セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
モガ村。
この大陸から遥か南方の海上に浮かぶ木製の小島に2人、『旅の者』が来た。
はるかとみちるは樽の浮力を基礎とした桟橋を渡り、波に合わせて揺れる床板を踏み、島の中央に辿り着いた。
その島は天然の小島から手を伸ばすように床板を海上に浮かべ、そこに藁葺小屋を建てる形になっている。少し離れたところでは帆船や風車が見え、ここと同じような人工島があちこちに浮かんでいる。恐らく、ここの住民は船を使って集落を行き来するのだと思われる。
「チビすけ、戻ったか! まったく、また勝手に1人で出歩きおって!」
「村長、聞くッチャ! オレチャマ、またまたコブンをゲットしたッチャーッ!!」
はるかたちが助けた仮面の子どもは人だかりを掻き分け、椅子に座った濃い色の肌の老人に駆け寄っていった。
ここの住民は、一見はるかたちとそう変わらない人間ばかりである。大抵が群青や水色の鱗模様を基調とした袖なしの衣を身にまとっていた。
ただよく見ると耳が尖っていたり指の間に水かきや身体全体に紋のようなものが見えたり、はたまた足元に帽子を被った2足歩行の猫がいたりと、姿が明らかに異なる種族が寄り集まって話し合っている。
「驚いたな。この世界にはこんなに知的種族がいるのか」
「どうやら、こちらへの敵意はなさそうね」
2人が村を見渡していると、大人たちの脚の間をすり抜けて、男の子や女の子たちが飛び出してきた。
「チャチャー! またコブン連れて来たってホントーかよー!?」
「フフフのフーン! 今までの中では『アイツ』以来の上物ッチャ!!」
「え、どんなのどんなの!?」
「聞いて驚くなッチャ! あいつら、ドスジャギィを生身で退けられるッチャ!」
「あんな細い人たちがー? あたし信じらんなーい!」
はるかたちの助けた子どもが被り物を揺らして機嫌よく踊る周りで、人間の子どもたちがきゃっきゃと騒ぐ。
「ほお、ドスジャギィを?」
半裸に外套と貝殻の首飾りを纏い、煙管を燻らす白髪の老人は、チャチャと呼ばれた子どもの言葉を受け驚いた顔ではるかとみちるを見つめた。その右目には深い傷跡が刻まれており、歴戦の猛者を思わせる。
だがそれも束の間、老人は人懐っこい笑顔を浮かべ手を差し出す。それに気づいたはるかとみちるは微笑みを返し握手に応じた。
「これは御二方。どうもうちの者が世話になったようじゃ。心より感謝を申し上げる」
老人の貫禄ある姿を見るに、どうやら彼はこの村の長を務めているようだ。
「で? 実際のところお前はどういう経緯でこの方たちと出会ったのだ、チャチャ」
「そうっチャ!この2人がオレチャマのピンチに駆けつけ……」
チャチャは背後から見つめる子どもたちに振り向いたかと思うと慌てて咳払いをして、
「ブ、ブフン、サポートしたのッチャ! オレチャマがもうすぐでドスジャギィの頭に一発というところでこいつらが……」
「これ、チャチャ。嘘はいかんな嘘は。正しくは助けて貰ったんじゃないのか? ちゃんと正直に言いなさい」
村長から厳しい顔で諭されると、チャチャは見るからに狼狽。子どもたちも「なーんだ、またデタラメか」と言った1人を始めとして、みんなが一気につまらなそうな顔をした。
「ブ、ブゥ~~……ありがとうございますっチャ……」
チャチャははるかたちに向かってしょぼんと子犬のように項垂れた。
彼は今度は優しい手付きで奇妙な仮面の子どもの頭に手を置く。
「こやつはどうにも素直ではない奴でのう。どうか無礼を許してやってほしい。はてさて、ハンターズギルドからこちらにハンターが派遣されるという連絡はなかったはずだが……御二人は何処から来られたのか、聞いてもよろしいか?」
彼は何かを話しかけてきたが、その言語はこれまで何度も外国を旅したはるかたちにもまるで馴染みのないものだった。
「すまない。僕らには貴方が何を言ってるかサッパリだ」
はるかが正直に困った顔で首を傾げる動作をすると、老人の方もそれを察したようだ。
「言葉が通じんか……。故郷さえ分かれば送り返してやることも出来るんじゃがのぉ」
村長が唸っているところ、傍の小屋から飛び出してくる少女の姿があった。活発な印象を与える小麦色の肌に両側に垂らした黒髪。この村では目立つ赤のベレー帽にスカート、そして白いシャツに黒いソックスとどこか学生服を思わせる姿だ。
「ホントですか村長! この来客数年間一桁を誇るモガ村に迷い込んだ、麗しき異邦人カップルっていうのは……」
少女と2人の視線がかち合った。
「ぬわああああああああ目がああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
突然両目を塞いでの絶叫に、はるかとみちるはびくりと肩を浮つかせた。
「す、すみません!! あまりにあなた方が輝きすぎてたせいでっっ!!」
「アイシャ、あちらがびっくりしておるぞ」
ペコペコしながら目をこする少女を前にして、はるかは苦笑をみちるに差し向けた。
「……彼女、何というか」
「多分、うさぎや美奈子と似たタイプの子ね」
彼女のこの異様なテンションはいつものことなのか、村人たちもそれを見て朗らかに笑っている。
少女アイシャは目を吹き終わると、今度は納得したようにしたり顔で頷き始めた。
「なるほどなるほど、やはり御二方から『フッ……てめーら全員、物語のモブだぜ』オーラがビンッビンに伝わってきますよ~。こりゃあドスジャギィもビビってご退場って寸法なわけです!」
「真偽はともかく……遭難してなおこの気品、並々ならぬ御仁なことは確かだ」
村長は、探りを入れるように
一方のはるかたちはそれに動じず、村長と真っすぐ視線を合わせて微笑んでいた。表情だけで感情を伝えるくらいの気合だ。
実は、人の第一印象は言語ではなく表情や手ぶりといった視覚情報によるものが大きい。敵意がないことを示すには、とにかく正直に、しかも愛想よくすることが重要なのだ。それを彼女たちは海外への旅行経験から知っていた。
「……カッハハハハハハハハ!!」
しばらく視線を合わせていた村長は突如膝を叩き、砕けたように大笑いした。
「気に入った! 何とも良い目をしておる。遭難した先の言葉も通じぬ異国でたった2人。にも関わらずここまで威風堂々とした立ち振る舞い。実に面白い奴らではないか!」
村長は即座に立ち上がり、確かめるようにその場にいる1人1人と視線を合わせた。
「よく分かっておるとは思うが、来る者拒まずがこの村の流儀。その身一つで彷徨う者ならなおさらだ。少なくとも、この人たちの目的がはっきりするまではここで匿おうと思う。異存のある者はいないか?」
「ない!」
「ないぞ!」
「ないわよ!」
住民たちの威勢のよい返事が一斉に連なったと思うと、
「よし、では早速迎えの席を設けよう! やんごとなき身分の方かもしれんから、丁重にもてなすんだぞ!」
村長の言葉を受け、彼らはあちこちへ散らばって何かの支度を始める。
雰囲気からして、はるかたちはどうやら快く受け入れられたようだった。
「これは、僕たちの作戦が成功したとみていいのかな」
「というよりは救われた、かもね」
「……かもな」
認められる努力こそしたが、余所者にこれほど寛容な村に出会えたのは本当に幸運と言ってよい。
はるかは笑いかけてくれた住民の1人に愛想よく会釈しつつ、笑みを消してみちるの耳元で囁いた。
「だが、長居はしない。プリンセスとデス・バスターズの足取りを掴んだらすぐに立ち去る。君だってせつなに言われたこと、忘れてはいないだろう?」
それを聞き、みちるの端正な顔に陰ができた。
「……ええ、分かってるわ」
だが彼女はすぐその陰を打ち消して、はるかの手に自身の指を絡ませた。
「でも、今だけは忘れましょう」
はるかは彼女に向けられた微笑みに答えて肩に手を回し、住民の1人に導かれるがまま床板を踏んでいった。
──
はるかとみちるがモガ村に腰を落ち着けた頃から、時は更に下る。
霧に包まれた谷。紅に葉を彩る木々。そして、その間を縫って流れる渓流。
はらりと舞った紅葉が清らかな水の上を連なって流れていく様子は、中々の風情が感じられるだろう。
──そこにばしゃりと遠慮なく下ろされる四本の爪。
厚い毛皮に強靭な四肢を持つ獣……青熊獣アオアシラ。傷だらけの身体で息を荒くし、注意深くあちこちを見渡していた。
その名の通り腹と背中を緑青色の毛皮で覆った巨大熊は、更に周囲を広く見渡すため四脚で這っていたところから上体を持ち上げ後脚だけで立ち上がった。
鼻がある匂いを捉え、そちらに橙色の瞳がぎょろつく。
遂にアオアシラは、見つけるべきものを見つけた。
彼は威嚇を表すため、棘状の甲殻で武装した前脚を上げて苛立たしく唸る。
大滝の傍に続く小道から、がしゃんがしゃんと金属同士を打ち鳴らす音が聞こえたかと思えば、
「いたわ!」
「よっしゃあラストスパートォ!!」
現れたのは、その物々しさに見合わない可憐な少女たち。金髪碧眼のツインテールの少女と黒猫を先頭に太刀使いの黒髪の少女。
この
少女たちの正体は──異世界から来た愛と正義の戦士。
今は訳あってこの世界に巣くう巨悪を退治し元の世界に戻るため、こうして狩人をやっている。
先頭にいる少女、うさぎが白くふわふわした服の背に背負うのは大剣『炎剣リオレウス』。
空の王者リオレウス、その中でも強靭な個体の鱗によって覆われたその大剣は刺々しく、翼を畳むようにそこに座していた。
アオアシラは彼女の揺れる髪に興味を引かれてか、そこへ真っ先に鋭い爪を振りかざした──が、それは相手の背後から飛んできた二筋の弾丸によって中断される。
「グオオッ!?」
それを撃ったのは、目の前の獣と似た青い毛皮に可愛らしい耳がついた防具の少女と、ハットと橙色の革をガンマン風に着た少女だった。
前者の少女、亜美はシンプルな形をした弩『ハンターライフル』を、隣の金髪の少女、美奈子は黄緑と橙の混じった甲殻に彩られた弩『バイトブラスター』を番えていた。
前者に対し後者はかなり大きい銃身を持ち、従って重量もかなりあるのだが、彼女はそれを何ともしない。
「美奈子ちゃんもボウガンに慣れてきた?」
「うん! いろいろ試してきたけど、やっぱあたしにゃあこの距離感よね!」
美奈子は、武器種の乗り換えが激しい。それでいて、新しい武器を使い始めて1ヶ月ほどで使いこなしてしまう。この世界でも稀に見るオールラウンダーと言えるだろう。
美奈子は引き金に手をかけ、重い発砲音と射撃を立て続けに弾き出す。天然の実から調合された通常弾はアオアシラの毛皮を突き破り、確かにダメージを与えていく。
一方、繊維を編んで作られた笠の下で腰に届くほどの黒髪を振り乱し、紫の布地と袴踊らせ、獲物の背後に太刀『灼炎のルーガー』で斬りつけるのはレイ。
焔剣の尻尾を振るう竜の甲殻から鍛えられた太刀は炎を舞い上がらせ、確実に獲物の傷口を焦がす。
「ほら、うさぎもボケっと突っ立ってないで早く参加しなさいよ!」
「レイちゃんがいつまでもそっから離れないからでしょー!?」
うさぎは柄に添える手をそわそわさせて怒鳴り返した。
遠距離から攻撃できるガンナーと違い、近距離で戦う剣士はこのように立ち位置に困ることが頻発するのだ。
だから彼女は、味方と獲物の動きをよく観察し。
「たああっ!」
重量級ゆえの一撃の重さを利用し、レイの斬撃の隙間に置くようにして刃を上から叩きつける。
それはちょうど腹にクリーンヒット。
同時にレイの太刀に勝るとも劣らない豪炎を噴き出す。
空の王者の名を冠する大剣は、決して見てくれだけではない。中に仕込まれた火炎袋が衝撃に反応し、獲物に炎を吹きかける仕掛けなのだ。
アオアシラは忌々しげに唸りつつ、振り向きざまに爪を横薙ぎに振るって反撃。その一撃は巨岩をも深く抉り取る威力を持つ──
が、当たらない。
うさぎは既に大剣を持ちながら転がり、レイは斬る時の勢いを利用して横っ飛びに回避していた。
軌道の見えすいた攻撃は、彼女らにとってはただの隙でしかない。
「よし……じゃあ、必殺の溜め攻撃、行くわよ!!」
背後に回り込むと、うさぎは頭上に『炎剣リオレウス』を構え、柄を持つ両腕に力を込めた。渾身の一撃は飛竜の鱗も砕き、岩石をもかち割ることができる。
だが、それをむざむざ喰らうほど相手も馬鹿ではない。
アオアシラは気配に気づいて予測より早く振り向くと、四肢を低く構えた後素早くうさぎにのしかかった。
「うわーーっ!?」
捕まえられたうさぎは抱き抱えられて激しく上下に揺さぶられる。高い高いをしているような構図は傍から見れば微笑ましく見えなくもない。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ〜〜〜〜」
実際の本人からすればたまったものでないのだが。
「うさぎちゃん!」
「め、目が回るぅ~」
仲間たちは援護しようとするが、うさぎが手中に抱かれている以上迂闊には手を出せない。
ちょうどその時、金色の蜜を入れた瓶が2、3個転がり出て地面の上で爆ぜた。
偶然にも異変に気付いたアオアシラがその濃厚な煌めきを目の当たりにすると、途端に目の色を変えてあっさりとうさぎを放り出す。
「ふげっ」
彼女の身体は浅瀬に突っ込み、見事に水浸しになった。
それを見たアオアシラが直行する先は、無防備になった少女……ではなく、割れた瓶から溢れるハチミツ。
「ヴオオオ~~」
彼は地面にどっかりと腰を下ろすとそれを棘の生え揃った前脚に塗ったくり、それを美味そうに舌で絡めとる。
このモンスターは大食いの暴れ熊の異名を持ち、食欲旺盛な一面も持つ。今回狩猟依頼が下ったのも、商人の荷物を襲って荒らし商品の匂いと味を覚えた可能性が高いからだった。
レイは太刀をしまい、仲間たちと共にうさぎのもとに駆けていきその身体を助け起こす。
ブルブルと渋い顔を犬のように振ってしずくを払うと、うさぎは急いで集まる仲間たちの顔を見た。
「アオアシラは!?」
「呑気にハチミツ舐めてるわよ」
レイが答えると、うさぎは一転して顔を輝かせた。
見ると、アオアシラの全長5mの巨体が重たげに揺れている。
まるで迫りくる眠気に全力で抗うように。
「ええ! 作戦大成功よ!」
美奈子の快活な声が響いた。
アオアシラは基本的に食べ物を選り好みしない雑食性だが、中でも特別、ハチミツを大好物としている。その熱意たるや並々ではなく、戦闘を途中でも放り出して夢中になるほどに。
この生態を聞いて、彼女たちは一計を講じた。
マヒダケとネムリ草を調合して精製した捕獲用麻酔薬を、事前にハチミツに混ぜ込んでおいたのである。
「もーちょっとかっこよく決めたかったけ……どっ!」
うさぎは流れるような動きで閃光玉を取り出し、放り投げる。
迸った光の爆発に視界を潰され、アオアシラは悲鳴を上げた。
「ルナ、シビレ罠お願い!」
「お任せあれよ!」
彼女の御付き猫であるルナは足元に忍び寄り、円盤状の装置を設置。そこから流れ出る電流がアオアシラの身体を貫き、動きを完全に拘束する。
「あとはあたしがやるわ!」
亜美が既に装填していた麻酔弾をハンターライフルから撃ち放ち、それは鼻先に見事命中。
巨大熊の身体がゆらりと揺れ、その場に倒れ伏した。
しばらくすると、喉の奥から穏やかないびきが聞こえてきた。
帰り道、うさぎの顔は実に得意げなものだった。
「ふっふふーっ、もう上位の個体もラクショーラクショー!」
「大層に言うけど、上位昇格はあんたが一番ドベだからね?」
レイのクールな表情での一言が、ずしりと頭上にのしかかる。
「あたしなんてずっと前に一番先に上位になっちゃったしぃー」
「まさか、アオアシラ相手に今更ここまで手こずるとは思わなかったわ」
「……みんな、あたしに対して当たり強くない?」
美奈子とルナの追撃まで食らい、うさぎのテンションは急下降。
「下位のまま一生を終えるハンターさんも少なくないなかで、うさぎちゃんは頑張った方よ」
にこりと微笑んでフォローした亜美に、うさぎは逃げるように泣いて縋りついた。
「うわーん! やっぱあたし、亜美ちゃんしか信じらんなーい!」
実際、亜美の言っていることは事実だった。
ハンターという職業は過酷を極める。そもそも一般人からすれば下位だろうが上位だろうがモンスターは巨大な脅威であり、下位ハンターが飛竜を倒した時点で英雄と称えられることも少なくないのだ。
そんなハンターが上位へ昇格するとなれば、それは狩猟技術、頼もしい仲間、十分な武具、そして強運が揃わなければならない。
彼女たちは、その条件を満たしたうえでここにいる。
ティガレックスとの死闘から数多の依頼をこなし、多様なモンスターと対峙した。
前と比べ、彼女たちは狩りの成功を純粋に喜べるようになった。強き命と真剣に向き合って戦い、時に勝ち、時に負けた。
そして今は、上位の世界。
彼女たちは狩人として以前よりも一つ、確かに新しい段階に足を踏み入れていた。
大陸の東方に位置するユクモ村は、山間に在する。
宿敵、デス・バスターズの足取りを追う旅。その道すがら、このユクモ村に立ち寄ったのだが。
──その村は、一度足を踏み入れたら出ることの叶わない末恐ろしい場所だった。
「うう~~」
熱気のたちこめるなか、少女たちは尋常ではない量の熱気のなかで呻いていた。
ぐんぐん高まる体温。だらだら流れてゆく汗。蒸気によってぼやける視界。
それは、まさに。
「ごくらく~~~~~」
タオルを髪に巻き、少女たちは顔を紅くして湯に入り浸る。
「っぱ一狩りしたあとの温泉って格別よね~ぶくぶくぶく」
「こら、行儀悪いよ」
背の高い栗色の髪の少女まことが、遊んで水面に泡を立たせたうさぎに注意を促した。
「上位ハンターになっても、うさぎの精神年齢は子どもね」
桃色のお団子ツインテールの幼女、ちびうさはそう皮肉げに嘲り、当人からの「子どもが言うな!」との抗議は無視した。
「でもほんと、この温泉の中毒性はスゴいよ。すっかり完全に日課になっちゃってさあ」
「そうそう。お肌の調子も、ここに来てから滅法良いのよ~」
美奈子がまことに答えて自身の艶のある肌を弾くと、ぷるんっと音がした。
どうやら美肌効果もあるらしい。どこまでも至れり尽くせりである。レイが2人を眺めながら亜美に囁いた。
「まこちゃんと美奈子ちゃんなんか、真っ先に上位になってから毎日入り浸ってるわね」
「本当はここに長居する予定はなかったんだけれど……」
亜美が見上げると、紅葉が青空を舞っていた。
水面を緑色の鳥を模したおもちゃが浮かび、周囲ではタオルを身体に巻いた人々が彼女たちと同じように一時の幸福に浸っていた。
このユクモ村から離れられない理由。
そのものずばり、居心地が良すぎるのだ。
村というよりは旅館を中心に栄える温泉街と呼べる情景で、ある時期を境にハンターを始めとした世界中からの湯治客が爆発的に増え、大いに繁盛している。その温泉の効能は傷によく効く、スタミナがつくと大評判。
それだけではない。行き届いた宿泊設備、山菜や魚など自然の恵みを最大限に活用した料理。まるでどこを見ても非の打ち所がない。折しもここの文化は、うさぎたちの元あった日常に近しいものがあった。
そのせいもあってか、ユクモ村の滞在予定期間は、最初は1週間。次には2週間。そのまた次には1ヵ月と伸びてゆき。
「かれこれ3ヵ月もいるのよねー」
呟いたルナまでも、頭にタオルを乗せてすっかりお気に入りの様子だった。
この地域付近で見かけられているという『金の竜』を調査しているのでこの村に居つくことは寄り道でも何でもないのだが、ちょっと罪悪感が湧いてくるくらいの快適さであった。
彼女たちがいるのは、集会浴場と呼ばれるユクモ村の中心。ハンターたちのクエスト受付と浴場が一体化した風変わりの施設である。
うさぎはきょろきょろと周りを見渡すと、ざばっと湯から這い出して浴場の外に向かって叫んだ。
「まもちゃん、アルテミスー! 早くおいでよー!」
「い、いや俺は後でいいよ」
「うん、僕も後で!」
男性陣は着替え場の奥に引っ込んでいた。
狩りを控え、または終えたハンターが中心に利用するとあって、集会浴場は混浴なのである。
「紳士なのは良いけれど、周りのハンターさんは気にも留めてないのにな」
まことが見渡してみても、浴場にいる人々は男女関係なく歓談している。この世界では極々ありふれた光景だった。
「わかんないわよ? 衛さんもひそかに鼻伸ばしてたりして」
ルナにいたずらっぽくにやつくと、うさぎは紅い顔を更に紅く染めた。
「あ、あたしのまもちゃんはそんなこと考えないもん! ……あっ、で……でも、将来お嫁さんになったら、もしかしたらまもちゃんと2人でおふ……」
「うさぎちゃん、フケツよ」
妄想にブレーキがかからなくなっていくうさぎを、亜美は澄ました顔での一言で突っぱねた。
その両手はまだ幼いちびうさの両耳にしっかりと蓋をしていた。
「温泉ドリンク、お買い上げありがとうございやすーっ!!」
入浴後、次は威勢の良い声が浴場に響き渡った。頭に鉢巻を巻いたアイルーが銭を受け取り、代わりに竹を割って作られた水筒を渡す。
「「ごく、ごく、ごく、ぷはーっ!!」」
少女たちは揃って腰に手を当て栓を抜き、ドリンクを一気に飲み干した。
その内容はしるこ、お茶、サイダーなどと多種多様。腕力が上がる、疲れにくくなる、更には釣りが上手くなったり何だかツキが良くなった気がするなど、温泉に負けない評判である。
今回頂いたのはみんな大好きユクモミルクコーヒー。温泉で火照った喉を、冷たさとまろやかな甘みが満たしていく。
「かぁーーっ、効くぅーーーーーっ!!」
「こりゃー大盛況も納得でんがな!!」
うさぎと美奈子は揃って水筒を握りしめ唸る。女子中学生にしてはやたらオヤジ臭い感嘆のしようである。
「おほほほ、貴女方もこの村に慣れてきたようですね」
声がしたので振り返ると、そこには紫の着物をして髪を後ろにかんざしで束ねた妙齢の女性。4本の指、尖った耳から察せられるように彼女は竜人族であった。両手を重ねての佇まいと品の良い笑顔は、温泉宿の女将も務める貫禄までも窺わせる。
「あっ、村長!」
「ここは気に入って頂けましたか?」
「はい! 食べ物美味しいし温泉気持ちいいし風景もいいし、もー天国って感じ!」
「ふふ、私めには最上級の誉め言葉ですわね」
うさぎの恋人である衛は、ホクホクした笑顔の彼女とは逆に神妙な顔をしていた。
「で、普段は表にいらっしゃる村長さんがここに来られたということは……」
かなり緊急の用事ということだ。村長の笑顔が答え合わせをするように陰る。
「ポッケ村のネコート様からお便りが来まして。貴女方が討伐されたティガレックスから、新型の妖魔ウイルスが検出されたとのことです」
緩み切っていた場の空気が一気に張り詰めた。
「その子の命が喪われた現在、その性質ははっきりしませんが……魔女と称される方々が、また奇妙なことを企んでいらっしゃることには間違いないでしょう。ここ最近、この地域では『金の竜』の噂もますますハンターの皆様の間で広まっておりますし」
『魔女』と『金の竜』。
うさぎたちは元の世界に戻る手がかりを得るためにも、それらの後を追いここに来たわけであるが。
肝心の『金の竜』の正体、そして魔女──デス・バスターズとの関係性も未だ不明だった。
「この村の人たちも、不安でしょうね……」
心配げな表情を浮かべた亜美に対し、村長は口に手を当て笑った。
「おほほほ、そこは問題ございませんわ。昔と比べこの村を護って下さるハンターさんも増えましたし、間もなくこの村随一の救世主様も帰ってこられます。貴女方もどうぞ、いつでも気兼ねなく出入りしてくださいな」
「いやいやぁ、むしろこれからもどうぞごひいきに~」
村長にすり寄ろうとしたうさぎは、その頭をがしりと鷲掴まれた。振り向かせられると、レイが怖いくらいの笑顔をしている。
「うさぎ、元の目的忘れてないわよね?」
「わ、わ、忘れてない忘れてない忘れてない!」
威圧を含んだ声で凄む彼女に、うさぎは涙目で何度も頷いたのだった。
現在の装備設定
うさぎ ウルクS&炎剣リオレウス
亜美 アシラS&ハンターライフル(上位強化済み)
レイ ユクモノ天&灼炎のルーガー
まこと インゴットS&ウォーハンマー(上位強化済み)
美奈子 フロギィS&バイトブラスター
3編ではかなり時間軸を飛ばしました。うさぎたちは現在、モンハン本編で言うと上位の中盤にいる設定。もうすぐ過去作のメインモンスターに相まみえる頃合いです。今後の展開や登場モンスターを考慮した結果のカットなんですが、出来ればもうちょっと丁寧にやりたかったかも…。
次回から2、3話くらいうさぎたち中心のエピソードとなります。