セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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今回9000文字くらいあります……キリがいい区切り方するとたまにこうなる。
(追記:8月16日7時36分、以前より告知しておりましたサブタイトルの編集を行いました。)


切り裂かれた誇り②

 

 旧沼地の『エリア8』……ドーナツ状に出来上がった洞窟に、それはいた。

 

 ブヨブヨとした質感のアルビノ肌に、赤と青の血管が浮き出て波を打っている。

 寸胴で真っ白な胴体に、目鼻のないのっぺらぼうの頭。唯一赤く裂けた口には、不揃いの牙が並ぶ。

 頭と首の区別はほぼなく、首がゴムのようににゅうっと伸びている。

 丸っこい爪が付いた翼は、彼もまた飛竜の一種であることを辛うじて伝える。

 

 2人を前にして、化け物は絶叫した。

 人の悲鳴のように裏返った咆哮が響く。

 音圧に押しだされた洞窟の冷気が、美奈子の金髪をばっとかきあげた。

 

 

「ソフィアさんの嘘つきー-っ!!」

 

 

 しゃがんで耳を抑えながら、美奈子は涙ながらに叫んだ。

 フルフルは、臭いを嗅ぐように鼻を鳴らしながらぺた、ぺたとにじり寄ってくる。

 体長はリオレウスより一回り小さいが、人を食うことは容易いくらいの大きさだった。

 

「いやあああああっっ!!」

 

 美奈子は全速力で逃げた。

 その背中を見たフルフルは天井へ跳びあがる。

 

「アイノさん、天井を見なさい!」

 

 ガンナーが追いながら、呼びかけた。

 美奈子は我を忘れて絶叫したまま走っている。

 フルフルは足と翼の先っぽを吸盤にして、素早く美奈子の前方に回り込む。

 

 美奈子は、偶然足元にあった風化した骨に躓いた。

 彼女は派手にすっころび、脚をさする。これだけでなく、洞窟内の一面中に骨が落ちていた。

 

「来たときも思ったけどなんでこんなに骨が散らばってんのよ、最悪!!」

 

 そこに、ぼたぼたと何かの液体が落ち煙をあげた。

 はっとして天井を見上げると、フルフルが尻尾を天井にくっつけて涎を垂らしていた。

 涎はしゅうしゅうと音を立て、美奈子の周りの地面を溶かしていく。

 

「い、いぎやああああ!!!!」

 

 またしても絶叫し、美奈子は洞窟内に舞い戻った。

 

「ガンナーさん、話が、話が違うじゃないですかああああ!!」

 

 両肩に抱きついて泣きつくと、ガンナーは呆れ気味に答えた。

 

「だからさっき教えたでしょ?これから、情報の出所は大事にしなさいって」

 

「あたし、ソフィアさんのこといっしょー恨むかも……」

 

 フルフルは、再びこちらに振り向いて天井を這いずり始めた。

 目が無いのにも関わらず、獲物が洞窟に戻ったことを悟ったらしい。

 

「文句言ってる暇はないわよ。まずは腕を動かして!」

 

 美奈子は息を呑み、『棍』を構えた。

 戦士としての自分を思い出して、無理やり奮い立たせた。

 

 天井からフルフルが飛び降り、そのまま覆いかぶさってくる。

 ガンナーは横に転がった一方、美奈子は棍を地面に突き立てた。刃の近くについた特殊機構から空気を噴射、その勢いで軽やかに跳躍。攻撃を難なく避けた。

 

「てぇいっっ!」

 

 着地するとそのまま駆け寄り、踏み込んで得物の刃を振りかざした。

 幸い、表皮は柔らかく刃は問題なく通る。

 フルフルは首を伸ばして噛みつこうとしたり、尻尾を振り回したりして応戦するが、身軽な美奈子には全く追いつけていない。

 ガンナーが撃った火炎弾の雨が彼女の隙をカバーする。

 

「いい調子よ!」

 

「どういたしましてっ!」

 

 彼女の言葉を追い風にして、美奈子は頭に集中的に攻撃を叩きこむ。

 そのうち、フルフルは地面にしゃがみこんで稲妻のような光を口に溜めた。

 美奈子は跳躍の構えを取った。

 

「なにか来るっ!」

 

 空中に跳ぶと、地上で稲妻が光った。

 ちらりと見ると、青白い雷弾が地上を這って進んでいく。

 ソフィアからは、とにかくビリビリに注意しろとの忠言をもらっていた。ああやって、遠くの獲物も捕らえるのだろう。

 

「当たったらヤバそうだけど……」

 

 だが、それもこの空中では当たらない。

 目の奥を光らせると、美奈子は先ほどと同じように武器から空気を吹かせた。それを助けに、彼女は空を踏んだようにして横に跳んだ。

 錐揉み回転しながらフルフルの頭上を取ると──

 

 刃を下に持ち替えて急降下した。

 

 その技は、狩人の間では『急襲突き』と呼ばれる。

 振り下ろされた刃が獲物をしっかりと斬り下ろし、フルフルは大きく仰け反った。

 

「ふふん、見た目はあれだけど随分とろっちいじゃあないの!」

 

 勢いづいたそのままに、矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。

 このまま頭か首を集中攻撃すれば、手早く片づけられるだろう。

 美奈子がそのまま、飛び込もうとしたその時だった。

 

「そろそろ引きなさい!正面に近づきすぎよ!」

 

 ガンナーは忠告をしたが、美奈子は棍を手元で振り回しながら笑った。

 

「大丈夫よ、あたしの機動力ならこんなヤツなんて──」

 

「──────ッッッ」

 

 フルフルが叫んだ。

 遠くにいたガンナーは平気だったが、間近にいた美奈子は思わずしゃがんで耳を塞いだ。

 冥府からやってきたかと思われるほど醜い声だった。

 

「気をつけなさい、興奮状態よ!」

 

 地獄のように長い硬直が終わり、美奈子は恐る恐る目を開けた。

 数メートルほど先に、眼のない白い顔があった。

 それがいきなり飛び出し、眼前に迫った。

 

「がっ!」

 

 少女は弾き飛ばされ、ごろごろと地面に転がった。

 フルフルの首が通常の10倍以上の長さに伸び、すれ違いざまに美奈子の脇腹を殴ったのだ。

 ゆるゆると巻き戻っていく首を見ながら、美奈子の心に嫌悪感と怒りが同時にこみあげた。

 

「……なんのっ!」 

 

 フルフルは、先ほどと同じようにしゃがんで首をもたげた。さっきの電撃と構えが似ており、違いは身体の周りを青白い電流がちらついているぐらいだ。

 美奈子は、自身の身体を再び宙に舞わせた。

 もう一度、急襲突きをがら空きの頭にお見舞いしてやろう。彼女は、空中の一瞬の時間でそう画策した。

 少女は再び、刃を真っ直ぐ、垂直に振り下ろした。

 

「おりゃああああっ!!」

 

 

 直後、電撃が身体中に迸った。

 

 

 フルフルは、電撃を吐くと思わせて身体に電気を張り巡らせていた。

 まんまとフェイントに引っかかったということだ。

 

「がっ……」

 

 美奈子は地面に背中から墜落し、目を見開いたまま力なく身体を震わせた。

 

(麻痺してる……!)

 

 全身にまとったセーラー戦士の力が役目を果たし、被害は軽めで済んだ。

 だが、このままではまずいことは目に見えて明らかだった。

 

 麻痺した彼女に、フルフルがぺたり、ぺたりと近づいてくる。

 

「や……やめ……」

 

 化け物の首が伸ばされ、深紅の唇とたっぷりの涎に飾られた牙がゆっくりと迫ってくる。

 目を閉じたいが、痺れるせいで何もできない。

 彼女の心の底より恐怖が膨れ、沸き上がろうとしていた。

 

 そのとき、化け物の頭に炎を吹く弾が刺さった。

 『徹甲榴弾』数発は大爆発を起こし、フルフルは眩暈を起こして倒れた。

 茫然としている美奈子を、ガンナーが背中から助け起こした。

 

「ほら、今のうちに退避よ!」

 

 ガンナーは美奈子を押しながら、洞窟の出口へと向かった。

 美奈子はまだ震える腕をもう一方の腕で庇いながら、歯を食いしばっていた。

 

 洞窟の外『エリア9』は、この土地特有の濃い霧に覆われていた。

 荷車の横で、一時撤退した美奈子とガンナーは補給をしている。

 一旦外に退避した美奈子は地べたに座り、天を仰いだ顔を手で覆っていた。

 幸い麻痺はほぼ完全に取れ、傷は深くない。火傷したところには、薬草を含ませた包帯を巻いている。

 

「あーもう二度と相手したくない……ほんっと無理……」

 

「まあ、そうなるわね」

 

 完全に意気消沈した美奈子に苦笑いを浮かべたガンナーは、荷車に乗り込んでがさごそと辺りを探った。

 

「やっぱり、この子の助けが必要なようだわ」

 

 彼女が籠を持ち上げると、美奈子は苦虫を嚙み潰したかのような顔になった。

 

「げっ……」

 

「その顔は絶対嫌だって言ってるわね」

 

 籠の中には、蜜を舐める猟虫の姿があった。

 

 美奈子が狩猟笛から操虫棍に持ち替えたのは、遺跡平原からバルバレに帰ってきた頃だった。

 彼女はバルバレに来るまで狩猟笛を使っていたが、こちらの方が高い身体能力を活かせると考えたのだった。

 実際、もともと身軽な美奈子にこの武器の動きは非常に馴染んだ。

 ──だが、どうにもこの虫だけは受け付けなかった。

 

「だって、あんなの身に着けてたら狩りどころじゃないですって!ただでさえあんなヤバいの相手にしてるのに……」

 

 美奈子が眉をひそめていると、ガンナーはふぅ、とため息をついて籠を元の場所に置いた。

 彼女は美奈子の傍に歩み寄ると肩を叩いた。

 

「ちょっと場所を変えましょうか。気晴らしと、あれの興奮が解けるまで待つのも兼ねてね」

 

──

 

「最初見た時から面白い子たちと思ってたわ。武器の扱いはまだ荒さがあるけど、初心者にしては十分上出来」

 

 旧沼地の『エリア5』と呼ばれる区域は、先ほどとは打って変わって霧がない。

 泥濘には池と見まがうほど巨大な水たまりがいくつかあり、天然の鏡として波紋に揺らぐ曇天を映し出している。

 人の背ほどある巨大ハスの下を潜り抜け、美奈子とガンナーの2人は歩いていた。

 

「貴女は特にずば抜けてる。複数の武器を扱える柔軟さと高い身体能力は、まさに狩人になるために生まれたといっても過言ではない」

 

「い、いやーん褒めすぎですよぉ、ガンナーさん」

 

 ほめそやされた美奈子は、思わず照れて頬を赤くした。

 

「もう一つ、特筆すべきは行動力ね。貴女、目的を決めたら真っ先にそこに向かうタイプでしょ?」

 

「あ、分かります?あたし、ものごとには妥協しないってゆーか!」

 

 調子づいた少女は自信を指さすと、てへっと茶目っ気のある表情で微笑んでみせた。

 その時、ガンナーはふいに立ち止まった。

 

「じゃあ、こういうことにも妥協しない?」

 

 彼女はしゃがみこむと、足元にあった白ちゃけたものを手でまさぐり始めた。

 

「ちょっ、ちょっとガンナーさん、それ……」

 

 美奈子はそれを見た瞬間、ぎょっとして思わず身を引いた。

 一生で一度も見たことのない大きいそれが、鎮座している。

 

「ええ、モンスターのフンよ」

 

「はっきり言わないでください!!」

 

 思わずそう叫ぶほど、眉目秀麗な女性が何の抵抗もなくそれを触る姿が強烈だった。

 耐え切れなくなって、美奈子は目をつぶって背けた。

 

「大丈夫。分解されきってるから有害な菌はないわ」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「ふむ、これは……かなり古いわ。でもモスは見かけなかったし、このキノコ……」

 

 ガンナーは手につけたフンをじろじろと眺め、臭いまで嗅いでいる。

 美奈子は背を向け、半ば呆れながら呟いた。

 

「やっぱりあたし、こういう役向いてないですよ。亜美ちゃん辺りの方がずーっと活躍できそう」

 

 美奈子は、こうやって深くものごとを考えることが得意ではない。

 だからこそ、状況を分析する『目』の役割を与えられると知ったとき、彼女自身も違和感を禁じ得なかった。

 

「それにあたしたち、霧と魔女の調査に来てるじゃないですか。妖魔化したモンスターを倒した方が情報をたくさん得られるんじゃ……」

 

「それだけじゃダメよ」

 

 ガンナーは、優しい口調ながら毅然と言った。

 

「例えば、さっき戦ったとき不思議に思ったことはなかった?」

 

「えぇ……そんなの戦いに夢中だったし、骨が邪魔だなってくらいしか……」

 

 それを聞き、ガンナーはふふっと笑った。

 

「よく見てるわね。あの骨は捕食痕よ。あれは天井から獲物を襲って丸呑みにするのだけれど、骨だけはいくらか消化しきれず吐き出すの」

 

 要するに、あれはフルフルの食べかすなのだ。

 

「う、うげー……」

 

 美奈子は不快感を露わにした。

 

「骨の量は私も異常だと思った。本来、この地域のフルフルはそんなに洞窟に長居しないの。それがずっと洞窟に引きこもってる……この意味がわかる?」

 

「外に出るのがめんどくさくなっちゃったんですかね?いかにも出不精って感じの見た目だし」

 

「そのめんどくさくなった理由のことを聞いてるのよ」

 

「えー?」

 

 美奈子は、怪訝に首を捻った。

 思いなおしてみると、フルフルそのものは病気らしい様子もなく暴れまわっていた。

 それが、あえてあそこで食事を取るということは。

 

「外に……なんか怖いものでもあるとか?」

 

 ガンナーは黙って微笑むことで肯定した。

 

「付け加えると、ここで凄まじい頻度で生物の入れ替わりが起きてる」

 

 彼女は、先ほど触ったフンを指さした。

 

「草食動物のモスはキノコを食べるんだけど、あの古いモスのフンの近くにはキノコではない別の雑草が生えていたの。私たちが来る前に何かによってキノコが消え去り、取って代わられたわけね」

 

 美奈子は息を呑んだ。

 そんなことが自分たちの見ないところで起こっていたなど、思いつきもしなかった。

 

「じゃあ、その原因って……」

 

「妖魔かはまだ分からないけどね」

 

 ガンナーは、曇天を見上げた。

 

「経験者の言葉として覚えておきなさい。この世にあるものすべてが、求める真実に繋がる手がかりなのよ」

 

 再び美奈子に視線を戻し、彼女は続けた。

 

「貴女は最初から一つの道しか見ず、他を全部切り捨ててしまう。その中のひとつが最高のハッピーエンドに続いているかもしれないのに勿体ないわ」

 

 ガンナーは、美奈子の胸当てを人差し指でとん、と軽く叩いた。

 

「貴女は、もっといろんなことができるはずよ」

 

──

 

「うっ……やっぱ苦手かも」

 

 右腕に猟虫を装着した美奈子の顔はげっそりしていた。

 時々、掴まり続けるために脚を揃えるのが防具越しに分かる。それが余計にぞわっとした。

 

「今すぐ使えとも、心の底から好きになれ、とも言わないわ」

 

 洞窟に入る直前、ガンナーは美奈子の緊張を解くように両肩に手を置いた。

 

「でもその猟虫は、狩人に従うように育てられた子よ。ちゃんと扱えば、今までよりずっと有利に立ち回れる」

 

「だけどあたし、虫の扱い方は本でかじっただけで……」

 

「分かるなら、ここで実践してみなさい」

 

「ああ、ほんっと無茶ぶりもいいとこ!」

 

 美奈子は、半ばやけになりながら洞窟に入っていった。

 

 フルフルは、やはり洞窟の中にいた。くんくんと鼻を鳴らすと、いきなり涎を撒き散らして跳びかかった。

 美奈子とガンナーは、真横に分かれるように避けた。

 

「えーい、こうなったらどーにでもなれー!」

 

 吐き捨てるように叫びながら、美奈子は棍を振り下ろす。

 

 とにかく、目鼻のないフルフルには表情というものがない。

 だから、どちらを狙っているか、何をするつもりかが分かりにくい。

 さっきの失敗のせいか、フルフルがしゃがむだけでびくっとしてしまう。

 

 そんな中、フルフルはゆっくり歩いてきたかと思うと、いきなり身体に電撃を纏わせて素早く噛みついてきた。

 身構えていたのに、心臓が底から跳ね上がった。

 尻尾を巻くようにして何とか逃げ延びたところで、偶然ガンナーと目が合った。

 

 彼女は、相変わらず微笑んでいた。その落ち着きようはまるで、風の吹かない湖水の如くであった。

 

「大丈夫。貴女なら、できるはずよ」

 

 美奈子は顔を引き締め、再びフルフルを正面に見据えた。

 奮戦するうち、あれだけ嫌悪感しか感じなかったフルフルの動きもつかめるようになってきた。

 とにかく、近距離かつ正面に立つのを避ける。そうすれば、大体の攻撃に対応できることが分かった。 

 

 それでも幾度となく肝を冷やされたが、そのたびガンナーの的確な援護射撃が飛んだ。猟虫は使えずじまいだったが、それでもダメージは着実に蓄積していった。

 

 数十分後、急にフルフルが立ち止まった。

 さっきまで奮闘していたのが嘘のように、じっと静止している。

 

「な……なに!?」

 

 手を止めた美奈子に、ガンナーが叫んだ。

 

「あれが瀕死の合図よ!もう一息!」

 

 それを聞いて再び闘志を燃やした美奈子が棍を振りかざすと、フルフルは真上に跳びあがった。

 

「あっ!」

 

 フルフルは首を地上へ長く伸ばし、こちらを追い払うようにぶん回した。

 そうやってけん制したあとは、天井に張り付いたままこちらへ雷弾を飛ばしてくる。

 度重なる連撃に、美奈子もガンナーも避けざるを得なかった。

 

 獲物は、天井から降りる気配を見せなかった。 

 天井を這いずり回ってガンナーの射撃を避け、お返しに彼女に雷弾をお見舞いしてくる。

 

(こいつも死ぬまいと必死なのね!)

 

 美奈子は小さく舌打ちした。

 休む暇なく走って反撃をかわすガンナーとは反対に、美奈子は相手にもされていなかった。

 跳躍でも届かない高所に居座られての攻撃は、実際、彼女にはどうしようもなかった。

 そんな中、ガンナーは美奈子の方を見ながら叫んだ。

 

「さあ、どうする?このままじゃ、私たち埒が明かないわよ?」

 

 この状況でまるで教師のように問を投げかけたのに、美奈子は驚いた。

 

「ど、どうするって……」

 

 彼女は、真っすぐ獲物を見据えた。

 

 フルフルは、尻尾の先を天井に吸盤のようにくっつけて攻撃している。実に器用なことだが、地上と比べるとかなり不安定に見えた。

 

(じゃあ、弱い攻撃でも隙をつけば……?)

 

 手元には、猟虫がいる。それは、感情の見えない瞳で主の指示をじっと待っている。

 

(そうだわ、この狩りにはあたしたちの進退がかかってるのよ!頑張りなさい、愛の女神セーラーヴィーナス!)

 

 これを逃せば、妖魔化に関する手がかりが失われる。

 少女は、覚悟を決めた。

 

 フルフルが、口を開いて電気を溜めた。

 美奈子は棍を銃のように構え、よく狙うと、空気穴から煙の塊のようなものを発射した。

 それはフルフルの頭、鼻に当たる部分に当たると色のついた煙を出した。

 狩人の間では『印弾』と呼ばれる。

 獲物は、驚いたように首を振った。

 

「よし今よ、お願い!」

 

 棍を回すと、刃とは反対側にある膨らんだ部分──『虫笛』と呼ばれる部分が、しゃららんと心地よい音を奏でた。

 

 猟虫が初めて、腕から飛び立った。

 美奈子はその虫の行く先を目で追った。

 

 猟虫は、ぶぅんと力強い羽音を立てて飛んで行く。

 それが向かうは、フルフルの頭から上がる印弾の煙。

 虫は真っすぐ、フルフルの首にかじりついた。

 

 驚いたフルフルはもんどりうち、ついに地面に堕ちた。

 

 それでもなお、虫はエキスを吸っている。

 再び、美奈子は棍をくるりと回した。

 

「──帰ってきて!」

 

 虫笛の音に反応し、猟虫は美奈子の手元に戻って羽を畳んだ。

 猟虫は吸い取ったエキスを霧状にして、美奈子の頭上にふりかけた。

 

「わっ!」

 

 いきなりのことに驚いたが、指南書にあった通りに勇気を出して、恐る恐る霧を吸ってみる。

 それが肺に入ってきた途端に、身体に力がみなぎっていくのが分かった。

 

「す、すごい!」

 

 先ほどとは比べようもない冴え渡る感覚に、眼を見張る。

 ガンナーが、頷いて笑った。 

 

「さあ、思う存分暴れなさい」

 

「はいっ!!」

 

 美奈子は声を張り上げ、斬り込んだ。

 流れるような斬撃を、無防備な頭と首に叩きこむ。

 飛び込み斬りから連続斬り上げ、けさ斬り、突き……。

 どんなに動いても、息切れが全くしない。

 そんな中フルフルは、何とか立ち上がって美奈子に一矢報いようとした。

 

「あたしに触れようなんざ、万年早いのよっ!」

 

 美奈子は、動きを止めなかった。

 前方に飛び込みながら、横に円を描くように薙ぎ斬った。

 

 『飛円斬り』と呼ばれる技だった。

 

 その一撃が、決め手になった。

 

 首に深手を負ったフルフルは滅茶苦茶にのたうち回ったあと、舌をむき出しにしたまま動かなくなった。

 美奈子が目を剝きながら息を荒くしている前で、ガンナーが首元に触れて生死を確認した。

 やがて、彼女は美奈子に振り向いてオッケーサインを出した。

 

「お疲れ様」

 

「や……やっと……」

 

 美奈子は、しばらく剥ぎ取りも忘れてその場に立ち尽くした。

 相変わらず、洞窟はひんやりとした空気だった。

 

「どう?今までやってなかったことをやってみた感想は?」

 

 美奈子は、それを受けて右腕でじっと掴まる猟虫を見つめた。

 その顔に、かつてのような嫌悪感は鳴りを潜めつつあった。

 

「……ま、こんな大人しい子なら、アルテミスのお友達くらいにはなれるかもね」

 

 

『……よっ、第二の相棒!』

 

『…………』

 

 

 一瞬、巨大カナブンを相手に陽気に話しかける白猫の相棒の姿を思い浮かべたが、その幻想はすぐに消え去った。

 

「いや……やっぱダメかも」

 

 ガンナーは、それを聞いて苦笑した。

 

 剥ぎ取りをしている途中、美奈子がぼそりと呟いた。

 

「でもやっぱりまだ分かんないです。なんでよりによってあたしを選んだんですか?」

 

「そうね、確かにツキノさんも貴女と似たようなところがあるけれど……」

 

 ナイフを動かしながら、ガンナーは少し考えた。

 

「あの子は、どちらかといえば周りをまとめて団結させるのが得意。対して、貴女は1人でものし上がれるくらいの覇気がある。だからこそ不安だったのよ」

 

 ガンナーは、剥いだ獲物の表皮をポーチにしまった。

 

「最悪1人なら背負うものはないけれど、仲間を引き連れて底なし沼にはまりたくはないでしょう?」

 

 何も言えず、美奈子は頷くしかなかった。

 かつて美奈子はうさぎたちより先にセーラー戦士として目覚め、『セーラーV』として活動していた。

 その行動力と高い実力は、その時代があったがゆえに培われたものだったのかも知れない。

 彼女はやっぱり鋭い人だ、と美奈子は思った。

 

「さて、アイノさん。貴女は今回の異変の原因についてどう思う?ちょっとしたクイズよ」

 

 今なら分かる気がしたので、美奈子は考えることにした。

 ガンナーが撃っていた弾が炎を帯びていたことを思い出すと、芋づる式に、先日読んだ本の一部の内容が頭に浮かんだ。

 

「フルフルの弱点って、確か火と毒ですよね?」

 

 ガンナーは黙って頷く。

 美奈子の脳裏に、先日教えられたあるモンスターが浮かんだ。

 

「沼地でそれを扱うといえば……」

 

 ガンナーの笑みが深くなった。

 

 

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