セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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絶対強者⑤

 

「そこで俺様が頭をたたっ斬ってやろうとしたらそいつ、翔んで大嵐を呼びやがったんだ!」

「そうそう! やはり古龍ってヤツぁ頭が良い。だがそこは俺たち鬼兄弟よ、その隙を見計らいこの黒鬼様が老山龍砲の引き金を……」

「……なるほど」

 

 衛は広場にあるベンチで、ヘルブラザーズの武勇伝を頷きつつ聞いていた。

 聞き出したいのは彼らの活躍ではなく、その相手について。

 

 生物を遥か超越する自然存在──古龍。

 

 ある者は大嵐を呼び天候を変え、ある者は大砂漠を一夜で焔に包み、またある者は山の如き巨体で街を踏み潰す。

 聴く限り、彼らは自分たちが相手にしてきたモンスターとは一線を画している。

 まさに生きる天災。この世界を支配する絶対者。鬼兄弟の話の端々からは彼らの異常な能力とその脅威が窺えた。

 決して他人事ではない。自分たちが追う妖魔化したゴア・マガラも、いずれはシャガルマガラと呼ばれる古龍へ成長し、妖魔ウイルスを含んだ病の霧を撒き散らす。

 何とかその前に彼を、そしてそれを操るデス・バスターズを止めねば──

 

「ぐ……ぐが……」

 

 衛は顔を前に向けたまま目線だけをそらし、隣の席を見やった。

 

 ちびうさが、涎を垂らし思い切り船を漕いでいる。

 他人の長い自慢話というのは往々にして、聴く側としては退屈なもの。ましてやまだ小学生の少女に、それは拷問そのものだった。

 薄目かつ鼻提灯までぶら下げてどう見てもモロバレなのだが、目の前の男たちが気づかない辺り彼らも完全に自分たちの世界に入り込んでいる。

 

「……ちびうさ」

「はあっっ!!!!」

 

 彼女は衛が肩を小突いての一言で覚醒した。

 

「ん、どした? ピンクのお嬢ちゃん、ずっとうつむいていたようだが」

「ああ、君たちのあまりにも素晴らしい活躍に感極まってしまったようでね」

 

 衛の言葉に、鬼兄弟は揃って満足げに笑った。

 この男たちは扱い方さえ分かれば簡単なものである。

 

「それはそうと、その調子ならこの世の生物すべて制覇してしまったんじゃないか?」

 

 その勢いで黒鬼に聞くと、

 

「……いいやぁ」

 

 意外にも、彼は横に首を振った。

 

「実は数十年ずっと、ある龍を追ってる。だが、未だに尻尾の先すら見つからなくてな。運ってやつは怖ぇもんだよ」

 

 赤鬼は皮肉気に呟き、遠い目で虚空を見つめる。

 いつもは荒々しい鬼兄弟の顔が、この時だけはどこか哀愁を帯びたように見えた。

 

「ふーん……」

 

 彼らでもそんなことがあるのか、とちびうさが何となしに呟いたところ、突風が吹き込んだ。

 

「みんな、大変よーっ!」

「み、美奈!?」

 

 白猫アルテミスは、主人である少女の乱入に驚いて立ち上がった。本来なら彼女は仲間たちと共に雪山でランニングしているはずである。

 しかし彼女がもたらした報せは、瞬く間にそこにいた者だけでないポッケ村全体に広まった。

 

「ティガレックスが妖魔化しただって!?」

「そうなの! どうやらガムートとの戦いがきっかけになったらしくて!」

 

 アルテミスに美奈子は焦った調子で答える。現在は残ったうさぎたち4人でティガレックスに対応しており、一番足が早い美奈子が村への報告を請け負ったのだ。

 村中は天地をひっくり返したような大騒ぎになった。家に駆け込み荷物をまとめる者、観念して家族と抱き合う者、ただひたすら祈る者。人それぞれが様々な物語を展開していた。

 

「まさか、妖魔ウイルスが潜伏していたっていうのか!?」

 

 動揺した衛を始め、一体どうしたものかと異世界から来た者同士で顔を見合わせていたが──

 

「よーし! ではこれから、そいつは俺様たちの獲物だ!!」

 

 突然、目の前にいた赤鬼が立ち上がった。続いて黒鬼もだ。彼らは既にそれぞれ銃槍、重弩を担いでおり、完全に臨戦態勢に入っていた。

 

「貴方たちの……獲物!?」

「ああ、そうだ!」

「ドハハハハハハハハ!! この時を待ってたぜぃ!!」

 

 ちびうさが思わず、引き止めるようにして立ち上がる。

 

「ちょっと待って! うさぎたちとの約束はどうなるの!?」

「約束ぅ!? この緊急事態に何を言ってやがる!」

「あいつらは結局、普通のティガレックスさえ狩れなかった! それが妖魔化したら、なおさら対抗できるわけねぇだろうが!!」

 

 彼女は思わず押し黙った。

 完全な正論だ。確かに、彼らにティガレックスを狩ってもらい同時にうさぎたちを助けてもらうのが最善に思える。現実、ここで最も妖魔化生物に対抗できるのはこの2人くらいなのだ。

 だが、何かがおかしい。

 違和感が拭えないまま赤鬼と黒鬼は席を立ち、狩りの準備をしようと貸家の方に向かいかけたが、そこに衛が諦めきれず呼びかける。

 

「ヘルブラザーズ!」

「任せときなって。この村ついでにお姫様たちもお救いしてやるからよ、王子様」

 

 黒鬼はそう頼もしく言い、赤鬼は相変わらずの自信に満ちた、どこか上から目線の笑い方をして振り向いた。

 

「ま、必ずしも駆けつけた時に息してるかどうかは、あいつら次第だが……」

 

ぐぎゅるるるるるるるるるる……

 

「な……」

 

 格調高い声を突如、妙な音が断ち切る。

 

「え?」

 

 少し離れたところからでも聞こえる、いかにも何かが詰まったような音だった。

 赤鬼の動きが止まった。彼は咄嗟に両手で腹を抑える。

 たちまちその顔から陽の雰囲気は消えうせ、病人のように蒼い色に染まっていった。

 

「は……はは……はら……腹が……腹がああああぁぁああぁぁあああっっっっ!!!!」

「あ、赤鬼おまいでええええっ!!死ぬほどいでええええええ!!!!」

 

 僅差で黒鬼の腹までも鳴り、呻き出した。彼らはその場に倒れ、「まさか昨日食ったあれが!!」などと汗垂らして喚き散らかしている。

 戦士たちが唖然としているところ、ポンチョに見を包んだアイルー、ネコートがゆっくりと歩んできた。

 

「……この御二方は実力こそ申し分ないのだが、重要な時に限って()()()()ツキの悪さがあってね」

 

 ネコートは腹痛に悶え苦しむ鬼兄弟を眺めながら呟き、相変わらず冷静な顔で村人に指示する。

 

「雪山茶を処方しろ。この前、金髪の彼女が摘んでくれた分があるはずだ」

 

 間もなくして、村人が盆に茶の入った椀を持ってきた。

 

「お……おお……ありがてぇ……」

 

 赤鬼は死にそうな表情で手を伸ばす。

 村人はおっかなそうにしながらも、その手に椀を差し出そうとしたが──

 

「待って!」

 

 ちびうさの手がそこに伸び、椀を取り上げた。

 

「ち、ちびうさ! 何をしてるんだ!?」

 

 衛は予想外の行動に、肩を引き寄せようとした。

 ヘルブラザーズも、見るからに驚愕している。

 だが、彼女は動こうとしなかった。

 ティガレックスが妖魔化したと聞いたとき、まるで待ち望んでいたかのようなあの態度。

 幼い少女の脳裏に、ある予感がよぎっていた。

 

「ねえ! 貴方たち、元からティガレックスが妖魔化するって知ってたんじゃないの!?」

 

 聞いた男たちの顔が一瞬引き攣った。

 

「これは取引! このお茶を飲みたいなら、本当のことを言って! 騙してたんなら、うさぎたちに謝るって約束しなさい!」

「き……きたねえことしやがる……! 変なとこ感づくとこはお姉ちゃん譲りってか……!?」

「うさぎは姉なんかじゃないけど、それでもあいつはあいつなりに頑張ってるの。……これはあいつが死ぬ思いをしてまで摘んできた雪山草。人を騙したうえにそこから甘い汁を吸おうだなんて、許せないわ!」

 

 赤鬼は取り上げられた茶椀を見つめてぎりぎりと歯噛みしたあと、やがて自身が伏せる地面に視線を落とした。

 

「とある情報筋から聞いていたのさ。あれが南の妖魔化被害に遭った個体の可能性があるってな」

「赤鬼!」

「諦めようや、黒鬼。今回もこのパターンだ。茶を飲んだとしても治るには時間が……いつつつ」

 

 相棒からの説得に黒鬼も観念したようで、肩を落としつつ呟いた。

 

「別に村の奴らを騙したつもりはねえ。狩るのが早いか遅いかってだけの話だからな。なら、ただのティガレックス相手じゃつまらねぇ。せいぜい妖魔化するまであいつらにやらせてみるのも面白いと思ったのさ」

「はぁ、何よそれ!? そんなしょうもないことのために……」

 

 そう言ったちびうさを黒鬼は睨み、叫んだ。

 

「しょうもないだと!? 俺様たちの崇高な目的にケチつけんのか!?」

「ええ、そうよ! そのためだけにこの村の人たちを危険に晒すなんて馬鹿げてる!」

「クソッ……ここぞとばかりにつけあがりやがって!」

「とにかく、約束通り喋ったぞ! 早くその茶を俺様たちに……」

「謝るのがまだよ!!」

「なんだ、と……ぐああああああああああ!!!!」

 

 腹痛に喚く鬼兄弟を怒りの表情で見つめる少女の肩に、一つの手が置かれた。

 

「……ちびうさちゃん。そろそろ戻してあげて」

「美奈子ちゃんも本当に許せないでしょ、こんな奴ら! こいつらが反省するまで、あたしは絶対これを手放さないわ!」

 

 美奈子はん~と人差し指を頭に突き刺して考えていたが、

 

「まぁ……ショージキあの人たちはあたしのタイプからかなり……いや、かなり×100くらいは外れてるわ。脳味噌は筋肉、やることは乱暴、理不尽。顔も性格も、年収1兆の石油王だとしてもお断りまっしぐらレベルよ」

 

 あまりにあけすけに語る彼女に、赤鬼は目を血走らせる。

 

「おいてめえ何を……!」

「でもね、狩人としてとっても大切なことを教えてもらったのも事実なの」

 

 ちびうさは理解できない、という顔で振り向く。

 

「だからこいつらを許すの? 一体なにを教えてもらったの?」

 

 美奈子は優しげに微笑んだ。

 

「この世全部があたしたちの思い通りにはいかないし、頑張ってもどうしようもないことで失敗することもあるってこと」

「……なんか嫌な教え」

 

 ちびうさは納得しきっていない。だが、それでも美奈子は語り掛けるのを止めなかった。

 

「でもね、その失敗のおかげで、前よりずっと自信がついた!!」

 

 彼女は屈んで、ヘルブラザーズと視線を真っ直ぐ合わせた。彼らは汗を垂らしながらも、無言でこちらの言葉に耳を傾けている。

 

「だからね、この人たちがこういう顔と性格で心底良かったってあたしは思う。きっと、うさぎちゃんもこのことを知っても許すと思うわ」

 

 恐らくちびうさにはまだ完全な理解は難しいだろう。だが、表情からして美奈子の意図は伝わったようだ。

 ちびうさは無言で茶碗をヘルブラザーズに渡し、彼らはそれを受け取った。

 ネコートは時を見計らったかのように視線を巡らせた。

 

「妖魔化生物は自然環境を根本から破壊するというな。万一の場合を考え、君たちには村人の避難準備を手伝って貰いたい。頼めるか?」

「はい!」

 

 ちびうさや美奈子は即座に返答し、ルナ、アルテミスと共に慌てふためく村人たちの中に混ざっていった。

 衛だけはすぐに去らず、見えないものまで見透かすようなネコートの目を見つめて呟いた。

 

「できれば一つ、聞かせてください。貴女が、彼らに情報を教えたのですか?」

「それは答えられん。だがどちらにしろヘルブラザーズがこの調子では、現地の者に任せる他なかろう。心配せずともすぐありったけの物資を彼女らに届ける」

「……ありがとうございます」

 

 衛は辞去して避難の手伝いに向かった。到着すると、ちょうど黒猫ルナが木箱を台車に積み込んだところだった。彼女は衛の顔を見るなり心配げな顔で駆け寄った。

 

「衛さんはうさぎちゃんのこと、心配じゃない?()()()()()()()()()()行くなら止めはしないけど……」

「大丈夫だ。ネコートさんがうさこたちにティガレックスを任せてくれるということは、彼女もその腕前を認めてるってことだよ」

 

 事前に情報を貰えこそしなかったが、それは自分たちのハンターとしての経験が浅いからだ。実力も経験も圧倒的なヘルブラザーズに情報提供を優先するのは当然のことと言える。

 

「……それに、今の彼女たちなら俺が助けなくとも勝てる。そんな気がするんだ」

 

──

 

 場所は雪山山頂に移る。

 先ほどまで晴れていた空は、今や吹雪に覆われていた。

 その中を妖魔化したティガレックスが駆け抜け、少女たちをつけ狙う。既にガムートはポポたちを連れどこかへと消えていた。

 無論、うさぎたちはまともな用意などしていない。どこかの時機でキャンプに戻らねば、ジリ貧になるのは目に見えている。

 今は、その時機を作り出す時。

 

 少女たちは各々の得物を構える。

 うさぎは大剣『アギト』を。

 レイは太刀『斬破刀』を。

 亜美は軽弩『アサルトコンガ』を。

 まことは大槌『ウォーハンマー』を。

 

 ティガレックスは突進する。

 雪原に四肢を躍らせ、全力を以て少女たちを撥ね飛ばそうとする。まさに嵐のごとし。付けられた傷もまるで意に介さない。

 だが、最初はあれほど恐ろしかったその動きを見てもうさぎたちは冷静だった。

 理由はただ一つ。

 

 あまりに追いかけられすぎたのだ。

 

 すれ違いざま、隣を突き抜けた赤い瞳に強い視線を感じたレイはあとの3人に叫んだ。

 

「折り返してくるわよっ!」

 

 果たしてその通りになる。

 一言で言えば『慣れ』。

 何度も追いかけられた。何度も恐ろしい思いをした。だからこそ次に何をするべきかが身体に染み付いている。

 

 少女たちは突進の軌道を読み横に避けつつ、逆にその背中を追いかけた。

 いかに身体能力に長けるティガレックスといえど、その持続力には限界がある。彼は一旦雪上を滑り止まり、小さな敵たちを再び視界に捉えようと振り向いた。

 

「そこよっ!」

 

 その先に待ち構えていた、巨大な刃。

 先頭に立っていたうさぎが振り上げた大剣だ。

 

「だああああっ!!」

 

 渾身の力を込め、振り下ろした。

 

「ギャアアアアッッッ」

 

 火花が散った。

 致命傷でこそないが目元に深い傷が付く。重量が乗った大剣の一撃は格別であった。

 

「みんな!」

 

 怯んだティガレックスを見上げつつ、うさぎは大剣を持ったまま横に転がった。

 その後ろから、仲間たちは一斉に攻撃を仕掛ける。

 まことが真っ先に頭をハンマーで殴り、レイが前脚を太刀で斬り、亜美が後方から麻痺弾を撃つ。

 

「グアアアッッッッ」

 

 ティガレックスは首を振って唸るが、少女たちは手を緩めない。

 相手が怖いからこそ気を抜かない。怖いからこそ全力を尽くす。それが、この雪山で教わったことだ。

 あちらの攻撃を避け、その合間にできた僅かな隙に全力をぶつける。

 竜の鱗に傷が増えていく。だが、それに比例するようにそれが吐く黒い息も激しくなっていく。

 少女たちもまた、目の前の強敵との戦いに夢中になっていた。

 

 激しい攻防のなか、突如ティガレックスはその場で四肢を力を溜めるように捩じり始めた。

 遠くから狙撃していた亜美は見たことのない動きに気づいたが、あとの3人はまだだった。

 

「離れて!」

 

 鋭い一声に武器を振り回していた彼女らは鋭敏に反応し、急いで後方に転がる。

 直後、ティガレックスは自身の身体をコマのように回転、周囲を薙ぎ払った。雪飛沫が飛び散り少女たちの防具に降りかかる。

 

「あ、危なかったぁ……」

 

 うさぎは一息つき、大剣を背にしまい直す。

 まったく見たことのない動きにいきなり対応できたのは、事前知識ではなく咄嗟の判断によるものだ。以前までの知識頼りの彼女たちなら簡単に引っかかっていただろう。

 これでも小さい敵が倒れないことを認めたティガレックスは、突然高く跳びあがった。

 

「逃げた!」

 

 轟竜は崖の上に飛び移り、そのまま別のエリアへと逃げていった。事前に付けておいたペイントの臭いは残しているので、しばらくはこれを辿り追跡が可能だ。

 

「……生き残った……のね……」

 

 1戦目が終了して最初の発言は、思わず膝をついたレイのその一言だった。

 

──

 

 雪山の麓にあるキャンプに戻ると、ちょうど御者の男が着いて支給品の袋を取り出しているところだった。彼は少女たちの姿を見るなり目を目開き、慌てて駆け寄ってきた。

 

「おお、怪我は、怪我はないかい!? ああ、ほらそこのお嬢さんの膝……」

「あぁ大丈夫ですよ、これくらいは……」

「若いからってティガレックス相手に無理しちゃいかんよ! ほら受け取りな!」

 

 回復効果がある『生命の粉塵』の包みを押し付けて来たのを、うさぎは勢いに負けて受け取った。

 その他にも彼は閃光玉、秘薬、大タル爆弾などの物資を大量に積んできていた。特に回復のための薬類が豊富で、村人たちの気遣いが感じられた。少女たちは思わず、頭を下げずにはいられない。

 

「ありがとうございます!」

「いや、これくらい当たり前さ。それよりもお仲間に言伝を頼まれたんだがね」

 

 うさぎたちは彼から粗方の事情を聞く。

 今回のティガレックスはネコートの計らいにより緊急クエスト扱いとなる。成功した場合は破格の報酬が約束され、失敗した場合は村ごと撤退という結果が待っている。

 

 もう一つ、ヘルブラザーズは事前にティガレックスが妖魔化するという情報を受けておりながら、あえて実際に妖魔化するまで放置していたことも伝えられた。そして、食あたりで腹を下したため狩りに出ることができないことも。

 これぞ因果応報というべきなのだろうか。少女たちの間に呆れきった空気が流れた。

 

「流石に今回ばかりは貴方たち、もっと怒った方がいいですよ。あの人たちは間接的にそちらを危機に陥れたようなものなんですから」

 

 レイがはっきり言うと、御者は苦笑いを浮かべた。

 

「そんな筋合いは無いよ。俺たちだって、あの人たちのそういう所を知った上で受け入れてるからね」

 

 特段装うわけでもなく当たり前のようにそう言った。

 この男を始めとするポッケ村の人々は、ヘルブラザーズは胸の内はどうであれどんな強大な相手にも必ず戦い、勝ってくれると信じているのだろう。その関係には現実的な打算と暖かい人情とが複雑に入り交じっている。

 まことは奇妙な狩人と村人の関係を目の前にして、ふと目元を緩めた。

 

「ま、あの人たちらしいよな」

「そうね。今回はバチが当たったってことにしとくわ」

 

 以前は表立って敵視していたレイですら冗談めいた口調で、ヘルブラザーズを怨む様子はない。考えの違い以上に大切なことを彼女たちは学んだのだ。

 御者の男は改めて深く頭を下げた。

 

「どうか……俺たちの村を頼むよ」

 

 それに、少女たちは微笑み頷いて答えた。

 

──

 

 2戦目。

 妖魔化したティガレックスは、自身の存在を誇示するかのように変わらず山頂に居座っていた。

 それは向かってくる少女たちの姿を見るなり、いきなり跳び下がった。

 

「ドガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 胸を持ち上げ、咆哮。

 頭と前脚に赤い血管が浮き出、沸騰するようにどくどくと迸る。その様、激怒した鬼の如く。

 

「怒った!?」

 

 亜美が言い終わるのを待たず、それは駆け出した。

 

「は、速い!」

 

 前脚の動きが速すぎて捉えきれない。これまでとは次元が違う素早さと迫力を以て突っ込んでくる。

 少女たちは防衛本能に任せ横に身を投げだした。

 それを見たティガレックスは突如急停止、息を吸い、胸を仰け反らせ後退する。

 これまでに見たことのない動きだった。

 

「えっ……」

「ドアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 空気が目に見えぬ大爆発を起こす。

 周囲の雪が衝撃波で吹き飛び、顕になった黒い岩盤にひびが走る。その凄まじい威力は『大咆哮』とでも名づけるべきか。

 うさぎたちの身体はあっけなく吹き飛ばされた。しばらく浮遊感を覚えた直後、地面に激突。衝撃と痛みが一斉にやってくる。

 

「ぐうっ!」

 

 声が出ない。

 鼓膜がキンキンと悲鳴を上げる。今どんな状況なのかまるで分からなかった。

 だがうさぎの視界の隅で、大きな口が裂けるように開かれるのが分かった。

 その中には肉食動物特有の鋭い歯が幾重にも張り巡らされている。そして鼻を突く、生臭く強烈な臭い。

 

「こんな、ところで……」

 

 立ち上がろうとするうさぎに、無慈悲なほど真っ直ぐ口が迫る。

 

 彼女が思わず目を瞑った直後、ティガレックスの動きが止まった。

 見上げると、痙攣する顎に黄色い弾が数発突き刺さっている。

 

 少し離れたところで、亜美が荒く息を吐きながらアサルトコンガを番えている。彼女の放った麻痺弾が効果を発揮したのだ。

 

「うさぎ、立って!」

 

 レイが腕を掴んで無理やり立たせる。一方、まことは白い粉を包みから出して風に乗せる。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

 その粉の名は生命の粉塵。狩りで傷ついた身体を癒す薬だ。こうやって空気中に撒きそれを吸うことで、複数の人がその回復効果に預かることができる。

 再び漲る力。少女たちは武器を構え直す。

 先の失敗に打ちひしがれることはしない。彼女たちは何度も失敗をして、毎度それを糧に這い上がって来たのだから。

 

 狩りは長時間に渡った。吹雪が積もるのも間に合わず、山肌が咆哮の衝撃で露出しては砕けていく。

 気づいた時には、かつて一面白で覆われていた山上の風景は瓦礫だらけになっていた。

 物資は少なくなる一方、ティガレックスの攻撃は激しくなるばかり。

 

 それでもなおうさぎたちは奮戦していたが、遂に最悪の事態が起こった。

 何十回目か、レイが手持ちの閃光玉を投げて目潰しを行った時だった。

 支給された閃光玉はティガレックスの動きを止めるのに非常に有効だった。何よりも突進を封じることができるのが大きく、危ない時やこちらが攻めたい時にすかさず使っていたのだが。

 

「閃光玉、切れたわ!」

 

 彼女の宣言は、ティガレックスの側に狩りの主導権が握られることを意味した。罠などの道具類もあらかた使い切っている。あとは面向かって戦うしかない。

 

「あんなに用意してたのに……」

 

 うさぎは最初に追いかけられた日から改めて、この竜を畏怖した。

 まだ目潰しは効いていて手当たり次第に暴れているが、間もなく効果は切れる。その後は再び追いかけっこだ。

 何回その身を刃に斬られようと弾で穿たれようと、ティガレックスは弱った気配を一向に見せない。

 予想以上に相手の肉体が強大か、もしくは自分たちの武器が貧弱か、またはその両方。

 まるで終わりが見えない戦いに、彼女たちも疲労が溜まりつつあった。

 まことは仲間たちに腰の懐を指差してみせる。

 

「どうする?一か八か、戦士に変身して……」

「前のグラビモスの例もあるわよ。浄化技が効くかどうか……」

「ねえ、一つ提案があるのだけれど」

 

 レイは首を振ったがちょうどそこに亜美が呼びかける。

 彼女の案を手短に聞いた時、レイとまことの2人は渋い顔をした。

 

「それは……!」

「さすがに危険すぎない?」

「やってみよ! こーなったら何でも試してみるもんよ!」

 

 うさぎだけは真っ先に亜美の案に賛成する。

 閃光玉の効果が切れた。視界を取り戻したティガレックスは再び少女たちを睨みつける。

 時間も、他の策もなかった。

 

「……もう、しょうがないわね!」

 

 レイの言葉を合図にして、彼女たちは逃げ出した。

 背を向け、いかにも追ってくださいと言わんばかりに。

 

 当然ティガレックスは本能に従い、脇目も振らずそれを追う。

 後ろに足音を聴きながらひたすら雪山を下る。地面にあるものに目を凝らし、その先を辿る。

 

 

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