所謂日常的な物語 作:亀はん
003
「おや、これはこれは」
登校途中に見知った幼女に話しかけられた。
「ふむ、これは珍しい。今日は阿良々木さんとご一緒ではないのですね」
そう言って、キョロキョロとあたりを見渡しながらツインテールを左右に揺らす幼女。
どうにもぼくと阿良々木はセットとして扱われているらしい。確かに、春休みくらいまでは一緒に居ることが多かったけれども。いや、うん……まぁぼくと暦は両方とも友達と呼べる人が少なかったので必然的に一緒にいる時間が長かっただけと言う悲しい理由なのだが。
「成程成程。所で、私は貴方と阿良々木さんが破局したという噂話を耳にしたのですが」
おいおい、一体何処の誰が言ったんだい? そんな与太話を。
「随分と足が速いお姉さんでしたね。詳細を聞く前に走り去って行ってしまわれたので聞けませんでしたが」
あぁ……神原か。
ぼくは一瞬にして元凶が思い浮かんだ。思い浮かべただけなのに、ハッハッハ! と笑い声が脳内に響き渡る。
「大きな声で悲しげに叫んでらっしゃったのでとても記憶に残っています」
ふぅ……。
僕は空を見上げた。
あのな、そもそもがおかしいんだよ。ぼくと阿良々木はカップルではないし、破局という言葉自体が出る方が特殊なんだよ。ぼくと阿良々木は所謂幼なじみで、そう言った関係ではないのさ。
諭す様にぼくはロリにそう言った。教師になれるのではないかと自負してしまいそうなほど優しい声色で。
「ふむふむ。まぁどうでもいいですね」
このロリは興味なさげにそう言った。心の底から興味がなく、ぼくの言葉も右から左に受け流されているだろう。なんてやつだ。
人の話くらいちゃんと聞こうよ八九寺。じゃないと暦みたいになっちゃうよ?
そう言うとロリ──
「それは困ります! 阿良々木さんみたいになるという事は、人類が3歩退化してしまうのと同義です!」
なんて言いようだ、なんて言われようだ。
この場に居ない友人が罵倒され、ぼくは怒りを抑えられない。
「あの、こっちに来ないでください。叫びますよ」
何もしないさ、何も。
「手が動いてます! うねうねと、気持ち悪いです!」
嘘だ、ぼくは手なんか動かしてない。ただ少し頭を撫でようとしているだけさ。
「ギャーーー!!」
ロリを壁際に追い込み、わしゃわしゃと撫で続ける高校生がいた。というかぼくだった。
004
「長壁くん」
八九寺を撫で回して見事に
羽川翼。何でも知ってる完璧美少女委員長だ。
「何でもは知らないわよ、知ってる事だけ。もう、好きだね。このやりとり」
癖になってるんだ、このやりとり……。
連載再開を待っている漫画のキャラクターを真似しながらぼくはそう言った。
「うーん。でも、作者さんもお歳だし体調とか崩しちゃったら大変だよね」
! 知っているのか、羽川さんはあの漫画を。
「阿良々木くんが話していたのを覚えていただけだよ」
その阿良々木にその漫画の話をしていたのはぼくだった。巡り巡ってこうして帰ってきたわけだ。
まさか、羽川さんと漫画の話をする日が来ようとは……! ぼくはいま猛烈に感動している!
「えぇっと……そこまで言われると私としても少し照れるんだけど」
頬を赤く染めた羽川さんを見てぼくのテンションはまた上がった。美少女の照れている姿を見て何も感じないのは男として間違っている。
「そういえば、阿良々木くんと戦場ヶ原さん付き合ってるんだよね?」
唐突に羽川さんは思い出したかのような口調でそう言った。
うん、確か最近だったかな。二人が付き合い始めたの。
僕はそれに対して特に気にする事なく会話を続ける。
「阿良々木くんと一緒に居るところをこの前見たんだけど、明るくなってたね、戦場ヶ原さん」
前の戦場ヶ原を知る人間として、その点は確かに良かった、安心したと思う。久しぶりに会話するなり罵倒されたのは割と驚いたけど。
過去をあまり知らない羽川さんにはこの事は言わないでおこう。もしかすると知っているのかも知れないが。
「長壁くんも、変わったよね。雰囲気」
え? そうかな……。
雰囲気というのは他人が思う事なので自分では気づくことが難しい。外見はあまり変わってはいないはずだけど。
「うん。あの時から、変わったよ」
羽川さんの言うあの時とは恐らく、春休みのあの出来事。暦が吸血鬼と出会い、それに首を突っ込んだあの日のこと。
「昔の長壁くんは阿良々木くんとは違った壁を貼ってるみたいで、少し寂しかったんだ。表面上はみんなと話していても、本心は喋っていない……みたいな?」
要するに羽川さんから見てぼくは八方美人に見えていたようだ。あながち間違ってはいないから否定はしなかった。
閑話休題
羽川さん、雑談に花を咲かせるのはぼく個人として嬉しい限りだけれど、何か用があったんじゃない?
ぼくがそういうと羽川さんはあぁ、そうだったとスカートのポケットからメモ用紙を取り出し、ぼくの目の前に差し出した。
これはもしかしてラブレ──
「はい、これ。参考書のメモ」
……違ったらしい。声に出さなくて本当に良かった。羽川さんとの話の種におすすめの参考書とかある? とこの前聞いていたのだった。
ありがとう羽川さん!
ぼくはそんな邪な考えを悟られぬ様に笑顔でメモを受け取った。
「いえいえ。それにしても長壁くんは真面目だね。自分から勉強しようなんて……ん? これが普通だよね?」
どうやら阿良々木という名の病原菌は真面目な羽川の感覚さえ変えてしまうほどらしい。なんということか。
大丈夫、羽川さんが病に侵されてもぼくが一生介護するから!
告白の意も込めてサムズアップをしながらぼくはそう言った。我ながら気持ち悪い。暦が移ってしまったのかもしれない。
「あはは、うん、気持ちはとても嬉しいけど介護は嫌かなぁ……──ならいいけどね」
やんわりと振られ、若干落ち込んだぼくは羽川さんの最後の発言を聞き逃してしまった。何たる失態。
「あ、もうこんな時間! またね、長壁くん!」
あ、うん。またね羽川さん。
流石委員長というべきか。廊下を走る事はなく早歩きで去っていった。そんな彼女に視線を逸らし、ぼくは振られたショックを引きずりながらその場を後にした。この時、顔を上げていればぼくは羽川さんがどんな顔をして去っていったのか、気づけたのだろうか。
005
「なあ」
全ての授業が終わった放課後。教室から出ようとしていたところに暦がやってきた。
なんだ、病原菌か。
「会うなり人の事を病原菌なんて言うな。僕は存在するだけで罪だとでも言うのか!?」
アホ毛をピンと伸ばし、阿良々木は驚いていた。
いや、ごめん。ついさっき羽川さんとそんな話をしていたから反射的に……。
「羽川とどんな話をしていたんだ!? ……というかご時世的にそういうナイーブな話はこれ以上やめておこう。何処から燃えるか分からないからな」
確かに、燃えだの萌えだの話しているとやってきそうだ。
あの後輩が。誰とは言わないが。
「やあ阿良々木先輩、それに長壁先輩も!」
一陣の風が吹いた。そして一人の少女がにこやかに挨拶してきた。健康的な体付きでスパッツがこれほど似合う少女は神原駿河以外にぼくは知らない。
ほら、言わんこっちゃない。暦の所為だぞー
「……これは僕の所為なのか?」
そうだよ。
「二人が一緒に居られるという事は、阿良々木先輩。ついに二人と付き合う気になったという訳だな。あの戦場ヶ原先輩を説得するとは、流石阿良々木先輩だ!」
うんうんと勝手に納得している神原に暦は待ったをかけた。
「ちょっと待て! 前々から言っているが、僕は同性愛者じゃないしちゃんと彼女もいる!」
おいおいそれだとぼくは彼女がいないから同性愛者なのか? 全世界の彼女のいない男性に謝れ!
「甘い物を食べた後に塩辛い物を食べたくなると言うではないか阿良々木先輩。私は阿良々木先輩が両刀だと出会った当初から知っているから恥ずかしがって隠す必要はないぞ?」
「出会った時からそんな妙なレッテルを貼るな! お前が時々僕を見る視線が妙だと感じていたのはそういう事だったのか!」
ちなみにぼくもそれは感じていた。例えるなら好きなアーティスト同士がコラボしているのを傍目で見ているかの様な、そんな感じの視線だ。
「照れることではないぞ阿良々木先輩。長壁先輩がかわいそうではないか」
勝手に憐れむな、同性愛者にするな。ぼくも女の人が好きなんだよ。
「そんな……! 私の観察眼が見誤ったとでも言うのか!?」
「見誤る所か節穴だ!」
暦の必死な訂正があたりに響いた。これだけ必死に否定すればむしろやましい事でもあるかのようだ。
……君の観察眼が正確に作動している所はエロ関連だけだろう。
ぼくが呆れながらそう指摘すると神原はなるほど、と手を叩いた。
「流石長壁先輩。中学生の子を容易く堕とせるテクニックはその観察眼から来るものであったか! 私も精進しなければ!」
一体何の話をしているんだ、君は。中学生の子を誑かしている高校生なんて世間体的にも最悪な称号をぼくに与えるな!
「だがしかし、私は長壁先輩が中学生くらいの女の子と楽しげに話している姿をつい最近目撃したのだが……」
「ほう」
神原の言葉に暦が反応した。ほう、じゃないが。
「確か、浴衣の様な物を身に纏っていた女の子だったな」
浴衣のような物を着た中学生くらいの女の子。その字面ですぐに誰なのか分かった。そしてそれは暦も同じだったらしい。
「神原、それは多分僕の妹だ」
「なんと! 阿良々木先輩の妹さんだったか。それならば納得……いや、だがあの距離感は果たして幼馴染の距離感なのだろうか?」
神原が何処か不穏な事を言い出した。
おい神原、それ以上余計な事を言うな。
「うーむ……」
腕を組み、悩ましげに唸る神原。
「は? どういう事だよ」
勘違いするな暦。月火ちゃんに手を出したとか、そんな話じゃない。
「どんな距離感だったんだ、神原」
暦がいつになく真剣な表情をしながら問う。
「━━そうだな、キスでもしそうなくらい顔を近づけていた」
よく思い出せ神原! あの時の雰囲気はそんな甘ったるい感じじゃなかったろ! 笑顔だったけど手に凶器を持っていたぞ!
「お前、月火ちゃんといつの間に……」
阿保かお前は! ちゃんとした段階を踏んで付き合い始めてからキスするし、付き合い始めてたら真っ先に阿良々木家には報告してるっての!
「成程。長壁先輩は身持ちが硬いのだな」
「僕も初めて知ったよ……あぁ、だからか。クラスの女子が遊びに誘っても毎回断ってたのは」
二人とも感心した様に頷く。その仕草が何処となく腹が立つ。プラチナむかつく! と思わず月火ちゃんのセリフが口から飛び出しそうになった。