セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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霧の先に出会うもの⑤

「そんなこと、あるわけが……」

 

 かつての敵がこの世界にいて、目の前にいる現実を、うさぎは未だに受け止められず呆然としていた。

 それは当然のことで、このユージアルはもちろん、その属する組織『デス・バスターズ』も、前の戦いで完全に封印されたはずだったのだ。

 レイが、大木の枝の上に立つ女を見上げながら前に進み出る。

 

「ユージアル!配下であるお前がここにいるなら、デス・バスターズそのものも復活してるはずよね!次は何を企んでるの?答えなさい!」

 

 ユージアルは、余裕を含んだゆったりとした動作で木枝に腰を下ろした。

 

「ここで言っても意味ないわ。だってあんたたち、ここでおしまいだもの」

 

 彼女の顔が笑みに歪んだ。

 マッカォたちがぞろぞろと列をなし、這い出てくる。

 うさぎたちは覚悟を決め、武器を構える。

 高みの見物を決め込みながら、ユージアルは含み笑いを唇の隙間から漏らした。

 

「思う存分堪能なさい!前に戦ったダイモーンどもとは比較にならないわよ」

 

 その発言を聞き漏らさず、うさぎはさっと顔を険しくしてユージアルを睨んだ。

 

「やはり貴女なのね、この子たちをこの姿にしたのは!」

「しょうがないじゃない、手近にこんな便利な材料があるんだから使わない手なんかないわ」

 

 さもこんなことは当たり前だと言わんばかりに、ユージアルの表情は平然としていた。

 それを聞く亜美の表情はうさぎと同じく憤慨に満ちていたが、獣たちの唸り声を聞いてすぐに切り替える。

 

「落ち着いて!以前のランポスよりは小さいから、それだけ耐久力は低いはず!下手に恐れる必要はないわ!」

「どうかしらね。出てきていらっしゃい、ドスマッカォちゃん!」

 

 彼女が両手を2回叩くと、森の奥から黄色の花のような冠羽を頭になびかせた、一際大きいマッカォが闇の向こうから姿を現わした。

 マッカォの群れを統率する長、ドスマッカォ。

 やはりというべきか、彼も紫の息を吐いて赤く輝いた目をしている。

 その貫禄を見て、うさぎたちはより表情をきつくする。

 ユージアルは、唇を舐めて口を開いた。

 

「さあ、やっておしまい」

 

 血に飢えた獣たちは、少女たちへと飛び掛かった。

 ドスマッカォは一直線にうさぎに向かい、手下たちはレイや亜美を包囲する。

 手下たちは扁平な尻尾だけでその身体を支え、中距離を保って蹴りを繰り出し牽制する。

 

「戦力を分断するつもりね!」

 

 そうはさせまいと、亜美は散弾を撃ち、レイは自ら太刀で斬り込んでいき、対抗する。

 マッカォたちの頭部にあられのような弾丸が無数に降り注いだかと思うと、別のところでは一閃を受けた群れが派手に吹っ飛んでいく。

 

 一方のルナとうさぎは、ドスマッカォの攻撃を必死にいなしていた。

 ドスマッカォの動きは、ドスランポスよりも変則的で、軽快だ。

 マッカォと同様に棘のついた尻尾を第三の脚のようにして立ち、軽業師のごとくうさぎの周りを跳ねまわる。

 尻尾で跳ねて距離を取ったのを見て追おうとすると素早い蹴りで迎撃され、一旦引こうとすれば脚を地面につけて前腕によるパンチで距離を詰めてくる。

 仲間たちを囲む部下を気にするように背中を向けたのを、チャンスかと思えばそれはフェイントで、後ろ目で確認すると空中に跳ねてから尻尾を地面に打ち付けてくる。うさぎとルナは何回か斬撃を加えたが、その傷はあまりにも浅い。

 

「隙がなさすぎる!」

 

 ルナが言った通り、落ち着きがないと言えるほどの暴れっぷりにうさぎは息を荒くして、盾を構えたまま立ち尽くしていた。

 その時、ピコン、ピコンとうさぎの耳に何かを通知する音が入った。

 彼女は音の発信源である防具の懐が赤く光っているのに気づき、そこからハート型の宝石の付いたロッドを取り出した。

 

「妖気に染まったモンスターなら……」

 

 『スパイラル・ハート・ムーン・ロッド』。

 邪悪の気を祓い浄化する力を持つ、セーラームーンの必殺の武器。

 狩人となってから長らく使っていなかったが、いま、妖気に反応してハート型の赤い宝石が点滅している。

 ドスマッカォのキックを盾で受け止めながら、うさぎは自然と導かれるかのようにロッドに手を伸ばす。

 

「ダメよ、うさぎ!」

 

 鋭い声が飛んできてうさぎがはっとして見ると、レイが、いま絶命して肩に項垂れたマッカォから太刀を引き抜き、払いのけたところだった。

 

「村長との約束を破るつもり!?そいつを狩らなければ、あたしたちへの疑いは晴れないわ!」

「……っ」

 

 うさぎは、顔をひきつらせた。

 ロッドを持つ右手から、左手に持つ血にまみれた刃に視線が移る。

 その様子を見ていたユージアルは、心底汚いものを見るような目をして、鼻を鳴らした。

 

「ああ、愛と正義のセーラー戦士も堕ちたものね」

「え……」

「ついこないだまで罪なき命を奪うなんて許せないなどとほざいていたお前たちが、何のためらいもなくその手を血で汚しているもの」

 

 はっとした表情になったのは、うさぎだけでなくレイや亜美、ルナも同じだった。

 うさぎは明らかに動揺して、うつむいて固まった。

 それが大きな隙になった。

 うさぎがロッドから視線を上げた時、ドスマッカォは後方に飛びのいて尻尾で自身の身体を持ち上げていた。

 

「うさぎちゃん、危ない!」

 

 ルナが飛び込み、武器である骨のピッケルを振りかざす。

 渾身の一撃がちょうどうさぎに向かって飛んできたドスマッカォの横っ面に食い込み、自分を支えるものがない空中でバランスを崩したその長は、ひっくり返って地面に激突する。

 

「逃さない!」

 

 レイがマッカォの包囲陣を無理やり突っ切り、襲いかかる手下を切裂きながらドスマッカォに向かっていく。

 

 太刀による狩猟術の特性に『気を練り、斬れば斬るほどに威力を増す』というものがある。

 使用者は太刀に意識を集中させながら戦闘を行い、自身の戦闘本能を引き出すことでその攻撃力を底上げしていく。これを積み重ねることで、この細身の刀は、やがては鉄のような甲殻をも粉砕するのだ。

 レイは元々の戦闘的な性格と戦士という立場もあってか、その習熟は早い方だった。彼女は目を見開き、戦神のごとくドスマッカォの身体を斬りつけていく。

 

 一方の亜美は、なおもレイやうさぎに追いすがろうとするマッカォの掃討に携わっていた。

 ライトボウガンは、全体の状況を把握する冷静な判断力と、刻一刻と変化する戦況に合わせて即座に戦略を組み立て、実践する能力が必要である。この点彼女は役割に忠実で、レイが安心して攻撃できるよう周囲に散弾を撒き、マッカォたちを寄せ付けない。

 だがドスマッカォへの注意は漏らさず、隙を見ながら彼に出血性の毒を含んだ『毒弾』を撃ちこんでいく。

 毒が回ることでドスマッカォは消耗し、動きが鈍くなっていく。

 

「レイちゃん……亜美ちゃん……」

 

 うさぎはその様子を、その場の空気から取り残されたように呆然と見守っていた。

 

「はあああっ!」

 

 レイが練った気を開放して放つ連続斬りを放ち、頭めがけて最後の一太刀を振り下ろすと、ドスマッカォは僅かに身じろぎしたあと動かなくなった。

 ユージアルは、その光景を見て驚きの表情を隠せていなかった。

 

「……ちっ、思ったよりやるじゃないの。次の『材料』も考えなくてはね」

 

 彼女は舌打ちすると別の木へと飛び移り、残りのマッカォたちを連れながら消えた。

 

「あんたたち、今の村にはそうそう長くいれるとは思わないことね!この世界に、あんたたちの居場所なんてないのよ!」

 

 そう言い捨てられたうさぎたちは、ユージアルの消えていった森の奥を茫洋とした目で見つめていた。

 

──

 

 うさぎたちがドスマッカォ討伐に赴いた、その翌日。

 まこと、美奈子、アルテミスは約束通り納屋に監禁されていた。

 だが、部屋の中には太陽の柔らかい光が小窓から差し込んできて解放的な雰囲気を醸し出している。

 いま、彼女たちはやや粗末な昼食を摂ったばかりでどれもふて寝を決め込んでいる。

 見張りに挨拶してうさぎたちが木製の扉を開けると、三者とも音に気づいて重い目をこすりながら起き上がった。

 

「おかえり!もう帰って来たのか!」

 

 まことが出迎えの言葉を送ると、うさぎたちもただいま、とにこやかに答えた。それがどこかぎこちないことに、彼らは気づかない。

 

「どうだったんだ?妖気の正体は」

 

 アルテミスが真剣な表情で聞くと、2人と1匹が息を呑み見守るなか、うさぎたちはドスマッカォの討伐で起きたことを話した。

 

「信じられない話ね!」

 

 美奈子は眉根を寄せ、座り込んで膝に頬杖をついた。

 

「まさかデス・バスターズが復活するとはね。次は一体なにを企んでんのかしら」

「まずは、すぐイャンクックを狩りに行くわ。みんなを早くここから解放しないとね」

「前も思ったけど、なんでそんな素直に村長に従うんだい?あたしとしては、うさぎちゃんたちに嫌な思いをさせる奴らなんか、今すぐみんなぶん投げてやりたい気分だけどね」

 

 レイの言葉に納得できないようにまことが腕を組んで胡坐をかき、不服そうな態度を見せた。

 そんな彼女に、うさぎはしゃがんで真っすぐ視線を向ける。

 

「まこちゃんたちには辛かったと思うけど、みんな本当に良い人たちなのよ!誤解を解けばすぐ仲良くなれると思う!」

 

 そこで、うさぎは美奈子が笑顔を浮かべてこちらを見ていることに気づいた。

 

「あぁほんと、うさぎちゃんが変わってなくて安心したわ」

「変わってない?」

「ええ!そういう誰とも仲良しなところとかね」

 

 屈託なくそう言われたうさぎは、一瞬うつむいて視線を落とした。

 

「……ありがと!とにかく、行ってくる!」

 

 うさぎは元気のよい笑顔を見せて飛び出し、その後に亜美とレイも続いていったが、残された者たちは奇妙そうにその背中を見つめていた。

 


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