所謂日常的な物語 作:亀はん
006
今日は休日。暦のように彼女が居れば一緒に過ごしたり、デートをしたりするのだろう。だが生憎ぼくにはそのようなモノはいない。
参考書は……これだな。
羽川さんにもらったメモを頼りに本屋までやってきたぼくは目当ての物を見つけると手に取った。……中々高いな。
高校生には手痛い出費である。だが、ここは涙を飲んで諭吉さんを見送ろう。さらば諭吉さん。また会う日まで……。
「よっ、ほっ!」
参考書の入った紙袋を持ちながら歩いていると、目の前から歩いて? くるモノがあった。
あれは……。
その姿をぼくはよく知っていた。もっと言えば週3くらいで顔を見ている。
何してるんだ、火憐。
逆立ちをしながら公道を歩くサイドテールな中学生女子の姿をみてぼくは思わず声をかけた。
「ん? なんだ、むーくんじゃん。何をしているかと聞かれれば、トレーニングがてら町のパトロールさ」
空手2段の持ち主で、洒落にならないくらい喧嘩が強い。ちなみに暦より背が高いのは当人の前では言わない約束となっている。
とりあえず逆立ちをやめなさい。おへそが見えてるよ。
中学生女子らしくもう少し慎みを持とう。そんな意を込めて言ったのだが、通じてくれたらしい。火憐は逆立ちをやめ、そっとへその部分に手を当てた。
頬を少し赤く染め、恥ずかしそうにチラチラとこちらを見る火憐。
……? 何してるんだ?
「いやさ、それなりに付き合いがあるけどむーくんがへそフェチだとは知らなかったから隠してみた」
一体どうしてそういう話になった? ぼくは一般的な女子としての慎みを……って言うか今の演技かよ!
数秒後には照れ臭そうな表情はどこへやら。ケロッと真顔に戻った火憐にぼくはツッコんだ。
「いくら幼馴染でご近所さんの関係とはいえ、いきなり女の子のへそについて指摘してくるのはどうかと思うぜ?」
普段頭の悪そうな発言が多い火憐にまさかの正論を言われ、ぼくは黙った。
「お、それ何? えっちな本買ったの?」
ぐぬぬと唸るぼくを尻目に火憐はぼくがもつ本屋の名前が入った紙袋を興味深そうに見つめていた。そして手を伸ばし━━
ばか、これは参考書だ!
既んでのところで紙袋を両手でガード。中学生のおもちゃにされるのを防いだ。
「隠されると、気になるね」
やめろっ! 奪い取ろうとするな! 高かったんだぞ参考書!
火中天津甘栗拳の如く両手を繰り出す火憐とそれから背を向け必死に防御するぼく。側から見たら女子中学生にいじめられている高校生男子という何とも情けない図柄になっていた。
「ふぅ……まさかここまで粘るとは。諦めるよ、むーくんの勝ちだ!」
まるで漫画やアニメのライバルキャラのように誇った表情を浮かべながら腕を組む火憐を見てぼくは大きなため息を吐いた。
はぁ……お前な━━
瞬間、ぼくの持っていた紙袋はまるで初めからなかったかのように腕の中から消失していた。
「なんだ〜ほんとにただの参考書じゃん」
犯人は特に悪びれる様子もなく、がっかりしていた。
おま、おまえなぁ! ズルじゃんそれ!
言うならば後出しじゃんけんかのような無粋な行動にぼくも激おこぷんぷんである。
「まーそこはさ、かわいい妹分のお茶目な所ってことで」
…………。
阿良々木火憐は月火ちゃん同様、容姿は整っており美形である。月火ちゃんがお淑やか系なのに対し、火憐は元気っ子。猫と犬のように対照的である。
……もうするなよ。
とどのつまり、かわいい妹分には甘くなってしまうという事だ。
「へへっ……そうだ! ここで会ったのも何かの縁だし、今日はウチでご飯食べてきなよ。月火ちゃんも喜ぶだろうし」
わかったよ、迷惑じゃなければ。
こうして、ぼくの休日は阿良々木の食卓にて幕を閉じた。火憐同様紙袋の中について尋ねてきた暦に中身を見せると、眉間に皺を寄せてとても嫌そうな顔をしていた。後で枕の下に参考書を忍ばせてみよう。
007
「そこの、待ちなさい」
学校の廊下。周囲には誰もいない状況でぼくは一人の女生徒に呼び止められた。
「私が待てと言ったら地に手を付けて地面に埋まるくらい頭を下げて感謝なさい」
信じられないくらい高圧的で冷酷な言葉を淡々と告げる女生徒にぼくは苦笑いをしながら軽く流す。
はいはい、で。なんだよ戦場ヶ原。珍しいな。
「用もないのに貴方みたいな奴を呼び止めるわけないでしょう」
挨拶代わりに放った軽いジャブ程度に対し、彼女が放ってくるのは全力のボディーブローである。
初対面でこんな事をつらつらと言われるとぼくなら心に大きな傷を負うだろう。
「流石に初対面でそんな事を言わないわよ。私程無害な女子は早々いないもの」
当たり前の様に心を読まないでいただきたい。
「貴方が顔に出やすいだけよ。変わっていないわね、そういう所は」
ぼくと戦場ヶ原は知り合いである。といってもそこまで深い仲ではなく、あくまで中学時代の部活仲間として、だが。
その頃の彼女はここまで鋭利な刃物の化身では無かったとだけ言っておこう。
「何よ、その微笑ましい様なものを見る顔は。気持ちわる……いし不愉快だからやめなさい」
…………。
本人曰く、暴言を吐く相手は選んでいるらしいのだが、それが果たして彼女が心を開いてくれているのか、単にストレス発散のサンドバッグを選んでいるのか、それが彼女の口から語られることは無いだろう。……ぼくは怖くて聞けない。
それで、用って言うのは?
これ以上話しているとぼくの心が硝子の如く粉々に砕けてしまいそうなので本題を聞くことにした。
「用が無ければ話しかけてはいけないと言うの? 随分と酷い男になったものね」
用がないなら話しかけないってさっき言ったよね!?
まさかの2分たらずで矛盾する戦場ヶ原にぼくはツッコミをいれた。
「急に怒鳴らないで頂戴。怖くて震えが止まらないわ」
無表情でよく言うよ……。
改めて、彼女と恋人である暦はすごい奴だと思った。こんなこってりした濃い会話は週一くらいで十分である。
「用、という程の事ではないわ。ただ単純に貴方にお礼を言っておかなければと思っただけ」
戦場ヶ原はぼくの目をじっと見つめながらそう口にした。
お礼? 君にお礼を言われる様な大層な事をした覚えは無いけれど……。
全くもって検討がつかないのでぼくは少し混乱した。戦場ヶ原ひたぎにお礼を言われる様なことなんて、ぼくの小さな脳みそでは思い浮かばない。
「私に取り憑いていた怪異を祓う時、身を挺して庇ってくれた事よ」
あぁ、アレか……。
あの時は確か、夜中に突然忍野メメという怪しげなおっさんに呼び出されたのだった。
「少し手伝って欲しくてね、来てくれるかい? 長壁くん。まぁ、出番が無いかも知れないけどね」
丁度寝ていた時に暦から電話がかかってきて、今何時だと思ってるんだクソ野郎と思いながら通話に出たら、ぼくは忍野メメにそう言われたのだ。
まぁ、庇う役割は暦でも出来たはずだけど暦は生命力が高いってだけで防御には向いていないから忍野メメはぼくを呼んだのかもしれない。結果として出番があったから良かったが。
……ぼくは他人より身体が頑丈だし、戦場ヶ原が気にするような事でもないよ。今だって、ピンピンしてるし。
そんな事を思い出しながらぼくは戦場ヶ原にそう言った。
「貴方にとっては小さな事でも、私にとっては大きな事だった……ただそれだけよ。だから━━ありがとう」
戦場ヶ原は小さく、ぽつりと口にした。まるで憑き物が落ちたかの様に。吹けば飛んでいきそうな彼女だったが、もうそんな事は無いらしい。
ぼくはそんな彼女を見て、こう思った。
戦場ヶ原、蕩れ━━と。
そして暦、羨ましすぎるから○んでくれと。