セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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煌々たる星々よ、漆黒の棺に眠れ④

「あの方は私の仮説を人類寄生説と言いましたが、本当の名は、『人類栽培仮説』です」

 

 幽境の谷を見下ろす編纂者は、後ろ手に縛られて項垂れた狩人至上主義者を前に、少年兵へそう語りかける。

 

「黒龍は文明を『栽培』する存在として。現人類及び過去全ての文明は、その活動の副産物として捉える仮説です」

「栽培……副産物? どういうことですか?」

「あなたのリーダーが言ったのは人類から見た立場。これから言うのは、仮として黒龍から見た立場です」

 

 編纂者の答えによると、本当の仮説の内容はこうだった。

 

 

 

 人類の祖先は、強大な竜や龍から逃げるように息を潜めて暮らしていた。

 

 巨躯も鱗も甲殻も持たない彼らは、たちまち絶滅の危機に陥った。

 

 竜たちから逃げに逃げた人類の一部は、遂に古龍も飛竜も来ない安住の地を見つける。

 

 黒龍の縄張り──シュレイドの地。

 

 そこへ逃げ込んだ人類は、厳しい生存競争から逃れることが出来た。

 

 自然環境を作り変え、家を、村を、街を作った。

 

 田畑を耕し、財産を蓄えた。

 

 生存のため、生活のために技術を磨き、何百年も経てば竜をも狩るようになった。

 

 しかしそれは全て、黒龍の掌の上の出来事。

 

 黒龍は、何十年、何百年、あるいは何千年もの冬眠を経て待ち続け。

 

 ある時、大量の生命エネルギーを費す──竜騎兵のような──文明という樹から実った『果実』を丸ごと、全て喰らい漁った。

 

 人類は邪魔な数だけ駆逐し、また果実が実るのを期して床についた──

 

 

 

「黒龍たちの能力を、彼らが取った行動を、文学的にでなく一生物として忠実に読み解けば……そう、行き着かざるを得ませんでした」

 

 少年兵は、しばらく言葉を失っていた。

 

「では、人類の文明は……人の、意志は……」

「『果実』を栽培するための肥料といったところでしょうか。黒龍が国を滅ぼせるほどのエネルギーを維持するのに、これ以上の手段は無いと思います」

 

 地面に手をついて、聞くんじゃなかった、と少年は呟きかけた。

 寄生どころの話ではない。

 人類の文明は、そして自分の故郷は、最初から黒龍に滅ぼされるために生まれたということになる。

 人類がどう思おうが関係なく。

 必ず、黒龍は文明を滅ぼしにやってくるのだ。

 その流れが──何度も、あらゆるところで──繰り返される。

 

「他の古龍が黒龍からお溢れを貰いに来たと考えれば──龍たちが揃って人間たちと対立したという竜大戦の描写とも矛盾しません」

「つまり……何を言いたいんですか?」

「竜大戦と人類栽培仮説は、同じ出来事を別視点から見たものに過ぎません。人にとっては神の裁きであっても、龍たちにとってもそうであったとは限らないかもしれない……そう、考えたのです」

 

 少年の眼が、見開かれた。

 

「お前たちは悪党だ! 人類の原罪を認めようとせず、尊き理を冒涜しようとしている!」

 

 背後から男の喚き声を聞いて、編纂者はしばし沈黙した。

 

「公平を期すため、この仮説の弱点を教えましょう。この説では、いつどこで黒龍が文明の発展という現象を理解したのか説明できません。時空を超えてやって来た、としか言えないでしょう」

「……時空……」

「だからこそ、私はこれを仮説と言いました。いま言ったことだけが1つだけの真実だとは、私自身も思っていないからです」

 

 そこで彼女は、狩人至上主義者の首領の、焦燥と苛立ちの募った表情をじっと見つめた。

 

「少なくとも──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()賢明だと、私は思っています」

「噓つきどもめ……俺は騙されんぞ……みんなして騙そうとしても、俺は……」

 

 瘦せぎすの男の歯がわなないた時、冷気を伴う衝撃波が、周辺を駆け巡った。

 

「うわっ!?」

 

 気を抜けば、人の身さえ吹き飛ばされる。

 調査団の面々も己の身を護らざるを得ず────それで出来た隙を、龍を崇める男は見逃さなかった。

 オトモアイルーと少年兵を庇っていた編纂者が顔を上げると、彼はわざと全身で烈風を受け、その場から離脱していた。

 

 

「神が……神が、風をお吹かせになった! やはり、運命は我こそにあり!」

 

 

 男の姿は、あっという間に岩陰に隠れてしまった。

 起き上がった調査班リーダーは、歯を食いしばってすぐ部下たちに振り向いた。

 

「早く追うぞッ!」

 

────

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……」

 

 

「これが……煌黒龍」

「あの異様な角、凄まじいエナジーを感じるわ」

 

 外部戦士たちは、逆鱗のみに包まれた異様な生物を見つめ上げていた。

 ウラヌスとネプチューンが前に進み出て、はるかとみちる──狩人の姿──へ変わる。

 氷牙竜の白き騎士然とした防具に妖魔ディアブロスの盾斧『角王盾斧ジオブロス』。

 海竜の武人然とした防具にラギアクルスの剣斧『エクスボルトアックス』。

 いずれも、あの村の人々との会話が素材を通して蘇ってくるようだった。

 

「何だろうな。この姿だと落ち着いてくる」

「当然よ。たとえ見えなくても、彼らの生み出した温もりがここにあるのだから」

 

 静かに笑い合う2人を他所に。

 煌黒龍の胸甲を見上げたプルートが、あることに気づく。

 

「…………!?」

「どうしたの、プルート?」

 

 サターンの呼びかけに彼女が答えられないうちに、煌黒龍は白霧を吐き出した。

 目前の地面が凍てついたかと思うとすぐ空中に拡散、一瞬で戦士たちの視界を覆い尽くす。

 

「見え……!?」

 

 温度が急降下する。

 外部戦士の足が、瞬時に凍り付いていく。

 

「サターン、プルート、跳べ! 少しでも遠くへ!」

 

 真っ先に気づいたはるかが盾を構え、みちるの前に出た。

 霧の向こうから、黒き龍雷と金の閃耀が同時に飛ぶ。

 はるかが腕に力を込めた途端、逆鱗の刃が盾を深く抉り取った。

 

「くっ……」

 

 霧を切り裂いていった煌黒龍の身体は、振り向いた彼女の眼には光と闇が絡み合った旋風を、同時に湛えているように見えた。

 プルートとサターンは辛うじて突進の範囲外に逃れていたが、ブーツに降りた霜が行動の邪魔をする。

 

「この、エナジーは……?」

 

 サターンは頭上を掠めた煌黒龍を見上げる。

 どこか馴染みのある感覚だが、まだ分からない。

 

 空中で振り返ったアルバトリオンの全身が、激しく光った。

 赤に、蒼に、緑に、金に。

 それをすべて塗りつぶすほどの紫黒に。

 

 鈍い虹色に妖しく煌めく翼膜を、力込めるように内へ傾け。

 滑空、一挙にはるかとみちるへ突っ込み、体内に溜めた龍雷を爆発させる。

 

「がぁっ……」

 

 もう一度盾で受け止めるが、赤龍に続いての戦闘で弱った盾刃は侵蝕され、悲鳴を上げていた。

 全身に紫洸を湛えた煌黒龍を中心に、全面凍結していた景色が一変する。

 気温は急上昇し、周囲の地面が焼け焦げるような音が鳴っていた。

 

「サイレンス・グレイヴ・サプライ……」

 

 サターンはすぐ、沈黙の鎌を構えた。

 その先に闇のエナジーが溜まるのを見たプルートは、即座にその腕を掴んだ。

 

「待ってください!」

「何故!?」

 

 サターンからすれば、煌黒龍は破滅の力を使ってでも討つべき相手。それを止めるプルートの意図こそ、彼女にとっては分かりかねる。

 プルートは一時、自分でも信じたくないように目を瞑ったが、瞼を少しずつ開け。

 

 

「……煌黒龍の体内から、セーラークリスタル……それも、内部太陽系戦士の反応が……」

 

 

 武器を構えていたはるかの、みちるの、サターンの動きが止まった。

 もう一度、上空からこちらの様子を窺う煌黒龍を見つめた。

 剣山のように天を突く胸甲から、常に漏れ出す光。

 

 それらのいずれもが、確かに、内部戦士たちの操る守護星のエナジーの色と一致していた。

 

 煌黒龍は、上空に冷気を振り撒いた。

 胸甲が蒼に光る。

 氷柱の雨が、沸騰した雨に混じって落としてくる。

 次に嘶くと、胸甲が緑に光る。

 雷の雨が、戦場全体に降り注ぐ。

 

 外部戦士たちは、逃げ回るしかなかった。

 うさぎの『一生の親友を救って』という切なる願い。

 純粋な想いに出された残酷な回答に、動揺を隠し切れなかった。

 

 雷が地上の氷柱に当たり、赤い光が内部へ溜まっていく。

 その明らかに危険な前兆に直前で気づいたサターンは足を切り返しかけたが────

 氷柱が、龍属性の雷を伴って爆発。

 直撃こそしなかったものの、サターンは飛び散った氷片に足を取られて転んでしまった。

 

 サターンは立ち上がろうとするも、地面を見つめて未だ動揺を隠せず、己の無力さを嚙み締めるように拳を握っていた。

 

「では……彼女たちは」

「しかし!」

 

 プルートが、彼女を助け起こすことで続きの言葉を遮った。

 時空と変革の戦士は、悠々と翼をはためかせ高空から降りる煌黒龍を、未だ輝きの衰えない瞳で見つめ上げた。

 

「スターシードはセーラー戦士の魂であり心臓。たとえ肉体が滅びようとも、スターシードさえあれば完全に死ぬことはありません!」

「サラッと重要なこと言ってくれる、なッ!!」

 

 はるかが、脚に戦士の力を込め軽やかに跳躍。

 空中で天王星のエナジーを斧に込め、剣と繋げ、回転。

 地上に降り立った煌黒龍の角に、断頭台の如く斧刃を振り下ろす。

 手応えはある。

 煌黒龍の角にひびが入り、内部から漏れる属性エネルギーが確かに見えた。

 

「いけぇぇぇッ」

 

 はるかは地上に降り、更に斧刃の回転を強める。

 

 見るからに、囚われたセーラークリスタルは胸に集っている。

 ならば、角を破壊────出来れば、首を落とすところまで持っていければ。

 

 しかしその攻撃は首を落とすに至らず、それっきりだった。

 煌黒龍は無言で角に龍雷を纏い、振り払った。

 

 やむなく退避したはるかは、手元を見て空目する。

 強烈な龍属性が侵蝕したことで、一瞬で斧刃は錆び、腐り果てた。

 

「この龍属性……龍水晶の効果か? 凶暴竜のものとも、全く違う!」

 

 侵蝕は止まらず、剣に当たる部分まで容赦なく黒く染まり崩れ落ちていく。

 一瞬で、武器の寿命は潰えた。

 

 はるかが舌打ちして武器を落とし飛び退いた直後、煌黒龍は上半身を持ち上げ、前脚に龍雷を纏わせて彼女のいた地面を叩きつけた。

 

「今です!」

 

 はるかがプルートの声に振り向くと、その頬のすぐ横をエメラルドグリーンの髪の毛が波打った。

 みちるは、がら空きの煌黒龍の身体を蹴り飛び、頭上へ駆け昇って、海王星のエナジーを振り上げた剣斧の剣刃に込めた。

 煌黒龍はすぐさま、振り払おうとするが。

 

「デッド・スクリーム!!」

 

 時空の力が封じ込められた紫の光球が、煌黒龍の顔面に飛ぶ。

 龍は反射的に首を振ってその攻撃を避けた。

 みちるはその隙を突き、強烈な水圧を伴った刃を角に、はるかがつけた傷に突き入れる。

 状況は僅かながら、確かに前に進んでいた。

 みちるは、この流れを決定的なものにしようと息を吸い込んだ。

 

「ディープ・サブマー……」

 

 しかし、同時に煌黒龍も同じだった。

 胸甲が赤く光る。

 みちるは致命的な何かを察知し、角に武器を突き刺したまま手放した。

 数秒後、角から蒸気が上がり、灼熱の焔が口内から渦を巻いて、蛇のようにうねりながら飛び出す。

 何千度という温度の前に、みちるの使っていた『エクスボルトアックス』は呆気なく蒸発した。

 

「マーズの力……!」

 

 その場にいる全員を焼き尽くそうと、火炎放射が弧を描いた。

 極高温が、一面を文字通りの焼け野原に変える。

 

 しかし、地上にセーラー戦士たちの姿はいない。

 煌黒龍の頭上だ。

 

 はるかは天空と飛翔の戦士セーラーウラヌスに。みちるは深海と抱擁の戦士セーラーネプチューンとなり、プルートはサターンを抱いて跳びあがっていた。

 

「スペースソード・ブラスター!!」

 

 ウラヌスの持つ宝石のはめ込まれた聖剣から、超音波の斬撃波が乱れ飛ぶ。

 それらは全て違いなく、煌黒龍の角へ直撃して爆発した。

 

「ディープ・サブマージ!!」

 

 続いて、ネプチューンの掌から放たれた津波、それを纏う光球が煌黒龍に直撃した。

 それを彼女は手を伸ばし続けることで、連続した深海圧のエナジーとして照射し続けた。

 

「■■■■■■■■……」

 

 威力は文字通り深海の圧力にも等しく、勢いも津波に引けを取らない。

 しかし、並みの妖魔なら簡単に引き裂かれる攻撃を脇腹に受けても、煌黒龍は一切動じなかった。

 虚しく弾かれ飛び散る水を見て、ネプチューンの眉間が険しく歪んだ。

 

「これでも……ダメなの……!?」

 

 ネプチューンは更に勢いを強めるが、出力は既に限界を迎えつつあった。

 天を貫く角が帯電した。

 煌黒龍はそのまま()()()()()()()()()()()、一際大きく、双角を光らせた。

 

「あれは……ジュピターのッ!」

 

 それを見たウラヌスは即座に宝剣を構え、真正面から煌黒龍へ突っ込んだ。

 

「ネプチューン、回避を!」

 

 頭上の虚空から、巨雷が角へ真っすぐ、落ちた。

 プルートの指示を聞き、気づいたネプチューンは退こうとしたが時既に遅く。

 角を中心に放たれた夥しい雷が水流を一瞬で伝わり、ウラヌスとネプチューンの身体をまとめて貫く。

 

「「ぁぁぁああああああああああああッッッ!?!?」」

 

 彼女たちは共に、地面へ倒れた。

 

「ウラヌス、ネプチューン!!」

 

 プルートが2人へ駆け寄った。

 煌黒龍は、彼女たちへゆっくりと歩んでいく。

 そこへサターンが、脚を引きずりながらも煌黒龍の前に立った。

 

「サイレント・フォール!!」

 

 煌黒龍が、牙を開いた。

 サターンは鎌を掲げ、ウラヌスとネプチューン、そしてプルートを囲むように、球状のバリアを張った。

 絶対の鉄壁が彼女たちを護り、4人纏めて喰らわんとした煌黒龍の牙を防ぐ。

 

 しかし、安心出来たのも束の間だった。

 

 煌黒龍がバリアに牙を突き立てるうちに、これまでは絶対にありえなかった出来事が起こる。

 バリアが揺らぎ、薄らいでいくのだ。

 

「……まさか、龍水晶が……ッ!?」

 

 セーラー戦士の力を吸い取り生命力とする、龍水晶。

 その性質が、ただの生物ならばあり得ない領域まで煌黒龍を押し上げていた。

 

「だ……ダメッ……!」

 

 バリアは硝子の割れるような音を立てて破壊された。

 衝撃で吹っ飛ばされたにもかかわらずウラヌスとネプチューンを庇うサターンの横で、プルートは赤い瞳を細めた。

 煌黒龍の赤黒く光った角が、今度こそ彼女たちを捉えようとした。

 

 

時間(タイム)停止(ストップ)!!」

 

 

 目を瞑っていたサターンは、いつまでも痛みが襲って来ないことに気づいて顔を上げた。

 プルートが掲げた杖の先で、赤い宝石が光っていた。

 煌黒龍は角を振り上げようとしたまま石像のように固まっている。

 頭上の黒雲も、そこから落ちる雷も、流れも消えもせず写真のように静まっている。

 そう────いま、()()()()()()()()()()()()()()が止まっていた。

 

「プルート……貴女……」

「いまのうちにウラヌスとネプチューンを連れて、逃げて下さい」

「なんで、そんな」

 

 サターンの中にいる『ほたる』は、泣き叫んでいた。

 時空と変革の戦士にとって、時間停止は最大の禁忌である。

 それを破った彼女の命は、時間停止を解除すれば────

 

「だって、私は……貴女の母、ですから」

 

 プルートは、サターンへゆっくりと微笑んだ。

 セーラー戦士ではなく、ほたるを育てた1人の女性として。

 

「プルート……せつな……ママ……駄目……」

「ここからは、私にも未来がどのように進んでいくか分かりません。ですが」

 

 プルートは、せつなは、胸に手を当て、

 

「貴女は強い子です。運命へ立ち向かう決意を持てば、きっと────」

 

 

 ぴしり。

 

 

 2人は振り向いた。

 

 

 煌黒龍アルバトリオンの胸が、輝いている。

 

 

 かの龍は────

 明らかに、停止したはずの時間を動いた。

 

「そんな……あり得ない……!!」

 

 頭、胸、脚、翼、そして尻尾。

 時の止まった空間のなか、軋みを上げながら時間の枷を解いてゆく。

 爆発。

 あらゆる元素の劇的反応が、4人の身体を吹っ飛ばした。

 

 火傷だらけのサターンは1人よろけながらも立ち上がって、鎌を構え、闇のエナジーを解放しようとする。

 しかしそこへ身体を走った龍雷がそれ以上を許さない。

 龍属性の影響であった。

 

「まさかあの龍は、龍水晶にセーラークリスタルを取り込んだことで、セーラー戦士と同等の……いえ、あるいはそれ以上の存在に……」

 

 そこで倒れ伏すプルートは眼を見開いて、杖を持った手を震わせた。

 

「時空の穴……龍水晶……すべて、繋がった……」

 

 立ち上がろうとしていたプルートは、放心して肩から力が抜けた。

 杖が地面へ落ち────

 からん、と音を立てて転がった。

 

「……私たちは……戦う前から、敗けていた」

「プ……プ……ルート…………マ、マ……」

「全ての時空の穴は、平行世界の未来で、私たちの力を取り込んだ……煌黒龍が……」

 

 手をつき震えるプルートに、サターンが必死に縋りつく。

 

「この世界も……結局は、許してくれない……てことか」

 

 それをウラヌスはネプチューンと隣り合って、ぼんやりと見つめていた。

 今や、彼女たちは攻撃どころか立ち上がることすらできなかった。

 

「あの人たちとの約束……守れなかったな」

 

 煌黒龍は、身を屈めながら力を溜めていく。

 胸甲から全身へ色とりどりの光が拡がり、星のように煌めく。

 おぞましいと思えるほどの眩しさが、セーラー戦士たちの視界を埋め尽くしていく。

 

「これで、終わりじゃない」

 

 ウラヌスは、もはや人に見せられなくなった顔を相方へ向けた。

 

「負け惜しみ、じゃないわ。私たちの想いを……受け継ぐ者たちが、まだいるから」

「……そう、だよな。きっと」

 

 彼女たちは共に、煌黒龍の角に突き刺さった盾斧と剣斧の残骸を見やった。

 歪んだ視界のなか、手繰り寄せるようにボロボロになった白手袋を彷徨わせる。

 お互いに求めていたものに当たった。

 指を絡ませ、最後には、繋ぎ合おうとした。

 

「どうか……みんな、あとは、たの」

 

 煌黒龍が翼を翻して飛び上がり、吼えた。

 

 

 終末が、神より下された。

 

 

 巨雷が落ち、黒く輝く波動が駆け巡った。

 万物が凍てつき、蒸発した。

 セーラー戦士たちの身体は、一瞬で砕け散った。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……」

 

 

 身震いした煌黒龍は、灰の中に燦々と光り輝く4つの星を見つめた。

 紺色、海色、臙脂色、紫色に光る生命の輝き。

 終末の鐘の音が、幽境の谷に殷々と鳴り響いた。

 

────

 

 一瞬、翼竜にぶら下がっていたセーラームーンは気を引かれて谷底の方へ目を向けた。

 彼女の胸中が何故かざわついた、その直後。

 

「うわっ……」

 

 そこへ突風が谷を突き抜けて襲った。

 凄まじい熱風だ。

 翼竜たちが叫んで暴れ、軌道を乱す。

 

「ちょ、ちょっと!」

「まずい、不時着するぞ!」

 

 衛とちびうさ──タキシード仮面とちびムーン──、そしてルナとアルテミスも、高度を見計らって飛び降りた。

 地上を走っていた幻獣キリンがそこへ高く跳び、背中で3人を、そして御付きの猫たちを受け止める。

 

「エリオス、キリンさん、ありがとう!」

 

 ちびムーンが感謝を込めて白い鱗の身体を撫でると、満更でもないのかキリンは赤い瞳を細めぶるると鬣を振った。

 

『不時着しましたが、かなり近くまで来ました。ほら、あそこです!』

 

 エリオスの幻影が指さす先、岩の間に出来た広場に、白衣の男と赤の髪の女。

 その先には────

 地面に垂れるほど長い黒髪の女が、紺色の服を着て豪奢な椅子に座って項垂れていた。

 彼らの正体は、言うまでもなく。

 

「お待ちなさい、デス・バスターズ!!」

 

 セーラームーンは真っ先に飛び出て、そう叫んだ。

 白衣の男が、後ろに手を組み、やけに勿体ぶった動きでゆっくりと振り向く。

 果たして、その正体は。

 

「よくぞ来てくれた、セーラームーン」

 

 言うまでもなく、教授────正しくは、その姿に似せた異世界人、ゲルマトイド。

 以前に相対した時と同じく、丸縁眼鏡に白髪という出で立ち。

 裂けたように大きい口が、にやりと弧を作って歪む。

 男は嬉しさのあまりか、戦士たちの前でわざわざ両腕を広げてみせた。

 

「間もなく聖水を湛えた聖杯は、遂に、セーラー戦士……幻の銀水晶という最高の贄をもって完成する! ああ、主はここまで我々を導いて下さったか!」

「わけ分かんないこと言って、たくさん迷惑をかけた罰は重いわよ!!」

 

 ちびムーンに指を差されても一切意に介さず、教授は顎を撫でてくつくつと笑みを溢す。

 

「この世界の(ワイバーン)やら(ドラゴン)どもには散々と手こずらされたが、結局は我々人間同士の戦いであったな。大抵の物語とはそういうものだ。そうだよな、カオリナイト君」

「えっ……は、はい。その、通りです……本能で動くだけの獣は……いつしか、知能ある人に駆逐されるべき存在ですゆえ……」

 

 カオリナイトの言葉には、躊躇うような間があった。

 セーラームーンはちびムーンと密かに視線を交わし、いつでも必殺技を撃てるようロッドをそっと後ろ手に構えた。

 教授はその動きに、目線を巡らせて。

 

「カオリナイト君。君には感謝しているぞ」

「え……」

「長く辛い思いをさせて済まなかったな。これまでのことは全て、君の将来の地位を護るための演技だった」

 

 カオリナイトの耳元に囁いた。

 

「故郷の再建の暁には、君を隣にして生きてゆきたい。君は賢明な女性だ。必ずや、故郷のより良い再建に役立ってくれるだろう」

「……教授……」

「名前で呼びたまえ。ゲルマトイド、と」

 

 カオリナイトは初々しい少女のように顔を赤らめ、涙を浮かべた。

 

「な、何、やってんの……?」

 

 一瞬、戦士たちが呆気に取られたその時だった。

 カオリナイトが、瞬時に胸の谷間に手を入れた。

 すぐ手中に、龍水晶の輝きが姿を現す。

 

「させるかッ!!」

 

 2人の反応が遅れた代わり、タキシード仮面がステッキを構える。

 カオリナイトはその場に立ったまま、うっとりとした眼のまま伸びたステッキを片手で掴んだ。

 

「なにッ……」

 

 その腕力は、男性であるタキシード仮面の力をも遥かに超えていた。

 

「ゲルマトイド様、どこまでも御供致します。愛こそあらゆる障害を超えるのだと、証明してみせます」

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

「ピンク・シュガー・ハート・アタック!!」

 

 慌てて戦士2人がロッドから放った浄化技も、瞬間移動で避けた。

 

「させるもんですかッ」

「ふしゃーッ!!」

 

 飛び掛かるルナとアルテミスも、黒い雷を纏わせた手を振り払うことで一蹴した。

 次に、幻獣キリンが跳躍し戦士たちの間を駆け抜け、前方へ雷を落としながら角を突き刺さんと迫るが──

 

「小癪な」

 

 宙へ身体を浮かせて、雷ごと躱した。

 軽やかに舞いながら、龍水晶を落とすようにゲルマトイドへ手渡す。

 ゲルマトイドは滑るように龍水晶を、目の前にいる黒髪の女性の口許へ────

 送り届けた。

 

「……しまった!!」

 

 カオリナイトの『愛の力』は想像以上だった。

 女の喉が、龍水晶を飲み込んで波打つ。

 直後。

 セーラームーンたちの前で、闇のエナジーが放出される。

 強烈な黒き光に、彼女たちはただ目を塞ぐことしかできない。

 

 

「さあ目覚めよ、沈黙のメシア……『ミストレス9』!」

 

 

 闇のエナジーが放出される。

 額に、黒星が現れ。

 髪が長く、長く、伸びてゆく。

 胸元の開いた紺色のドレス、末広がりのスカート、真珠の飾りを身につけた、紫口紅の美女。

 ゆっくりと、漆黒の瞳が開かれる。

 彼女はふぁ、と短く欠伸をすると、傲岸不遜な笑みを浮かべて立ち上がった。

 そして胸の辺りに溜まるエナジーを感じると、眼を細め、目の前で跪くゲルマトイドとカオリナイトを見やった。

 

「よくやった、デス・バスターズよ。相変わらずの人数ではあるがな」

「必要な犠牲でございます。これで彼女たちの霊魂も浮かばれることでしょう」

 

 ゲルマトイドの発言を受け、美女は妖艶な笑みを浮かべた。

 ミストレス9。

 異世界とこの世界を繋ぐ役割を持つ、黒き巫女であり沈黙のメシア。

 デス・バスターズの計画の最終段階、両世界滅亡の端緒がいま、開かれた。

 

「エナジー量は少々足りんが、まぁよい。代わりに、あの忌まわしきセーラー戦士どもに十分対抗できる力を得ることができた」

 

 ミストレス9は舌を舐め回すと、ロッドを構えるセーラームーンたちを眺めた。

 なおも彼女たちは戦闘態勢を解かないが、龍水晶を得た身体から放たれる絶大なエナジーを前に、迂闊には手を出せない。

 

「して、この異世界はどのようになっている?」

 

 頬に顔を寄せたミストレス9に、カオリナイトはほんの一瞬、躊躇ったが。

 少し顔を上げ、視線を合わせる。

 

「ミストレス9。この世界には、厄介な龍たちがおります。現にいまこの谷の底で、暴れているところです」

「ほぉ。それは我が主『(ファラオ)90』に匹敵するのか?」

 

 しばらくしてゲルマトイドは眼鏡を光らせ、けたけたと笑った。

 

「いいえ。復活した主に比べれば、ただの()()()()()()()()()()()()()()()()()()でございます」

 

 その答えを聞いて、ミストレス9は満足気に微笑んだ。

 

「ならば、恐れるまでもないな。では、さっそく主へ続く道を開こうぞ」

「待って!」

 

 谷底に向かって足を運びかけたミストレス9に飛んだ声。

 彼女は振り返って、ロッドを構えるセーラームーンを半ば嘲笑するように見つめた。

 

「お前に関わると面倒なことになるのは分かり切っている。主にこの身を献上してから、思う存分説得でもご高説でもなんでもすればよい」

「くっ……」

 

 ミストレス9は、端から聴く耳を持たなかった。

 

「とにかく、やれることを全部やるんだ!」

 

 アルテミスの叫びが引き金となった。

 セーラームーンとちびムーンは浄化技を全出力で撃ち、タキシード仮面は薔薇とステッキを用い、猫たちは死角からの白兵戦を試みる。エリオスも幻獣キリンの姿で雷を撃ち、加勢する。

 しかしその幾つかはカオリナイトによって防がれ、辛うじてミストレス9の背中に向かった攻撃も、未知の透明の壁によって防がれた。

 

「嗚呼、我々の求めた故郷が……いま、復活する」

 

 闇のマイナスエナジーが谷底に向かうミストレス9の目前に固まり、一つの穴を形成する。

 彼らに姿とエナジーを与える主の彷徨う異世界との経路だ。

 

 

「ああ、(ファラオ)90よ……今こそこの地に降り立ち、全てをその手に!!」

 

 

 遂に、デス・バスターズの計画が完成しようとしている。

 

「駄目……なのか?」

「諦めないで!」 

 

 呟いたタキシード仮面を、セーラームーンが一喝する。

 

「この世界を、闇で覆わせない! あたしたちが生きて来た、この世界を!!」

 

 浄化を伴うマゼンタ色の光が、更に強くなる。

 が、当のミストレス9には痛くも痒くもない。

 

「ふふ、喚いているな。無力な虫どもが」

 

 ますます、反応は近くなってくる。

 彼女始め、デス・バスターズもセーラー戦士たちも、完全に確信していた。

 今に偉大なる主が、沈黙の支配者があの穴から現れるのだと。

 

 だからこそ。

 

 笑みを少しずつ消し。

 真顔に戻り。

 力強く広げていた腕を惑うように曲げ。

 その次に飛び出したミストレス9の発言は、その場の全員を固まらせた。

 

 

 

 

「………………違う……違うぞ。あれは断じて、あの御方ではない」

 

 

 

 

 ノースリーブの肩が、震える。

 振り向いたミストレス9の顔は、怒りに染まっていた。

 

「貴様ら、この私を騙したなッ!?」

 

 泣き、怒り、叫ぶ巫女に、デス・バスターズの幹部の2人の表情は一気に戸惑いへ変わる。

 

「……だま、した……?」

「裏切り者が……裏切り者が……ッ!」

 

 顔を覆い、膝から崩れ落ちたミストレス9の瞳からは、あらゆる感情が失われていった。

 静寂のなか泣き喚く彼女の腕が、だらんと垂れ下がる。

 余りある怒りはすぐ、放心、無力感に変わった。

 

「あぁ……ああ……何のために、私は、転生してきた」

 

 糸の切れた人形のように、彼女はぼんやりと黒い天を見つめ上げた。

 

 

 

 

「あの方の魂が……あんなけだものに食われる……とは……」

 

 

 

 

 闇の中から巨大な龍の頭が飛び出し、ミストレス9の身体を、牙の並んだ顎が潰した。

 

 

「は……」

 

 

 そこにいる一同の誰もが、呆然とした。

 

「え……あ……ぁ……ああっ」

 

 その黒い鱗を、黒い角を持つ龍は、既に息絶え痙攣する黒い巫女を。

 

 咀嚼した。

 

 丹念に、力を込めて口の中で圧し潰す。

 

「う……ぁぁああっ……」

 

 ちびムーンは腰を抜かして、動けない。

 本来ならば真っ先に動くはずのセーラームーンやタキシード仮面ですら、案山子のように立ち尽くすだけだった。

 

「何……あれ……」

 

 食事を終えた龍は、美味そうに舌なめずりした。

 

「なん、でだ」

 

 ゲルマトイドも、ただ立っていた。

 デス・バスターズの全てが潰えた。

 数年間積み上げて来た何もかもが、目の前で消え去った。

 教授として確信の下に、部下たちに主に尽くせと何度も紡いできたその口は。

 

「なんでだ。どうしてだ。なぜこうなった。すべてかんぺきだった。なにがまちがっていた。どこからまちがっていた。あるじはどこだ。どうすればよかった。これはなんだ。これまでやってきたことはなんだった。あるじはどこだ。どこにいかれた。わけがわからん。ここはどこだ。いやちがう。みとめないぞ。こんなのゆめだ。あるじはどこだ。あくむだ。ゆめだ。できのわるいきゃくほんだ。ゆめだ。ゆめだ。ゆめだ、ゆめだゆめだゆめだゆめだゆめだゆめだぁぁぁああぁぁぁぁああああああああああああああッ!!」

 

 壊れた機械のように同じ言葉を繰り返し始めた。

 

「げ、ゲルマトイド様ッ……」

 

 カオリナイトの前で、最愛の男の顔がどろどろと溶けていく。

 もはや自我さえも失いかける彼に、カオリナイトは必死に呼びかけるが。

 

「そうだ。わるいゆめだ。ぜんぶゆめだ。ぜんぶ……ぜんぶ……」

 

 ゲルマトイドは一切、カオリナイトを認識していなかった。

 自分の世界が否定されたことを受け入れられず、ただ溶けゆく醜く白い肉塊。

 顔が溶け、人の形すら保てなくなったゲルマトイドは、少しずつ穴から這い出して来る龍の姿を目の当たりにした。

 

 生物らしい口腔の上下に生え揃う、血の滴る牙。

 顎から伸びる、如何にも彼らの知る『ドラゴン』らしい鰓。

 後方へ緩やかに湾曲し、先端がやや白く染まった二列の角。

 一切こちらを向かない、燃えるような色の瞳。

 

「そうか。あなたはあるじ、あるじですよね……どんなすがたであっても、こころがなくても、きっとあるじです……そうにきまってます……だって、あなたはふじみ、ふめつのか」

 

 既に塵となりかけていたゲルマトイドは、続いて出て来た前脚に踏み潰された。

 たまたま助かったカオリナイトは、彼女の愛を数分で終わらせた龍を前に呆然としたまま。

 黒き龍は、次に────

 

「え……」

 

 セーラームーンを、見つめた。

 前脚を踏み出す。

 大口を開けて、噛みつきにかかる。

 

「うぁあアアアッ」

 

 タキシード仮面が彼女を助けようとステッキを伸ばすが。

 

「……」

 

 いとも簡単に突破。振り回された頭にタキシード仮面は盾にすらなれず呆気なく打ち据えられ、凄まじい速さで吹っ飛んだ。

 そのまま迫り来る、鋭牙。

 セーラームーンは即座に狩人の姿となって、大剣を構えた。

 それにかち合い、叩き割って喰らわんとする龍の顎。

 鍔迫り合いである。

 

「ぐううぅぅぅううう……っ」

「いや、うさぎを食べないで、お願い、お願い!!!!」

 

 ちびムーンが恐慌するまま、ロッドからピンク・シュガー・ハート・アタックを何度も放つ。

 

「うさぎちゃん!」

「負けるな、押し切れ!」

 

 ルナとアルテミスも加勢に入る。

 しかしそれでも、黒き龍はびくともしない。

 やがて、大剣を咥えたまま身体を翻した。

 猫たちは虚しく吹っ飛ばされる。

 勢いで尻尾がひゅんと唸り、ちびムーンを捉えかけた。

 

『危ない!!』

 

 直前で、幻獣キリンが、エリオスが彼女の身体を掬い上げた。

 

「うさぎ、うさぎィィィッ!!」

 

 ちびムーンが、手を伸ばすも。

 

 そのまま、うさぎは龍に囚われたまま穴の中へ引きずり込まれた。

 




次回より、最終戦となります。よろしくお願いいたします。
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