セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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運命の戦争①

「……ぅ……」

 

 眼を覚ますと、うさぎは小雨の中、瓦礫の散らばる廃墟で仰向けに転がっていた。

 時は夕暮れのようだが、それをも黒雲が覆うことで廃墟を赤黒く視界いっぱいに染め上げている。

 よく見れば空の一部が渦を巻き、穴を作るように漆黒に塗りつぶされている。

 

「穴……!」

 

 そこで、うさぎは自分の身に起こった全てを思い出した。

 すぐ横を見れば、雨に濡れて銀に光り横倒れる自身の武器『輝剣リオレウス』。

 彼女は慌てて、柄を手元に引き寄せる。

 

「いったい、ここは」

 

 呟いた瞬間、遠くから禍々しい咆哮を耳にした。

 何処からかは不明。

 それでもほぼ本能的に、彼女は近くにあった石柱の陰に隠れた。

 どこかの廃城のようだ。

 真上を見てみればシャンデリアの残骸、石畳の床には王族の調度品らしき金属の輝きが見えた。

 しかし、勝手に古びたにしては壊れすぎている。

 いま隠れている石柱もかつて部屋の天井を支えていたような趣があったが、その部屋が、半分くらい崩れ去っているのだから。

 それはまるで、何者かに荒々しく破壊されたような。

 

「……まさか」

「セーラームーン」

 

 たった一人と思っていたところに響いた女性の声に、振り向くと。

 その人物は半ば顔が陰に隠れる形で、部屋の隅に、力脱けたように腕と背を預けて座っていた。

 胸元の開いた赤いタイトドレスに、金の芋虫のピアス。そして、輝きのない不気味な瞳。

 

「カオリ……ナイト? 貴女も付いてきたの!?」

「ええ……お前が引きずり込まれた時、あの龍の首に咄嗟に掴まってね。お陰様で、お前諸共振り落とされたわ。今さっきまで、重いお前をここまで引きずってきたってわけ」

 

 しかし、最大のトレードマークであるオールバックの紅い長髪が、今や完全な白に染まり乱れている。

 顔までも何十年も老け込んだかのよう。

 うさぎは、警戒して距離を取った。

 

「……恨みを晴らすつもり?」

「まさか。そんな気力など当に尽きたわ。単に、死際に嫌味を言ってやりたいだけ」

 

 皮相的に笑ったカオリナイトからは、何の魔力も覇気も感じられない。

 まるであらゆる感情を搾り取られ、干からびた出涸らしだ。

 うさぎは彼女に攻撃の意思がまるでないことを肌で直感し、無言で続きを待つ。

 

「我々は、この世界に来た最初から操り人形だった」

 

 カオリナイトは、自身を打つ小雨に、向こうに輝く赤黒い夕陽に手を掲げる。

 

「あの黒き龍は、師90の気配を纏っていた。どうにかして異次元に彷徨う主の残骸を喰らったのだろう。その存在を、ミストレス9は主の指示だと勘違いした……。そう、最初から主などおられなかった。デス・バスターズの全計画は、奴に龍水晶を与えるためにあったのだ」

 

 カオリナイトの引き笑いが、黒く塗り潰された廃墟に木霊する。

 ひとしきり笑ったあと、彼女は足下の焼け焦げた煉瓦の間にある水溜りに目を向けた。

 一時置いて波紋を作るそれには、彼女の疲れ切った表情がまざまざと映し出されていた。

 

「実に笑えるな。お前も、我々も、ただの道化でしかなかった。人間の意志は見事に、自然の運命の前に完敗した」

「……最初っから、負けてなんかいないよ」

 

 少女の一言に、カオリナイトは顔を上げる。

 蒼い瞳が、彼女を貫いた。

 

「あたしたちは、あくまで自分の意志でここに来たわ。この世界の生き物たちと同じようにね。間違ってるかも知れなくても、大切なもののため足掻いてきた」

 

 カオリナイトは目を見開いた。

 うさぎは自ら、その気になればこちらから首を絞めることさえできる至近距離に近づいたからだ。

 彼女は跪いて、カオリナイトの腕を抱き上げてゆっくりと立たせる。

 

「本当に道化になるのは自分の意思で歩くのを諦めた時よ、カオリナイト」

 

 うさぎは呆然とするカオリナイトの手を握り締めて、真正面から微笑んだ。

 

「ここは危ないから早く逃げて。今度はまもちゃんみたいにきちんとした、もっとイイ男見つけるのよ」

 

 少女は銀の大剣を背負い、金火竜の鎧を鳴らして立ち去っていく。

 それらの揺れるごとの煌めきが、ほぼ暗闇に近い廃墟において、カオリナイトにはやけに眩しい。

 何処まで行っても、少女の歩みは揺らがなかった。

 

「…………小娘が、分かったような口を」

 

 取り残されたカオリナイトは、がら空きの天井を見上げて呟いた。

 彼女はまだ、立ったままだった。

 

────

 

「青い星さんの言葉が正しければ、ここは多分……」

 

 地図もない未知の廃墟を、ひたすらに歩く。

 見て回ったところ、どうやら何処かにある廃城らしい。

 だが、これまでの冒険で得たあらゆる情報が、ある一つの名前へと彼女を導く。

 

「──シュレイド城」

 

 1000年前にこの世界を襲った厄災の中心。

 一夜にして滅んだ御伽噺の舞台。

 かつて栄華を誇った文明の残骸。

 

 やがて、彼女は謁見の間らしき部屋に着いた。

 天高い天井と支柱に、赤い空を眺めることができる割れたステンドグラスからはかつての繁栄が窺えた。

 そしてその奥にある、当時は豪華に飾られていたであろう玉座も、今では黒く朽ち果て跡形もない。

 

「何で、ここを懐かしく感じるのかな。シルバー・ミレニアムみたいだから?」

 

 元の世界における前世、悪に滅ぼされた自身の故郷。

 かつてのシュレイド王国にも、彼女と同じく誰かの家族が、友人がいた。

 それら全てを、御伽噺の主人公は容易く葬った。

 

「じゃああの龍は、いったい……」

「この先に進むのだな、月の女王」

 

 引き返そうとした矢先、男の声がかかってきた。

 人影が、玉座の陰から一つ出てくる。

 男は全身に、赤衣を纏っていた。

 顔はフードの陰に隠れて見えない。

 

「あなた、何者!? それに、なんであたしのこと」

「しがない吟遊詩人だ。君のことを遠方にて聞き及び、出会おうとここでずっと待っていた」

 

 名刺代わりに、男はリュートを手に提げていた。

 この世界ですら見たことのない古びた意匠で、弦を何回張り替えたのか定かではない。

 

「これまで興味深い人間は多く見てきたが、君は特段に面白い。他者の生を願った行為から、多くの生命が失われる争いを招くとはな」

 

 それを聞いたうさぎは、はっと目を見開いた。

 籠手を見てみれば、自身の身に纏う金鱗が無言で訴えかけるように光る。

 彼女は痛くすら感じる光を、敢えて焼きつけるように見つめて、

 

「……そうよ。だから今は、起こらなくていい争いを止めるために戦う。それが、あたしに出来る唯一の……」

「これまでを振り返ってみろ。争いを止めるための争いがこれまで何回繰り返された? あらゆる生命たちの執着が僅かな種から争いへ続く潮流を生み出し、無限の力を持つ君ですらそれに逆らうことはできなかったではないか」

 

 うさぎは答えられない。ただ、歯軋りするだけだ。

 

「全ての生命は、常に他者と、そして世界と争う運命にある。原初から刻まれた遺伝子には決して逆らうことはできない」

「……いきなり出てきて何かって思ったら、あなたも運命って言葉が好きなのね」

 

 少女は玉座に背を向けて踏み出し、男を尻目に見た。

 

「あなた、狩人至上主義者でしょ。だから回りくどいことまでして、神と戦うなって言いたいんでしょう? だけど諦めろって言ったって、あたしは無理やりにでも突っ切っていくわ」

「おおっと。あんな臆病者どもと一緒にしないでおくれ」

 

 謎の赤衣の男は微笑んでゆっくりと首を振った。

 

「私はむしろ、君には全力でかの龍と戦ってもらいたい。ただ、どうにかすれば永遠に争いから逃げられるかも……などという甘ったれた望みは、金輪際捨ててもらいたいのだよ。それではあまりに()()()()()

 

 赤衣の男の言い草に、うさぎの視線は訝しくなった。

 まるで、彼の立場が見えない。

 この先にあるであろう戦いがお遊びであるかのような発言だ。

 

「だから、ここで捧げよう。月の王国に捧ぐ鎮魂曲(レクイエム)を」

 

 男は階段に座ったまま、リュートを持ち上げた。

 しばし調弦を行った後、

 

 キョダイリュウノゼツメイニヨリ、

 デンセツハヨミガエル

 

 その語りから、唄は始まった。

 何故か、うさぎはその場から離れられなかった。

 

 

 

 数多の飛竜を駆遂せし時

 伝説はよみがえらん

 数多の肉を裂き

 骨を砕き

 血を啜った時

 

 彼の者はあらわれん

 

 土を焼く者

 鉄【くろがね】を溶かす者

 水を煮立たす者

 風を起こす者

 木を薙ぐ者

 炎を生み出す者

 

 その者の名は ミラボレアス

 その者の名は 宿命の戦い

 その者の名は 避けられぬ死

 

 喉あらば叫べ

 耳あらば聞け

 心あらば祈れ

 

 ミラボレアス

 

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 

 彼の者の名を

 

 

 

 高らかに詩を歌い終わった赤衣の男は、静かながら満足気な笑みを浮かべてリュートを抱え直した。

 そして自ら、背を向けて謁見の間から去っていく。

 

「よく覚えておけ。ミラボレアスの名が示す意味は『運命の戦争』! 生命の真の主にて根源たる『戦争』そのものにどう立ち向かうか、とくと見せてくれたまえ!!」

 

 赤衣の男は謁見の間を出て、一つの支柱の陰へ姿を消した。

 うさぎは急いで駆け、男を追おうとしたが────

 突然、背後から轟音が鳴った。

 

「!?」

 

 天井は崩れ落ち、ステンドグラスは粉になって割れ落ち、影だったところは禍々しく燃える陽に、斜め上から照らし出される。

 少し遅れ、大爆発が玉座ごと謁見の間の半分を消し飛ばす。

 衝撃でうさぎの身体も吹っ飛ばされ、謁見の間の入り口付近まで転がされる。

 急いで顔を上げると、石畳を砕く音と共に漆黒の巨翼がばさりと、過去の王の玉座を躊躇い無しに踏みつけたソレを覆い隠すのが見えた。

 間もなく翼は周囲に立ち込める煙を一掃し、その主を露わにする。

 

 君臨するは、黒き龍。

 

 神話からそのまま抜け出してきたかのような、四肢に長い首に尻尾、一対の翼と角を生やす生き物。

 燃え盛る太陽を黒く真っ二つに引き裂いたような瞳が、迷いなくうさぎをその眼中に捉える。

 そして、ゆっくりと、しっかりと、舌なめずりをした。

 うさぎの背中に、悪寒が走った。

 龍は首を回し、喉を震わせた。

 

「────────────────────────────────────ッ!!!!」

 

 運命の戦争が、いま、始まった。

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