セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
絶対強者①
ポッケ村は高緯度にあるフラヒヤ山脈の麓に位置する。
荷車が止まり、垂れ幕が上がった。
「ようこそ、ポッケ村へ」
そう言いながら御者が出迎える。
荷車を引いていたのはポポと呼ばれる、全身に深い毛に包み湾曲した牙を持つ大人しい動物だ。
「あれかぁ……!」
少女たちは白い山間に雪の降り積もった屋根を複数見つけ、年相応に顔を輝かせた。
ポッケ村は、入り口から見て奥に家屋が連なるように建っている。
豪雪のなか身を寄せ合うように藁葺の家が並ぶさまは、素朴ながらも暖かみを感じさせた。
御者がおーい、と叫ぶと灯りのついた家から彼と同じ白い民族衣装を纏った住民たちが出てくる。
村の外観通りの人々だった。バルバレのような豪快さとは違った静かに寄り添うような温かい笑みで、彼らは出迎えてくれた。
その中で最も背の低く、体を覆うほどの蓑を被った眼鏡の老婆が杖をついて歩いてくる。どうやら彼女が村長のようだ。
「よく来てくだすった、バルバレの救世主様。どの方も別嬪さんだでな」
「えへへ、それほどでもー」
「えっ、うさぎ含めて?」
可愛らしく包み込むような声で褒められ、うさぎは思わず微笑み返した。
ついでに隣で余計なことを言ったちびうさをげんこつする。
「さ、ここの者を一通り紹介しようか」
村長は、集っている人々を簡単に紹介させた。
狩りに役立つ道具を売る雑貨屋、武具を作る加工屋、竜人族の老人、世話役の女性。
こちらからも自己紹介を終えたところで、村長は西側にある上り坂を杖で示した。
「ヌシらに貸し出す小屋は、あちらの坂を上がった先にある。温泉もそちらにあるぞ」
「温泉っ!」
うさぎは思わず瞳を煌めかせる。まさにその言葉を待っていたのだ。
ポッケ村は極寒の地にありながら、温泉が湧くおかげで凍結を免れている。
「おーんせん、おーんせーん!」
うさぎは真っ先に坂を駆け上がろうとしたが。
「あれ。雪山草、もう切らしちまうのかい?」
「そうなのよ。ここ最近、妖魔騒ぎのせいで誰も雪山の麓にすら出たがらないから」
「困ったなあ、あの人たち、またいつ腹を下すか分かったもんじゃないよ」
話し声は、坂の途中にある家屋からだった。
2人の夫婦らしき男女が、玄関の前で湿っぽい顔で立ち話をしている。
「……ハンターさんに頼んだ方がいいかなぁ」
背後から視線を感じた。
だが、目の前にはずっと寒さのなか待ちかねていた温泉。今は歩みを止めるわけにはいかない。
気まずいながらうさぎたちが再び歩み出すと、夫婦も気を取り直したように首を振った。
「いやしかし、今しがた来たばかりの方に頼むなんて」
「そうよね。今回ばかりは仕方ないわ」
「あ……でもあれを濾した茶がないと、うちの婆さんまた調子が悪くなるぞ」
「そうだったわ。私たち、いったいどうすれば……」
その時玄関のドアが開き、見るからによぼよぼの御老人が杖をついて現れた。
「なら……わしが、摘んで、くる」
「ダ、ダメだよ爺さん! その身体じゃガウシカにどつかれただけで天に召されるぞ!」
「愛する妻……と、この村のため、じゃ」
「ダメよ、行かないでお爺さん! 行っちゃダメ!!」
雪の積もった玄関で行われる家族ドラマ。
それを聞いていたうさぎたちは──
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
結局折れた。
「……で、誰が行くの?」
レイの言葉を合図に、仲間たちは一旦丘の上に立ち昇る煙突の煙を見上げる。
そして、互いの顔を見つめ合い。
最速で拳を握り出す。
「さいしょはぐーじゃんけんぽんっっっ!!」
結果は。
「……あたしかい……」
「「じゃ、うさぎちゃんよっろしくー!」」
自分以外全員、グー。申し訳なさそうな亜美以外、全員悪びれもせずうさぎに押し付けてきた。
うさぎは自分が出したチョキを恨めし気に見つめた。
こういう時に限って運が悪い自分を、彼女は心の底から呪う。
ともかくも少女たちは一息つくため、西にある坂を上がった。
「こんな寒い中来たんだから、これぐらい報われなきゃあね〜!」
美奈子を筆頭にその足取りは軽い。坂の上に見えた小屋の煙突から煙が上がるのを見て、ますます期待が高まる。
自分たちがしばらく借りる旅人用の貸家が銭湯の向こうに見えた。今頃は持ってきた荷物も小屋に運びこまれているはずだ。
坂を上がると、銭湯のテラスで2人がテーブルを囲んでいた。二人組の大男で、豪快な笑い声を上げながら酒を飲み比べあっている。顔は屋根の影になってよく分からない。
「おい、もっと酒はねぇのか!?」
「残念、あとはホピ酒だけだぜ」
「けっ。ここぁ良いところだが、山奥にあるってのがたまに傷だな」
もしや、とうさぎと衛は身を竦めたが、仲間たちはそれに気づかないまま顔をしかめる。如何にも乱暴そうな雰囲気の連中だ。
少女たちは目配せし合って彼らに挨拶すべきか迷っていた。
ただうさぎたちの顔は運の悪いことに、太陽に照らされてあちらからは丸見えだった。赤い鎧の男がうさぎと衛の顔を見ると、立ち上がって一気に酒をあおった。
「バハハハハハ!!誰かと思えばあのお花畑夫婦じゃねえか!!」
「バルバレの用事はもう済ませてきたって面だな」
隣の黒い鎧の男も髭面をにやりと愉快そうに変え、立ち上がった。
特徴的な笑い声、日の下に歩いてきた彼らの顔でうさぎと衛は確信した。あの地獄から来た兄弟だ。
うさぎの仲間たちはまだその正体に気づかない。赤い鎧の男は安価なホピ酒の緑瓶を挨拶代わりに突き出した。
「久しぶりだな。
「ヘル……ブラザーズ」
衛の呟きを聞いた仲間たちの目の色がさっと変わった。
レイは猛犬のような顔で彼らに詰め寄った。
「あんたたち、うさぎと衛さんに余計なこと言った奴ね!」
「あれは講義だよ。目の前が見えねぇお嬢様にお灸据えただけさ」
赤鬼の憮然とした態度は変わらない。
まことは勇ましく酒の並んだ机を叩いた。
「一体次は何をしに来た!?」
「俺たちが目指すのはただ一つ。強敵を狩ることだけさ」
「あたしたちは今日からここで魔女と妖魔の手がかりを調べなければいけないんです。危ないですから、狩りは少し待ってくれます?」
普段大人しい亜美でさえ、険しい顔ではっきりとものを言った。
面向かって言われた黒鬼は眉をひそめて肩をそびやかし、もう一人の相方、赤鬼に呼び掛ける。
「ドハハハハハ!!この俺様たちに警告してくれるなんざ、英雄様は優しいねぇ」
「その様子だと、どうせまだ世界を護るとかほざいてるんだろう?このヒヨッコ集団で調査がどうなるのか見ものだな」
赤鬼はふん、と鼻を鳴らして椅子にふんぞり返った。
「あらー、なんですってぇ?」
「あんたら、本当に一発締められたいみたいだね?」
挑発的な一言に美奈子とまことが睨みつけて前に進みかける。
一触即発の雰囲気だった。
うさぎはいよいよ見かね、間に割り込んだ。
「ほら、もう喧嘩はおしまい!みんなは先に温泉に浸かっといて!あたしは雪山草摘んでくるからー!」
鬼兄弟を睨む仲間たちを無理やり押し、自分たちの貸家に追いやる。
そのままうさぎは振り返らず、最低限の物資を持ち出して雪山に飛び出した。思わず衛がそれを止めたが。
「うさこ、本当に大丈夫か!?」
「大丈夫!山の麓でさっさと摘んで戻ってくるから!」
──
この世界の高緯度に在するフラヒヤ山脈は、年中溶けることのない雪の白銀に蒼い山肌を美しく彩られている。
遠目に見ればこれ以上とない絶景。いざそこに足を踏み入れたらば──
これ以上とない地獄。
頂上へ向かうにつれ気温は急激に下がり、山頂付近ともなれば氷点下を下回ることは当たり前。吹雪が吹きすさぶ白銀の大地には草木もほぼ生えることはない。
凍傷と低体温症を防ぐ保温飲料、ホットドリンクを飲まねば人間はとても活動できない環境であった。
「はー、あの人たちまでいるなんて聞いてないわよ……」
白い息を吐きながら、うさぎは夕陽に照らされる原っぱを歩いていた。
腰にぶら下げたポーチの中には、白い綿のような笠を付けた植物が4束。これが雪山草である。
ここは狩人から『エリア1』と称される場所。キャンプを出てすぐそこにあるエリアだ。左には巨大湖を望み、向こうには雄大な山脈の姿を拝める絶景スポットでもある。
「よーし、見つけたっと」
うさぎは湖畔に群生する雪山草を見つけた。房の部分を傷つけないよう下から掬うように摘み、ポーチに入れる。
あとはさっさと帰ってしまおう。
そう思った瞬間ひゅるるると何かが風を切る音がして、背後で大地が砕けた。
「……へ?」
思わず振り返る。
土煙のなか蠢く、巨大な存在。
体長約20m。体高は一軒家程。
黄土色と青色の縞模様。
青みがかった額の下に覗く牙。
その間から白い息を吐き。
冷たい鱗に覆われた瞳が小さな少女1人を睨む。
本来なら空に羽ばたくための翼は草原に縫い付けられていた。その代わり、それを携える前脚が人でいう腕のように筋骨隆々に発達している。
簡単に表現するなら、獣のごとく四肢で地を這う竜。
轟竜ティガレックス。
狩人たちは、その飛竜に『絶対強者』の異名をつけている。
それは息を吸い込み、恐ろしく発達した肺を膨らませた。
「ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!」
吐き出されたそれはもはや、音の域を超えた衝撃波そのもの。
少女の脚は、いつの間にか動いていた。
「ひいいっ!!」
対決するなど考えも及ばなかった。
今はただ脅威から逃れんと、キャンプへと駆け出した。
間もなくどっどっどっどっどっどっどっどっ、と地を叩くような音が聞こえた。
恐る恐る振り返ると──
「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「うわああああああああああっ!!!!」
巨体が今まで見たことのない速度で迫ってくる。
激しい爆走に対し、青い瞳は静かに保たれたまま。開かれた口に並ぶ歯、四つん這いのまま地を激しく這いずる脚。
それは他ならぬ、確実に己を餌と見る捕食者の姿だ。
どう贔屓目に見てもこのまま真っすぐ走っては助からない。
死神の足音がすぐ背後に迫った時、うさぎは横にある空間へ身を投げ出した。
前脚に生える鉈状の爪が、うさぎの下半身を覆うスカート状の甲冑に触れる。それだけで甲冑が金属音を立てて飴のように曲がり、端っこが捩じ切れた。
うさぎは弾かれたように転がった。
通り過ぎたティガレックスは無理やり片方の前脚に制動をかけ、ぐるりと身体を旋回させた。
爆進するティガレックスは飢えた瞳をかっ開き、涎を振り乱し、獲物へと這い縋る。
「ひゃあっ!」
今度こそは全力で横に突っ走る。それで次の突進は何とか躱せた。
ティガレックスは地面を滑り止まる。僅か数秒で、彼の身体はエリア端に辿り着いていた。
無論、相手は諦めてなどいない。爛々と輝いた瞳がこちらに向く。
捕食者の視線に捉えられたうさぎは1人、走りながら叫んだ。
「なんで、こーなるのよー!!」
今年から話数短くする宣言をしたところですが、ポッケ村編は6話に納める予定です。ティガレックスの突進、怖いよね。あと来週にサンブレイクアプデ内容発表だそうで楽しみ~