セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
うさぎたちが戦士から狩人となり、刃と銃で巨大な怪物を狩っている。
──その事実さえ知らされないまま、彼女たちの故郷たる麻布十番の時間は異なる速さで流れていた。
彼女たちが姿を消してから、こちらでは1週間弱が経とうとしている。
ここは火川神社の境内。
ぼさぼさ頭に無精ひげを生やした袴姿の男が、壊れかけた箒で祭壇前の砂ほこりを掃いている。
彼はふと青い空を見上げ、呟いた。
「……ああ、今どこにいるのですか。俺の愛しの……」
その頭を、お祓い棒がいい音を出してはたいた。
「いだーー--っ!!」
「おい雄一郎、何をぼさっとしとる!さっさと掃除せんか、ばかもーん!」
その正体は、雄一郎と呼ばれた男よりずっと背の小さい老人だった。
彼は、レイの祖父であった。
「は、はい、師匠~!」
急いで彼はせわしなく箒を左右し始めた。
師匠と呼ばれたその老人は、鳥居に向かってため息を吐きながら歩き出した。
「まったく、落ち込んでもレイが帰ってくるわけじゃあるまいに……」
「お忙しいところ、失礼します」
「ん?」
老人が目線を上げると、日傘を差した、猫耳にセットした豊かな紫髪を揺らす女性が立っていた。
黒のワンピースを着た彼女は、にっこりと小首を傾げて笑った。
「おっほ~!ぷりちーなギャル!ぷりちーなギャルじゃぞ雄一郎!!ほれ喜べ喜べぇい!」
彼は、ピースサインをして雄一郎に振り向いた。
「あ、貴女は……」
「ごきげんよう、雄一郎さん」
雄一郎は、その来客を見て驚愕した。
彼女は、彼もよく見るうさぎたちの友達であり──
元、セーラー戦士たちの敵であった。
本当の名を『コーアン』。
現在は改心し、化粧品のセールスレディーとして働いている。
雄一郎たちに正体は隠しているものの、時々ここに訪れてはセーラー戦士たちと交流していた。
コーアンは案内され、神社内にある住宅の玄関に軽く腰を下ろした。
「……やはり、こちらにもいませんか」
コーアンは暗い顔で呟いた。
「新聞を見てたら行方不明者にうさぎちゃんたちの名前が載ってて、どうにか手がかりはないかって思ったんですが」
彼女は気の毒そうな顔をしている雄一郎に視線を送った。
「あなたは探さなかったの?特にレイちゃん、あなたの大切な人でしょう?」
雄一郎は、黙って袴をめくった。
コーアンは驚いて玄関に腰を置いたまま後ずさった。
「ちょっ、ちょっとレディーの前でそんなこ……あっ……」
彼の脚は、傷と痣だらけでぱんぱんに膨れ上がっていた。
それに気づいたコーアンは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「駆け回りましたよ……それはもう、ごみ箱の中だろうと池の中だろうとジャングルの奥地だろうと!」
「……そこまでやらなくていいと思うけど」
「でも、見つからなかった。それもこれも、あの化け物どものせいに違いない!」
雄一郎はばっと袴の裾を下げ、怒りの表情で拳を握り締めた。
レイの祖父も、顔を険しくした。
「そうじゃのう、ここもうさぎちゃんたちが来なくなってから随分寂しくなってしもうた。あれが来てからは余計にじゃ」
「『あれ』?」
コーアンが聞くと、レイの祖父は天井を指さした。
「そこにいるんじゃよ。今は眠っとるがな」
神社の瓦は踏み荒らされていた。
翼天狗に似た青い毛の獣が、腹を掻いて寝っ転がり、いびきをかいている。
この生き物は尾の先が手のような形になっており、これを器用に扱う。
これが手当たり次第に柿をぶつけるので、レイの祖父が目当てにしていた女性客はもちろん、あらゆる参拝客が来なくなってしまったのだという。
「迷惑なケダモノはこの神聖な神社にいらん!あいつも、他の奴みたいにどこかの巣に帰ってくれんかの!」
自分たちの日常の領域が見知らぬ生物たちに侵されつつある。
それを思い知ったコーアンは、思わず弱気になってうつむいた。
「まるで麻布十番が化け物たちの王国になってしまったみたい。このままだと、私たちもいつまでここにいれるか……」
「ここは、いつまでもわしらの街じゃ!」
声を張った火野老人に、コーアンははっと顔を上げた。
雄一郎も、感動したように声を震わせた。
「お、お師匠……」
「レイは……あの子らは、無事で帰ってくるとそう決まっておる。それまでわしはここにおる」
胸を張ってそう言ったあと、その小さな老人は背を向けたまま、開いたままの玄関の前へ歩いた。
「2人とも、元気を出せい。そんな顔でいたら、どこかにおるあの子らも落ち込んでしまうわい」
コーアンには、彼が密かに涙を拭ったのがわかった。
──
彼女は、住居にしているタワーマンションに帰った。
「お姉さま方。やはりうさぎちゃんたちは、あの獣たちが住む世界へ行ったのではないかしら?」
リビングには、3人の女性がいる。彼女らはソファに座り紅茶を飲んでいた。
かつて『あやかしの四姉妹』と呼ばれセーラー戦士を阻んだ彼女らは全員、現在は化粧品店の経営をしていた。
だが、今は仕事を休みこうやって自宅に集まっている。
「そうだったとして、どうするつもり?」
水色の三つ編みポニーテールが美しい、優し気な顔つきの女性が静かに聞いた。
「ベルチェお姉さま……」
「今の私たちには、ブラックムーンの幹部としての力はない。貴女はやたら急いているけど、どうしたって無駄な足掻きにすぎないわ」
三女のベルチェは末っ子であるコーアンに同情の目を向けつつも、あくまで冷静に諭した。
そのあと彼女は、にっこりと柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「あちらの世界に行ったとして、全身焼かれ刺されかじられ、骨ひとつ残ってないかもね?」
「……うっ」
コーアンは、思わず言葉を失った。
「ほんとあんたの言葉遣い、前々から配慮ってもんがないわね」
ベルチェとは打って変わって、気の強そうな顔の後ろに黄色いリボンでお団子をまとめた女性が口を開いた。
「まあ、確かにあの巨大さ、頑丈さ、凶暴さ……私たちが使ってたドロイドたちとは比べ物にならないわ。あれが自分の意思で生きて動いてんだから、恐ろしいわね」
次女カラベラスは、そう言ってため息をついた。
彼女は、腕を組んでベランダの窓際に寄りかかっていた。
外を見ると、相変わらずの曇り空だ。
3日ほど前には、宝石店を襲った巨大鳥が月夜に飛ぶのをこの窓から見かけ、4人全員面食らったものだ。
残ったセーラー戦士のおかげか一時期より怪物は減り、治安は以前とほぼ変わりなく保たれている。
「あぁ、お話しにならない。ねぇ、ペッツお姉さまは?」
コーアンは、ずっとソファに深く腰を下ろしていた長身の女性に声をかけた。
彼女は緑髪を頭の後ろから整然と巻くようにまとめており、立ち振る舞いは物静かで大人らしい雰囲気があった。
「まあ腹が立つのは分かるわ、コーアン」
長女ペッツは紅茶を置き、組んだ両手に力を込めた。
彼女は窓の外に目を向け、皮肉っぽく笑いながら言った。
「あいつらには、一切の遠慮ってもんがないからね。こちらが引けば、その分いい気になって入り込んでくる」
カラベラスはベランダから、道路脇のごみ箱を倒して漁る、蛇頭の小さき飛竜たちを見た。
そこに後からやってきた毒々しいカエル顔の恐竜たちと、醜い声でがなり合った。
人々はそのいがみ合いの行方を、建物のなかから怯えた目で見守っている。
「……随分と賑やかねえ。カラベラスお姉さま、今どうなってます?」
ベルチェが呼びかけると、カラベラスは気怠そうに呟いた。
「もうすぐ一触即発……あっ、始まっちゃったわ」
四姉妹全員がベランダに出て、見物を始めた。
蛇頭の飛竜たちは空中から毒液を、カエル顔たちは頬を膨らませ毒霧をふっかけ合う。
どちらも毒を扱うせいか決着はつかず、やがて肉弾戦が始まる。
怪物たちは互いに喉を狙って噛みつき合う。ぐおおっ、きしゃあ、と吠え合いながら、命を張った喧嘩を繰り広げる。
そこに通りがかったサラリーマンは恐怖に顔を引きつらせ、慌てて来た道を折り返していった。
四姉妹は、その騒乱をどこか悔しさの混じった目で眺めていた。
「うさぎちゃんたちは、あんなのでも分かり合おうとするかしら……私たちの時と同じように」
獣の雄たけびが響き渡り、そのたびに人々が恐怖に慄く悲鳴も聞こえた。
「……ああいう奴らばかりじゃ、厳しそうね」
ペッツが呟くと、ベルチェとカラベラスは沈黙した。
が、その中でコーアンだけは違った。
「あの子たちの優しさは、決して馴れ合いや弱さから来るものじゃないわ」
コーアンだけは、光を含んだ目の色をしていた。
「ワイズマンやデス・バスターズを倒したあの子たちよ。きっと何かしら自分なりの道を見つけて帰ってくるわ」
その時、3人のセーラー戦士たちが駆けつけてくるのが見えた。
生物たちは、その姿をみた途端に尾っぽを巻いて逃げ始めた。
人々は歓声を上げた。
背の高い彼女たちは振り返りもせずにビルの間を跳ねながら、獲物を追っていく。
金色と海色の光が地上で、紫色の光が空中で弾けた。
それを見て、コーアンはあることを決意した。
「お姉さま方、化粧品店を再開しましょう」
思わず、姉たちは驚きを隠せない顔で振り向いた。
「気でも狂ったの、コーアン?この前の宝石店みたいなことが、いつ起こるか分からないのよ?」
そう言って肩を掴んだカラベラスに、コーアンは毅然と答えた。
「私たちにできるのは、少しでもこの街を盛り上げることではなくって?」
「……さては、さっき行った火川神社で何か吹き込まれたわね?」
ベルチェが微笑む先で、四姉妹の末っ子は街の景色を遠く眺めた。
「私たちはかつて、この街とその未来を破壊しようとした……。せめてもの罪滅ぼしよ」
「なるほど、せめてあの子たちの帰る場所を作るってことね」
コーアンの固い意志を見て、ペッツは柔らかく笑った。
「いいじゃない、やりましょう。そろそろ、引きこもってるのにも飽き飽きしてたところだわ」
麻布十番からは随分と人が減った。
妖魔でもない奇妙で凶暴な生物の侵入に怯え、家族ぐるみで街の外に引っ越す人が増えた。
それでも、様々な理由でこの街に留まる人はいる。
そのうちの一部が、彼女たちだった。
──
うさぎたちは、沼地での狩猟から3日ほどかけてバルバレへと帰投した。
筆頭ハンターたちは、ギルドへの報告のため途中で別れた。
久々の熱砂の乾いた匂いを嗅ぎながら酒場に入ると、ランサーと話したときと同じ喧騒が耳を心地よく揺する。
集会所に入ると、すぐ手前のテーブルに人だかりができていた。
「おう、お前さんたち帰ったか!!今、祝杯を上げていたところだ!」
団長が泡いっぱいのビールを掲げ、泡で髭を塗り重ねながらがなった。受付嬢ソフィアも、ジュースを持ってにっこりと微笑んでいる。
円形テーブルには彩りに富んだ料理が広げられており、それを亜美、まこと、猫たちや衛が中心となって取り囲んでいた。
さらにその周りには見知らぬ顔の狩人たちもいて、何人かが興味津々な様子で彼らと話していた。
その中でも一人、気ぜわしそうに視線をうろつかせていた衛は、うさぎを見るとはっとして立ち上がった。
「うさこ!」
「ただいま、まもちゃん」
「怪我はないか!?」
うさぎが頷いて微笑むと、衛は胸のつかえが取れたようなため息をついて頬を緩ませた。
美奈子はそのやり取りを隣に見ると、そちらに負けないほど大きな声を張り上げた。
「ほらほらー、あたしたちにもおかえりの一言はー!?」
「はいはい、お帰り」
「うーわ、何この扱いの格差」
美奈子が、見向きもせず猫用の料理をつまんでいるアルテミスに不平を漏らした。
レイは、苦笑している亜美とまことにやれやれと言った風に肩をすくめた。
「あれ、ちびうさは?」
うさぎの問いに、衛が答えた。
「今、お手洗いに行ってる。もうすぐ帰ってくるよ」
この場は安全なはずなのに、すぐに会えないというだけでうさぎは落ち着かず、焦ったように辺りを見渡した。
その時──ガタイのよい狩人たちの間を小さくちょろつく、ピンク色のツインテールが見えた。
「ちびうさ!」
うさぎがその名前を叫んだ。
見えていた髪の毛の動きがさっと変わる。
影が手前の大きな脚から飛び出すと、そこにはいつもと何ら変わらない幼い顔があった。
ちびうさは、真っすぐうさぎ目がけて駆け寄ってきた。
「うさぎ!」
うさぎは、走ってきたちびうさを全力で胸に抱きしめた。
「ごめん、勝手に抜け出したりなんかして」
「もう、筆頭さんたちにまで迷惑かけて、あんたって子は!」
うさぎは口では叱りつけながらも、その手つきは未来の娘を優しく包み込んでいた。
その小さい存在を確かめるように、後頭部を撫でた。
「でも、無事で本当によかった」
その呟きに応えるように、ちびうさも胴に回す腕の力を強くした。
周りの狩人たちは興味津々な様子で遠巻きに眺めてきたが、当の本人たちはまったく気にしなかった。
団長は、ビールを飲みながら抱き合う少女たちを見ていた。
「あーして見ると、姉妹どころか親子そのものだなぁ…」
「喧嘩するほど仲がいい、の典型例ですね。マモルさんがいわゆるお父さん役、ですかね?」
ソフィアが何となしに呟くと、衛は彼女たちに向けてふっと笑った。
「そうですね。手はかかるけど、素敵な子ですよ」
ちびうさは顔を上げ、こちらに向けてしゃがんでいるうさぎの瞳を見つめて聞いた。
「……ねえ、あたしが送った手紙読んでくれた?」
「……ええ、読んだわ」
うさぎは、少し間を置いて答えた。
ちびうさは一旦息を吸うと、はっきりとした口調で話した。
「あたし、できる範囲でいいからうさぎたちのお手伝いをしたい」
うさぎは、心配げな視線をちびうさに送っていた。
彼女は小さな肩をがっしりと掴み、真っすぐにちびうさの瞳を覗き込んだ。
「──外は、何が襲ってくるか分かりゃしないのよ。それでも、あんたはそこに行きたいって思うの?」
その時、ルナがテーブルから一っ飛びでちびうさの肩に乗り、若干皮肉を効かせた表情で彼女の顔を覗き込んだ。
「さっきは衛さんとあたしたちでこー-ー-ってりとお話させていただいたけど、本人も実際に外に出ていろいろーと思い知ったみたいだしね」
ちびうさは頬を赤くし、恥じらいの表情でうつむいた。
衛がちびうさの隣に来てしゃがみ、その頭にぽんと手を置いた。
「今回のような無茶は二度としないって約束だ。この子の言葉を信じてやってあげないか?」
「そうそう、かわいい子には足袋を履かせろってね〜」
「それを言うなら『かわいい子には旅をさせろ』」
美奈子に亜美がツッコんだところで、団長が小さく丸められた紙を頭上に掲げた。
「さっき、ギルドに報告に行った筆頭リーダーから報せが届いたぞ。『判断が難しいところだが、『未来の狩人の育成も我らの責務』とのルーキーの言葉を信じてみることとする。方法はそちらの裁量に任せる』とのことだ」
それを受けて、ソフィアが何かを思いついたように手を挙げた。
「ちびうさちゃんには、安全が確認された地域で付き添いのうえ、狩猟なしの調査を行ってみるのはどうでしょう?何かの手がかりに繋がるかもしれません」
「いいですね!それなら筆頭ランサーさん辺りも許してくれるかも!」
まことは明るい顔でソフィアに賛成した。
その提案に頷く者こそあれ、反対する者はほぼいなかった。
「あぁあ!ほんっとみんな、ちびうさに甘いのね!」
うさぎだけがそう呆れたように言ったが、やがて、それも通り過ぎたように視線をちびうさに向けなおした。
「……うん、いいよ。あんたのその勇気に免じて、今回は特別に許したげる」
飛び上がって歓声を上げようとしたちびうさに、うさぎはびっと人差し指を突き付けた。
「でも、一つ条件があります!」
「な、なによ!?」
ちびうさが身構えるとうさぎは仁王立ちで立ち上がり、ちびうさを真っ直ぐ見下ろした。
「あんたが外を見に行くときは、必ずあたしも一緒に行かせなさい!あんただけだといろいろ心配だからね!」
「うげーっ!うさぎと!?どっちかってーとあんたの方が心配……」
「んんー?今の言葉取り消してもいいのよー?」
握った拳にぴきぴきと血管を浮き上がらせながら、うさぎは恐ろしげに笑った。
衛は呆れたようにため息をついた。
「……やっぱりさっきの言葉、取り消そうかなあ」
団長は頭を掻きながら呟いた。
「何とも見てて不思議なお二人ですねぇ」
ソフィアは団長のおつまみを横から手に取り、口をもぐもぐとさせていた。
一方、亜美は不安そうな顔で横から口を出した。
「でもうさぎちゃんは妖魔化に関する調査もあるし、忙しいんじゃ……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!何とかするわよそこは!」
亜美にうさぎは自信たっぷりに親指を立てるが、レイは腕を組んで疑わしげだった。
「うさぎにスケジュール管理なんかできるの?」
「なにを!あたしだって、日頃っからきちんと日常と戦い両立してたわよ!」
「……そうだったっけ?」
「さあねぇ?」
まことの問いに美奈子が首を捻ったが、うさぎは構わず続けた。
「できる限り時間は取ったげるけど、あんまりわがまま言わないでよ?あたしたちは、みんなで調査してるんだからね」
「……うん!」
ちびうさは嬉しそうに頷いた。
それを見届けたうさぎも少し口角を上げると、気を引き締め直すようにふん、と思いっきり伸びをした。
「さあて、明日からもっと忙しくなるわね!!」