セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
うさぎたちは、商人が言う『魔女』の出現地点に到着した。
老ハンターが操るアプトノスに引かせた荷車を全速力で走らせ、いよいよココット村も振り返れば丘の向こうに消えようかという頃だった。
今から生け捕りにせねばならない『魔女』たちとの再会を目の前にして、揺れる荷車の中は緊張感に包まれていた。
ふと周りの様子を見回したうさぎは、目を閉じて深呼吸した後に口の端を吊り上げ、明るい表情に切り替えた。彼女は四つん這いになると、床に置いていたランタンを手に取って突き出し、レイと亜美の顔を光で照らした。
「もう、2人とも顔が暗いわよ!もうすぐみんなと会えるんだから、楽しそうにしとかないと!」
「全くよ。村長さんがあんなことを言わなかったら、完璧な感動の再会だったのに」
うさぎの努力も虚しく、レイは険しい顔を貫いて頭上すぐ近くの天井を見つめている。
「もう、レイちゃん!ちょっとは空気読んでよ!」
ランタンを置き、いきり立ちながら立ち上がったうさぎに対抗するように、レイも立ち上がって反抗的な視線をぶつけ合った。
両者の足元で、鎧姿のルナは『またやってる』と言わんばかりに肩を落とす。
「分かってるわよ!でもこの後のこと考えたら、明るくなんかしていられるわけないでしょ!?」
レイはむすっとした顔のまま、再びどかっと腰を下ろして腕を組む。
うさぎの発言に刺激されてか、彼女の表情は紅潮していた。
レイは水筒を咥え、一気に上を仰いで喉を潤す。うさぎの発言に刺激されてか、いよいよ怒りを顔に剥きだしにし、空になった水筒を手に持ち床に打ち付けた。
「そもそもセーラー戦士が魔女なんて言った奴は、どこのどいつよ!そいつこそ本当の魔女なんじゃないの!?」
一方、亜美はライトボウガンを抱いて座り込んだまま、じっと虚空を見つめ思考を巡らせていた。
「……不自然だわ」
ぽつりと呟いたその言葉に耳を立てたルナが、傍に歩み寄った。
「不自然って、どういうこと?」
「よく考えてみて。『霧の魔女』の噂は私たちが来る前からあったのよ。そしてここ最近になって突然、そこにあたしたちが結び付けられようとしてる」
亜美は荷車後方の垂れ幕の隙間から、丘の向こうより漏れ出る村の灯りをちらりと垣間見る。
「あの武具屋さんにセーラー戦士の姿を伝えた『赤い衣の女』……。彼女は私たちをよく知る者だと私は睨んでる。でも、私たちを知っているのは村の人たちだけのはずだし、彼らもジュピターとヴィーナスの姿は知らないはずなのよ。なのに、その女は私たち5人全員の姿を知っていた」
レイが眉を顰め、ずいっと亜美に顔を近づける。
「それってまさか……」
「んもう、亜美ちゃんまで暗いこと言わないでよー!」
うさぎはレイと亜美の間に割り込み、半ば懇願する形で叫んだ。
その直後、荷車が急停止の衝撃で大きく揺れ、3人と1匹は大きく姿勢を崩し絡み合った。
「いたぞ!モンスターも一緒だ!」
老ハンターの言葉が耳に入るや否や、うさぎたちは武器を取って荷車後方から飛び降り、前方へと駆ける。
その先10mほどの地点で、2人の少女と1匹の白猫がイャンクックと向かい合って道の上を占領していた。
「みんないる……」
いざ実際に、1ヶ月ぶりに仲間の背中を見たうさぎの反応はあまりに呆けたものだった。
一方の少女は背の高い茶髪のポニーテール、もう一方は赤いリボンをつけた金髪のロングヘアー。
「ジュピター!ヴィーナス!アルテミス!」
うさぎは必死に、呼び止めるように叫んだ。
その姿は見間違いようもなく、うさぎたちが日常を過ごす友であり、共に敵に立ち向かう仲間そのものだ。
臨戦態勢の彼女たちは、目の前に敵がいるのも忘れてこちらに振り向いた。
姿を確認させる暇もなく、うさぎはジュピターとヴィーナスの手を両手で握りしめる。その力は少女のものとは思えないほどに強かった。
当の本人たちの表情は最初、驚きの方が強かった。黄色と緑の服装に身を包んだうさぎの姿は、傍から見れば別人ではないかと思えるほどに以前と様子が異なり過ぎたからだ。
「本当に……いる……」
「うさぎちゃん!?うさぎちゃんなのね!」
「みんな、怪我はない!?病気とかしてない!?」
3者の顔を見回して呼びかけるうさぎの顔を見て、ヴィーナスはようやく嬉しさと安堵の混じった表情を滲ませた。
「うさぎちゃん、無事だったのね!でも、なんでそんな恰好してるの?」
「一体何がどうなってんだ。ガタイのいい爺さんまで一緒にいるぞ?」
困惑を隠せないジュピターの隣に並び立った亜美が、目を合わせてふっと表情を緩めた。
「説明は後にしましょう」
亜美はすぐに表情を引き締め、背後からライトボウガンを取り出した。
自身の真横に突如現れた銃口がきらりと光るのを見て、ジュピターは思わず悲鳴を上げて腰を抜かす。
残念ながら、今の状況は和気藹々という言葉からは程遠い。
「嘘……あの子、一体どうしちゃったの?」
うさぎは、怪鳥に目を向けてそのあまりの変わりように口を手で覆った。
その身体からは黒い蒸気が昇り、口からは紫の息を荒く吐き、目からは赤い光をぎらぎらと迸らせている。
先ほどから前方で相手と睨み合っていたレイは、何かに気づいて冷や汗を垂らしていた。いつでも抜刀出来るように刀に手を添えながら、彼女は慎重に口を開く。
「みんな、気をつけて。あの生物から、ほんの僅かだけれど妖気を感じるわ」
「妖気……妖気ですって!?あれが妖魔だって言うの!?」
ヴィーナスが、思わずイャンクックからレイへ視線を戻して叫ぶ。
レイの一言は、戦士たちの表情を一変させるには十分過ぎた。
「クォワアアアアッッッ」
中々動かない敵に痺れを切らしたのかイャンクックが威嚇の鳴き声を上げると、そこに老ハンターが真っ先に前に進み出る。
そこには何の躊躇もなかったが、かと言ってつけ入る隙は全く見せない剣呑とした雰囲気を醸し出す。
彼は即座に柄に手を伸ばし、大剣を抜刀し正面に構えた。
瞬間、その場の騒ぎは凍り付き、静まった。誰もの視線が、天に塔のごとく聳える無骨な骨塊に向けられたからだ。
本来ならば骨本来の黄色か乳白色であるはずのそれは、長年泥や埃を吸ったからか全体的に黒ずんでいて──刃の付近にはいくつもの黒いシミがこびりついていた。
「正気がまだあるなら、今すぐここから去れ。さもなくば、数分も経たずこの『
「クエッ……」
剣先から棘が獰猛さを露わにして並び立ち、月光を反射する。
イャンクックは怯えるように首をすっこませた。一瞬、目の爛々とした赤い輝きが弱まったように見えた。
ほんの僅かに残された反抗心も完全に打ち砕かれ、イャンクックは襟巻を窄めて早々と翼を広げた。飛び立ったそれは、あっという間に森の中へと退散していった。
「こ、こえ~~~っ」
恐怖のあまり、アルテミスの毛並みが身体が膨らんで見えるほどに逆立った。老ハンターは安全を確認すると柄に大剣をしまい、振り向いた。
「彼らが君たちが前から言っていた仲間たちか」
「あ……」
その顔に刻まれた皺と傷、眼光が目に入った瞬間、2人と1匹は一斉にその場にひれ伏した。
「な、何でもします、何でもしますから命だけはご勘弁を……」
「そんなんじゃダメよジュピター!まだ頭を下げ切れてないじゃない!もっとこう、誠意を込めて!」
「そう言うヴィーナスだって頭上げてるじゃないか!僕みたいに、頭が地面に埋まるくらいやらないと!」
「……全く、俺を何だと思ってる」
「ああっ、何とかいってよ!絶対『次はお前らの番だ』とか言ってるに決まってるわよこれ!!」
ただの呆れ顔も、ヴィーナスには殺意を込められているように見えるようだ。うさぎは急いでハンターの傍に寄り、背中を叩いて顔を見合わせてみせた。
「大丈夫!見かけに寄らずとてもいい人なのよ!」
「えっ、そうなの?」
ヴィーナスは未だ信じられないようで、顔を上げると四つん這いのまま、美術館の展示でも見るかのように老ハンターを角度を変えては何回も眺め回している。
「すごいな、うさぎたちは……ものの1日で現地人と仲良くなったのか?」
「何言ってんのよアルテミス。私たち4人、ここに来てから1ヶ月以上は経ってるわよ?」
「……あれ?」
ルナの一言で、話はパタリと止んでしまった。
しばらくしてから、アルテミスが仕切り直すようにコホン、と小さく咳払いをした。
「まずは、お互い何があったのかを話そうか」
──
一行は、お互いにこれまでの経緯を話しながらココット村への帰途についていた。
ゆったりと動く荷車の中は総員が5人と2匹になったため一気に狭くなった。
再会した2人はうさぎたちと同じく制服姿で、やたらと床に敷いた藁から汚れが付くのを気にしていた。
「なるほど、私たちがこっちに来るまでの1日の間にここの世界では1ヶ月経っていて、ああいうデカい怪物を狩る仕事に就いてたわけね」
ヴィーナスの変身前の姿である愛野美奈子は、一通りの説明に納得しながらすっとうさぎの下半身に手を持っていく。
「通りで、前よりもどことなーく筋肉が付いてるわけか。あたしもハンターになったら、ちっとはナイスバディになれるかしら」
突然防具の中でも露出して目立っている太ももをつつかれたうさぎは、顔を赤くして思わず飛び上がった。
「ひゃああっ!美奈子ちゃん、そこはやめてって!」
帰りの道は穏やかな月明かりに照らされ、後方の幕の隙間からはそよそよと涼やかな風が吹いてきていた。
「で、これからはあたしたちもその村の一員に加わるんだな。これでそのココット村とやらも安泰ってことだ」
ジュピターの元の姿である木野まことは自信たっぷりに力こぶを出してみせたが、それにうさぎたちは一瞬答えるのを躊躇った。
うさぎは俯いて、少しの間を置いて口を開いた。
「あのー……ごめんなさい。村長からはみんなを魔女として『生け捕り』にしろ、て言われてるの」
「……は?」
まことたちは一挙に怪訝な表情を浮かべるが、その中でも不服さが特段目立っているのは美奈子だった。
「まさかあたしたち、化け物か何かと思われてる訳!?なんでこんな可憐で美しい史上最強美少女を化け物呼ばわりすんのよ!どういうセンスしてんの、その偏屈爺さんは!」
前方でアプトノスの老ハンターに向かって袖をまくってまくしたてる美奈子の姿は、まるで高い声でキャンキャンと吠えたてる子犬のようだった。
「私たちも村に所属するハンターである以上、村長の命令には従わなければいけないの。絶対にどうにかしてみせるから、ちょっとだけ我慢してくれないかしら?」
亜美の懇願でも彼女たちの不満そうな表情は中々揺るがなかったが、やがてまことが折れてもたれていた壁から背を離した。
「分かったよ。またお互い離れ離れになるよりかは、遥かにマシだからね」
「ったく、せっかく余韻に浸りたかったのにしょうがないわねぇ。『泳ぐ鯵には針当たる』って本当なのね、アルテミス」
「……『歩く足には棒当たる』」
美奈子とアルテミスのこのやり取りを久しぶりに聞き、うさぎたちはお互い顔を見合わせて笑った。
今この時、荷車の中だけが元の世界そのままのスピードで時が流れていた。