セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
これで、2回目。
ベースキャンプ前、うさぎの身体が荷車から放り出された。
彼女は為すがされるまま転がり、仰向けになった。
そのまま起き上がらず、彼女は呆然と空を見続けている。
もう、夕方だ。
既に陽は沈みつつある。
「……」
そのままの状態で、5分、10分と時間が経った。
空の色が、はっきり明るい部分と暗い部分へと分かれていく。
「やっぱり、あたしには無理なんだ」
うさぎが目を閉じ、暗闇に意識を埋めようとした、その時だった。
テントの陰から、ルナによく似た青い瞳の黒猫がひょっこりと顔を出した。
思わず、うさぎは起き上がった。
「うさぎさん……でしたかニャ?」
「え?」
黒猫は地を駆けてくると後ろ脚で立ち上がり、うさぎの顔をまじまじと見ながら聞いた。
「もしや貴女、あの時助けてくれた『魔女』様じゃないですかニャ?」
それを聞いて、うさぎのツインテールが一瞬飛び上がった。
彼は、彼女たちがココット村に着く前に出会った、ルナを助け、ランポスに襲われかけていた猫だった。
「え、ええ!?な、なんでよ!?」
明らかに狼狽するうさぎを見て、その黒猫はポリポリと頭を掻く。
「いえ、ボクがリオレウスの前で貴女をタクシーに乗せたとき、救っていただいたときと同じ姿だったものですから……」
その時うさぎははっとして、やっと自分の姿に目を向けた。
防具が腰と脚の部分を残してほぼ焼け落ち、戦士服が丸見えになっている。
「え、えーっと、これは……」
人差し指を突き合わせて次の言葉を迷っているうさぎを見て、黒猫は手を地面について何度も頭を下げる。
「やっぱり!本当に、あの時はありがとうございましたですニャー!この恩をどう返すべきか分かりませんですニャ!来週あたり、ボクらの住処で宴をやるから是非とも来て欲しいですニャ!」
うさぎの瞳に明るい色が浮かんだが、すぐにその顔は哀しみに沈んだ。
「……ごめんなさい。あたしたち、もうすぐ村から出ていくの」
「え?どういうことですかニャ」
首を捻った黒猫に、うさぎはこれまでの経緯をすべて話した。戦士の姿を見られた以上、もう正体を隠す意味もないので自分の正体についても喋った。
事の真相を知るにつれて、黒猫の顔は驚愕に満ちていった。
「なんだか夢のような話だけど……あんな光景を目にしたら、認めざるを得ないニャ。それにしても、ありえないことですニャ!あのココットの英雄がそんなひどい意地悪をするなんて!」
「ココットの英雄……?」
「ご存じないですかニャ?村長はココットの英雄とも言われる、とっても、とーっても偉い御仁なのですニャ!」
そこから黒猫は、村長の名誉のためにと言って、この世界に伝わる伝説を簡単に語ってくれた。
ハンターという職業が生まれる以前、この世界の人々は今よりもっと過酷なモンスターたちの脅威に晒されていた。
モンスターが来た時、人々は嵐が過ぎ去るのをただ耐え忍び、目の前で家が壊され、家族が食われるのを見届けるしかなかったのである。
そんな中、とある小さい村を、一本の真紅の角を持つモンスター『モノブロス』が襲った。
人々が絶望に暮れたとき、とある青年が立ち上がった。諦めて逃げ出す者もいるなか、彼は自然の脅威と単身で戦うことを決意し、奴の棲息する砂漠へと向かった。
青年は二振りの片手剣と、ほぼ裸同然の簡素な防具しか持っていなかった。
狩りは、1週間続いた。
それは、狩りというよりは正に生き残りをかけた『死闘』であった。
7日目。
食料も水も尽きた末、彼は無心の境地から放った一撃で真紅の角を根元からへし折り、討ち倒した。
この出来事は人々に『人はモンスターに立ち向かえる』という勇気を与え、今のハンター稼業の基礎となったのである。
以来、モノブロスを単身で狩ることは、ハンターたちの間で『英雄』の条件となっている。
一通りその話を聞いたうさぎは顔をしかめて、疑惑に満ちた視線を黒猫に向ける。
「あのよぼよぼのおじいちゃんが?」
「とは言っても、百年以上前の話だからあやふやなところもあるし、御本人もよく覚えていないととぼけてるニャ。でも、あの人がハンターという仕事の起源であることは紛れもない事実ですニャ」
「へー……って、百年以上前!?」
納得しかけたうさぎから、思わず驚きのあまり素っ頓狂な声が出る。
「長命な竜人族の存在も知らないとは……さぞかしうさぎ様の故郷とは変わった場所なのでしょうニャ」
そんなことより、と黒猫は話を戻す。
「とにかく、相手が何者だろうと、あの英雄様がそんな単純で短絡的なことをするわけがないニャ!ましてや、貴女のような御方に!絶対に何か、特別な訳があるはずニャ!」
「そうかなぁ……」
「それにしてもこんな事態、マハイ殿も黙って見ているとは思えないのですがニャ……」
「マハイさん?貴方、あのおじいちゃんも知ってるの?」
そう聞かれた黒猫は、勢いよく頷いた。
「あの方はかつて、別の地域からボクらの集落を襲ってきた飛竜を、あっという間に退治してくださったのですニャ。普通なら誰も相手にしない依頼書を、あの人だけが受け取ってくれたのニャ。それが最初の出会いですニャ」
「えっ、貴方たちが困ってるのに、他のハンターさんたちは助けてくれなかったの?」
黒猫は、ちょっときまり悪そうにうつむいて焚火を見つめた。
「ボクのような黒い毛並みの『メラルー』には手癖が悪い奴が多いから、ものを盗まれる側のハンターさんたちからはとっても嫌われるのニャ。だから、助けてくれた理由が分からなくて聞いてみたら、ボクらがなくなれば住処の一帯の植生への手入れがされなくなり、そこにある貴重な生物や生態系が失われるから、と」
「あの人、そんなところまで……」
うさぎは、途方に暮れたように空を見上げた。もう、一番星が見えている。
「すごいなぁ、村長もマハイさんも。あたしには出来ないことばっかり」
「生命のありのままの姿と真っ直ぐぶつかり合い、その中で共に生きる境界線を考え、求め続ける。それが自分の思うハンターの在り方だからと、マハイ殿は仰られていましたニャ。ならば、これまでたくさん悩んで、頑張ってきたうさぎ様も……」
必死に訴えるメラルーの瞳に、涙が浮かんでいた。
「うさぎ様も既に、立派なハンターですニャ」
「あたしが……立派なハンター?」
「そうですニャ!本当の姿がどうであったとしても、貴女は歴としたハンターですニャ!」
「でも、あたしは……」
言葉が続かなくなったうさぎはしばし迷うように視線を巡らせたあと、目を閉じて膝の間に頭を埋めた。
彼女がじっとうずくまっているのを、メラルーは静かに見守った。
しばらくして彼女が再び立ち上がったとき、空には無数の星、そして満月が浮かんでいた。
うさぎは残った支給品を持ったあと、キャンプの出口に向かった。
「行かれるのですかニャ」
うさぎは足を止めて振り向き、頷いた。
「うん。ここでくよくよしてても、何も始まらないから」
「うさぎ様。こういう時にハンターさんたちの間でよく言われる言葉がありますので、それを貴女に贈りますニャ」
彼女が首を傾げると、メラルーは言った。
「狩りは2回力尽きてからが本番、ですニャ」
うさぎは微笑み、再び戦場に向かって歩いていく。
メラルーはうさぎが出ていく姿を見送ると、しばらく考えたあと身を翻し、全速力で駆けていった。