セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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運命の戦争②

 

「……何が……起こってるんじゃ……」

 

 立ち上がったレイの祖父は、大寒波の下に拡がる大火災を見つめていた。

 

「お師匠、空を!」

 

 雄一郎が指を差した先、黒煙の向こうから無数の影が飛んできた。

 襟巻の怪鳥、毒々しい色の怪鳥、赤い竜、緑の竜、傘に似た鶏冠を持つ鳥、ギョロついた目を持つ鳥、紫の甲殻を持つ鳥──数え切れない怪物たちが、悲鳴に近い咆哮を上げていた。

 

「終わるの? あたしたちの、世界が」

 

 コーアンが、姉妹と共に路地裏に立ちすくむ。

 表の道路を、河童のような獣が四つん這いで闊歩する。

 陰から潜んでいた暗緑色の恐竜がその首に噛みついて散々振り回した挙句、喰らおうと口を開ける。

 そこに、何処からか飛んできた鬼火が炸裂。恐竜の前に、鎧武者のような甲殻を提げて虎に似た生物がゆっくりと歩んでくる。

 

「セーラームーンは、セーラームーンは、何処にいるの!?」

 

 なるは、母と共に室内で震えていた。

 ガラス窓の向こうに、羽根を持ったヒルのような生物が彼女たちへ迫ろうと無数にくっついてくる。

 交差点では、金の角を持つ白銀の龍が血のような翼膜を広げ、逃げ惑う人間たちを猊下している。

 突如上空から迫る、氷刃。

 龍はそれを、三叉の槍に似た金の尻尾で受け止める。

 火花を散らした後地上に降り立つのは、氷鎧を身に纏う騎士の如き龍。

 勝手に周囲の人間や空飛ぶヒルたちが凍りついてゆくなか、2頭の龍は剣戟を始めた。

 

「……どれだけ頑張っても、無駄、なのか?」

「お兄ちゃん」

 

 元基が、衛から貰ったノートを手に妹である宇奈月と煙を上げる街を見つめる。

 犬のような顔をした毛むくじゃらの獣たちが、5頭以上の群れになって家屋を軒並み踏み潰していく。

 そこへ一条の雷撃が直撃、獣たちを軒並み蹴散らした。

 喫茶店クラウンの屋上を縄張りにして居座る黄金の飛竜が、一直線にしていた双角を畳む。

 それは犬歯を覗かせ、喉から機械の駆動音のような形容し難い声を鳴らした。

 

────

 

「エリオス、行きましょうよ! うさぎを助けに!」

 

 幽境の谷にて時空の穴を前に、ちびムーンが叫んだ。

 しかしそれでも、エリオスの宿る幻獣キリンは微動だにしなかった。

 

『……身体の主が、やはり行きたくないようです。空間を超える力で安全を約束するというから身体を貸してやったのに、危険なところに行くのは話が違う、と……』

「直に逃げ場なんて無くなるわよ!」

『あくまで主導権はこの幻獣自身にあります。私はただ、しばし居座らせてもらう立場でしかないのです』

 

 未だ納得できないちびムーンの肩を、タキシード仮面が叩く。

 

「ちびムーン、ここまで散々助けてもらったんだ。文句は言えない」

「そう……だよね。ごめん」

 

 そもそもキリンからすれば、人間の都合にこれまで散々付き合わされているのだ。

 第三者としては当然の選択だった。

 

「我々は、いったん、調査団の到着を待とう。十全な準備を整えてから……」

 

 タキシード仮面がそう言いかけた時、翼竜が頭上を通り過ぎた。

 それに引っ張られる人影を見上げた途端、彼らの顔が驚愕に満ちた。

 

「あれは……狩人至上主義者のリーダー!?」

 

 背にライフル銃をぶら下げた男はそのまま、時空の穴の向こうへ突き抜けた。

 

「早く追うぞ!」

「ええ!」

 

 タキシード仮面の胸中にちびムーンが飛び込み、口笛を吹く。

 やって来た翼竜にロープを伸ばし、掴まった。

 

「ルナ、アルテミス! 後の部隊に、なるべく支援を急ぐようにと伝言を!」

「ええ、わかったわ!」

「相手がどうも、とんでもないヤツってこともね!」

 

 御付きの猫たちは、精一杯手を振って見送る。

 時空の穴へ向かう2人を、幻獣キリンはしばらく見つめていた。

 

────

 

 半壊したシュレイド城謁見の間で、黒龍ミラボレアスは長い首をもたげ、石畳を踏み砕く。

 うさぎの方へ、一歩踏み出した。

 半ば腰を抜かしていた彼女は、その圧に押されたように逃げ出した。

 急ぎ、扉から部屋を出る。

 ひたすらに廊下を突っ走っていると、背後から轟音が鳴った。

 直後に何かが収束する音を聞き、ほぼ本能的に脇にある支柱の陰へ隠れた。

 

 人の背を越す火球が廊下を通り過ぎた。

 

 火球は反対側の壁を穿ち、爆散せしめる。

 威力は凄まじかった。

 着弾点の数倍以上の範囲が蒸発して、その周囲の煉瓦も完全に溶解。向こうには、妖しい色の空が完全に露出していた。

 支柱から顔を出したうさぎは真っ赤に滴る煉瓦の雫を見て、息を呑む。

 

「ここじゃ、戦うどころじゃない!」

 

 謁見の間の方向から、黒い鱗が再び現れる。

 今度は四つん這いのまま、巨翼を第二の腕にして廊下を突き進む。

 いくら扉の跡から壁を潜り抜けてもそのまま体当たりで突破され、階段を降りて下階に降りれば、黒龍は天井を爆破し突き破ってくる。

 道中の万物を破壊する黒龍を前に、うさぎはまたしても逃げを選ぶ他なかった。

 

 とにかく、戦うのに適した開けた場所が必要だ。

 狭い場所を選ぶことで得られる利点など、煉瓦を一息で崩し、溶かすかの龍の前ではないに等しい。

 

 うさぎが外へ出る道を探していると、突然、音が止んだ。

 先ほどまでの足音が嘘のように静まったのだ。

 

「な……なに?」

 

 相手が諦めたと安心するには、あまりにも不気味な沈黙だ。

 やがて、巨大な吸気音の直後、背後が明るく照らされる。

 彼女が振り返ると────

 凄まじい炎の濁流が、城内の通路を所狭しと押し寄せてくる。

 

「うわああぁぁぁッ」

 

 急いで駆けるが、圧倒的に火炎の方が早い。

 彼女はどうしようもなく目の前の崩れかかった壁に体当たり、そのまま重力に任せた。

 幸運なことに、落ちた先はアーチに支えられた連絡橋。

 うさぎは瓦礫の中、何とか身を起こす。

 

「────────────────────ッ」

 

 咆哮が上空から轟いた。

 見上げてみれば、城から飛び出した黒龍の姿があった。

 赤い血の空に翼を広げる悪魔。

 叙情的ですらある光景に浸る間もなく、悪魔はたまたまそこにあった監視塔を翼で薙ぎ倒し、うさぎに向かって螺旋を描く。

 

 口内に火焔を宿して。

 上空から、灼熱の竜巻を放射する。

 

「わっ!?」

 

 うさぎは咄嗟に飛び降りて階段の縁を掴む。

 ほぼ同時、黒龍は橋上にあったものを全て焼き払い、吹き飛ばし、無に帰した。

 煉瓦も、槍も、矢も、鎧も、全て。

 だが、あくまでそれは第一射。

 空中で折り返した黒龍は、今度は壁面に掴まるうさぎ目掛けて滑空、火炎放射を薙ぎ払いにかかる。

 

「くっ……!!」

 

 うさぎは決心し、敢えて壁面を蹴り、縁を手放す。

 鉄靴の後ろを死の炎が掠める。

 心臓が高鳴ったのを振り払い、彼女は上空へ身を翻す。

 構えたのはスリンガー。

 放たれたアンカーが、黒龍のやや白みがかった胸、その鱗の隙間に引っ掛かった。

 

「お願い!」

 

 祈りながらレバーを引く。

 アンカーは辛うじて外れることなく彼女の身体を引っ張り上げ、黒龍の胸へ吸いつかせた。

 急速に過ぎ去る彼らの背後、アーチを溶かされ絶たれた連絡路が、轟音を立てて崩れ落ちていった。

 

 黒龍の胸の鱗は鎧のように整然と並んだ肢や首の鱗と違い、あたかも溶かされたように不揃いだった。その隙間の多い構造が、彼女を救ってくれた。

 

 見上げれば長い首の先に、二対の角を戴く細い顔が見える。

 黒龍は身体に縋りつく少女へ、全く動じることなく首を曲げた。

 切り裂かれた太陽のような邪眼が、強風の中でも確かに少女の瞳を捉える。

 顎がゆっくりと開かれ、無慈悲に光る歯がちらつく。

 その様は、まるでこちらを嗤うようでもあった。

 

「……ッ」

 

 黒龍が軽く身体を捻った。

 翼が凄まじい突風を生み、うさぎは敢無く叩き落とされた。

 

 転がったうさぎが視線を上げると──

 そこは彼女の待ち望んだ、開けた広場だった。

 

 至る所に大砲やバリスタなど、対モンスター兵器が置いてある。広場の奥には槍らしきものが2つ、巨大な穂先を覗かせていた。

 城と反対側には、この暗闇に一筋の光とも言える太陽が地平線近く、薄くも濃紅に輝く。

 黒雲に開いた穴らしき風景もはっきりと見え、決戦にはお誂え向きの舞台と言えた。

 

 雲間に僅かながら見える太陽を遮った、一つの影。

 巨翼を翻し、弧を描き、長い首を曲げ、顎を開け、猊下する。

 

 降下してくる黒き巨体を前にうさぎは、身を横へ放り出す。

 龍は、隣の瓦礫を砕きながら着地。

 うさぎに振り返ると、後ろの二足で立ち上がり。

 大きく、横に翼を広げた。

 さも今この時を待っていたのだと歓喜に満ち溢れるように。

 

「……まさか……」

 

 開けた戦場を求めていたのは、うさぎではなく──

 しかし、彼女はその考えを即座に振り払った。

 

 

「いいえ。何であろうと……ここで貴方を、みんなのために狩るッ!」

 

 

 黒龍はその叫びに応えるように無言で息を吸い、首と胸を反らし──

 火球を撃った。

 走るうさぎの後ろを通り過ぎたそれは、爆発して熱された瓦礫を撒き散らす。

 途切れることなく、黒龍は火球を乱れ撃つ。

 うさぎは急な弧を描くように龍の懐へ詰め寄り、背中の柄に金の籠手を伸ばした。

 

「まずは……一撃!」

 

 銀の王の炎が封じられた大剣が、振りかざされる。

 火球を撃ち出された後の僅かな隙を突いて──

 人工の刃が、立った黒龍の胸から腹に掛けてを切り裂く。

 

 しかし、黒龍は微動だにしなかった。

 

 そのままうさぎを見下し、口を大きく開けた。

 急いで離脱。

 真下の床に吹きつけられた火炎放射が、瞬く間に床を茹で上がらせた。

 ブレスが終わってみると、かつて煉瓦が覆っていたところに大きなマグマ溜まりが出来ていた。

 

「あんなの一撃でも喰らったら……!」

 

 うさぎは、類を見ない威力に戦慄する。

 続いて、黒龍は胸下に火炎を撃ち出し、次は外側へ剣のように振り回す。

 炎王龍の炎すら見せなかった未知の軌道に、うさぎは大きく離れざるを得ない。

 

 その隙に黒龍は四肢を地面につけ、思い切り息を吸った。

 少女の脳裏に浮かんだのは、先程、城内を駆け抜けてきた炎の濁流。

 考えるまでもなく、マズいと思った。

 身を翻し、ぎりぎり身体が入るほどの瓦礫に隠れる。

 黒龍の口腔から、扇状に長大な火炎放射が噴き出した。

 

「うぅっ……!!」

 

 少女の視界いっぱいに拡がる、赤熱。

 すべてが炙られ、溶け、砕け散る。

 火炎放射は戦場のほとんどを包むどころか、戦場より遥か向こうの城壁まで飴のように溶かした。

 数秒後、炎が止んだ時には残り火が一面、水面のごとく揺らめいていた。

 うさぎはたった一息で生み出された地獄に圧巻されたが、すぐ背中に迫る殺気を感じた。

 その場から飛びのくと、盾にしていた瓦礫を黒龍の牙が嚙み砕く。

 

 黒龍は、腹這いの状態で首を伸ばしてきたのだ。

 うさぎは、当たるものを粉砕しようと蛇行する黒龍の四肢を潜り抜けた。

 

「ここッ」

 

 次は横腹から、胸の辺りを縦に斬ろうと大剣を振りかぶった。

 しかし、黒龍はそれを予期したように振り返り後退った。

 口を大きく開き、一段長く力を溜め。

 これまでよりも喉奥を一際明るく光らせた。

 咄嗟にうさぎは横へ身を投げ出す。

 しかしあまりに隙のない動きと巨大な爆発を前に、避け損なった。

 

 声を上げる間もなく、大爆風に吹き飛ばされた。

 

 黒龍は爆風の反動で後方へ飛び上がってから、うさぎを轢かんと急降下、突撃する。

 が、彼女は最初の大爆発に巻き込まれたことで大きく転がり、滑空には当たらず済んだ。

 黒龍は、倒れる彼女をじっと見つめた。

 

 果たして、息はある。

 

 流石に煉瓦より圧倒的に耐熱性に優れる金火竜の防具は、うさぎの身体を護ってくれた。

 自身の生存を自覚した彼女は、立ち上がり、熱く爛れた金の肩当てを、敢えて抱く。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 素材を遺してくれた金火竜に。

 武具を造ってくれた工房に。

 シュレイド城まで押し上げてくれた仲間たちに。

 この世界で紡いだ、あらゆるこれまでの繋がりに。

 

 うさぎの生存を確認した黒龍は、長い舌を舐めずった。

 続いて顔が仰け反るほどの勢いで着火、戦場を丸ごと覆う勢いの火炎放射を放ち、それを後ろへ下がりながら広く薙ぎ払った。

 

「やっと、分かってきたよ」

 

 しかし、その時既に、黒龍の前に標的はいない。

 彼女は黒龍の横から、銀の巨刃をかち込んだ。

 

「この感触……あまりに矛盾しすぎてるけど……」

 

 僅かに顔を逸らした黒龍は、目元に入った火傷を舐めた。

 胸に入った傷も、未だ熱を帯びている。

 

「あなた、火に弱いわねッ!」

 

 それはあまりに強大な敵を前にして、ただ一つの希望であった。

 

────

 

「もっと良い男、か……」

 

 朽ちた階段を降りるカオリナイトは呟いた。

 背後で死闘の音がまだ聞こえていた。

 カオリナイトは自身の頭から抜け落ちた白髪の束を手にして、苦笑いを浮かべた。

 

「無理だな。私はこれまで、あまりにあの人に多くを捧げ過ぎた」

 

 魔力はもう、ほぼ残っていない。

 戦場へ振り返る。

 1回だけ瞬間移動するくらいなら、まだできるかもしれない。

 そして、そこにいる少女の盾になってやるくらいなら。

 

「……もしかしたら……やり直せるんだろうか。こんな私でも」

「やり直せねぇよ」

 

 次の瞬間、カオリナイトの頭が弾丸に貫かれた。

 崩れた城壁の陰から姿を現したのは、狩人至上主義者の首領だった。

 

「きさ……や、め」

「害虫はしぶといな」

 

 もう一発弾丸を撃ちこまれ、カオリナイトは今度こそ絶命した。

 首領は彼女の頭を蹴っ転がして瞳孔が開き切っているのを確認すると、ゴミでも見るような目つきで通り過ぎた。

 

「後は……あの女さえ殺せば、世界は救われる」

 

 燃えるような夕陽のもと、石畳を踏んでゆく鉄靴。

 

「あの女を殺せば救われる。あの女を殺せば救われる。あの女を殺せば救われる。あの女を殺せば救われる」

 

 薬室に銃弾を装填する籠手。

 ぶつぶつと同じことを呟きながら、照準を覗く。

 その地点からは戦場を、そこで戦ううさぎと黒龍を見下ろせる。

 うさぎは着実に、黒龍の動きに対応しつつあった。

 

「狩人の真似事をしても遅い。貴様は必ず、自然の必理によって討ち滅ぼされるだろう」

 

 彼には、はっきりと『見えている』。

 偉大なる神々が異世界を蹂躙し、侵略者どもに何もさせず軒並み踏み潰し、鉄の鳥も悪魔の火も容易く落とす光景が。

 狩人と竜たちが解放され、何の異物も混じらぬ純粋無垢な世界を取り戻す日が。

 彼の見る世界では、世界には完璧な結論が最初にあり、現実は結論を追ってそこへ向かっていくのだ。

 

「俺は自然の代弁者だ。物言わぬ山河に砂漠に凍土に海洋に草原に代わり、あの女を罰するのだ」

 

 異界やシュレイドが信じるものなどすべてまやかし。

 土と焼けた鉄と血の臭いのなか、泥臭く足掻く狩人の世界こそ最上である。

 それ以外は如何なる科学を持とうと、魔法を持とうと必ずや討ち滅ぼされる敵であり、世界の脇役でしかない。

 首領は、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「ああ、黒龍よ。貴方様を意味もなく恐れていたことの(みそぎ)を、これでやっと済ませることができます」

 

 数年前。

 自然との調和という理念を無垢に信じていた男は、青い星が討伐された黒龍の声を聞いたと証言して以来、未来への不安で怯えていた。

 かの龍は、人の理解を超越していた。

 ある日地面が崩れるかも知れない。火に包まれるかも知れない。

 果たして自分は、何を頼りに生きていけばいいのか?

 男は未知で不安定な未来に、心の底から恐怖した。

 一日中晴れると思っていたのに予想外の雨が降ったというだけでも、男にとっては天変地異の序章であった。

 

 しかしあの書庫で見つけた『真実』は、男の抱えた心細さを全て追い払ってくれた。

 

 まさに()()()()()()であろう。

 竜大戦の記録は、自然の理を護る狩人という種族を肯定してくれた。

 自信をくれた。未来をくれた。安心をくれた。

 黒龍への恐怖は、崇拝へと裏返った。

 

「そう、私たちは知っている。見えているのだ。世界の真実と、成り行きを……古来の因習と堕落の文明いずれも……滅ぶべきものだとな!」

 

 照準に標的の頭が入った。

 首領は、引き金に手をかけようとした。

 

「いッ!?」

 

 瞬間、男は腕に鋭い痛みを覚え引き金から手を離した。

 隣の石畳に、鮮やかな薔薇が刺さっていた。

 

「人間に敬意を払えないヤツが自然の代弁者を名乗るとは、どういう皮肉かな」

 

 タキシード姿の男が、そこにいた。

 大きなハットとアイマスクは無くなり、『衛』としての端正な素顔が露わになっていた。

 

「人間……? お前らが、人間だと? あは、あはは、あははははははははははは」

 

 一度天を見上げて高笑いした狩人至上主義者は────

 瞬時に表情を一変させた。

 

「ぜんぶ、ぜんぶ、てめーらのせいだろうが!!」

 

 叫ぶ男はライフル銃を構え、

 

「尊い狩人と竜の世界に、鉄の鳥だの魔法だの電気文明だの守護戦士だのゴキブリみてーにわらわらわらわら土足で踏みあがってきやがってよぉぉぉ」

 

 額に青筋を浮かべて大声で叫ぶ。

 

「お前らが来てこの世界の歯車は狂った! クソったれ銀水晶が持ち込まれたせいで世界が歪められ、狩人の未来と安心と安全が脅かされた! だから害虫は駆除する!」

 

 首領は銃口を衛に向ける一方、銃弾を装填したスリンガーを向けた。

 彼の、真上へ。

 

「え……」

「ちびムーン!」

 

 撃たれたのは、その頭上の梁から静かにロッドを構えていた少女が足場にする、石製の梁。その根本。

 ただでさえ朽ちかけていたそれにひびが入ったことで不安定だった足場が崩れ、ちびムーンを落とす。

 地上に落ちた彼女を、スリンガーの先が追いかける。

 タキシード仮面はすぐさま彼女を掬い上げ庇うが、その時には既に近寄られ、銃口を頭に突きつけられていた。

 だが、当のちびムーンは、その銃口と男の顔を真正面からじっと冷たく見つめた。

 

「たとえあんたが何をしたって無駄よ。うさぎは、両方の世界のみんなに必要とされて、あそこに立ったんだから」

 

 狩人と竜を崇める男は、不愉快に顔を歪めてチッと舌を鳴らした。

 

「黒龍が求めるのは、純粋な狩人から選ばれし英雄だけだ……」

 

 引き金に手をかけて痩せぎすの頬を引き攣らせ、思い切り息を吸った。

 

────

 

「お前らはこの世界にとっての癌! 害悪で不必要! 英雄になる資格なんざ元からねェ!!」

 

 うさぎは大声のした方へ振り向いた。

 戦場より少し高い階の廃墟で──

 彼女の愛する存在たちに、銃口が向けられていた。

 

「ちびうさ……まもちゃ……ッ」

 

 黒龍の胸は度重なる火属性の攻撃により、確かに大きな傷ついて紅く溶けかかっていた。もうすぐで心臓にすら届くかも知れなかった。

 それでも即座に、うさぎは戦場から背を向けた。

 大剣すらも手放して。

 無視することなど出来るはずがなかった。

 あの2人は彼女にとって、何があっても絶対に失うわけにはいかない繋がりだったから。

 

「────────…………」

 

 すぐ、向こうの3人も気づいた。

 走っていたうさぎの前を、背後から巨大な影が覆う。

 気づいた時には既に、羽ばたくソレが迫っていて。

 振り返ろうとした彼女の身体は、熱された胸の下に押しつぶされた。

 二束の金色のツインテールが、瓦礫の下に埋まった。

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