セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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戦士よ、前へ①

 

 ……ちゃん。

 ……もちゃん。

 ……まもちゃん。まもちゃん。ここよ。あなたの愛しいうさぎは、ここにいるよ。

 だから……

 

「うさこっ!」

 

 衛が飛び起きると、そこは変哲もない、いつも通りの自分の部屋だった。

 手元には、手汗でぐっしょり濡れた星型のオルゴール。身体も汗だらけで湿っていて気持ちが悪い。

 

「……夢か」

 

 どうやらソファーの上でそのまま眠ってしまったらしい。ぼんやりとした頭のまま、彼はのっそりと立ち上がる。

 寝ぼけまなこで洗顔し、髭を剃ったあと朝食を作るが、今日は簡単に牛乳とピーナッツバタートーストで適当に朝食を済ませる。

 

「今日のニュースは……と」

 

 最近出現し始めた生物たちはまさに『動物』で、目につくものに興味を示して被害を出す。そのため、今回はメディアを駆使して情報を仕入れ、奴らが出た時はすぐ直行せねばならない。

 

 テレビでは緊急ニュースが報道されていた。

 

『複数の猿型の未確認生物が十番商店街に出現か』

 

「これはまずいな……」

 

 今日は休日だ。

 時間帯はそろそろ人通りが多くなりはじめる頃。

 衛は胸ポケットから薔薇を取り出すと、タキシード仮面へと変身した。

 タキシード仮面は窓を開けてベランダに出ると、そのまま跳躍して姿を消した。

 

────

 

 日頃、ショッピングに訪れた多くの人で賑わい活気を見せる十番商店街。だが、この日はいつもと様子が全く異なった。

 商店街は、霧の中どこもかしこも悲鳴と喧騒に包まれている。

 何かから逃げ惑う人が大勢いるなかで、その何かを囲んで恐怖と好奇心の狭間で見物をしている人もいた。

 

 人々の輪の中に、桃色の毛に覆われた生物が4体、呑気な様子でふんぞり返っている。

 彼らは一見腹の出た桃色の毛並みを持ち、太ったゴリラのような見た目をしているが、その顔はまるでカバのようだった。その頭からは緑がかった毛が無造作に生え、前脚の爪は鋭く細い。姿こそどこか間抜けてチャーミングだが、その大きさは四つん這いの状態でも人の背ほどはある。

 

 奴らは人間たちの動向など気にすることなく、通行人から奪った食料品を漁っている。

 そんな中、猿の一体が1人の若い女性に目を付けた。彼女は焼き立てのパンの入った袋と一緒に大きなフランスパンを抱えていて、一番匂いと見た目が目立っていたのだろう。

 猿は好奇心ありげに後ろ脚で立ち上がり低く嘶くと、彼女の方へと走り始めた。

 

「だ、誰か助けて!」

 

 女性は助けを求めて叫び声を上げた。周りの人々は思わず女性から離れ、彼女は絶体絶命の危機に晒された。

 その時、女性と猿の間の地面に、両者を隔てるように紅い薔薇が一本突き刺さる。

 猿はその直前で立ち止まり、仲間たちも何かの気配に気づいてビルの屋上を見た。

 2つの人影があった。1人は男性、もう1人は幼い少女だ。

 

「恋人が、家族が、共に時を過ごして憩う商店街……そこに無粋な獣どもの姿は似合わない。そんなに食べものが欲しいのならば、動物園の飼育員さんに頭でも下げてくるがいい!傍若無人な猿どもめ、このタキシード仮面が成敗してくれる!」

 

 そう口上を上げるタキシード仮面の横で、ピンク色の戦闘服を着た小さなセーラー戦士が、桃色のツインテールを揺らせて背中を向け合っていた。彼女の顔はタキシード仮面よりもぶすっとしていて、非常に機嫌が悪いように見える。

 

「いっつもママたちと来る商店街!そこで今日もたくさんお洋服やお菓子を買ってもらうつもりだったのに!そこを汚す下品なお猿さん!絶対に今日という日は許せないっ!そもそも何よ!この前でもでっかい虫を相手するだけでも嫌だったのに……」

 

 しばらく少女は俯いて文句を垂れていたが、タキシード仮面に時節見られているのに気づくと、顔を赤くし慌てて前を向き直す。

 

「あー、こほん!と、に、か、く!!この、愛と正義のセーラー服美少女戦士見習い、セーラーちびムーンが!未来の月に代わって、おしおきよ!!」

 

 セーラームーンと同じ決めポーズをしたちびムーンだったが、当の怪物たちは既にこちらから興味をなくし、先ほどの女性が落としたパン袋を物色していた。

 

「あっ、無視された!」

「こうもいつもと違うと、調子が狂うな……」

 

 仕方なく、タキシード仮面とちびムーンはビルの屋上から飛び降り獣たちのすぐ近くに降り立つ。

 ちびムーンは、一番人々に近い距離にいる1体に声をかけた。

 

「ちょっとぐらいはこっちを見なさいよ、あんた!」

 

 だが、そいつはわざとなのか聞こえてないのか、2人にピンク色の背中を見せながらフランスパンを美味しそうにつまんでいる。

 しびれを切らしたちびムーンは、薄いピンクのハート型の水晶が飾られたスティックを取り出し、真っ直ぐ天上に掲げた。

 

「喰らいなさいっ!ピンク・ハートシュガー・アタックゥー!」

 

 ピンク色のハートの輪っかのビームが水晶から走る。

 

「アガガガガガガガ!!」

 

 それは猿の後頭部に直撃してフランスパンを落とさせたが、そのビームの威力自体は弱く身体が傷つくことはなかった。

 その猿は苛ついたように唸ると、振り向いてタキシード仮面とちびムーンに初めてまともに視線を向けた。

 

「よーし、やっとこっちと付き合う気になったわね!」

 

 だが、そう言ったちびムーンの背後から、同じような唸り声が聞こえてきた。

 獣たちは後ろ脚で立ち上がり、尻を震わせ低い声で威嚇するように鳴いた。

 

「……何だかみんな怒らせちゃったみたい」

 

 予想以上にいきり立つ猿たちを見回し汗を垂らすちびムーンだったが、そこにタキシード仮面の声が飛ぶ。

 

「いや、これは好機だちびムーン!少しでも奴らを人々から遠ざけるんだ!」

「は、はい、タキシード仮面さま!」

 

 気を取り直して表情を引き締めてスティックを構えたちびムーンだったが、振り向いた先には猿の黒く固そうな皮膚に覆われた尻が向けられていた。

 

「な、なによあんた」

「ブフゥッ」

 

 謎の行動に戸惑ったちびムーンの顔面に、猿は尻から黄土色の気体を見舞った。

 彼女はしばらくその霧の中に呆然と座っていたが、やがて身体がわなわなと震えはじめる。

 

「く……くっちゃあああああああっっっっい!!」

 

 ちびムーンは悶絶しその場を転げまわった。地獄に落とされたかのような表情で苦しみもがくちびムーンに、タキシード仮面は急いで駆け寄った。

 

「放屁かっ!汚いやつめ……」

 

 あまりの臭さにタキシード仮面は顔をしかめて腕で鼻を覆い、彼女を抱きかかえて猿の傍から引き離した。

 ちびムーンは早くもダウンして、死にかけの虫のように足をピクピク動かしている。その一方、先ほど屁を出した猿はスッキリした様子で伸びをしていた。

 

「しっかりするんだ、セーラーちびムーン!」

「タキ……シード……仮面……様……あたし、もう……」

 

 呼びかけも虚しく、ちびムーンは「ダメ」と言ったきりがくりと項垂れた。

 

「くそっ、なんて下品な猿どもだ……」

「ブフォオォーーーーッ!」

 

 猿たちは、一斉にタキシード仮面らに跳躍して飛び掛かる。

 タキシード仮面はそれを真上に大きく跳ぶことで回避する。

 

「そいやっ!」

 

 タキシード仮面が構えたステッキが如意棒のように伸び、空中から猿たちの後頭部を次々に叩く。

 思わず悲鳴を上げて仰け反った猿たちの輪の中に降り立つと、彼はマントを翻すと共に全方位に紅い薔薇を乱れ投げした。薔薇は瞬く間に猿たちの身体中に突き刺さり、彼らは痛みに転げまわった。

 

「しぶとい……まだ生きているとは!前回の虫とはえらい違いだ!」

 

 彼は薔薇を投げて追撃し、そのうちの2つは的確に猿の脳天を貫いたことで止めを刺せたが、あとの2匹は間一髪で飛び跳ねて避けた。

 それらは恐れおののいた様子でその場を駆けだし、逃走を図る。その先にあるのは、見物をしていた人々だった。

 

「危ない!」

 

 先ほどの呑気な彼らからは想像できないほどの圧倒的なスピードに、タキシード仮面が思わず大声を上げた時だった。

 

「デッド・スクリーム」

 

 後ろから飛んできた大きな紫色の光球が、猿たちを纏めて包み込み爆発した。煙の中から出てきたのは、丸焦げになった哀れな獣たちの姿だった。

 

「まさか……!」

 

 タキシード仮面が振り向くと、その人物はゆっくりとした足取りでこちらに向かってきていた。

 

「前回は助太刀できず、申し訳ございません」

 

 褐色の肌、マゼンタの瞳、後ろをお団子で留めた新緑の長髪。大人びて神秘的な雰囲気を醸し出すセーラー戦士は、タキシード仮面の前まで来ると恭しく目を伏せ、その場に膝まづいた。

 

「キング、どうかお許しを」

「セーラープルート……顔を上げてくれ。一体、何故君がここに?」

 

 プルートは静かに目線を上げて、キングと称したタキシード仮面を見上げる。

 

「それは、今この世界に起こっている異変についてキングにお伝えするためです」

 

 タキシード仮面はごくりと唾を吞み込んだ。

 

「……君も、既にこの事態は把握しているということか」

「はい。そして、今この時クイーンと内部太陽系戦士が、この世界の何処にもいないということも」

 

 緊張が走る。

 

「今、この世界の未来は大きく本来の道からそれ、予想外の方向へ動こうとしています。それについて数日前より調べておりました」

 

 タキシード仮面の胸元で、既に目を覚ましていたちびムーンが、マントの間から這い出して顔を出す。

 

「ねえ、プー。まさかそれって、未来にも関係することなの?」

 

 彼女の顔を見たプルートは、それまでのミステリアスな表情を一転させ、包み込むような温かみのある表情で優しく微笑んだ。

 

「スモール・レディ、詳しいことは後でお話します。この場では目立ちますから」

 

「ああ、そうだな。まずは私の家に向かおう」

 

 3人は、そう話すと高く跳躍してその場を去っていった。

 残った4体の猿の遺骸は、黒ずんだ灰となって空間に溶けるように消えていった。


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