セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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襲雷①

 今日も、いつも通り朝日が部屋の中に差し込んだ。

 光が、毛布にくるまれた衛の整った顔を白く照らして浮かび上がらせる。

 

 扉がぎぃ、と音を立て、ゆっくり開けられた。

 入ってきたのは、うさぎだった。

 ゆったりとした白いネグリジェを着た彼女はベッドの横で靴を脱ぐと、音を立てないようにしてそっと彼に這い寄っていく。

 恋人は、まだ眠りから醒めない。

 うさぎは、その耳元にそっと唇を近づけて囁いた。

 

「まもちゃん、おはよ」

 

 彼の目が僅かに開き、うさぎに向かって柔らかく微笑む。

 

「おはよう、うさこ。ちょっと寝坊しちゃったかな」

 

「時計ないからわかんないけど、村の人はみんな起きてるみたい」

 

「そうか……」

 

 窓の方を見て、外から聞こえる子どもたちの笑い声に耳を傾けた衛は、うさぎへと視線を戻す。

 彼女は髪をまだ結っていなかった。

 絹のようにしなやかな金髪が、波打つように光を反射している。

 

「ん……」

 

 うさぎは、目を閉じて唇を恋人の前に差し出していた。

 

「それは……何してほしいんだ?」

 

 わざとらしく聞いてくる衛に、うさぎは眉根を寄せて反抗的な視線を向ける。

 

「んもう、分かってるくせにじらさないで」

 

「はいはい、ごめんな。じゃあ……」

 

 再び両者は目を閉じ、顔を近づけあっていく。

 うさぎの衛の腕を掴む手に、力が入った。

 

「おっはよーございまあーーーす!!」

 

 互いの唇が触れようかとした瞬間、ドアがバァンと勢いよく開け放たれた。

 

「……」

 

 衛もうさぎも強烈な光の中に曝け出され、驚いて一緒に飛び起きている。

 

「み、美奈子ちゃん……」

「……アーッ!シツレイシマシター!」

 

 笑顔を張り付かせたまま、美奈子は二人の方を向いたまま扉の外へと一瞬で脱出した。

 

──

 

 丁寧に扉を閉めて振り向いた美奈子の前には、ネギやトマト、カボチャなどの野菜が大量に入った籠を持ったエプロン姿のまことがいた。

 まことは状況を察し、扉の前で黙りこくっている美奈子の顔を覗き込む。

 

「……やっちゃった?」

「やっちゃったも何もっ!!」

 

 美奈子は怒りをこらえるようにぐっと拳を握りしめて震わせる。

 

「あのバカップル、再会した途端あんなにいちゃついて!っきぃー!貞淑も何もあったもんじゃないわ!」

「まぁまぁ、ずっと会えてなかったんだからしょうがないじゃないか。衛さんも特に何もしてないみたいだし」

「あのねぇ!相思相愛のピチピチフレッシュな男女がひとつの村で一緒に暮らすリスクってのを、みんな分かってなさすぎなのよ!衛さんだっていつ狼になるか……!」

 

 そう言う美奈子は、実際に牙を剥く狼の顔真似をしてまことを襲うそぶりをしてみせた。

 

「うさぎちゃんのお母さんかよ、美奈子ちゃんは……衛さんに限ってそんなことあり得ないよ」

 

 そのとき、二人の耳にカン、カンと鍋をおたまで鳴らす音が聞こえた。

 まことははっとして、音のした方に振り向いた。

 

「ほら、尻尾のムスメ、早く食材持ってくるニャル。早くせんと焦げちまうニャル~」

 

「あ、はーい!」

 

 まことは元気よく返事をし、その声の主に向かって走っていく。

 この緑に囲まれた村の中で、一角だけが異彩を放っていた。

 湯気を昇らせる巨大な中華鍋とその横にある蒸し器。

 所狭しと並べられた色とりどりの野菜、果物や香辛料に、衝立に張ってある縄にぶら下げられた無数の魚や肉。

 即席キッチンとも言えるそこで、白いチャイナ服を着たアイルーが忙しなく行き交っていた。

 

 まことはそのアイルーの横に並ぶと、3本のネギを籠から取り出してまな板に載せ、中華包丁でみじん切りにしていく。

 それは1分も経たないうちに完了し、アイルーはその刻んだネギをすぐさま豚や野菜を炒めている鍋へと投入する。

 まことの食材を取り扱うスピードも中々のものだったが、アイルーのそれはもはや達人級で、一方で肉を焼いていたかと思えば次の瞬間には人参を刻み、そのまた次の瞬間には中華鍋を豪快に振っている。

 

「尻尾のムスメ、中々上手くなったニャルね。私直伝の『おふくろの味』習得も現実味を帯びてきたニャル」

「いえ、料理長に比べたらまだまだ」

 

 数週間前に来たこのアイルーは、村の住人からは『屋台の料理長』と呼ばれている。

 その料理は言葉にできぬほどの絶品で、彼が来て以来うさぎたちもそのお世話になっている。

 なんでも彼はいま、各地で『おふくろの味』の研究をしているらしく、これでもまだ発展途上と言う。

 

 料理好きなまことはこの世界の料理に興味があるらしく、最初に一口を口に入れた瞬間から彼に料理を教わると決心したのだった。

 彼女が『尻尾のムスメ』と呼ばれているのは、その栗色の髪のポニーテールが、まさしくそのまま馬の尻尾に見えるからとのことらしい。最初はなんだか屈辱的なあだ名に反発していたが、悪意もないらしいので今では割り切っている。

 

「二人だけで大変そうねぇ……あたしも手伝ってあげていいのよん?」

 

 にこやかに笑う美奈子の両手に握られているのは、包丁と鎌。なぜ調理の場で鎌を構えているのかは謎である。

 それをまことは肩を持ってくるりと回し、近くの森の方に向かわせる。

 

「……美奈子ちゃんは窯にくべる薪を集めて駆け回っといで」

「ちょっと、まこちゃん!なんでいっつもそうやってあたしを雑用に回すのよ!」

「適材適所ってやつだよ」

「はあー!?適性検査だかなんだか知らないけどね!あたしだってこれでも……」

「はいはい」

 

 反発する美奈子の背中を、まことは無理やり叩いて押し出した。

 「ああ、もう!」とプンスカと怒って出ていく美奈子を見て、衛を連れて家の外に身だしなみを整えて出てきたうさぎは気まずそうな顔をしていた。

 キッチンに歩いてくると、彼女はまことの横にあるテーブルに腰かける。

 

「まこちゃん、おはよ。美奈子ちゃん、もしかして怒ってた?」

 

 おずおずとした様子で聞くと、まことは一旦魚を捌く手を止め、その顔をずい、とうさぎに近づけた。

 

「……一応言っとくけど今日の森丘の見回り、衛さんと一緒だからってデート気分でやらないようにね」

「ま、まこちゃん、あたしがそんなことするわけ……!」

 

 うさぎが顔を赤くしていると、どこからともなくルナが彼女の肩に飛び乗って、にこりとした顔で割り込んできた。

 

「そこは大丈夫。あたしが隣で見張ってるから」

「ルナ!」

「まもちゃんと二人っきりだなんて、ちょっと気が置けませんものね~」

 

 後ろから声が聞こえたので振り返ると、当たり前のようにちびうさが寝間着姿で胸を張っている。

 

「ち、ちびうさまで!!」

 

 うさぎは慌てて周りを見回す。

 

「ちょっと待って!あたしってそんな信用ない!?」

 

 むきになりながら聞くと、そこにいる誰もが、その問いに無言で頷いた。

 頼みの綱の衛もただ苦笑しているだけで、まるでフォローしてくれない。

 

「あーん、みんなの裏切り者ー!」

 

 わんわんと泣き出したうさぎの前に、肉球の焼印が押された巨大な中華まんが差し出される。

 差し出したのは料理長だった。元々糸目な彼だが、口を開けて笑うとそのひょうきんな表情が更に強調される。

 

「ニャハハ、賑やかで大変よろしいニャル。取り敢えず、たんこぶのムスメはこれでも食って機嫌治すヨロシ」

 

 うさぎはその料理長特製の中華まんを渋々手に取ると、はむっと咥えて口に入れた。

 そしてハムスターのように頬をもぐもぐとさせてそれを呑み込んだ直後。

 

「おいひ~!」

 

 目を輝かせて猛スピードで食べ始めたうさぎを見て周囲はほっと胸を撫でおろし、数分後、うさぎは艶々とした顔で衛、ルナと調査に出かけていった。

 

 まことと料理長の2人で皿の後片付けをしている途中、料理長がふと空を見上げる。

 

「それにしても竜人の商人、今日の昼にはここに付くって言ってたけど遅すぎニャルね」

「あ、それってこの前言ってた日頃からの賭け仲間……でしたっけ?」

 

 まことが聞くと、彼は頷いた。

 何でも、彼の所属するキャラバンでかつて旅を共にした仲間らしい。ココット村の村長と同じ『竜人族』で、その長命による豊富な経験と知識で、独自の素材の販路を築く商人の爺さんと聞いている。

 

「ほら、最近この辺りも『霧』やら『魔女』やらの噂で物騒ではないニャルか。それのせいで立ち往生でもしてたら、事は重大ニャルよ」

 

 まことは「ああ、それは」とまで思わず言いかけたが、最後までは言わなかった。

 ココット村の住民には、森に棲むアイルーたちの以前の『襲来』のおかげで既に正体を知られてしまっているものの、外からの来訪者である料理長には正体は隠している。

 

「こんなとき、まつ毛のハンターがいればモーレツに一安心ニャルが……」

 

 その言葉の端に現れた単語に、まことは反応した。

 

「あっ、確かその人も貴方が入ってるキャラバンにいた人でしたっけ?」

「ニャハ、興味あるニャルか。ちょっと話すと長くニャルけど……」

「ちょっと、みんな!」

 

 そこに、亜美とレイが防具を着た状態で走り込んできた。

 

「どうしたんだい、亜美ちゃん、レイちゃん?」

 

「緊急事態よ!料理長さん、これを!まこちゃんは、急いで美奈子ちゃんを呼んできて!」

 

 亜美の手には、手紙が握られていた。

 

「んー、なになに?」

 

 亜美が手紙を開き、よろめきながらその中にある字を目で追っていく。

 あるところまで行くと、彼は急に手に積んでいた皿を盛大にひっくり返し、その中に埋もれた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 レイが皿の山を払いのけようとあわあわしていると、中から料理長が顔を出してぶるぶると頭を振った。

 

「そんなことより、大パンチ……じゃない、大ピンチニャル!」

 

 彼は、まだ真相を知らず戸惑っているまことに向かって叫んだ。

 

「竜人商人が辿るこの村へのルート上に、モンスターが侵入したニャル!」

 

──

 

 うさぎと衛は、飛竜の巣──ディノバルドとのかつての決戦の地──の入り口近くからしゃがんで中の様子を隠れ見ていた。

 

 あの卵があった藁の中で小さな生き物が1匹、ぎゃあぎゃあと高い声で空に向かってしきりに泣き喚いている。

 その姿はリオレイアのそれと瓜二つで、しかしながらその鱗は鈍い茶色。

 

「ねえ、ちょっと遅くない?」

「うさぎちゃん、心配しすぎよ……あっ」

 

 ルナが耳をぴんと立てて見上げると、上空から雄々しい叫びが聞こえてきた。

 空の王者リオレウスが、巣の上空の穴からゆっくりと地上に舞い降りてゆく。

 その脚には、何かの生物からもぎ取ったであろう肉片が握られていた。

 

「まもちゃん、来たわ」

「ああ。今日もどうやら大丈夫みたいだな」

 

 衛は、安堵した顔で頷いて手元のリストに『異常なし』と記入した。

 リオレウスはいま、1匹の雛の子育てを行っている。

 通常、飛行能力に長けた雄のリオレウスは主に上空からの縄張りの監視と外敵の排除を、脚力に優れた雌のリオレイアは子どもの世話と餌の確保を概ね担っている。

 

 いま、彼には番がいない。だから彼は、必然的にリオレイアの役目も同時にせざるを得ない。

 当初は卵は4個あった。だが彼1頭ではどうしても手薄になる頃合いが生まれ、その間にランポスに卵を喰われるなどして最終的に孵ったのは1頭だけであった。

 この雛は特別やんちゃで、少しでも放っておくと巣の外に飛び出してしまうほど好奇心旺盛だった。

 その度にリオレウスは雛の首を咥えて巣に戻してやらねばならず、かなり手を焼いている様子である。

 

 今このときも、雛はリオレウスの口から直接餌を啄んでいる。

 親よりもずっと弱い力ながら、人間ほどの大きさしかない身体で一所懸命飛び跳ね肉を引きちぎろうとしている。

 中々上手く行っていないのに気付いたリオレウスは一旦餌を咀嚼し、柔らかくしてからもう一度差し出してすべて食わせてやる。

 あっという間にすべて食べきった雛は、次の餌をおねだりするように飛び跳ね喧しく吼えまくった。

 

「もうあんなにギャーギャー言って飛び跳ねて、まるでちびうさみたい」

「確かあの雛、女の子だっけ?かなりお転婆に育つかもなぁ。シングルファーザーは大変だ」

 

 衛とうさぎは小声でくすくすと笑い合う。

 リオレウスは雛に追い立てられるように飛び上がり、次の獲物を探しに行った。

 そのとき2人の目に、雛の首元辺りからきらりと一片の光が入り込んだ。

 それを見て、うさぎはふっと顔を曇らせる。

 

「前は気のせいかと思ったけど、やっぱり生えてるわね金色の鱗」

「……うん」

 

 ルナの言葉に、うさぎは頷いて答えた。

 金の鱗は、リオレイアの中でも非常に珍しい『希少種』の証。

 無事に育てば彼女の全身は荘厳な金色に包まれ、このリオレウスよりも遥かに強靭なリオレイアへと姿を変えると聞いている。

 最初は雛が宝石のような美しい姿になることを我が子のように嬉しがっていたうさぎだったが、間もなくして、そう呑気に喜んでばかりもいられないことに思い至った。

 

「これからあの子、生きていけるのかな」

 

 あの自然界では明らかに目立つ体色は、捕食者からは恰好の標的だ。力が弱いうちは大変な思いをすることになるだろう。

 

「多分、あたしがリオレウスに使った銀水晶のパワーが卵にも流れたんだわ。だとしたら……」

 

「うさぎちゃんが気負う必要なんてないわ。今のところあの雛には、身体が金色で成長がちょっと早いこと以外、何も変わったところなんてないじゃない」

 

 ルナが、うさぎが自分を責めるのを予見したように割り込んだ。

 

「ルナの言う通りだ。さっきの光景を見ても分かるだろう。彼女は彼女自身の意思で生きているし、リオレウスもあの子をきちんと親として、愛情を込めて育ててくれてる。うさこがやったことは、デス・バスターズなんかと一緒じゃない」

 

 衛は、うさぎに強く言い聞かせるように真っ直ぐ瞳を見て話した。

 

「いま、うさこ自身に宿っている『女王』も、決して君を恨んだりなんかしてないと思う」

「……そうかな」

 

 うさぎは、下を向き自身の姿を改めて見つめた。

 

 レイアシリーズ。

 

 金属の甲冑をベースとしながら、強靭なリオレイアの甲殻がヘルメットや胸当て、ロングスカートのように大きく広がった腰装備を要所要所で覆っている。

 その姿はパーティードレスのように華やかで、それでいて騎士のように凛としている。

 女王としての美しさと力強さを兼ね備えた装備が、彼女の身体を護っている。

 

 そして、爆発で無くなったハンターナイフに代わる彼女の片手剣は『プリンセスレイピア』。

 茨の意匠が織り込まれた、刺突に向く緑色の細い剣にはリオレイアが尻尾に有する猛毒が含まれている。

 どちらも、この巣で死んだリオレイアの身体から造られた強力な武具であった。

 

 うさぎは、自身の胸当ての右側を覆う緑色の鱗をそっと触り目を細めた。

 

「そうに決まってる。その姿も心も綺麗な君だから、きっと」

 

 彼女はうつむいたまま少し顔を赤らめ、瞳だけ動かして衛の姿を見た。

 衛が身につけているのは、『チェーンシリーズ』と片手剣『ハンターカリンガ』。

 全身を甲冑と鎖帷子で固めたまさしく騎士のような恰好に、大きく湾曲した鉱石製の片手剣を身に着けている。

 うさぎの武具より防御力も攻撃力も劣るが、細くて長身の彼が付けると元々持っていた繊細な雰囲気に勇ましさが加わったようで、より男っぽく仕上がっている。

 

「まもちゃんも、とってもかっこいいよ」

 

 ルナはそんな二人の頭上からのやり取りを聞いてため息をついた。

 

「はあ~、やっぱりいつでもどこでもいちゃついちゃうのねこの二人は……まあ喧嘩するよりかよっぽどマシだけど」

 

 その時、穴から差し込む光に影が差し込んだのをルナは見逃さなかった。

 

「あっ、もう帰って来た!えらく早いわねぇ!」

「次は何を持ってきたんだろうな?」

 

 うさぎと衛は、舞い降りてくるであろう父親の姿を今か今かと待ち構える。

 だが、衛は早くも異変に気づき始めていた。

 

「なんだか……影のシルエットが違うぞ」

 

 確かに、地面の巨大な影は羽ばたいている。リオレウスと同じ、翼を持つ『飛竜種』と呼ばれる生物の特徴だ。

 だが、その肝心の翼がリオレウスのそれとはまったく違う。

 透けているのだ。

 まるでトンボの翅脈のように、光をいくつもの四角形に区切って通している。

 そして上空から現れたその姿を見て、うさぎもルナも目を丸くした。衛が叫んだ。

 

「……リオレウスじゃない!」

 

 黒と黄の縞模様の刺々しい甲殻に、昆虫を思わせる、光を複雑な緑色に反射する半透明な翼。尻尾は鋏のように鋭く二又に分かれ、頭に戴く冠のようなトサカから僅かに電流が迸る。

 そしてその目は──どこまでも透き通る、冷徹な赤色だった。

 

 電竜『ライゼクス』。

 狡猾、残忍にして凶暴。

 


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