セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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そこは、乙女の知らない世界③

 ココット村は、豊かに生い茂る森林の間に点を穿つように存在している。

 柵の中には質素な茅葺屋根の家屋が立ち並び、煙を立ち昇らせている。

 人々は麻で縫われた衣服に身を包み、今朝も薪に使うための木を割り、米の田植えを行っていた。

 

 その中を、鉄の鎧と毛皮の腰当てで武装した大男が、見の丈を裕に超す剣とは名ばかりの骨の塊を背負って歩いていく。傷と皺がいくつも折り重なった顔の上からはほつれた白髪が覗き、風に揺れた。

 一見強面に見える彼に、住民たちは彼に気づくと「おはよう、ハンターさん」と顔を上げて平然と声をかける。それに彼も、「おはよう」と答えて手を振り返した。

 男は、粗末な家の前に立つ小さな老人の前で足を止める。

 その老人は明らかに他の住民と外見が違う。耳は兎のように垂れ下がり、口元には立派な髭を蓄えて、まるで山奥に住む仙人のような印象である。

 

「おはよう、ハンターさん。依頼の件は聞いたかね」

「ああ、村長。手負いのランポスの討伐と聞いた」

「そうじゃ。オヌシにはそれと同時に、周辺地域の異常について調査を頼みたい」

 

 村長は親しげに話しながら、『ハンター』と呼んだ男に数枚の紙を手渡した。それらは、最近の異常をまとめた報告が事細かに記されている。

 ハンターは報告書を読みながら眉を上げ、村長の顔を覗いた。

 

「焚火の跡に大規模な爆発音……。中々厄介そうな内容だな」

 

「だからこそ、オヌシに頼みたいのじゃよ。最近では噂にある『魔女』のせいではないかという憶測も出てきておる。どうか真相を伝え、皆を安心させてほしい」

 

「分かった。早速『森丘』に向かってみる」

 

 頷いたハンターは、背中越しに手を振りながら荷車へと歩いていった。

 

 そして、その翌日。

 小さな洞穴を抜けると、ハンターの眼下に見慣れた森と丘が広がった。この地を支配するのは、緑と青。それのみである。

 真っ先に、彼は手前の大河に集まる草食竜の巨大な群れを眺めた。灰色の背中が絨毯のように岸を彩る光景は、かなりの圧巻だ。

 

「繁殖期でもないのに、こんな群れを見るのは珍しいな。森の周辺から逃げてきたのか」

 

 彼は懐からオレンジ色の薬液を取り出し、一気に飲みほした。これは『千里眼の薬』と言って、使用者の五感をしばらく獣並みに高めてくれる。こうした調査では必須のアイテムである。

 ハンターは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。不意に、鼻が何かを感じ取ってひくついた。

 

「やはり、肉食竜ランポスの臭いと……香水のような匂いか。なんだこれは?」

 

 疑問を抱きつつもハンターは坂を下り、左手にある森に続く道へと歩を進めた。

 森に足を踏み入れると様々なものが発する臭いがより一層きつくなり、嗅覚が敏感になっているハンターは思わず鼻を押さえた。

 ここまできつい香りは獣たちを引き寄せる。これほどきつい匂いをつけてこの森を歩くのは、自殺行為そのものだ。

 引き続き匂いを辿って歩を進めると、今度は森の中でも開けている広場に出た。

 

「これは……ひどいな」

 

 ハンターは、最も目につく破壊の激しい大木の近くに腰を下ろした。

 根っこは地面ごとえぐれ、枝や表皮は焼け焦げ朽ち果てている。どうやら相当な乱戦が行われたようである。

 

「ここでリオレウスと何者かが戦ったのか」

 

 一旦立ち上がったところで、彼は地面のある点を見つめた。

 そこには、明らかに人の足跡と分かる凹みがあった。そのような足跡が、モンスターの足跡に混じっていくつもある。

 

「この足跡の持ち主が、モンスターと戦ったのか?」

 

 その時、甲高い鳴き声が木霊した。何者かがこちらに向けて駆け寄ってくる音が聞こえる。

 ハンターは怯まず、迷わず背負っていた巨大な剣の柄に手を伸ばした。

 

「探す手間が省けたな」

 

 同時にすぐそこの茂みから青く、赤みがかったトサカと黄色の嘴を持つ怪物『ランポス』が飛び出した。

 ランポスは、目の前の獲物を喰らわんと大口を開けた。

 

────

 

「ギシャアッ」

 

 突如響いてきた獣の悲鳴に、制服を脱いで水浴びをしようとしていたうさぎたちはびくりと身体を震わせた。

 談笑していた亜美とレイは、互いに顔を見合わせた。

 

「ねえ、今の音って」

 

「聞き覚えがあるわ」

 

 間違いなく、彼女たちが戦った恐竜たちだった。

 

「やっぱり、あの恐竜たちもこの世界の生き物だったのね」

 

「となると、彼らを追って霧に入れば、また元の世界に帰れるかも知れないわ」

 

 見えてきた希望に、レイと亜美は顔を明るくして見合わせる。

 

「よし、じゃあ早速着替えて変身したら、恐竜たちを捜しに行きましょ!」

 

 うさぎが顔を引き締めて服を戻して羽織ると、あとの2人も続いて頷いた。

 セーラームーンたちが用心しながら鳴き声が聞こえた方角へ進んでいると、突如、悪臭が彼女たちの鼻を刺激した。

 

「く、くさい……」

 

 ムーンが思わず鼻を塞ぐ。後の2人も、同じくしかめっ面をして続いていた。

 

「一体なにがどうなればこんな臭いが……」

 

 マーキュリーが何かに気づき、後の2人もその視線の先を追う。

 

 大きな血の池が、木漏れ日に照らされ豊かな緑に覆われた大地を、そこだけ赤黒く染めていた。

 陽に照らされながら草から滴り落ちる血の色はワインのように鮮やかだった。

 

 その中心に浸かっていたのは、かつてセーラームーンたちが対峙した恐竜「だったもの」だった。蠅がそこら中を飛び交っている。しかも、3頭のうち1頭は本来の縞模様の皮が丸ごとなくなり、その中身がそのまま曝け出されていた。

 

「あ…………」

 

「見ちゃダメ!」

 

 マーズはすぐにムーンの目を手で覆った。そこからは涙が指の間から溢れ出していて、今の彼女の心情を偽りなく表していた。

 マーズはムーンを抱えながら向こうを向かせ、心配げに見つめるマーキュリーに言った。

 

「大丈夫。この子は少しあっちで休ませるから」

 

「……分かったわ。私はこれを何とか分析してみる」

 

 マーキュリーは、まず皮だけが集中的に剥ぎ取られていることに注目した。

 

「単に捕食が目的なら、栄養豊富な内臓も消失しているはず。なのに、皮だけが綺麗さっぱり無くなってる」

 

 よく見てみると一部だけ皮が残っている。切断線は異様に綺麗な直線だった。

 

「この皮を引き裂いたのが歯や牙だったなら、もっと乱雑なはず……。こんなに綺麗なものはあり得ないわ」

 

 そのあまりにも「理性的」な死体の扱いと傷のつけ方に、マーキュリーの脳内である答えが急速に浮かびつつあった。

 続いて傷の状況を見ると、ある個体は心臓らしき器官が破壊され、他の個体は首を切り落とされて絶命している。的確に相手の急所を狙った攻撃である。しかも、あれだけ生命力が高い生物の首を一刀両断するのだから、その武器はかなりの重量と鋭さを兼ね備えていなければならない。

 高度な理性と大胆さを兼ね備えた動物を彼女はいろいろと思い浮かべたが、こんな芸当が出来る生き物は限られてくる。

 

「彼らを狩ったのは、人間……?」

 

 だが推測通りなら、その人間は生身でその巨大な武器をぶん回して、あの恐竜たちを真っ二つにしたことになる。

 

「こんな怪物を剣一つで仕留める人間が、この世界にいるというの?」

 

 とにかく彼女たちにとって不幸だったのは、元の世界へ帰る手掛かりを失ったことだった。これから彼女たちは、この魑魅魍魎が住まう森で行く宛もなく放浪しなければならない。


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