セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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霧の先に出会うもの①

「さて、この辺りのはずだ……」

 

 公園にて、衛は自身の懐中時計を奪った毒怪鳥を追っていた。

 連続する怪物出現のせいで立ち入り禁止区域のテープが張られていたが、当然のように無視する。

 進むうちに、早速足元から霧が這い出てきた。向こうの世界に繋がる合図に違いない。

 

「待ってろよ、うさこ」

「衛さん、いえ、キング・エンディミオン。どこに行かれるおつもりですか?」

 

 更に奥へと足を踏み入れようとした彼の顔に、不意に影が落ちる。

 この気品ある声に衛は聞き覚えがあった。

 彼は薔薇を取り出し、タキシード仮面へと姿を変える。

 見上げると、樹の上に2人の影が居座っていた。

 

「やはり、君たちか。はるか君、みちる君……いや、この場合、セーラーウラヌスとセーラーネプチューン、か?」

 

 雲が晴れ、月が彼女たちの顔を横からはっきりと照らし出す。

 ざわざわと唸る葉が、三人の間の緊張に満ちた静寂を埋める。

 

「覚えて下さって、光栄ですわ」

「キング。今回、我々は貴方を諫めに馳せ参じました」

 

 ネプチューンが、深海色のウェーブヘアーを風に波立たせながらにこりと笑った。

 ウラヌスもショートボブの金髪を揺らし、枝の上に立っていた。

 ウラヌスの表情は厳しく歪んでいる。口調は丁寧だったが、どこかこちらに有無を言わせぬ威圧感を感じさせた。男性寄りの精悍な顔立ちからか、余計にその印象が強い。

 

「ほう、君たちはプルートと共にあちらの世界について調査していたのではなかったのか?」

「それには相違ありませんわ。ただ、貴方様の行動もそれとなく見させていただいておりましたの」

「流石は外部太陽系戦士、このくらいのことはお見通しというわけか」

 

 王国を護る戦士として高い能力を与えられ、強い使命感を持つウラヌスとネプチューン。将来この地を治める王となる人物の動向を、彼女たちが知らないはずがなかった。

 彼女たちの間で、互いに視線が交わされる。

 

「キング、未来のプリンセス、セーラームーンとその仲間たちを取り戻したい心情は我々も同じです。ですが……」

「危険な行為であることは分かっている。だが、もうこれ以上私がここに留まっているわけにはいかない。誰が何を言おうとも、この足を止めるつもりはない」

 

 タキシード仮面の覚悟のこもった言葉に、もう話し合いは無駄だとあきらめるようにウラヌスは首を振った。

 

「ならば仕方ない。この手で直接、貴方をお止めするのみだ」

 

 ウラヌスとネプチューンの足が樹から離れる。

 タキシード仮面に、ウラヌスの手刀が迷いなく一直線に振りかざされた。

 

「キング、どうかご容赦願います!」

 

 彼は身体を反らしウラヌスの鋭い一撃を間一髪で交わしたが、もし当たっていれば一発で気絶は免れなかっただろう。

 だが、その隙を付くようにネプチューンの膝蹴りが、みぞおちを目掛けて迫って来る。

 

「ぐっ……」

 

 辛うじてステッキで防御するが、連撃は止まない。

 相手は身体格闘、魔法攻撃共に高い練度を誇り、抜群のコンビネーションで敵を殲滅してきた歴戦の戦士たち。それを抜いても2対1という戦況は、お世辞にもこちら側に有利とは言い難い。

 どうしても防御一辺倒を強いられるタキシード仮面。

 何とか反撃しようと彼が伸ばしたステッキを、ネプチューンが軽やかに身を翻して避け、その回転の勢いで裏拳を叩きつけた。

 それは顔面に直撃するかと思われたが、実際はタキシード仮面の眼前の空気をなびかせるのみで終わる──

 だが、それは目くらましだ。

 続いてのウラヌスによる本命の蹴り上げによって、ステッキが空高く打ち上げられた。

 

「しまった!」

 

 ステッキは円を描き、ウラヌスたちの背後に落ちる。

 もう戦いの決着は着いたとばかりに、2人はタキシード仮面に真っ直ぐ向かい直した。

 タキシード仮面の荒くなった息づかいだけが、木々の間に響いていた。

 進み出たネプチューンは不意にぴた、と動きを止めた。

 足元の霧の色が、次第に黒紫の怪しげな色に置き換わりつつあったのである。

 気づいた時には、腰ほどにまで紫の霧が達しようとしていた。

 

「ネプチューン!」

「ええ!」

 

 呼び合ったウラヌスとネプチューンは、一転して彼を護るように戦闘態勢を取る。

 

「なんだ、これは!?」

「キング!早く退いてください!何かが来ます!」

 

 ウラヌスの忠告は、早くも現実のものとなった。

 紫の霧の奥から紅い目がいくつも覗く。

 赤い顔と肌、花のような冠、緑色の羽毛。南米の熱帯林を思わせる色鮮やかな恐竜たちがわらわらと走り寄って来る。

 彼らはたちまち戦士たちを綺麗な円陣で取り囲むと、天を仰ぎ見てホーゥ、ホゥホゥホゥホゥ、と互いを呼び合うように甲高く鳴いた。

 

「来たわね、異世界の怪物たちが!」

 

 ネプチューンが叫ぶと、彼らはなんとカンガルーのようにその扁平に膨らんだ尻尾で全身を支え、自身を空中に持ち上げて嘶いた。少しでも自分を大きく見せて威嚇しているのだろうか。

 陣形に隙間はほぼ無い。恐竜たちは、タキシード仮面も含め、ここにいる全員を逃がしたくないようだ。

 

「キュエアアアッ」

 

 最前線にいる恐竜たちは、尻尾をばねのようにして飛び跳ねながら中段蹴りを浴びせてくる。休みなく蹴りを繰り出してくるその様は、ムエタイ(タイ式キックボクシング)にも似ている。

 

「お前たちがそのつもりなら、これでどうだ!」

 

 ウラヌスが彼らからの攻撃を難なくかわすと、今度はそのうちの一頭に強烈な中段蹴りをお見舞いする。恐竜は樹に強烈に叩きつけられ、一発でダウンする。

 

「とうっ!」

 

 ネプチューンが腕に嚙みつこうとした恐竜に肘鉄を叩きつけると、相手は遥か彼方にすっ飛んでいった。

 打つ、蹴る、回る、投げる……。

 彼女たちの肢体が生み出す曲線全てが、無駄なく恐竜たちを捉えていく。

 場は瞬く間に阿鼻叫喚の図に置き換わり、20頭以上はいた群れはたちまち壊滅の一途を辿っていく。

 

「さあ、次に来るのはどいつだ!」

 

 たった数分間の戦いの末、最後に立っていたのはウラヌスとネプチューンのみだった。

 ウラヌスの呼びかけに答える者はいない。

 汗一つかかぬ凛とした2人の佇まいと、足元に散らばる恐竜たちの姿が対照的だった。

 もはや勝負はついたと誰もが思えただろう。

 だが、現実はそうはならなかった。

 まるでこの状況に呼応するように、紫の霧が一斉に吹きだす。

 

「……これは……!」 

「邪悪なエナジー!やはり、そうだったのね!」

 

 ウラヌスたちは、周りを見渡しながら何かを悟っていたが、タキシード仮面はそれについて何も知る由もない。ただひたすらにこの状況に疑問と苛立ちを募らせるばかりだった。

 

「さっきから君たちは何を言って」

 

 言葉は最後まで続かなかった。突如タキシード仮面が胸を押さえ、咳き込み始める。ウラヌスたちも例外ではない。彼女たちも口元を押さえ、その場に崩れ落ちた。紫の霧が原因であることは明白だ。

 変化はそれだけでなかった。さっきまで倒れていた恐竜たちがゆっくりと身体をもたげ始めた。

 ただでさえ紅かった瞳は、今は爛々と光って嘲笑するようにこちらを向きつつある。ゾンビ映画さながらに不気味な光景だ。

 

「くそっ……」

 

 タキシード仮面が目を閉じかけた瞬間、何かが風を切る音が聞こえた。

 

「ピンク・シュガー・ハートアタック!!」

 

 上空からピンク色の光線が円陣の中に降り注ぎ、一挙に霧を晴らし恐竜たちを遠ざけた。

 見上げた先に、光線に遅れてこちらに落ちてくるピンク色のツインテールの少女の姿があった。

 

「セーラーちびムーン!」

 

 この少女の登場に、先ほど別れの挨拶をしたはずのタキシード仮面は勿論、流石のウラヌスたちも驚きの表情を隠せなかった。

 

「やっぱり2人とも、タキシード仮面を邪魔しにきてたのね!心配して来て良かったわ」

 

 着地した後、すっくと立ちあがったちびムーンは、恐れて遠巻きに威嚇する恐竜たちに目も暮れずタキシード仮面に振り向いた。

 

「さあ早く行って、タキシード仮面!セーラームーンを救いに行くんでしょう!?」

 

 ちびムーンが、恐竜たちの真ん前に壁のように立ちはだかって叫んだ。

 既に、霧が再び円陣の中に立ち込め始めている。早くしなければ再び身動きが取れなくなるだろう。

 その言葉に背中を押されるように、タキシード仮面は覚悟を決めた顔で頷き、霧の濃い方へと走り去っていった。

 

「キング、お待ちを!」

 

 追いかけるため駆けだそうとしたウラヌスとネプチューンの前に、ちびムーンが手を広げて立つ。

 2人と睨み合った彼女の頭上から長い溜息が聞こえた。

 

「全く、正義の戦士ごっこをいつまでも見てるのは退屈なもんねぇ、今日はもう定時で帰るって決めてるんだけど?」

 

 正に残業疲れのOLの如く、気だるさと苛立ちが入り混じった大人の女性の声だ。

 

「やっぱ小さい奴らは役に立たないわね。『ドスマッカォ』ちゃん、さっさとその小娘をあっちにぶっこんであげちゃって!後の2人は厄介だから後回しでいいわよ」

 

 闇が濁流の如く広がった。今度こそ、戦士たちは完全に行動を封じられる。

 

「そ、その声は、まさか……!ありえない……!」

 

 ちびムーンの動揺をかき消すように、「ギャオオオオオッッッ!!」と野太い鳴き声が響いてきた。

 姿を現わしたのは、恐竜たちより更に大きく、子分たちより鮮やかなオレンジ色の頭に立派な羽根飾りのような羽根を生やした怪物だった。これが先ほどの女性が言っていた『ドスマッカォ』であろう。 

 彼は子分と同じく尻尾だけで立って飛び跳ね、ちびムーンの前に躍り出る。

 ばねのようにそれをぐっと縮ませて一鳴きすると、その尻尾に溜めた力を解放。その反動でこちらに向かって一直線に飛び込んできた。

 ちびムーンが震える手に持ったロッドで必殺技を放とうとするが、その圧倒的瞬発力の前には無駄なあがきだった。

 彼女は蹴っ飛ばされ、一瞬にして霧の向こうに消える。

 

「ちびムーンっ!!」

 

 悲鳴にも近い叫びをあげるウラヌスたちの前で、勝鬨を上げるようにドスマッカォが首をもたげて咆哮すると、彼らも次々に霧の中に飛び込んでいった。ウラヌスたちは、それをただ屈辱に満ちた表情で見送るしかない。

 霧が次第に晴れていく。

 いつもの、平和な公園の光景が広がっていた。

 あの謎の女性も、ドスマッカォたちも、跡形もなく消え去っていた。


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