所謂日常的な物語   作:亀はん

12 / 17
や、久しぶり。羽川翼はこんな事言うのか?とスランプになりながら書いてたので違和感があれば教えてください


12幕

025

 

 

 

僕が目覚めた檻の中。鉄格子で閉められ、周りも冷たい壁しか無い場所で僕はどうにか出る手段が無いか探していた。

 

「……無理か」

 

目の前に聳え立つ冷たい鉄のドアは鍵穴はあっても、力技でどうにか開けられるようなものではない。出られない、開けられない、創作物でよく見られる壁を掘る様なスプーンなども無い。……ぶっちゃけ詰みである。

 

「はぁ……動物園に居る動物もこんな気持ちなのか?」

 

僕は何もできる事がなく、座り込んだ。ひんやりとした硬い床の感触が少し、怖く思えた。

 

人間、やる事が無くなるとネガティブになると何かで見た覚えがある。全く持ってその通りだと、僕はため息が出た。

 

「ここは、亀姫が見せているモノなのか? それとも、あいつ自身の……」

 

──思えば、僕はあいつの幼馴染で友人である事に何処か違和感を覚えていたのかもしれない。

 

幼馴染だからいつも居るのはおかしい事ではなく、友人だからこそ相手から相談されない限り互いに踏み入った話をあまりしない。あいつから相談事なんて片手で数えられるくらいしか無かったし、大体僕が相談をして、あいつが茶化したり、真面目に相談に乗ってくれたりしていた。

 

……まぁ、今となっては相談していたのが怪異である亀姫だったと言うオチだったのだが。

 

それでも僕は、まだ長壁貉を諦めきれないでいる。忍野がもはや手遅れだと、そう断言しても、まだ何か手はあるのではないか、それこそ僕の様に何とかなるのではないかと心の奥底で思っていた。

 

カシャン。

 

今まで静寂に包まれていたこの場所に、小さな音が聞こえた。

 

「……!」

 

急いで起き上がり、鉄の檻に顔を近づける。顔に跡が付いてしまうくらいくっつけた僕は必死に辺りを見渡した。

 

「……子供?」

 

檻の側には、髪の長い小さな子供が座っていた。男か女か判別しづらく、その子供は雪の様な白装束を着ており、体育座りで虚空を見つめていた。

 

「そこの君、ここに使う鍵の場所を知らないか?」

 

僕はできるだけ優しい声色で子供に話しかける。だけど、子供は僕の声が聞こえていないのか、そこから微動だにしない。

 

「おーい、聞こえないのか? 聞こえてたら返事をしてくれ」

 

…………。

 

返事はない。それから何度か、その子供に声をかけたが僕が望む様な展開にはならなかった。

少し疲れた僕はまた、冷たい壁に背を預ける。

 

「戦場ヶ原と羽川、大丈夫かな」

 

恐らく、彼女たちも僕と同じ様な場所にいるだろう。僕みたいに檻に閉じ込められていたら、助けが来る可能性は低い。

 

「はぁ……どうするか……」

 

そうして悩む事数分。僕の耳に新たな足音が聞こえてきた。

 

「……戦場ヶ原?」

「あら、そんな所で何をしているのかしら阿良々木くん。ようやく飼われる様になったのね」

 

僕の彼女こと戦場ヶ原ひたぎは檻の中に座る僕を見下しながらそんな事を言い出す。

 

それから、戦場ヶ原の助けもあって檻から出られた僕は、戦場ヶ原と情報の共有をした。と言っても、僕から出せる情報はほとんどなく、呆れた目を向けられたのは言うまでもない。

 

「白装束の子供、ね……阿良々木くん。私もソレを見たわ」

 

檻の側に座っていた子供の話をすると、戦場ヶ原は嫌悪感を隠す事なくそう口にした。何処で見たんだ? と聞くと、大きなため息をひとつ。

 

「……阿良々木くん、私のお母さんがとある宗教にハマってしまった、という話をこの前したわよね?」

「……あぁ、そうだな」

 

あまり気分の良い話では無い。

 

「私はその宗教の始まりを見たの。其処には、貴方が言った特徴と同じ子供が座らされていたわ」

 

戦場ヶ原は語る。子供を売り、それを祭り上げる悪質な宗教の様を。僕は気づかない内に拳を強く握りしめていた。どうしてそんな事が出来たのか、ふざけるなと声を荒げたくもなった。

 

「それでね、阿良々木くん。私は一冊のノートを見つけたの」

 

戦場ヶ原が取り出したのは僕も見たことがある文具屋に必ず置いてあるであろう表紙のノートだった。それを受け取り、パラパラと捲る。名前、年齢、性別、家族構成、売上……個人の情報がびっしりと1ページずつ書かれていた。

 

「これって……」

「宗教に入っている人間の情報よ。私のお母さんの名前もあったわ」

「そ、うか……」

 

見ているだけで気分が悪くなるノートを閉じた僕は、背表紙に書かれていた名前を見て目を

見開いた。

 

「むじな……って、これは!」

「何故、彼の名前が書いてあるのか。私も驚いたわ。でも、私が見てきたものが真実なら……長壁貉()は実の母親に捨てられ、ここで育ち、宗教の象徴とされていた。何年もね」

 

戦場ヶ原の言葉を聞いた僕は、何処か納得していた。考えてみれば、あいつが来た時期や、両親が事情は言えないと言っていたこと、言葉を上手く話せないこと、全てに納得がいった。

 

「……」

「私が見てきた光景が彼視点でのモノなら……この先には核心に迫るモノがあるわ」

「そうだな……行こう、戦場ヶ原」

 

戦場ヶ原の言葉に頷くと、僕は歩き始める。

 

先の見えない廊下を暫く歩き続けると、少しずつ景色が変わり始めた。

 

「これ……僕らが通っていた小学校だ」

 

校舎の風景、教室の風景、遠足で行った場所、共に遊んだ場所……それらを見ながら歩くと、また景色が変わる。

 

「今度は、中学校かしら」

「あぁ、そうらしい」

 

僕らが通っていた中学校があった。

 

「この頃の彼は、陸上部だったわよね。私は何度か大会で話した覚えがあるわ」

「そういえば大会で可愛い子が居たよ、って話を聞いた覚えがあったが……まさか戦場ヶ原の事だったのか?」

 

暦が好きそうな女の子居たから話しておいた、暦の伝説。

 

……とか何とか言っていた。当時は勝手に話すなと怒った覚えがあるが、まさか戦場ヶ原の事だったとは……。

 

「聞いたわ。妹たちの為に暴走族を足だけで壊滅させたスーパーマンが居るって話を」

「誇張されすぎだろ!」

 

確かにそんな出来事もあったと言えばあったのだが、そこまで話が盛られているとは思いもしなかった。

 

「こうも言っていたわ。麦わら帽子を被った胸に七つの傷を持ち、警察代行で別の惑星で産まれた戦闘民族の特級術師だって」

「そんなジャンプ漫画の詰め合わせみたいな経歴を僕は持っていない!」

「知ってるわよ」

 

あなた馬鹿? とでも言いたげな表情だった。まるで僕が間違った事を言った、みたいな雰囲気を醸し出す戦場ヶ原に言い返す気力は湧かなかった。

 

景色が変わる。最後はやはりと言うべきか、今現在、僕らが通っている直江津高校があった。

 

そして、そのグラウンドの中央に座る二人の人影が僕らの目に映っていた。

 

「羽川……とアイツか?」

 

ひとまず、羽川が無事であった事に安心し、声を掛けようと口を開けた僕だったが、その口は開けたまま固まった。

 

二人が煙に包まれると同時に、姿を消してしまったからだ。文字通り、跡形もなく。僕らも急いで中央に向かうが、やはり羽川の姿は無い。

 

「なぁ戦場ヶ原……僕の記憶が正しければの話だが、校舎にこんな頑丈に施錠された扉は無かったよな?」

 

鎖が何重にも巻かれた鉄の扉。鍵穴もドアノブも無く、まるで何かを閉じ込めておくように施錠されていた。

 

「えぇ。こんな扉があったら真っ先に開けているわ」

「……お前、そんなに好奇心旺盛だったのか?」

 

気味が悪いと避けるイメージだった。

 

「阿良々木くん。私は袋とじを指先でゆっくり開けて片目を瞑りながら中身を凝視するような性格の貴方と違って邪な気持ちなんてかけらも無いわ。純粋な好奇心よ」

「なんだその偏見に満ちた僕のイメージは!」

 

男なら一度はしてしまいそうなシチュエーションだけども。……というか一度はしているけども。

 

「そういえば阿良々木くんは『俺の右手が疼く……!』と言う思春期特有の病気を持っていたものね。可哀想に。この扉を見てその類が再発していてもおかしくないわよね。そうじゃ無ければあんなジャンプ漫画特盛の設定をひけらかしたりしないもの」

「哀れみの目で僕を見るな。というかその厨二設定は、ほぼアイツが盛ってるんだよ!」

「そんなにはしゃがないでちょうだい阿良々木くん。状況を考えなさい。貴方、空気読めないって言われたことないかしら」

 

……やはり、口論で戦場ヶ原に勝てる気はしないと、僕は再認識した。

 

 

 

 

 

 

 

026

 

 

 

 

 

 

 

「──長壁くん?」

 

羽川翼の前には長壁貉が居た。いつも目で追っていた、肩まで伸びた緑がかった黒色の髪と、エメラルドグリーンの瞳。眉目秀麗で私立直江津高校の制服を着ている姿。彼がよくしていた人当たりの良さそうな笑顔は無く、翼を見つめる視線はどこか冷たい。

 

「……長壁くん、だよね?」

 

翼は確認するように、もう一度名を呼んだ。すると、目の前にいた貉は軽く手を振るう。

 

「──ッ!?」

 

ヒュン、という風を斬る音が聞こえたと同時に、翼の頬が軽く切れた。痛みを感じるとともに、頬に血が垂れる。

 

──それ以上近づくな。

 

少年は不愉快そうに眉間に皺を寄せながらそう言った。

 

だが翼は視線を逸らさない。一歩も引かない。逸らしてしまえば、引いてしまえば、ずっと後悔するような気がしたから。

 

僕に……名前なんてない。ただの無地な人間だよ。羽川翼。

 

自嘲気味に名もなき少年は笑う。

 

君を呼んだのは、頼みがあったからだ。

 

「私に……?」

 

翼の言葉に頷くと、翼の足元にカラン、と一振りのナイフが落ちた。翼はそれを見て目を見開く。

 

僕を殺せ、羽川翼。それで全部終わる。

 

羽川翼の初恋の少年と瓜二つの少年は、動揺する翼を他所に自分の左胸をトントンと指しながら笑顔でそう言った。

 

「そ……そんなの、できないよ!」

 

翼はナイフを思わず遠くへ蹴り飛ばした。……だが、ナイフは一瞬の内に翼の足元に戻っていた。

 

「ど、どうして!?」

 

無駄だよ。君にそれを消すことも、拒絶することもできない。ほら、もう君の手に握られているだろ?

 

足元にあったナイフを翼はいつの間にか右手に強く握りしめていた。空いていた左手で何とか離そうとするが、ビクともしない。

 

はぁ……なんで、できないんだい? 賢い君ならすぐに理解して、実行してくれると思ったんだけど。

 

呆れていた。羽川翼の初恋の人物と容姿が同じ少年は。ポケットに手を突っ込んだまま、羽川翼を心底失望した目で見てくる少年は大きなため息を吐いた。

 

まぁいいや。君にやって欲しかったけど、阿良々木とか戦場ヶ原にやらせるよ。彼らなら何だかんだ言いつつ僕の事殺してくれるでしょ。

 

「何を、言って……」

 

ははは。感情の籠っていない笑い声が響き渡り言い様のない恐怖の感情が翼の心に芽生え始める。

 

忍野メメは言っていただろう? 長壁貉はもう手遅れだと。亀姫との繋がりを強く望んだ彼は人ではなくなった。これ以上人様(ヒトサマ)に迷惑を掛ける前に殺してしまおうと考えるのは自然な事だ。人間はそうやって身を守り、害を排除して、今の歴史がある。

 

違うかい? 少年は翼に問いかける。

 

「……良かった。やっぱり貴女は亀姫なんですね」

 

ほう、どうしてそう思うんだい?

 

少年は笑顔を貼り付けたままだ。

 

「私は……ずっと長壁くんの事を見てきた。貴女が演じてきた姿であっても、それは変わらない。だから、貴女がそうだって気づいた」

「……つまらんの」

 

ぽん、と煙に包まれた少年は切り揃えられたショートヘアーの緑髪、少し垂れた目の妖艶な雰囲気を持つ女性へと変わっていた。これが本来の彼女の姿なのだろうか、翼は内心そう思った。

 

「もっとこう、発狂くらいしてもらわんと、つまらんの〜」

 

亀姫がパチンと指を鳴らすと、何処にでもありそうな和室の部屋へと移動しており、翼と亀姫は座布団の上に座っていた。いつの間にか手に握っていた筈のナイフも消え、亀姫の後ろには和室には似合わない複数の鎖で頑丈に施錠された重々しい扉が設置されている。

 

「……!」

「何もせんよ。お主(・・)にはな。まぁ、少し話そうではないか」

 

含みのある言い方に翼は違和感を覚えるが、大人しく話を聞くことにした。

 

「あの……じゃあ聞いてもいいですか?」

「いいぞ」

 

ゆっくりと手を挙げながら翼が言うと、亀姫は机に頬杖をつき、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「長壁くんの意思は、まだあるんですか」

「フン、まだではない。ある。ずっとな」

「ずっと……?」

 

亀姫の言葉に翼は目を見開く。

 

「お主を救いに駆けた時も、あの小僧やその家族と話していた時も、蝸牛の小娘の時も、猿の小娘の時も、蛇の小娘の時も──貉の意思はあった」

 

ならば何故、亀姫が長壁貉の皮を被り続けて生きてきたのか。翼が疑問を口にする前に亀姫が話し出す。

 

「何故、妾が貉を演じてきたのか知りたいのだろう?」

「……はい」

「そうさな……少し、昔話をしてやろう」

 

哀れな哀れな女の話じゃ。そう呟いた亀姫の顔は、翼には何処か寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 

──むかしむかし。

 

 

猪苗代城(いなわしろじょう)という大きな城があった。亀姫は其処に住みついていた小さな貉であり、人を化かすような力は無かった。いや、当時もそれくらいの力はあったのかも知れないが、それを理解していないほど、彼女は幼かった。

 

亀姫の家族は幼い頃に亡くなり、野生で過ごしてきた亀姫も仕方がない事だと理解はしていた。しかし、孤独という魔物はいつの時代にもいた。

 

『小さなたぬきよ。わしと遊ばんか?』

 

いつものようにきのみを口に咥えた亀姫が出会ったのは、同じく小さな童であった。恐らく、近くの村の者だろう。人間というモノには気を付けろ。と朧げながらも両親に言われていた亀姫は警戒し、唸る。

だが、そんな亀姫を見てもその童は笑みを絶やさず、そっと手を伸ばしてきた。反射的にその手を引っ掻くが、やはり笑みを浮かべていた。

 

『おーおー、よしよし。怖がらせてしもうたか?』

 

童と言えど人間と貉では体格の差はある。あっけなく捕まった亀姫はわしゃわしゃと頭を撫でられ、何故か少しだけ、胸が熱くなるようだった。

 

初めての感覚に気味が悪いと思った亀姫は童の手の中で暴れ、抜け出すときのみを落としたままその童から逃げた。未知への恐怖、あのままあそこに居たら何をされるかわかったモノじゃないと、息を切らしながら逃げた。

 

それから、童は何度も亀姫の前にやってきた。こりもせず、毎回頭を撫でようと手を伸ばしてきた。毎度毎度手を振り払ってきた亀姫だったが、やがて根負けしそっぽを向きながら大人しく撫でられる様になっていた。

 

……その童はある時を境に亀姫の前に現れなくなった。

 

『明日はうまいもんをもってきてやる』

 

優しく微笑み、亀姫の頭を撫でていた。亀姫はその『明日』をずっと待っていた。時間の感覚が人とは違うものだった為、まだ明日では無いのか、と最初の頃はそう思っていた。だが、いくら待とうとも現れぬ童を自分から会いに行く事に決めた亀姫は僅かに残された臭いを辿り、村へと向かった。

 

ようやく辿り着いた村で亀姫が見たものは、たくさんの人の死骸だった。

 

『ハッ、ハッ、ハッ……』

 

息を荒げながら亀姫は走る。不快な血の臭いが鼻につき、童が何処にいるのか分からなくしていた。

 

──見つけた。

 

僅かな臭いを辿って、辿って、ようやく見つけた童は背中に複数の矢が刺さり、真っ赤に染まりながらも何かを抱えていた。それが果実だった事に気付くには日が経ち過ぎていた。

 

ぽす、ぽすと前足で童の身体を揺らす。当然ながら反応はない。何故だ、と亀姫は思う。『明日』会いにきてくれるのでは無かったのか。美味しい物をくれるのでは無かったのか。

……もう、撫でてはくれぬのか。

 

小さな貉の鳴き声が周囲に響き渡る。誰も、返事などしてくれなかった。

 

『憎い』

 

何故、約束を破った。そんな感情が亀姫の心に湧いてくる。憎い、憎い、憎い。

 

約束を破った童が憎い。

 

童を殺した人間が憎い。

 

何もできない己が憎い。

 

 

『許さぬ、人間』

 

 

──それから年月が経った。

 

亀姫は自身の持つ力に気付き、人間たちに悪戯などを繰り返す日々を送る様になった。人間が困り、泣き喚く姿を見るとざまあみろ。とスッキリしたから。

 

言ってしまえば八つ当たり。ケラケラと笑い、困る人々を見下す亀姫はいつの間にか怪異と呼ばれるようになった。

 

曰く、人々を困らせる怪異が災いを運んでくる。

 

曰く、これは序章に過ぎない。もっと酷い出来事が私たちを待っている。

 

曰く、大きな化け物を見た。そいつは人を笑いながら食っていた。

 

怪異とは、人々の都市伝説、道聴塗説、即ち人間の信仰・畏怖・噂によって生まれ、そこにい続ける存在。亀姫は人々に害を為す者として畏怖、噂から力を付けた。

 

身体は大きくなろうとも、精神がまだ子供だった亀姫は人間のことを玩具としかおもっておらず、自分の騙す力を理解していた彼女は人間なんぞに負けるはずがないと鼻が高くなっていた。

 

ある日、亀姫が住んでいた猪苗代城に新たな主人が住み着いたとの噂を聞いた。

 

亀姫はそこは自分が先に居た場所だと、早速新たな主人に対し、「自分に挨拶をしに来い、でなければ呪ってやる」と子供の姿に化けて言った。

 

見知らぬ子供にそんな事を言われた主人は当然怒り、「この城は私が受け継いだ物だ。主人が私以外に居るはずがないだろう!」と怒鳴りつけた。

 

「ホホホ、猪苗代城の亀姫を知らんのか? お前の命運はすでに尽きた。哀れじゃ哀れじゃ」

 

亀姫は怒鳴る主人にものともせず、挑発をすると姿を消す。それから、主人の枕元に線香を焚いたり、主人の部屋に棺桶や葬儀の道具などを置いたりするなど悪戯を繰り返した。

 

「すまなかった。猪苗代城の主よ。挨拶に来た。これまでの非礼をお詫びしたい」

 

主人は不吉な悪戯に耐えきれなくなり、誰も居ない部屋で頭を下げる。

 

「許さぬ。貴様を呪い殺し、この城に誰も来ぬよう周囲にも呪いを掛けてやろう!」

 

興が乗った亀姫は許すことなどせず、主人の周りの人々も殺してやると言った。

 

主人は恐怖のあまり腰を抜かし、情けなく悲鳴を上げて城から去っていった。人間を追い出した亀姫は気分が良くなり、暫くは城でゴロゴロとだらしのない日々を過ごしていた。

 

だが、そんな日々は長くも続かず──

 

「貴様が人々を誑かす妖怪か」

 

亀姫の前に一人の男が現れた。五条袈裟を身に纏い、網代笠を深く被っていた。

 

「なんじゃ貴様は。ここを亀姫様の城と知っての狼藉か?」

 

所詮人間。自分よりは格下と見ていた亀姫は不敵に笑いながら男に問う。

 

「……妖怪に名乗る名を私は持ち合わせていない。貴様は人を困らせすぎた。よって、封印させてもらう」

「ホホホ、人間風情が、調子に乗るな!」

 

──其処から先の記憶は無かった。男が持っていた杖を地面に突き刺すと同時に眩い光に包まれ、そのまま亀姫の意識は無くなった。

 

 

 

「……」

 

亀姫の過去を聞いた翼は差異はあれど、概ね自分が知っていた物語だった。だが、人間を憎んでいた彼女が長壁貉にここまで入れ込むとは考えられない。

 

「──何故貉にそこまで入れ込むのか。そんな顔をしておるな」

「……貴女は人間が憎いと言っていました。なのに、今は長壁くんを守るように立ち回っている。人間に復讐する、という理由があったら、わざわざこんな遠回りな事をする必要はないですし」

 

亀姫の力は専門家の忍野メメですら気付けなかった程だ。本気を出せば、世界を意のままに書き換えてしまうことも可能だろう。

 

「……妾の封印された場所はな、猪苗代城を遠く離れた地であった。初めは意識も無く眠るようだったが、年月が経ち、封印が弱まっていたのだろうな。妾の意識は朧げだが覚醒した」

 

コンコンと亀姫が机を指で叩くと、怪しげな小さな建物が姿を表す。

 

「妾の封印されていた場所に建てられていたモノじゃ」

「これって……」

 

羽川翼はこの建物に見覚えがあった。確か、数年前に少し話題になった悪質な宗教、詐欺に使われていた建物だ。

 

「聡いお主なら点と点で繋ぎ合わせそうじゃが、敢えて妾から言っておこう──此処が、貉が捨てられ、祭り上げられた場所じゃ」

 

翼は亀姫の話を聞いて、ギュッと拳を握りしめていた。当時のニュースで、小さな子供が救出されたと、報道されていたのを覚えていたからだ。

 

「初めて妾が貉を見たのはあやつの母が子を売り飛ばそうとしていた場面じゃった。あぁ、何と愚かな人間じゃ。時がいくら経とうとも、建物が豪華になろうとも、本質は変わらないのだと、呆れておった」

 

それから、亀姫は封印が弱まるまでの暇つぶしにと貉を観察していた。愚かな人間に捨てられた子がどんな末路になるのか。単純に見てみたかったから。

 

「妾は見ていた。男に(はた)かれようとも、笑顔を顔に貼り付ける哀れな子を。ずっと見ていた。飯も碌に与えられず、石を食おうとしていた惨めな子を」

 

話を聞くだけでもその悲惨さが伝わってきた。

 

「……結論から言ってしまえばの、妾は彼奴を自分の子の様に思っておる。初めは同情に似た感情からだったが、今では妾は貉を愛し、育て、尽くすと決めたのじゃ。有象無象の雌に渡すつもりもない」

 

じゃが……亀姫はそこで翼を見た。

 

「お主になら、貉も心を開くかも知れんの」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。