セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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月の光、それは導③

 意識を取り戻したとき、うさぎはベースキャンプのベッドの上に寝転がっていた。

 クエスト開始から、3時間ほどが経っている。時は既に昼を過ぎ、傾きかけた太陽の木漏れ日が、キャンプの空間を柔らかく照らしている。

 

「……あたし、あの時落とされて……」

 

 クエストの失敗条件として代表的なものに、『3回戦闘不能になる』というものがある。

 あまりに大きな傷を受けて失神したハンターは、ギルドと契約したアイルー……猫の獣人のような種族が引く荷車『ネコタクシー』によってキャンプに戻される。

 無論生命を保っていればの話だが、命懸けの仕事であるハンターの生存率を少しでも上げるためのシステムだ。

 

 うさぎはまだ覚束ない足取りで立ち上がってテントから出ると、まず青いボックスを覗く。ここには狩りに使う薬や食料など、村やギルドからの支給品が入っている。彼女のような初心者は決まってお世話になるものだが、意外なほどその品揃えは潤沢だった。

 

 ビンに入った緑色の液体は応急薬。飲めば身体の回復力が急速に上がり、大抵の外傷はこれで治る。

 乾いた干し肉のような小さい固形食は携帯食料と呼ばれており、これを食べることでスタミナが上がる。

 

「うっへぇ……」

 

 うさぎはそれらを見て渋い顔をしたが、仕方なさそうにそれらを腰に付いてあるアイテムポーチに放り込んでいく。

 これらのアイテムが重要視されているのはあくまで保存性と効力であり、その味はお世辞にも良いとは言えない。だが、そんなことで文句を垂れている暇など、今の彼女にはなかった。

 アイテムを取り出すときにふと見ると、うさぎの白い腕にはいくつもの細かい切り傷が出来ている。上空から落下したときに、枝と擦れたのだろう。

 彼女はテント内の床に腰を下ろし、応急薬のビンを開けるとその中身を自身の傷に振りかけた。途端に白い蒸気が上がり、うさぎは目を細め痛みに耐える。傷は数秒もしないうちに塞がったが、肌にはどうしても跡が残る。

 

「傷、いつまで残るのかな……」

 

 うさぎはその傷跡を涙を浮かべて眺めたあと、直後に涙を振り払うように立ち上がった。

 

「しゃんとしなさい、あたし!絶対に村にいるみんなを救えるのはあんただけなのよ!」

 

 自らを鼓舞し、両頬を叩いて気合付けをした彼女は勢い込んで丘を下っていく。

 

 だが実際にリオレウスを目の前にすると、その言葉も意味を成さなかった。

 次に彼と出会ったのは、先ほどの戦場より山から離れた、崖っぷちの小道と木が生える広場で構成されたエリアだった。

 リオレウスは再び出会った因縁の相手に、容赦なく突っ込んでくる。

 

「動いて、あたしの腕……!」

 

 急いでその迫りくる巨体を避け、横から刃を首の鱗へ叩きつける。

 カァンッ。

 驚くほど軽い音とともに、刃は火花を立てて弾き返された。

 うさぎは、唖然として先っぽが欠けた片手剣を見やる。

 リオレウスはじれったがるように首を振るだけだった。

 

 突然、リオレウスがその場で飛び上がる。その風圧にうさぎは腕で自身の身体を守るが、そこで隙が生まれた。

 リオレウスは彼女の頭上を掠め、すれ違いざまに彼女の身体を弾くように爪で小突く。

 

「あうっ……」

 

 彼女が崩れ落ち、まずいと思ったときには既に遅し、リオレウスはうさぎの背後に回り込んでいた。

 すかさず彼が火球を吐くと、それはうさぎの背中に真っ直ぐ向かっていく。

 

 爆発。

 

 うさぎの防具の背中が蒸発してはじけ飛び、白いレオタード状の戦士服が露わになる。

 リオレウスは攻撃の手を緩めず、今度は口に溜めた炎を空中から火炎放射のように薙ぎ払い、追撃を加える。

 草原に大量の火の粉が舞い、たちまちのうちに辺り一面を黒く焦がす。

 

 うさぎの防具はほぼ破け、彼女はほぼセーラー戦士、セーラームーンとしての姿になっていた。

 いくら頑丈なセーラースーツといえども、何かの拍子で変身が解ければ彼女になすすべはない。

 彼をやらねば、こっちがやられる。

 それでも、彼女の剣の柄を掴む手には力が入らない。

 

 リオレウスは、翼をはためかせて遥か上空へと舞い上がる。

 それは、どう見ても逃げるためではない。彼の視線は、明らかに地上のセーラームーンに向いている。

 まさに鷹が獲物を狙うがごとく構えられた脚の爪が、太陽の光を受けて光った。

 

「もう、こんな世界、いや……」

 

 歪む視界の中、大きな影が真っ直ぐ脚を向けて落ちてくるのが見えた。

 意識が途切れる直前、彼女の身体を何かがさらった。

 

──

 

 月明りの下、衛とちびうさは見晴らしのよい丘の上で変身状態を解いて焚火を囲んでいる。

 彼ら2人も飛竜も、かなりの長距離を移動した。かなり植生も変わり、気温もかなり涼しくなっている。

 ちびうさは胡坐をかいた衛の脚の上に横向きに寝っ転がり、火を眺めながら頭を優しく撫でられていた。

 

「ねえ、まもちゃん」

 

「なんだ、ちびうさ?」

 

 呼びかけたちびうさは、寝返りを打って衛の瞳を覗いた。

 

「結構前の話だけど、あたしが『セーラームーンって強い?』て聞いたら、まもちゃんは無敵だよって答えてくれたよね?」

「ああ、そうだったな。もしかして、あのドラゴンを見て不安になったのか?」

「ううん。そんなことは全然ないんだけど……」

 

 首を振りながらも、ちびうさの表情は不安げだ。

 

「うさぎ、ここにいる間に変わっちゃってたりしないかな?」

「どういうことだ?」

「あの、今日の」

「……ああ」

 

 衛は、僅かに震えたちびうさの背中を優しくさすった。

 結局あの『鳥』が人間たちになぶられるのを垣間見たあと、すぐに2人は気づかれないようにその場を去った。だが、ちびうさの脳裏にはあの光景がまだ鮮烈に刻み込まれているようだった。

 

「多分、あのドラゴンの傷もああいう人たちが付けたんだよね?もしも、うさぎたちがあんなに躊躇なく生きものを傷つけて、殺すようになってたら……」

 

 ちびうさは一旦言葉を切ってうずくまり、赤い瞳で衛を見た。 

 

「まもちゃんは、うさぎを受け入れられる?」

 

 衛はしばらく黙って考えていたが、やがて口を開いた。

 

「受け入れるもなにも」

 

 視線をちびうさでなく焚火へと送る衛の顔は、いつの間にか厳しいしかめっ面になっていた。

 

「うさこは俺の一部だ。こんなに会いたいって気持ちが強まっているんだから」

 

 彼がちびうさに顔を向けたときは穏やかな表情に変わっていた。

 

「とにかく、俺はうさこがどうなっていたとしても受け入れる」

 

 それを聞いてからしばらくして、ちびうさは首を横に振って微笑んだ。

 

「……その言葉を聞けて、あたし、本当によかった」

 

 衛はゆっくりと頷くと目線を上げ、満天の星空を望んだ。その中に一つ、綺麗な満月が浮かんでいる。

 それを見つめながら、衛は呟いた。

 

「早く君に会いたい、いや、会わなきゃいけない」

 

 そのとき、ガオォォン、と金属を打ち鳴らすような音が遠くから聞こえた気がして、衛は眼下の森に目を向けた。

 夜の黒に覆われた森から鳥たちが一斉に逃げ出し、群れが海面のように乱雑に波立っている。

 遅れて大きな影が森から飛び立ち、鳥たちを更にかき乱しながら向こうに飛んでいく。

 大きな影は、目指す方向からしてあの緑の飛竜で間違いないだろう。だが、最初の金属音の正体は分からない。

 

「……何か、胸騒ぎがする」

 

 衛が声をかけようとしたときには、膝元の少女は既に安心したように、すぅすぅと寝息を立てていた。

 衛はタキシード仮面に変身し、ちびうさを起こさないようにそっと抱きかかえると、早速丘から飛び立った。


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