セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
うさぎのいる空間に、干渉する者はいなかった。
彼女を殺そうともせず、痛めつけようともせず、決して出そうとしない。
ただそこは、うさぎを閉じ込めるためにある牢獄。
幻の銀水晶は、黒龍ミラボレアスの体内で主を護ろうと最大限の力を発揮していた。
だがどんなにもがこうと、信じようと、祈ろうと、牢獄を食い破ることは叶わない。
何故なら、その破ろうとしている相手は────
元を辿れば、銀水晶そのものなのだから。
「黒龍がほしかったのは『盾』。全ての攻撃を防げ、自他を完璧に隔てる壁。彼は龍水晶を取り込んだうえで、銀水晶……あたし自身を掛け合わせることで、それを実現した」
自らを未来のうさぎ自身こと白きセーラー戦士は、淡々と話す。
「そんなもの……何のために必要なの? 元からあんなに強い生き物なのに」
「あたしにも分からない」
答える未来のうさぎの瞳のなかに、光は無かった。
その豪奢な出で立ちと裏腹に覇気を失っている将来の自分に、うさぎは対抗するように拳を握った。
「あたしたち、諦めたりなんかしないわ! 希望の光は、いつだってそれぞれの胸の中にある!」
「ええ、そうね。あたしたちが完全に負けることはないわ」
未来のうさぎは、今の自分を眩しそうに目を細めて見つめた。
「だけどね。勝つことも、永遠にないのよ」
やけに確信めいた言い方に、うさぎは眉を上げた。
「そこまで言える根拠は、どこ?」
「ここにあるわ」
未来のうさぎが、人差し指をうさぎの額に押し当てる。
一瞬で、彼女に大量の景色が流れ込む。
溶けかけた石畳の上、金色のツインテールの少女が背を向けて走り去ろうとしている。
────自分だ。
うさぎはすぐに気づく。これは、黒龍から見た自分の姿だ。
そして似たような映像が何回も何回も繰り返される。
しかし、その内容と結末はそれぞれに違った。
ある時は、ミサイルの嵐のなか肉塊にされた。
ある時は、核の焔に消し炭にされた。
ある時は、セーラー戦士たちと地球の人々が祈りを合わせた無限のパワーに浄化された。
ある時は、破壊と再生の戦士が振り下ろした鎌によってリセットされた。
ある時は、英雄によって心臓を刺された。
ある時は、各地の英雄が集い一斉に全身を貫かれた。
ある時は、地球にあるすべての大陸を全て破壊し神と崇められた。
ある時は、もう一つの黒い龍に引き裂かれた。
いつの間にか、映像の旅は終わっていた。
うさぎは、呆然と突っ立っていた。
「いま、のは……」
「黒龍の記憶、そのほんの一部よ」
未来のうさぎは、終わることのない暗闇をぼうっと見つめ上げた。
「少なくとも龍水晶を手に入れてから、黒龍ミラボレアスは、この両世界間の戦いを何百何千と繰り返してきてる。この時間軸でさえ、そのうちの一つに過ぎない」
うさぎは、立ち竦んでいた。
「記憶を見る限り、黒龍は勝利か敗北かに関わらず過去に戻ってる。わざわざ、あたしたちの世界と戦うためだけにね」
説明されたことは、およそ彼女の理解を超えている。
しかし、一つだけ確かに言えることは────
「……カオリナイトの言う通り……あたしたちは、ミラボレアスに戦わされていた?」
未来のうさぎはうさぎを見つめたまま、沈黙で答えを示した。
うさぎは唖然として、崩れ落ちた。
彼女たちがこの世界に来たのも。
未来の災いを止めるという決意も。
デス・バスターズの野望も。
人々との出会いも。
最初から、黒龍の掌の上で転がされていたに過ぎなかった。
うさぎの目端から涙が滲み、ぽつぽつと暗闇に落ちる。
「全部……あたしがあの時、銀水晶に祈ったからこうなったの? 何もかも、あたしの自業自得なの?」
辿ってみれば、すべての始まりはあの火竜の巣だった。
純粋な共感と正義感から生まれた、死ぬ定めだった生命の救済。
その行為が龍水晶という『身から出た錆』を生み出し、回り回って彼女をここに閉じ込めることになった。
しかし未来のうさぎは、遠い目で暗闇を見つめている。
「多分、誰にも責任なんて無いんじゃない? 世界が勝手に回った結果、こうなっただけ」
「そんな、無責任よ。世界中のみんなが死を望んだっていうつもり!?」
「ねえ、そもそも『世界』って何。あたしにとっての世界ってさ……『あたしの好きな人たち』じゃなかったの?」
未来の自分の容赦ない言葉に、うさぎは首を絞められたように目を見開き、息を詰まらせる。
「あたしがみんなとお喋りしてる時、まもちゃんとキスしてる時、遠くの地で飢え、死んでいく人たちを気に掛ける? カラスにも、ゴキブリにも、ウイルスにも、殺人鬼にも……この黒龍にも、彼らと同じくらいの愛を分け与えられる?」
果たしてうさぎは、うんとは言えなかった。
確かに、話し合うことで和解を果たした者たちもいた。
だが、それはあくまで『人間と似た姿と感情を持っている』ことが暗黙の前提だった。
この世界の生きとし生ける者たちに、セーラー戦士の世界にしかない理は通用しなかった。
「あたしがリオレウスとその子を助けたのは、自分と似ていたから……ただそれだけよ。もし火竜たちが、足が50本で100匹の子を産む虫なら、きっとこんなことにはなっていなかった」
うさぎは思わず耳を塞いだが、未来のうさぎは屈んで、耳元に唇を近づける。
「悪いことじゃないわ。生命誰しも、区別しないと生きてられない。でも……あたしは最後まで狭い世界しか見えなかった。全てを見通した神、黒龍ミラボレアスに勝てる道理なんて最初からなかったのよ」
「こんな……こんなのって……ないよ……受け入れるしか……ないっていうの?」
未来のうさぎは、すすり泣くうさぎの頭にそっと手を添え、互いの額を突き合わせた。
「この世界は元から歪んでるのよ。1人の人間のために用意された、均整の取れた美しい理なんて存在しない。歪みが、ありのままの歪みこそが世界の本質なのよ」
────
劫火に曝されたシュレイド城は、崩れ落ちた。
後に残ったのは戦場にしていた平地だけ。
そして、奥に設置された二槍の撃龍槍だけはしぶとく、形を保っていた。
「なんて……光景だ」
「まるで、地獄みたい」
残り火がまだ舞う戦場に幻獣キリンの背に乗って戻った衛とちびムーンは、ただ圧倒されていた。
そして、黒龍に対する認識を改めてはっきりとさせられた。
かの龍は、人の敵う相手ではない。
地獄を生み出した元凶が、戦場へ翼をはためかせ舞い戻る。
心臓近くまで大剣が突き刺さっているにも関わらず、顔に苦悶や怒りは一切見えない。
さも、そのような傷さえも当たり前だと言わんばかりに。
「────────────────────────────────ッ!!!!」
黒龍ミラボレアスが咆えると、胸を中心に発生した衝撃波が衛たちを襲う。
龍の口許に、それまでとは違う蒼い炎が揺らめいた。
『プリンス、これを』
エリオスの声に合わせ、幻獣キリンが首をこちらへ振り向ける。
その口に、ありったけの秘薬が入ったポーチともう一つ、緑色の細長いものが咥えられていた。
「それは……!」
かつてうさぎから託された、緑の茨の細剣。
プリンセスレイピアを改良し、クイーンレイピアと名を変えた片手剣である。
『真っ先に駆けつけて下さった編纂者さんが、貴方が倉庫に置いていた唯一の武器だからと急遽預けてくれました』
衛はその柄を手に取り、剣身を舐めるように見つめる。
自分たちの世界に行くときには倉庫に置かれていたが、うさぎたちが新大陸へ来る時、自分たちの荷物と一緒に持ってきてくれたのだろう。
手入れもきちんとされていたのか、手元で傾けてみれば鋭い輝きを見せる。
衛は、目の前ではためく白銀の鬣をさすった。
「……ありがとう。君も一緒に戦ってくれるんだな」
『ええ。この身体の主も、自ら危険に飛び込んだあなた方を興味深く思ったようです』
幻獣キリンは、相変わらず感情の見えにくい赤い瞳を瞬かせ、ぶるると嘶いて首を振った。
しかし、次に見たのは黒龍ミラボレアス。
古龍である彼でさえ怖れ、避けようとした相手である。
「……足掻いてみるか」
衛は手元にちびムーンを抱き、細剣を携えて突撃した。
『プリンス! 私と感覚を同調させます。真の姿に!』
「ああ、分かった!」
衛の着るタキシードが、青地の服に細身の甲冑を着た姿に変わる。
彼の前世、プリンス・エンディミオンの姿だ。
その姿はまさしく、白馬に跨る王子様そのもの。
黒龍ミラボレアスは、それを迎え撃つように口腔に蒼い炎を宿し、溜めた。
幻獣キリンが飛び跳ねた瞬間、背後で床が大きく爆ぜた。
劫火に耐えた戦場の床さえも丸ごと消し去ったその炎を、黒龍は連射する。
しかし大きく揺れる馬上でも、衛はある一点を、黒龍の胸を見つめる。
ある程度近づいたところで、黒龍は足下に粉塵をばら撒いてきた。
蒼く噴き出し、壁となる火柱。
衛は、噴煙の中から胸目掛けて飛び出した。
それを待っていたとばかりに、口を大きく開いた黒龍の首が伸びる。
『そう来ると思ってましたよ』
黒龍の頭に、巨雷が落ちる。
予想外の方向からの衝撃に眼を瞑った黒龍は、噴煙の向こうから迸る雷光に気づいた。
エリオスが、幻獣キリンがその額の角を光らせていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ちびムーンの叫びに背中押され、衛は再び、赤熱した胸へ────
結晶の隣に刺さった大剣『輝剣リオレウス』と交差するように、片手剣『クイーンレイピア』を突き立てた。
水晶の向こうで眼を閉じる恋人を見つめ、衛は、
「なぁ、うさこ」
柄と水晶に両手で縋りついて、剣伝いに声を届かせるようにそっと呼びかける。
「目を覚ましてくれ。このまま独りだなんてそんなの、お互いに寂しいじゃないか」
うさぎの閉じた眼が、開けられることはない。
「どうか、帰ってきてくれ。両方の世界に、君が必要なんだ。君の帰りを待っている人がたくさんいる」
黒龍は何度も衛に噛みつこうとするが、その度に幻獣が頭へ雷を落として妨げる。
衛は恋人の顔を見つめ、水晶に額をつけた。
「うさこ……君はどうしようもない俺たちにとっての、星なんだ。だから……」
王子は、龍の胸に眠る姫に優しく口づけをした。
何も起こらなかった。
重なる落雷の中で目を開いた黒龍は、衛を前脚で鷲掴み、撃龍槍の設置された戦場の奥へとぶん投げた。
「まもちゃんッ!!」
『プリンスッ!!』
ちびムーンを乗せた幻獣は、王子の下に向かう。
壁と床を砕くほど凄まじい蛮力で投げられた衛は、すぐに動くことができなかった。
「……白馬の王子様、なんて……結局は、まやかし、なのか」
王子の姿は、傷ついたタキシードの姿へ戻った。
黒龍は、舌を舐めずって四肢を地につけた。
両翼を手足の如く動かして這いずり、口を開けて迫る。
「黒龍ミラボレアス……お前は……俺たちの、愛なんて……勇気なんて……この程度でしかないって、そう言いたいのか……?」
ちびムーンと幻獣キリン……エリオスが、衛の前に出る。
少女が、無言で腕を広げる。
それでもなお、黒龍が突進を止める気配はない。
「……ッ」
瞼が直視を避けようと閉じ、身体が恐怖に震え、無念に打ちひしがれるのを感じながらも、少女は逃げなかった。
黒龍はいよいよこの挑戦者たちを真正面から嚙み砕かんと、牙を光らせる。
その先端が、ちびムーンの頭に触れようとした。
衛たちの両脇にあった撃龍槍が、飛び出す。
対となった巨槍の螺旋回転が、黒龍の角と翼を抉る。
「!?!?!?!?!?」
蒸気機関による強烈な打撃に面食らった黒龍は、ふらついてその場に倒れ伏した。
「みんな、大丈夫ッスか!? 何やら、うさぎちゃんが大変なことになってるっぽいけど!」
衛とちびムーンを、槍の回る上段から飛び降りてきた橙色の髪の男性が助け起こした。
本人は至って真剣なのにどこか陽気な雰囲気が拭えない口調と顔を目の当たりにして、ちびムーンは驚愕する。
「エ……エイデンさん!!」
筆頭ハンターの1人であるその男は、照れ臭そうに鼻の下を搔いた。
衛がその背後を見ると、大量の飛行船団が黒雲を突っ切ってきていた。
「すまない。遅くなってしまった」
続いて棍を背負い緑色のフードを被る男がやってきて、それを外す。
かつて鋼龍の襲来した東京で出会った、竜人族のハンターだ。
エイデンは、彼と視線を合わせた。
「俺ら、黒龍が復活するかもって聞いてから調査団を飛び出して。ギルド同士の連絡役になってたんだ。忙しすぎて死にそうだったけど、その甲斐はあったよ」
「あなたたちが繋いでくれたのね。あたしたちの、うさぎの想いを」
涙ぐむちびムーンの言葉に、竜人族のハンターは首を振る。
「それは違う。ココット村村長から各地ギルドへの提案状、バルバレの物資集約、ポッケ村の各地ギルド上層部への働きかけ、モガ村による船舶輸送、ドンドルマからの追加兵器提供……どれももとはと言えば、君たち自身が繋いできた絆そのものだ」
衛は思わず涙を滲ませ、エイデンの両手を握った。
「そうか……そうか……ッ」
何度も何度も、今見ているのが現実なのだと、納得しようとするかのように頷いた。
決して、魔法や奇跡などではない。
目には見えない、人間たちが意志を繋ぐという行為自体が、彼らの窮地を救ったのだ。
黒龍ミラボレアスは眼を開けると、ゆっくりと首をもたげ、飛んでくる船団を見上げた。
邪眼に宿していた苛立ちが、いよいよ怒りに変わる。
口腔に炎を溜め、それを船団に放とうとしたところで全身が砲火に包まれる。
前線の部隊が見せた船腹に並ぶ大量の大砲が、一斉に火を噴いたのだ。
「………………」
背や翼で弾け飛ぶ砲弾に黒龍ミラボレアスの鱗が穿たれることはない。
ただただ鬱陶しそうに眼を細めるだけだ。
「衛さん、ちびうさちゃん、そして……キリンさんって言うべきなのかな? とにかくここからが踏ん張り時ッスよ!」
背を向ける黒龍を見上げ、エイデンは片手剣を取り出して叫んだ。
鱗に赤い帯が入った盾と、古びた刀身ながらも強い赫光を宿した剣だった。
少し振り返ったその男は、衛たちにニッと笑ってみせる。
「あの心臓を貫くってンなら前線は任せてくれっス。何たってオレ、経験者なんで!」
衛とちびムーンは、眼を真ん丸に見開いた。
それ以上に、頼もしい言葉があっただろうか。
「じゃあ心強いな!」
「それなら、ここからは第二ラウンドよ! 来なさい、ミラボレアス!!」
黒龍は、キリンの背に乗ったちびムーンの宣言に答えるように、静かに振り向いた。
「…………」
邪眼から感じ取った違和感に、衛は眉を上げた。
先ほどは煮え滾るような感情を宿していた彼の瞳が、冷めきっていたのだ。
黒龍が、巨翼を振り上げ、一瞬にして空中に飛び立つ。
次に、飛行船団をも見下せるほどの高空へ飛んでいく。
「まさか……またあの劫火か!?」
「なんて野郎だ。前回より明らかに早い!!」
「2人とも、早くエリオス……キリンさんに乗って!!」
船団も危機を察知して回避しようとするが、その前に黒龍は喉に火を宿し始めた。
吸気に合わせ、空気が張り詰めていく。
限界まで溜められた灼熱が、再び解放されようとした、その時。
黒龍の首に、ある者が喰らいついた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
黒雲の動きが大きく揺らぐ。嵐の到来を告げるように渦を巻き、早く流れていく。
紫洸を巡らす龍は、虹色の翼膜を唸らせ。
天を貫く角を掲げた。