セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「見つけたぞ、最初の手がかりを」
リーダーが足を止めた。
彼女たちは既に、エリア4に足を踏み入れていた。
広場の中央辺りに、ぽつんと山なりにまとまった岩が鎮座している。
レイは目を細めて、リーダーが示した岩を見つめた。
「あれですか?ただの岩に見えますけど」
「では、確かめよう」
3人は、エリアの隅にある朽木に身を隠した。
リーダーは足元にあった石ころを拾い上げ、それを岩めがけて放り投げた。
こつん、と音を立てて跳ね返ると、すぐ変化が起きた。
昔からそこにあったかのように苔むしていた岩が蠢き、泥を払い落としながら持ち上がる。
下から脚が、翼が、頭が現れた。
まるで岩そのものが竜の姿を得たような外見をしている。
岩に見えていたのは、モンスターの背中だったのだ。
その生き物は衝撃の原因を探すように、きょろきょろと辺りを見渡した。
「岩竜バサルモスだ。君たちもある程度のことは知っているだろう?」
バサルモスは、沼地に生息する代表的生物として紹介されていた。
レイは猛勉強の時に、うさぎは調査直前の話し合いで軽くだがその生態を教わっている。
2人は頷いたが、うさぎは興奮気味にレイの方を向いた。
「でも、まさかあれだなんて全然思わなかった!ピクリとも動かなかったよね!?」
レイはツンとしてそっぽを向いた。
「あ、あたしは薄々気づいてたわよ?」
「ここに一度も来たことのない君たちが気づかないのは当たり前だろう」
リーダーは冷静に助言すると、バサルモスに視線を戻した。
「それよりもよく見ろ……背中に亀裂が入っている」
見てみると確かに、バサルモスの背に亀裂が出来てその中から青い輝きがちらついている。
「恐らく、何かと争ってできた傷だろうな」
背だけでなく、腹にも白い傷跡がしっかりと見えた。
それに気づき、うさぎはそっと眉をひそめた。
「確かグラ何とか……ってやつの赤ちゃんよね、あの子」
「グラビモス、よ。つい昨日聞いたばっかでしょう?」
「あ、あぁそうよ、それ!」
レイに口を挟まれると、うさぎは赤くなって投げやり気味に答えた。
「とにかく、あの子を傷つけた原因を探らなきゃ!早く洞窟も探索しましょうよ!」
彼女はすぐに表情を切り替え、奥に見える洞窟への入口を指さした。
しかしリーダーはそちらを見ず、双剣の柄に手を伸ばした。
「いや、まずはあれを狩る」
彼の一言に、うさぎは「えっ」と戸惑いを見せた。
「でも確かあの子って基本大人しいって……」
「あれは今回の事件の重要なサンプルになるからな。今後の被害を減らすためにも重要な個体だ」
「……」
しばらく雨に打たれて考えていたうさぎだったが、その目にひらめきの色が浮かんで顔を上げた。
「じゃあ、今回もさっきみたいに捕獲してみないですか?絶対その方がみんな楽に狩れますし!」
どこか必死さが垣間見える少女の提案を、リーダーは黙って聞いている。
彼はしばらく考えるように顔の下に手をやっていたが、やがて軽く頷いた。
「生きたサンプルの確保、か。確かに一理あるかもしれんが」
それを聞くと、うさぎはぱっと顔を輝かせた。
「やったぁ!ありがとうございます!あたしって天才かも!?」
「ほんとサボることについては頭回るわね、うさぎは」
「……さあ、そうと決まれば逃げないうちに接敵するぞ」
リーダーに2人は頷き、武器を取り出すと朽木の陰から飛び出していった。
狩猟が始まった。
バサルモスはその擬態の習性から『見えざる飛竜』と呼ばれ、その強固な外殻から初心者ハンターからはかなり恐れられている。
しかし、既に何回か強豪を相手にしてきた彼女たちにとってはそれほど脅威ではなかった。
全体的に動きが遅く、幼体ゆえに技の精度や速度もそれほどではない。
全高はさすがに大人2人ほどはあるが、それを加味しても、危険度は強豪の多い飛竜としては低い方なのである。
「毒ガスが来るわよ!」
「うん!」
レイの言葉を受け、さっきまで斬り込んでいたうさぎはぱっと離れた。
このモンスターは、幼い身を護るため身体中からガスを噴射する。
だが、その攻撃は挙動が大振りで、狩人にとっては動きが読みやすいことこの上なかった。
一歩ずつ足を踏み出しながら踏ん張ってガスを出してくるのを、狩人たちは難なく離れて回避する。
そうやって相手がガスを出し終わったところに、3人は一気に攻めに入る。
「とりゃあっ!」
叫びと共に、レイの太刀が腹の比較的柔らかい甲殻を削る。
続いてリーダーの双剣も、脚を斬った。
バサルモスはそれを嫌がり、小さいながら尻尾を振って払いのけようとした。
「たあっ!」
そこに、うさぎが投げた閃光玉が目の前で破裂した。
事前に示し合わせていたレイとリーダーは目を腕で覆い、その余波を免れた。
「援護、感謝する!このまま行かせてもらうぞ!」
閃光を受けて錯乱したバサルモスは暴れようとしたが、リーダーは攻撃を緩めず脚に斬撃を叩きこんだ。
遂にバサルモスはバランスを崩し、悲鳴を上げてごろごろと転がっていく。
まさに、先を読んで確信していなければできない動きだった。
「さ、流石です、ジュリアスさん!」
レイは、惚れ惚れとして黄色い声を上げた。
「……その呼び方は、今は止めてくれないか?」
本音を漏らしつつも、リーダーはレイと共に斬り込んでいった。
「レイちゃん、そんなこと言ってたら雄一郎さんに失望されちゃうよ!?」
軽口を叩くうさぎは、レイから距離を取ってバサルモスの尻尾を斬っている。
「だからあいつはただの弟子って言ってんでしょうが、しつこいわ……ねっ!!」
レイは近くに仲間がいないことを見計らってから、バサルモスの腹に気刃斬りを叩き込んだ。
ヒビが入っていた腹の甲殻が弾け飛び、下にある皮膚が露わになった。
これで、更にダメージを与えることができる。
攻撃を受けて怒ったバサルモスは、立ち上がると空気を震わせて鳴いた。
彼女たちにとって最も厄介なのはこの攻撃だった。
リーダーでさえも、その音量には耳を塞ぐしかない。
長い硬直が解けた直後、3人の目にバサルモスが口内を光らせるのが見えた。
「火を噴いてくる!」
レイが叫び回避しようとしたが、リーダーは微動だにしなかった。
「いや……あれは不発だ」
リーダーが言った通り、バサルモスの口から炎は一寸も出ず、ただ虚しく口がぽっかりと開かれたままだった。
体内の器官が未成熟であるバサルモスは、こうやって攻撃を失敗することがままあるのだ。
その話を、レイは実際に目の前にしてから思い出した。
「あ……あらあら……」
見てはいけないものを見てしまった気がして、レイとうさぎは気が抜けたように立ち尽くした。
「好機だ!攻めかかれ!」
少女たちは、気を取り直してバサルモスへと走っていった。
狩猟は、その後も順調に進んだ。
バサルモスが脚を引きずったのが見えたのは、2時間ほど戦った後だった。
舞台は、所々に枯れかかった木が生え、奥に洞窟への入り口が見える『エリア2』に移っていた。
中央を横切るように流れる小川を渡り、バサルモスは洞窟の方面へ向かおうとする。
「よーし、後を追っちゃうわよー!」
「ちょっとうさぎ、急ぎすぎよ!武器ぐらい研がせなさいって!」
先走りかけたうさぎに、レイが叫んだ。
彼女の腰にはシビレ罠がぶら下げてある。これを隙を見計らって仕掛け、そこにうさぎが捕獲用麻酔玉を投げつけるのだ。
バサルモスは地面に潜り、泥を掘り返しながら洞窟内部へ突き進んでいった。
うさぎは、獲物の向かった先に広がる闇を見つめた。
「……もうすぐの、辛抱だからね」
彼女は、他には聞こえないほど小さい声で、呼びかけるように呟いた。
剣の刃こぼれを確認していたリーダーはその横顔をちらりと見たが、すぐに武器へと視線を戻した。
一通りの準備が済んだ後、うさぎは一番前に立って洞窟に足を踏み入れていった。
足取りに、物怖じした様子はなかった。
──
洞窟に入ると最初は薄暗かったが、次第に目が慣れてくる。
天井には僅かに穴が開いて光を通し、地上に生える木の根っこがびっしりと顔を出している。
左には横に長い穴ぼこが、右奥に巨大な白い結晶が鈍く光って見えた。
(あたしがきっと護ってみせるわ。人も、モンスターも)
うさぎは、固い決心を胸に力強く歩を進めていた。
彼女が戦ってきたのは、いつでも何かを護るためだった。
そしてモンスターにも人と同じように、護るべきかけがえのないものがある。
そのことを、うさぎはあの飛竜の夫婦から学んだ。
(あの子も、今頃元気でやってるかな?)
いつか護った金色の幼子の姿を思い出していると、奥に岩塊のようなものが見えた。
それはぴくりとも動かず、結晶の近くに鎮座している。
進んでいくうちに、それは見覚えのある形をしていることに気づいた。
「え……」
胸の底がすうっと冷えてくるのがはっきりと分かった。
信じたくない気持ちが先に来た。
だが、目から入ってくる情報は嘘をつかない。
数歩歩くたびに懐疑は確信に変わり、うさぎは走って飛び出した。
バサルモスが、あちこちを深く切り裂かれた状態で倒れていた。
「なに、これ……」
明らかに狩人では付けられないほど巨大な傷跡が付いている。
モンスター自体は既にこと切れており、大きく開けられた口から苦しみ抜いて死んだことがありありと分かった。
うさぎは青い顔で立ち尽くした。
「何が、あったの……?」
後から追いついたレイも、惨状に顔を歪めている。
リーダーは違った。彼は地に伏したバサルモスをしゃがんで見つめ、確信に満ちた表情をしていた。
「これは間違いない……」
ぴちゃり。
何かから水が滴る音を聞き、うさぎは顔を上げた。
「ショウグンギザミだ」
呟いたリーダーの後ろで、黒い影が巨大な鎌を振り上げていた。
うさぎは、リーダーの背後に飛び出て盾を構えた。
空気をも裂くような一撃を盾で受け流したが、あまりにも衝撃が大きく、身体が後ろに仰け反った。
爪がついた鎌はしゃきんと鋭い音を立て、地面に深く突き刺さった。
鎌の大きさは、うさぎの身長の2倍はあるだろう。
それを難なく地面から引っこ抜くと、怪物は無言で反対の鎌を振り下ろした。
退くことなくリーダーを庇いながら盾を構えたが、巨体に見合わぬ素早い連撃があっという間に少女の体力を奪っていく。
4度目で遂に盾が弾き飛ばされ、うさぎは仰向けに倒れ込んだ。
既に盾は深い斬り傷が重なり、今すぐにでも砕け散りそうだった。
がら空きの胸目掛けて、怪物は間隙なく鎌を振るった。
リーダーは急いでうさぎの腕を掴んで引き寄せたが、とても間に合わない。
一閃が鳴った。
目をつぶっていたうさぎは、衝撃が来ない代わりに何か暖かいものに包まれていると気づき、恐る恐る目を開けた。
自分の肩に、黒髪が力なく項垂れていた。
「レイ……ちゃん?」
そのまま、長く美しい髪が身体から離れていく。
どちゃっと泥が飛び散る音が鳴った。
「い……いやぁっ……レイちゃんっ!レイちゃんっ!!」
うさぎは、泣き叫びながらレイの肩を掴んだ。
彼女の顔と腕は青白くなっていた。
「取り乱すな!全滅だけは避けろ!」
リーダーから怒号が飛んだ。
うさぎは溢れる涙をぐっとこらえた。
ショウグンギザミと呼ばれた生物は『鎌蟹』の別名の通り、両腕に広げると自身の身体を上回る大きさの鎌を持つ。
縦二又に裂けたような頭、そこに長い触覚と、蟹らしくぴくぴく動く縦長の黒目、2対4本の脚が付いている。
それが再び鎌を振りかざし、うさぎとレイに迫った。
うさぎは、レイを背負いながら元の道を戻ろうと走った。
ショウグンギザミは円を描くように細い脚で素早くはい回り、先回りしてきた。
一瞬見えた背中には、古びた竜の頭蓋がぽっかりと虚ろな口を開けていた。
すぐにそれも反転して見えなくなり、鎌蟹は両方の鎌を広げてこちらに迫ってきた。
全速力で横に走ると、後ろで両方の鎌が一気に閉じられる音がした。
うさぎは気を失っている友人の顔を見て、一人歯を食いしばった。
彼女は態勢を立て直して双剣を抜こうとするリーダーを見つめると、涙目で頭を深く下げた。
「リーダーさん、レイちゃんを、お願い……します」
うさぎは、震える手でレイの身体を慎重に手前へ持ってくる。
一瞬まごついたリーダーは、預けられた少女の身体をそっと抱きとめた。
「あたしが、1人で、引き付けます」
言葉が途切れ途切れになりながらも、うさぎは剣を抜いてこちらに振り向く怪物を見据える。
剣を柄から迷わず引き抜いた。
「大丈夫です、無理は、しないから……」
冷静さを保とうとしていたうさぎは、まだ動かないリーダーにかっとなって叫んだ。
「早く行って、リーダーさん!!」
有無を言わせない剣幕に押されたように、リーダーはざっと踵を返した。
「……分かった。キャンプで手当てをしたら、すぐ戻る」
リーダーが洞窟の出口へとレイを担いでいく姿にショウグンギザミは一瞬気を取られたが、間髪入れずうさぎは涙を拭って怒鳴った。
「あんたの相手は、このあたしよ!」
瞳のない黒目が、ゆっくりとうさぎに振り向いた。
2編の重要ターニングポイントです。