セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「……じゃあ、みんなは東京で今も戦ってるのね」
「ああ。一刻も早く、調査団からの支援が必要な状態だ」
「だけど、皆が谷底へ行って結構経ってるわ。急がなくっちゃ!」
間一髪を救われたうさぎたちは、ウラヌスとネプチューンから谷底の状況を説明してもらった。
黒猫ルナからの疑問を聞いて、調査班リーダーは額の包帯を指差した。
「みんなに俺と同じ無茶をさせるわけにはいけないだろ。既に翼竜搬路の復旧を急がせている。あともうすぐで使えるようになるはずだ」
その時、ずっと崖上に立っていた幻獣キリンが、蹄を鳴らしながら進み出てきた。
ちびうさがそれを見て、うさぎの胸中から脱け出した。
「ありがとう! あなたが、皆を呼んできてくれたのね」
幻獣キリンはそれまで孤独に周囲に寄せ付けないかのように静電気を張り巡らせていたが、彼女を見て少しばかりそれを緩めた。
赤い瞳をしばし逡巡するかのように巡らせて、
『聴こえますか。皆さん』
「!?」
突然脳内に響いた澄んだ少年の声に、その場にいた戦士と狩人たちは目を見開いた。
声がした方向にいるのは────
明らかに、幻獣である。
プルートは息を吞み、慎重に脚を踏み出した。
「聖地エリュシオンの祭司、エリオス、ですね?」
『はい』
幻獣キリンの背から、人型の幻影が立ち昇る。
あちこちから驚きの声が上がった。
銀髪に一本の金色の角を生やし、優しげな金色の瞳を持った美少年であった。
古代の神官を思わせる、ゆったりとした白い祭服を着ていた。
「プルートの予想は、当たっていたのね」
サターンは感慨深げに見つめ、沈黙の鎌を握る手に力を込める。
少年エリオスは、丁寧に跪いて深く頭を下げた。
『紹介が遅れてしまい申し訳ありません。小さき乙女の呼びかけがあるまで、彼が中々心を許してくれませんでしたから』
少年の苦笑いに応えるように、キリンはブルルと唸って首を震わせた。
エリオスは次に、すぐ前にいるちびうさに顔を上げた。
『金の獅子に追われた時は、助けてくれてありがとう。小さき乙女よ』
「え……あ、はいっ!」
儚げな雰囲気を醸す美少年に微笑みかけられたちびうさは、思わず顔を赤らめた。
「エリオス。未来の戦いで出会うはずの貴方が、ここでスモールレディに名を明かした、ということは……」
『……プルート、貴女の憂慮通りです。まずは、こちらの話を聴いて頂けますか?』
プルートは、目を伏せて頷いた。
『私は、文明破壊後の未来……正確には、文明が崩壊する時間軸の平行世界から遣わされました』
戦士たちの顔に緊張が走る。
エリオスの説明によると、こうだ。
彼は、デス・バスターズの後に襲来する
皆既日食の日、事態打開のため精神体ペガサスとなって抜け出すと──
地上は、巨大生物たちの濁流に消え去っていた。
戸惑う彼は、直後、東京から放たれる強大な銀水晶のエナジーを感じた。
『妖魔のレムレスたち、新月の女王ネヘレニアの断末魔が聞こえたかと思うと……デッド・ムーンは、大地から噴きあがった炎によって
「蒸……発!?」
その数か月後、銀水晶の眩い輝きは、続けてやってきた『シャドウ・ギャラクティカ』さえ容易く撃破した、とエリオスは簡潔に説明した。
「シャドウ・ギャラクティカを……!?」
本来の未来を知るプルートは、目に見えて狼狽した。
だが、地に足を着けて生きる狩人たちにとってはいまいちその意味するところが実感しづらい。
横で聞いていた大団長が、首を傾げながら首を突っ込む。
「良く分からんが、そんなに強いのか」
「銀河最強のセーラー戦士『セーラーギャラクシア』を中心とした組織です。最強のスターシードを得るため幾多の星を滅ぼして回った、こちらの歴史でも類を見ない強敵です」
「……スターシード? 聞いたこともないが」
大団長の疑問に、プルートはうさぎの胸のブローチに掌を傾けて示してみせる。
「うさぎさんの幻の銀水晶が一例です。私たちの世界では、あらゆる命あるものがスターシードを持ちます。選ばれしスターシードがセーラークリスタルとなって、セーラー戦士となるのです」
フィールドマスターが、感心したように笑う。
「生命みんな星くずから生まれたって大それた説があるけど、あんたたちの世界じゃそれが常識なんだね」
「あ……あたしたちも初めて聞きますー」
ちびうさと一緒にささやかに手を挙げたうさぎに、フィールドマスターは虚を突かれ「……あ、ああ、そうなのかい」と苦笑いを浮かべた。
将軍は咳払いをして、エリオスへ振り向いた。
「幻の銀水晶は無限のパワーを秘め、星をも壊す力を有すると聞く。それならこちらのモンスターを全て滅ぼすとはいかずとも、食い止めることは出来たはずだが」
エリオスはゆっくりと頷いた。
『プリンセスたちはしばらく元の世界で龍たちの群れに対抗していたようですが……原因を断とうとこの世界に乗り込んだきり、戻らなかったようなのです』
『あの時、セーラームーンの……プリンセスの銀水晶の力が発揮されたのは、確かに感じました。それでも世界は何億、何百億、何兆の
『クリスタル・トーキョーは未来永劫、森林の中に消滅したのです』
その場にいる全員が、不可解で絶望的な未来に下を見つめるしかなかった。
銀水晶を持つうさぎ自身でさえ未来の自分のことなど分からず、俯いて押し黙るしかない。
次に、エリオスは胸元から手に収まるほどの鍵を取り出した。
『帰るべき場所を失った私は、せめて原因を突き止めようとこの世界へ向かい……そこで時空の鍵を見つけました。私は過去を変えようと時空の境界を越え、この世界の陸珊瑚の台地で彼と出会いました。肉体を貸してもらおうと交渉を試みたのですが……』
エリオスは、幻獣の中折れた蒼角をさすった。
『そこでたまたま金の獅子に目をつけられてしまい、半ば成り行きで逃げ回ったのが全ての始まり、というわけです』
プルートが、話し終えたエリオスに一歩進み出る。
「一つ聞かせてください。両世界に混沌を齎している時空の穴……あれらも、あなたの作ったものですか?」
彼女にとってこの質問は、大きな意味を持っていた。
仮に、これまで出来たいくつもの時空の穴が全て、彼の時空間を超える能力の産物だとすれば──
エリオスこそ、全ての混乱の元凶ということになる。
その質問に、彼は意外そうに目を見開いた。
『驚きました。実は、私もちょうど今、貴女に同じ質問をしようとしていたところです』
プルートは、眉を上げる。
「どういうことですか?」
『……プルート。こちらの未来で分析したところ、時空の穴は貴女が護る時空の扉と性質が酷似していました。ほぼ同じといっても差し支えありません』
一同に衝撃が走った。
『私の持つ時空の鍵は穴をほんの一時的かつ1つしか開けられません。全世界にいくつも穴を開けるなど、断じて不可能です』
「……では、我々以外の誰かが原因ということになりますが……心当たりはありますか?」
無論、プルート自身も知るわけがない。
いったい誰が、世界を繋げたのか。
竜たちを、龍たちを、人々と会わせたのか。
「うさこが自分の世界を見捨てることは考えられない。それでも文明が滅んだ理由があるとすれば……この世界にある何かが影響したんじゃないか?」
「龍水晶……」
そう呟いた編纂者へ、その場にいる全員が一斉に振り向いた。
彼女もいよいよ確信を得だしたのか、声を張り上げる。
「両者にとってのイレギュラーであり特異点である龍水晶こそ、最もあなた方へ影響をもたらす可能性は高いと思われます。仮に赤龍が龍水晶から特殊な能力を得れば──」
「そんなわけがない!」
遮るように叫んだのは、狩人至上主義者の首領だった。
彼は後ろ手に手錠をしたまま立ち上がって、敵意露わに叫ぶ。
「仮にあったとしても、神々を始めとした龍たちは、異世界の産物に身を穢しはしない! 彼らこそこの世界の理を識り、統べる者だからだ!」
大団長が視線を巡らせた後、エリオスへ振り向く。
「すまんが、エリオス」
『はい』
「この際、あんたを通じて聴いておきたい。幻獣は、人類や異世界についてどう思ってる? そいつのお陰で興味が出て来た」
『……彼の返答を訳してみます。人の言語とはかなり違うので、完全には難しいですが』
エリオスは頷くと、キリンと額を合わせた。
やがて、エリオスは薄目を開けて光らせ、口を開いた。
『……一切、どうでもいい。私は私だ。お前たちのことは何も知らないし、興味がない』
狩人至上主義者は、呆気に取られたように口を開けた。
幻獣キリンは退屈そうに尻尾を振るっていた。
首領の頬が、引き攣っていく。
「せ、1000年前に、他の龍たちと共に驕れる王国を罰したことは!?」
『知らん』
「龍たちは、自然を踏み躙る異世界や文明へ怒りを抱いているはずです!」
『知らん』
「自然の理を護れば、我々人類は生き残るのですよね!?」
『知らん。次にうるさくしたらお前を消す』
直後、首領の目前に雷が落ちた。
腰を抜かしてその場に座り込んだ首領の肩を、大団長が叩いた。
「……だとよ」
「りゅ、竜大戦は実在したんだ……実在したはずなんだ……!」
「なんでそこまで拘るかね? ただ忘れてるか、知らないだけかもしれんだろ」
そこへシュレイド兵の伝令役がセーラー戦士たちへ駆け寄って、敬礼した。
「北B地点の別部隊が、幽境の谷北部に白衣を着た男と赤い髪の女を発見したとの報告がありました!」
「……教授と、カオリナイト!?」
「可能性は高いかと!」
うさぎ始めセーラー戦士たちにとっては火急の知らせ。
確定ではないものの、仮にそうであれば急ぐべき事態だ。
エリオスがそれを受けて、目を細めて北部を見つめた。
『確かに、北に巨大なエナジーの反応を感じます。何かを持っているようです』
サターンはさっそく沈黙の鎌を握って、
「では、プリンセスを護りながらデス・バスターズの下へ……」
「そのことですが、もう一つ報告があります。先ほど、谷底から赤い信号弾の打ち上げを確認しました」
今度は、ウラヌスとネプチューンの顔が引き攣る。
「まさか、谷底で何かあったのか!」
「しかし、デス・バスターズを放っておくわけには……」
迷うウラヌスとネプチューンを見て、うさぎは、あることを決めた。
「外部戦士の貴女たちは、谷底にいるみんなを助けてあげて」
発言に、4人ははっとして振り向く。
「しかし……」
「編纂者さんが予測した通りなら、戦うのが得意な貴女たちが早く赤龍を倒した方が良いと思うの。今はそっちの方が、一番怖いから」
その言葉を聴いて、外部戦士たちからの反論は無くなった。
彼女たちからすれば、赤龍による被害こそ最も差し迫った脅威。仮に谷底の向こうで世界滅亡が現在進行中ならば、セーラー戦士の使命としては今すぐそちらへ向かうべきだ。
うさぎの言葉は、ある意味セーラー戦士たちの真を突いている。外部戦士はデス・バスターズこそ真の敵であるという考えに囚われるがあまり、やるべきことを見失いかけていた。
「大丈夫。あたし自身だって戦えるし、まもちゃんにちびうさだっているわ。ルナにアルテミスだって」
「プリンセス……」
ウラヌスが見つめる前、うさぎは、胸の前で拳を強く握っていた。
「本音を言えば……何よりも、あたしの仲間を、一生の友達を……助けてほしい!」
「……」
そこへ割り込むように、幻獣キリンがちびうさの隣にやって来た。
『先導と護衛はこちらで行えます。こちらが終わり次第、あなた方へ加勢しましょう』
「……分かりました」
エリオスの助け舟もあって、一番の難物と思しかったプルートも観念するように目を瞑った。
「どうか、最後まで諦めないで下さい!」
時空と変革の戦士は次に、ならばここで言おうとばかりに目を見開き、声を張り上げた。
「未来というものは、たった1ピース違うだけでも大きく変わる可能性を秘めています。今この時の貴女たちの気の持ちようでさえも。人の意志も運命の一つであるなら、貴女たちは信じるべきです。これまで積み上げてきた、自分たちの力を」
ちょうどよく、「翼竜の用意が出来たぞ!」と調査班リーダーの声が響いた。
「さぁ、行こうか」
「そうね。決まったなら、一刻も早く」
ウラヌスとネプチューンは既に、脚をそちらに向けている。
サターンは改めて、デス・バスターズの下へ向かう者たちに向け鎌を立て、頭を下げた。
「どうか、達者で」
それにうさぎたちも頷いて、エリオスは一言返した。
『そちらも、ご武運をお祈りします』
────
翼竜に乗って、外部太陽系戦士たちは幽境の谷を降りていく。
赤龍の繭の一部らしき糸や岩の間を搔い潜っていき、最深部へ。
洞窟の前に行くと、武器を持たない2人の狩人がいた。
「青い星、ソードマスター!」
ソードマスターは頭を上げる一方、青い星は気絶していた。
着地するなり、ウラヌスとネプチューンが東京で共に戦った青い星の容態を見る。
「来てくれたか……!」
回復薬を渡しつつ、サターンは項垂れる青い星を見やった。
「青い星さんは、気絶しているのね?」
「ああ。その身を呈して、赤龍を討ち取ってくれた……そして、今すぐ伝えたいことがある」
「いったい、何ですか?」
そこから、ソードマスターはしばらく語った。
赤龍を、内部戦士たちと協力して死闘の末討ち取ったこと。
討伐後、突然現れ龍水晶を強奪したデス・バスターズのこと。
その幹部を屠り更に龍水晶を奪い取った、煌黒龍アルバトリオンのこと。
「あの、煌黒龍……だと……!?」
ウラヌスを始め、外部戦士たちは絶句した。
あの名前だけは聴いていた禁忌の龍が、この谷に姿を現しただけでなく龍水晶を手に入れるという事態を招いてしまったのだから。
「ひとまず、あなた方は上へ! このことを、一刻も早く調査団へ伝えて下さい!」
プルートが青い星のスリンガーを使って信号弾を撃たせると、調査員の乗った4対の翼竜がすぐにやって来た。
彼らは2組ずつで青い星とソードマスターを抱え、上方へ飛んでいく。
ウラヌスはそれを難しい顔をして見上げていた。
「……ここに来て良かったと言うべきか、良くなかったと言うべきか……」
「ともあれ、調査団だけに任せなくて良かったかも。龍水晶を得ている以上、私たちでも倒せるかどうか保証できなくってよ?」
ネプチューンが冷静に返す一方、サターンは東京へ続く時空の穴へ振り向いた。
「内部戦士の皆さんは……!」
その横では、プルートが宝杖を真っ直ぐに立てて目を瞑っていた。
「……彼女たちの反応はあります。消えるどころか、より強くなっているようです」
「では、生きているのね」
サターンが一旦は、胸を撫で下ろした時だった。
「……避けろ!!」
ウラヌスの声が響いた。
直後、零点下の冷気が、噴火のように入口から噴き出した。
彼女たちは散開して直撃は免れるが、瞬く間に気温は降下し、周囲の岩に霜が降りる。
セーラー戦士たちの吐く息は、早くも白く染まるようになっていた。
ネプチューンが、ぎりと唇を噛み締める。
「嘘でしょう……? あっちから来るなんて……!」
重い足音と共に、ひび割れた金属を鳴らすような音。
青白く垂れ込む霧の向こうより姿を現したのは。
全身を包む逆鱗の間を蒼く染めた、煌黒龍アルバトリオンだった。
天を統べる角を振り上げ、咆哮した。