所謂日常的な物語   作:亀はん

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10幕

 

022

 

 

 

「で、どうするんだい阿良々木クン。僕としてはどちらでも構わないよ」

「ま、待てよ! そんないきなり言われても……」

「阿良々木くん。今日の君は特段元気だね。でも、怪異は待ってくれないぜ?」

 

阿良々木暦は決断を迫られた。幼馴染を廃人にしてしまうか、いっその事楽に死なせてやるか。

 

「忍野さん。でもそれは無理矢理引き剥がした場合の話ですよね? なら、無理に引き剥がさない方法がある、と言う事ですか」

「ははぁ流石だね委員長ちゃん。あるよ、長壁くんを救う方法」

「本当か!?」

 

真っ暗な井戸の中に吊るされた解決の糸口に僕は顔を上げる。

 

「ただ、その為には阿良々木くんは勿論。ツンデレちゃんや委員長ちゃんにも命を張ってもらうことになるけど」

 

忍野の言葉を戦場ヶ原と羽川は黙って聞いていた。

 

「僕だけじゃ、ダメなのか?」

 

生身の二人に命をかけてもらうと言うのはあまりにも危険すぎる。そう思った僕は忍野にそう提案したが、忍野は鼻で笑う。

 

「チョーシこいてんじゃねーよガキ。君は自分の身体を張れば何とかなると考える節があるようだけどね、もうコトは君の命一つだけでどうにかなる問題じゃないんだよ」

 

その言葉は僕の心にグサリと確信をつくようだった。

 

「阿良々木くん」

 

戦場ヶ原が僕に声を掛ける。

 

「阿良々木くん。よくよく考えてみれば、(戦場ヶ原ひたぎ)他人(長壁貉)に命を掛ける必要がないと、そう思ったのだけれど」

「なっ……」

 

二人が危ない目に遭うくらいならば降りてくれてもいい。僕はそう思っていたが、実際に言われてしまうと長壁貉という存在を見捨てられてしまったと、頭の片隅で考えてしまった。

 

「忍野さん。長壁くんの……亀姫の化かす、という能力の範囲に印象の操作も含まれるのかしら」

 

印象──その人に対する好意や悪意を自分たちは化かされているのかと、戦場ヶ原は聞いた。

 

僕が長壁貉に幼馴染としての友情を感じているように、戦場ヶ原ひたぎも友人またはそれ未満の感情を抱いている。羽川翼も、また。果たしてそれは長壁貉が化かした事で植え付けられた感情なのか、それによって戦場ヶ原は協力するか決める。そう言いたいようだ。

 

「さぁね。それは本人に聞いて見ない限り分からないよ。僕はそんな術使えないからね」

 

忍野は当たり前な事を言った。

 

「──だから、聞けばいいんじゃないかな? 本人に」

 

忍野がニヤリと笑った時、コツン。と足音が響く。

 

「長壁くん……」

 

其処には長壁貉が居た。表情も無く、声も発することなくただ僕らをジッと見ていた。

 

 

呼ばれたから来たんだけど──あぁ……その顔、ぼくの事聞いたのか、忍野メメに。

 

 

周りを見渡し、自分を見る者の視線を確認した長壁貉は困ったような表情でそう言った。

 

なら、化けてても仕方ないか。

 

ボン。とまるで漫画のようなコミカルな音と煙で辺りが包まれた。

 

煙が晴れると、もう長壁貉の姿は無く。代わりに雪の様に真っ白で、無地な着物を身に纏った女が居た。髪色は黒く、十字に入る白が目立つ。一見、お淑やかな雰囲気の女だが何処か獰猛な獣の様だった。

 

「ホホホ。久しぶりにこの姿に戻ったわ」

 

女は──亀姫は笑った。

 

「お前が……亀姫なのか」

 

僕が問い掛けると亀姫は眉間に皺を寄せてフン、と鼻を鳴らす。

 

「吸血鬼擬きが妾を呼び捨てにするでない。亀姫さま、亀はん、姫ちゃんのどれかで呼ぶが良い」

 

どこか偉そうに答えた亀姫は僕が思ってもないくらい友好的な態度だった。僕にはそれが自分が上のものであるという余裕から来ているものだと感じた。

 

「じゃ、じゃあ……姫ちゃん」

 

困惑しながらも彼女から提示された名前を呼ぶ。

 

「黙れ! 貴様如きがちゃん付けで呼ぶなッッ!」

「ごはッ!」

「おお、すまぬ。つい手が出てしもうた」

 

僕が彼女の事をちゃん付けで呼んだ瞬間、亀姫は何故か怒り、僕の額に何かが高速で飛来した。

 

「何だこれ……ミニカー?」

 

飛んできたものを手に掴んで見ると、それは少々年季の入った小さなパトカーだった。僕にはそのパトカーに見覚えがあった。

 

「あ……! これ、僕が昔失くしたヤツだ!」

「阿良々木くん、どうかしたのかしら」

「どうもこうも、あいつ、僕が小さい頃に失くした筈のモノを投げつけてきたんだぜ?」

 

戦場ヶ原が怪訝な顔で見ていたので僕はミニカーを見せつけるが、戦場ヶ原の目線は更に冷たくなった。

 

「ホホホ。お前が失くしたものはコレか? それともコレか?」

 

亀姫は着物の袖からポンポンと物を出す。それはどれもこれも、僕にとって見覚えのありすぎるもので、その中でも一冊の本を取り出したときには僕は心臓が止まるかと思った。

 

「そ、それは……!」

 

思春期の男子がベッドの下に隠して仕舞うような本。妹たちにはおろか親にも絶対に見せられない秘蔵の、秘密の、叡智な本。とても見覚えのあるソレをひらひらと亀姫は見せつけてきた。

 

「ホホホ。随分とまぁ偏った趣味よ。誰のモノかの?」

「……!」

 

今すぐにでも飛び出してその本を破り捨てたかった。だがしかし、ここで飛び出してしまったらその本の持ち主が自分であると、彼女と同級生女子の前で自白してしまうようなものである。それだけはなんとしても避けたかった。

 

「く……ぼ、僕のじゃないな。そんなの」

「ほぅ。なら燃やしてしまうか」

 

ボウ、と亀姫の手から青い炎が出て持っていた本を躊躇なく燃やし始めた。

 

「あぁ……」

 

パチパチと燃えて行く本を見て僕はとても悲しくなった。そして、横から見つめてくる戦場ヶ原の視線に気づく。気づいてしまう。

 

「……」

 

その目は自分の彼氏を見るような甘いモノでは無く、まさしくゴミを見る様な目であった。

 

「阿良々木くん」

「はいっ!」

 

戦場ヶ原の声に僕は自然と姿勢を正す。

 

「貴方、さっきから何を見ているのかしら(・・・・・・・・・・)

 

戦場ヶ原は、不思議そうに、そう言った。

 

『いいかい阿良々木くん。自分で見たこと、自分で感じたことだけが真実じゃないんだぜ』

 

以前。八九寺真宵の件で僕は忍野に助言を求めた時、そう言われた事を思い出す。

 

「まさか……」

「なんじゃ、つまらん。気付きおったか」

 

亀姫のつまらなそうなセリフと共に、僕に見えていたモノが全て消えた。文字通り、跡形もなく。詰まるところまた化かされていたのだ。僕一人だけが。

 

「お前は学ばないのぅ阿良々木暦。チビで、バカで、独りよがりのヒーロー気取り。妾はお前が嫌いだ」

 

嫌悪感を剥き出しに、亀姫は僕を見ている。

 

「お前は、どうして長壁貉に成りすましていたんだ。嫌いだという僕の側に居てまで」

「それは──」

 

亀姫が開いた時、彼女の周りが煙に覆われた。

 

「お前になんか教えてやらん! 阿保!」

 

デフォルメされたような狸、アライグマのような姿に変化した亀姫はあっかんべーと舌を出した後、その場から逃げ出した。

 

「──は? いや、おい! 待て!」

 

突然の逃亡に僕は一瞬理解が追いつかず、亀姫を慌てて追いかけようとする。

 

「いやいや、待つのは君だよ、阿良々木くん」

「ぐえっ」

 

首根っこを掴まれた僕の口から潰されたカエルのような声が漏れた。

 

「いきなり何するんだよ、忍野!」

「足元をよく見るんだ」

「足元って……な──」

 

僕らの足元にあった筈のコンクリートが、建物が全て消えてしまっていた。その代わりに真っ白な雪が見渡す限り積もっていた。僕が瞬きをしたまさに一瞬の出来事。

 

「冷たい……」

 

羽川が地面の雪を触る。サラサラと、羽川の手に乗った雪は水に戻る。

 

「これは、本物かしら?」

 

戦場ヶ原もその場の雪を踏んだりしている。

 

「……ははぁ、なるほどなるほど。ここまでの力か」

 

忍野はこの景色を見て何かを納得したように頷く。

 

「阿良々木くん、ツンデレちゃん、委員長ちゃん。僕はやることが出来たから彼女の跡を追うのは任せたよ」

「は? やる事って、こんな所でどうするつもりなんだ?」

「ま、とりあえず追いかけなよ。足跡が消えちゃうぜ?」

 

ちらほらと雪が降り始めた事に僕らは気づき、地平線の彼方まで続く小さな足跡はこのままだと埋もれてしまうだろう。そうなってしまえば、僕らは彼女を追う手段を失くしてしまう。

 

忍野は既に僕らと反対方向にポケットに手を突っ込みながら歩き出していた。

 

「行きましょうか阿良々木くん」

 

戦場ヶ原は面倒臭そうに歩き出す。

 

「いいのか?」

「あら、貴方はこんな真っ白な雪景色の中、可愛い彼女を一人置いていこうとしているのかしら? 随分と酷い男ね」

「そこまでは言ってねえし思ってもない!……僕は手伝ってくれるのか? って意味で聞いたんだよ」

「そうね。まだ彼本人から事の真偽を聞いていないもの」

 

そう言うと戦場ヶ原はふふ、と笑う。その笑いが良い方の笑みではない事を僕は理解した。

 

「……頼むから変な事はしないでくれよ?」

「阿良々木くん。私、帰ったら晩御飯は狸鍋にしようかと思うのだけれど」

「鍋!?」

 

戦場ヶ原ひたぎという女なら本当やりかねない提案に僕は体が震えた。

 

「冗談よ」

 

戦場ヶ原(コイツ)の場合、冗談ではなく本気でやりかねない。

 

「あ……見て、阿良々木くん」

 

一緒に足跡を辿っていた羽川が何かを見つけたらしく、前の方に向かって指を指す。其処には真っ白な景色にポツンと置かれたこたつがあった。ご丁寧に机の上に籠に入ったみかんまで乗せられている。そして、そのみかんを食っているデフォルメキャラ(亀姫)がいた。

 

「なんじゃい、遅すぎるわ。もっと早く追いかけてこんか」

 

太々しい態度でくっちゃくっちゃとみかんを食べながら喋る亀姫を僕らはなんとも言えない顔で見ていた。

 

「おい──ぶっ!」

「ホホホ! ばーか!」

 

あろうことか目の前の獣は僕らに向かってみかんの皮を投げつけて来たのだ。しかもちゃんと顔の中心に当たっている。

 

「……すわ」

「び、びっくりした……」

 

戦場ヶ原も羽川も顔に当たったらしく、戦場ヶ原に至っては殺意を隠しきれていない。自分よりも怒っている人を見ると冷静になってしまう、というのはどうやら本当らしい。

 

「悔しかったら捕まえてみい! べー!」

 

また、亀姫はあっかんべーをして、その場から逃げ出す。煽り性能に関してはずば抜けていると言わざるを得ない。

 

 

 

……僕らと亀姫の長い長い鬼ごっこが始まった。




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