セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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霧の先に出会うもの⑥

 森の傍の道のように細い高台の上で、うさぎたちはイャンクックを待ち伏せしていた。

 レイの霊感能力が、操られたイャンクックは自分たちを迎え撃つべくここにやってくるだろうと告げているのだ。

 

「うさぎちゃん、いい?決して、ユージアルの言葉は真に受けちゃだめよ」

 

 ルナはうさぎの肩に乗っかって彼女に呼びかけていた。

 しゃがんで太刀の白刃を砥石で研ぎ終わったレイは、うさぎにその砥石を渡しながら、無言でルナの言葉に首肯した。

 それにうさぎは頷きつつも、その顔から憂鬱な表情は拭えていない。

 

「来たわ!」

 

 周りを見渡してライトボウガンをつがえていた亜美が、叫んだ。

 いつのまにか、空に動く点が見えていた。

 

「真っ直ぐ飛んでくる!」

 

 それを聞き、レイとうさぎは砥石を捨て、立ち上がって武器を構える。

 点がこちらに近づくにつれ、それは見慣れた形へと姿を変えてくる。

 イャンクックの身体は以前に増して妖気を夥しく帯びており、寒気がするほどの殺気を含んだ視線が、こちら目掛けて向かってくる。

 イャンクックは、滑空したままうさぎたちに勢いそのままに突っ込んできた。

 全員が横へダイブしてかわすと、その先の地面へ着地したその怪物は、首だけを振り向けて少女たちを睨み、唸った。

 

「ものすごい妖気の量だわ。恐らくユージアルが、あれからさらに妖気を植え付けたのね」

 

 レイが言っている横でうさぎは眉を顰め、目の前の哀れな操り人形を見つめていた。

 狂ったようにイャンクックが鳴き叫び、戦いは始まった。

 戦い初めてすぐ、うさぎたちはこの生物がハンターにとっては一つの関門であるという言葉の意味を知ることとなった。

 

 先陣を切って斬りかかろうとしたうさぎとレイの目前を、尖った桃色の尻尾が風を切りながら横切った。

 

「きゃっ……」

 

 うさぎが前に会った飛竜と同じように、前肢が変化した一対の翼を持つイャンクックは、回転しながら尻尾を振り回してくる。

 イャンクックはリオレウスよりも小さいが、それでも彼女たちの背を一回り上回る大きさはある。これでは、いくら攻撃専門のレイも無暗に近づくわけにはいかない。

 だがそこを補うように亜美が弾を撃ち、確実に攻撃を当てていく。

 

「みんな、今までのやり方は通用しないわ!ある程度の距離を空けて、つけいる隙を窺いましょう!」

 

 数発の弾がイャンクックの頭を掠め、嘴を削いで傷を作ると、それは亜美の方に振り向いた。

 イャンクックが何かを喉に溜めるように身体を仰け反らせると、その口から火炎が亜美に向かって吐き出される。

 慌ててそれを後ろに転がって回避すると、弓なりに目の前に落ちた火球は爆ぜ、大きく爆炎を上げて地面に焦げ跡を残した。

 

「これが……火炎液!」

 

 亜美はその実際の威力を目の当たりにし、恐ろしげに呟いた。

 いま彼女たちの身につける粗末な鎧、防具では、いとも簡単に燃え広がってしまうだろう。

 イャンクックは亜美ひとりに狙いをつけ、飛び込んでくる。

 次は横に走って避けた彼女の後ろの空間を、鋭い嘴が何度もつついた。

 

「やっぱり一筋縄ではいかないようね」

 

 亜美は、冷や汗を垂らしながら呟いた。

 その後は、防戦一方の状況が続いた。なにせ彼女たちの武器の性能や防具の状況も、この相手には十分とは言えない。あの『魔女』騒ぎのごたごたがあったせいである。

 従って、いかに攻撃を喰らわないかということばかりが注目され、肝心の攻撃は疎かになってしまった。

 

 狩猟開始から30分ほど過ぎたあとも、イャンクックは未だに健在だった。ここに来て、まったく疲れを見せることもなく暴れまわっている。

 しかも彼は妖気の影響か異常に執念深く、いくら撤退しようとしても追いかけてきて決して逃がそうとしない。

 その好戦的な性格、異常なタフネスと持久力は、以前の呑気な姿からは想像もできないほどであった。

 次第に、うさぎたちの動きにも疲れが出てくる。それだけ、実力にも差が顕著に出始める。

 

「このままじゃ……共倒れになるわ」

 

 ルナの分析は、まさしく今の危機的な状況をついていた。このままではいつ、誰が『狩られても』おかしくない。

 ここに来てうさぎの攻撃には、迷いがあった。確かに機敏には動けるが、それは敵の攻撃から身を護るときに限られ、いざ斬りつけるときとなるとその勢いが衰え、傷を自ら浅くしてしまうところがあった。

 

「どうしたのうさぎ、攻撃のキレが弱くなってるわ!」

 

 レイが叫び、うさぎは汗をたらりと垂らした。

 手が震え、足ががたつく。

 だが、それはレイの方も同様であった。

 肩が激しく上下させ、腕はだらんと下がり、太刀の切っ先を地面に摺っている。

 

 ふいに、イャンクックが身を屈めてから、翼を広げて突っ込んできた。レイはその対応が遅れ、硬い鱗が並んだ脚に跳ね飛ばされる。

 その場に倒れ込んだ彼女の手から太刀が飛んでいき、完全に無防備な姿を晒す。

 イャンクックはそれを見逃さず、レイをその視界に捉えゆっくりとにじり寄る。亜美が急いでその脚に弾を撃ち込むが、脚は弾を弾くほど固くて効き目がない。

 太刀に手を伸ばそうとするが、わずかに届かない。レイは後ずさろうとするがイャンクックの歩幅は大きく、あっという間に距離を詰められていく。

 

「レイちゃんっ!」

 

 そのとき、うさぎがツインテールを振り乱しながらレイの前に割って入った。

 咄嗟にうさぎが薙いだ刃が、偶然イャンクックの青い翼を深くえぐり取り、大量の血飛沫を高く舞わせた。

 イャンクックは絶叫を上げ、大きく身体をよろめかせる。

 うさぎは目を見開いて、自分でも信じられないように血まみれの片手剣を顔の前にかざし、わなわなと震わせていた。

 

「わかったわっ!」

 

 うさぎがびくっとして振り向くと、亜美が弾をリロードしながら叫んでいた。

 

「翼よ、翼が柔らかいわ!きっと、これまでの傷が一気に広がったのよ!」

 

 イャンクックが立て直そうとしたところに、亜美が傷ついた翼へ弾を集中させて撃つと、またしても痛みに飛び上がる。もはや、攻撃どころではないようだ。

 肩に手を置かれてそちらに振り向くと、レイが息を荒くしながら口元に笑みを浮かべていた。

 

「ありがと、ほんとに助かったわ。さあ、行くわよ!」

 

 レイは太刀を手に取って立ち上がり、イャンクックに斬ってかかる。

 うさぎはそれに同じく笑顔で返すもその口元は笑っておらず、たまらず逃げ出したイャンクックを追う2人の後に続こうとするときには目線を落として迷わせていた。

 

 弱点が分かってから、戦況は逆転した。

 

 それまで三人でばらばらに攻撃していたのを一つの部位に集中させることで、ダメージを与える効率は一気に飛躍した。

 追う側と追われる側は入れ替わり、あれほどの強さを誇っていたイャンクックは、巨城の一つの風穴が広げられ、崩れていくように追い詰められていく。あの恐ろしい攻撃も、直前の動作や癖を落ち着いて見抜き、攻撃が来る場所を避けて走れば回避は難しくはない。

 今までの地道な積み重ねが、弱点の露出と癖の把握というふたつの功を奏したのだ。

 

 森の中に狩りの舞台が移っても、彼女らの優勢は変わらなかった。

 じわりじわりと、イャンクックの傷が深くなり動きが鈍っていく。

 

 そんな中、イャンクックは決死の攻撃を仕掛けた。

 一気に口元を炎で燻らせ、何発もの火炎液を手当たり次第に吐き出したのである。

 だが、彼女たちにはもう通用しない。

 ろくに狙いも付けず、ただ恐怖から逃れるためだけに吐き出されたそれらを、少女たちはこともなく走って回避していく。

 レイの一太刀が胸から首にかけての部分を斬り上げて掻っ切ると、イャンクックはびくんと身体を震わせ、泡を吹いて脚を崩した。

 

「やったわ!もう、相手は虫の息よ……」

 

 ルナが興奮気味に叫んだが、次第に語尾を小さくしていく。

 その場の空気は、勝利の喜びを分かち合う雰囲気ではまるでなかった。

 

 地面に倒れ伏したイャンクックは、いままさに死の瀬戸際を迎えている。

 身体中に斬り傷と弾傷ができ、苦しげに唸っている。襟巻を窄めているのは、もはや戦えないほどに弱っている証拠であった。

 しばらく、少女たちは傷ついて呻いている怪物を沈黙の下で見守っていた。

 

 レイが、イャンクックの閉じかけの目を見つめるうさぎの横顔を、ちらりと見た。

 彼女は亜美、ルナと顔を見合わせて互いに頷きあい、口を開いた。

 

「……あたしが終わらせるわ」

 

 レイは太刀を振るって血を落とし、白刃を光に煌めかせながら獲物の前に歩み寄っていく。

 

 その直後、盾と片手剣が、一滴の涙とともに地面に落ちた。

 レイが反応する前にその腕が引っ張られ、彼女は後ろに倒れ込む。

 

「ごめん。やっぱりあたし、ハンターに向いてないや」

 

 前に飛び出していくうさぎのその手には、変身用コンパクトが握られていた。

 

「ムーン・コズミックパワー、メイク・アップ!」

 

 何束ものピンクのリボンが飛び出し、彼女の身体を覆う。

 つけていた防具が解き放たれて消え、眩い光とともに悪を撃ち祓う戦士、セーラームーンの姿が現れた。 

 うさぎ、セーラームーンはイャンクックの前に立ち、仲間たちと向かい合った。

 亜美が、彼女を引き留めようと前に進み出て叫んだ。

 

「うさぎちゃん、やめて!その力をここで使ってはだめよ!」

「……いつかはやると思った」

 

 レイは、立ち上がると厳しい視線でセーラームーンを見つめた。

 

「あんた、まこちゃんや美奈子ちゃんを助けられなくてもいいの!?こんなことじゃ、衛さんのところまで戻れないわよ!?」

「亜美ちゃんもレイちゃんも、本当は怖いくせに!」

 

 セーラームーンの叫びに、レイと亜美は言葉を詰まらせた。

 

「ドスマッカォと戦ったとき、2人とも完全にハンターの顔になってたわ。最初はもとの世界への戻り方を見つけるためにハンターになるだけだって言ってたのに、結局この世界にずぶずぶ浸かってきてる」

 

 彼女は、息が浅くなりつつあるイャンクックを見やった。

 その目尻から、涙が流れ始めていた。

 

「ここでこの子の命を奪ったら、あたしたち、正義の戦士を騙った偽物よ。もとの世界に帰ったとき、みんなに顔向けできない!」

 

 セーラームーンがそれ以上なにも言えなくなり、鼻をすすりながら涙を拭っているのを見て、レイと亜美は口を噤んでいた。

 ルナも、「セーラームーン……」と呟きながら、辛そうな表情で見つめていた。

 

 セーラームーンはイャンクックに向かうと胸元のコンパクトを空け、鏡面にその姿を映し出す。

 マゼンタの光が、オルゴールの音色とともに彼をまるごと包み込む。

 

「ムーン・クリスタル・パワー!」

 

 急速に、イャンクックの身体から妖気が抜けていく。

 同時に彼女たちがつけた傷も急速に癒えていき、光が収まったときには以前よりも生命力溢れる無傷の状態へと変貌していた。

 表情筋こそないが、まさに憑き物が取れたがごとくすっきりとした面持ちだった。

 彼は熟睡から覚めたように目を開けると、ゆっくりと立ち上がる。

 その目がうさぎたちを捉えた瞬間、驚いたようにびくっと身体を震わせる。

 

「ギャッ」

 

 イャンクックは怯えたような鳴き声をあげると、襟巻を窄めて背を向けてから、翼を広げ、飛び上がった。

 うさぎたちは、その青空に向かってゆく後ろ姿を、点になって見えなくなるまで見つめていた。

 クエスト失敗。

 理由は、狩猟対象が狩場から逃走したためとされた。

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