セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「ムォッホン! では、貴殿はこう仰りたいのかね? セーラー戦士たちの来訪そのものが、大自然の浄化作用の一つであったと」
ドンドルマの会議場となった大老殿に、各地のギルドマスターやその他関係者が集まっていた。
円形の机に竜人族が多く集まるなかで堂々と立つ、人間族ハンターの若者の姿は印象的だった。
新大陸における新しきリーダー、元総司令の孫である。
「念の為申しておきますと、ある主体が明確な意思を以て彼女らを遣わせたという意味ではなく、結果論としての話です。捕食者たる飛竜によって草食竜の数が増えすぎず一定に保たれることや、滅尽龍によって自然界への古龍の影響が抑えられるのと同じことです」
続いてもう一つの手が挙がる。
奥に座る大長老の侍従が、発言を促した。
かつてシュレイド軍を率いていた将軍が、一礼してから口を開く。
「……私も彼の意見を支持します。祖龍と目される存在は、黒龍の龍水晶が割れかけた瞬間に狙ったように出現しました。彼らは縄張りを巡る対立関係にあり、祖龍は黒龍の『無敵の盾』が壊れるのを待ち構えていたのではないでしょうか」
その言葉に、バルバレの筆頭ハンター所属兼生物学者の筆頭ランサーも、四角い頭を縦に振った。
「つまり、人類の戦争でさえも、結局は黒龍と祖龍の代理戦争。出た杭が打たれたというわけか」
「そして、煌黒龍は隙あらば彼等からセーラー戦士の力を掠め取ろうとした……案外、彼らにとっては『いつものこと』だったのかもな」
この場では唯一の獣人族であるポッケ村代表のネコートがそう答えたところで、大長老はゆっくりと口を開いた。
「妖魔化生物は減少傾向にあると聞いておるが、あの狩人至上主義者たちはどうなっておる?」
「黒龍によるリーダーの死亡と異世界との緩やかな断絶により『黒龍が異世界を滅ぼし狩人社会を護る』とする教義と齟齬が生じ、支持基盤は急速に弱体化。現在の調査団では見る影もありません」
「狩人を崇める者のお陰で狩人も特別な存在ではないことが分かったわけか……皮肉なものよ」
「私は彼らの行動には共感しませんが、動機にはある程度理解できます」
調査班リーダーは、大長老の巨体をまっすぐ見上げた。
王座に坐する大長老は黙って頷き、「続けよ」と無言のうちに肯定を示していた。
「竜人族の皆さんには理解しかねる感覚と存じますが、人類……ホモ・サピエンスは、事象に『意味』がないと安心できない生き物です。ですから、神を創る。たとえ神でなくともある個人やモノや思想を特別と感じ、神格化し、崇拝する。そして自分や自分の属する集団が正しいと信じ、安寧を得るため他者を排除しようとするのです。これが、人類の本能です」
竜人族たちは、表情を一切変えず話を聞いていた。
擁護も非難もせず、ただ「ああ、そうなのだな」という納得と共に。
唯一、調査班リーダーの隣にいた編纂者の顔は浮かなかった。
「…………正直、今回は人類の限界を思い知らされました。あちらの世界も含め、何億の人間が、ただ黒龍たちの掌で藻掻いてばかりの戦いでした」
「俺は、価値があったと思ってる」
一同はある一人の壮年の男性に注目を向けた。
『我らの団』団長である。
「確かに、今回の異変はこちらの世界だけでは手に余る事案だった。だが同時に、人々が意思を受け継いでいくことで生き残れた。きっとこれからも俺たちはそうやっていくんだと、俺は確信することができたよ」
団長は最後に帽子の鍔をつまんでちょっと不謹慎かも知れんがな、と付け足した。
ココット村の村長が、言い出す。
「『我らの団』団長の言う通りだ。わしらは何度でも……あの子らがいてくれたことを思い出さねばならん」
それに頷かない者は誰一人としていない。
ココット村の村長は、皺くちゃの顔を上げた。
「龍たちが何と考えようと関係はない。あの子らは自分の意志で、他ならぬこの世界の一部として、世界の歯車を回してくれたのだから」
────
目覚まし時計が喧しく鳴り響くなか、金色のお団子が布団に埋もれていた。
部屋に柔らかな日差しが差し込み、壁紙の淡いピンク色が光を鮮やかに反射している。
その光から逃げるように、月と星の模様が入った布団の中で金色のシニヨンが転がった。
黒猫とピンク色の髪の少女が乗っかって、何度も呼びかけている。
「うさぎちゃん、起きてー! 遅刻しちゃうわよー!」
「うさぎ! いい加減に起きなさーい!」
ひとしきり鳴いた目覚まし時計はもう疲れたので後は任せたとばかりに、止まっていた。
「うーん、ルナ、ちびうさ……もうちょっと……」
寝ぼけ気味の彼女に、ルナは片方の前脚でその肩を揺さぶりにかかる。ちびうさは、むすっとした顔で腕を組んでいた。
「ほら、今日は朝テストの日よ。また赤点取ってもいいの?」
「そうよ。またみんなに笑われるわよ」
「…………そーだったぁ────────!!!!」
2人まとめて一気に布団をひっくり返してベッドから飛び起きると、うさぎは2階から滑り落ちるように階段を駆け下りていった。
その背後を目線で追ったちびうさは、深く溜息をついた。
「ほんっとうさぎって相変わらずね。ハンターやってた時なんてどれほどメーワクかけてたんだか」
ちびうさがベッドに目をやると、幾つか写真立てが飾ってあった。
いずれもモノクロの写真で、解像度はそれほど良い訳ではない。
しかしそのどれも、笑顔が溢れていた。
山の奥にある小さな村の、純朴な笑顔。
砂漠の市場の、豪快な笑顔。
雪の積もった村の、健気な笑顔。
旅館のある村の、慎ましい笑顔。
海の真ん中にある漁村の、屈託のない笑顔。
そして新天地の、希望と好奇心に溢れた笑顔。
「……ま、そのメーワクとぎり釣り合うくらいは貢献したみたいだし。たまにはいいんじゃない?」
ルナがそう時にはちびうさの吊り上がっていた目も幾らか緩んで、彼女は一言「それもそーね」と答えた。
うさぎは飛び込んだリビングの食卓で、母の呆れ返った顔を横に、冷え切った食パンを口いっぱいに加え込む。
「行ってきまーす!!」
「転ばないように気をつけるのよー!」
叫んだ母の背中で、悠々と食パンを口に運ぶ少年がニヒルに笑う。
「へっ、姉貴のことさ。どーせ泥んこに真正面から突っ込んで、ガキみたいにびーびー泣いて帰って来るぜー」
その発言に「ん?」と、新聞を広げていた父が顔を上げる。
「おいおい。そういう進悟は、うさぎが帰って来た時は人目も憚らず抱きついて泣きじゃくってたじゃないか」
「ちょ、ちょっとパパッ、それとこれとはわけが違うよッ!!」
驚いた拍子にパンを飲み込む喉をごくりと鳴らした進悟は、顔を真っ赤にして否定する。
「そういえばもう、うさぎが帰って来てから半年も経つのね…………時間の流れって早いわぁ」
一家の母は、カレンダーを見てしみじみと語る。
彼女は補修し終わった窓越しに、小鳥が囀る青空を見上げた。
「もう今は会えないらしいけど、あちらで世話して下さった方々にはホント…………頭が下がっても下がりきらないわ」
一方、制服に着替えて家を飛び出したうさぎは、見慣れた路地を駆け抜けていく。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばーい!」
トンカチの音が幾つも聞こえる住宅街を通り抜け、店が並ぶ大きな通りに出た時、彼女の目にバイクに乗った大きな男が横切るのが見えた。
「あっ!」
彼女はぱっと目を輝かせる。うさぎは後ろからその男を追いかけながら、大声を張り上げ呼びかける。
「おっはよー、まもちゃん!」
そう呼ばれて気づいた彼はバイクのスピードを落とし、路肩に一旦停める。ヘルメットを外してうさぎの方を振り向くと、男は気づいて「うさこ!」と声を返した。
「…………乗っけてほしいんだな?」
うさぎは何度も、必要ないくらいに首を縦に振る。
彼女が後部座席に乗ると、さっきとは比べ物にならないスピードで風景が通り過ぎていった。
うさぎは衛の身体にしっかりと手を回して抱きつきながら、街並みに視線を巡らせた。
「まだまだ、復興途上ってカンジね」
「そりゃそうさ。日本だけじゃない、どの国も相当な被害を負った。完全に元に戻るには、10年くらいはかかるんじゃないかな」
うさぎは、しばらく何も言わずまだ傷跡の深い光景を見つめていた。
この世界の人々にとっては、激動の数ヵ月だった。
異世界の生物たちが東京を端緒として、各地政府の対応を完全に上回る勢いで侵入した。
そして突然眠らされたと思ったら、彼ら全員が幻だったように穴の向こうに消え去っていた。
今では時空の穴は完全に消え、侵入の気配は一切ない。
その理由を説明できる者など、どこにもいなかった。
「まだ、全部自分のせいだって思ってるのか?」
「…………いい加減、後ろ向きに考えるのは辞めようって思ってるんだけど」
「確かに、うさこに原因の一つはあったかもしれない。だが全責任があったとはやはり、俺は思えない」
衛は、ヘルメットの中で眼を細めた。
「あれは禁忌の龍たちが始め、俺たちが導かれ、竜たちが受け継ぎ、そしてまた禁忌の龍へ還る戦いだった。強いて言えば、この異変に関わった生き物全員に──俺自身も含め──原因がある」
それでも、うさぎはまだ街並みを見つめていた。
「…………まだ、あっちのことが気になるか?」
「うん。あっちの世界の被害も相当だったから。やっぱり、ね。もうちょっと長居したかったかも」
「はるかさんとみちるさんなんか、一番寂しそうだったよな。こっちに帰ってきても、ずっと海を見つめてて」
あの決戦の顛末を簡単にまとめれば────
黒龍は全身から龍水晶を喪った。よって、彼はただの生物となった。
その後、研究のためギルドに回収されたのだが、一夜にしてその『遺体』は消え去ってしまった。現在も、世界各地のギルドが総力を挙げて捜索中である。
煌黒龍も、決戦の結果に満足したように何処かへ消え去っていった。
肉体が滅びてセーラークリスタルとなっていた仲間たちは、うさぎの銀水晶が光を取り戻した瞬間に復活した。
時空の穴が消えつつあることを知ったのは数日後。
うさぎたちは急遽縁のある各地の村を訪れ、別れを告げ、時空の穴を潜った。
武具はゆかりのある村に寄付し、今ではかの世界の痕跡はこの世界のどこにもない。
「これからもあの世界で、いや、この世界でも、争いは続いていくんだろう。何のためにあるのかも分からず敵と味方を作る、生命同士のぶつかり合いが」
「……あたしはそれでもいつかは繋がり合えるって、信じることにしたよ」
衛は、言葉の続きを待つ。
「あたしたちは別々の理なんて関係なく、元からあの世界の一部だったから。必要とされた存在だったって分かったから」
うさぎは、衛の身体に回す腕により一層強く力を込めた。
「たとえその考えが今は嘘だったとしても、想いを重ねれば一つの真実を作っていくかもしれないって、今回のことで思えたから」
「…………そうか」
衛は前を向いたまま微笑んでから、アクセルを踏み込んだ。
あっという間に、うさぎの通う学校が見えてくる。
うさぎが急いで校門を駆け抜けてしばらくすると、始業チャイムが鳴った。
「ちょっとうさぎちゃん! 遅刻ぎりぎりよ!」
「えへへーごめんごめーん」
「レイちゃんにまた『亀にすら負けるうさぎ』なんて言われるよ?」
「むー、ちょっとそれはムカつくかも」
「まぁま、今日も元気でよかった! 張り切って朝テ、行きましょー!!」
日常は忙しなく流れていく。
人々は世界の真理になど構っている暇もなく、その日その日を生き抜こうと、日常を取り戻そうとする。
生命は今日も今日とてあらゆる面で己を、己の一部を増やそうと必死だ。
争いに、生命は動かされているも同然。
その行き先は誰にも分からないが────
たとえ、世界の真実がどうであったとしても、彼らの一つ一つの意志が明日の世界を創ってゆくことだけは、確かだった。
(終)
これにて、『セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて』は完結となります!
およそ3年半、長らくご愛読いただき誠にありがとうございました。
ここまで連載ができたのは、ひとえに読者の皆様のご声援があってのことです。色々と拙い部分もあったかと思いますが、それでもエピローグまで書けたことは非常に感無量の想いです。
今後はしばらく創作をお休みしてゆっくりしたいと思います。
恐らくこれから本作ほどの長編小説は書かないと思いますが、ひとまずあとがきについては気が向けば投稿するかも。
改めて、ここまで御覧いただきありがとうございました。