セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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運命の戦争③

「う……うさこおぉぉっ!!」

「うさぎぃぃッ!!」

 

 うさぎが黒龍の胸の下敷きになったのを目の当たりにしたタキシード仮面とちびムーンは、叫んで崩れ落ちた。

 

「あは……あはは……あははははははははははははははははははは!! やはり俺の言った通りだぁぁぁぁぁ!」

 

 狩人至上主義者は顔に、腹に手を当て笑いこけた。

 

「神罰が下った! 害虫の女王はいま、駆除されたのだ!」

 

 歓喜の声を上げ、天に両腕を大きく広げた。

 

「狩人に生まれて、本当に、良かったぁぁぁぁ!!」

 

 静かに泣いてうずくまっていたちびムーンは拳を握りしめ、上目遣いに狩人至上主義者を睨んだ。

 男はその視線を悠々と見下して受け止め、ライフルとスリンガーを共に振り下ろした。

 両方の射線の先に、タキシード仮面とちびムーンの額が入った。

 

「さて。残された不穏分子も取り除いておかねば。安心を確約せねば、完全な勝利とは言えまい」

 

 涙を流していても、ちびムーンの瞳に宿る強さは依然として変わらなかった。

 

「あんた、ホントに……今まで見て来た中で……デス・バスターズも霞むくらい、最低の人間だわ」

 

 衛ははめている手袋すらはち切れんばかりに拳を握った。

 

「俺たちが戦ってきた敵は……悪の組織だろうと、宇宙人だろうと、未来人だろうと、異界人だろうと、自分の理想を心から信じ実現しようと真剣だった。だが、お前はどうだ」

 

 それでも微動だにせずニヤニヤと微笑む男。

 

「お前は不安から逃れるために、都合の良い妄想と偶像に縋りついてるだけだ。お前は、あの青い星の足下にすら及ばない──ただ叫んで地を這ってるだけの、臆病で空っぽな人間だ!」

「死ぬ運命の虫けらがいっちょまえに言葉喋るなよ。むしろ感謝してもらいたいね」

 

 痩せぎすの男は引き金に指を当てる。

 

「恋人と地獄で炙られながら、何時までもイチャイチャしとけ。お幸せに」

 

 その時、純白の輝きが横顔を照らす。

 狩人至上主義者の首領は、戸惑うように瞳を細めた。

 

「なんだ?」

 

 光の根源は、うさぎが黒龍に潰された戦場から。

 そこにあるものに振り向いたセーラー戦士たちは、目を見開いた。

 

「………………あれは」

 

 立ち上がった黒龍の胸に、銀水晶にも似た宝石のような結晶体が出現していた。

 その真ん中に、少女が────

 うさぎが、磔にされるように閉じ込められていた。

 

「─────────────────────ッ」

 

 胸に宿した黒龍ミラボレアスは、赤黒い天を見上げ咆哮した。

 

「まさか、ヤツの取り込んだ龍水晶が」

 

 いったいどういう感情を表すべきなのか、しばし迷うように呆然とする。

 しかし、間もなく。

 

「うさこッ!」

「うさぎ!」

 

 2人は戦場へと駆け出した。

 1人取り残された狩人は銃を構えることもできず、呆然とその場に突っ立っていた。

 

────

 

「聞こえるか、うさこ!」

「うさぎ、早く起きて!」

 

 タキシード仮面とちびムーンは戦場に降り立つなり、ひたすらに呼びかけた。

 それでも磔になったうさぎは、眠ったように目を閉じたままだ。

 ミラボレアスは新たな乱入者を、二足で立ったまま見下ろした。

 

「返して……うさぎを返してよッ!!」

 

 黒龍は首を回し────

 漆黒の鱗の間に嵌った宝玉を、瞳孔という名のもう一つの口を、縦に開かせた。

 世界の深淵を見つめるような、人間とはまるで異質で理解不能な邪眼。

 2人は、硬直した。

 これまで対峙してきた敵とは、根本的に違う。

 不条理。冒涜。無意味。虚構。破壊。無価値。嘲笑。

 言葉すら交わしていないのに、そういった感情が彼らの間を突き抜けた。

 胸に閉じ込められたうさぎを見た時に出てきた勇気が、今にも潰えそうだった。

 タキシード仮面が息を呑んでから、彼女の前に立つ。

 

「ち……ちびムーン、君は来るな。ヤツは……あまりに危険すぎる。愛と勇気だけで、何とかなる相手じゃない」

 

 当のちびムーンも、脚が完全に戦いを拒否していた。

 ここから早く逃げ出せ、さもなくばここで死を待てと言っていた。

 しかし。

 

「う……うさぎが、未来のママが閉じ込められてるのよ……。あたし、何のためにここに来たっていうのよ!?」

 

 それでも後方へ押し下げようとする衛の手が、強く握られる。

 怯えていた脚を、無理やりに前へ押し出す。

 狩人が使う大層な武器などない。

 あるのは、それらに比べればあまりに貧弱な武器と無謀な勇気──というには怪しい怒りと絶望的窮地による追い風──のみ。

 

「絶対に……足手まといにだけは、ならないから!」

 

 衛は頑なにちびムーンへ首を横に振ろうとしたが────

 やがて、押し負けた。

 彼女を胸元へ掬うように抱き上げた。

 

「……ここから、絶対に離れるな!」

「分かった!!」

「……」

 

 ミラボレアスは、己に相対する彼らを見つめていた。

 そして、どこか笑うように舌なめずりをして。

 胸を膨らませ、火球を撃ち出した。

 

「とにかく、あの結晶体を外す方法を!」

 

 ちびムーンは肩に登り掴まってから叫んだ。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

「ピンク・シュガー・ハート・アタック!!」

 

 まずはステッキと浄化技を同時に試す。

 これは当然というべきか、うさぎを覆う水晶の前に歯が立たない。

 

「なるほど、水晶への攻撃は効果なし……か」

 

 そこで、ブレスが黒龍自身の足下に吐きつけられる。

 極度の高熱により溶解した瓦礫が、瞬時に膨れ上がった。

 危険を予期したタキシード仮面が飛び退くと、膨張した瓦礫は黒龍の下半身を覆うほどの爆発を起こした。

 

「どうも、あちらも水晶には近づかれたくないようだな」

「てことは……まだうさぎは、完全には黒龍と融合していないのかも!」

 

 そうか、と言うようにタキシード仮面の顔が閃いた。

 次は続けざまに火球を撃つ黒龍の懐へ、横から素早く回り込もうとした。

 それに対して黒龍は、口から粉塵を、壁を作るように薙ぎ払って噴きつける。

 瞬時に熱された石畳が、噴火口の如く赤く盛り上がる。

 

「爆発するぞ!」

 

 タキシード仮面は寸前のところで退いた。

 今しがた踏み切ろうとした床が割れ、噴き出した火柱が噴き出す。

 

「そう来るか。ならば、背後から……!」

 

 タキシード仮面は地を蹴り、急速に詰め寄る。

 そうすることを読んだかのように、黒龍の首が彼のいる斜め後方へ曲げられた。

 

「なにッ……」

 

 斜め後方の床から一直線に、火炎放射を薙ぐ。

 タキシード仮面はそれを避けるためすんでのところで踏みとどまったが、その時には既に、黒龍は細くも長大な尻尾を振り上げていた。

 尻尾は鞭のように素早く地面に叩きつけられ、それまでにできた瓦礫を全て撥ね飛ばす勢いで振り回された。

 タキシード仮面は、瓦礫とまとめて横殴りにされた。

 

「がっ……」

 

 明らかに、尻尾の太さに対する威力が悪い意味で見合っていなかった。

 吹っ飛ばされる瞬間、タキシード仮面はほぼ反射的にちびムーンを突き放していた。

 彼の身体は遠くにあった城壁跡にひびが入り穴が開きかける勢いで叩きつけられ、一時的に力なく床へ転がる。

 アイマスクとハットが飛ばされ、『衛』としての素顔が露わになった。

 

「まもちゃん!」

 

 彼女の命を護るためとはいえ、不測の攻撃により、両者は分断されてしまった。

 次に黒龍は本能かそれとも理性か、衛とは反対側にいるちびムーンへ口を開ける。

 四肢を地面につけ、這いずって彼女へ向かった。

 

「ち……び……ムーン」

 

 黒龍は衛の下へ向かおうとする幼い少女目掛け容赦なく、火炎を次々に乱れ撃つ。

 もはや何をせずとも体内から業炎が勝手に溢れだすという様相である。

 いわばそれを、ただ息として軽く吐き出すだけ。

 ちびムーンは戦士の力を借りて何とか逃げているが、それにもいずれ限界が来る。

 

「きゃあッ……うわぁぁぁッ」

 

 彼女の逃げようとする先に粉塵が撒かれ、火柱の壁で行く先を塞ぐ。

 振り返ってみれば、火球を撃とうと口を開いている。

 完全に、黒龍の掌の上で弄ばれている。

 

「くそッ……まずい……このまま、じゃ……」

 

 歩く衛の足はふらついていた。

 半ば這いずるように、瓦礫を掻き分けて進むなか、あるものが視界に入った。

 衛は、蒼い眼を真ん丸に見開いた。

 

「こ……れは……! ちび……ムーン!!」

 

 ちびムーンも火球から逃げ惑う中、それを目にして息を呑み、意図を察して頷き合った。

 彼女は、衛へ向かうことを止めた。

 代わりに向かうのは、戦場の奥、巨大槍が覗く段差の方面。

 黒龍はしつこく彼女を火球で狙うが、その駆けあがった上段の向こうへ攻撃が届くことはない。

 ならば上段を覗き込もうと、黒龍は前脚を浮かせて二足で立ち上がろうとした。

 

 そこへ、自ら突っ切ってきたちびムーンが段差から飛び立って、黒龍の頭に飛び降りた。

 

 黒龍は彼女を睨んで頭を激しく振り乱すが、何とか縋りつく。

 

「ピンク・シュガー・ハート・アタックッ!!」

 

 角に跨りながら邪眼に放ったハート型の光線は、眼球に傷をつけるには全く至らない。

 どうもこの小さな生物が予想以上にしぶといと感じたのか、黒龍は暴れるのを止めた。

 代わりに円を描くように身体を大きく折り曲げた。

 その円の中心に向かって、炎を溜め込み────灼熱を撃ち出す。

 溜めた全てを解放するように首を回し、全方位に火炎放射を振り回す。

 

「あ゛あああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 頭部に掴まるちびムーンは、至近距離で噴き出す火炎放射の高温に曝された。

 常軌を逸した熱量により、聖なる力に護られたピンク色の髪さえも、戦闘服さえも消し炭にする勢いで焼け焦げる。

 しかし絶叫しながらも、腕だけは強く角を握る。

 約7秒後。

 黒龍の火炎放射の一撃は、彼の半径1m以外の戦場にあるもの全てを焼き払っていた。

 設置されていた大砲もバリスタも、その他文明の痕跡も、溶け切っていた。

 

「まも……ちゃ……」

 

 そこで発生した単純な熱波でさえ、彼女の意識を途切れさせるには十分だった。

 彼女はバランスを崩し、黒龍の頭から転がり落ちる。

 

「たの……む……わ……」

 

 ある方向を、一点を見つめながら。

 

「本当にありがとう、ちびうさ……君のお陰で、奴に隙が出来た」

 

 衛は黒龍の胸のすぐ下で、最愛の恋人が残した銀色の大剣を引きずっていた。

 その刀身も、赤く溶けかけていた。

 

「そして……ありがとう、うさこ。君のお陰で、炎は防げた」

 

 黒龍の、見開かれた邪眼を真正面から睨み。

 それを思いっきり振りかぶって、

 

「ぅあああああああああああああああああッッッ!!」

 

 結晶と鱗の隙間に、輝剣リオレウスを突き入れた。

 そのまま、全力で押し込む。

 高熱を発した刃は、同じく灼熱滴る胸重殻に深くめり込んだ。

 

「────────────────…………」

 

 そこで初めてかの御伽噺の存在、黒龍ミラボレアスが、苛立ちを見せた。

 

「このまま心臓ごと、君を抉り出すッ!!」

 

 しかし、あと一歩というところ。

 黒龍は冷めた眼で広げた巨翼を羽ばたかせ、セーラー戦士たちを吹き飛ばした。

 すぐさま衛がちびムーンを抱きあげると、彼女は薄くも意識を取り戻した。

 

「すまない。やはり、ここまで無理をさせるべきじゃなかった」

「そんなの……いいよ。やっとまともに戦えて、あたし、嬉しい」

 

 衛は一旦は少女の感想を受け入れるように目を閉じ、改めて、大剣を胸に刺したまま宙へ舞い上がった黒龍ミラボレアスを見上げた。

 

「だが、どうもおかしい……」

「……どうしたの?」

「俺にも信じられないことだが……見たところ、黒龍は銀水晶を進んで利用しようとも、うさこを操ろうともしていない。ただ単に、龍水晶を使って磔にしているだけだ」

「え、じゃあ、一体何のために」

「分からない……」

 

 次にミラボレアスはどこかを睨んだ。

 この戦場ではない、虚空に向かって。

 もう一度人間たちを一瞥すると、黒龍は翼を大きく振るい一段高く飛び上がった。

 彼は大きく弧を描いて戦場から飛び出した。

 ただその遠ざかっていく背中からは、そのまま逃げるという雰囲気も感じられない。

 

「分からないが……」

 

 黒翼が焼けるような色の地平線を横切り、こちらへ翻る。

 

「それより先に、とんでもなくまずいことが起こる気がする……!」

 

 黒龍はこれまでになく大量に息を吸い、喉奥の炎を激しく燻らせていた。

 セーラー戦士たちはただ、その光景を見つめることしか許されなかった。

 

 そこへ、青白い雷が落ちる。

 

 眩しい光に目を庇っていたセーラー戦士たちが目を開けた途端、彼らを中折れた蒼角が掬い上げた。

 何も分からないうちに、2人は白い鱗と鬣を持つ生物の背に乗っていた。

 

「エリオス!?」

『2人とも、しっかり掴まって!!』

 

 一瞬、空気の流れが止まる。

 幻獣キリンが最も近い塔へ高く飛びあがった瞬間、地上を炎獄が真っ赤に染め上げた。

 

────

 

「何かの錯覚だ。間違いだ」

 

 狩人至上主義者の男は、胸を純白に光らせる黒龍を見上げ呟いていた。

 ライフル銃は床に落とし、スリンガーも完全に下げ切っている。

 

「世界を護る神が、異世界の者を、しかも忌まわしき銀水晶を御身に取り込むなど……あるはずが……」

 

 神が狩人と竜の理を護り、驕れる異世界と文明を滅ぼし、この世界を救う。

 男が確信して築き上げてきた完璧な理論は、いま。

 崩れ去ろうとしている。

 

「……んだよ……なんだよ……」

 

 震える指が、吐息を撃ち出そうと黒い邪翼を指差す。

 

「お前、いったい何なんだよ!! 何がしたいんだよ!? 何が正しかっ……」

 

 劫火が来る。

 瓦礫の散らばる戦場が平地に均される。

 炎の手は上階へも容易に這い上がった。

 それで、男は事の重大さをやっと理解した。

 

「ひ、ひいいいぃぃぃぃッ」

 

 男は『神』に背を向け走りながら、乱れた口笛を吹く。

 が、本来来るべき翼竜からの反応はない。

 泣きじゃくる男の下半身が火の濁流に呑み込まれた。

 

「あづい、あづい、あづいィぃィィィッ!!」

 

 鉄靴が、籠手が、鎖帷子が、じりじりと炙られ溶けていく。

 肌がじっくりと温められ、熱を持ち、焼かれていく。

 

「ぅわあああああ、ひぅぁあああああぁぁぁぁ……」

 

 男は泣き叫びながら、中折れた小さな支柱の陰に逃げ込んだ。

 支柱の跡は崩れたせいで子どもの大きさほどしかなく、盾とするにはあまりにも頼りないもの。

 男は少しでも逃れようと、頭を抱え身を縮こまらせる。

 だが今となってはもはや、どこにも逃げ場などない。

 

「わああああああああああああああああああ、ぁぁああああ……」

 

 無常にも、盾にしている瓦礫が周縁から溶けていく。

 

「お、おた、おたす、たすけ、たす、たすけて────」

 

 劫火の勢いが増した。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 果たして、狩人の崇める『神』は容赦しなかった。

 狩人は炎の濁流に包まれ、焦がされ、焼かれ、溶かされながら瓦礫ごと吹っ飛ばされた。

 戦場の背後にあったシュレイド城全体が劫火に包まれ、千切れては溶かされていった。

 

────

 

「ここは……どこ?」

 

 目を覚ましたうさぎの前には、どこまでも暗闇が広がっていた。

 戸惑う彼女は、あることを感じて己の掌を見つめた。

 

「それに、あたしを包んでるこのパワー……幻の銀水晶と、同じ……?」

「教えてあげる。ここは、時間と空間を超えた場所よ」

 

 彼女が振り返ると、全身純白のセーラー戦士が立っていた。

 肩から長いマントが伸び、スカートには虹色のラインが入っている。

 肩、手に持った杖、ハイヒール、スカート、いずれにも天使の羽の意匠が施され。

 そしてその顔は────

 うさぎと、瓜二つの顔をしていた。

 

「あたしは、未来のあたしよ」

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