セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
時は、あの恐るべき飛竜からうさぎが逃げていたときから数刻前に遡る。
部屋に柔らかな日差しが差し込み、壁紙の淡いピンク色が光を鮮やかに反射している。その光から逃げるように、月と星の模様が入った布団の中で眠そうに唸っている少女がいた。
その上に額に三日月のマークがある黒猫と、ピンクのツインテールが特徴の幼女が乗っかってうさぎの顔を覗き込み、何度も呼びかけている。
「うさぎちゃん、起きてー! 遅刻しちゃうわよー!」
「うさぎ! いい加減に起きなさーい!」
目覚まし時計は既に限界の時間に達して、やかましく鳴っている。
「うーん、ルナ、ちびうさ……もうちょっと寝かして……」
寝ぼけ気味の彼女に、ルナは片方の前脚でその肩を揺さぶりにかかる。ちびうさと呼ばれた幼女は、むすっとした顔で腕を組んでいた。
「ほら、今日は朝テストの日でしょ! また赤点取ってもいいの!?」
「そうよ! またみんなに笑われるわよ!」
それを聞いて、うさぎの動きはしばらく固まっていた。
「そうだったー!!!!」
2人まとめて一気に布団をひっくり返しベッドから飛び起きると、うさぎは2階から滑り落ちるように階段を駆け下り、リビングの食卓に飛び込んだ。
母の呆れ返った顔を横に、冷え切った食パンを口いっぱいに加え込む。
「やばいやばいやばいやばい!」
彼女は制服に着替えて家を飛び出し、見慣れた路地を駆け抜けていく。
住宅街を抜けて店が並ぶ大きな通りに出た時、彼女の目にバイクに乗った大きな男が横切るのが見えた。
「あっ!」
彼女はぱっと目を輝かせる。うさぎは後ろからその男を追いかけながら、大声を張り上げ呼びかける。
「おっはよー、まもちゃん!」
そう呼ばれて気づいた彼はバイクのスピードを落とし、路肩に一旦停める。ヘルメットを外してうさぎの方を振り向くと、男は気づいて「うさこ!」と声を返した。
紺のライダースーツに身を包んだその男の顔つきは、細めで優男に見えながら、その肌は浅黒く活発な印象。
彼の名前は地場衛。うさぎの彼氏の大学生だ。
「……その様子から見ると、また遅刻か?」
うさぎはパンッと両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん。バイク乗っけて!」
「はぁ、しょうがないな」
衛は呆れ半分で、「ほら、ここに座って」とバイクの後部座席を指差した。彼女がそこに乗ると、さっきとは比べ物にならないスピードで風景が通り過ぎていく。
うさぎは衛の身体にしっかりと手を回して抱きつき、彼と駄弁っていた。
「でさでさ、レイちゃんったらあたしに『そんな平和ボケじゃこれからやっていけない』なんて言ったのよ! もう、ほんといやんなっちゃう!」
「そりゃあ、うさこのことを心配してたからだろ。ちょっとぐらい許してあげたらどうだ」
「いーや、絶対あれはいっしょーぜっこーだもん!」
そうしている間に、バイクは学校の正門に到着する。学校の大時計の時刻を見るに、何とか遅刻は免れそうだった。
バイクから降りると、うさぎは周りに誰もいないことを確認してから、衛にそっと口づけした。彼も、目を閉じてそれを受け入れる。
唇を離した時、彼女の頬は紅く、瞳は感情に溺れるようにとろんとしていた。衛も、うさぎを愛おしそうに見つめて唇を丸く緩ませている。
「ありがと、まもちゃん。これはお礼ね」
「全く、今度から遅刻なんかするなよ」
「まもちゃんと一緒に登校できるなら、何回でも遅刻しちゃうかも」
「再来年は受験だろうが。さ、早く行ってこい」
衛はうさぎの両肩を持つとその身体をくるりと回して、学校の方角へ向けた。
後押しするように背中を押された彼女は、不満そうに口を尖らせる。
「ああんもうっ、まもちゃんの意地悪っ」
うさぎは悪態をつきながら、彼女が通う区立十番中学校の校門へと走っていった。
────
「霧から現れる恐竜?」
「ええ。ここ最近、巷の噂になってるらしいの」
昼休み、学校の敷地内のベンチでうさぎが弁当を口いっぱいに頬張りながら顔を上げると、隣に座っている亜美は真剣な顔で頷いた。
彼女は弁当の蓋も開かず、その上で新聞を広げてうさぎに見せている。
「犠牲者はいないみたいだけど、次の敵の刺客じゃないかと気になってて。それに、こっちの新聞には……」
うさぎは、新しい新聞を出そうとする亜美の手を押さえた。
「もう!亜美ちゃんったら悩み過ぎるのはお肌によくないわよ。この前敵を倒したばかりなんだから、もっと気楽にすればいいのに」
「そうかしら……」
亜美は、いまいち納得していない表情で呟いた。
これまで彼女たちは世界の平和を守る愛と正義のセーラー服美少女戦士として、あらゆる敵と戦ってきた。日常に潜みあの手この手で侵略を狙う敵に、彼女たちは常に打ち勝ってきたのである。
「よっ、うさぎちゃん、亜美ちゃん。あたしも混じらせてもらっていいかな?」
「あ、まこちゃん」
「もちろん。隣に座って」
並みの男より背が高く、茶髪をポニーテールで束ねたボーイッシュな少女、木野まことが弁当を持ってベンチの後ろに立っていた。彼女の制服は、白のシャツに亜麻色のロングスカートだった。
彼女が礼を言って亜美の隣に座り弁当を開くと、その中身を見たうさぎが黄色い声を上げた。
まことの弁当はオムレツ、ミートスパゲッティ、ほうれん草と人参のバター炒めなど彩りとバラエティに富んでいて、うさぎは見ているだけなのに既に涎を垂らしつつある。
「うわー!やっぱりまこちゃんの手作り弁当、美味しそう!さすが女子力のかたまり!」
「そいつもの通りに作っただけさ」
思わず照れて顔を赤くするまことに、亜美が助けを乞うように話しかけた。
「まこちゃん、聞いて。うさぎちゃんが最近の異変の話を聞いてくれないのよ」
「ああ、世紀の大発見とか騒いでるやつだろ?大丈夫さ、何が襲ってきたところで、あたしたちがいつも通りバシッとやってやれば……」
その時、勢い込んで箸を握ったまことの拳の中で、バキッと嫌な音が鳴った。
折れた箸の片方が落ち、それを見る彼女は気まずい表情をして舌打ちした。
「あっちゃー。やっちゃった」
「でも、やっぱり調査だけはしておいた方が……」
「そうよ、我ら美少女戦士に向かう敵なし! まさに『外周もう一周』てところね!」
3人が振り向くと、金髪ロングヘアーとその後ろに結んだ赤いリボンが特徴的な少女が胸を張って仁王立ちしていた。
その手に持ったバスケットから、ルナと同じく額に月模様が入った白猫、アルテミスが白い布を押しのけ顔を出す。
「美奈、それを言うなら『鎧袖一触』だろう? 漢字も意味も全然合ってないぞ」
「うふふ、そうとも言うかもねー」
少女、愛野美奈子は適当にニコニコしながら彼からの指摘から逃げると、うさぎの隣のスペースにスカートを畳まずどさっと腰を下ろし、冷凍食品が並んだ弁当を開けた。
「でも、あたしは亜美ちゃんの提案に賛成よ。なんでも昨日レイちゃん、変な夢でうなされてたらしいわ。変な生きものがうじゃうじゃいる夢だったんですって」
美奈子はたこさんウィンナーを口に入れてもごもごしながら、箸で空をかきまわす。
「えっ、それ大丈夫?」
「電話したら、誰かさんのせいでストレス溜まってるのかも、なんてぼやいてたわ」
美奈子が何とはなしに言うと、心配していたうさぎは一転してむっと頬を膨らませた。
「……心配して損した! あっかんべーだ!」
彼女は、今頃私立T.A女学院にいるであろうレイに対し舌を突き出した。
うさぎは怒りに任せるように爆速で弁当を口の中へ片付けると、ベンチからすっくと立ちあがる。
「気、変わった! 調査に行ったついでに直接交渉してやるんだから!」
いかり肩で教室に戻っていったうさぎの背中を見ながら、アルテミスが美奈子に呆れた様子で話しかけた。
「美奈……。昨日2人が喧嘩してたの見てただろ?」
「あっ、しまったー……」
美奈子は、残された友人たちの視線を浴びながら、しおらしく自らの頭を小突いた。
かくして、調査は美奈子の『説得』によって決行された。
────
「おまたせ。ごめんなさい、ちょっと遅れちゃったわ」
夕暮れの公園に、レイを最後にして少女5人と猫2匹が集まった。
うさぎだけが、彼女に対しつんとした表情ですましている。
「……なにようさぎ、そんなに口尖らして」
「別に!」
気まずい雰囲気の中睨み合った後、そっぽを向いたうさぎをよそにルナは皆に呼びかけた。
「よし、みんな集まったわね? じゃあ、早速調査を始めるわよ!」
戦士たちはそれぞれ手分けして問題の恐竜を探すことになったが、うさぎだけは開始直後にレイの近くに直行した。
「レイちゃんっ! 昨日、でたらめなこと言ったでしょ! あたしのためとか言ってひぼーちゅーしょーの口実にしちゃって! ほんと、最近のレイちゃんの暴言には、寛大な私でも目に余っちゃうわ!」
うさぎの言葉に対して、レイは木の近くでしゃがみ込んだまま振り向かない。
「じゃあ、うさぎ……あなた、悪意がなくてやったことは全て許すべきだと思う?」
「そ、そりゃあ、あたしたちは悪意を持ってる奴らから世界を護ってるんだから、そうじゃない人たちは助けてあげるべきよ」
やけに落ち着いた口調に戸惑いつつも言葉を返したうさぎを、レイは少し振り返って横眼で見た。
「人の形をしてなかったら? 人のように考えなかったら?」
レイはうつむいて立ち上がり、更に問いを浴びせかける。
「いくらあなたが優しさを見せたって、必ず相手がその優しさを理解してくれるとは限らないのよ」
「もしかして、その変な夢って本当に」
レイは顔をしかめて視線を横にずらし、組んだ腕を恐怖に耐えるように振るわせていた。
「見たこともない、訳の分からない生き物ばかりよ。まるで別世界を見てるみたいだった」
意を決したように、レイはうさぎと視線を合わせた。
「特にあなたが心配なのよ、うさぎ。もし本当のケダモノを前にしたら、あなたはちゃんと戦える?」
「え……」
うさぎが言葉を迷っていると、少し遠くにいた美奈子が振り返って叫んだ。
「みんな、霧が出てきたわ!変身して物陰に隠れるのよ!」
「早速お出ましのようね」
亜美が懐からペンのような物体を取り出して構えると、時をほぼ同じくしてレイ、まこと、美奈子も同じようなペンを取り出す。
「マーキュリースターパワー、メイクアップ!」
「マーズスターパワー、メイクアップ!」
「ジュピタースターパワー、メイクアップ!」
「ヴィーナススターパワー、メイクアップ!」
それぞれの指に鮮やかなマニキュアが彩られ、亜美を青色の水、レイを赤色の炎、まことを緑色の雷、美奈子をオレンジ色の光が裸体を取り巻いて包んでいく。
亜美は、水星を守護に持つ、水と知性の戦士「セーラーマーキュリー」に。
レイは、火星を守護に持つ、炎と戦いの戦士「セーラーマーズ」に。
まことは、木星を守護に持つ、雷と保護の戦士「セーラージュピター」に。
美奈子は、金星を守護に持つ、愛と美貌の戦士「セーラーヴィーナス」に。
光とともに、レオタード、リボン、ミニスカート、ブーツやハイヒールに煌びやかに飾られた戦士の姿が現れた。セーラー服とレオタードが組み合わさったような、華やかな衣装だ。
「ムーン・クリスタルパワー、メイクアップ!!」
続いて、うさぎもコンパクトを握りしめセーラームーンへと変身した。
全員が変身を終え、5人の戦士は茂みに隠れて敵の出現を待つ。
しばらくすると、霧の中で何かが地面を踏みしめる音が聞こえた。
3つの影が現れる。その体は彼女たちより一回り大きい。
「クルルル……」
それらの姿は、正にラプトルのような群れを作る肉食竜そのものだった。細身の身体に派手な青と黒のストライプ模様、赤みがかったトサカと黄色の嘴が特徴的だった。肉食動物の例に漏れず、嘴の中には立派な鋭い牙を備えている。しかも、足には大きな鉤爪と手に計7本の爪と、過剰と思えるほど多くの武器を備えている。
『あれね……』
亜美が静かに独り言ち、その他の戦士も息を呑んだ。
爬虫類らしい感情の見えない冷徹な視線が、空を彷徨っている。
『こんなヤツらが街に出たら、とんでもないことになる』
まことが額に冷や汗を浮かべる。
何せ大木をバターのように切り裂くような肉食生物だ。人に出会えばどうなるか、大方の予想はつく。
「う、うわあああ!!」
その時、叫び声が彼女たちの背後から飛んだ。振り返ると、そこにはスーツ姿の眼鏡をかけた男がカバンをひっくり返して腰を抜かしている。
「……パパ!!」
ムーンが思わず目を丸くして叫んだ。彼はセーラームーン、月野うさぎの父親だった。どうやら仕事からの帰りの途中だったらしい。
恐竜のうち1頭が彼に気づく。首をもたげて低く一声吼えると、他の2体もそちらに振り返った。
彼らの口元が笑うように開き、ナイフのように細く鋭い牙が光る。
「く、食わないでくれぇー!!」
命乞いをする彼に構わず、3体の恐竜は助走をつけて飛び上がり、爪と牙を振りかざした。
「ファイアー・ソウル!」
恐竜たちの爪が彼を捕える直前、マーズの放った火柱が彼らを吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!?」
「だめだわ、泡吹いて気絶してる。一旦ここから避難させるわ」
ジュピターとヴィーナスが2人がかりで失神状態のうさぎの父を両脇から抱え上げ、ムーン、マーズ、マーキュリーに呼びかける。ヴィーナスの相棒であるアルテミスも傍に付いて戦士たちに叫んだ。
「この人は安全な所に連れていく! 3人はここで奴らを仕留めきってくれ!」
「わかったわ。くれぐれも気をつけて」
マーキュリーが了承して注意喚起すると、2人と1匹は頷いて飛び上がり、茂みの中へ去っていった。
「さて……続きをやるとしましょうか?」
マーズがそれに一瞥した後向き直ると、既に恐竜たちはよろめきながらも立ち上がって威嚇するように鳴いていた。
ムーンがスパイラルハートムーンロッドを構えてマゼンタ色に光らせ、マーキュリーが手中に水流を滾らせる。
数秒の睨み合いの後、恐竜たちは一挙に踵を返し、彼女たちに背を向けた。
「待ちなさい!」
ルナが叫んだ時には、既に彼らは姿をくらませていた。
まだ彼らに走るほどの余力があったとは予想がつかず、3人と1匹は急いで後を追いかける。
ふとムーンが辺りを見回すと、また視界が白くぼやけつつあった。
「また霧が!」
「気にしちゃだめよ。足音と鳴き声を頼りに進みましょう!」
マーキュリーは声を張り上げ、走る速度を上げた。マーズとルナ、そしてムーンもそれに続く。
だが、ますます濃くなっていく霧と複雑に入り組んでいく森林を走るうち、ムーンは2人の姿を捉えられなくなってしまった。
「ちょっと、2人とも早いわよ!」
そう叫んでいた彼女だったが、走っているうちにやがて、2人の足音も消えた。
「あれ……?」
彼女は立ち止まって地面に視線を移す。
手入れされていない雑草が、地面を覆っている。周りにある木も、枝が自由勝手に伸びきって風にわさわさと音を立ててそよいでいる。
「ここ、どこ?」
いつの間にか霧は晴れていた。青空にある大きくて黒い影が、彼女の身体に落ちた。