セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「……追い風なのは有り難いけど、それでもかなりギリギリでしょうね」
紅から深い青へと変わっていく空を見上げていた。
歌姫は、御付きの猫を伴って船内の奥の一室に匿われている。彼女は慌てもせず、ただ置物のように静を保って鎮座する。
「はー、モノブロス、苦戦しすぎたかなぁー」
うさぎが後方のマストにもたれて甲板に腰を下ろし、ため息をついて見つめた先、船体後部には彼女の成果たる真紅の角が置かれている。
前で、操縦士役の御付きの猫が舵を取っている。
「今更何言ってんの。あの伝説の竜の角を折ったんだから、堂々と誇りなさい」
ルナは望遠鏡を再び持ち上げて覗くと、あっと声を上げた。
「進行方向左側、遠方に黒いものが!」
「えっ!?」
うさぎは立ち上がった。
眺めてみると、確かに黒い靄のようなものが東の地平線上に見える。時間が経てば経つほどそれは大きくなるようであった。
操舵していたアイルーは恐れおののき、飛び出して船内へ入り込んでしまった。
「ま、待ち伏せよ!!」
「護衛さんたちが言ってたのは、こういうことだったんだ」
「うさぎちゃん、ここは変身して……」
叫びかけたルナだったが、はっとして船内へ続く入口を見た。
その中から、御付きのアイルーたちが怯えた表情で見守っている。
うさぎはそれを振り返ったあと、前を見据えて叫んだ。
「ルナ……今のあたしは、狩人よ!」
ルナは、覚悟を決めて頷いた。
バリスタ、大砲など、護衛たちから教わった迎撃設備の使い方を復習する。
最後の仕上げに武器を研ぎ、異常がないか点検した。
2人だけの迎撃戦が幕を開ける。
「ガブラスが来るわ!」
蛇のような頭に細身の身体、人を覆い隠せるほど大きな翼を持つ『翼蛇竜ガブラス』が黒い息を吐く群れとなって先頭を切る。
それぞれのバリスタの配置につき、ありったけの巨大矢を打ち出す。
弦に弾かれた矢は放物線を描いて飛び、夕焼けにはためく群れに突っ込んでいく。
大まかに狙っても必ず1匹は刺さって落ちていく。
勢いがよければ一匹の翼を突き破り、他を撃ち抜いて堕としていく。
だが、それでも時々1匹は撃ち漏らして舳先上部へ差し掛かる。
黒い息を吐いてガブラスが滑空しようとしたとき、ルナは一個の物体を上空に放り投げた。
帳のなか閃光が爆発すると、視界を潰されたガブラスは悲鳴を上げながら堕ちていく。後方に控えていた者たちもいくらか撃墜された。
「この調子よ!どんどんこうげ……」
ルナが言いかけた時、右側すぐ近くでばぁん!と爆発音が鳴り甲板の一部が弾け飛んだ。
「う、うびゃあああ!?」
彼女に湿り気のある砂粒がばらばらと降りかかった。
それを見て、うさぎはすぐルナの遥か向こうの砂漠に視線を移す。
黒い息の混じる砂塵をまとった、背びれの群れが接近している。
左舷を見ると、そちらにも同じものが見えた。
「ガ、ガレオス!それにあれは……!」
一際大きな黒い砂塵が、凄まじい勢いでこっちに迫ってくる。
黒ずんだ半月状の頭が砂上に飛び出し、船の左横腹に持ち前の巨体でタックルをしかけた。
「わああああああっ」
船体が大きく右側に傾いた。
バリスタの弾のいくつかが砂に落ちた。
足場を崩して転びかけたが、どうにか踏みとどまる。
何度も揺り返しがあって、少しずつ船は落ち着いた。
「歌姫様は無事!?」
うさぎが後方に向かって叫ぶと、御付きの猫が船内から飛び出して何度も頷いた。
「もしかして、あの妖魔になったドスガレオスの仕業!?」
うさぎとルナは、両舷でバリスタを撃ちまくる。
そのうち、御付きのアイルーたちも勇気を振り絞って弾を大砲に込め、戦いに参加した。
爆風と矢の嵐に、ガレオスたちは不規則に泳いで狙いをそらすことで対抗する。
そんななか、ガレオスたちとは反対に船の行く方向からきしゃあ、きしゃあと何かの叫び声が聞こえた。
前方を見ると、所々にある岩の上で赤い目をぎょろつかせる、トサカを持つ二足歩行の竜たちの影が見えた。
彼らの中でも一際大きな首領……あの妖魔化ドスゲネポスがうぉう、うぉうと天高く吼えた。
「ゲ、ゲネポスまでいるわ!」
「何よ、次から次へと!」
高所で待ち伏せていた彼らは、素早く駆け出すと船に飛びついてくる。
「たあっ!」
うさぎは剣を引き抜くと、甲板に飛び移ろうとした1頭を斬り伏せた。
その1頭は大きく吹っ飛び、砂上を転がっていった。
次はガブラスが彼女を掴もうと空中から襲ってくる。
「……ごめんっ!!」
うさぎは叫びながら迫ってくる相手の胸を突いた。
その蒼い瞳に迷いはなく、目の前の景色をはっきりと捉えていた。
「歌姫様がいる部屋だけは護らなくちゃダメよ!」
ルナが言うと御付きのアイルーたちは頷き、自身より遥かに大きいバリスタの矢を持って入口の前に待ち構えた。
近くにゲネポスやガブラスが近づけば振り回して牽制し、それをうさぎとルナが倒す。
音爆弾、閃光玉を湯水のように使い、大いに矢を撃ち、剣を振るった。
それでも止まない妖魔化生物たちの攻撃。
少女たちの体力も削られていく。
いつの間にか月が出ていた。
もはや太陽が地平線に沈もうとした頃、異変が起こり始める。
「まだ……まだ終わらないの!?」
うさぎの剣を持つ腕が、血まみれになってぴくぴくと震えている。
もう、合計百頭は倒しただろうか。
鎧を覆う鱗の一部が砕け、金属の部分が牙や爪によって削られている。
腰を落としかけたうさぎに砂上から甲板に飛び移ったゲネポスが襲い掛かろうとすると、ルナが背中から跳びかかる。
「負けちゃダメよ、うさぎちゃん!」
「ぐっ……」
歯噛みすると、うさぎは剣を思いっきり振り回してゲネポスの胸を斬り払った。
背中から飛び降りたルナは、よろめいたその竜が流砂に落ちていくのを見送った。
そこで、彼女は何かに気づく。
「あれ、そういえばガレオスの攻撃が少なくないような……」
そう言った瞬間、どすどすどすどすっ、と刺すような音と共に船体前方から木片が砕け散った。
「あっ!」
ルナの目の前を、高速で砂弾が駆け抜けた。
ガブラスが上空に避難し、ゲネポスの襲撃がぴたりと止んだ。
「うさぎちゃん、伏せて!」
少女が訳も分からずうずくまった途端、前方からひゅんひゅんひゅんと風を切る音がして、船のあちこちが砕け散った。
まるで機関銃の如き一斉掃射が瞬く間に船を駆け巡る。
荷物は砕け、手すりが吹っ飛ばされ、帆に穴が空き、甲板の木板がいくつか弾け飛んだ。
それが1分ほど続いてやっと終わり、うさぎたちが目を開けて立ち上がったとき、船は幽霊船かと見紛うほどに壊されていた。
「流石に、船底は頑丈に作ってあるわね」
甲板から顔を覗かせたルナがほっとする一方、うさぎはずっと前の地平に伸びる尻尾のような砂塵を見やった。
「でもあいつら、船を壊す気よ!」
その時、空から舞い降りた1匹のガブラスがうさぎの肩を掴んだ。
「えっ……」
完全な不意打ちだった。
「は、放しなさい!」
ルナがジャンプして剣を振るうが、空中の相手には当たらない。
砂塵の群れから離れたドスガレオスが、先頭を切り、船真正面を捉えて泳ぎ始めた。
飛び跳ね、口内で圧縮した砂弾を放った。
砂の塊は銃弾の如く鋭く飛び、うさぎの胸を直撃した。
ルナが見上げる頭上で、少女の身体が吹っ飛んだ。
彼女は前方マストに叩きつけられ、力なく落下する。
近くにあった荷物が散乱し、マストにはひびが入った。
胸当てには穴が開いて蒸気が噴出し、少女の身体は動かなかった。
「うさぎちゃん!!」
ルナが涙目で駆け寄る。
「コ、コンパクトが壊れでもしてたら……」
二度と変身できなくなるか、運悪く心臓が撃たれていれば命にかかわる。
「ねえ、しっかりして!うさぎちゃん!うさぎちゃん!うさ……」
ルナの目に、あるものが止まった。
穴の中から覗いたのは、鈍い白の中に光る赤い花びらだった。
「あ……そういえばモノブロスの前に!」
うさぎの目が薄く開かれる。
むくりと起き上がると彼女は自身の胸当てから登る蒸気を見つけ、その裏からブローチを取り出す。
「ここにいなくても……護ってくれたんだ、あたしを」
うさぎは潤んだ瞳で、胸の中にそれを全力で抱きしめた。
「うさぎちゃん、みんなのためにも、この船を壊されるわけにはいかないわ!」
「うん!」
うさぎは頷くと、ルナと共に舳先に駆けつける。
群れの長は、猛烈な速度で砂を巻き上げてくる。
ゲネポスやガブラスは、横取りを狙うかのように遠くを抜け目なく徘徊している。
彼女らが姿を現すとともに、ガレオスたちの援護射撃が始まる。
やむなく、うさぎたちはその場に伏せる。
口内で高密度に圧縮された砂弾がマストを打ち砕き、船体側面に穴を開けまくる。
ドスガレオスがいよいよ速度を上げ、口を開けて突っ込んだ。
「撃龍槍よ!」
うさぎはルナの言葉を受け、傍に置いてあったピッケルを、スイッチ目掛けて振り上げた。
これさえ押せば、巨大な槍が目の前の巨体を螺旋を描いて貫くだろう。
だが、黒い息を吐くドスガレオスはそれを見逃さず砂弾を吐いた。
うさぎを狙ったつもりのそれは、思わず彼女が盾にしたピッケルにぶち当たった。
かぁんと軽い音を立て、弧を描いて砂漠に落ちていく。
うさぎははっとして目を見開いた。
もはや、相手は眼前だった。
「……っ!」
うさぎは急いで剣を抜き、そのまま折れて短くなった舳先から飛び出そうとした。
ドスガレオスの頭の下の大地が爆発する。
一本の角がその喉を刺し貫いた。
うさぎは、しばらく凍ったように動けなかった。
ドスガレオスはその一発で絶命した。
夕陽を煙らせ、一頭の飛竜は船の前を横切るように飛び出した。
相手の脳天を突き刺したままぶん回して一回転したのち、高く放り投げる。
岩場に激突しそのまま沈黙した群れの長を前に、ガレオスたちは船を避けてまでその竜に突撃しようとしたが──
天を仰いでの咆哮が彼らを丸ごと地中から引きずり出す。
「……モノブロスだ」
甲板に戻って後方を見ていたうさぎは、呆然と呟いた。
妖魔化ドスゲネポスはその光景を見て後退りしていたが、一角竜は決してその姿を見逃さなかった。
折れた角を、真っすぐ振りかざす。
ドスゲネポスは身を翻して逃げようと全速力で走ったが、直後、掬い上げるようにして遥か彼方に吹っ飛ばされた。
ドスゲネポスは船上遥か上空を吹っ飛び、横切っていく。
悲鳴を上げて逃げようとする群れの長を、部下であるゲネポスたちは追っていく。
ガブラスたちは伝説の飛竜の勝鬨を聞き、恐れをなして散り散りになっていく。
その後も手当たり次第に近くの妖魔たちに襲い掛かっていくモノブロスを残し、船は進んでいく。
うさぎとルナは、小さくなっていくそれを感慨深げに甲板後方から見つめるだけだった。
──
「歌姫様、危険は去りました!!」
追手がいなくなったのを確認し、うさぎが入り口の前で叫ぶと、御付きのアイルーたちが歓声を上げる。
歌姫が、月光の下ゆっくりと自ら船内から歩き出て来た。
相変わらず凛とした佇まいではあるが、心なしか目線が温かいものに感じた。
彼女は気品ある動作で御付きのアイルーに口を近づけて小さくささやいた。
「『そなたらがここまで成し遂げるとは思いもよらず、誠に私は感謝に堪えない』」
アイルーは、彼自身の感情も入っているのか喜色の入った声で言った。
うさぎとルナは、嬉しそうに頭を下げた。
「『何かそなたらのために出来ることがあれば、どうか協力させてほしい』とのことですニャ!」
うさぎはルナと互いに顔を見合わせると、頷いて一言呟いた。
「……じゃあ」
先ほどまでの死闘が嘘のように、地平線まで伸びる砂漠は穏やかな風を運んでいた。
次回は年内にエピソードを収めるため、3日連続更新となります。バルバレでの決戦です。