セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
ちびうさは、真っ逆さまに落ちていた。
時々、背中に土や木の根っこのようなものがぶつかったが、どこに向かっているかも定かではなかった。
やがてだだっ広い空間に放り出され、身体が風を切る音がした。
このままでは、恐らくろくでもないことになることは予想がついた。
「……ルナP変化!!」
ちびうさは嫌な予感がして、叫んだ。
ボールはぐるぐる模様の巨大傘へと変貌、彼女はその柄を手に取る。
どういう原理か傘は空気を受け止めた。
そのまま彼女はふわりと空を舞い、紅蓮花が落下傘のごとく落ちる水辺に、ばしゃりと音を立てて着地した。
「はー、よかったー……」
安心した瞬間に力が抜け、その場にへろへろと崩れ落ちる。服が濡れるのも構わないほどだった。
奥に轟轟と落ちる滝の近くに、立派な一本角を生やした巨大な竜の頭蓋が埋まっていた。
角の根本と額の間が、座るのにちょうどいい形と高さだったのでそこに腰を下ろす。
改めて景色を見回した。
景色、音、匂い、触感。
どれも、本とは比較にならない情報量だった。どれも青々と輝き、生き生きとしている。
だが、彼女の開放的な気分は次第に引っ込み、だんだんと不安の影が押し寄せてきた。
「帰った時のこと、あまり考えてなかったな……」
あの時は、彼女も冷静ではなかった。ずっと溜まり続けていた鬱憤が、爆発したような心地だった。
帰った時にはもう、彼女に味方は誰一人いないかもしれない。
「でもずっと、ずっと一緒に戦ってたじゃん……なのに、おかしいよ」
そう言ってちびうさは膝の間に顔をうずめた。
その時、体が揺れた。
彼女はほぼ反射的に角に掴まった。
「じ、地震!?」
違う。
いま、彼女が乗っている頭蓋が揺れている。
まさか、骸が生き返ったのかと目を疑った。
頭蓋が、泥を落としながら空中へと持ち上がった。
下を見ると、さっきまではなかった脚のようなものが生えていた。
──
エリア5は森林のあらゆる地帯に続く、いわゆる中継地点に当たる崖際の平地で、地図上でもおよそ真ん中辺りに位置する。
雲か、それとも空気中の塵の影響か、ここだけ陽が鈍く黄色に光っている。
そこを、2人の狩人が歩んでいく。
「さて、ここはどうかなっと……」
ルーキーが軽い足取りであるのに対し、亜美は確かめるように慎重に歩いている。
なだらかな坂道を上がりきると、正面に毒沼と、更なる奥地に続く道が見えた。
そこを塞ぐように、ババコンガより一回り小さい桃色の猿たちが、数頭たむろしていた。
「……あれは『コンガ』ですね」
「ゲネポスよりはとろっちいけど、あんなにいると厄介だなぁ」
ルーキーがそうぼやいていると、そのうちの1匹が鼻をひくつかせ、地に付けていた前脚を上げて立ち、吠えた。
それは周囲に波及し、盛んに大合唱を始めた。
「気づかれた!?」
亜美とルーキーは、さっと身を近くの岩に隠した。
「いや、そういうわけじゃなさそうだな」
彼らのいずれも、ある1点に向かって威嚇をしていた。
その向かう先を見ると、2人から見て右側、下方のエリア3へと繋がる崖から何かの気配がした。
まず、人を軽くつまめるほど巨大な鋏がにゅっと現れ、崖を掴んだ。
その後、長い触覚が現れ、次に黒く尖がった目が見えた。
彼はよっこらせ、と鋏で踏ん張るように身体を持ち上げ、その背には巨大な頭蓋骨らしき物体が鎮座していた。
一言でいうなら赤白縞模様の巨大ヤドカリ、というべきだろう。
「ダイミョウザザミ!」
コンガたちのがなり声はさらにやかましくなった。どうやら、これが威嚇の原因だったようだ。
その中を、彼は平然と4本の脚で歩いていく。
獣らはこの侵入者を追い出そうとなおも吠えかかるが、まるで相手にされない。
ココット村の伝説にも記される、モノブロスと呼ばれる竜──その頭蓋骨の横面が目に入ったとき、亜美とルーキーは我が目を疑った。
「ち、ちびうさちゃん!?」
亜美が先に叫んだ。
そこにあったのは、ピンク色のツインテールを揺らし、フライパンを鎧にした少女の姿。見紛うことなく、ちびうさその人である。
彼女はモノブロスの象徴たる一本角に謎のボールごと抱くようにして掴まり、困惑した様子で周囲を見まわしている。
なぜこの狩場にいるのか、そしてなぜこの生物に掴まっているのか理解が追い付かない。
「あの子……君らの猟団の子っスか!」
「はい!バルバレにいたはずなんですが、どうして……!」
そうしている間にも、ダイミョウザザミはお構いなしに毒沼にずぶずぶと入り込んでいく。
いかにも人にとって有毒である、と主張するかのような紫色を呈する沼の奥には、その元凶なのか、これまた紫色のキノコが群生している。
そこに、ダイミョウザザミは真っすぐ向かっていた。
「でもまずったなぁ。あれじゃ助けられねえっス!」
毒沼の上空にいる以上、変に彼らを刺激すればちびうさがあの角から振り落とされかねない。
だが、状況はこの間にも悪い方へ進んでいる。
コンガたちはいよいよ耐え切れなくなったのか、毒沼に突っ込みダイミョウザザミを襲い始めた。
──
「あ、あんたたちあの時も……!」
ちびうさは、ダイミョウザザミの殻を爪で削ろうとするコンガたちを憎々しげに睨んでいた。
彼女にとって、この猿どもは宿敵そのものだった。
かつてタキシード仮面と共闘したとき、彼らは街の人々を襲おうとした。
そして、屁をふっかけられた記憶も決して忘れていない。
今掴まっている蟹のような生物は、気にした風もなくせっせとキノコを口に運んでいる。
亜美から聞いた通り、性格が大人しいのは確かなようだ。
コンガたちは、そんなただ黙々と食事にありついているだけの平和主義者を傷つけようとしているのだ。
(こいつら、本当にひどい奴らね!)
できればここで成敗してやりたい気持ちもあったが、ここはいかにも危険そうな沼の上。
しかも、遠くを見れば亜美とハンターがいるではないか。
(確か、ルーキーさん……て言ったっけ)
人目がある以上ロッドで攻撃することはできないし、出来たとしても彼らを倒すことは敵わないだろう。
あの2人も、こちらに駆け寄ってきたはいいが助けあぐねているようだ。
毒沼に浸かってこちらを見上げているコンガのぼさぼさ頭をちびうさは見つめた。
「……ここで勇気出さなきゃ、セーラー戦士じゃないわ!」
戦士としての誇りが、彼女に勇気を与えた。
「ってーい!」
ちびうさは両手を広げて飛び出した。
コンガの頭を踏みつけ、軽やかに飛び、数頭を踏み石にして、何とか彼女は沼から脱出した。
ちびうさは懸命に走り、亜美の出迎える腕の中に飛び込んだ。
ルーキーは、この光景に半ば唖然としていた。
脳天に衝撃を食らったコンガたちは、怒りの形相をこちらへ向けた。
「……よ、よし、今のうちに脱出っス!」
急いで、3人はエリア5からエリア4方面に引き返すようにして退却した。
コンガたちは鼻をふん、と鳴らして追跡をやめ、縄張りへの侵入者の排除に再び勤しみ始めた。
ダイミョウザザミはさっきと同じペースでキノコを啄んでいた。
──
振り返って安全を確認すると、亜美は今までに見せたことのないような厳しい表情でちびうさを見つめ、その肩を掴んだ。
「ちびうさちゃん、いったい何をしてるの!?うさぎちゃんにあれだけ言われてたでしょう?」
性格の大人しい彼女といえど、今回のことは流石に見逃せなかった。
ちびうさは気圧されるかのように目を伏せた。
「ごめんなさい……でも、知ってみたかったの。亜美ちゃんが教えてくれた景色ってどうなってるんだろうって」
「……ちびうさちゃん」
「ねえ、あたしたち今まで一緒に戦ってきたじゃない!ずっとあそこに閉じ込められるなんて、もうまっぴらごめんなのよ!」
突然、彼女は顔を上げて反駁した。
ルビー色の瞳に、涙が滲んでいる。そこには、戦士としてのプライドと戦場に立てないことの悔しさが込められているようだった。
それを見た亜美は思わず、顔を歪めた。
「……とにかく、一旦ここから離れましょう」
ルーキーは気遣ったのかその時は何も言わず、ちびうさの背中を押した亜美に続いた。
エリア4のなだらかな地形が見えてきたとき、ふいにちびうさがルーキーを見上げた。
「2人とも、あたしを返したあとは、お猿さんたちをとっちめるのよね?」
どういう意味で聞いたのか図りかねて、ルーキーは首を傾げた。
ちびうさははっきりと真っすぐ彼を見て答えた。
「あいつら、あの蟹さんを虐めようとしてた。あのまま放っておけないわ」
「ちびうさちゃんは、それが許せないからお仕置きしたいって思ってるんスか?」
ルーキーが丁寧に聞き返すと、ちびうさはすぐに頷いた。
「あたし、うさぎたちと一緒に悪いヤツと戦いたいの」
「悪い奴?」
「うん!ハンターさんたちは、ああいう悪い奴らをやっつけて平和を護る仕事をしてるのよね!」
その目の色を成していたのは、純粋な正義感だった。
一人を寄ってたかって暴力を振るう行為は悪であり、それをする輩は倒されなければならない。明快な論理だった。
亜美は、かぶりを振ってちびうさの前にしゃがみこんだ。
「彼らに悪意なんてないわ。あれはただ、餌場が偶然被ってしまっただけの話よ」
「でも、悪いことをするからハンターさんに依頼が来るんでしょ?」
亜美は苦々しいものを嚙み潰したような心地になった。
確かに、ハンターに紹介されるモンスターの狩猟依頼は、縄張りを侵されたことによる村への襲撃や農作物への被害など、人にとって『悪いこと』をした経緯から出されるものも少なくない。
とはいえ、それはモンスターが本質的に悪であるかとは別の問題だ。
先日の読み聞かせのとき、善悪の概念はできる限り排除していたが、結局はこうなってしまった。
やはり、まだ幼い少女としてはどうしてもこういう理解になってしまう。
彼女の脳裏には、悪しき敵を打ち倒す強く気高きセーラームーンという絶対的な図式がある。それがここに来ても崩されていない。
亜美が、どう説明したものか迷ったその時だった。
「ちびうさちゃん、こっち見てみ」
肩を叩かれて彼女が振り向くと、瓶がルーキーの手にぶら下がっていた。
数本の湾曲した鋭い物体が黄色っぽい液体を滴らせている。
「これ、さっき狩って剥ぎ取ってきたゲネポスの牙。あいつらから剥ぎ取ったんだ」
続いて彼が指さした先にゲネポスの骸が横たわっていた。
川に洗われて身体は既に分解されかけ、ブナハブラと呼ばれる羽虫たちが群がろうとしている。
ちびうさは青ざめて亜美に飛びついた。
「そ、そいつらも悪さをしたの!?」
「まあ、増えたまま放っておくとその可能性がある、てのもあるけどもっと違う理由もあるな」
それを聞いて、ちびうさの顔は更に青くなった。
「こいつは俺とミズノさんが麻痺弾の調合に使ったんだ。これがどういうことか、分かる?」
あまりに直截的な言い方に、亜美は不安な顔になった。
ちびうさにはルーキーが恐ろしい化け物に思えたのか、頑なに目を合わさず激しく首を振る。
「
亜美の胸のなかにあるちびうさの瞳を、ルーキーは真っすぐ覗き込みながら言った。
それを聞いて、幼い瞳が見開かれた。
ルーキーは牙の入った瓶をポーチにしまい直すと、自分たちを取り囲む森林の海を眺めた。
「それだけじゃない。服も、食べ物も、家も、安全も、この自然から頂戴して生きてるんだ。逆に言えば、あいつらがいないと俺たちも生きられない」
ルーキーは、ゆっくりとちびうさに振り向いた。
「モンスターってのは確かに怖くて厄介だけど、それでも大切な隣人っス。滅ぼしていい存在なんかじゃない」
「隣人……」
亜美も、その言葉を繰り返した。
「だから俺たちは、その厄介な隣人と共にずっと生きて行けるように狩りをするんスよ。それをいつも心に留めるのが、命狩る者としての義務だと思ってる」
少年のように真っすぐな瞳を、ちびうさはじっと見つめあげていた。
そのとき、ひゅるるる、と何か打ちあがるような音が遠くに鳴った。
振り返ると、エリア5方面から上空に紫色の煙弾が上がっている。
「もしかして、あれは……!」
「妖魔化生物の印……!」
至急、エリア5へ戻らねばならない。
亜美とルーキーは顔を見合わせた。
「どうしましょう、ちびうさちゃんをキャンプに送り返さなきゃいけないのに……!」
ぐっとちびうさの拳が握られた。
「あたし、もっと知りたい」
その叫びに、亜美とルーキーの視線が引っ張られた。
「戦いの邪魔なら遠くから見てるだけでもいい。でもこれ以上、何も知らないまま知ったかぶりするなんて絶対に嫌!」
果たして、これが本当に年端のいかない少女の言葉だろうか。
瞳に、決意の炎が燃えているかのようだった。
亜美が見とれていると、ルーキーが、口角を上げてぱんっと横手を叩いた。
「よし、じゃあやってみるか!」
「えっ」
思わず、亜美は素っ頓狂な声をあげた。
ルーキーは、腰のベルトに巻き付けるように収納していた、草木を模した衣のようなものをばっと広げた。
『隠れ身の装衣』という装具らしく、『新大陸』と呼ばれる地で開発された技術とのことだった。
「これがあれば、余程のことがない限り気づかれることはないはずっス」
だが、流れ弾などが当たったらまずいのではないか。
亜美の心情を先読みしたように、ルーキーは目くばせした。
「大丈夫。隠れるのにちょうどいい場所があるっス。安全は俺の経験が保証するっス」
まじでルナP変化使い勝手よすぎ……。