セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
夜の森丘は、月明かりに包まれている。
見慣れた曲がり角を曲がり切り、視界が開けた。
リオレウスは仕留めたアプトノスを乗るように掴み、喰らっていた。
まるで彼女の到来を待ちかねていたかのように、飛竜はゆっくりと鎌首もたげて振り向いた。
「……勝てる、かな」
うさぎは、立ち竦んでいた。
見つけたはいいものの、今の状況は絶望的である。
目の前には、空を飛び火を吐く強大な竜。
対して彼女を護っているのは、もはや脚の部分しか残っていない毛皮の防具、最悪な切れ味の武器。
あの伝説と違うと言ったら、回復のための支給品はきちんとあることくらいか。
「あっ……」
小さく声を上げ、目を見開いた彼女の髪を、リオレウスの咆哮が揺らす。
「村長、そういうことだったのね」
咆哮が止み、束の間の沈黙が訪れた。
場違いなほど穏やかな風が頬を凪ぐ。
うさぎは、自らの胸のコンパクトに手を伸ばし、掴んだ。
彼女は戦士の力を解放し、完全にセーラー服美少女戦士、セーラームーンの姿となった。
彼女は、剣をリオレウスに真っ直ぐに向ける。
「あたし、やっと分かった!」
セーラームーンは、剣を勢いよく引き抜いた。
リオレウスは、もはや回りくどく空中戦を仕掛けることなどしない。
ただ、真っ直ぐ突っ込んでくる。それだけで大概の獲物は蹴散らせるのだ。
それを、セーラームーンはそれを真っ直ぐに見つめている。
彼女は息を吐き出しながら、剣を力任せに振り下ろした。
彼女の振り方は、あまりに拙く大雑把だ。
その一撃は、リオレウスの目元に少しの傷を残しただけだった。
だが通り過ぎたリオレウスの動きが止まり、振り向いてじろりと彼女の瞳を見つめてきた。
さっきまでとは何かが違う、と感じたようだった。
「確か、あの人は……」
見つめ合いながら、セーラームーンは思い出すように呟いた。
その後も、彼女は攻撃をすることはない。
ただ相手の攻撃を避けることに専念し、様子を見る。
すると、次第に相手の動きの癖というものが分かって来る。
それがマハイの教えの基本だった。
口元に焔を溜めたら、遅からず何らかの形で炎を吐いてくる。その威力こそ圧倒的に高いが、動作は大振りだ。潜り込めば相手は空撃ちせざるを得なくなり、むしろ攻撃のチャンスに変わる。
だが、欲張ってむやみに近づけば、尻尾を振り回したり噛みついてきたりする。これも十分に痛い。
つまりは、攻撃できるところで攻撃する。無理はせず確実にチャンスを逃さないのが、狩りの基本なのだ。
攻撃と攻撃の間の僅かな隙をついて、かすり傷を付けていく。
数十分も経てば、戦場は穴ぼこだらけの焼け野原と化していた。
セーラームーンも流石に疲労し、思わず足が地面の凸凹に引っかかってこけた。
リオレウスが火を吐くため喉を仰け反らせたのを見て、彼女は剣と同じ、やや頼りない大きさの鉄製の盾を無理矢理に持ち上げ、構えた。
だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
見てみれば、あれほどまでに猛り狂っていたリオレウスが弱々しく涎を垂らしている。
彼はもう一度炎を吐こうとするも、一瞬口から燃えカスのようなものが漂っただけだった。
続いて走って突っ込んでくるも、その動作は緩慢で避けやすく、途中で足がもつれるように倒れ込む。明らかに踏ん張りが足りていない。
「疲れてる……?」
何度も敗北し、逃げ回っていた今までの時間は決して無駄ではなかった。
セーラームーンは息をひとしきり吸うと、柄を握りしめ突進した。
懐に飛び込み、既に治りかけた傷の上を新たな傷で上書きする。
リオレウスの頭や脚の甲殻の隙間から、血が滲み出し始めているのがちらりと見えた。息遣いも、荒くなってきている。
不意にリオレウスが翼を広げた。
セーラームーンはポーチからピンク色に練られた玉を取り出し、投げた。
彼女が放った『ペイントボール』は飛び上がりかけたリオレウスの表皮で弾け、ピンク色の靄を吐き出した。
直後に巨体が地から離れ、たちまちのうちに遠ざかっていく。
「に、逃げた……」
セーラームーンは力が抜けたようにその場にへたれ込み、自分の言葉そのものに信じられないように呟いた。
あの空の王者リオレウスが、初めて彼女の前から逃げた。
だが、見失うことはない。あの匂いが、獲物の位置を知らせてくれるからだ。
少女は落ち着いて片手剣を砥石で研ぎ、匂いを辿って走っていった。
やることは同じ。
だが、たったの一時間が彼女には何日にも感じられた。
次に赴いたのは、森の中の池の近く。その次は更に奥にある狭い小道。そのまた次は、峡谷に囲まれた谷底。
双方が戦い、逃げ、補給し、また戦うということを何回も、何回も、繰り返す。
ひたすらに、食い下がる。
どれだけ跳ね飛ばされ、炙られ、痛めつけられようと、何度でも立ち向かっていく。
傷を負うたびに応急薬をがぶ飲みし、乾いた携帯食料をかじり、泥にまみれ、獲物を追う。
もう狩猟開始から5時間は経ち、何百回、何千回と斬った頃だろう。竜の体にも、戦士服にも、無数の傷と汚れが付いていた。
両者の動きはもはや、見事なまでに一致していた。この狩りの光景そのものが一つの生命体のように躍動し、うねっている。戦場を飛び回り、走り回って、少女と飛竜は月下の舞いを踊っている。
既に満月は空高く上がり、いま、夜は折り返しを迎えようとしていた。
リオレウスが炎を吐き出そうと首を持ち上げたのを見て、セーラームーンは真っ直ぐ正面から向かっていった。
火球が吐き出されるが、持ち前の身軽さで火球の下に転がり込んで避ける。
その勢いで、頭に渾身の一撃を叩きつける。
「てやぁっ!」
確かに、手ごたえがあった。
思わずリオレウスは叫びながら仰け反った。
王冠のような頭の鱗のあちこちが、ボロボロに砕け散った。
再び彼女に視線を戻した時、彼の瞳の色は弱く、薄くなっていた。
不意に、リオレウスが背を向けた。片方の脚が、がくんと下がったような気がした。
彼は飛び上がって逃げていくが、その羽ばたき方はやはりどこか弱々しく見える。
それに。
「あっちの方角は……」
セーラームーンは、ごくりと唾を呑み込んだ。
傷だらけになったリオレウスは、巣に逃げ込んだのだ。
──
初めて覗いた飛竜の巣は静けさで満たされていた。
天井の大穴から月明かりが差し込んでいるので、リオレウスがいないことはすぐに分かった。
だが、匂いは確かにここからしたはずだった。
「なに……この変な感じ」
彼女は巣の中を見渡すが、その違和感の正体に気づくことができない。だが、ちょうど影になっているところに変な模様が見えた気がした。
月明かりの下に出るが、やはり巣のどこにも彼の姿はない。
彼女が首を傾げたところで、一瞬視界の上が明るくなる。
正体は、穴の上から落ちてきた火球だった。
リオレウスは、弱っていると見せかけ上空で待ち伏せしていたのである。
彼女が飛び込んでこれを避けると、火球は地面で爆ぜて残り火となり、ちょうど後ろにあった壁を照らした。
振り向いた先、巣の壁に、巨大な刃物で抉ったような深い溝が至るところに出来ていた。
違和感の正体を知って愕然とする彼女の前に、リオレウスが月に照らされながら着地する。
リオレウスはそのまま攻撃に移ると思いきや、奇妙な挙動を取った。
彼は少しずつ後ずさり、ある一定の場所で立ち止まったのである。
その後ろには、藁が円状のクッションのように敷かれていた。その中に埋もれるように、艶のある球体が複数置かれている。
「……卵?」
その時、空から咆哮が聞こえた。
はっとして目線をリオレウスに戻すが、彼は目の前にいる。これの鳴き声ではない。
と、いうことは。
見上げると、羽ばたく一つの影が巣の天井の穴を覆った。その形は、リオレウスと瓜二つだった。
リオレウスは舞い降りてきたその影に向かい、咆えた。
それは怒りや憎しみを込めたものではなく、まるで相手を迎え入れ、歓喜に震えるような優しげな鳴き方だった。
降臨した飛竜は緑色で、翼と背中に棘が生えている。
同じ地に降りた飛竜たちは顔を寄せ合い、甘え合うように擦り付け合う。
さっきまで戦っていたのが嘘のように、その光景は安らぎに満ちていた。
真実に気づき、セーラームーンは思わず後ずさり、息を詰まらせる。
卵と、それを護る2頭の飛竜。これが指し示す事実は、明らかだった。
彼らは、卵を背にして共通の『敵』を睨んだ。
「まさか……そんな……あたし……」
剣を持つ手が、微かに震える。
彼女はいま、このなまくらで無理やり断ち切ろうとしているのだ。
飛竜たちの純粋な愛と、その結晶を。
セーラームーンはうつむいて心苦しげに眉を歪めるが、それでも決して目を背けることはしなかった。
その目は戦う者のそれとなり、それにほんの抵抗を示すように、涙が一粒だけ流れた。
彼女は、溢れそうな感情ごと鼻をすすり、息を呑みこんだ。
「本当に、ごめんなさい。でも、あたしはこうして生きていくって、決めたから」
リオレウスが翼を広げて飛び上がり、その番が地面を踏みしめ、セーラームーンに真っ直ぐ向かっていく。
少女は、唇を噛んでなまくらの剣を握りしめた。
その時、飛竜とセーラームーンを分けるように、何か細いものが月光の円卓の中心に突き刺さった。
2頭の飛竜は動きを止め、その物体を見つめた。
彼女はそれが何かわかった途端、口を手で覆った。
真紅の薔薇。
瑞々しい輝きを放つ可憐な花が、ひとつだけ花弁を落とした。
「セーラームーン!」
「……えっ?」
声がした方に振り向くと、一人の男と少女がいた。
男はタキシード姿。少女はピンクのツインテールとセーラースーツ。
「セーラームーン、無事だったのね!」
飛んできたのは、聞きなれた声。
セーラームーンの手から、血と錆にまみれた片手剣が落ちた。
「タキシード仮面……それに、セーラーちびムーン?」
いま、このとき、彼らは月の光に導かれ遂に巡り合った。
「夢……?こんなの、夢よね……?」
目を擦ったが、確かに彼らは生きてここにいる。
タキシード仮面とちびムーンが、こちらに向かって駆けだした。
思わず、セーラームーンも手を伸ばし、駆け寄る。
駆け寄った3人は、目の前に飛竜がいるのも忘れて抱き合った。
呆然とするセーラームーンの脚にちびムーンが飛びつき、目線を合わせて涙の浮かんだ顔で笑いかける。
「夢じゃない。現実だ」
タキシード仮面がセーラームーンを見つめ、優しい視線を送った。
彼女は未だに熱に浮かされたような顔で、恋人の体を震える腕で強く抱きしめた。
すぐに、確かめるように胸に顔を埋める。
確かに、暖かい。
一旦嗚咽が漏れると固かった表情が崩れていき、やがて堰を切ったように涙が溢れ出た。
そのとき、目の前の敵に苛立たしげに唸っていた緑の飛竜が、何かを視界に捉えた。
すると目つきは先ほどより一気に険しくなり、そちらに向き直って翼を広げ、威嚇する。
それを見たタキシード仮面が導かれるように視線を向け、目を見開いた。
「……まずい!」
「えっ……」
突然セーラームーンは身体を押されて突き放され、地面に尻もちをついた。
ほぼ同時に、巨大ななにかが2人の間の地面を『叩き斬る』。
地盤が割れ、砂の粒が飛び散る。
セーラームーンは、突如再会の喜びを断ち切った元凶を呆然と眺める。
「なんなの、これ……」
しゅうしゅうと煙が昇る中に見えるは、まさに巨大な「剣」。
青い光沢を帯びたそれは動き出し、戻ってゆく。
闇の中、双眸がぎらぎらと水色に光った。
地面を踏みしめる重低音が、この剣の主がここに実在することを裏付ける。
猛々しい性格を曝け出した、刺々しい藍に包まれた頭。
細い前脚に比べ、恐ろしく強靭な筋肉に恵まれた後ろ脚。
それを覆う、暗い金属質な赤と青の鎧。
背中に、炎のように突き出した背ビレ。
体長の半分はあろう、巨大な剣のような尻尾。
それは全身を灼熱に燃やす、鬼武者であった。
乱入者は尾を地に擦りつけて火花を散らすと、金属を打ち鳴らしたような咆哮を木霊させた。