セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
宴の翌日からうさぎの特訓は始まった。
数時間後。
彼女は、農場にある木の幹に登ってしがみついていた。
「おーい、降りてこい! 大剣習いたいて言ったのはお嬢ちゃんだろうが!!」
「イヤーーーーーー!」
「ドハハハハハハハハ、たかがたった1000回じゃねえか! あ、そうかまだ足りねえのか? もう100回追加か!」
「ちがーーーーう!!」
木の根元に来た赤鬼に、うさぎはセミさながらに泣き喚く。
黒鬼がひょうたんに入った酒を飲みながら追いつくと、
「どらぁ!!」
木の根元を蹴っ飛ばす。うさぎは悲鳴を上げてずり落ちてきた。
赤鬼はその後ろの襟をひっ掴み、地面に跡を付けながら後ろ手に引きずった。
「うわーん、鬼ーーーー! 悪魔ーーーー!」
「ヘルブラザーズ、やりすぎだ」
男たちの足が止まる。見ると、目の前に眉をひそめた細い男の姿があった。
「何だあんたか」
「お前、よくこいつの彼氏になったなぁ。すぐぐずるわすぐへばるわ、とても英雄の器とは思えん」
衛としては、いやあれは誰でもぐずるしへばるだろうと思わざるを得なかった。
ヘルブラザーズはいきなりうさぎに、1000回もの素振りを要求したのだ。しかも、100回の腕立て伏せと腹筋を経た後にである。せめて休憩がなければ常人では付いていけないだろう。
「確かに彼女は君たちに教えを頼んだが、女性の扱いは紳士らしくしてくれ。君たちだって男だろ」
「紳士ってのは王都育ちのモヤシどものことか!? ドハハハハハハ!!」
「俺たちゃ狩人。あいにく紳士淑女はお呼びでないんだよ」
衛はせせら笑う大男たちを睨みつける。やはり、良くも悪くも彼らは狩人の価値観で動いている。信頼して訓練を任せはしたものの、いざという時のストッパーとして彼はここにいたのだった。
「なら、俺が作法を教えようか?」
「おっ、相撲か!? また相撲で決着つけるか!?」
「よぉし今度はゼニー賭けようぜ~!」
お互い、譲れないものがある。
男同士の視線のやり取りの傍、うさぎはすっと立ち上がった。
「……やるよ。あたし、ちゃんとやる」
衛が視線を向けると、彼女は既にきちんと立って、訓練場の方向に身体を向けていた。
「だって、元はと言えばあたしが言い出したことだし。ずっと目背けてたって何にも変わんないし」
鬼兄弟への言葉遣いは、以前よりずっとしっかりしているように衛からは思えた。
男たちも、その言葉は感心した表情で聞いていた。
「でも、一つだけ言わせてもらうならねぇ!」
振り返ったうさぎの人差し指は鬼兄弟を真っ直ぐ差した。
「ずーっとワンパターンなのよ! ほとんど横に振り回すか縦に振り落とすだけ! なんかないの、ド派手でみんなの注目かっさらい~って感じの!!」
注文をつけたうさぎに、赤鬼は失笑する。
「おいおい、そんな技が出来ると思うか? 地面に大剣落っことしたら拾うだけでひーひー言ってるお嬢ちゃんに」
うさぎはムッとしたが、事実ではある。
やがてはぁ、と肩を落とし、彼女は帰路に着こうとしたが。
「まあ、あるっちゃあるぜ。それをしてれば、素振りは100回だけでいいぜ」
「ホント!? 教えて教えて!!」
聞いて一瞬で身を翻し、詰め寄った。
「よし。じゃあ、毎日雪山一周してこい」
うさぎの動きが止まった。
ユキヤマイッシュウ。
脳内でその言葉が何度も反復した。
「雪山一周?」
「おう、雪山一周」
その意味を悟った瞬間、うさぎは見事に真っ白になった。
訓練に新しい項目が追加。
その名も雪山地獄マラソン。
道具や薬の類は、凍傷を防ぐホットドリンク以外持ち込み禁止。
ルートは狩場の地図に示されるすべてのエリア。
「あんなこと言うんじゃなかった~!!」
「グギャアアアアアアアアア」
うさぎは鼻水を垂らして雪の上をひた走った。
今いるのは雪山の山頂付近。
吹き付ける猛吹雪。冷たく痛くなる足元。険しい地形。
そして、雪山に君臨する絶対強者。
うさぎの日常は、ほぼ1日中化け物に追われ続ける地獄と化したのだった。
──
その頃、ポッケ村にいる少女たちは机を中心に額を寄せ合っていた。
「で、どうすんのこれ?」
「調べれば調べるほど、難しいと言わざるを得ないわね」
まことが頼みにした亜美の顔はなんとも悩まし気だった。
目的は無論、ガムートとティガレックス2頭への対策。モンスターが人里近くで争う状態は調査の問題以前にとても見過ごせる状態ではない。
しかし今の彼女たちがたとえ戦士の力を開放したとしても、あの2頭に挟まれて勝てるかどうかは一考の余地があった。
「ガムートはなんでわざわざ乱入してきたのかしら」
「ん~、お腹空いてたから?」
「あのナリで肉食は無理あるわ。元々縄張り意識が強いとかじゃないの?」
美奈子やちびうさを筆頭に意見を出し合うが、レイは冷静に反論する。
一方、亜美はある資料を手に、今の状況と照らし合わせて熟慮を重ねていた。
「……この記述、もしかして」
──
マラソンを始めてから1週間の今日、うさぎは吹雪に紛れて何とかティガレックスを撒いた。
「はぁー。こんなこと続けてたら、命が何個あっても足りないわよ」
「──……」
「ん?」
何かの声が聞こえたことに少女は耳を澄ました。
冷たく白いカーテンの向こうから姿を現したのは、剛毛に覆われた獣たち。
「……ポポ?」
彼らは何かに怯えるように時節振り返りながら走っている。
その後方に、影が見えた。
ポポの体高は人の背を超える。
それより遥かに巨大な、四つん這いの影。
「いっ……!?」
果たして今日で何度目か、少女の防衛本能が赤信号を知らせた。
影に対して横に身を投げ出した直後、青と黄の縞模様が隣に飛び出した。
「ドゴアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!」
大銅鑼をいくつも集めて一斉に鳴らしたような怒号。
獲物を切り裂くために進化した爪と牙が吹雪と雪原を割る。
轟竜ティガレックスだ。
猛然とポポたちに襲い掛かる。彼我の速度には明らかな差があった。
最後尾の1頭に縋りつく。押し倒されくぐもる悲鳴。
決着は一瞬。
哀れな被食者を圧倒的膂力により抑えつけ、絶対強者は喜ぶように天に吼えた。
顎を開くと、膜のように張った咬筋が現れる。ずらりと並ぶ歯からは涎が垂れ、いつでも肉を引きちぎる用意ができていた。
いよいよ獲物の息を止めんと首を伸ばす。
そこでうさぎは思わず目を背けかけたが。
「バオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!」
氷の弾丸が、真っすぐティガレックスの肩口に突き刺さった。
うさぎは彼が相対する空間へと視線を移す。
「あれは……!」
毛に覆われた山のような巨体。木冠の如き甲殻。
それは確かに、不動の山神ガムートの姿だった。
仲間たちから特徴こそ聞いていたが、きちんと見ると本当に人とは桁違いの大きさである。体高は15mほどはあり、人の家など地につける四肢の一蹴りで吹き飛ばしてしまえそうだ。
ポポたちはいつの間にか、その後ろに回り込むように走っている。
「グルルル……」
うさぎには迷わず食い掛かったティガレックスが、ガムートの前にはたたらを踏んでいた。
その隙を見て食われかけていたポポが拘束から逃れ、ガムートの後方にいる仲間たちと合流しにいった。それを見るガムートの眼は穏やかで、自身が盾にされていることを理解し、受け入れているようだった。
「……あれは」
睨み合いを傍観していたうさぎは何かに気づいたが、そこで誰かが雪原を素早く駆ける音がした。
「見つけたぞ!」
「まもちゃ……タキシード仮面様」
「怪我はないか!?」
「は、はい」
よほど急いでいたのか、自身を抱き上げてくれた王子様の胸はほんのり暖かくなっていた。
それに、安堵して頭を預けつつ。
急速に遠ざかる両者の姿をうさぎは振り返る。
白雪の膜が濃くなるなかティガレックスが突っ込み、ガムートがそれを長い鼻で押し返す様が見えた。
──
ガムートは、ティガレックスと種として浅からぬ縁がある。
幼体の時期は雪に溶け込む白い体毛で覆われており、母と共に生活する。その天敵こそがティガレックス。小さくひ弱な身体は無力に等しく、幼いガムートはこの捕食者の恐怖に日常的に怯えることになる。このような環境のため母子の絆は非常に強く、子が危機に陥れば母は身を挺して子を庇う。
状況が変わるのは、それが無事成体になったとき。
人が見上げるほどの巨体に成長し、豪毛に覆われたガムートに天敵などいない。だが、今度は自身の子どもを脅威から護る番だ。
だから、成体のガムートはティガレックスを決して許さない。なぜならその恐ろしさを忘れていないから。目の前に存在することは勿論、縄張りに入ることすら拒み、排除し続ける。すべて、子を護るために。
このようにして、ガムートの親子の絆は受け継がれていくのだ。
「まさしく母は強し、ね」
「すごーい!」
「ううっ、美しすぎるわぁ~」
亜美の解説を聞き、ちびうさは拍手し、美奈子は物語でも聴いたように感動の涙を浮かべていた。世の親はガムートを見習えという意見すら飛び出そうなほど、人に近く共感を呼ぶ生態である。あの凶暴なティガレックスと比較されているので猶更のこと。
一方、レイとまことは比較的冷静だった。
「美しいのはともかく、これからもティガレックスに挑んだら必ず乱入してくるわよ?」
「今度はきちんとこやし玉で追い払おうよ。ガムートには悪いけど、あれはこっちの獲物だ」
その時、玄関の扉が開け放たれた。
現れたのは、頭を雪帽子に覆われ鼻水をぶら下げる少女の姿だった。その様相はもはや雪でできた厚着である。
「た、ただいまー……」
「「うさぎちゃん!」」
それからしばらく、うさぎはひたすら暖炉の前に居座って震えながら手をかざし擦り合わせていた。
「さ、さっむうう~~!」
「あんた、もういい加減辞めなさいよ! 毎日死にそうな体で帰ってくるじゃない」
「で、今日は一体何があったの?」
レイが叱り、ちびうさが興味津々に聞いてくる。
仲間たちの反対を押し切って訓練を始めたうさぎだったが、こうした関係は以前と全く変わらない。うさぎは一息つくと、今日体験した一連の流れを話した。
「ガムートがポポの群れを……護った?」
「そんな文献はここにないけれど、確かなの?」
「うん。あれは絶対そうだった!」
まことと亜美の問いにうさぎは確信の表情で頷くが、
「またまた根拠のないことを……」
「いーや絶対そうだったもんっ!」
レイは今日もバカなことを言っている、といった表情で相手にしない。
「でも、本当だとしたらますますガムートの株が上がっちゃうわね♪」
「株?」
美奈子の一言が気になったうさぎは、先ほどまで仲間たちが話していたガムートの生態について教えてもらった。
「ひぇー、すっごいわねそりゃ……」
「でしょー? こんな素晴らしい親子を脅かすなんて、やっぱりティガレックスは人類の敵なのよ!」
美奈子は元々その場の気分に流されやすい質ゆえか、完全にガムートの肩を持っている。だが、うさぎの反応は意外なものだった。
「……あたしは、誰が敵とか味方とかは思わないかな」
「なんで?」
「だって、ティガレックスもガムートも、ポッケ村の人たちだってみんな頑張って生きてるんじゃない。別に誰が良いも悪いもないでしょ?」
一同は驚いて、特にちびうさはまじまじとうさぎの顔を覗き込んでいた。以前の彼女なら間違いなくモンスターに感情移入していたところだ。
「うさぎ、なんか達観してるわね」
「そりゃだって、バルバレでいろんな生き物と出会ったんだもん。ただ聞きづてで想像するのと実際に見るのとじゃ大違いなんだから」
レイはその言葉を聞き、少し考えていた。
やがて彼女の掌が机を叩き、その場の注目を集める。
「衛さんだけじゃやっぱり不安だわ。あたしたちも訓練に参加しましょう」
突然の翻意に、少女たちはえ?と魂を取られたような顔をしていた。
──
「どうか……」
「あ?」
「あたしたちにも、訓練受けさせて下さいっ!!」
ヘルブラザーズの2人の前に、4人の頭がずらりと並んで下げられていた。赤鬼は怪訝な顔をして、付き添っているうさぎに視線を送った。
「気味悪ぃな。何を企んでやがる?」
「なーんにもないわよ。みんな貴方たちに憧れちゃってんだってさ!」
「ちょっと待って、そんなこと一言もふぐぐぐぐ!!」
うさぎはとぼけた顔で、レイの余計な口を塞いだ。
亜美は、赤鬼に知性を感じさせる微笑みを向けた。
「世に知れ渡る貴方たちの狩りを一度、参考にしてみたいの」
「そう!そしていつかはあたしたちを馬鹿にしたこと後悔させてやるのよ!」
「……美奈子ちゃん、本音漏れてるよ」
亜美はせっかく繕った言葉を美奈子に台無しにされてしまい、うさぎとやれやれ、といった風に視線を合わせた。この少女たちは、共謀して嘘をつくということが元来苦手である。
「おい、赤鬼」
黒鬼は赤鬼の肩をつつき、何かを囁く。それを聞き終わった赤鬼の視線には、興味深そうな色が浮かんでいた。彼はふぅん、と呟くと腕を組み、椅子に王のようにふんぞり返った。
「いいぜ。ただ、お前らがティガレックスを狩れる期間をあと10日に短縮だ」
少女たちの顔が一瞬華やいだが、最後の条件で一気にテンションが突き落とされる。
「……は!? 10日!?」
「ちょっと、それはおかしいでしょ!?」
「こっちにも都合ってもんがあるんだよ。こちとらタダ働きで、しかも狩りを我慢してまで付き合ってやるんだ、それくらいは受け入れてくれねえとなぁ?」
「ま、せいぜいやってみな。ティガレックスの野郎も必死に足掻きゃあ、ちっとは情け見せてくれるかもしれんぜ」
冗談めいた表情で言って、ヘルブラザーズは立ち去った。
翌日から、4人も入れて地獄の特訓が始まった。
「あーかおーにさーぼりーのよっぱーらいーっ!」
「くーろおーにひーげづーらさーいこーぱすーっ!」
「うさぎちゃん美奈子ちゃん、いくら何でもそろそろその歌は……」
「そりゃそうだよ、何の意味があるかも知らされず、走らされるばかりなんじゃ」
「あ、またティガレックスよ!」
雪山で歌い、走り、逃げながら一日、一日、また一日。
ある時は吹雪に遭い、ある時は雪崩に遭った。
何時ものようにティガレックスに追い回される日も、ギアノスと呼ばれる肉食竜の何十頭もの群れに追いかけられる日もあった。
短いようで長い、大自然に振り回される日が過ぎていく。
1日が終わった時には疲労困憊、帰るなり即ベッドに直行するくらいほとんど何もできない状態だった。
期限があと3日に迫った頃。
マラソンの前、少女たちは本格的にティガレックスを狩るための作戦を練り始めていた。
「まずはここで分断して、ここに誘い込んで……」
貸家前のテラスで地図を広げ、地図とは別の紙に作戦の内容が記してあった。
大まかにはまずガムートを1人がこやし玉を当てたうえで集中的に攻撃しておびき寄せ、ティガレックスから離れたエリアに終始釘付けにする。そしてティガレックスの方をあとの3人で手っ取り早く片づける、というものだ。その他手順や誘導先まで完璧かつ詳細に記してあった。
「絶対にこのうち一つでも狂えば失敗するわ。短期決戦が作戦の要よ」
亜美の言葉に少女たちが頷いたところで、ヘルブラザーズが酒とつまみをぶら下げて戻ってきた。
「ん、何やってんだ?」
「作戦会議」
レイは、椅子に座った赤鬼に一瞥すらくれず答えた。他の少女たちもほぼ同様である。あまりにも彼らが何もしてくれないので、もう彼女たちだけでやるしかないという空気が出来上がっていた。
「作戦ねえ」
黒鬼は赤鬼と髭面を見合わせ、何か用?と言いたげな少女たちの視線を見下ろした。
「お前ら、そんなに失敗したくないか」
「当然よ! 失敗したらその分だけ村の人たちが危険に曝されるんだから」
美奈子は前に進んではっきりと言った。護るべきものを持つ彼女たちにとっては愚問である。
ほう、とぞんざいに呟いてから、赤鬼は彼女たちを前に煙管を取り出した。
「ヘマしたらさっさと逃げ帰りゃいいのによ。騎士か兵士でもあるめぇし」
「それじゃダメなのよ!」
思わずうさぎは、煙をくゆらす男に叫んだ。
「貴方たちには分からないと思うけど、あたしたちはね、ここの人たちの命を預かってるの! 中途半端なところで諦めたりしたら……」
「そう言って逃げなかった奴ら、みんな死んだぜ」
横からの黒鬼の一言が、彼女の言葉を断ち切った。
「お前ら、自分をこの世で特別な存在だと思ってるだろ。一回だってヘマしねぇ万能の存在だと」
「そんなこと……!」
まことは反駁しかけたが、その先を迷ってしまう。
実際、彼女たちは異世界から来た余所者である。だからこそこの世界を敵の手から救うため戦い、そのことに誇りを抱いていた。
だが、この数日間どうだったか。過酷な大自然を前に苦痛と苦難の連続である。これほど、自分たちが無力であると思い知らされた時間はなかった。
「ま、せいぜいティガレックスから逃げる練習でもしてきな。ドハハハハハハ!!」
沈黙を破るように赤鬼は立ち上がり、大笑いしながら貸家の中に去ろうとしたが、途中で振り返った。
「おおっとそうだ。お前は後で来い」
きょとんとしたうさぎに、彼はにやりと笑ってみせた。
「そろそろ教えてやるよ。俺様たち直伝で、ド派手でみんなの注目かっさらえる技を、な」
──
白銀の世界に腰を下ろす。息を吐くと、鈍い夕陽が漏れる曇天へと白い蒸気が散っていく。
今日の山頂は珍しく、穏やかな天気だった。
崖下でギアノスたちが跳ねるガウシカを追いかけている。極限の環境下、彼らは少しでも晴れ間が覗けば血眼になって獲物を求めるのである。
「こりゃうさぎちゃんも手こずるわけだよ。毎日毎日違うことばっかりだ」
「あたしなんかてっきり、雪山って雪しかないところと思ってたわ」
まことがそれを見て感心し、美奈子は天を見上げてため息を吐く。
「みんな、そろそろホットドリンクの効果が切れるわよ」
亜美が一声かけると、少女たちは懐から赤い液体の入った瓶を取り出した。
最初こそ辛さに戸惑ったり効果が切れて凍り付きかけたりしていたが、最近では飲みなれて飲んでからいつ頃で効果が切れるかも感覚で分かる。
補給を終えると、彼女たちは再び走り出した。
うさぎは、眼下にうねる山脈の姿を見ていた。
「今まではモンスターばかり目が向いてたけど、こうして毎日走ってると思うんだ。雪山そのものが大きな生き物みたいだなって」
白い山々は何も言わず佇み、空はひたすら風を送り続けている。
突然の発言だが、誰も驚いてはいない。むしろ、その言葉が出てくるのを待っていたかのようだった。
「散々狩りには行ってたんだけどな……。なんでこういうこと気づけなかったんだろう」
「妖魔ばかり相手取ってたからよ。あれらは周囲からエナジーを吸い取ってしまうから、乱入するモンスターもいなくなっていたんだわ」
まことの疑問に、亜美は答えた。
妖魔化生物は周囲の生物からエナジーを吸い取る。その過程で、他のモンスターや樹木は一掃されてしまう。そうなれば本来の自然とはかけ離れた姿になるのは当然と言えた。
「……皮肉ね。妖魔のおかげで、あたしたちは元の世界と同じように戦えてた」
レイはリズムよく息を吐き出しつつ目を細める。
実際の自然は複雑だ。あらゆる生命や自然条件が絡み合い常に変化する。そこには、自分たちが机上で考えることなどとても比較にならない情報が集っている。
「うさぎが言ってたこと、いまやっと分かった。そして、この訓練の意味も」
「あたしが言ってたこと?」
「ええ。想像するのと実際に見るのとじゃ大違いってね」
今なら分かる。あとどれくらいでホットドリンクの効果が切れるのか。この先どこからギアノスが飛び出してきやすいのか。ティガレックスやガムートは大体どのエリアに現れやすいのか。
一々考えずとも身体が覚えている。繰り返したたくさんの失敗と痛みの末に、あらゆる情報が自ずと引き出されるのだ。
「なーるほど。あたしたちは狭い知識だけで考えてたってことね」
美奈子は苦笑しつつ呟いた。
うさぎは自身の背から伸びる大剣の柄を見て、昨日教えてもらった技を思い出していた。
あれは、足腰が強くなければとても繰り出すことのできない大技だ。
恐らく彼らは時を見ていた。雪山をひた走るうちに、彼女の身体が自然に鍛えられるその時を。
実際に肌身で自然を知り、痛みを以て経験すること。ヘルブラザーズは暗にそれを伝えたかったのかも知れない。
その時、ずどん、と何かが叩きつけられる音が響いた。
急いで駆けつけると、巨体同士が激しくぶつかり合っていた。
ティガレックスとガムートである。
ガムートの背後にはポポたちの姿があり、しつこくそこに迫ろうとするティガレックスを追い払う形になっていた。
「うさぎちゃんの言葉、ホントだったのね……!」
亜美は驚きつつ、あるものに目を奪われた。
ポポたちの中で1頭、白く一際小さい獣がいる。
「あれは……幼体?」
ティガレックスは唸り、ガムートの横をすり抜けようと脚をばねのように躍動させ飛びかかる。
ガムートはそれを見逃さなかった。その長い鼻でティガレックスを巻くように掴まえると、何度も怒り狂ったように地面へと打ち据える。
あの巨体が一撃ごとに雪に沈み震動を発するのを見るに、かなりの威力であることが伺えた。
やがて抵抗の動きが止まった。
「し……死んじゃった?」
うさぎと同じように思ったのか、ガムートは目の前の地面にティガレックスをほっぽり出す。
だが──間もなくして変化が訪れる。
口内から立ち上がっていく黒い蒸気。
それはやがて全身を覆っていき。
ティガレックスは立ち上がる。
「ドゴアアアアアアアアアアアアッッッッ」
咆哮と同時に、その身から黒い靄が噴き上がった。
今回、ちょっといろんなストーリーを詰め込みすぎたかなと反省。これでも投稿直前で色々と修正したんだけどね。