所謂日常的な物語   作:亀はん

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私が夏と言ったら夏なので夏のお話です。


番外編という名の幕間
HANABI


 

番外001

 

 

 

あの日から忍野メメは姿を消した。荷造りをしていたらしいと暦が言っていたので彼が消えていたのは当然だろう。最後に一言くらいお礼を言いに行こうと暦、羽川さん、戦場ヶ原、神原、ぼくで学習塾跡に向かった時にはもう居なかった。まぁ、たとえ礼を言ったとしても「勝手に助かっただけだよ」と煙に撒かれるだろうね。とみんなで笑い合った。

 

亀姫を通して見てきた人としての生活にも徐々に慣れてきた頃、学校の帰り道にある町の掲示板にてこんなチラシを見た。

 

『8月△日 ◯◯町 ニテ花火大会アリ 美味シイ屋台モデルヨ!』

 

「花火大会か……」

 

まだ僕が小さかった頃、阿良々木家のテレビで見た覚えがある。その時はただ綺麗だな、としか思わなかったけど、そうだな、誰か誘って見ても良いかもしれない。

 

(無難に暦? いや、あいつは行くなら戦場ヶ原と行きたいと言いそうだし、そうなるとやはり羽川さんか? ファイアーシスターズと行っても良いけれど、神原とかと出会してまた変な噂を立てられたら困るし……)

 

羽川さんと恋人となってからというもの……特にドラマのような甘々カップルをしている訳でもなく、手を繋いで帰る訳でもなく、友人以上恋人未満のような関係性である。身近に居るカップルが暦たちなので、これくらいの距離感が普通なのかと最近までは思っていたけれど、どうやら違うらしい。

 

『そんなのただの仲の良い友達じゃん!』

 

と月火ちゃんに言われて気づいた。

 

「ねぇ……あぁ、そっか。もう居ないんだったな」

 

無意識のうちにずっと共に生きてきた半身の様な存在に語りかけ、その人がもう居ないと再認識して気分が少し落ち込む。

 

ぼくは──ぼくの身体を操る亀姫を言うならばゲームで言うところの一人称視点の様な感覚で見ていた。街中で困っている人を見つけたらこいつを助けるか、否か、亀姫はその都度ぼくに答えを求める。YesかNo、それが正しいことだからと選んで来た選択は何処までも他人事だった。その人が助かろうとも、そうじゃなかろうとも、ぼくの選択を亀姫は強く否定しなかった。

 

……今思えば彼女なりの教育だったのだろうか。怪異である彼女が人間らしい育て方なんて出来るはずが無く、身体も一つしかない。教育材料として暦の両親を見てきた筈なのに、何故それを真似しなかったのだろう? 警察とか、堅苦しいモノが嫌いだったのかな?

今となっては、聞けない真相だけど。

 

「もしもし、羽川さん」

 

携帯の通話履歴からその名前を押して待つことワンコール。

 

『もしもし? どうかしたの?』

「あー……うん。帰り道に偶々、偶然、花火大会のチラシを見つけてさ……良かったら行かない?」

 

ぼくがそう切り出すと、少し向こうでバタバタと物音が聞こえた。本でも読んでいたのかも知れない。突然電話せずに、メールを送れば良かったかも。

 

『うん、花火大会ね。行こっか』

「じゃあ、日付はこのあとメールで送るよ。ごめんね、急に電話して」

『……ううん。謝らなくてもいいよ。私も、声を聴きたいなって思ってた所だから』

「そっ……かぁ……」

 

なんだか気恥ずかしくなってきた。これが、一般的なカップルの会話なのだろうか。……うん。第三者が聞いていたらそう思うかもしれない。月火ちゃんに無理やり見せられた月9ドラマを思い出した。

 

また連絡するよ。と通話を切ったぼくは普通に生きるって言うのは難しい物だなと頭を掻いた。

 

うーんと唸りながら歩いていると、前方に人影が見える。何処かで見たような、無いような。いや、割と見覚えがあった。

 

「やはりそこに居られるのは長壁先輩ではないかッ!」

 

ドン! と言う効果音が背景に似合う少女こと神原駿河が目の前から走ってきた。どうやらランニングをしていたらしい。いつも通り、キラキラと汗を光らせ笑う姿は女子バスケットボール界隈で神速天使と呼ばれる事はある。

 

「よく分かったね」

 

神原は遠くの方から手を振りながらやってきた。人が豆粒程のサイズに見える距離から、ずっと。

 

「うむ! 人には第七感あるというからな!そう──セックスセンス!」

「それを言うなら第六感、シックスセンスじゃないかな?」

「そうとも言うな!」

 

走る猥談機関車と暦は言っていたが間違いでは無い。

 

「先輩はこんな所で何をしていたのだ?」

「まぁ、なんて事ないただの帰宅途中の散歩だよ。偶には道を変えてみるのも良いと思って」

「なるほど、確かにランニングも毎日同じコースだと飽きてしまうからな。オカズと一緒だ!」

「……確かに、毎日同じおかずだと飽きちゃうかもね」

 

いくら好物と言えど、同じ物ばかり食べていたら飽きてしまうだろう。週に一回とか、月に一回とか、それくらいの頻度で食べるから良いのだとぼくは思っている。それにしても神原の中ではランニングとご飯のおかずはイコールなのか。

 

「なんと!? ここで周期の開示!? 本気だな……」

「周期?」

「いや、いやいや恥ずかしがることはないぞ先輩! ここは先輩の度胸、覚悟を見て私も周期の開示をするとしよう。本当は、本当は恥ずかしいのだが、特別だ。私の周期は──だ!」

 

神原が頬を赤らめ、鼻息を荒くしながら話す。

 

「……ごめん、何の話?」

「女子の周期を聴いてノーリアクション……だと!? なるほど……先ほどの先輩の周期はブラフで、まんまと私はハメられた、と言うわけか。阿良々木先輩とは違ったテクニカルな対応に思わず火照ってしまった。すまない長壁先輩! 私はこの火照りを冷ますためにもう少しランニングを続けることにする! では!」

 

この間、時間にして僅か6分。神原は早口気味に言うとその場から走り去っていった。

 

「うん……頑張れよ?」

 

話があまり噛み合ってなかったような? そんな小さな違和感を抱えつつぼくは家に帰った。この小さな違和感が神原にとっては大きな物だったと知る日はそう遠く無い。

 

 

 

 

 

 

番外002

 

 

 

 

 

 

花火大会当日。住んでいる町から少し離れた神社で待ち合わせをしていた。一緒に自転車で来れば良かったのに、と思ったがどうやらこういったイベント事では待ち合わせが定番だと聞いた。

 

「早く着きすぎたかな?」

 

腕時計をチラリと見ながら小さく呟いた。予定された時間よりはまだ早く、チラホラと人が集まって来ているのが分かるが羽川さんの姿はない。

実際の所、花火がもっと近くで見れる場所はあったけれど、人が賑わい、落ち着いて見れないだろうと話し合った結果がここである。

 

流石に人っ子一人居ない……なんて事は無いけれど、それでも場所代などが掛かる現地よりはマシな人混みだ。

 

からん、ころん。

 

神社の鳥居の前で夕焼けと夜空が混じり合う空を見上げていたぼくの耳にそんな音が聞こえてきた。

 

「ごめんね、待たせちゃった?」

「ううん。別に──」

 

言葉が詰まった。

 

羽川さんは髪を黄色いリボンで後ろに結び、赤とピンクの花飾り。赤い帯で締めたピンクの浴衣は猫や手毬の柄が散りばめられており、彼女らしさが表現されていた。

 

その姿を見たぼくは──はっきり言ってしまえば、見惚れていた……いや、見蕩れていた。と言うべきか。

 

「ど、どうかな? 折角の花火大会だし、着てみたんだけど……」

「……」

「長壁くん?」

 

頭の先から爪先まで、ゆっくりと視線を落としていたぼくは羽川さんに声を掛けられるまでぼうっとしていた。ハッとなり、んん、と誤魔化すように咳払いをする。

 

「うん、似合っているよ。これ以上ないくらい」

 

上手く褒めようと思考を巡らせたが、言葉が出なかった。体温が高くなったと感じたのは、きっと夏のせいだろう。

 

「ふふ、そっか。なら着てきた価値はあったかな?」

 

羽川さんはそんなぼくを見て見透かすように微笑んだ。

 

「ぼくも、浴衣とか着てくれば良かったよ」

「……あれ? 長壁くん、浴衣とか持ってたんだ」

「いや、今のご時世レンタルとか色々あるって浴衣に詳しい知人が言ってたからさ」

 

和服大好きな最近髪を伸ばしている幼馴染の少女を思い浮かべ、ぼくはそう言った。

 

「ふーん……その知人って、月火ちゃんの事?」

 

声色が少し下がった羽川さんは心なしかジト目でぼくを見ていた。

 

「え、あ……うん。そう、だね」

「もう、これからデートするって言うのに、他の女の子の話をするなんて気が効いてないよ?」

「うっ……確かに、ごめん!」

「お詫びにリンゴ飴をご所望します。なんちゃって」

 

羽川さんは悪戯が成功したかのように笑みを浮かべてそう言った。どうやら、揶揄われていたらしい。でも、デート中に他の女の子の話題を出すのはマナー違反のようなものらしいので、気をつけないといけないと思った。

 

「じゃ、行こっか。此処からでも見えない事は無いけれど、見晴らしの良い所の方がいいだろうし」

「うん、そうだね」

 

そうしてぼくと羽川さんは移動し始める。砂利を踏み締める音と、下駄の音を奏でながら。

 

 

 

 

小規模だが開かれている屋台をぼくは物珍しい様子で見ていた。焼きそば、チョコバナナ、リンゴ飴、綿飴、金魚掬い。射的や輪投げは無かったが、花火のお供に楽しむには充分だろう。

 

「あ、そっか。長壁くん、屋台とか実際に見るのは初めてだよね?」

「やっぱり、知識として知ってるのと実際に見るのとじゃ全然違うね。みんな、楽しそうだ」

 

視線の先には金魚掬いに失敗して悔しがる少年と、それを見て笑う少女の姿があった。

そこから少し視線を逸らせば、肩車をしてもらいながらりんご飴を食べる少年がいた。

 

「そうだね。みんな、楽しそう」

 

──おい貉。妾は甘い物が食べたいぞ。

 

不意に、そんな声が聞こえた気がした。

 

「……? どうかしたの?」

「あぁ、いや、何でもないよ。ちょっとお腹空いたなって思ってさ」

「あはは、確かに。良い匂いするもんね。花火が始まるまでまだ時間があるし、何か食べる?」

「うん。りんご飴とか、食べてみたかったんだ」

 

やはり飴と言うだけあって甘いのだろう。買うとなればチョコバナナも美味しそうだ。うん、焼きそばも定番らしいし、買って行こう。

 

「ふふっ」

 

財布を取り出しながらそんな事を考えていると、羽川さんは小さく笑っていた。

 

「どうかした?」

「ううん。何でもないよ」

「うーん……? まぁいいや。ぼくが色々買ってくるからあそこの椅子で待っていてよ。歩き慣れてない下駄で無理に歩いたら危ないだろうし」

 

今の日本で下駄を日常的に履いている人間なんて数えるほどしかいないだろう。舞妓さんとか、日本の文化を伝えたりする職の人とか。

夏になれば羽川さんの様に浴衣を着て下駄を履く人も多くなり、履き慣れていない靴で歩き回ったから靴擦れを起こし、険悪なムードになる事もある、と聞く。

 

「紳士だね、長壁くん……じゃ、お言葉に甘えようかな?」

 

そうして羽川さんに近くのベンチで待ってもらい、ぼくは屋台へと足を運んだ。

 

近くに寄るにつれ、何とも食欲を誘う匂いが漂っていた。

 

(……やっぱり、甘いものが食べたいって思うのは親の影響かな?)

 

そんな事を考え、フッと思い出す様に笑ってしまう。もし、この場に居たのならばきっと、両手に綿飴やりんご飴を持って笑っていただろうと。

 

──ドン、パララ

 

大きな音が聞こえ、ぼくは思わず音の鳴る方向へ振り返った。そこには小さな花火が上がっていた。急いで時間を確認したが、予定されていた時間よりまだ早かった。

 

「あれ? おかしいな……」

 

練習の一発、とかなのか? と思っていると周囲の人の声が聞こえる。

 

「早くね?」

「なんか、天気予報で雨が降りそうだから時間早めるってさ」

「マジか。傘持ってねえな」

 

(なるほど、そう言えば天気予報は曇りだったな)

 

天気予報では雨は明日の筈だったけれど、決まってしまったものは仕方がない。屋台の料理は名残惜しいがぼくは急いで羽川さんの元へ戻ることにした。

 

 

 

 

番外003

 

 

 

 

「羽川さん」

 

ベンチで待っていてくれた彼女へ声をかける。羽川さんは何も持っていないぼくの手元を見て首を傾げていた。

 

「どうしたの? もしかして、売り切れちゃってた?」

「いや、どうやら花火大会の時間が早まるみたいなんだ。雨が降りそうだからって」

「あ〜、やっぱり。雲を見てたらなんとなく降りそうだなって思ってたんだ」

 

天気予報士のような事を言う羽川さんだが、彼女が言うならそうかも知れないと思ってしまう説得力があった。

 

周囲には花火をよく見ようと徐々に人が集まりだしている。ぼくは逸れない様に羽川さんの手を握って歩き出す。

 

「あっ……」

 

よく見えるとしたらやはり、展望台だろう。羽川さんに無理をさせない様に、なるべく早くそこに行こう。折角浴衣まで着てくれたのに、見れなかったじゃ悲しいからね。

 

「よし、行こう」

「う、うん……」

 

展望台に向かう道中、羽川さんは何処かしおらしいと言うか、口数が控えめになっていた気がする。

 

「着いたよ……うん、見れない程人がいるって感じじゃないね。やっぱり此処で見ることにして良かった」

「そ、そうだね! わ、私もそう思うよ〜」

「……? 大丈夫? もしかして靴擦れとか……」

「ううん! 全然そんな事ないよ! それよりほら、丁度花火が上がり出したよ!」

 

羽川さんは何かを誤魔化す様に空を指した。

 

初めに見たのは菊、と呼ばれる古くからある伝統的な花火だ。星が尾を引きながら放射状に飛び散る姿が菊の花に見えるからそう名付けられたらしい。

 

「わぁ……」

 

次に打ち上がるのは牡丹花火。菊と同様に丸く、尾を引かずに光の点が広がっていき牡丹のような花を咲かせる。菊よりも光が鮮やかに出るのも特徴だと言われる。

 

そして、花火玉が割れてから、柳の枝が垂れ下がるように光が落ちてくる柳が打ち上がる。

 

「おぉ……」

 

ポケットなモンスターやドラゴンなクエストなど子供にも知れ渡る人気キャラクターの花火もあった。これらは型物と呼ばれている。まぁ、これらの知識は全て隣にいる彼女の受け売りだけど。

 

夜空に光り輝く花火を直接見たぼくは感動していた。こんなにも綺麗なのだ、人が集まるのもよく分かる。

 

「来年も、再来年も、私は長壁くんと花火を見たいな……」

「うん。ぼくもそう思うよ……実際に見てみると、花火ってより綺麗なんだね」

 

しみじみ思いながらそう返事をする。

 

「もう……」

 

羽川さんはぼくの返事に呆れながら頬を膨らませていた。そして、ぼくの頬に柔らかな何かが触れた。

 

「──え?」

 

不意に頬に触れた柔らかな感触を確かめるようにその場所に手をやる。

 

「今の、って……」

 

驚きながら隣を見る。其処には顔を赤く染めて、羽川さんが笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

──体温が高くなったのは、絶対に夏のせいだ。

 

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