所謂日常的な物語   作:亀はん

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気まぐれなロマンティック

 

番外002

 

 

 

ここ最近のぼくの朝は、愉快で軽快なモーニングコールから始まる。

 

「むーーーーくーーーーん!! 朝だよーー!!」

 

ドタバタと階段を登る音とドアを開ける音、布団にダイブする音。それら全てが上記のセリフの中で行われている。

 

「ぐはぁ!」

 

中学生の女の子、と文字だけ見ればなんだか軽そうで、重くても30kgくらいだろうと思いがちだが、中学2年の女子の平均体重は48kgとそこそこあるのだ。月火ちゃんは平均より軽い方だが、ダイブしてくると頑丈さが取り柄のぼくでもお腹に思い切りパンチを喰らったくらいの衝撃がある。

 

それに耐えつつ目を開けると、額と額がくっつきそうなくらいの距離に月火ちゃんの顔があった。

 

「……おはよう、今日も元気だね」

「えへへ、それほどでもないよ」

 

最初のうちは驚いていたのだが、慣れというものは恐ろしい。ここで二度寝を決めようものなら、今度はもう一人増えて同じ事をやられる。

 

「所でむーくん……今日予定ある?」

 

顔を洗い、タオルで拭いていると月火ちゃんがそう聞いてくる。何か約束事をしていたかな? とカレンダーやらを見て考えたが、予定は無かった。

 

「今日は特に無いかな」

「ふーん……」

 

視線をあっちへこっちへ移動させる月火ちゃんにどこか違和感を覚える。そして、何かを決心したように月火ちゃんは力強くぼくを見つめる。

 

「ねー、むーくん。ちょっと買い物に付き合ってくれない?」

 

何か壮大なお願いでもされるのかと思ったが、どうやら買い物の荷物持ちをして欲しかったらしい。

 

「うん、いいよ。それくらいなら」

「ありがと、むーくん……よし」

 

表情を僅かに綻ばせた月火ちゃんは用意してくるね、と一言残して自分の家にいそいそと帰って行った。

 

それから数十分経過し、やる事も無かったので阿良々木家の前で待っていたぼくは幼馴染兼友人兼恩人こと阿良々木暦と出会した。

 

「そんなぼーっと空を見つめて何やってんだよ、貉。僕ん()の前で」

 

前まで──ぼくという存在が化かされていた頃はおい、おまえなどとしか呼ばなかった暦はいつからかぼくの事を名前で呼ぶようになった。

 

理由は聞いていない。なんとなく、そう、言い表すならば小っ恥ずかしいと言う感情だろう。多分、暦も同じような事を思っているだろうし、ぼくの名前を呼び始めた理由を語ろうとしないんじゃないかな? それがどうしたと言われればそれまでだが。

 

「月火ちゃん待ち」

 

短く簡潔に言うと暦は怪訝な表情から納得が言った、とばかりにあー、と声を漏らす。

 

「さっき慌てて帰ってきたと思ったら部屋でドタバタし出してどうしたのかと思ったら……そう言う事か」

「そう言う事かな。暦は?」

 

気合いを入れた服装というわけでもなく、ちょっとコンビニでお菓子でも買ってこようかな、くらいのカジュアルな格好をした暦はため息を吐く。

 

「この前、テストあったろ? 点数勝負した奴。あれで僕が負けてから戦場ヶ原が僕の勉強を見るって意気込んでてさ、今日はその勉強会の日なんだよ。せっかくの休みだってのに……」

 

彼女と過ごす事は良い。しかし、一日中勉強をする事の方が暦的には苦痛だったらしい。

 

「それはご愁傷様だね」

「他人事みたいに言いやがって」

「そりゃあ、ぼくと暦は友人以上家族未満の関係性だけれど結局は他人だしね」

 

どれだけ一緒に居ようが、ぼくは長壁で暦は阿良々木なのだ。

 

「……僕はあまり気にしないけど、妹達(あいつら)の前でそう言う事は言わない方がいいぞ」

「そうなの?」

「あいつらにとって、お前はもう第二の兄的な立ち位置だからな……実の兄として少し悔しい気持ちもあるが、月火ちゃんに関して言えばお前によく懐いてたろ? 小さい頃からさ」

 

現に、こうして買い物に付き合わされそうになってるしな。暦がそう言うとぼくは確かに、と頷く。

 

「ま、僕としては妹達が泣かされないならお前に任せてもいいか、くらいの信頼はしてるんだ。それには答えてくれよ?」

「ハハ、全力で善処するよ。ぼくも、月火ちゃんたちを泣かせようとは思わないからね」

「ならいい。……あ、そうだ。最近発売されたゲームあったろ? あれ一緒にやろうぜ。お前の家でさ」

「あー、あれね」

 

モンスターを狩ったり乗ったりする奴ね。

 

「二人でやるの?」

 

ぼくがそう聞くと暦は悲しそうな顔になった。

 

「……僕に休日にゲームをやろうと誘えるほどの男友達がいると思っているのか?」

「……」

「黙るなよ、否定しろよ、せめて謝れよ!」

「ごめんなさい」

 

ぺこり。と暦に向けて謝罪をした。世の中には事実陳列罪という罪もあるらしい、と戦場ヶ原が言っていた。

 

「上半身を45°に倒すな。僕はクレーマーか?」

「──お兄ちゃん、何やってるの?」

 

あ、まずい。その声を聞いた時、ぼくと暦は互いにそう思っただろう。側から見れば、今の状態はは腕を組みながら謝罪させている男と、している男だ。

 

「月火ちゃん? いや、これはさ、ただ男同士の巫山戯け合いの範疇って言うかさ……」

「ふーん?」

 

いつもよりおしゃれな模様が描かれた浴衣、綺麗に結われたハーフツインを少し揺らしながら阿良々木月火は笑った。

 

「そうだよ、月火ちゃん。ただ、いつものように戯れてただけだって」

 

口元をヒクヒクとさせて無理に笑顔を作る暦を庇うように言うと、月火ちゃんの笑顔は一層明るくなる。

 

「へー。そうなんだ。お兄ちゃん、彼女と勉強しに行くって言ってたのにむーくんと楽しくお喋りしてたんだ〜」

「おっと、そうだったそうだった! あ、やばい! もうこんな時間かー! んじゃ、僕は勉強しに行ってくるからまたな貉!」

 

めちゃくちゃ早口で暦はそう言って走り去っていった。後半くらいからは走りながら言っていた。

 

「行ってらっしゃーい! 帰ってきたら続きね〜!」

 

月火ちゃんは手を振りながらそれを見送る。側から見たら仲の良い兄妹のそれだろう。いや、実際仲は良いんだけれど……

 

「じゃあ行こっか!」

「うん、そうだね」

 

 

 

触らぬ月火に祟りなし。

 

 

……そういう事もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暦と別れてから数十分後、ぼくと月火ちゃんはスーパーに居た。スーパーと言っても食材たちが置かれているだけの場所ではなく、本屋やゲームセンター、映画館や服屋などが沢山ある大型スーパーだ。

 

月火ちゃんはどうやら新しい服を見に来たかったらしく、ぼくは荷物持ちに認定されたらしい。

 

「どう? 似合うかな?」

 

いつもの様な浴衣ではなく、白のフリルブラウスにデニム、淡いピンク色のサマーニットにベージュのショートパンツ、カジュアルなTシャツにデニムスカートなど、ぼくの目の前では小さなファッションショーが開催されていた。

 

「うん。どれも似合うと思う。いつも着ている浴衣も似合っていたけれど、こういった服も似合ってるね」

 

嘘偽りなく思った事を言うと、月火ちゃんははにかんだ。

 

「むーくん素直すぎ。全部良いって言ったらどれ買おうか悩んじゃうじゃん」

「確かに……」

 

素直に褒めても相手は困ってしまうのか……難しいものだ、とぼくは頭を掻きながら思った。

 

「ま、全部買うんだけどね」

 

あっけらかんとそう言った月火ちゃんにぼくは思わずズッコケそうになった。

 

「お金は大丈夫なの?」

 

学生の身である自分たちがそう簡単にポンポンと物を買えるほどお小遣いを貰うことはない。ぼくの場合はまた別の話だが、月火ちゃんは中学生で両親もキチンとしている大人だ。しかし、今見た服を全部買っていたら余裕で一万円札が2枚ほど飛んでいきそうである。

 

「むーくん、私には貯金というとても頼りになる心の拠り所があるんだよ!」

「なんと、まあ」

「ふふふ……私は中学生にして経済を大きく回す女」

 

至って普通の買い物なのにそう言われるとなんだかすごい事をしているかのように思えてくる。

 

「あ、そうだ。月火ちゃん、ぼく少し用事を思い出したからここで待っていてよ」

「用事?」

「すぐ済むからさ、お願い」

「うーん……分かった! なるべく早く帰ってきてね?」

 

不思議そうな顔でぼくを見る月火ちゃんを置いてぼくはその場を離れた。購入予定の服が入ったカゴを持ちながら。

 

「──ありがとうございました〜」

 

店員のお姉さんの笑顔とお礼と共にぼくはいそいそと月火ちゃんの居る場所に戻る。

 

「おかえり……ってアレ? その袋は?」

 

中身を見せると月火ちゃんは眼を見開き驚いていた。

 

「え!? むーくん、全部買ってくれたの?」

「まぁ、日頃の感謝の印って事で」

 

金額は前述した通りだ。出費としては大きい物だが、妹的立場の二人になら特に苦ではないのだ。

 

「もう、むーくん私の事好きすぎでしょ〜!」

「当たり前でしょ。月火ちゃんは大事な幼馴染で妹分なんだから」

 

そう言うと月火ちゃんは笑顔のまま少し固まった。失言したか? と思っているとなんでもないようにいつもの顔つきに戻っていた。

 

「月火ちゃん?」

「……ううん、なんでもないよ! あ、そうだ! むーくんこっちこっち!」

 

月火ちゃんに腕を組まれ、ぼくは早足で連行される。先ほど買った洋服の袋が破れてしまわないか心配になるほどに。

 

「これこれ! この映画、最近流行ってるんだよ」

 

月火ちゃんが指差す先には映画のポスターがあった。『とある幼馴染の妹の事をかわいいなんて思わないんだからね!』と言うタイトルと共に俳優たちがポーズをとっている。

 

「……面白いの?」

 

タイトルとか、ポスターを見る限りだとギャグテイストなラブコメ的な雰囲気を感じるけれど。

 

「私の周りの子達は面白いって言ってたよ?」

 

月火ちゃんはなんでもない様にそう言ったが、彼女の交友関係はとんでもなく広い。その数を聞いたらぼくと暦なんかじゃ衝撃で消し飛ばされてしまうくらいだ。

 

「そっか……じゃあ面白いのかな?」

 

そんな月火ちゃんの情報を聞いたら自然とそう思ってしまうのも無理はないだろう、多分。

 

「ね、せっかくだし……観ていかない? むーくんには服買ってもらっちゃったし、映画のお金は私が出すよ!」

「うん。観よっか」

 

月火ちゃんが観たいと言っているのでぼくは二つ返事でOKした。ぼくの返事を聞いた月火ちゃんはすぐさま受付へと向かい、手慣れた感じで席を予約していた。

 

「ここしか空いてないんだって……」

 

月火ちゃんから貰ったチケットにはカップル席と書かれており、どうやら二つの席が繋がっている仕様らしい。でも、その分少し安くもなっているとも月火ちゃんは語る。

ここで嫌だよこんな席なんて言った日にはぼくは畜生の烙印を押され、暦には腹パンされ、火憐ちゃんにはライダーキックを顔面にされ、羽川さんにはどうしようもない奴だと言われるに違いない。

 

「気にしなくていいよ。それだけ人気の映画だって事でしょ? ちょっと楽しみになってきたよ」

 

荷物を近くのコインロッカーに預けてぼくたちはチケットを片手に入場した。受付の人に入場特典と言われ、ハートの中にデフォルメされたキャラが入ったキーホルダーを貰ったが、割とクオリティが高く、少し驚いた。

 

「意外と広いんだね」

 

月火ちゃんはカップルシートに座ると何処か残念そうだった。

 

「うん、確かに」 

 

ぼくたち二人が座っても少しスペースがあるくらいだ。……ぼくが月火ちゃんに配慮して少し間を空けてるのも込みで。

 

「お客さんも多いね〜」

 

パタパタと足を動かしながら月火ちゃんは周りを見渡していた。ぼくも釣られる様に見渡したが、確かにお客さんは多かった。薄暗い中見辛かったが、若干カップルが多いくらい。

 

暫くするとこれから始まる映画の予告や、撮影禁止などのCM、注意事項などが流れ始め、本編が始まる。

 

 

 

──物語は少年が幼馴染と初めて出会った頃から始まる。

 

トラブルメーカー気質な幼馴染(男)と、そんな幼馴染を放って置けない主人公(男)、そして、そんな二人の潤滑油のような役割を担う幼馴染の妹。主な主要人物はこれら三人だろう。

 

男二人はしばしば喧嘩することもあったが、妹のおかげで結局は互いに謝る形で終える。それがいつもの日常だった。

 

そんな仲に終わりを迎えそうな出来事が起こる。主人公が告白されたのだ。赤い髪飾りが特徴的なとびっきりの美少女に。

まさか、夢か? と疑う主人公は幼馴染に相談する事にした。幼馴染は罰ゲームか何かじゃないか? と笑いながら茶化し、主人公も言われてみたらあまり接点の無い美少女に告白されるなんてなんらかの罰ゲームかもしれない、と思い始める。

 

──と、ここまでは普通の恋愛映画の導入だった。

 

中盤になると突然現れた妖怪に美少女が乗っ取られ、それを主人公がどうにかして祓うというバトル物にシフト。ド派手なCGを使った演出には思わずおぉ、と声が出たほどだ。

 

祓い師という怪しいおっさんが主人公に協力し妖怪を祓ったまでは良かったものの、その代償に主人公の寿命は削れ、余命僅かとなる。

 

その事実を知らされた主人公は誰にも相談できず、ただただ時が過ぎていく……。

 

事件から数日後、主人公は突然力が抜けた様に倒れ、それを偶然通りがかった美少女に見られてしまう。

 

ごめん、と謝る主人公と何かを察して涙を流す美少女。そして、美少女は泣きながら付けていた髪飾りを外す。

 

淡い光に包まれた美少女は、主人公がよく知る幼馴染の妹の姿へと変わっていた。驚く主人公に妹は語る。自分たちは妖怪とのハーフで、貴方を巻き込むつもりは無かったと。いつか、妖怪たちが住まう地へと行かなければならない事。その為に最後の思い出として姿を変えてでも主人公と恋仲になりたかった事。

 

泣きながら話す妹の頭を主人公は優しく撫で、短くいいよ。と許した。

 

そして最後は主人公と幼馴染の妹が濃厚なキスをして終了……という流れだった。

 

 

 

……なるほど、流行るのも分かる。見ていて面白かった。客席には泣いている人も居たみたいで、鼻をすする音などが聞こえてきた。

 

ふと、ぼくの腕を月火ちゃんが掴んでいる事に気がつく。

 

「月火ちゃん?」

 

隣を見てみると、月火ちゃんは目を擦っていた。

 

「あ……ごめんねむーくん、夢中になっちゃってたよ」

「良い映画だったし、全然気にしなくていいよ」

 

照れながら手を話す月火ちゃんの頬は少し赤かった。無意識とはいえ、異性の腕を掴んでいたと言うのは恥ずかしかったのだろう。

 

「ぼくらも帰ろうか。良い時間だし」

「うん……そうだね」

 

そうしてぼくらはゆっくりと席を立ち、映画館を出て行った。

 

帰り道。荷物を持ちながら歩くぼくの少し前を歩く月火ちゃんはこう言った。

 

「むーくん……私もさっき見た映画みたいな恋が出来るかな?」

 

こちらを振り向かず、淡々と呟かれた言葉にぼくは少し返答に悩んだ。

 

「……できるさ。月火ちゃんは可愛いし、一緒に居て退屈もしない。それに、良い子だから」

「──そっか」

 

短く、そう言った後、ぼくと月火ちゃんは家に帰るまで言葉を発する事は無かった。

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