セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
『みんな、出来る限りのことは尽くした。あと必要なのは、互いを信じることとしつこく食い下がるってことだけだろう。お前さんたちならできる、できる!』
そう言い残して、団長は姿を消した。
集会所より左奥、市場から少し外れたところに巨大な劇場が見える。
天気はこの太陽の集落にふさわしい快晴であった。
人混みのなか、少女たちは早足で歩いていた。
劇場の周りには木と布で組まれた屋台が列を作り、大盛況を博す。出張酒場、雑貨屋、菓子屋、武具屋、薬屋、肉屋、スパイス屋、衣服店……と、種類はとても数えられない。
売り子、主に酒場の看板娘たちが、キンキンに冷えた歌姫コラボビールやその他ドリンクを笑顔で走り回りながら売り歩く。それに人々の手が伸びて、小銭と引換えにジョッキが無くなる度彼女らは店へ駆けていく。
少女たちは汗を流しながら、人々を真っ直ぐ掻き分けていった。やがて彼女たちは会場内に続く狭い通路に足を踏み入れた。
どこを見渡しても、人、人、人。
荒地の傾斜を生かして作られた、すり鉢状の野外劇場。
円形舞台を囲む同心円状の階段は前から後ろまで満員だった。もはやそれは海の形を成し、嵐に掻き回されたような波がさざめいている。
自慢の武器をぶら下げ仲間と駄弁るハンター、
歌姫にあやかってただの古びた壺を高値で売りつける商人、
貧しい身なりながら家族ぐるみで公演を待ち望む農民、
徒弟と笑いながら酌み交わす職人、
リュートを弾き鳴らし狩人と化け物の戦いを勇ましく唄う吟遊詩人、
砂塵と喧騒を嫌がり家来が持ち上げた輿にふんぞり返る地方貴族──
世界中から文化、階級、性別、職業を手当たり次第にかき集めごった煮にしたような空間。
数千万の会話が入り乱れるなか、一か所だけ沈黙を保つところがある。
すり鉢の底面にあたる、円形舞台のすぐ前であった。
赤い目をした守護兵たちが舞台を護るように取り囲んでいる。
それを眺めていたリノプロ男とハイメタ男が、少女たちの姿を認めた。
駆け寄ってくる2人に亜美が聞いた。
「どうですか?」
「あからさまに警備が厳重になってきた。そろそろ出てくるはずだぜ」
リノプロ男が親指で示した先、白い衣を羽織った集団が守護兵に護られ、ボウガンをぶら下げて抜け目ない視線を巡らせている。
しばらく待っていると、劇場から少し離れたやぐらに設置された大銅鑼が鳴った。
ばしぃぃぃぃぃぃん、と大地に響く音が、観衆を一斉に黙らせていく。
「よし、予定通りだな。じゃあ、頑張ってくれよ!」
「ええ!」
各自が劇場のあちこちに散っていった。
白い衣を着た男が舞台上に出てくる。
真ん中に至ると、彼は礼を拝してから声を張り上げた。
「皆様、此度は東西南北より遥々の旅路、誠にお疲れ様でした!しかし現在、歌姫様はご到着が遅れるとの連絡を賜っております。何卒ご理解頂きたく……」
ざわめきが中心の舞台付近から劇場外縁部まで伝播する。
「おいおい、何やってんだよバルバレギルドは!」
「早く始めろー!」
「ハンターどもは化け物狩る以外何も出来ないのか!?」
たちまちのうちに観客の間からブーイングが起こる。
それを見計らったように、舞台袖からぞろぞろと白い集団が楽器を持って出てきた。
弦楽器、木管楽器、金管楽器、太鼓と一通り揃っており、規模は大楽団と言っても差し支えない。
指揮者が振りかぶると、太鼓がどこどこどこと盛り上げるように鳴り、最後にばあんと破裂するような音を出した。
それを合図に、舞台袖から一人の少女がパッと飛び出した。
「はぁーあーい!歌姫見習い、ミメットでーす♡」
少女が、観客席へ満面の笑みで手を振りながら駆けていく。
肩と鎖骨周りをさらけ出し、裾丈が異常に短い踊り子風の白いコスチュームだった。
舞台の真ん中まで来ると、彼女は金色のウェーブヘアーをぱたぱたさせて飛び跳ねた。
「きゃはっ、すっごいかずーーーー!1万人はいるかしら?ライブ中継して世界中に繋げたい気分だわ!!」
観客たちは、見たこともない衣装の少女を前に戸惑いを見せていた。
「なんだあの子?」
「歌姫の見習いだってさ」
「歌姫様があんな軽々しそうな女を隣に付けるとは思えんのだが……」
囁きあう観客たちの目つきには困惑と薄っすらとした嫌悪感がある。それを目にした少女は、脚をふらつかせて倒れかけた。
「……ううっ……」
指揮者の男が急いでその身体を支えると、観客たちは驚いて視線を彼女に集中させる。
「ああ、ダメよミメット!せっかく皆さんが集ってくださったのだから、せめてこの場を明るくしないと……」
己を叱ってそれ以上支えられるのを断り、ゆっくりと立ち上がった少女にさっきまでの元気はなかった。
「申し訳ありません。こんなにたくさんの人たちが集まって下さったのに、ごめんなさい」
彼女の下瞼に涙がこぼれ始め、声にも張りがなくなりしゃっくりが混じり始めた。
「最近、噂にもなってる、魔女の使いである妖魔たちが出始めて……歌姫様の護衛団は、それのせいで動けなくなってるかもって話を、さっき、聞いて……!!」
そこまで言うと堰が崩れたように泣き始め、結局その場に膝をついて手で顔を覆った。
「えっ、今の本当!?」
「歌姫様は無事なのか!?」
人々が一斉にどよめく。
「現在ギルドの皆様がハンターを派遣して下さったのですけれど、ずうっとそのことが心配で、来る日も来る日も眠れないんです」
場は静まり返り、しおらしい声色と表情にいくつか同情の視線が集まる。
「でも、こうやって泣いてばかりじゃいられません。ここはしゃんとしないと!歌姫様の帰りが信じられなくて、何が見習いよ!!」
ミメットは拳を握り、顔を振り上げて涙を払った。
「あたし、お詫びに歌わせていただきます。歌姫様にはどうしても劣りますけど、どうかこれで少しでも、皆さまの気持ちが安らぎ歌姫様の公演まで待っていただけるのでしたら」
人々はしばらく黙っていたが、まばらにパチパチと拍手が起こり始める。
やがてそれは劇場全体に響き渡り、応援の声と共に会場の外にまで聞こえた。
ミメットの口許が僅かに持ち上がった。
「ありがとうございます!それでは聞いて下さい、曲目は──」
「ああ!どうか止まってくれ!」
男の叫びとともに、草食竜アプトノスの牛の猛るがごとき嘶きが劇場に木霊した。
劇場の端で異変は起こった。
なんと、暴走した竜車が階段を突っ切り、すり鉢状の劇場を凄まじい勢いで下ってきたのだ。
ちょうど無人の場所を通っていたが、人々は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「な、なによなによ!?」
その勢いに気圧されて舞台を囲っていた守護兵も逃げ、竜車はミメットのいる円形舞台へ突っ込んでしまった。
アプトノスを駆っていたフードを被った男が手綱を必死に引くうち、その草食竜は落ち着いていった。
幌のかけられた荷車のなかからもう一人のフード姿の男が現れ、地面に手と膝をついて叫んだ。
「ミメット様、会場の皆様!誠に、誠に申し訳ありません!アプトノスが暴れてしまった!いつもは良い子なのだが突然……」
「すべては兄ではなく、この竜を操っていた私の責任です!どうぞ罰するなら私めを……」
アプトノスに乗っていた男がフードをずらして顔を晒すと、それを見たミメットの目の色が変わった。
守護兵が飛び出し、2人の男両方を睨んで槍を突き付ける。
「貴様ら!この神聖な舞台に白昼堂々乱入とはいい度胸だな!」
「待って!!」
ミメットは守護兵を制すると、兄弟の顔をうっとりとした顔で見比べた。
「御覧なさい。彼らの髪、瞳、肌、指に至るまで、なんと美しいこと。きっと、こうして出会うために天から遣わされたのね。いいでしょう、すべて許してあげるわ」
「ミ、ミメット様!?」
兄と称された男は泥を被ったような茶色の髪の毛で、傷だらけな代わりに彫りが深くきりりとした顔立ちが特徴である。
弟であろう男は黒髪で眼鏡をかけており、青い瞳は優しげで包容力さえ感じさせた。
弟はその場に跪いて頭を下げた。
「歌姫様のお弟子様への無礼な行い、お許し頂くどころかお褒めのお言葉を賜り、光栄に存じます」
兄はやや表情は硬いが、真っすぐにミメットを捉えていた。
ミメットはそれに射止められたかのごとく硬直し、顔を紅くする。
「我々はここにいる方々と同じく、歌姫様に心より親愛の情を抱いております。そしていま、貴女の歌姫様への想いを聞き心の底より共感と感動を覚えました」
兄はそっとミメットの手を取った。それを目の当たりにした彼女の瞳は、乙女らしい輝きを閃かせた。
「お騒がせした身でですが、何かの縁だ。どうかこの御方からお話を聞いてみたい。観客の皆様もミメット様がどういう方なのか、気にはならないだろうか」
彼は上方に広がる階段を見回したが、観客たちは困ったように仲間たちと目を見合わせている。
突然、幾人かが一斉に声を上げた。
「俺は気になるぞ!」
「私も!」
「是非とも聞かせてください、ミメット様ー!!」
背中を押されてにやついたミメットは、ぱっと素早く2人の手を取って振った。
「喜んで!白馬の……とはいかないけど2人の王子様に囲まれるだなんて夢のようだわ!」
「し、しかしミメット様……いづっ!」
止めようとした団員の靴をヒールで踏んでぐりぐりとした。
ミメットはウキウキした顔で円形舞台の前方を掌で示す。
「さあ、こちらへどうぞ」
このやり取りを見ている観客たちは、先ほどまで到着の遅延に怒っていたことも忘れて予想のつかない展開を物珍しそうに見物していた。
「よりによって今日この時に大丈夫か?」
「演出中々凝ってるよねー」
「面白けりゃなんでもいいよ」
様々な意見が飛び交うなか、対談が始まった。
兄弟は、歌姫に関しての話を長々と続ける。
彼女がどれだけドンドルマだけでなく世界中に貢献しているか、最初にその姿を見た時にどれだけ感動したか、こうしてバルバレに来ることがどれだけ素晴らしいことか、などを雄弁に語った。
兄はやや口下手だったが、そのたびに弟が機転を利かせて観客をどっと沸かせたり涙を流させたりした。
一方のミメットはろくに聞かずに頷き適当に返すだけで、彼らの顔をうっとりとして眺めていた。
弟が、彼女の顔をちらりと見て尋ねた。
「それで、ミメット様が見習いとなった1年前といえば龍の災いがかの地を襲った直後でしたが、あの災いをどのように考えておられますか」
ぼうっとしていたミメットは肩を跳ねあがらせたが、こほんと咳払いすると自信ありげな顔で答えた。
「ええ。あの忌まわしい災いは二度とあってはなりませんわ。必ずや龍どもをすべて討ち果たし、ドンドルマの人々に平和を……」
柔らかな笑みを浮かべるミメットとは対照的に、兄の瞳の底が光った。
「……不思議ですね」
ミメットは兄の言葉を聞いてえ?と振り向いた。
観客たちも、一部が違和感を感じたように首を傾げている。
「貴女はご存じでしょうが、あの街の公的施設には赤の屋根、一般家屋には緑の屋根が飾られております。それは最も有名な飛竜であるリオレウスとリオレイアを表し、街全体で大自然への敬意と感謝を示しているのです。彼らはモンスターに対抗こそすれ、感情的に憎むことはほぼないのですが」
しばし、沈黙が訪れた。
「あ……あら、そう?」
「そうだ、確か半年前、歌姫様にドレスを献上したのでした。そのことは覚えておいでですか?」
弟が穏やかに聞くと、ミメットはさっきの空気を打ち消すように深く頷いて元気よく答える。
「え、ええ!それを身にまとったあの方はもう豪華絢爛そのもので──」
「……歌姫様は自分を表立って飾られない方だったはずですが、それは随分と意外です」
それまで優しかった弟の瞳に、鋭さが宿った。
「ん!?おかしい、どーも話が合わねえんじゃねぇか!?」
観客席に座っていたハイメタ男は立ち上がり、わざと大きい声で叫んだ。
空気に煙が混じったように、違和感が場の空気に流れ始める。
ミメットは気まずそうに辺りを見回すと、急ぐように前に進み出て横手を打った。
「さ、さあ!そろそろ唄の時間としましょ!もうそろそろ、皆さまも唄が無ければ飽きてしまわれるわ!」
「……そうですか。ですが、その前に水分を補給しましょう。この炎天下、熱中症になられては困ります」
ミメットを見やった弟は、兄と共に足元にあった麻袋を漁る。
「あら、ありが……」
取り出したのは、白い球状の物体。
2人はけむり玉を、その場に叩きつけた。
劇場が白い煙に覆われる。
守護兵たちは混乱し、観客たちはどよめき大騒ぎする。劇場から逃げていった者さえいた。
機を逃さず、少女たちは一斉に煙のなかへ突入する。
「な、なによこれ!?」
「ミメット様、奴らの奇襲です!!早くお戻りに……」
「お待ちなさい!」
腕で口を塞ぎながら舞台に背を向けたミメットの前に、レイが躍り出る。
「ミメット!世界の歌姫に手をかけた罪は重いわよ!」
そう言った美奈子に続いて亜美、まこともかけつけ、筆頭ルーキーは指を差して叫んだ。
「最後の警告!これ以上酷い目に遭いたくないのなら降伏を勧めるっス!」
「もーーーーーーーー!!なんで肝心な時に邪魔してくんの、サイアク!!」
どんと地面を蹴って嘆いたミメットは、そこで何かに気づいたように顔を上げた。
「もしかして……あたしが唄を歌うのがそんなに怖いの?」
何も言わず、少女たちは敵を睨む。
納得がいったように、ミメットは意地の悪い笑みを浮かべる。
彼女は余裕綽々な表情で人差し指を頬にとん、とんと当てながら呟いた。
「なるほど、だからこんな茶番で時間稼ぎしてるのね。……でも正直、あーんな古ぼけた唄なんか、要らなくない?」
「ミメットッ!!」
まことが怒り叫ぶと、歌姫見習いはぱちんと指を鳴らした。
「今日からあたしが新しい歌姫。あたしの美声を聴き、あたしの美貌に酔いしればいいの!」
団員たちが少女たちを背後からひっ捕らえる。煙のなかという状況が、悪い方向に作用した。
もがく彼らを、他の団員たちが前方から槍とボウガンを付きつけ、無理やり引き下がらせていく。
それを見てふんっと嘲って笑うと、ミメットは煙から出る。
煙から出て来たミメットは、少女らしい満面の笑みで両手を広げた。
「皆様!今のはすべてパフォーマンスです!これからあたしの全力をお見せします!」