セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
ルナが大きなたんこぶを押さえながら目を覚ました時、ぼやけた暗い視界に真っ先に入ったのは、大きな焚火の暖かな明かりだった。
その明かりの周りを黒い影たちが取り巻き、楽しそうに飛び跳ねている。それを捉えた瞬間、記憶が鮮明に蘇ってきた。
(そ、そうよ!確かこの子たちの1匹がいきなり出てきて……!)
猫によく似た彼らの背後には、石が積まれた原始的な建造物が見える。そこには赤い染料で謎の壁画が描かれていた。
こんな危険な森に一つの文明があったことに思わず感心してしまうルナだったが、魚や野兎が串に刺されて炙られているのに気付いた途端に毛並みが震え、逆立った。
(……ま、まさかあたし、この子たちに生贄にされるんじゃあ)
第一印象だけで文化を推測するのは失礼な話ではあるが、どうしても拭い去ることのできない不安が彼女の心臓をバクバクと鳴らす。
その時、彼女の尻尾を誰かが掴んだ。
「ぎにゃあっっ!」
思わず叫んで飛び上がるルナに、火を取り囲む面々も気づいて振り返った。彼らの青い瞳が、焚火に背を向けたことで暗闇に紛れ、鋭く光っていた。
震えあがった彼女はその場に土下座して頭を下げた。
「お、お願い!どうか今日の晩御飯にするのだけはやめて!」
だが、彼らは互いに顔を見合わせ小首を傾げるだけだった。
それを見た彼女は、今度はやけくそになって立ち上がって爪を出し、怖い表情をして唸ってみせた。
「あ、あたしを舐めてたらひどい目にあうわよ!ほーら、この研ぎ澄まされた爪が見えない!?」
「ニャ」
彼女の前に進み出た黒猫の一体が、背中から何かを取り出す。
「な、なによっ!?」
彼女の前に出されたのは、焼き魚を刺した串だった。
「え、これ……くれるの?」
「ニャ!」
屈託のない笑顔でその串を目の前に出してきたその黒猫は、これを食え、と言っているようだった。
「あ、ありがとう」
お礼を言うと同時に、見知らぬ地での思わぬ親切と申し訳なさに、ルナはついつい涙ぐんでしまった。
揺らめく焚火の周りで、猫たちは歓迎の舞を舞っている。ルナの前には他の仲間と同じくマタタビの匂いのする飲み物と食べ物が置かれて、彼女はその場の雰囲気に同調してすっかりいい気分になっていた。
だが、途中で彼女の頭に、ふとあの少女たちの姿が浮かび上がった。
(そうだわ。あの子たちを早く探さなきゃ)
ルナは隣で舞いに合わせて手拍子している褐色の猫の肩を叩き、足元の地面を指さした。舞っていた猫たちも舞いを中止し、彼女の手元を見やった。
彼女は地面を手でなぞり、人の形を描いていく。描き終わった後には、3つのスカートを履いた人の絵にそれぞれツインテール、ショートカット、ロングヘアーを追加したものが出来上がっていた。セーラームーンたちの絵だ。
ルナが周囲を見やると、彼らはその意味を理解したようで、口々に謎の言語で話し合い始めた。
それが数分続くと、やがて猫たちの間から3匹が顔を出した。自信ありげに胸を張っている様子からして、どうやら彼らが彼女たちを目撃したらしい。
「あなたたちが!じゃあ、そこまで案内してくれるかしら!?」
思わずルナは前のめりになったが、それを1匹の猫が手を突き出して制止する。するとその猫は真っ暗な空を指さした後、ルナに向かって牙を剥いて飛び掛かる獣のようなポーズを取ってふしゃあああ、と鳴き、次にその獣に怯えて耳を塞いで丸くなるポーズを取った。
(ああ、なるほど。夜はあの恐竜みたいな輩が怖いから……)
続いて、彼は枝で太陽の絵を付け足してから、その下のセーラームーンたちを指さし、そこに向けて全速力で走るような動作を取った。
(明日になったら案内してくれるってことね)
寸劇が終わって息を荒くしながら寝転がっているその猫に、ルナは感謝代わりに彼らの鳴き方を真似して「みゃあお」と鳴いた。
再び舞宴が始まりにぎやかになると、彼女は星が満天に広がる夜空を見上げた。
「うさぎちゃん、必ず見つけるからね。それまで我慢してるのよ」
────
うさぎたちが、誰かに狩られた怪物たちの無残な姿を発見したその日の夜。
うさぎは洞穴の入り口から、ルナと同じ空を焚火の色が混じった蒼い瞳で見つめていた。
今のうさぎは、放心状態に近い状態だった。
「ほら、うさぎちゃん落ち着いて」
「ごめんね、亜美ちゃん、レイちゃん。こういう時こそあたしがしっかりしなきゃいけないのに」
「そんなことないわ。むしろ、うさぎちゃんのが普通の反応よ」
見かねたレイが、ぽんとうさぎの背中を軽くたたく。
「もー、ほら、しゃんとする!あんたが落ち込んでたらこっちにも感染してくるわ。今日はもう早く寝なさい!」
「……そうね、今日はもう寝た方がいいかも。じゃあ、おやすみ」
2人もおやすみ、と答えるとうさぎはツインテールを解き、落ち葉と枝で作った寝床の上で横になると、すぐにすぅすぅと安らかな顔で寝息を立て始めた。
それを見届けると、レイは亜美を焚き火を挟んで見つめ、亜美の耳に手をかざした。
「……それで、亜美ちゃん。夕方に言ってたけど、奴らを狩ったのが生身の人間って本当?」
「可能性は高いわ。どうやら犯人は、あの焦げた皮だけを持ち帰ったようなの」
「じゃあ、その『狩人』が本当に奴らを狩ったとするなら、その剥いだ皮をどうするつもりかしら。バッグにしたりとか?」
亜美は「もう、こんな時に冗談言わないの」と苦笑した。
「それならまだ良いけど、厄介なのはその人に仲間がいた場合よ。もしかしたら他の誰かに見せたかも知れない」
「もしそうなったら、かなり面倒なことになるわね」
レイは、憂鬱そうな顔で洞穴の中から僅かに見える夜空を見た。
────
その日の夜のココット村の灯りは、いつもより明るくなっていた。
大量の蝋燭ランプが置かれた大机の周りに、大勢の人間が集まっている。その中心近くに、村長とハンターがいた。
皆の視線の先には、大きく一面が焦がされたランポスの皮が開かれて置かれていた。
そのすぐ隣に、『森丘』の地形や環境を簡易に示した地図が広げられている、。そこには、まばらに赤いバツ印が付けられていた。
白髪のハンターが「みんな、聞いてくれ」と言うと、住民たちは一斉に彼に注目した。
「まず、結論を言わせてもらう。恐らく、ハンターズギルドも把握していない未知の存在が、これらの異常現象の中心にいる」
たちまちその場が騒然となった。村長が「静粛に」と呼び掛けても、完全に大人しくなるまで数分ほどかかった。
「だけどよ、ハンターさん。そいつは丸焦げになって火傷してたんだろ?じゃあ、犯人はモンスターしかいないじゃないか」
興奮気味にまくしたてる中年の女性に、ハンターは静かに頷いた。
「俺も最初そう思った。だが、リオレウスが吐く火炎は対象に接触すると爆発する。ランポスは一撃で骨も皮も砕け散り、焦げるどころではない。この皮は、どちらかというと『炙られた』ように、俺には思える」
それを聞いて、彼女はごくりと生唾を呑み込んだ。
「じゃあ、一体誰がランポスを?」
「それに迫る手掛かりとなったのが、リオレウスと何者かの戦いの痕跡だ。爆発の痕跡があっただけじゃなく、草木が広範囲にわたって結露していた。恐らく、その『何者か』の仕業だ」
ハンターの指が、森林が密集するエリアにある大きな×印を指す。そこから、彼は隣の印へと指を滑らせていく。
「その痕跡は、丘の上の焚火跡へと続いていた。明らかに人工的なものだったが、近くに着火石はなかったから、恐らく別の手段で火をつけたんだろう。
更に足跡と香水の匂いを辿ると再び森の奥に入り、明らかに食糧を採取した跡があった。主にキノコ類や薬草が摘まれていて、薪を取った跡もあった」
ハンターは、一旦息を吐くと、覚悟を決めるように口を開いた。
「この謎の存在の正体は、恐らくは人間だ」
結論を聞いて、いくつもの視線が交差した。
「とは言っても、本当に相手が噂にあるような『魔女』かは分からない。これは単なる俺の憶測だからな。明日、エリア12の獣人族の巣に赴いて情報を集める。俺からはこれで以上だ。みんな、今日はゆっくり寝て身体を休めてくれ」
住民たちは頷くと、家族や親しい者の間で話をしながら自分たちの家へと散らばっていく。
後には、村長とハンターだけが取り残された。
「『魔女』か。長いこと生きてきたが、今日の今日まで御伽噺だけの存在かと思うておったわい。とにかく、気をつけてくれ。相手は何をしでかしてくるか分からん」
「そもそも御伽噺にあるような魔女かどうか分からないし、魔女だからと言って、悪を及ぼすかどうかも分からん。もしかしたら、善良な存在かも知れない」
「善良な『魔女』か……。オヌシのそういうどこかで夢を見がちなところは、その歳になってもまだ変わらんみたいじゃの」
村長の言葉は、まるで祖父が子どもか孫に諭すかのような口調だった。
ハンターは、星が無数に散らばる夜空を見上げていた。
彼女たちも、今頃森のどこかで同じ空を眺めているのだろう。
「森のどこかに潜んでいる、見知らぬ人よ。この老いぼれの俺が戦うのは、怪物どもだけで十分だ」