セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
うさぎたちがイャンクックを発見したその夜、霧が立ち込める森奥に、少女2人と1頭の白猫が現れる。
「どうやら来たようだな」
そう呟いた白猫、アルテミスの鼻先がひくりと震える。
辺りは暗闇に沈み、聞いたことのない鳥のさえずりだけがここに生命があることを知らせている。
セーラージュピターは途方が暮れたように方角も分からない森の中を見回す。
「……て言ってもこれじゃあ、恐竜の足跡を見つけるのにも難儀するよ?」
「ふふーん、こういう時こそぴったりな諺があるじゃない!『家宝は猫と松ぼっくり』って!」
セーラーヴィーナス、その正体である愛野美奈子お得意の頓珍漢な諺に、アルテミスはがくりと頭を下げた。
「それは『果報は寝て待て』だろ。大体そんな都合よく恐竜が姿を見せに来てくれるわけ……」
「ギャアッ」
鳴き声とともに、アルテミスの横で紅い目が狡猾そうに光った。
「きたーーーーー!!」
三者は悲鳴を上げ、後ずさる。
嘶きと共に、緑の鱗に赤い頭の生物が5頭ほど躍り出た。彼らは『マッカォ』とこの世界で呼ばれている。
ジュピターもヴィーナスも空拳の構えを取り、即座に戦闘態勢に入る。
「早速来やがったな、恐竜ども!」
「あたしたちを倒そうたって、そう簡単に行くもんですか!」
彼らの目は不気味なほど真っ赤に染まり、口元から紫の吐息を滲ませ、獲物を今にも引き裂かん勢いで唸っている。
ジュピターがふと違和感に気づき、じっとマッカォたちを覗き込んだ。
「……あれ、なんか追ってた奴と違わなくないか?」
「ホントだー、イメチェンでもしたのかしら?」
「2人とも!そんなこと気にしてる場合じゃないよ!」
ヴィーナスが呑気に呟いたが、お構いなくマッカォたちは一斉に飛び掛かってきた。アルテミスが間一髪で1頭の尻尾の一閃をしゃがんでかわした。
それに、ヴィーナスはグッドサインで答えた。
「オーケィ!!それじゃあフルスロットルで行くわよ!」
かけ声と同時に彼女の周りを光の鎖が取り囲み、彼女が恐竜を指さすと同時に鎖がその方向に真っ直ぐ伸びていく。
「ヴィーナス・ラブミー・チェーン!!」
飛び掛かろうとしたマッカォを、光の鎖がひっ捕らえる。
「レディーへのマナーがなってない悪いコちゃんには──愛の女神ことセーラーヴィーナスが、この手でお仕置きさせて頂きますっ!」
マッカォはその仲間たちをなぎ倒しながら終いには投げ飛ばされ、森の中遥か彼方へと消え去る。
「こっちも負けちゃいないよ!シュープリーム・サンダー!」
ジュピターの額にあるティアラから避雷針が長く伸び、そこに蓄積された電撃が落雷のごとく一挙に放出される。
電撃の柱がマッカォたちを貫き、木々も容赦なく焼いて焦がしていく。
実力差は圧倒的だった。
「さあ、何処からでもかかってきな!」
ジュピターの睨みに射竦められたかのように、マッカォたちは踵を返し走り去った。
「追いましょう!」
ヴィーナスの言葉に、ジュピターとアルテミスが頷いた。まるでこの世界に来た彼女たちを迎えるようにすぐさま襲ってきたのは、流石に偶然とは言い難い。
急いで遠ざかっていく足音の後を追う。
山を下るうちに、霧は薄くなり生い茂る樹の数は少しずつ少なくなっていく。次々と樹が視界の横を通過していくうち、向かう先にちらり、ちらりと灯りが視界に入るようになる。
「何だ?こんな森の中に光があるわけ……」
「ギャ―――――ッ!!」
アルテミスがぼやいた直後、その灯りが見える方向から特大の悲鳴が聞こえた。
ヴィーナスの顔が、驚きに満ちる。
「ちょっと!この世界にも人がいるの!?」
恐竜たちが逃げた先での悲鳴。
戦士たちに嫌な予感がよぎる。ならば猶更のんびりなどしていられない。
幸い、森の出口は近い。戦士たちは草木をすり抜け倒木を乗り越え、河を飛び越えていく。
遂に森を抜け、彼女たちの視界は一挙に広がった。
眼下にある森の中の一本道の上で、横倒しになった馬車らしき乗物と、その前で鞍や荷物、手綱を付けられたアプトノスが興奮して暴れていた。恐らくは周りをマッカォたちが通りかかったことでパニックになったのだろう。
そして荷車の横に1人、頭を抱えてうずくまり震えている男がいる。
予想外の現地人との出会いに、3人は目を丸くした。
彼はとんがった帽子にゆったりとした服を着た商人風の男で、背中には大きな荷物を背負っていた。
周りに誰もいないことを確認しようとしたのか、彼の目線が次第に上がり、不安げに左右する。
やがて、彼は何かの存在に気づき、上を見上げる。そこに映ったものを確認した途端、呆然としていた彼の表情はすぐに恐怖に支配された。
色鮮やかなリボン、セーラー服風のレオタードとミニスカートに身を包んだ少女たちの姿は、彼の目にはこの上なく奇異に映っただろう。
「……あ……ああ……」
言葉を失っている男に、アルテミスは必死に呼びかける。
「大丈夫だ!僕らは貴方を襲おうとしてる訳じゃない!」
当然言葉は通じず、男は意味不明の言語にますます竦みあがるばかりだった。
その時、3人の後ろから何かが地面を踏みしめ駆けてくる音が急速に近づいてきた。
大きな影が、3人の背後の木々の茂みを破る。
巨大な嘴が振りかざされたが、あからさまな予告音のおかげで回避が間に合った。
怪物はそのまま荷車を突き飛ばし横倒しにした。
男はそれですっかり怯え、尻尾を巻いて逃げていく。
「グルルル……」
扇子のような耳を開き、怪物は振り向く。
その正体は怪鳥イャンクックだった。
だがその目は紅く染まり、紫の息を荒く吐いていた。
──
「おっちゃん!もっとカワイイ装備とかないのー!?」
「今のお嬢ちゃんには無理だよ!文句言うのは、ドスランポスなんか一撃で葬れるようになってからにしな!」
そんな騒ぎが森であったとは露知らず、その頃うさぎはココット村のとある家の手前のカウンターにもたれかかり、文句を垂れていた。ルナは、その肩に仕方なさげにぶら下がって主人のきいきい声を聞いている。
「うさぎちゃん、ここは家じゃないんだからぁ……」
ルナはいい加減言うのも疲れた、とでも言うように項垂れながら声を漏らした。
それに対し、対面している青い服とオレンジのとんがり帽子を身につけた男性は頑なに首を横に振っている。
軒先にぶら下がる丸い看板には金床を叩くハンマーの絵が描かれており、簾の奥からは熱された鉄の臭いがしている。
ハンターは一般的に、モンスターの素材を集めたらそれを武器や防具の更なる強化に使う。より強いモンスターに挑むときは、当然強い武具を身につけて挑むもの。その上で欠かせないのが『加工屋』の存在。彼らは素材を加工して新しい武具を作り、今ある武具を強化してくれているのだ。
当然ながらうさぎたちも例外でない。彼女たちもドスランポスをいなせるようになって、これからは大物に備えて次第に装備を更新していく頃合いだった。
「このままずっと茶色三人組なんて、私は断固としてお断りだわ!加工屋さん、防具じゃなくても良いから、せめてインナー(普段着)くらいちょっとはカラフルなの作れないの!?」
「インナー作れなんて言われたの、この道始めて以来だよ!なあ、お前のとこにそういう在庫あるか?」
うさぎの隣にいたレイが不服そうに食い下がり、加工屋は代わりに彼が隣に立って話を聞いていた緑の服を着た男に聞いた。
が、彼も渋い顔をしていた。
「そんな洒落たものあるわけないだろ!お門違いだよお門違い!」
緑の服の男の担当は『武具屋』で、ハンター向けに仕入れた新品の武器や防具を売っている。だが、それらの多くは駆け出しハンター用の、実用的で地味なものばかりだ。
カウンターの上には、華やかで煌びやかな意匠が施された武具がずらりと並べられている。だが、そのいずれも、彼女らが未だかつて見たこともない素材を使わなければならなかった。狩猟生活においては、おしゃれするのにも一苦労というわけだ。
「あたしは着る服を考える手間が省けると考えたら、楽だと思うんだけれど……」
「いいわね~、亜美ちゃんは考え方が合理的で」
レイが薄目で睨んで皮肉を亜美にぶつけていると、さっきまで腕を組んでうんうん唸っていた武具屋の顔がぱっと明るくなった。
「あっ、そういえばあったぞ、いい感じの防具……というか服が」
「え、うそうそ、見せて見せて!!」
「んも~!あるなら早く見せてよ、いじわる~」
うさぎとレイはその一言を聞いた瞬間に声を上擦らせ、亜美を差し置きカウンターに膝をつくように飛び乗った。武具屋は家の中をまさぐった後、カラフルな何かが描かれた5つの紙切れを持ってきた。
「ほれ、これだ!これなら絹の生地を組み合わせればいけるぞ」
「きゃーっ!なにこれ、きれーい!」
差し出された紙に、頬同士を所せましとつき合わせた3人の少女と1匹の猫の顔と視線が集中する。
だがその紙を覗き込んでいるうち、亜美を除いた2人の声とテンションの高さは急速に下がっていった。
設計図には、確かに言葉に違わず、今までの装備とは一線を課す華やかさを放つ衣装が描かれていた。
だが、彼女たちにとって問題はそこではない。
「……なんだその顔。これで不満なのかい?都会の連中のセンスは分からんなあ」
「こ、これ、わたした……」
うさぎが続きを言う前にその口を頭の上に載っていたルナが塞ぎ、ツインテールの片側をレイが引っ張る。
「ななな何でもありませーん!おじ様ー、こんなヘンテコな設計図、どこで入手したんですかー?」
「ああ。最近噂の『魔女』の姿を模した防具さ。前に会った赤い衣を纏った女の話でね。それを聞いたうちの娘が図面を描け描けとうるさくてなぁ」
図面に描かれていたのは、短いスカート、鮮やかなリボン、襟付きの白レオタードを身にまとった女性の姿だ。しかも5体のカラーリングはそれぞれ青色、水色、赤色、緑色、黄色だった。
多少の差異こそあったが、明らかにセーラー戦士の姿そのものである。
うさぎもレイも亜美も、動揺を隠せない。
「赤い衣の女?武具屋さん、それって一体……」
亜美が聞こうとした時、村に設置された鐘が激しく打ち鳴らされた。あまりに突然のことだったので、思わずその場にいる全員が耳を塞ぎ、顔を顰める。何度も激しく鳴らされるのは、緊急事態を知らせる合図だ。
家から出てきた村民たちの松明で照らす中、村の正門をくぐって走ってきた1人の男が目の前に転がり込んできた。彼は、この村出身のうさぎたちとも面識のある商人だった。
その男の周りにはすぐ村人たちによる取り巻きが出来、村長が杖をつきながらよたよたとした足取りで前に進み出る。その横に老ハンターがしゃがみ、混乱した商人と目線を合わせる。
「何があった。まずは落ち着いて話せ」
「ま、魔女だ、魔女が出たんだよ!」
「魔女?」
「緑と黄色の服を纏った2人の魔女……それに白い毛並みのアイルーが、マッカォとイャンクックをこちらに差し向けて来たんだ!やはり最近の噂は本当だった!」
うさぎも慌てて商人の前に歩み出た。
「おじちゃん!その人たち、どこにいるの!?」
「外の一本道の先、一つ丘を越えた先の森林の中だ!だがペーペーの嬢ちゃんたちだけじゃ、あんな奴らに叶うかどうか……」
今のインナー姿のまま今すぐにも飛び出しそうな勢いのうさぎたちだったが、彼の言うことも確かだった。
「ならば俺が行こう。3人にはサポートと、万一の場合の村への伝令役を頼む」
「ハンターさん……そうだな、あんたが言うなら」
老ハンターが一言言うと、それだけで村民たちの動揺もある程度の収まりを見せた。
「相手が魔女であれ何であれ、この村の脅威となるのであれば対処しよう。だが、『討伐』は出来ん。ハンターが狩れるのは、ギルドが公式に脅威と認めたモンスターだけだ」
ハンターは冷静に答え、強調するように戦士たちに目配せをした。そこでやっと、うさぎたちも安堵して肩を落とす。
「それでは生け捕りが最適じゃな。出来たら、の話じゃが」
安堵は束の間だった。村長の何気なく発した言葉が、再び戦士たちの表情を固くした。
村長の目がこちらを見ているように感じて戦士たちはそちらを見たが、彼の目は垂れ下がった眼窩の奥にあってその視線の先はよくわからなかった。
「本当にそんな御伽噺の末裔がここに現れたのなら、いっぺんこの目でそれが誠の存在か確かめてみたい。その方がみなの長きにわたる心配も晴れるしの。何か、疑問がある者は?」
結局その場で手を挙げる者はおらず、戦士と狩人たちは装備を確認してから現地へ赴いた。