セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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絶対強者⑥

 

 逃げている途中、ずっと生きた心地がしなかった。何しろ、少し耳を傍立てれば確実にこちらを追う足音が聞こえてくるのだから。

 

「ギャオオオオオアアアアアアッッッッッ……」

 

 荒くれだった怒声が、少女たちの心の芯を震わせる。

 

 まだ、まだ見えないの?

 まさかいないんじゃ?

 不安と期待が入れ混じる。

 

 そのうち吹雪が視界を覆い始める。それを見た彼女らはますますその足を急がせた。

 

「ちょっと、このままじゃマズいわよ!」

 

 レイは前の地面を見ながら叫んだ。

 視線の先にあるのは雪原に空いた丸みを帯びた窪み。そこに少しずつ雪が溜まっている。

 

「でも、足跡は新しいわ!恐らくこの近くに──」

「バオオオオオオオオオオオオオオオオ……」

 

 亜美が発言しかけたとき確かに聞こえた。汽笛に似た、野太い獣の雄叫びが。

 前方に、地響き立てて蠢く巨大な影がある。

 それは吹雪の中を力強く歩む生きた山。

 不動の山神、ガムート。

 

「──よし!」

 

 少女たちは後方を振り向く。先ほどとは打って変わり、むしろあの捕食者を迎え入れるような恰好であった。

 曲道の向こうから登場した轟竜ティガレックスは、馬鹿正直に猪突猛進してくる。

 未だ距離は遠いのに巨獣ガムートは歩ませていた脚を止め、ゆっくりと振り返った。

 さっきまで迷いなく突っ込んできたティガレックスもその気配に気づき足を止める。

 ここに再び、生まれながらにして因縁を持つ2頭が向かい合った。

 

「ガムート……あなたの力、借りさせてもらうわ!」

 

 うさぎの叫びを皮切りに、ティガレックスとガムートは威嚇の咆哮を上げる。

 

「ドガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」

 

 一方は鋭い歯と爪を、もう一方は長い鼻と兜の角のような牙を振りかざし激突する。

 前者にとっては生きるに欠かせぬ食事を妨害する邪魔者、後者にとっては自身とその子を脅かす仇敵。

 互いに容赦する必要などなく、そうする気も全くない。

 ティガレックスは頭を狙い飛びつくも、それをガムートは鼻で巻きつけ阻止する。そのまま崖の下に放り投げようとするが、轟竜は中々掴んだ獲物を離さない。

 やがてガムートは自身の頭ごとティガレックスを何度も崖に叩きつけ、痛めつける。その度に地鳴りが響き、崖の上に積もった雪がずり落ちてくる。

 

「すごい戦いね……」

 

 亜美は唾を呑みこみ行く末を見守る。

 下手すれば先の狩りが遊戯に思えるほどの激闘である。

 

 無論、出来ればガムートを巻き込みたくない気持ちも少女たちの間にはあった。だが妖魔化したティガレックスを倒せなければ最悪、雪山全体が危険に晒される。

 だからうさぎたちはある意味、ガムートに賭けたのだ。その頑丈な皮膚が妖魔ウイルスをも寄せ付けないことを期待して。

 そして、それはあまりに危険な賭けだった。

 

 激しい攻防の末、ティガレックスは頭から引き剥がされた。

 ガムートはその隙を見て、前脚を高く持ち上げる。全体重をかけて踏み潰す気だ。

 だが、絶対強者の名を頂く竜がそのまま攻撃を受け入れることなどあり得るはずもなく。

 それは胸を張り、前脚に力を籠め、狙いをつけて揺らめく巨体目掛けて息を吸った。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 喉から強烈な衝撃波が撃ち放たれる。

 それはガムートを直撃し、初めてその身体がふらついた。それを見逃さずティガレックスは高く跳躍。首元に食らいつく。

 

「グアアアッ、グアアアアアッッ」

 

 今度は正面ではなく側面から首のあたりにしがみつき、ガシガシと歯で毛を引っ掻き回す。

 

「ま、まずいわ!」

 

 亜美が目に見えて焦った。いくら頑丈なガムートの皮膚といえど、何度もあの鋭い爪の直撃を受ければ無事である保証はない。もし傷でもできれば、ガムートまで妖魔ウイルスに感染する可能性がある。

 一刻も早く、ティガレックスの行動を阻止せねばならない。

 

「でもどうやって……」

 

 レイは太刀をその手に握りながら、未だ一歩を踏み出せずにいた。

 ガムートとティガレックスの争いはあまりに激しく、人間の付け入る隙など無いように思える。

 タイミングが悪ければ暴れて入り乱れるガムートの脚に容易に踏み潰されることは目に見えていた。

 更にもし手元を誤ってガムートに攻撃が当たれば、そちらから怒りを向けられる可能性も捨てきれない。

 

 仲間たちが判断に迷うなか、うさぎは一つのことを思っていた。

 彼女は、護るべき者たちを常に想って戦ってきた。

 ある時は家族。ある時は仲間たち。ある時は恋人。

 

 だがここに来て狩人となってから、何を護るべきかについて改めて考えざるを得なくなった。

 護るべきものと、倒すべきもの。

 暖かいものと、冷たいもの。

 愛すべきものと、排除すべきもの。

 かつてその両者の間には厳然たる違いがあると考えていた。

 

 だが今ここにあるものにそんな区別など意味を成さない。

 ティガレックスは、腹を満たして自身の命を護るためにガムートの命を奪おうとする。

 ガムートは、子の命を護るためにティガレックスの命を奪おうとする。

 護ることも奪うことも、大自然の中では必然的に起こるほんの一部に過ぎない。

 そして──人間さえも、この世界ではその大自然の隅っこにいる存在でしかないのだ。雪山の特訓でそのことを嫌というほど分からされた。

 

「きっとあたしたちが護らなきゃいけないのは、こういうことなんだ」

 

 時に護りたいと思えないものですら、どこかでかけがえのないものと繋がっていて。

 全てが何かの一部として共にある、この世界の現実。

 そんな残酷でありのままの理そのものこそ。

 

「あたしの、護るべきものっ!!」

 

 彼女は新たな目的に向けて駆けだした。

 ガムートの甲冑のような脚をすり抜け、妖魔化ティガレックスに迫る。

 相手は目の前の獲物に夢中だ。

 黄と青の縞模様が連なる背中を睨み据え、大剣を取り出す。

 

 一つだけ、可能性がある。ヘルブラザーズに頼み込んでまで教わった、相手を怯ませ隙を作りだすことに特化した大技。

 それは今この時、確実に出せるかと言われれば怪しい。

 しかし、賭けるしかない。

 

 大剣を振り回す。腕、腰、脚に溜まる遠心力。

 その勢いが最高潮に達した時、少女は飛び上がった。

 そのまま、剛毛を掴む前脚めがけ──

 

 

「『ムーンブレイク』!!!!」

 

 

 空中に、三日月を描く。

 すべての重量を乗せた一撃は、

 

「グギャアアアアッッッ!?」

 

 金属に匹敵する固さの爪を叩き割った。

 ティガレックスの掴みが緩み、そこを突いてガムートは鼻を轟竜に叩きつける。

 

「で、出来た!?」

 

 地上に再び降り立ったうさぎは、自分でも自分のやったことを未だ信じられずにいた。

 

「うさぎちゃん、戻って!」

 

 まことが叫ぶと、うさぎは急いで背を向け大剣をしまい、仲間たちの下に戻る。

 ガムートの猛攻が始まった。ティガレックスに鼻から冷気を吹きつけ動きを鈍らせると、容赦なく何度も脚に全体重を乗せ踏みつける。ティガレックスは抵抗しようとするも、その度悲鳴を上げるハメになる。その身に致命的なダメージを受けていることは目に見えて確実だった。

 

「出来た! あたし、やっと出来たよー!」

「よしよし。よく頑張ったね!」

 

 先ほどの勇気の反動で泣きっ面になったうさぎに代わり、まことが前に出てこやし玉を投擲。

 痙攣したティガレックスの顔を全力で踏みつけていたガムートの鼻っ面に、黄土色の煙が上がる。遠くからでも分かる劇臭が拡がり、ガムートは思わず首を振って仰け反った。

 

「レイちゃん、どう?」

「大丈夫。ガムートに妖気が感染した反応はないわ」

 

 うさぎはレイからの報告を受け、やっと安堵を見せた。

 体よく利用した形になってしまったが、これも雪山に被害を拡大させないためだ。劇臭にガムートは目を細め、吹雪の中に消えていく。

 やがて姿が見えなくなり、地鳴りに等しい足音もなくなったとき。

 

「グアアア……」

 

 呻きが聞こえた。

 はっとして振り返ると、既にティガレックスは虚ろな眼で立ち上がっていた。

 

「ガアッ……ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!」

 

 咆哮と共に、少女たちの身体からオーラが吸い取られていく。一気に身体が重くなり、彼女らはその場に膝をつく。

 

「エナジーを吸い取られてる……!」

 

 ティガレックスは、自身より遥か小さな少女たち目がけて跳ね、飛び込んだ。

 頂点捕食者としての余裕など完全に忘れ、怒りにその身を委ねたまま。

 

「きゃあっ!」

 

 うさぎたちは爆ぜた雪に巻き込まれる。仲間の姿も見えなくなり、視界にあるのは白色だけだった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 うさぎは混沌とした意識のまま、四つん這いで雪をかき分ける。

 傍から見れば不様であろう。

 華の女子中学生、そして愛と正義の戦士としてはあまりに惨めで、泥臭い。

 

 だがそんなことに構いはしない。

 いま、彼女たちは狩人なのだ。

 何度も失敗し、恐怖し、醜く足掻き、それでも勝利を鷲掴まんとする狩人なのだ。

 少女は確たる意志を持って雪上を這って大剣に向かう。

 

 その時感じた、張り詰める殺意。

 直感したうさぎは、咄嗟に剣の柄を掴み横に転がる。

 頬の傍の空気を牙が裂いた。

 

「いっ……」

 

 地を蹴って更に後方に転がり、宙を横凪ぐ爪を避ける。

 だが、そこは。

 

「いたっ!」

 

 背中の痛みに悶える。

 すぐ後ろは壁だった。もはや逃げ場所はない。

 

 ティガレックスは突っ込んできた。

 迫る震動。聞こえる獣の呼吸。

 もはや何もできず、少女はただその場に座るしかない。

 

 ──しかし。

 深く考えることが常日頃苦手な彼女だが、この時だけは脳裏に一筋、電流が走った。

 武器を一旦置く。そして迫ってくる大口をひたすら見つめ、そして覚悟を決め。

 口内にずらりと並んだ歯が視界を埋めた、その瞬間。

 

「たああああああああっ!!」

 

 横に跳んだ。

 

「ギイイィッ!!!!」

 

 岩の砕ける音。

 うさぎは自身の身体が動くことを確認してから、振り返る。

 ティガレックスは、歯を壁に食い込ませたまま藻掻いていた。

 自身の顔ほどはある大きさの瞳が、赤く殺意の籠った輝きをこちらに向けている。

 

「今よ!」

 

 その声の持ち主はレイだ。見ると、仲間たちは既にティガレックスの背後から総攻撃を仕掛けていた。

 初めて、これまで苦難を与えてきた雪山がこちらに味方した。まるでここまで粘った少女たちを祝福するように。

 うさぎは頷くと、轟竜の顔の真横で大剣を振り上げ、力を最大まで溜め──

 振り下ろす。

 

「はあああああああああっ!!」

 

 確かに手応えを覚えた。

 その渾身の一撃で頭の鱗と片目が潰れた。

 あまりの痛みにティガレックスは無理やり歯を壁から引き抜き、頭を振り回す。

 攻撃の包囲を解くと後ろへ飛び退き、しばしの間荒い息を整えていた。

 そして向いた先は、先ほど痛い一撃を見舞ってきた金髪のツインテールの少女。

 

「……」

 

 少女も獣に答えるように大剣を振りかぶる。

 双方、傷に覆われている。

 吹雪も止み、仲間の声も止む。

 雪山を静寂が満たした。

 直後、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 ティガレックスは突進する。

 満身創痍とは思えない速度と迫力。

 今のうさぎは確信していた。

 恐らく、この一撃ですべてが決まるのだと。

 

──

 

 夜のポッケ村は、いつも通りの穏やかな灯りが家々から漏れていた。バルバレの時の華やかさこそないが、極寒の地に一つだけ火を灯したような暖かさがそこにはあった。

 その一角の席に、少女たちが座っている。

 

「あーあ、狩りに出られるのが4人までって制限がなかったら、あたしが颯爽と登場したんだけどね!」

 

 宴の席で美奈子はそう不満げに呟いた。その手にあるのは焼き菓子とホットドリンク。この飲み物の辛さにも慣れたいま、狩りの時に限らず身体を暖める便利な一品になっていた。

 

「村の人たちを助けるのだって十分な活躍じゃないの?」

 

 レイのフォローにも納得できなかったようで、美奈子は半泣きしながら前に座る人物の肩を掴んで揺らした。

 

「せめてどんな相手だったかくらい言ってちょーだいよ! そんくらい聴かないと、あたしの腹ん虫が収まんないわ! ね、うさぎちゃ~~ん!」

「うわああ、美奈子ちゃん揺らしてこないで~~!!」

 

 その名を呼ばれた少女、うさぎは一息つくと、その時の情景を思い出しながら話し始めた。

 

「うん……本当に凄かったよ。どこまでも自分が負けるわけがないって、きっとあの子は最期の最期までそう信じてたんだ」

 

 雪山は日中ずっと吹雪いたり、曇天という日も少なくない。そんな中、僅かな合間に現れた奇跡のような夕焼けだった。

 うさぎは動かなくなった絶対強者を見つめ、仲間たちもそうしていた。

 その視線にあるのは恐怖でもなく、哀れみでもなく──

 

 敬意だった。

 

 人間には及びようもない強者の姿。

 恰好も風体も関係なく挑む者に全力で応えるその獣に、彼女たちは一つの矜持を感じていた。

 同じ光景を共有した亜美も、感慨深げに目を細めた。

 

「何だか改めて考えると、強敵を狩れた達成感……とでもいうのかしら。そういうものを始めて感じたような気がするわね」

「え、何それ。まるであの兄弟みたいじゃないの」

「そう言われるとあたしたちの感覚、いよいよ狩人側に片足突っ込んでんのかなぁ……」

 

 一応自分たちは正義の戦士なのだが、果たしてこれでいいのだろうか。まことは不安がったが、うさぎの顔は穏やかだった。

 

「でも実際、あたしはあの人たちの気持ちが少し分かったみたいで嬉しいんだ」

「……うさぎちゃん」

「本当のところは結局わかんない、けどね」

 

 美奈子に、うさぎはそう言って微笑んで見せたのだった。

 

「お取込み中すまないが、少し割り込ませて頂いても構わんかね?」

 

 座る机の足元から低い声が聞こえた。いたのは、静かな佇まいでポンチョを着たアイルー。

 

「「ネ、ネコート様っ!!」」

「『さん』でよろしい」

 

 軍人のように屹立したうさぎと美奈子に、ネコートは歩いてきた。

 そこで、うさぎはあることを思い出した。

 

「この度はお疲れだったな。貴殿らには礼を……」

「ネ、ネコートさんっ! あの質問の意味、分かりました!」

 

 村の人々の団欒の光景が好きだと言ったうさぎに、ネコートが示した『気づくべき事実』という問い。その答えをまだ出せていなかった。

 ネコートは興味深そうにうさぎに注目する。

 

「多分、あの時のあたしは村のことしか見えてなくって、それを囲んでる雪山との繋がりを忘れてた。そう……言いたかったんですよね?」

 

 ネコートは直接答えはせず、視線を横へと外した。

 

「我々は、この日常の場を自然から借りているに過ぎない」

 

 すべてを見透かすような眼差しが、村を見渡す。灯りの向こうから団欒の声が聞こえてくる。ここからでも、白い民族衣装の人々の笑顔が見えるように思えた。

 

「この日常は常にあの巨大な山脈に脅かされ、支えられてもいる。まるで池に張った薄氷の上に家を立てているようなもの」

 

 彼女は向き直ると、低い声で再び語った。

 

「一つのものを大切にするのも確かに大事なことだ。だがそれと同時に……」

「すべてを平等に見なくちゃいけないんですね。ヒトもモンスターも、それ以外の自然も」

 

 言葉の続きをうさぎが継いだ。それを聞いたネコートの視線の鋭さが、幾分か緩む。

 

「そこまで分かってるなら、上出来だ」

 

 彼女は踵を返した。

 

「えっ、せっかくだしネコートさんも一緒に……」

「私は此度の事件の後処理で忙しいのだ。どうぞ私のことは気にせず、ゆっくり身体を休めたまえ」

 

 美奈子の誘いにそう短く答えると、小さな背中は人混みへ消えていった。

 

「何だか最後まで不思議な人……いや、猫だったわね」

 

 呟いたレイが視線を戻すと、うさぎと美奈子は一緒にどんよりと肩を落としていた。

 

「はぁ……どさくさに紛れてちょびっともふれるかって期待したのに……」

「うん……ほんとあの感触をもう一度先っぽだけでも……」

「さてはあんたら反省してないわね?」

 

 ネコートは集会所の前に足を運んだところで足を止め、再び席についた彼女たちを見つめた。

 

「……筆頭ハンターたちよ。異界からの使者のお手並み、この目で見させてもらったぞ」

 

 彼女は胸についた鈴を鳴らしながら屋内に消えていった。

 

──

 

 無人の雪山山頂にて、ティガレックスの亡骸は吹雪に吹かれていた。

 モンスターの遺骸を回収するため、そろそろハンターズギルドに雇われた荷車が到着する頃合いだった。

 そこに、夜闇よりずっと暗い闇が降り立つ。

 

 黒蝕竜、ゴア・マガラ。

 

 眼を持たず、その背に棚引く外套と第三の脚を持つ異形。

 だが、遺跡平原でうさぎたちが戦った時には見られなかった無数の傷が全身にあった。

 それはティガレックスの亡骸を前にぐるるる、と唸っていたが。

 

「ほら、早くしなさいよー。あんたに私たちの進退かかってんだから」

 

 その首元に金属の筒が突きつけられる。

 こんな寒い地域に白衣を着た赤い髪の女性が立ち、苛ついたように足踏みをする。

 デス・バスターズの幹部の1人、ユージアルである。

 

「あのね~ゴアちゃーん。本来なら私たちもこーんな寒いとこへくしょい! 来たくなんかへっくしょーい! ないんだからずるるるる!!」

 

 彼女の鼻水を啜りながらの宥めにも関わらず、ゴア・マガラはティガレックスに鼻を近づけては嫌がるように首を背ける。

 

「……ちっ。まだ遺跡平原のこと怖がってんのね。大丈夫よぉ、いま『お兄ちゃん』はどこにもいないから……ほら早くっ!!」

 

 全く言うことを聞かない相手に痺れを切らし、ユージアルは鬼の形相で火炎放射器『ファイヤー・バスター』を押し付ける。

 努力も虚しくゴア・マガラはぷいと首を背け、拒否をし続ける。

 それに「きいいいいい」と沸騰する怒りに燃えるユージアルだったが。

 

「チャーム・バスター!!」

 

 その声を聞き、ユージアルはぎょっとして咄嗟に身体を翻した。

 黒い雷が彼女の身体があった場所を通り、ゴア・マガラの身体を焼く。

 

「グアアアアアアアアアアア!!」

 

 黒蝕竜は苦し気に呻き、地面に這いつくばる。ユージアルはしばしその光景を確かめた後、落雷の来た方向に振り返る。

 そこには金色のウェーブヘアーが特徴の『魔女』、ミメットがいた。

 

「……あんた、私に当てようとしたでしょ」

「あら、そんなことありませんけどぉ~?」

 

 猫を被った声で笑ってみせるミメットに、ユージアルはますます苛つきを募らせる。

 

「あのね。これ私たちの大事な『最終兵器』なんだから、扱いは丁重にお願いしたいわ!」

「センパイ、子どものしつけってとても大切なんですよ? 時には痛みがないと成長できないんですから♡」

「あんたのは半ばストレス解消でしょうが。とにかく! ゴアちゃん、さっきの痛いのが嫌ならさっさとそのモヤモヤした奴吸いなさい! 嫌でしょ痛いの!?」

 

 その叫びの内容を理解したかは不明だが、ゴア・マガラはようやくティガレックスの亡骸にのしかかる。

 

「よーし、いい子ね」

 

 ユージアルは満足げに舌なめずりをすると、月夜に拳を突き上げる。

 

「セーラー戦士ども、今に見てなさい。あんたたちが英雄ぶっていられるのも今のうちよ! おほほほほほほ! おほほほほほほほほほほ!!」

 

 後輩のミメットはその陰に隠れながら、意味ありげにくすくすと笑っている。

 

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 苦悶か怒りか、それとも悦びか。

 人には想像もつかぬ呻きを上げながら、ゴア・マガラは咆哮を上げるのだった。

 

──

 

 数日後、新たな目的地が決まった。バルバレギルドからの通達で、遥か南方に怪しげな動きがあるらしい。

 

「ふむ、ここからは随分と遠いようだね。くれぐれも道中、気をつけて行っておいで」

「はい! 短い間だったけれど、本当にお世話になりました!」

 

 出立の当日、ポッケ村の住民が総出で見送ってくれた。

 穏やかで、慎ましやかな人々の笑顔。

 その象徴とも言える村長の言葉を受け、うさぎも負けないくらいの笑顔で答える。

 少女たちの視線は、次に近くの家屋の壁にもたれかかる2人の大男に向けられた。

 

「貴方たちにも、心から感謝します」

 

 亜美はにこやかに話しかけるが、彼らは不機嫌そうな顔をしていた。

 

「へっ、皮肉かそれは?」

「違うわよ。いろいろと教えてくれてありがとうって意味」

 

 レイの補足を受け、鬼兄弟は意外そうに目を丸めた。

 

「その様子だと、獲物を彼女たちに横取りされたのも満更ではないんじゃないか?」

 

 うさぎの隣に立っている衛の問いに、一晩立ってすっかり快調になった赤鬼は、自身の髪をボリボリと掻いた。

 

「……つまんねえに決まってんだろ。おかげで妖魔と戦うのがまた先になっちまった」

「彼女たちがオヌシらの意志を受け継ぎ、それを以てあの妖魔ティガレックスを討ち取った。実質、貴殿たちの手柄と考えてよいのではないか?」

 

 この村の長たる老婆の言葉に、黒鬼はふんと鼻を鳴らした。

 

「そりゃあ詭弁だな! 俺たちの手で狩らねぇで何が手柄だ!」

「はぁ〜〜、相変わらず頑固な人たち!」

 

 うさぎはこの男どもの反省のなさに呆れたが、赤鬼はそこから少しだけ視線を外した。

 

「まぁ、ただ……お前がいなけりゃ今も腹痛で寝っ転がってたことは事実だ。そこに関しては礼を言おう」

「へー、なーんだ、普通にお礼言えるじゃない! 何度感謝してくれてもいいのよ?」

 

 調子に乗りかけたうさぎを邪魔するように、黒鬼が首を伸ばす。

 

「ま、少なくともティガレックス1頭じゃあ俺たちから見りゃまだまだだな」

「はいはい、負け惜しみありがとーございまーす」

「「おめーは狩りに行ってねーだろうが!」」

 

 美奈子の煽りに鬼兄弟は揃って詰め寄ったが、彼女はそれをひらりと躱す。

 

「また喧嘩にならぬうちに別れた方が良さそうじゃな。ほれ、彼女らをさっさと案内してやりなさい」

 

 村長が杖で示すと、御者の男は頷いてほらほら、と少女たちを荷車に案内する。

 村人たちは手を振り、少女たちに別れの言葉を告げる。

 少女たちは心の底から感謝の言葉をポッケ村と、朝陽を反射して銀色に光る山脈に送る。

 

 優しいことも、厳しいことも、全てにありがとう。

 

 そんな想いを抱き、彼女らは荷車に乗り込んだ。 

 

──

 

 遠くに小さく消えてゆく竜車を眺めながら、ヘルブラザーズは丘の上でたばこをふかしていた。

 

「よぉし、決めた」

「何をだ、赤鬼?」

 

 黒鬼に聞かれた赤鬼は、髭が目立つ口をにやりと曲げた。

 

「分かってんだろ、競争よ。俺たちとあの小娘ども、どちらが妖魔を多くぶっ倒せるか……。今回の借りを全部チャラにしてやらぁ」

「ほほお。てなると、そろそろこの村とはおさらばだな」

「ああ。しばらくはこの近辺に妖魔化生物は寄り付かねぇだろうからな」

 

 黒鬼は、拳を握り合わせごきごきと言わせる。

 

「よぉし。今回は少しばかり後れを取ったが、これからは快進撃だ! 小娘ども、首を洗って待っておけよ」

 

 鬼兄弟はしばし含み笑いを浮かべた後、一気に溜まったパワーを解放した。

 

「ドハハハハハハハハハハ!!!! ドハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「バハハハハハハハハハハ!!!! バハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 馬鹿笑いの喧しさは、モンスターの咆哮にも匹敵した。

 その時ポッケ村の住民たちは、ティガレックスが黄泉の国から蘇ったのかと戦々恐々だったらしい。




今回で想定上での2編が完全に終了。ここまで執筆開始からはや約2年(長すぎ)全体の分量としては中盤にさしかかったくらいでしょうか……。流石に今後はなるべく話は短くまとめていきます。
この編では「うさぎたちが狩人としてモンスターと対峙する」ということが完全にできるようになるまでの過程を描いたつもりです。
次回より3編が始動。満を持してある御二人が登場します。
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