セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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そこは、乙女の知らない世界⑤

 セーラームーンたちはこの世界からの脱出の手がかりを求め、洞穴から出て森の中を探索していた。だが、数時間森を歩いてもそれらしきものは見つからない。

 やがて彼女たちはちょうどそこにあった倒木に腰を下ろした。マーキュリーが、空を見上げてため息をつく。

 

「今のところ収穫ゼロね。霧さえ見つければ解決する話なんだけれど、こうも広いと大変だわ」

「そうね。『霧がない』だけに……」

 

 途端に3人の間に白けた空気が漂い、ムーンは顔を赤くする。彼女は咄嗟に四つん這いになって倒木の下を探り出した。

 

「ほ、ほらー!案外こういうところに秘密基地への入り口があったりするのよねー!」

「ほんっと真面目にやりなさいよあんた……」

 

 マーズは呆れるあまり、思わず額に手を当てた。

 その時ピコン、ピコンとマーキュリーのスパコンの通知音が鳴った。

 マーキュリーがそれを開いて確認すると、画面から顔を上げて叫んだ。

 

「気をつけて、囲まれてるわ!」

 

 マーズはすぐさま立ち上がって空拳の構えを取り、ムーンもロッドを手に取って構え、臨戦態勢を取る。

 間もなくいくつもの影が木陰や茂みから飛び出し、彼女たちを取り囲んだ。

 マーズはそのならず者たちを見て目を見開いた。

 

「あんたたちは……!」

 

 影の正体は、かつて彼女たちが戦ったのと同じ姿をした恐竜だった。

 しかも、今回は前よりも遥かに数が多い。

 恐竜たちは天に向かって何かを知らせるように吠えたて始める。

 

「クァオ、クァオ!クァオ、クァオ!」

 

 すると、茂みの向こうで影が動き飛び出した。

 それは恐竜たちとほぼ同じ外見をしているが、その図体は今までのより一回り大きい。

 中でも目につくのは、取り巻きより大きく鮮やかなオレンジ色のトサカと巨大な爪だった。

 

「……群れのボス!?」

 

 マーキュリーが言うと、その大きい恐竜は「グオゥッ、グオゥッ」と激しく吠えたてた。

 すると取り巻きは嘶きながら彼女たちの周りを駆け回り始める。マーキュリーの予想は当たっているようだ。

 

「あたしたちを舐めるんじゃないわよっ!!」

 

 1匹が飛び掛かると、マーズはその横っ面を殴りつけ吹き飛ばした。ムーンはまるでそこの空気から取り残されたかのように、呆然とその光景を目で追っていた。

 

「まだまだ来る!」

 

 マーキュリーの声を聞いて我に返ったムーンは、横眼でこちらに飛んでくる恐竜にロッドを構えた。ロッドをびっしりと並んだ牙が捕え、ガリッと鈍い音が鳴る。

 

「お願い……あっちに行って!」

 

 ロッドをマゼンタ色に光らせると恐竜は驚き、口から離して飛びのく。それを見た他の恐竜たちも動きを止め、戦いは中断された。

 ムーンはロッドを真っ直ぐに構え、前に突き出して点滅させた。

 

「あたしたちだって、できればあなたたちを攻撃したくないのよ!」

「セーラームーン……」

 

 マーキュリーは彼女を見つめ、マーズは攻撃に備えて構えながらそれを見守っている。

 部下たちは、指示を乞うように長に視線を集中させる。長は、感情の見えない顔でじっと彼女たちを見つめている。

 やがて、長が天を仰いだ。それに、ムーンは期待と不安が入り混じった表情を浮かべる。

 群れの長は、「グオーーーッ」と攻撃的な鳴き声を周囲に響かせた。

 部下たちは即座に彼女たちに視線を戻し、細く鋭い牙を剥く。

 

「お願い、思い直して!」

 

 彼女の叫びも虚しく、一斉に5匹の部下が地を駆ける。

 敵意をむき出しにした歯牙が、彼女らに集中していく。

 セーラームーンは覚悟を決めて、ぎりっと歯を食いしばった。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 マゼンタ色の光の洪水が、恐竜たちを襲う。

 それが止んだ、その先にあるものは──

 全く無傷な、生物たちの姿だった。

 

「……効いて……ない……?」

 

 彼女の放った光線は、彼らを『浄化』することはなかった。

 長は「グアアッ、グアアッ」と短く2回吼えた。

 戦闘再開の合図だった。

 

────

 

「ふんふんなるほど、ここでうさぎちゃんたちが水浴びしていたってわけね」

 

 約束通り、池の近くに猫たちから情報を教えてもらいに来ていたルナは、1匹の黒猫がそこに入って頭を水で濡らし、手で髪を梳くような動作を見ていた。

 その時、後ろの茂みがガサガサと揺れた。

 

「えっ、何……」

 

 そう言ったきり、ルナは言葉を失った。その茂みから出てきたのが、あの恐竜の黄色い嘴だったからだ。

 

「ぎゃーっ!!」

 

 ルナは飛び上がって尻もちをつき、猫たちもある個体は逃げ出し、ある個体は熊手を持ち出して応戦の構えを取る。

 みなが注目する中、ゆっくりとその恐竜は前に進み出て姿を現わしていく。

 だが、何かがおかしかった。

 彼の動きはあまりに鈍く、よたりよたりと自身を庇うように歩いている。

 

「い、一体何なのよ……?」

 

 ルナの前でその恐竜は遂に力尽き、倒れた。

 その恐竜は、背中から尻尾にかけての部分が黒焦げていた。下半身からは煙がもうもうと噴き出ている。

 

「誰がこんなことを……」

 

 ルナだけでなく、猫たちも恐竜の周りに群がってこの現象をまじまじと観察している。

 その時、何処からか爆発音が聞こえた。

 

「……まさか!」

 

 ルナはその場から飛び出し、茂みの向こうへと駆けていく。それに気づいた猫たちも、急いでルナを追った。

 

────

 

「ファイアー、ソウル!!」

 

 マーズが放った火炎放射が恐竜を包み込み、瞬く間に骨の髄まで焼き尽くす。

 

「シャイン・アクア・イリュージョン!!」

 

 マーキュリーの両手から冷気を纏った水滴が放たれ、飛び掛からんとしていた恐竜はそのまま氷像となる。

 

「……」

「セーラームーン! あたしたちから離れないで!」

「う、うん……」

 

 セーラームーンは2人の戦士に護られていたが、多方面からの攻撃の対処に追われどうしても死角ができてしまう。

 不意に群れの長が大きく横っ飛びして、ムーンの横に入り込んだ。

 

「あっ……」

 

 長は反応が遅れた彼女に飛びつき、足で組み付き、押し倒す。

 

「きゃあっ!」

 

 体を振り払おうとしても、周りを爪で地面にしっかりと固定された彼女は動くことができない。

 

「セーラームーン!」

 

 マーズもマーキュリーも助けに向かおうとするが、手下が行く手を阻む。

 長が嘴を開けて牙を光らせた、その時。

 

「やめなさああああいっ!」

 

 オレンジ色のトサカに、一つの影が飛びつき噛みついた。

 突然の横槍に長は驚き、首を振って振り払う。

 

「いたっ!」

 

 地面に転がり落ちた1匹の黒猫を見て、ムーンはすぐに彼女を救った存在の正体に気づいた。

 

「ル……ルナ!!」

 

 急いでムーンはルナの近くに歩み寄った。

 

「ルナ、無事だったのね!」

「どうしてこんなところに!?」

「まぁ……いろいろとお世話になっちゃってね」

 

 マーキュリーとマーズの問いに少しだけ苦笑いを浮かべて答えたルナだったが、すぐに立ち上がり戦士たちに呼びかけた。

 

「それよりもみんな、今は目の前の敵の討伐が最優先よ!」

 

 恐竜たちは体制を立て直し、長の元に集って雄たけびを上げ始める。

 

「どうやら、まだまだやる気のようね……」

 

 マーズが手元に炎を燻らせたとき、後ろから大きく茂みを搔き分ける音がした。

 はっとして彼女たちが振り返ると、多くの猫たちが呆然とした様子で立ち竦んでいた。

 

「あ、あなたたち!」

「あなたたちって……ルナ、あの猫ちゃんたちと知り合いなの?」

「えっと、知り合いっていうか何ていうか……あっ!」

 

 ルナはムーンにこれまでの経緯を説明しかけたが、すぐにそんな暇がないことに気づいた。

 彼女たちを無視して目の前を横切った恐竜たちが、素早く猫たちを取り囲む。

 

「ニャ―!」

「ニャニャ、ニャニャ!」

「ミャオーン!!」

 

 猫たちの中でも勇気のある者は前に出て熊手を構え、そうでない者は後ろに引き籠って頭を抱えぶるぶる震えている。恐竜たちは、非力な猫たちを次の獲物に選んだようだった。

 

「セーラームーン、あの猫ちゃんたちを助けて!私の命の恩人なのよ!」

 

 ルナの話を聞き、ムーンは猫たちと恐竜たちを互いに見やる。

 選択に残された時間はほんの僅かだった。

 

「分かったわ」

 

 ムーンは頷くと、猫たちを取り囲む恐竜の輪に向けてロッドを向ける。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 光線が、恐竜の輪に着弾する。

 攻撃が全く効かないとはいえ、強烈な光に恐竜たちは一瞬目が眩む。

 

「ファイアーソウル!」

「シャイン・アクア・イリュージョン!」

 

 その意図を知ったマーズとマーキュリーも技を放ち、恐竜たちを一網打尽にする。

 一部始終を見ていた猫たちはしばらく呆然としていたが、やがて我に返るとパニック同然の状態になって散り散りになってしまった。

 再び、恐竜の群れと戦士たちが向き合い、睨み合う。

 

「さあ、仕切り直しといきましょうか」

 

 マーズが言った直後、頭上の木から影が落ちてきた。

 それに気づいた群れの長がその場から飛びのくと、突如その地点の地面が跳ね上がった。

 戦士たちは反射的に土煙を腕で防ぎ、目を細める。

 

 晴れていく土煙。その中にある影は、人の形をしていた。

 それは彼女たちより遥かに背が高く、肩幅も大きい男性だった。

 今地面に接している彼の背をも超える巨大な物体の正体は、巨大な骨を切り出して作られた、無骨というにも程がある大剣だった。

 泥にまみれ野生的な雰囲気を漂わすその男は、ふと彼女たちの方に視線を寄越す。

 傷だらけになった鉄製ヘルメットの奥に覗く瞳が、一際大きく光る。

 皺の刻まれた顔が、驚きに歪んだ。


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