を持っていた腕からは、血がどくどくと流れていた。
サターンは痛みを堪えてもう片方の腕で傷を必死に抑えるが、まだ止まらない。
「サターン、サターンッ!!」
ちびうさと彼女を抱くうさぎは思わず近寄りかけるが、衛がそれを抑えた。ルナとアルテミスも、王族を護るべく彼らの前へ。
プルートがサターンを庇おうと駆けようとした時、手榴弾のような物体が投げ込まれた。
光の爆発が弾け、視界を覆う。
本来、狩人がモンスター相手の目潰しに使う閃光玉だ。
戦士も人の身体である以上、反応せざるを得ない。
反射的に動きが止まった隙に、沈黙の鎌が遠くへ蹴り飛ばされた。
「さて。これであなた方の切り札も潰えたわけだ」
黒雲のもと、瘦せぎすの男が少年兵の肩を抱いて歩いてくる。
銃口をずっと、サターンに定めさせたまま。
彼女を抱くプルートが視界を揺らがせながらも宝杖を構えようとしたが、首領はいち早く、額に鉛弾を装填したスリンガーを向けた。
「おっと、貴女は動かない方が賢明ですよ。そちらが呪文を唱える間に、こちらは頭を貫けますので」
少年兵は呆然とした眼で、まだ筒の熱い銃とサターンを見つめている。
うさぎは、怒りよりも哀しみを露わにした。
「これが正しいって、本気で信じてるの……?」
「ま、間違いを認め、正しく生きることが、生き残った者の務めです、ですから……」
うさぎは、サターンへ照準を向けながらも声を震わせる少年兵を見て────
次に、その背後から肩を掴む男をきつく睨んだ。
「こんなこと子どもにやらせるなんて、酷い……」
「何を仰る。彼らは贖罪を行っているのです。シュレイドの地に産まれてしまったという罪のね」
「言ってる意味がわかんないわ! その子自身は何もしてないじゃないッ!!」
ちびうさを抱くうさぎの怒りは、岩陰に隠れる編纂者とオトモアイルーも思わず息を吞むほど相当なものだった。
「いえ……僕は……命の恩人のあなた方を撃つなどという大罪を、犯しました……ですから、ここで更なる間違いを犯さぬよう、何とかお止めしようと……」
少年の視線は焦点を結ばず、明らかに混乱していた。言っていることの辻褄がまるで合っていなかった。
彼の様子を横目にした首領は、一言「おい」と引き止めるように呼びかけた。
「どうか、考え直して!」
その時ちびうさが、首領に被せるように叫んだ。
「あなた、シュレイド軍にいた時と変わってないわ。信じるものが、神から龍にすり替わっただけ!」
「え…………僕は、僕の意志で」
「そいつらの話に乗るな!」
苛立ちを募らせた首領は叫んで少年兵の両耳を塞ごうとするが、
「デッド……!」
「!」
プルートが時空の力を込めて杖を光らせたのに気づき、慌ててスリンガーを再び彼女の額に突き付ける。
彼女を警戒せねばならないせいで、首領も迂闊に動くことはできなかった。
それを理解したちびうさは、なおも呼びかける。
「前のあなたは親の言う通りに神を信じて、今のあなたはそいつの言う通りに龍を信じ切ってる! そのどこに、あなたの意志があるっていうの!?」
少年兵は俯いて黙り込んだ。
涙が一滴、流れる。
アステラで見せた自分は無敵だと言わんばかりの使命感は消え去って、今にも吹けば倒れそうな、細く弱々しい子どもの姿しか残っていなかった。
「……じゃあ、今度は貴女たちを信じろっていうんですか。それとも、仲間たちは悪いこともしてないのに、何の意味もなく死んだっていうんですか?」
うさぎたちは返答に詰まった。
彼女たちが顔を背けたくなるあの惨状から、忘れたくなるあの記憶から必死に這い出そうとする少年に、かける言葉が見つからなかった。
「……その、それともです。彼らの結末には、何ら神秘的な理由も、必然的な因果も存在しませんでした」
全員が女性の声に振り返った。
言い出したのは、オトモアイルーを抱く編纂者だった。
「冰龍はセーラー戦士さんたちを狙う上で、たまたま何百人も集結したあなたたちが目障りでした。その上、たまたま通りがかったら撃って来たので五月蠅い『壁』を払い除けようとした。それだけの……ことです」
少年兵は言葉を失い、絶望に染まった。
首領はいよいよ歯ぎしりし、
「意味はある! 彼らの犯した罪を贖うためにお前は生き残ったんだ! それがお前がこれから生きる意味……」
「それは、あなたが決めることじゃない!!」
うさぎが、男の声を遮った。
「その子を生かしたのは、仲間の兵士さんたちよッ! ただ彼に『生きて欲しい』って……そう、思ったからじゃない!」
「ぁ……ああぁ……」
少年兵は、泣き崩れて銃を取り落とした。
倒れ込もうとする身体をちびうさは支え、うさぎは抱き締めた。
「辛かったよね、きっと。頑張ってきたんだよね……ずっと、ずっと」
金火竜の鎧に身を包むうさぎは、泣きじゃくる少年の頭を、まるで母親のように撫でる。
衛は無言で少年を庇うように立ち、彼を決して首領に渡すまいと反抗の視線を向けた。
「……そういうことなら、仕方がない」
すっかり冷めきった顔をした首領は、スリンガーを向けたまま突然、プルートの鳩尾を鉄靴で蹴っ飛ばした。
「ぐぅっ!?」
曲がりなりにもハンターの一撃、彼女は腹を押さえて突っ伏した。
そこから男は背に手をやった。
取り出したのは、シュレイド兵のライフルと酷似したボウガン。
衛はハッとして、少年兵を庇ううさぎたちを護る腕により一層力を込めた。
「ギルドナイトが怖くないのか!?」
「利権に塗れたギルドのルールなど、護る必要性を感じません。それにこの大陸が、どれだけ現大陸から離れているとお思いで?」
当たり前のように答えた首領は、銃身をさすった。
「それにこれは、モンスター用ではなく対人用ですよ」
「────ッ」
もはや、怒りのあまり何も言えなかった。
うさぎたちからすれば、この男は、狩人の見た目をしたナニカになり果てていた。
プルートは、痛みを抑えながらもサターンを庇い、杖を掲げようとする。
「さぁ、まずはそっちに神々の尊き贄となって頂きましょうか。不安を取り除き、完全な安心を得るためにもね」
散弾が籠められた銃口を彼女たちに向け、素早く引き金に手をかけた。
そこに居る誰もが、サターンとプルートに向かおうとした。
「頭上に気ィ付けろ────ッ!!」
ちょうどそこへ大声が響き、大岩が落ちて来た。
「!?」
圧し潰されかけた首領は、急いで頭を護りながら地に飛び込む。
続いて頭上の岩を見上げてみれば、金獅子とも見紛うほど筋骨隆々な漢がそこにいた。
「大団長!」
更に隣からやってきた人影が、ボウガンからある物体を素早く飛ばす。
それは立ち上がって銃を構え直そうとした男の眼前に着弾。
「うぐぅっ」
凄まじい悪臭に、またしても男は地面に突っ伏す羽目になる。
こやし弾である。
「全く、これを人間に使うことになるとはね」
ゴーグルを身につけ、探検家風のノースリーブの服を着た白髪の女性。
セーラー戦士たちからすれば、久しぶりに見る顔であった。
「フィールドマスター!」
「ごめん、遅くなったね」
「でも、何でここが……」
微笑む彼女にうさぎが疑問を口にしたところで、軍靴の音が鳴った。
今度は、シュレイド兵の軍団である。
それを目にした首領は眼を見開いて、
「お前ら、早く援護しろ! その冒涜者どもを撃て!!」
指示を聞いたシュレイド人たちは互いに頷き合い、冷たい色の銃口を────
いま先ほど叫んできた、瘦せぎすの男へ向けた。
「……は?」
「命の恩人撃てるほど俺たちゃ腐っちゃいねぇよ!」
もはやシュレイド兵の誰も、狩人至上主義者の味方をする者はいない。
そして彼らの背後から、マントを揺らして大柄の男が姿を現す。
「怪我はないか、セーラー戦士諸君」
「しょ……将軍」
アステラに囚われていた男も、ここに再会を果たした。
四方八方から銃口を向けられた新支配者に、逃げ場はどこにもない。
「君たちの幹部や信奉者は、
「畜生、ちくしょぉおおおおぉぉ……ッ」
首領は後ろ手に手錠に繋がれながら呻いた。
すぐさま、シュレイド軍の衛生兵がサターンの止血と手当てに向かう。
それを見つめた衛は将軍へ、
「この短時間で、各地からこれだけの人数を集めるとは……いったいどうやって」
「彼のお陰さ」
静電気が鳴った。
将軍が振り返ったところに、雷が落ちた。
直後、雷光の中から白き一角獣が現れた。
「ヒヒィィン……ッ」
折れた蒼角をこちらへ傾け、白銀の鬣を揺らし、蹄を有する細い四肢で地面を搔く姿。
それを見たちびうさは、喜々として顔をほころばせた。
「あなたが、報せてくれたのね!」
一方、遠方からも数人の人影が歩いてきていた。
「どうにか、間に合ったらしいな」
調査班リーダーと、ウラヌス、ネプチューンも、この幽境の谷周縁部に集結しつつあった。
────
人間同士の壮絶な戦いの一方、もう一つの世界でも死闘が繰り広げられていた。
赤い稲妻走る黒雲が天空覆う、東京タワー跡地である。
「い、色が変わった……!?」
紫黒の輝きを身に漲らせる煌黒龍は、首を持ち上げた。
そして、瑠璃色の喉を通って放たれたのは────
「み、水!?」
幾つもの、液状の弾。
少女たちにとっては衝撃だった。
龍属性に飽き足らず、ついさっき灼熱の炎を噴いたその口で、水を噴いたのだ。
煌黒龍の動きは止まらず、いきなり身を翻す。セーラー戦士たちによる包囲を解き、4人全員を眺める形となった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
角が激しく稲光った。
「ッ!!」
何本もの
雷だ。紛れもない雷を、あの龍は放ってきた。
「前へ!」
驚いている暇はない。
落雷の間の僅かな隙間を縫うように、戦士たちは潜り抜けた。
見越したように、煌黒龍は頭上に向かい────
そのまま、翼をはためかせながら首を回す。
熱されていた空気が急激に冷やされたことで、白い靄が生成。
呆然とする戦士たちの目の前で、空中に、龍雷を軸として氷柱が出来上がっていく。
間もなく、次々と氷柱の嵐が降る。
大地に落ちた氷柱は割れるどころか樹木のような形に伸びた。
何とか氷柱を避けた戦士たちに、煌黒龍は飛行したまま灼炎を地上へ放射、そのまま全方位にぶん回す。
地上を徹底的に炙り、地面を溶かしガラスまで生み出す温度。
しかし、氷柱はそれを受けても全く溶けることもない。
振り向いた煌黒龍は、龍雷を纏って滑空。
強烈な風圧が、少女たちを襲う。
煌黒龍はそれを嘲笑するように、もう一度往復した。
振り返りざまに前肢を激しく帯電させ、眼下の少女たちを狙って次々と叩きつける。
直撃を避けても、震動に足を取られかかり、足元の地面が割れて噴火が起こる。
「……どういうこと。あいつは一体、何者なの!?」
通常なら負けじと励ます役割の美奈子でさえ、どうしようもなく突っ立っていた。
あまりに理解が追い付かない。
この世界において彼女たちはあらゆる生物に驚かされてきたが────
煌黒龍は、根本的に違う。
たった数分のうちに、火、水、氷、雷、龍の、明らかに一生物の体内に同居すべきでない5属性を同時に扱っている。
まるで彼の身体から汗のように溢れだす属性の力を、手当たり次第に解放するかのよう。
「こんなの……どうしろっていうの」
亜美でさえ、何も考えられなかった。
情報さえあれば、多少はやりようがあったかもしれない。
それでも、煌黒龍は後悔する暇さえ与えてくれず、亜美に向かって直接、氷柱を吐いてきた。
「仮にいま、彼が龍属性を体内で活性化させているなら、物理的な攻撃は通るようになっているかも! 簡単に諦めちゃいけないわ」
それを避けながら、力一杯に叫んだ。
イビルジョーの情報から導いた苦し紛れの説だ。合っているかは定かでない。ただの気休めにすら、なるかどうか。
しかし何もしないよりマシだ。そもそも、攻撃する以外にここでできることが他にあろうか。
「……そうだよ。故郷を、こいつの住処にさせるわけにはいかない」
まことの言葉にレイは頷いて、なおも光る瞳で紫洸巡らす異生物を睨んだ。
「あたしたちの世界の未来をこれ以上冒させはしないわ、アルバトリオン!」
煌黒龍は、冷え切った視線でセーラー戦士たちを見下した。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
火の雨。水の雨。氷の雨。雷の雨。龍の雨。
それらが色成す嵐を被りながらも掻い潜って、少女たちは足掻く。
数十分か。数時間か。はたまた半日か。
時間を数えられる者も、覚えていられる者もいない。
狩猟活動における人類の武器の一つは、『高い持久力』である。
その能力は他の動物と比べてもずば抜けており、獲物を追いかけ疲れたところを仕留めることで、他生物を圧倒することができた。
この相手の疲労を待つという狩猟法は、異世界の巨大生物であっても同様どころか非常に有効であった。
だが────その進化の成果が、ここでは一切通用しなかった。
煌黒龍は、どれだけ属性を解放しようと全く疲れを見せなかった。
そして、人の熱意や気力にも、身体という器がある限り限界はある。
赤龍との戦いで物資もほぼ切らしていたことが、彼女たちの状況を絶望的なまでに悪くした。
「あたしは……徹底的に肉質の柔らかいところを……!」
まことが息を荒くしながらも真・王牙鎚【破天】に力を溜める前で、煌黒龍は龍雷を纏わせた爪を振るった。
その隙をついて、ぶん回した鎚を、地面目掛け。
「シュープリーム・サンダー・メテオ!!」
隕石が落ちたような衝撃の雷が、煌黒龍の角に直撃。
しかし、怯ませるには至らない。
代わりに、煌黒龍は帯電した角を振り上げ唸る。
まことを狙った雷が、幾つも幾つも束になって振りかかる。
その横で、レイが見据えて『斬竜ヘイズノヴァ』を後ろ手に構え。
「炎華気刃斬!!」
二連回転斬りで、前脚の逆鱗を削ごうとした。
砥石でも誤魔化しきれない刃毀れを、鍛え抜かれた腕力と限界まで圧縮した灼炎で補う。
しかし、怯ませるには至らない。
煌黒龍は飛びのきざまに、炎の塊を眼下へ落とす。
着弾地点で、天高く巨大な炎の竜巻を起こした。
龍が背後に振り向いた時、彼から見られた亜美は『アイスイーグル』を構えて既に離脱していた。
「シャボン・フリージング・ゲイザー!」
純度の高い冷気が爆発し、逆鱗を凍らせひびを入れようとする。
しかし、怯ませるには至らない。
煌黒龍はブリザードにも匹敵するほど強烈な吹雪を、亜美目がけて吐きかける。
凍結して氷の棘を伸ばす横の地面を見つめた亜美は、戦慄した。
「全部あたしたちの上位互換です、とでも言いたげね。でも、これはどう!?」
一方で、視界外にいた美奈子が『フランツ=グレイシア』の照準を煌黒龍の角に合わせた。
煌黒龍は、沈黙のうちに彼女に気づいた。
しかしそれより、引き金を引く方が早い。
「クレッセント・ショットォォォォォォォオオオオオォォォォォッ!!」
頭を穴だらけにしてやるとばかりに、光を纏った弾丸を乱れ撃った。
しかし、怯ませるには至らない。
煌黒龍は翼を広げ、突然飛び上がって射線から外れ、龍雷を纏い突っ込んだ。
「っ……」
奇襲に、美奈子の身体は反射的に反応して横に転がったが。
迸った龍雷が、彼女の金髪と籠手の端っこ、そしてつけていたスリンガーを
それは地面に転がった時には既に、何の役にも立たない黒い炭となっていた。
これまで地道に積み上げてきたものが、一瞬にして、目の前で消えた。
元からそんなものに価値などなかったと、言い渡すかのように。
「はぁ……はぁ……」
既に、煌黒龍はこちらに振り向いていた。
しかし、何故か何もしてこなかった。
「みんな、早く来て……お願い」
息を切らしかかっている美奈子は、改めて顔を引き締めて。
照準の中に煌黒龍の頭を捉え、引き金をもう一度引いた。
しかし。
『フランツ=グレイシア』がそれ以上、弾を吐くことはあり得なかった。
「弾が……全部、切れた」
「……あたしもよ」
美奈子と亜美は、無言で今や無用の長物と化した愛銃を落とした。
そして、レイも、まことも、武器を捨てた。
「こっちも。回復薬も……砥石も、切れたわ」
遂に、煌黒龍の逆鱗は刃も弾丸も通さなかった。
これをもって、狩人としての手段は潰えた。防具ももはや本来の役目を果たさず、重量という名の足枷でしかない。
あとに残されたのは────
「マーズ・プラネットパワー・メイク・アップ!!」
「マーキュリー・プラネットパワー・メイク・アップ!!」
「ジュピター・プラネットパワー・メイク・アップ!!」
「ヴィーナス・プラネットパワー・メイク・アップ!!」
戦士としての手段のみ。
彼女たちは水晶の据えられた変身スティックを取り出し、叫んだ。
虹色の光。
未来の王国を守護する聖なる姿の戦士たちが、いよいよ東京タワー跡地に姿を現す。
戦士たちは色鮮やかなスカートを翻し、煌黒龍から距離を取った。
「ファイアー・ソウル!!」
「スパークリング・ワイド・プレッシャー!!」
印を結んだマーズは、悲鳴にも近い叫びで火炎放射を呼び寄せた。
それを煌黒龍が冷気を伴う吐息で相殺したところにジュピターが、両掌に出現させた高電圧の雷球を2つ投げつけた。
しかし、それを煌黒龍は先んじて、自ら角を差し出すことで受け止めた。
「え……!?」
そのエナジーを転化するように角へ光が集まり、ブゥゥゥゥン、と機械のような音が鳴った。
角を振り下ろした瞬間、跡地全体に落雷が巻き起こる。
明らかにそれは、ジュピターが一度に呼び出せる雷の数を、範囲を、遥かに超えていた。
「クレッセント・ビーム!!」
セーラーヴィーナスは落雷を潜りながら、半ば枯れた叫び声と共に人差し指を向け、光線を放つ。
いったい何度目か、それは煌黒龍の片目を確かに抉った。
しかし龍水晶の効果かそれとも本体の再生力か、すぐに傷ついた細胞が剥がれ落ち、元の形を取り戻していく。
「シャボン・スプレー・フリージング!!」
出来た隙を突くように、マーキュリーが両手から広範囲に冷気を伴う霧をばら撒いた。
彼女の努力はやっと実り、一時的に煌黒龍の視界を塞ぐ。
ジュピターが思わず拳を握った。
「いけっ、マーキュリー! ありったけを浴びせろッ!!」
「シャイン・アクア……」
必殺技を撃とうとした瞬間、煌黒龍は飛び上がり、火炎を地上へ放射。
気温が急上昇した空気を踏みつけるように降り立ち、熱波で霧をセーラー戦士たち諸共吹き飛ばした。
マーキュリーは、地面と擦れて傷ついた肩を震わせた。
「お、おかしいわ……あまりに、技への対処に慣れ過ぎてる……」
煌黒龍は突然大きく姿が変わったはずの戦士たちに驚くこともなく、怒ることもなく、ただ見つめるだけだった。
「まるで、こちらの技をすべて知ってるみたい……」
「ありえないわ、そんなの!」
レイは反駁するが、理由は言えなかった。
明らかに、煌黒龍アルバトリオンはセーラー戦士たちの戦法を熟知して立ち回っている。
焦燥する彼女たちを前に、煌黒龍は突然、炎を見当違いの方向へ噴いた。
火球は、あちらの世界から通って来た入口へ直撃、落盤によって通路が塞がれてしまった。
「逃げ場を……封じられた!?」
「今、このタイミングで……!」
もはや、疑いようもない。
煌黒龍は、セーラー戦士を仕留めにかかっている。
そして、両者の実力差は大きい。
「……角に、多少のひびは入ってる。ムフェト・ジーヴァと同じく一か八か、一挙に違う属性を角へ浴びせるしかない。それで駄目なら……逃げに徹して待つしかないわ!」
レイは、少しの沈黙のあと呟いた。
実質上の敗北宣言である。
今の自分たちに、煌黒龍を完全に打倒する力はない。
4人は互いに寄り添い、手を重ね合わせ、ヴィーナスの差し出した指を中心にエナジーを注ぐ。
赤と、緑と、青と、金の煌めきが、集っていく。
まるでその時を待ち構えたように、煌黒龍は四肢を躍動させ走り出した。
闇を招く龍雷を、逆鱗に覆われた全身に纏って。
「ぅあああああァァァぁぁあああぁアあアアアアああアアアアアアアアアッッッ!!!!」
こちらを刺さんと屹立する角へ、想いを込めた全力のエナジーが集中する。
それは僅かに、角に入っていたひびを拡げた。
煌黒龍は、角を振り上げ────
炎と水と雷と光を、全て、黒き光を以て消し飛ばした。
突き上げられ、物言わず落下する少女たち。
「……」
倒れ伏す全員にまだ息はあったが、もはや這うだけでやっとという有様だった。
「世界の……みんな……」
「うさぎ……」
「調査団……」
「ごめん、もう……あたし、たち」
4人が一斉に、同じ一つのことを悟った。
アルバトリオンが身を屈め、冷気と龍雷を溢れさせ、輝かせた。
空に輝く、超新星のように。
「何……あれ……」
マーズ、マーキュリー、ジュピターが倒れながらも技を構えるが、身体を蝕む赤黒い雷に邪魔される。
龍属性やられだ。
「……!」
直後、彼女たちは波動に包まれた。