セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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憎まれっ子世に憚る⑦

 

 その2人が現れた瞬間、うさぎとイャンガルルガの動きが同時に止まった。

 うさぎは咄嗟に胸を両手で押さえ、コンパクトから放たれる銀水晶の光が見えないようにした。

 イャンガルルガは衛から脚を離し、乱入者の姿を興味津々な様子で隻眼の中に捉えた。

 

「ひよっこぉ!今、この俺様たちが助けに上がったぜ。あとで膝ついて感謝しな!!」

 

 赤鬼と呼ばれた赤い鎧の男の背には、巨大な青い円筒状の槍のようなものがあった。

 だが、それは単なる槍ではない。今は中折れ式に折り畳まれており、刃の上部には大砲のような機構が搭載されている。

 左手には縦放射状に縞模様が刻まれた盾を備えていた。こちらも槍に劣らない大きさである。

 

「俺様たちの砲が火を吹くのを、目ん玉にしかと刻み込みやがれぇぇぇぇ!!」

 

 一方、黒鬼と呼ばれた黒い鎧の男は後方で巨大な大筒を構えていた。

 男の背丈の2倍以上ある砲の持ち手付近には盾のように蒼い甲殻が付いており、その先に無骨な金属の銃身が長く伸びている。

 

「最、強ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 男たちの雄叫びが洞窟内に木霊した。

 当然イャンガルルガは応戦の構えを取り、素早く跳びあがると赤鬼に嘴を叩きつける。

 だが、それは巨大な盾に固く防がれる。

 幾度に渡る嘴の攻撃を、赤鬼は頑として受け付けない。

 痺れを切らした黒狼鳥は、盾の横から回り込もうと駆けだしたが──

 

「ほらよぉ、頭ががら空きだぜー-っ!!」

 

 その隙を狙って奇妙な形の槍を左手で振るうと、中で折れていたそれは見事に繋がって巨大な銃槍『ガンランス』の形を成した。

 そのまま、前に踏み込んで喉の近くに槍を突き刺すと、赤鬼は手元の引き金を引く。

 ぼぉん、と派手な音と火煙が弾け、首元の甲殻や白銀毛を問答無用で吹き飛ばす。

 

「こっちも忘れて貰っちゃ困るぜ!!!!」

 

 黒狼鳥の背後からズバァン、と空気が張り裂けるような音が聞こえると、その棘だらけの背中に強烈な水飛沫が待った。

 うさぎが見ると、その先にあったのは黒鬼の構えた弩砲『ヘビィボウガン』だった。

 彼女の剣ではまるで歯が立たなかった硬い鱗にヒビが入ったのだ。

 無慈悲な射撃と砲撃に埋め尽くされ、イャンガルルガは動くどころではない。

 うさぎの目には、何が起こっているかまるで分からなかった。

 

「ほらお嬢ちゃん、彼氏のことは心配しなくていいのかぁ!?」

 

 嘴を突いてはその傷を砲撃で焼くのを繰り返しながら、赤鬼が背を向けて叫んだ。

 うさぎははっとして急いで衛のもとに駆け寄る。

 それに気づいたイャンガルルガは火球を放とうとしたが、すかさず背中を黒鬼の撃った弾が抉った。

 イャンガルルガはいよいよ、完全に2人組の男に意識を向けた。

 

「もっと鳴いてみろ、妖魔さんとやらよ!」

 

 彼らの死闘を尻目に、うさぎは衛を助け起こした。

 

「まもちゃん、大丈夫?ほら、回復薬よ!」

 

「……う……さこ……かれ……らは?」

 

 衛の傷は思ったほどではなく、意識もしっかりとあるようだった。

 うさぎは、「よかった……」と涙を流しつつ衛の肩を抱く。

 

「ええ。あの人たちが、あたしたちを助けて……」

 

 そこまで言って、うさぎは眉をひそめた。

 彼女が見た先はおよそそう言い表せる雰囲気ではなかったからだ。

 

「くぅ~、やっぱり黒狼鳥はたまらんねぇ!この殺意!この勢い!どこまでも楽しませてくれるっ!」

 

 急降下してきた嘴を飛びのいて避けた赤鬼の声は、本当に軽いスポーツでもしているかのように楽しそうだった。

 

「だが赤鬼よ!どうもこいつぁ、妖魔じゃねえ!ただの黒狼鳥だ!」

 

 同じような調子で黒鬼が弾を撃ちながら言うと、赤鬼は苦々しく舌打ちをした。

 

「ちっ!魔女かなんだか知らんが、興醒めなことしやがるぜ!!」

 

「……え」

 

 うさぎは赤鬼の言葉を聞いて思わず声を上げた。

 それに構わず、黒鬼はにやりとしてヘビィボウガンを構えた状態から降ろす。

 

「まぁいい!久しぶりに良い獲物にお目にかかれたのは違いねえ!」

 

「ほら黒鬼よ、そろそろあのブレスが来るぜ!!」

 

 先ほどうさぎを苦しめた、あの連発ブレスだ。

 だが、赤鬼は盾を構え、黒鬼はその行動を予見したようにイャンガルルガの懐に潜ることであっさりといなす。

 彼らの間で何の合図もしていない。うさぎからすれば、未来予測でもしているのかと疑わざるを得ない動きだ。

 赤鬼は相手の攻撃の隙を待たず、上空に向かって砲撃を放つ。

 

「ドハハハハハ!!やはり、黒狼鳥には砲撃よ!!かてぇ鱗も面白ぇほど砕けやがる!!」

 

 爆炎に炙られた黒狼鳥は空中から尻尾で一閃するが、赤鬼はそれも跳び下がってぎりぎりでかわした。

 赤鬼は銃槍を振るうと、シリンダーのハッチが開いて空薬莢を吐き出す。シリンダーはガチャリと音を立てて回転し、次弾が装填された。

 すぐさま砲撃をイャンガルルガにお見舞いすると、それは砲撃を恐れて赤鬼から離れるように飛んだ。

 

「赤鬼よ、射撃も実に愉快だぞ!戦術がハマったときの爽快感、これは剣士じゃ味わえねえ!!」

 

 鉄製の冷たい空洞が、黒い男の手中から空中の獲物をつけ狙っていた。

 

「ほら、次は貫通弾のお出ましだ!!」

 

 水冷弾による援護射撃をしていた黒鬼はじゃらりと尖った薬莢の束を取り出し、すべて薬室にぶち込んだ。

 片目を瞑って引き金を引くと、今度は細く尖った弾丸が銃口から飛び出した。

 相手は空中にいるのにも関わらず狙いは非常に正確で、真っすぐイャンガルルガの腹に突き刺さった。

 数発撃たれた弾は甲殻下を跳弾しながら突き進み、相手はあまりの痛みに地上に降りざるを得ない。

 

「おらぁ、もっと暴れてみせろやあぁぁぁ!!」

 

 その隙を逃さず、徹底的に2人組はイャンガルルガを挟撃する。

 狙うところはずっと変わらず、赤鬼は頭、黒鬼は背中だった。それがどこまでも徹底していた。

 うさぎは、衛を介抱しながら狩猟風景を見守っていた。

 

 魔法を扱う彼女にとってすら、彼らのやっていることは魔法のように思えた。

 彼らの操る武器種は重量級の類だ。常人ではまずあれを持つことすら敵わないだろう。

 それを彼らは当たり前のように軽々と動かし、それだけではない、巧みに立ち位置を調整しているのである。

 いくらイャンガルルガが火を吐こうと、尻尾を振り回そうと、嘴を叩きつけようと、彼らは決して動じない。獲物が攻撃した時には彼らは既に攻撃が当たらない位置にいる。安全地帯を見極め、攻撃に縫い合わせるように最適解となる反撃を叩きだしているのだ。

 しかもその後のフォローも完璧である。彼らは豪快に叫び吼えながらも攻撃を欲張ることはしない。小さな隙には護りを意識した攻撃を、大きな隙に大技を繰り出す。次にイャンガルルガが攻撃に移る時には、既にそれを受け止めるか避ける準備をしているのだ。

 2人の動きは、ただの力任せでは到底できない芸当であった。

 

 ただ、うさぎの胸中にモヤモヤとしたものが溜まっていく。

 本来喜ぶべき状況なのに、彼らの笑い声を聞くと心に重いものがのしかかる気がする。

 彼らは容赦なくいたぶるようにイャンガルルガの身体を破壊していく。

 少女はさっきまで憎悪すら感じていた相手が蹂躙されていくのを、喜びの目で見ることはできなかった。

 

 

「……本当に、楽しいんだ……」

 

 

 いつの間にか、ただでさえ傷だらけだったイャンガルルガは満身創痍の状態だった。黒狼鳥は、ふらつきながらも翼をはためかせて飛び上がった。

 男たちは、ちっと舌打ちをしてその影を見上げる。

 

「……!」

 

 うさぎは、つい思ってしまった。

 

 「早く逃げて」と。

 

 狩人としてあり得ない考えだが、彼女は蹂躙の光景を通してどうしてもそう思ってしまったのだ。

 しかし、その想いはまたしても裏切られた。

 イャンガルルガは首をもたげた。

 衛を介抱しているうさぎを見たのだ。

 ぎらついた瞳が光る。

 翼を畳み、一直線にうさぎ目掛けて突撃する。

 

 その瞳に逃げる意思など全くなかった。どんなに戦いの上で圧倒されようと、その心は2人の鬼でも砕くことは出来なかったのだ。

 

「流石は俺たちの獲物ぉ!そう来なくてはなあ!」

 

 すかさず黒鬼が頭に徹甲榴弾を撃つと、弾が刺さってイャンガルルガは空中で怯む。

 弾は少し遅れて大爆発を起こし、嘴から苦しげな声が漏れた。

 だが、まだ落ちない。

 

「地に落ちろやぁーーーーーーーーっ!!」

 

 赤鬼が銃槍を上に掲げ、爆炎を腹に浴びせる。

 甲殻が吹っ飛んだイャンガルルガは、真っ逆さまに地上に堕ちた。

 

「そこだあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 黒鬼が叫ぶと、鬼神のごとき勢いで赤鬼は砲のついた刃を上から叩きつける。

 

「フルバーストッ!!!!」

 

 ズドドンッッ、と一際大きな爆発が嘴を包み込む。鱗が一気に弾け飛び、中身が露わになっていく。

 赤鬼は反動で後ろに下がった大重量の槍を無理やり筋力で抑え込み、真っすぐボロボロになった右目の辺りに突き立てる。

 

「そして、竜杭砲ッ!!!!」

 

 砲の上部から鋭い杭のようなものが飛び出し、よたよたと立ち上がった黒狼鳥の右目に突き刺さった。

 火花を散らしながら杭はシャシャシャ、と音を立てたあと、爆発した。

 頭を内部から爆破した。

 よろめいたイャンガルルガは、ふらつきながら泡を吹く口を開けた。

 だが、目も脳も傷つけられた黒狼鳥は未だに立っていた。

 それどころか、口元に炎を収束させている。目も見えないはずなのに、それはうさぎと衛を狙っている。

 黒鬼は獣のごとく叫んだ。

 

「バオオオオオオオ!!赤鬼、最大の手向けをしてやれ!!」

 

 うさぎは思わず飛び出しそうになったが、衛がその腕を繋ぎ止めた。

 

「竜・撃・砲ーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

 赤鬼は、砲身を口内に深く突っ込ませた。

 青い炎が一瞬迸り、収束する。

 

 砲口の先が大爆発した。

 

 嘴が内側から焼かれ弾け飛ぶ。

 赤鬼は大きすぎる反動を、足で踏ん張って殺した。

 

 

 蒸気をもくもくと吐く黒狼は、ずしんと音を立てて倒れ伏した。

  

 

──

 

「口ほどにもなかったな」

 

 未だに茫然としていたうさぎは、獲物の素材を剥ぎ取りながらの赤鬼の発言で意識を取り戻した。

 

「多分、魔女の野郎が治していきやがったんだぜ」

 

「はぁー全く、つまんねえことしやがってよぉ」

 

 相方の言葉を受けての赤鬼の言葉に、うさぎの唇がぴくりと動いた。

 

「……今、なんて言ったの?」

 

「んぇ?」

 

「なんて言ったのよ、今さっき」

 

 背を向けたまま剥ぎ取りを終えた男たちは、立ち上がるとうさぎたちの方に振り返った。

 

「つまんねえ、て言ったんだよ。せっかくアガる獲物だと思ったのに、すぐくたばっちまった」

 

 見上げると髭面だった。しかも、無精ひげで眉も太く濃い。

 お世辞にも美男とは言い難い、いかにもガサツで品のない印象を与える中年男だった。

 その瞳に潜む色からは鉄と血の匂いがする。

 

「いつも……ああやって相手が苦しむのを見て、笑いながら狩ってるの?」

 

「おう、そうだが。それがどうかしたのか?」

 

 黒鬼が当然のように軽い口調で答えると、うさぎは思わず立ち上がった。

 

「どうかしたのかって……!どんなに凶暴って言ったって、あの子は妖魔化の犠牲者なんだよ!?いくら何でも、ああやって狩りを遊びみたいに……」

 

 黒鬼が、驚きのあまりか口をあんぐりと開けた。

 

「……おいおいおい、この俺様たちを誰だと心得てやがる!」

 

「こりゃ怪しいぞ黒鬼よ、この小娘、思ってもねぇほどやべぇヒヨッコだ!」

 

「俺たちを知らずにここまでのし上がってきたことは褒めてやる!だがこれじゃ納得いかねえ、自己紹介させろ!!」

 

 戸惑ううさぎをよそに、2人は共に背中を向けて自慢の武器を見せつけた。

 

「俺様たちは、泣く子も泣き出す最強ハンターコンビ『ヘルブラザーズ』!!」

 

「地獄から来た兄弟とは、まさにここにいる2人組のことよ!!」

 

 大きく野太い声でなされた自己紹介に、それを見つめていた衛の唇が動いた。

 

「そういえば、どこかで名前は見たことが……」

 

「まもちゃん!話して大丈夫なの!?」

 

 衛はうさぎに微笑みながら頷くと、表情を引き締め、ヘルブラザーズに向かって頭を下げた。

 

「ヘルブラザーズの御二人。まず彼女を助けてくださったことに、心から感謝する」

 

 直後、衛は鋭い光を秘めた瞳で彼らを睨んだ。

 

「だが、それとは別に……彼女のどこがそんなに『やべぇヒヨッコ』と思ったのか、教えてくれないか?」

 

「まず1つ目。ヤツに関する知識が全くなってねぇ」

 

 赤鬼は尊大に腕組みをしながら声を張り上げた。

 

「イャンガルルガは自分で餌を取ることも、子を育てることもほとんどできねえ。じゃあどうやって生きてくのか?答えてみろ」

 

 彼に話を振られたうさぎは、ごくりと喉を鳴らして慎重に答える。

 

「仲間に助けて……もらう……とか」

 

「違う、何もかも横どりしてやるのさ!!」

 

 食い気味に叫ばれ、うさぎはビクッと肩を浮つかせた。

 

「奴はイャンクックの食いもんを堂々と奪い、なんならその巣に勝手に卵を産みつけ、何も知らず育てられたそいつの子どもは同じことを繰り返す」

 

 黒鬼が、血走った眼を見開きながら続けた。

 

「更にこいつは、とにかく動くもん全部に喧嘩を売る!人だろうが竜だろうが構わずな。耳をなくそうが目を突かれようが関係ねぇ。食う時も寝る時も死ぬ時も、戦うことだけ考えてやがる!」

 

 それを聞いたうさぎはしばらく途方に暮れていたが、気丈に笑みを作ろうとする。

 

「……あり得ない。あの子だって生き物なのよ?そんな無駄なことするわけが……」

 

「無駄も何もあるか。こいつが戦う理由は一つ、『戦いたい』からよ!それがあの生き物の本性なのさ!」

 

 男の言葉にうさぎは冷や汗を垂らしてうつむき、理解できないという風に弱々しく首を横に振った。

 

「あぁあぁ、受け入れたくないって面してやがるぜ」

 

 赤鬼の一言を受け、うさぎは負けまいとするように反抗的に顔を上げた。

 

「……そうだとしても、ハンターは人と自然を護るための存在よ。貴方たちのやり方、あたしは正しいって思えない」

 

 そのうち、2人は腹を抱えてくつくつと笑い始めた。

 何がおかしいのか、とうさぎは唇をきゅっと結んだ。

 

「やっぱりな、赤鬼!こいつら、ギルドの戒律を心の底から信じてる良い子ちゃんたちだぜ。いつか表彰されるかもなあ?」

 

「模範解答、おめでとう。言っとくが、名誉のために、大金のためにハンターになったやつぁごまんといるぜ。犯した罪から逃れるためにこの仕事やってるやつだっている。そしてギルドは、どんな理由であろうとハンターになろうとする者を拒みはしない」

 

 赤鬼の発言に、うさぎと衛は嫌な顔をした。

 ハンターになる目的は人それぞれ、ということは知っている。

 例えばこの前うさぎが助けた貧しい村出身の男たちは地元への仕送りのためにハンターになった。

 だが、彼らはヘルブラザーズのように欲望のまま動く人間ではない。

 

「あのモンスターが憎い、素材が欲しい、金が欲しい。ギルドはその欲望を『共存』っていう名目で縛り付け、何とか文明を長持ちさせてるだけさ」

 

 黒鬼は、手元でもやっとしていたものをひっ掴むような動作をしてみせた。

 振り切るように、うさぎが口を開いた。

 

「じゃあ……あなたたちは何のために狩ってるの!?」

 

「狩りてぇから」

 

 悪びれるどころか、誇らしげに赤鬼は即答した。

 

「とんでもなく超、超、強ぇ奴を狩りてぇ。ま、こいつと同じだわな」

 

 彼は、顎でイャンガルルガの遺体を示した。

 

「……野蛮な」

 

 衛は冷たい眼差しでヘルブラザーズを睨みつける。

 それに動じた様子もなく、黒鬼はへらへらと笑って上から目線で言い放った。

 

「じゃあ、お前らは甘ったれってとこだな」

 

「どこがだ?彼女はずっと、この世界を護ろうと傷だらけになっても戦ってきたんだ。その目的を批判できる理由なんかないだろ」

 

 衛だけに言わせてはおけないと、うさぎは前に出た。

 

「……甘ったれ、確かにそうかもしれないわ。でも、いつか魔女と妖魔がいなくなったらみんな平和に暮らせるだろうなって、あたしはそう思ってずっと……」

 

「ヒヨッコポイント2つ目。この世を氷山の一角でしか見てねぇ」

 

 低く呟いた黒鬼の瞳の奥に、大きく冷たいものが宿った。

 うさぎはそれを見て、唾を飲みこんだ。

 ショウグンギザミ、イャンガルルガの時と似た感覚だった。

 

「いいか?基本、この世を支配してるのはモンスターどもだ。もっと強い奴らなら、人なんか全部ホコリかチリだと思ってんぜ。もっとも俺様たち、その他の英雄様たちのような『超例外』は除くがな?」

 

 赤鬼が、続きの言葉を紡ぐ。

 

「魔女と妖魔が来る前からずっとそうだった。変わったといえば、お前らみたいなヒーロー気取りのぼんぼんやおひいさまのご遺体が増えたってことくらいかな?」

 

 衛はどんどん蒼い瞳の暗い底に落ちていくうさぎの視線を見て、ついに耐え切れなくなった。

 彼は拳を握り締めて叫んだ。

 

「だからって信念もなく快楽のために戦いだけを求めるだなんて、人の形をした怪物じゃないか!」

 

「「ドハハハハハ!!バハハハハハハ!!」」

 

 ヘルブラザーズはむしろ喜ぶように、二人して天に向かい大笑いをした。

 

「お褒めの言葉に預かり、光栄だ!だが、一つだけ修正させてくれ」

 

 黒鬼はにやつきながら、人差し指を立てた。

 

「信念はあるぜ。……いや、信念というよりは事実か。赤鬼、分かってるよな?」

 

 赤鬼は後方で頷き、仁王立ちでふんぞり返り腕を組んで声を張り上げた。

 

「俺たちが信じてるのは、『自由』だ!!」

 

 前にいる黒鬼は、陶酔したように両手を広げてその続きを叫ぶ。

 

「誰がどう思おうと、俺たちもモンスターどもも、己が信じ思うがままに生きていく。綺麗ごとを言ったところで、その歩みは止まんねえ」

 

 小太り気味の髭面は、燃えるような視線でうさぎの潤んだ碧眼を見据えた。

 

「もしお嬢ちゃんがそういうもの何もかも気に入らないってんなら、俺たちと同じことをすればいい」

 

 黒鬼は、ずかずかと押し入るようにうさぎの方に歩いてきた。

 衛が分け入ろうとしたが、赤鬼が衛の腕をその何倍も太い手で掴み、強い力で持ち上げた。

 黒鬼はうさぎの耳元にしゃがみ、凶暴な獣の眼差しを全開にした。

 

 

「その気高い理想に反する奴ら、全員その手で根絶やしにしてみろ。勿論、この俺様たちも含めてな!」

 

 

 うさぎも、衛も絶句した。

 少女はやがて、その震え始めた身を自らの腕で抱えた。

 彼女の胸にあるコンパクトが揺れて光った。

 

「そうやってお嬢ちゃん好みの理想郷を作りゃあいい。俺たちは、そういう堂々としたやり方なら大歓迎だ」

 

 そこにあるのは、どこまでも斬りつけてくるような目つきだった。

 

「そんなの、出来るわけ……」

 

「できるさ。だってお嬢ちゃんは、あのカラス野郎を憎んでたからな。ホントにあいつが気の毒なら、彼氏が止めるのも構わず飛び出したはずだ」

 

「……見てたのか、あの状況で?」

 

 黒鬼は衛の言葉を無視して続けた。

 

「それもしねぇで今更こうして俺たちにぐだぐだ言うってことは、本当は大自然そのものやあいつじゃなくて──

──()()()()だけを護りたいんだろ?」

 

「……ちが」

 

「おい、いつまで聖人面して逃げるつもりだ?てめえはただ見たくねえだけだろ。果敢に立ち向かってるフリして、ひたすら見たくないものから目を逸らしてるだけなのさ」

 

 男の視線は少女の視線をどこにも逃そうとしなかった。

 

「どんな相手だろうとぶっ殺す覚悟がねぇなら、さっさとハンター辞めちまえ!!」

 

 少女は顔中青ざめて、視線は行き場をなくした。

 輝きを失った瞳に急速に涙が盛り上がった。

 男たちより遥かに小さい背が激しく震え始めた。

 衛の端正な顔が怒りで吊り上がった。

 

「やめろっ!!」

 

 衛は叫んで腕を無理やり跳ね上げ、赤鬼の襟首を掴んだ。

 憤激に満ちた表情だった。

 

「おうおう、彼女想いなこったぁな。こちとら、ヒヨッコにアドバイスしてやっただけなのによ」

 

 赤鬼は、焦りもせず呟いた。

 

「黙れ!お前たちに何が分かるものか!!」

 

 うさぎは、衛の籠手を抱いて寄せようとした。

 

「まもちゃん、いやよ。お願いだから、乱暴しないで!」

 

「だが、こいつらは君を侮辱した!」

 

 強い怒りの光を瞳に湛えて叫んだ衛を見て、呆れたように黒鬼がため息をついた。

 

「俺たちは事実を教えてやったまでなんだが……お嬢様とおぼっちゃまには刺激が強すぎたかな?」

 

「もうそれ以上口を開いたら……」

 

 逆上した衛は赤鬼を離して片手剣を抜きかけたが、そこにうさぎが抱きついた。

 うさぎのぶるぶると震える姿を見て、衛は表情をぐっとこらえた。

 彼は剣の柄を戻すと、しばらく思案したのちに兜を外し始めた。

 

「……確か、ハンターが人に武器を向けるのはご法度だったな」

 

「ほお?」

 

 自分より細い男に対する2つの視線の色が変わった。

 衛は鎧を脱ぎ去ると、自身のすらりと鍛えられた上半身を露わにした。

 びっくりしたうさぎに衛は無言で頷くと、きっと目前の2人を睨んだ。

 

「ここまで言われたからには、素手での決闘を申し込みたい。勝負を受けるかはそっちが決めてくれ」

 

「ひゅう、いいねぇ。彼女の名誉のために拳で勝負ってか!受けて立つぜ。俺からでいいな?」

 

 赤鬼は口笛を鳴らすと拳同士を打ち鳴らし、自身も鎧を脱ぎ始めた。

 やがて、衛の何倍も膨れ上がった、胸毛の生えた筋肉達磨が姿を現す。

 汗の臭いがぶわっと周囲に漂った。

 

「やめてっ!!」

 

 衛と赤鬼の間に入ろうと手を伸ばしたうさぎを、黒鬼が咄嗟に抑えた。

 

「おおっと、お嬢ちゃんはそこで観ときな。あぶねえあぶねえ」

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 赤鬼の一言を皮切りに、決闘は始まった。

 大男は拳を振りかざして熊のように襲い掛かってきたが、衛は僅かに身をそらして避けた。

 

 前の世界で戦ってきた妖魔は、いずれも人と同じような姿をしていた。

 それゆえ、衛にとってはその時と似た感覚で戦える。

 赤鬼はさっそく何か自分と違うものを感じたのか、にやりとして右拳を振りかざす。

 

「こいつ、ハンターのくせに格闘術やってやがるぜ!」

 

 黒鬼は興奮して叫んだ。

 赤鬼はパワーに任せ容赦のない波状攻撃を浴びせるが、衛は動じずかわし続ける。

 ならばと、赤鬼はばっと両腕を広げ抱えるように掴みかかる。

 流石に対格差は誤魔化せず、衛は両手を相手と組み合わせた。

 大男は、衛と腕を組み合いながら叫んだ。

 

「兄ちゃん、ハンターになる前なんかやってたか!?」

 

 一度捕まえられると、パワーでは赤鬼が圧倒している。

 手の大きさも、指の太さも全く違う。

 次第に衛が押され、圧倒されていく。

 うさぎは、息を呑んで行方を見守る。

 

「さあな!お前たちが知ることじゃあ……ないだろうっ!」

 

 すっとかかる力を分散し、回るように受け流して先ほどのイーブンの状態に戻した。

 隙を見逃さず、すかさず腹に鋭い膝蹴りを入れる。

 巨体は吹っ飛ばされ、地面に転がる。

 

「ドオオオオオオ!!今のは効いたぜぇぇ!!」

 

 それでも、赤鬼はすぐさま立ち上がってくる。

 圧倒的筋力により、先ほどの何倍ものスピードでフックを繰り出してくる。

 衛は咄嗟に腕を盾にしたが、衝撃を受けて後ずさった。

 

「ぐっ……」

 

「へへっ、そこだぁ!!」

 

 勝機と見た赤鬼は、にやりと笑った。

 だが衛は、相手が後ろ手に振りかぶったことで大きく空いた正面を見逃さなかった。

 

 

 カウンターの右ストレートが、赤鬼の顔面に直撃した。

 

 

「ひでぶっ!!」

 

 

 今度こそノックアウトした。

 衛は、むすっとした顔で赤鬼の前に立って相手を見つめた。

 しばらく赤鬼は鼻血を腕で拭いていた。

 

「負けが認められないなら、何回でも受けて立つ」

 

 衛が睨む先、起き上がった赤鬼の顔は──

 

「いいや、こっちの完敗だ!ヒヨッコにしては随分強いじゃねぇか、あんた!!」

 

 清々しいほどの笑顔だった。

 衛は、立ち上がってあっさり差し出された手に困惑した。

 勢いのままに握手すると、黒鬼もまた、爽やかな顔で2人に回復薬を渡してきた。

 

「バハハハハハハ!!派手にやられたなあ赤鬼よ!ほれ兄ちゃん、あんたの名前は?」

 

「……衛」

 

「マモルねぇ!きっちり覚えとくぜ!!」

 

 あれほど対立していた者の顔が、今となってはただの気のいい男にしか見えなかった。

 

「ほら、俺にも戦わせてくれよ!」

 

「……え……あ、ああ……」

 

 黒鬼も、同じような過程を経て衛にほぼ完敗を喫した。

 

「くっそぉ~、勝てねえ!こんなの、この道入ってから久しぶりだ!バハハハハハハ!!」

 

 鎧を着直し、あぐらをかいて膝を叩く彼らは、本当に戦いを心の底から楽しんでいるように見えた。

 衛は複雑な表情で、2人のにこにことした顔を見ていた。

 赤鬼が、満足げに頷きながら衛を見つめ返した。

 

「ひょろっちいから骨が文字通り折れるんじゃねえかと心配したが、見直したぜ!人相手なら無双できるんじゃねえか?」

 

「……俺は、彼女の信念を笑う奴が許せないだけだ」

 

 うさぎは、反応に困った顔をしていた。今どういう感情を持てばいいのか、迷っているようでもあった。

 ヘルブラザーズは、鼻を鳴らして立ち上がった。

 

「はっは、こりゃお熱いこったぁ。さ、俺たちはそろそろお暇するぜ。ヒヨッコと違って、俺たちは忙しいんでな」

 

「今度うさこに何か一言喋れば、容赦しない!」

 

 背を向けて歩き出した2人組は、衛の警告を受けても歩みを止めなかった。

 

「ご心配なさらずとも、俺たちはお嬢ちゃんをどうにかしようなんて気はさらさらねぇぜ」

 

「俺たちは、聞かれたから俺たちの考えを答えただけのこと!」

 

 彼らは、イャンガルルガの遺体を乗り越えて洞窟の出口へと進んでいく。

 

「あばよ、お花畑夫婦。最後の最後で楽しませてくれて恩に着るぜ。ドハハハハハ!!」

 

 赤鬼は背中越しに手を振り、姿を消していった。

 うさぎは肩に入っていた力が抜けるとふらついて、青白んだ顔で倒れた。

 

 

「うさこっ!!」

 

 




イャンガルルガ(別名:黒狼鳥)
 鳥竜種に属するモンスターで『黒き凶風』『唸る一匹狼』の異名を持つ。
 怪鳥イャンクックとは近縁種の関係にあるが、「娯楽として」戦闘行為そのものを好むという生物として異質な性質を有する。中には明らかに格上の強大な相手にも挑みかかったという報告もある。
 戦闘に関する知能は非常に高く、罠を見破って破壊する、咆哮で積極的に相手の行動を封じその隙をつくなどの行動が見られる。
 戦闘に特化した生態ゆえか子育ても自力での餌取りも得意ではなく、他生物の餌を横取りしたり、イャンクックの巣に托卵を行う習性がある。
 どの個体にもほぼ必ず戦闘によって負った傷が見られるが、その中でも目が抉れるほど深い傷がある個体は「傷ついたイャンガルルガ」と呼称され、歴戦を潜り抜けた猛者として狩人に恐れられる。

『ナナ=ソレイユ』…赤鬼が背負うガンランス。炎妃龍ナナ・テスカトリの息吹が籠められている。鮮やかな藍色に蒼炎が似合う、美しき円筒型の銃身が特徴。

『老山龍砲・皇』…黒鬼が背負うヘビィボウガン。岩山龍ラオシャンロン亜種の磨き上げられた蒼白色の甲殻が、無骨な重弩を覆う。強烈無比な威力を誇る。

10000字超えてしまった…許して…
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