セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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そこは、乙女の知らない世界⑥

「な……何、あの人!?」

 

 ムーンは、目の前の人物に呆気にとられていた。

 狩人も、しばらくは彼女たちの存在に気を取られていたようだった。

 だが、マーキュリーは何かに気づき、それを指さして叫んだ。

 

「あ、危ない!!」

 

 男が大剣と共に横に倒れ込んで転がり込むと、男のいた地点を群れの長が踏みつけた。

 彼はちらりと視線を巡らせると大剣を柄にしまい、手下の攻撃の間を縫うように走る。

 懐から棒状の手榴弾のような物体を取り出すと、男は戦士たちに向けて手で顔を庇う動作をしてみせた。

 

「な、何!?何なの!?」

 

 戸惑いつつも戦士たちがその通りにすると、男は物体についたピンを外し恐竜たちの目の前に投げた。

 強烈な閃光が、森を照らす。

 

「きゃあっ!」

 

 目を塞いでいても感じる眩さに、戦士たちは悲鳴を上げた。

 彼女たちが恐る恐る視界を開くとそれは恐竜たちも同じだったようで、手下も群れの長も目をちかちかと瞬かせて、頭をふらつかせていた。

 男は悠々と群れの長に向かっていく。

 彼は大剣を群れの長の前で大きく振りかざし、抜刀したまま力を溜めた。

 無抵抗な群れの長の肩から脚にかけての部分を、全体重をかけた大剣の刃が抉る。

 

「ギゥアッ」

 

 大きく傷ついた長は身を捩り、仕返しにと大きく口を開けて反撃に出た。

 だが、それも既にお見通しとでも言うように、お次は恐ろしい重量であるはずの大剣を思いっきり斜め上へと斬り上げた。その刃は見事に相手の口内を真横に捉えて割き、柔らかい肉を深く傷つけた。

 

「グエッ…………」

 

 吹っ飛ばされ激痛にもんどりうつ群れの長を注視しながら、男は表情を変えず大剣を柄へと仕舞う。セーラー戦士たちは、あまりに壮絶な戦いに目を見張るしかなかった。

 男は真っ直ぐに相手を見つめながらゆっくり歩み寄っていく。

 

「やっぱり、あの人が恐竜たちを倒していたのね」

 

 マーズが口を開き、呟いた。

 長を見下す男の黄土色の瞳が、爛々と獣のように光っている。

 不意に、セーラームーンが肩をぶるりと震わせる。マーズとマーキュリーがそれに気づく前に、彼女はその場を駆けだしていた。

 

「やめて!!」

 

 柄に再び手をかけた男の腕をセーラームーンが掴み、呼びかけた。

 男はまさか止めてくるとは思っていなかったのか、掴まれた腕を見てから訝しげな視線を彼女の顔に寄越した。

 ムーンは涙を蒼い瞳に溜めながら、真っ直ぐに男の目を見つめていた。

 

「あの子はもう十分に分かったはずよ、私たちを襲ったらひどい目に遭うって!だから、お願い……やめてあげて」

 

 ムーンは男の胸を覆う装甲に頭を埋め、拳を必死に胸元にたたきつけた。

 当然日本語が彼に通じるはずもなく、男はただただ困惑し、目の前で何かを必死に訴えているふんわりとした金髪頭の娘と、向こうに控えている少女たちや猫に視線を投げかけるだけだった。

 

「ダメよ……彼に言葉が通じるわけないわ」

 

 マーキュリーが、悲しそうに首を横に振る。

 

「まずいわ!相手が立ったわよ!!」

 

 ルナの言葉通り、長は脚をがたつかせながらも立ち上がっていた。傷口は既に塞がりかけており、その目はますます殺意を増してギラギラと光っていた。長は牙を、前脚の爪をいよいよ露わにし、今にも飛び掛からんとしていた。

 狩人はその生物を睨みながら大剣に手を伸ばし、ムーンの肩に手をかけるが、この背を向けた状態では間に合いそうにもなかった。

 

 ムーンは、男を押しのけロッドを構えた。

 目の前に迫りつつあった長の頭部を、マゼンタの光が包み込む。

 男は、はっとした表情でムーンの後ろ姿を見つめる。

 

「ギシャッ…………」

 

 群れの長の頭は、悲鳴を上げ切る前に白い灰へと分解された。

 後に残ったのは首から上がなくなった虚ろな肉の器だけだった。

 それは糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ込み、動くことはなかった。

 

 ずっと男の傍で見守っていたセーラームーンは、亡骸の近くまで寄っていった。そこで彼女は膝をついて屈み込み、両手で灰を両手に取った。

 手の中の物体がはらはらと風に吹かれていくのを見た瞬間、彼女の目から静かに涙が零れ落ちた。

 男はじっと眉間に皺を寄せて、彼女の周りに戦士たちが心配そうに駆け寄っていくのを見つめていた。

 

「…………」

「あの……」

 

 彼女たちに背を向け歩み始めた狩人にすかさずマーキュリーが呼びかけると、彼はしばらく思案して立ち止まった後、視線を肩越しに寄越して自分を指し示してくいっと指を曲げる動作をした。

 

「ついてこい、てこと……?」

 

 マーズが自分たちを指さしてから次に男を指さすと、彼は静かに首を縦に振った。

 狩人は高齢ながら逞しく、顔も強面で表情に乏しくて感情が読み取りにくかった。

 

「あたしたちを見て全く動揺しないなんて、何か考えてるんじゃない?」

「もしかしたら、あの群れも、自分を信用させるためわざとけしかけたものなんじゃ……」

 

 マーズとマーキュリーの表情が疑念に満ちてきた時、一声が上がった。

 

「あの人についてこう、みんな」

 

 そう言ったのは、他でもない、一番狩人の近くにいたセーラームーンだった。涙は引きつつあったものの、代わりに胸の前で灰を掴む拳をぎゅっと強く握りしめた。

 

「あの恐竜が襲ってきた時、あの人はあたしを押しのけて庇おうとしたわ」

 

 仲間たちは、大木のような男を改めてもう一度見やった。

 彼は彼女たちの答えを待つように、腕を組んでこちらを見つめるのみ。彼女たちは覚悟を決め、男に向かって頷いた。

 男はそれを見ると、何も言わず森の奥へと歩みを進める。

 仲間たちがそれに続く中、セーラームーンは去り際にもう一度群れの長の遺体を一瞥し、振り切るように目を瞑って走っていった。

 

──

 

 男は一度も振り返ることも話しかけることもなく、野を越え山を越え歩き続けた。

 幾千の戦いを経た戦士たちといえども、疲れて足取りもふらふらしてきた頃だった。 

 不意に男は足を止め、戦士たちに振り向いた。彼女たちはそこに広がる光景を見て、思わずため息を漏らした。

 巨大な骨で枠組みが作られた、黄色のテント。2つのそれぞれが赤と青に塗られた、木製のボックス。効率よく燃えるよう井桁式に組まれた薪。水を豊かに湛えた池と、釣りが出来るように渡された橋桁。

 今まで見てきた大自然の中で、唯一そこが人がこの世界に存在していることを証明していた。

 男はテントの中を覗いてまさぐると、その中から大きな布を取り出した。彼はそれを彼女たちに手渡し、それを頭の上から身体に被せるようなポーズを行った。そして、灰色の草食恐竜らしき生物が引く荷車を指さした。

 

「あれに乗れってこと?」

 

 マーズが怪訝な表情を見せるが、男は黙って行動を促すように腕を組み、荷台の方向へ顎をしゃくった。

 覗いてみると荷車の荷台は革製の屋根で覆われていて、奥は暗くてよく見えない。

 

「一体どこに連れていかれるのかしら……」

 

 マーキュリーは不安そうにつぶやいたが、セーラームーンは信用しているようですぐ男の指示に従った。

 仕方なく全員が指示通りに布を被って荷台の奥の空いたところに座ると、男は一旦荷台に登り口の前に人差し指を当てる動作をしてみせた。

 

「静かにしろってこと?注文が多いおじ様ねえ」

 

 ルナが少し嫌味を言ったが、男はそれを無視して荷台から降りると、大樽やら液体が入った瓶やらを荷台に放り込み、最後に荷台後方の幕を下ろした。

 その後、何やらぱしゅっと花火が打ちあがるような音が外でしたかと思うと、前方で草食竜の牛のようなのんびりとした鳴き声が響き、車輪が動く振動が彼女たちの足に伝わってきた。

 戦士たちは、これからの自分たちの行く末を案じながらも、取り敢えずは3人と1匹揃って毛布の上で並び横になったのだった。


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