セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「はっ……」
跳び起きたレイの身体は、先ほどの衝撃の余波でガタガタと震えていた。
キャンプのベッドに、彼女は横たえられていた。
奥の池に、ハスの花が静かに開き、浮いている。
隣を見ると、リーダーがしゃがみこんでこちらを見ている。
恐々と顔を触るレイに、安心しろ、という顔でリーダーが話しかけた。
「背中を掠っただけで血の量もそれほどではない。これくらいなら、回復薬ですぐ治る」
防具は外されて隣に置かれていた。
鎧の背中には大きな亀裂が入っていて、あの鎌の威力を物語っていた。
「うつ伏せになってくれ。私が回復薬を注ぐ」
簡潔な言葉遣いで、リーダーは手元から緑の液体が入った瓶を取り出した。
リーダーはそのまま、レイの背中に回復薬を垂らしていく。
「あ、大丈夫です。あとは自分でやれます」
それを聞いたリーダーは近くの枯れ木の幹に背を預け、彼女が見えないようにして話を聞く。
手でよくすり込んでいくと、背中の傷からしゅううう、と音がした。
それなりの痛みが伴うようで、レイはぐっと肩に力を込めた。
「彼女とは、長い付き合いかね?」
「1年くらいです」
「……何がどうなって、あそこまでの仲になった」
一瞬レイは話すのを躊躇ったが、間を置いてから少しずつ話し始めた。
「……あたし、人と比べてちょっと変わったところがあって」
レイは包帯を取ると、自らの身体にそれを巻き始めた。
「そのせいで近所の人から悪い噂を立てられた時があって、でもその時、あの子だけは違ったんです」
うさぎだけは、貴女とお友達になりたいの、と言ってくれた。
「ま、凄まじーくバカで呆れちゃうけど……だから余計にほっとけないっていうか」
包帯を巻き終わり、レイは苦笑いを浮かべながら一息ついた。
「終わりました、もうこっちに来ても……」
「そんな彼女だから、バサルモスも救済しようとしたのか」
唐突にリーダーが言うと、レイは防具を再び付けようとする手を止めた。
「話を聞くに、彼女が捕獲の提案をしたのは、恐らくモンスターが生きたまま野に帰されることを期待してのことだろう」
捕獲されたモンスターは、特に調査が目的の場合はそのまま野に解放される場合が多い。
ドスイーオスの捕獲を決定したとき、レイはうさぎと一緒にその事実を知った。
彼女は、否定できないまま黙っていた。
「私にも君たちと同じような経験がある。かつての私の師匠も、ハンターとしての人生と引換に私を庇った」
彼女は思わず振り向き、幹の陰から少しだけ覗くリーダーの後ろ姿を見た。
彼の表情はまったく見えなかった。
「ただ彼とは違い、ツキノ君からは強い焦りと恐怖を感じた。迫ってくる何かから逃げているようでもあった」
「あの子が、逃げてる……?」
レイは、眉をぴくりと動かした。
リーダーは頷き、抑揚の少ない口調のまま続けた。
「ああ。あくまで忠告として聞いてほしいが、今の彼女の姿勢は、私の目にはハンターとして逃げの姿勢としか感じられない」
それを聞いたレイは目を一旦伏せたあと、低い声で言った。
「……リーダーさん、失礼を承知の上で言わせてもらいますが」
彼女は、解除されていたセーラー戦士の力を纏いなおすと、鎖の編み込まれた鎧を着こんでリーダーの前に足を踏み込んだ。
正面から、自身より背の高い青年の顔を強い眼差しで睨んだ。
彼の表情は岩のように硬いままだった。
「うさぎは確かにドジで馬鹿でどうしようもない子だけれど、やるべきことから逃げるってことだけは絶対にしません」
レイの脳裏に、極寒の大地に立つ塔のごとき氷柱が閃いていた。
最初に戦った敵の本拠地に向かう道中、倒れた自分を抱くあの少女の姿。
仲間がすべて消えても、人形にされた運命の人と戦うことになっても、彼女は決して挫けなかった。
「あの子が『みんなを護りたい』って願わなかったら、ここに立つことなんてまず、絶対ありませんから」
冷たささえ感じさせる、凛とした声だった。
──
ちょうどフルフルを載せた台車が旧沼地のキャンプに到着し、これからギルドに送ろうという時だった。
「ガンナーさーん!」
美奈子ははしゃぎながら、ガンナーに向けて鷹便から受け取った紙を頭上で掲げてみせた。
「リーダーさんから連絡が来ました!バサルモスが討伐されたって!」
「あら、それはよかったわね」
ガンナーは微笑み、美奈子は手紙を胸に抱いてくるりと回った。
「はー良かったー!フルフルをビビらせてた元凶はこれで去ったってことですよね!」
「あら、それはどうかしら。続きもちゃんと読んでみなさい」
含みのある言い方に首を傾げつつ、美奈子は手紙の続きを見つけて読んでみる。
その内容に、彼女は驚愕した。
「……ええっ、バサルモスはショウグンギザミに倒され、レイちゃんは背中に軽傷!?しかも、うさぎちゃん1人でショウグンギザミ!大丈夫なのこれ!?」
「どうにも、怪しいわね」
「怪しい?」
美奈子が素で聞き返すと、ガンナーは何かに納得したような表情を向けた。
「どうにもこれではバサルモスじゃ役不足かも、て思い始めてね」
すぐに、2人は再び狩場へ足を踏み入れた。
今度は今まで訪れていなかった『エリア1』に来た。
ここも濃霧が一帯を支配しており、視界が悪い状態である。
向こうにぼんやりと橋のようなものが見えている以外は、ほぼ何も見えない。
「よく考えてもみて。バサルモスが、同じくらいの大きさのフルフルをビビらせるほど強いと言える?」
「でもほら、この木なんて焼け焦げたあとじゃないですか!絶対バサルモスのせいですって!」
美奈子は、隣にあった巨木の根の残骸を、掌で叩いて示した。
「そこのは焦げたんじゃない、
ガンナーは、表面が炭化したその残骸の向こうを指さした。
後方には柱のような倒木が、何mにもなって霧中へと続いていた。
美奈子は納得げに頷きながら焦げ跡を見たが、すぐその後にばっとガンナーに振り向いた。
「……は!?蒸発!?」
「そういえば、調査前には言ってなかったわね。沼地って土地自体も、そこだけで完結してるわけじゃない。他地域からモンスターがやってくることだってしばしばなのよ」
「じゃあ、そいつって一体……」
どすっと地面を踏みしめる鈍い音がした。
ガンナーは、腕を横に広げて美奈子を制止した。
「……いるわ」
「えっ……」
美奈子は戸惑ったが、その音の主がどこにいるかは分かった。
巨木をばきばきと踏み倒す音が聞こえたからだ。
「……!」
「いよいよ、本丸がおいでなすったわね」
遠くからでも分かる巨体が、地響きを立てて霧中に動いた。
──
鎌将軍の研ぎ澄まされた天然の鎌は、岩も甲殻も鎧も、強者の誇りも、紙のように断ち切るとされる。
狩りの舞台は、洞窟『エリア7』に移っていた。
横に長く割れたように空いた穴からは曇り空が見えている。
だだっ広い空間に、少女と巨大蟹だけが泥濘の上で死闘を繰り広げている。
ショウグンギザミは口から泡を吹き立たせ、シャキン、と鳴らして両方の鎌を振り上げた。
興奮状態に入った合図だ。
「……よくも」
茨の巻き付いた細剣『プリンセスレイピア』から、青い体液が滴った。
「よくも、レイちゃんをっ……!」
うさぎは、掠れた声で剣を振りかざした。
彼女は涙を流しながら戦っていた。
ぼたぼたと流れる涙が、洞窟の水たまりの一部になっていく。
レイが斬られた記憶が蘇るたび、激しい鼓動が鳴った。
もし、彼女の顔が斬られていたらお嫁に行けなくなるかも知れない。
(その時は──完全にあたしのせい)
外からすくうような鎌の一撃を、うさぎは転がって避けながら頭の近くに滑り込んだ。
そのまま容赦なく、斬り上げ、斬り下げ、薙ぎ斬る。
つるりとした甲殻の表面を切り裂くとき、飛竜とは違って冷たい感じがした。
うさぎは相手の攻撃を警戒するどころか、左の鎌を集中的に攻撃した。
突き刺さったときを見計らって、思いっきり斬りつけた。
それを、ひたすら繰り返した。
数十分経った頃、ショウグンギザミは両方の鎌を擦り合わせて火花を散らした。
それを合図にして飛び跳ねてうさぎに迫った。
彼女は構わず飛び込み、振り下ろされた両鎌の間、わずかな空間に潜り込んだ。
そして、すぐ横に刺さった鎌めがけて飛び込んで剣を薙ぐ。
ぼきっと大きな音が鳴り、左の鎌は根本から砕け散った。
破片が散らばり、ショウグンギザミは大きく怯んだ。
だが、これで気が済む彼女ではなかった。
(まだまだ!)
煮えたぎるような思いが、同時に押し寄せてくる。
うさぎは、今度は頭を狙って斬り込んでいく。
頭を切り裂かれた鎌蟹はぎちぎち、と何かを擦り合わせるような音を出して後退すると、地面を鎌で掘り返しながら潜っていった。
辺りがしんと静まり返る。
「……とっとと出てきて!!」
うさぎは感情の赴くまま、思いきり叫んだ。
少女の高い声は、洞窟によく響いた。
足元の地面が盛り上がる。
うさぎが跳び下がった瞬間、鎌が割れた地面の下から飛び出した。
鎌の後ろに覗く黒い目が、うさぎの瞳とかち合った。
その時、心に何かが引っかかった。
ゲネル・セルタスがアルセルタスを食ったあの瞬間から、そうだった。
あの時彼らが見せたのも、この瞳だった。
地上に這い出たショウグンギザミは、鎌を大きく縦に振りかぶった。
やや反応が遅れたうさぎの頬を鎌が裂き、薄く赤い筋を作った。
続いて鎌を広げ、その場を回転して大きく全方位を薙ぎ払う。
斬り込もうとしたうさぎを牽制するかのように、今度は逆回転。
その後、一旦うさぎから横歩きして退いたかと思うと、再び急接近して一撃を加えてきた。
籠手の一部分が寸断された。
うさぎの防具には、既にひどい傷が何ヵ所かにできていた。
一撃でも当たれば、レイよりも深い傷になるかもしれない。
それでもわが身を顧みず、うさぎは頭に斬り込んだ。
「何でよ……何で、そうやってみんなを傷つけるの!?」
うさぎは、さっきのように叫びはせず、静かに問いかけながら目をきつく細めた。
既に剣に含まれた毒が回って、鎌蟹は紫色の涎を撒き散らしている。
地面には、鎌蟹に見つかるや真っ二つにされたイーオスの死骸がいくつも転がっていた。
赤に黒の斑点が入った彼らの身体は、灰色の風景では非常に目立った。
無言。
複眼の奥には、何も見えなかった。
ショウグンギザミは円を描くように這い、あっという間にうさぎの背後を取る。
彼女が振り向くのを待たず、鎌を大きく横に広げて突進する。
精密にうさぎとの距離を見定めると、抱きすくめるように鎌を交差させた。
ツインテールが鎌の先に当たって裂けかけた。
「っ……!」
身をよじると、1、2本の金髪が泥に堕ちた。
それを見たうさぎは、柄に込める手の力を強くした。
ショウグンギザミは彼女の言葉を無視して跳びあがり、逆さに天井に張り付いた。
背中の頭蓋を開いて揺すると、その第二の口から激流を噴射した。
放水は螺旋を描くように放たれた。
うさぎが相手に向かって歩いていくが、放水は当たらずそのまま通過した。
それを見たショウグンギザミは、ぐぎゅるるる、と泡を含んだ口を鳴らして彼女の方へ這いよっていく。
さっきの放水の余韻で、ぽた、ぽたと水滴が落ちてくる。
うさぎは決心したように、天井からこちらに向けられた第二の骸の口を見上げた。
地面を踏み切ると本来の戦士の能力を活かし、骸目掛けて大きく跳んだ。
放水とすれ違いになり、盾の端の装飾が、紙を切るように切り落とされた。
そのまま、第二の口の内部にある柔らかそうな腹部に剣を思いっきり突き立てた。
たっぷりと蓄えられていた水が噴き出した。
鎌蟹は天井からひっくり返り、地面に激突した。
「──許して!」
胴体側面の突起を掴んで叫びながら、もう1回深く突きを入れた。
青い体液が泡となって口から噴き出し、グギャアアアッと醜くしわがれたような音が出た。
背中を振り回し、少しでもうさぎを落とそうともがき暴れる。
うさぎは、その呻き声を聞いて苦悶の表情を浮かべた。
鎌蟹はあちこち這い回って身体をぶつけ、鎌をめちゃくちゃに振り回すが、うさぎはしがみついて離れようとしなかった。
声にならない声で叫びながら、剣を必死に、ぶよぶよとした腹部に突き立てた。