セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

70 / 189

BGM:『唸る一匹狼』



憎まれっ子世に憚る⑥

 

 

「……イャンクックじゃない!」

 

 

 大きな嘴、1対の翼に1対の足、長い尻尾と大まかな体つきはイャンクックに似ていた。恐らくは彼らと同じ鳥竜種に属するモンスターであろう。だがその実、体色も鱗も耳も、果てには目つきまで別物だった。

 触れれば怪我をしそうな刺々しい鱗は月光を艶々と紫色に反射し、扇子のような右耳は毒々しい赤紫に染まる。

 振り向くと左耳は──なかった。食いちぎられたように無残に残った左耳の根本を見て、うさぎの背に冷たいものが走った。その下にあるはずの左目には深い切り傷が走り、直視できないほど痛々しい。

 銀白毛の首襟で飾られた嘴は黒い霧を吐き、いよいよ新しい獲物へとその向きを変える。

 リオレウスに比べると小柄なその鳥竜は、異様な雰囲気を抱きながら鎧に包んだような脚を踏み出し、歩み始める。

 

 その後ろで、苦しげに黒い霧を吐きながらイャンクックが立とうとした。

 うさぎがそれに気づいた瞬間、紫色の鳥竜は、その首に棘が生え揃った尻尾をこん棒のようにして殴りつけた。

 地に伏したイャンクックは、その後起き上がることはなかった。

 うさぎは剣の柄を握り締めながら足元に散らばる骨を見た。その光景と地に伏したイャンクックの亡骸が彼女の中で結びつく。

 彼女は震える口を開いた。

 

「貴方が……全部、やったの?」

 

 それに答えることもなく、獲物を振り返ることもせず、棘だらけで傷だらけの怪物は低く狼のように呻いた。

 突然、目の前に闇が迫った。

 

「っ!」

 

 咄嗟に後方に退かせた身体のすぐ前を、黒紫の疾風が通り過ぎた。

 突然甲高く喚き、狂ったように首を振り乱しながら突撃したそれは、勢いを殺しきれず地面に突っ伏した。

 不意打ちである。

 

 怪物は起き上がると、こちらを牽制するように尻尾を振り回した。

 尻尾の棘の先から、紫色の毒液が飛び散った。

 それを見たうさぎは、ぴんと来て剣を構え直した。

 

「もしかして、この子!」

 

 

 黒狼鳥イャンガルルガ。

 

 

 性格は好戦的。

 棘の生えた甲殻は硬く、イャンクックより遥かに高温の炎と毒を含んだ尻尾を扱う。

 こちらの仕掛けた罠を見破るなど戦闘に関する知能が高いため、熟練者でも注意すべし。

 怒りやすく攻撃が激しい代わりに、体力消耗の激しさが弱点である。

 傷を負った個体は歴戦を潜り抜けた猛者であるため、非常に危険。

 

 その脅威を雄弁に語る記述ばかりが頭に浮かぶが、動きが思っていたより鈍い。

 もう一度突進を仕掛けてきたが、明らかに身を屈める動作をしたため容易に見切れた。

 振り返ったイャンガルルガは、どこか苦しそうに首を振る。

 それはまるで、自分の中にある妖魔の因子と戦っているかのようだった。

 うさぎは、心苦しげに顔を歪めた。

 

「きっとショウグンギザミの時みたいに、苦しくてどうしようもなく暴れてるんだ」

 

 この地で相手にした妖魔化生物たちも、例に漏れず身体を蝕む妖魔の因子に苦しんでいた。正直なところ、うさぎ自身彼らを相手どるのは胸が張り裂けるような思いだったのだ。

 今なら誰かに正体を見られる心配もないだろう。彼女はブローチを取り出した。

 

「妖魔化が暴れる原因なら、浄化さえすれば!」

 

 彼女はそのまま、迷いなく叫んだ。

 

「ムーン・コズミックパワー、メイクアップ!」

 

 聖なる戦闘服に身を包んだ神秘の戦士、セーラームーンはロッドを真っ直ぐ構えた。

 イャンガルルガは、それを相変わらず値踏みするような目で見ている。

 

「大丈夫……もうすぐ、助けてあげるから!」

 

 低く嘶いた敵の嘴は笑っているように見えた。

 イャンガルルガはこちらに跳んできて、鋭い嘴で素早くつついてきた。

 セーラームーンはそれを避けるが、黒狼鳥はすかさず軌道を修正して同じ攻撃をしかける。

 

「本当にイャンクックに似てる」

 

 知識の乏しい依頼主がイャンクックの仲間と見間違えるのも無理はないだろう。それだけ動きがイャンクックと酷似していた。

 ただ違うのは、そこに明確にぎらつくような殺意があることだった。

 

 イャンガルルガは足をばたつかせて飛び跳ね、嘴をムーンめがけて振り下ろす。

 彼女が脇をすれ違うようにしてかわすと、嘴が背後で地面を深く穿った。当たれば無事では済まないだろうが、地面から嘴を引き抜く分だけ隙がある。

 

「あれが狙い目ね!」

 

 振り返りながら飛び跳ねて姿勢を立て直すと、相手は再び突進をしかけてきた。

 同じ手にはかからないと横へ身を翻したところ、黒狼鳥はいきなり突進をやめてその場で飛び跳ねた。

 はっとして更に飛びのいたところ、再び嘴が目の前の地面を抉る。

 

「……そこよっ!」

 

 少しヒヤッとさせられたものの、既に攻撃は見切っていた。

 これを隙と見てロッドを構えた瞬間、イャンガルルガは目を光らせた。

 

「──────────ッッッ!!!!」

 

 それは仁王立ちで胸を張って翼を広げ、細い喉からは想像できないほど甲高い咆哮を響かせた。

 耳をつんざくほどの音圧に襲われ、セーラームーンは耳を塞いでうずくまるしかない。

 

「なに、これ……!」

 

 無防備な体に、突進を遂にかまされる。

 南側の荒れ果てた森林に吹っ飛ばされ、幾度も転がった。

 枝やら骨やらが入り乱れた地で、擦り傷のできた身体でムーンは辛うじて上体を起こす。

 

 その時、バキバキと何かが折れる音がした。

 見上げると、辛うじて生き残っていた木がこちらめがけて倒れてくる。

 根本の辺りに、振り回したばかりの尻尾を揺らしてこちらを見る黒狼鳥の姿があった。

 木を利用して、セーラームーンを圧し潰そうとしているのだ。

 赤に染まった目は、獲物がどんな行動を取るか期待しているようにも見えた。

 

 セーラームーンは倒れてくる木から何とか逃げ去った。

 だが、すぐつまずいて転んだ。傷だらけの脚が言うことを効かない。

 獲物が動けないと見たイャンガルルガは、またしても狂ったような動きで突っ込んでくる。

 少女が唇を噛み、震える手でロッドを構えようとした時だった。

 

 紅の薔薇が、黒狼鳥の目前に刺さった。

 少女も、怪物も自身の時を止め、もう一つの大木の上に立つ人影を見た。

 

「烏か狼か知らないが、ここは貴様の遊び場ではない。ましてや、理由があるとはいえ他者の命をいたぶるなど。そんな憚る憎まれっ子は、このタキシード仮面が許さん!」

 

 月を背後に男はマントを広げ、その内側の赤を月光で幻想的な虹色に染めた。

 彼は高く跳ぶとセーラームーンの身体をさっとさらい、また跳んだ。

 お姫様抱っこをされたムーンは、未だに驚いた顔でアイマスクに目を隠した男の横顔を見つめた。

 

「……タキシード仮面様!」

 

 彼が左手でさっと少女の脚の擦り傷を隠し、その手から光を発した。

 

「乙女の白肌に傷をつけるとは……戦う者の風上にも置けん」

 

 次に彼が手を離した時には、傷は完全に治癒していた。

 黒狼鳥から少し離れたところに着地したとき、それは新しく増えた敵を警戒しつつ、忌々しそうに足を擦って威嚇していた。

 

「セーラームーン、今がチャンスだ!」

 

「はいっ!」

 

 彼女はロッドを構え、はっきりと強い口調で呪文を唱えた。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 浄化の力を帯びた光が、跳びかかろうとしたイャンガルルガを妖魔の霧ごと吹き飛ばした。

 黒狼鳥は悲鳴を上げながらすっ転がり、枝を散らしながら背後の崖にぶつかった。

 以降、そこは土煙が昇るだけだった。

 タキシード仮面が確認したが、しばらく経っても沈黙を保っている。

 

「他に怪我はないか、セーラームーン」

 

 気遣うように自身の肩に手を置いた男の顔を見上げ、ムーンは涙をじんわりと浮かばせた。

 

「……助けに来てくださったんですね、タキシード仮面様」

 

「君を助けるためなら、どんなところへも駆けつける。それが私だ」

 

 腕の傷も治すと、タキシード仮面はマントを広げてムーンの背中を覆った。

 

「これからは、身の丈に合わない無理はしないことだな」

 

「……はい」

 

「では、帰ろう。みなのところへ」

 

 顔を赤らめた少女を、男が見守り歩いていく。

 その背後で、岩石の山がぐらりと動いた。

 

 

「────────────────ッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 2人の背後から火を含んだ嘴が飛び出した。

 咄嗟に、タキシード仮面はセーラームーンを庇って伏せた。

 嘴は2人を捉えそこない、真上を通過する。

 棘状の爪が付いた翼をはためかせると、それは振り返って砂浜に立った。

 

 満月を背負い、唸る一匹狼は天に吠えた。

 

 火花が散る嘴を、目の前の男女に向かって開く。

 そこから放たれたのはイャンクックが放つような地を跳ねる火炎液ではなく、轟轟と燃え盛る火球だった。

 真っすぐに向かってくるそれに対し、タキシード仮面はセーラームーンを抱えて横向きに走った。

 すぐ後ろで爆発が起こり、彼のマントを巻き上げた。

 

「きゃあっ!」

 

 イャンガルルガはまたしても火球を吐き出して精確に狙撃する。

 タキシード仮面は、朽木の上を飛び跳ねそれをかわす。

 本来の橙色を取り戻した黒狼鳥の瞳は、しっかりと獲物を捉え続けている。

 

「浄化されてない!?」

 

「……違う!確かに先ほど浄化したはずだ!妖魔の気配は感じない!」

 

 黒狼鳥は、今度は直接狙わず自身から見て中央、右、左の順に火球を放つ。

 それによってタキシード仮面は炎の壁に行く手を塞がれ、立ち止まるしかなくなった。

 ムーンは諦めるそぶりも見せずコンパクトを取り出すと、自らタキシード仮面の腕から飛び降りた。

 

「多分、まだ治ったばかりで戸惑ってるんです!今度は、ムーン・クリスタル・パワーで落ち着かせます!」

 

「セーラームーン……!」

 

 イャンガルルガは倒木を踏み荒らしながら突っ込んできた。

 セーラームーンはじっと相手を見据えてコンパクトを開ける。

 蓋が開くと、幻想的なマゼンタ色の水晶がきらきらと輝いている。

 タキシード仮面は、万が一のために迎え撃つ準備をしようとステッキを構えた。

 その光景を見たイャンガルルガの瞳の色が変わった。

 

 突如後方に飛び立ち、瞬間、口から爆音を放つ。

 

 草木が揺れ、2人の鼓膜も揺れ、思わず耳を塞いだ。

 上空に飛び上がったイャンガルルガは間髪入れず滑空に移る。咆哮による拘束がやっと解けて目を開けた瞬間、彼らはそれが目前に来ていることを悟った。

 黒狼鳥は空中で宙返りした。

 大きな棘が生えた尻尾が伴って動き、一筋の黒い風となって土を削る。それは上体を反らしたセーラームーンの直前の空間を打ち上げ、棘の先端から毒液が飛び散った。

 恐怖を抱かせる暇もなく、イャンガルルガはまたしても上空へ羽ばたく。

 再び滑空し、今度はタキシード仮面を狙う。

 

「タキシード仮面様っ!」

 

 彼は辛うじてステッキで尻尾を受け流したが、あまりの衝撃に吹っ飛ばされかけた。美しくしなやかなタキシード服は土やら枝やらにぶち当たって汚れてしまった。

 

 攻撃を終えて着地したイャンガルルガは、休む間もなく口元に炎を溜める。

 そのまま、タキシード仮面に火球を吐き出そうとした。

 

「お願い、落ち着いて!」

 

 そこに、セーラームーンがコンパクトを差し出す。

 柔らかな光がイャンガルルガの背後から当たり、動きが止まった。

 振り返って不思議そうに光を見つめるうちに、黒狼鳥はくらくらと頭を揺らし始める。

 虚ろに閉じられていく瞳を見て、セーラームーンは思わず顔を輝かせた。

 タキシード仮面の顔からも緊張が解けつつある。モンスターも生物。あちらの世界で戦った敵よりはずっと素直なものだ。彼もまた例に漏れず、妖魔化が解ければ穏やかに去ってくれるものと信じて疑わなかった。

 セーラームーンは、潤んだ瞳と優しげな口調で語りかけた。

 

「そうよ!もう痛い思いをして戦わなくていいのよ。だから、貴方も元の平穏な生活に……」

 

 何かに気づいたように、黒狼鳥はその目をかっ開いた。

 

 戸惑うムーンを前に身体の芯から身震いをすると、首を振り上げて甲高く叫んだ。

 けたたましく鳴きながら、その場で地団駄を何度も踏む。

 

「えっ」

 

 明らかに怒りをその全身で表していた。

 イャンガルルガは尻尾で地を擦って薙ぐ。礫と枝の破片が、弾幕となってムーンの視界を塞いだ。

 完全に自由になったイャンガルルガは、先ほどより遥かに勝る勢いで飛び出した。目を腕で覆った彼女を襲う嘴は、怒り狂いながらも正確に狙いをつけている。

 咄嗟にタキシード仮面はその横面を伸ばしたステッキで突いた。

 

「くそっ、一体こいつの精神はどうなっている!?彼女の慈愛の力を拒否するなど!」

 

 穢れを払い、生命力と平穏を与える浄化の力。それが今やただの生物であるはずのイャンガルルガには全く効かない。

 横槍すら無視し、セーラームーンをつつき回そうとする黒狼鳥の目にまったく迷いはなかった。

 

「まさか、自身が死ぬことすら厭わないというのか?」

 

 ひたすら矢継ぎ早に攻め立てる。相手が躊躇するその隙すらも与えずに。

 止まらぬ連撃に、少女は逃げるしかなかった。

 明らかに、妖魔だった時とは格段に動きの切れが違う。

 タキシード仮面は額に汗を浮かべる。

 

「妖魔だった時より強いなど、聞いたことがないぞ!」

 

 彼女たちの目からすれば、はっきり言ってこの生物は「異常」だった。

 動きのすべてが、こちらの息の根を止めるためだけに計算されている。

 怯えや恐怖といった感情も、自身の傷を庇おうとする素振りもまったく見えない。

 私は戦うために存在している、と言わんばかりの態度と、身のこなしよう。

 正しく暴走機関車となってイャンガルルガは駆けまわり、飛び跳ね、炎を吐く。

 

「妖魔じゃ……ないよね、これ」

 

 どこぞの書で見た『好戦的』との説明文。そこに込められた意味をセーラームーンは噛み締めていた。

 これではもはや戦闘のために創造された機械だ。未だ信じられない思いが彼女のなかにある。だが狂気めいた視線はそんな思いも無視し、いつまでも男女をつけ狙い、追い立てる。

 密林は倒され、斬られ、焼かれ、破壊されていく。

 あまりの勢いに、2人は防戦一方だった。

 

 セーラームーンは、何とか態勢を立て直そうとその額にあるティアラを外す。

 

「ムーン・ティアラ・アクション!!」

 

 魔力を込められたティアラはブーメランのように飛んでいく。他の必殺技とは違い。直接的に敵を打ち倒せる技だ。

 だがイャンガルルガは動じなかった。すぐさま身を低く構え、尻尾を振り回す。ティアラは難なく弾かれ明後日の方向に飛んでいく。

 

「くそっ!」

 

 タキシード仮面は必殺の薔薇を放つが、硬い鱗に弾かれ全くダメージにならない。

 イャンガルルガはそれを問題にもせず、橙に光る瞳が少女を捉える。

 突如、それが飛び上がった。

 

「危ない、セーラームーン!」

 

 突然狙いをつけられ、少女は反応が遅れた。

 イャンガルルガは素早く回転しながら空中に舞い上がる。

 翼を畳むと、自身の身体を一直線に束ねて地上に突撃する。

 

 だが、狙ったのはタキシード仮面だった。

 

「がっ……」

 

 完全にこちらの意表を突いた攻撃である。

 セーラームーンに意識を集中させていたタキシード仮面は急降下する嘴の餌食になった。

 撥ね飛ばされる男の身体を見て、セーラームーンは目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。

 

「タキシード……仮面様……!!」

 

 嘴を地面から引き抜いたイャンガルルガは、倒れたタキシード仮面を蹴っ飛ばすとその背を掴み、飛び跳ねては何度も地面に叩きつけた。その動作はまるで子どもが玩具を無邪気に弄ぶよう。

 涙を溜めた少女の胸中で、何かが弾け飛んだ。

 

「もう……もう、やめて!!」

 

 遂に彼女は心の底から叫んだ。

 セーラームーンは狩人の姿へと戻り、片手剣で斬りかかった。

 

「早くその脚をどけて!!どけてったらっ!!」

 

 刃は翼に当たったが、紫の鱗に敢えなく弾かれて火花を散らせる。

 

「まもちゃんだけは、まもちゃんの命だけは、絶対あんたなんかに渡さないっ!!」

 

 何度も、何度もプリンセスレイピアを突き立てた。

 しかし翼の甲殻は刃を通さない。

 黒狼鳥はそれを無視してタキシード仮面の背中をつつき回す。本気こそ出していないが、つつかれる度に男の口から苦悶の声が漏れた。

 それを聞いて、うさぎの顔がますます恐怖と焦りに染まった。

 

「まもちゃん、待ってて!今すぐ助けるから!」

 

 今度は脚を狙う。

 その硬さは翼よりはましだったが、辛うじて甲殻に白い傷が浅くつく程度だった。

 タキシード仮面の髪はぐしゃぐしゃになり、アイマスクは外れ、地場衛としての素顔がむき出しになっている。

 

「うさ……こ……に……げ、ろ……」

 

 そう言いかけた衛の背中を、イャンガルルガは鋭い爪を立てて踏みにじった。

 

「ぐああっ!」

 

 一際大きく、衛から悲鳴が上がった。

 

「なんでよ……なんで、こんなこと……ひどいよ!」

 

 もはや作戦も何もなく、うさぎは涙ながらに剣を振り回すことしかできない。

 何しろ、最初は遥かに容易な相手であるイャンクックを相手取るつもりだったのだ。道具類はほぼ持ってきていない。

 いつの間にかイャンガルルガは攻撃をやめ、剣を自身の脚に打ち付け続ける少女をじっと見つめていた。

 視線はうさぎの胸に集中している。うさぎが気づかないうちに、その橙色の瞳にはそれまでとは別のものが宿っていた。

 

 イャンガルルガは興味津々にうさぎを見据え、衛を捕まえたまま後方に飛びのいた。

 それは、呆然とこちらを見ている少女をじっと見つめた。

 イャンガルルガはそうしたまま、衛を一度だけ踏みつけた。

 途端に、少女の顔が歪む。

 

「い、いやあっ!!」

 

 悲鳴を上げながら駆け寄る少女の胸に、淡い光が宿った。

 その光と足元の衛を見比べると、イャンガルルガはじいっと観察するように瞼を細めた。

 

 追いかけっこが始まった。

 うさぎは、衛を追ってひた走る。

 イャンガルルガは彼女を挑発するように、片足で彼を掴んだままあちこちに飛び跳ねる。

 そのたびに、胸の光が増していく。

 なんとか追いついたうさぎは、無我夢中で剣をがっしりとした踵に叩きつけるが、びくともしない。

 

「まもちゃん……いや……」

 

 涙をこぼしながらうつむくと、自身の胸からこぼれる光に気づいた。

 コンパクトに入った無限のパワーを持つ幻の銀水晶が輝いているのだ。

 

「あ……」

 

 視線を上げて彼女はようやく、自分が観察されるように見下ろされていることを理解した。

 

 橙色の瞳はただ、銀水晶を真っ直ぐに見つめている。

 まるで蕾が花開くのを今か今かと待ち望む子どものように。

 護るはずだった存在は、堂々と最愛の人を踏みつける。

 何の感傷もない、まっさらな目で。

 

「……そんな目で、あたしを見ないで」

 

 蒼い目を見開いたままうさぎは呟き、崩れ落ちる。

 剣が手から落ちた。

 

 あの目だ。

 ゲネル・セルタス、ショウグンギザミ、そしてネルスキュラと同じ目だった。

 物言わぬそれらの奥にある大きく冷たいものは、いくら浄化しようと決して晴れることは叶わない。

 

 イャンガルルガは衛を掴んだまま飛び上がると、あっという間に上空へと円を描いて急上昇した。

 

「行か……ないで」

 

 手を伸ばすも虚しく、恋人を掴んだ黒紫の影は南へと飛び去って行った。

 

「行かないで!!」

 

 居ても立っても居られず、少女は駆けだした。

 

──

 

 月光が天井の穴から降り注ぐ洞窟の広場『エリア6』。

 そこで黒狼は気絶した最愛の人を踏みつけ、眼を期待と興奮で満たして待っていた。

 幸い衛の息はきちんとあった。だが、生殺与奪の権を握られているのは変わらない。

 

「まもちゃんを……返して……」

 

 イャンガルルガはじろりとうさぎを見つめながら、鎧の姿に戻った衛の背中を見せつけるように嘴でこつんと叩いてみせた。

 天真爛漫、純真無垢な少女の表情は、完全に消え去った。

 黒い怒りに取り憑かれた瞳が、獲物を見据えた。

 

「返してよっ!!」

 

 直情的に怒り叫んで向かってきたうさぎをイャンガルルガは冷静に見つめていた。

 距離を目測し、自身から5m辺りに来た瞬間それは上体を起こして飛び上がる。

 

 直後、炎の雨がうさぎを襲った。

 

 少なく見積もっても10連発は吐き出しただろう。

 機関銃のごとく打ち出された火球は、少女の周囲を轟音と炎の絨毯に包んだ。

 

「つっ……」 

 

 ずっと隠していた奥の手であろう。

 貴様も奥の手を見せてみよという風に、空中で低く嘶いてみせる。

 そこから空中を旋回して、別方向から更に炎弾を連続で降らせた。

 

「何よっ……こんな炎なんかっ!!」

 

 炎の海に負けないほど少女の胸の光が揺れて強まると、黒狼鳥の悦びに似た目の色は強まっていく。

 着地したイャンガルルガはうさぎを見ながら、気を失った衛の首元に嘴をこん、と押し当てる。

 

「そんなこと、絶対……!」

 

 剣を握り締めながら、うさぎは炎に突っ込んだ。

 炎を扱う雌火竜の鎧は、彼女の身体を護ってくれる。

 

「させないんだから!!」

 

 うさぎは、炎の海から飛び出した。

 気絶した衛の頭に嘴が、その嘴に剣が同時に振り下ろされようとした時だった。

 

 

「ドハハハハハハ!!ここか、つええイャンガルルガがいるってぇのは!なぁ黒鬼よ!!」

 

「バハハハハハハ!!そうだな赤鬼ぃ!!もののついでに、自殺願望のひよっこも助けてやるとするかぁ!!」 

 

 

 うさぎが振り向くと、南側の洞窟の出口に赤い鎧と黒い鎧の2人組がいた。

 

 




黒狼鳥イャンガルルガ、容姿、BGM、戦闘スタイル、生き様含めて大好きなモンスターです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。